ティグルはジスタートの国王であるヴィクトールより、現在、王が死んだ事を皮切りに第一王子ジャーメインと第二王子エリオットによる二大勢力の対立、内戦状態となっているアスヴァールへ向かい、ジャーメインの密使として接触するよう求められた。
王直々の要請であり、断るとエレオノーラの立場が悪くなるのでティグルは引き受けた。
そうして妻であるティッタにまた一人にさせる事を謝り、更に帰って来た時には今まで様子を見ていたが本格的に子作りをする約束を交わしたのであった。
その後、夕食が済んだ後にティグルはアスヴァールに向かう準備を始める。持っていくのはヴィクトール王より渡された身分証である二つの指輪とヴィクトールがジャーメインにあてた親書が入った筒になめし革を巻いて少しくらい水にぬれても大丈夫にした物。
それと武器としては家宝でもある『黒弓』、矢の入った矢筒、片手で扱えるように調整した通常の剣より、短い剣に荷物として数日分の食糧に水筒、火打石と油の入った燻製の小瓶と短剣、銀貨や銅貨の入った財布、そしてエレオノーラがアスヴァールに行く前に彼女にとって大切な親友である『
ただ、アレクサンドラは重い病を患っており、だからこそ手紙を渡してから三日待っても会えないようならアスヴァールへ向かうようにとも伝えられたのである。
そうして準備を済ませたティグルは弓の手入れを終えてまもなく、リムアリーシャがティグルの部屋を訪れる。
「荷物を確認します。中身を全て出してください」
荷物の点検に来た彼女の要求に従って、床に荷物を並べると……。
「ちょっと待っていてください」
「ん? ああ」
荷物を確認し終えたリムアリーシャは大した間も置かずに戻って来た。その手に薬草の入った小袋に軟膏の小袋、麻縄、藁紐に針と糸に手鏡など色々、持って……。
「これらも持って行ってください」
「分かった」
正直、こまごまとしたのはレグニーツァの港町で調達するつもりだったが、リムアリーシャは誠意で用意してくれたのだから、文句を言う気はなかった。
「後、お守り代わりにこれも……」
そして熊の人形も渡してきた。
「ありがとうな、リム。心配してくれて嬉しい」
「当然じゃ無いですか……貴方は私達にとって大切な人ですから……ん……」
「愛してるぞ、リム」
ティグルは顔を赤くしながら言葉をかけてくるリムアリーシャへと軽く口づけした。
その後は夜が明ける前に公宮を出て、裏門を出ると門のそばに鞍を乗せた一頭の馬が繋がれていた。この馬はリムアリーシャが手配してくれたものだ。
鞍に黒弓を差し、矢の入った矢筒を下げてリムアリーシャからのお守り代わりに貰った熊の人形を結びつけた荷袋を後ろに括りつけて馬に乗り、街道を進んでいく。
「……ふ」
ふと気配を感じたので後ろを振り返ると公宮を囲む城壁の上に誰かが立っているのが見えた。ティグルはそれがエレオノーラだとなんとなく分かり、笑みを浮かべる。
そして上から下へ吹き付けるような強い突風が吹くと共にそれに乗せられ、小さな輝きを放つ物が飛んでくるのをティグルは見る。
掴み取るとそれは銀貨であり、墨のような物で文字が書かれていた。
『
「ありがとう、行ってくる」
城壁上を見るとエレオノーラは姿を消していたが、ティグルはエレオノーラに対し礼を言いながら、言葉をかけると腰に下げた革袋に銀貨をしまい、そうして夜明けの迫る街道に馬を走らせたのであった……。