ティグルがマトヴェイの商船である『誇り高き白イルカ号』で向かっているアスヴァールは『霧と森の国』と呼ばれている。
かつては北の海に浮かぶ小さな島――アスヴァール島だけを領土とする島国に過ぎなかった。しかもその島の中で五つの部族が覇権を争っている状態だったのだ。国の由来は島からきていて、山は少なく、丘や川、森が多い。
西の海から絶えず熱を帯びた風が吹きつけるのだが、島の半ばに達するまでには冷やされる事で一年の殆どが霧に覆われていると言われているのだ。
しかし、マトヴェイによれば一年の殆どというのは誇張であり、地域差もあるとの事。しかし、いつどこで霧が出ても不思議ではないという場所なのは確かだそうだ。
そしてアスヴァールは常に島内で争いが絶えなかった。五つの部族の争いもそうだが島を手に入れようとする大陸の諸国が船団を組織して攻め込むし、海賊も沿岸を荒らし回るからだ。
そんな争いの絶えなかった島アスヴァールを王国として纏めたのがアスヴァールの初代国王アルトリウスだ。彼は自分が赤い竜に変わる夢を見たと言われている。
赤い竜は五つの部族の長を束ねる王の象徴であり、それまでごく平凡な戦士だったアルトリウスだが夢は神託だと信じて王になる事を決意する。
無論、ほとんどの者はアルトリウスを笑ったが十二人の仲間はアルトリウスに従った。
そうしてアルトリウスは常に先頭に立って、剣を振るっては数多の戦場を駆けて勝利を重ねた。諸部族をことごとく従えて海賊を双頭し、侵略してきた諸国を撃退したのだ。
武勇を振るうアルトリウスに従う十二人は円卓の騎士と呼ばれるようになる。
国の神話というのは何かしら共通点が生まれるものなのだろう。
ブリューヌの神話では初代国王となるシャルルが聖窟宮で啓示を受けたと言われているし、ジスタートの神話においては黒龍の化身を証する男が争っている諸部族の前に現れ、従う者達を率いて戦ったと言われている。
アルトリウスと十二人の円卓の騎士はアスヴァールにおいて神々ではなく、この者達が信仰の対象となっている。アルトリウスは神の加護を得ていたと言われているし、円卓の騎士も神に従う精霊のような存在、天使の加護を得ていたと言われているのだ。
そして、アルトリウスの死後も平穏な時を過ごしていたアスヴァールだが大陸にあるカディス王国が突如、アスヴァールに侵略を仕掛け滅亡の危機に追いやった。
そんな時に王女であるゼフィーリアが立ち上がり、勝利を重ねる事でそうして逆にカディス王国を攻めて滅ぼした。
その後、女王にもなったゼフィーリアはアスヴァールの統治にも尽くしながら、亡くなる時には父王に近い血脈を持つ者を後継者に定めた。
こんな歴史が故にアルトリウスとゼフィーリアはアスヴァールを代表する英雄としてアスヴァールの者達の誰もが誇りとしているのだった。
そんなアスヴァールへと向かうティグルの船室には同居人がいる。オルガという少女だ。
だが、ティグルは何となく彼女の正体に気が付いていた。というのも彼女が腰に下げている斧が精巧な装飾で出来ているし、刃と柄の接合部には拳ほどもある黄玉が埋め込まれていて、刃にも細かな文様がある事から『竜具』だと察しがついた。
「幾らだった?」
「銅貨二枚でした」
オルガは深鍋を持っており、その中には半分くらいの湯が入っていた。厨房で買ってきたのである。
オルガはそれを船室の床に置くと外套を脱ぎ、衣服も脱いでそうしてスレンダーだが引き締まっていて戦士として良い肉体である上半身を晒した。
「良く鍛えられていて、良い体だな」
「ありがとうございます」
荷袋から麻布を取り出し、湯につけて体を拭くオルガを見ながらティグルは感想を言い、オルガは礼を言った。
そうして全てがすんでオルガが服と外套を身に着けるとティグルも同じように自分の荷袋から麻布を出し、そうして外套と衣服を脱いで潮風でべたついている体を拭き、衣服に外套を身に着け、鍋を部屋の隅に押しやる。
「夜の海は冷えると言うし、嫌でなければ一緒に寝よう。床で寝るのは身体に悪いだろうしな」
「感謝します」
そうしてティグルとオルガは船室に一つしかないベットで横になる。
「背を向けてくれ、温め合うならこんな感じで寝た方が良いだろう」
「ん……そうですね」
オルガに背を向ける態勢にさせるとティグルは後ろから彼女を抱き締め、そうして互いに眠りにつくのであった……。