ブリューヌ王国の王都ニースの東にある一帯は『ヴァンセンヌの狩猟場』と呼ばれている。
草原や川、森があり、歴代の王はたびたび狩猟祭を催して国内の貴族や国外の賓客を招いて親睦を深めたとされている。
そして、今から六年前に自分の父でブリューヌの国王ファーロンが国内の貴族を招いた狩猟祭での出来事は短い金髪に碧眼、容姿も少年ながら優れているレグナス王子にとっては今でも大事な思い出になっている。
その日、どうしても『狩猟場』を探索したくて、御目付役の目を盗んで王と貴族の交流のそれから抜け出して森の中を歩いていると……。
「っ、レグナス王子っ!?」
狩人の家系のために父であるウルスに連れられたその時、レグナスと同じ年齢で十歳のティグルと出会った。
因みにブリューヌ王国の狩猟祭では槍を用いるか鷹などの猛金を使うが弓は下男などが獣を主の前に追い込むために使う程度。
一番、狩りに向いている武器である『弓』を主力で使わない事からもどれだけ、ブリューヌが弓を忌避しているかが分かるという物だ。
だからこそ、ティグルは狩猟祭の会場として使われている場所で無い森の隅で狩りをする事にしたのだが、まさかお目通りした程度の王子と再会するとは思わず、驚愕した。
「君は確か……」
「ティグルヴルムド=ヴォルン……ティグルとお呼びください、殿下」
「では私の事もどうか、レグナスと……年も同じでこのような状況だから……」
二人は改めて自己紹介を交わし、レグナスが抜け出したというのを秘密という条件を付けつつ、レグナスはティグルと親しい立場の二人として一緒に行動する事にする。
レグナスにとって、今まで同年齢の者と深く交流する機会も無かったからでもある。
「それ、弓だよね? ティグルは弓が使えるの?」
「ああ、この国では自慢できる物じゃないけど」
「あ、ごめん。でも、弓を使う人は珍しいから……ちょっと見せてくれない?」
「お望みとあらば……」
そうして、ティグルはレグナスの前で弓を構えながら矢筒から素早く引き抜いた矢を番えながら弦を引き絞り、上空を飛行している鳥に向けて弦を放す事で矢を放つ。
それは鳥を射抜き、鳥は地面へと落ちる。
「……凄い、凄いよティグル」
レグナスはティグルが弓を放つ際の構えや雰囲気、放った後の姿勢等々……ティグルの弓術の全てに惹かれた。
そして、こんなに素晴らしいのにどうしてブリューヌの人は弓を嫌うのか、疑問を持ったりもする。それほどの衝撃だった。
「ありがとう、レグナス……俺は弓だけが取り柄でこの国では褒められない事だけど、それでも国と将来、受け継ぐ領地を守るためにこの弓で戦うよ」
「……じゃあ、私が王になったら弓が受け入れられるようにするよ。ティグルの弓は本当に凄かったから」
「そうしてくれると嬉しいよ。じゃあ約束だ」
「うん、約束」
握手を交わしながら同年代の親しい男友達の如く、約束をした。
その後、ティグルは慣れた手つきで火を熾し、矢で射落とした鳥を短剣で捌いて調理し、火で焼く。そして携帯していた塩も振った。
「レグナスも食べてみて」
その鳥肉を食べつつ、ティグルはレグナスにもう一つある鳥肉を差し出す。
「……っ、美味しい。こんな焼きたてで温かくて美味しい物を食べたのは初めてだよ」
レグナスは王子であり、その料理は毒見を済ませる必要があるのでどうしても冷めたものになってしまうのだ。
だからこそ、ティグルの料理はレグナスにとってとても美味しく感じる物だった。
「お口に召したようで良かったよ」
そうして、今日の事は秘密という事で森の移動に慣れているティグルが案内する事でお互いの親の元へと戻り、そうして、別れた。
この出来事はレグナスにとって六年後の現在も大事な思い出になっていた。
「(ティグルも来てくれてるんだ)」
だからこそ、ディナント平原で初陣を務める事になったレグナスはアルサスの領主となっているティグルも来てくれている事を喜んだ。
立場上、声をかけられないのが残念だったが……。
しかし、戦を始める間もなくジスタート王国軍の奇襲を受け、あれよあれよと敗走する事になってしまった。
「レグナス様、逃げましょう」
「ジャンヌ……分かりました」
幕営が混乱し始める中、小さなころから護衛を務めティグルにも明かせないとある秘密も知っている程に親しい女性の騎士が部下の護衛の騎士と共に逃走を指示する。
『ぐあああっ!?』
悲鳴が聞こえ、ジャンヌと共に幕営の外へ出れば……。
「どこの部隊……まさか……っ、速く逃げましょう」
剣や槍を武具としながら、明らかにレグナスたちに襲撃を仕掛けようとしたブリューヌ軍の武装と防具を装備した十人以上の刺客が矢で射抜かれ、倒れていた。
「(……ティグル……)」
レグナスは直感でティグルが助けてくれたのだと悟り、嬉しく思いながらジャンヌ達と撤退を始めたが……。
「く、もう追手が……」
逃亡している最中にどこの国の軍とも分からない刺客が追いかけてきた。
『うぐあああっ!!』
だが、そんな刺客たちは突如として槍の如き剛矢によって射抜かれた。
そうして……。
「ご無事ですか、レグナス殿下っ!!」
テナルディエ公とガヌロン公が敗戦に乗じてレグナスを暗殺しようとするのを警戒していたがゆえに混乱の最中に密かに行動をしていたティグルは自分の正体がばれないように普通の矢を使ってレグナスの幕営を襲おうとしたテナルディエかガヌロンの刺客を全滅させる。
その後は他の貴族たちなど友軍の救出をし、撤退の支援をしていくとティグルはこれ以上は無理だと判断したところでレグナスたちが無事に撤退できているか確認に向かった。
それは功を奏し、レグナスたちを始末しようとしたやはり、テナルディエかガヌロンの刺客を発見したので撃退する。
そうして、レグナスたちに合流し……。
「……救援ありがとうございます。私はレグナス殿下の護衛を務めるジャンヌと言います」
「私はアルサスの領主、ティグルヴルムド=ヴォルン伯爵です」
そうしてティグルはレグナスを襲った刺客はテナルディエとガヌロンによるものだと意見するとジャンヌは同意した。
「戦場を駆け回っている時、殿下は戦死したという情報が広まっていました。テナルディエもガヌロンによる共謀でしょう。王都にも帰れないよう、幾度も工作をしている筈……しばらく辺境の村などに身を潜めた方が得策かと。俺はこのまま、他にも密偵や刺客がいないかを探しながら、対処をしておきます。しかし、俺に出来る協力はここまで……非力な身をお許しください」
「いえ、ティグルヴルムド卿は良くやってくれた……貴方の協力を無駄にしないようにさせてもらう」
「殿下……武運をお祈りしております」
そうして、レグナスはティグルの言葉を聞きながらジャンヌ達と共に身を潜めるために移動を開始した。
「(ティグル……次会えたその時は……)」
移動の最中、レグナスは自身の秘密……レグナス=エステル=ロワール=バスティアン=ド=シャルルの正体は女性であり、女性としての名前はレギンというこの秘密をまた、ティグルと会えた時に告げようと誓った。
可能なら、今胸の内で湧き上がっている感情も……。
そんなレグナスをティグルは見送り……。
「こんな時だけ共謀するとは……これから国も荒れるな」
テナルディエとガヌロンのやり口に対し言及しながら、ティグルはこれでしばらくテナルディエとガヌロンの勢力争いが始まり、自分の領地も狙われる事になるだろうと考え、その対策に頭を回転させつつ、密偵や刺客を探りながらも見つからなかったので安全だと判断し、先にバートラン達が戻っているアルサスへと帰還を始めたのであった……。