現在、ティグルはアスヴァール王国へと向かうためにレグニーツァ公国を治める戦姫アレクサンドラ=アルシャーヴィンことサーシャの友好的な関係にある水夫マトヴェイの船、『誇り高き白イルカ号』に乗って航海していた。
マトヴェイによればサーシャは恩人との事である。そして、その航海においては予期せぬ縁があって、竜具だろう斧を持っている者、つまりは戦姫の一人であると予測できる少女オルガと出会い、彼女も『誇り高き白イルカ号』に乗るという事でティグルは自分の部屋に招いて一緒に航海を楽しむ事とした。
『誇り高き白イルカ号』は商船であるが、アスヴァール王国に向かう客の構成としてはアスヴァール王国は内戦状態で荒れているのもあって、血気盛んであり、血生臭い傭兵たちが多い。
しかも本来、オルガに与えられた部屋はその傭兵たちが所狭しと並ぶ部屋であったのでそんな部屋にオルガを居させたくないというのはあった。
立ち振る舞いを観察して、彼女がかなりの実力者であるのは把握しているし、彼女も気にはしないだろうが無駄な諍いを起こさせたくはないからである。
男の集団の中に女を放ればどうなるか……少なくとも諍いに争いの種になるのは目に見えている。
そうして夜になってくると、ティグルはオルガに対し一緒に寝台の上で寝る事を提案し、夜の寒さもあって抱き締め合い、温め合うのを提案した。
オルガは了承し、ティグルの指示に従う事で寝返る。そうして、ティグルに背を向けるような体勢となって、ティグルはそんなオルガの背中から彼女を抱き締め、互いに眠りについたのであった。
夜が明けると……。
「良い温もりと柔らかさをありがとう、オルガ。おかげで気持ち良く眠れたよ」
「……わ、私も暖かったですし、それになんだか安心して、眠れました」
「それなら、男としては冥利に尽きるよ」
互いに寝てみた事の印象を話して軽く笑い合う。
こうして、ティグルとオルガは『誇り高き白イルカ号』で一緒に生活を共にしていく。
「ふっ、ふっ、ふっ……」
「ティグルはかなり鍛えているんですね」
「そっちもな、オルガ」
海の上ではする事は無いが、体が鈍るのを防ぐために船室の中で逆立ち腕立てなど出来る限りの肉体訓練、マトヴェイに相談したうえで決められた時間帯の中で甲板を走り回るなどの鍛錬をした。
それにオルガも付き合い、互いに戦士としての実力の一端を知る。
こうして生活を共にしていたティグルだが、マトヴェイによれば七日でブリューヌを東から西まで横断しているとの事だった。
「あれがブルトン半島か」
「ええ、あの島が見えた以上、アスヴァールにはあと二日で到着します」
ブリューヌの北西端にあり、北の海に突きでているブルトン半島は『バヤールの尻尾』と呼ばれている。ブリューヌの軍旗である魔法の馬バヤールからとったものだが、ティグルは今回、初めてそのブルトン半島を見たのだ。
「しかし、船が物々しくなったな」
「海賊を警戒しているのです」
ブルトン半島が見えてから船乗りたちは言葉少なくなり、戦場に身を置いているかのように鋭い目つきになって言動も粗っぽくなった。
マトヴェイによるとアスヴァールで内戦をしている二人の王子のうち、エリオットが海賊を配下にしており、エリオットの拠点はアスヴァール島なのでこの辺りは連中の庭のようなものとの事。
ジスタートの商船は襲われない事になっているが、世の中には『間違えた』という便利な言葉があるので油断は出来ないのである。
とはいえ、海賊に襲われる事も無く二日が過ぎ、目的地としている港町が遠くに見えた事で船乗りたちは安堵の表情を浮かべた。
「ティグル、あれを射落とす事が出来ますか?」
港町を観察していたティグルの服の袖を引っ張ったオルガは曇り空の下で優雅に舞う海鳥を指し示して言う。
「俺の弓の腕が見たいのか?」
「是非」
「良いだろう、しっかり見てろ……」
ティグルは海賊が襲ってきた時は対処しようと装備していた黒弓を持ち、矢筒から一本の矢を抜いて弓を構え、矢を番える。
「すうぅ……」
深呼吸しながら、海鳥に意識を集中し観察しながら矢を番えた弦を引き絞り……。
「しっ!!」
『ギャ!!』
海鳥は悲鳴を上げながら、ティグルが放った矢に穿たれるとそのまま海へと落ちていった。
「お気に召したかな、お嬢様」
「はい、とっても」
「とんでもない弓の腕ですな、飛行する海鳥を射落とすとは」
ティグルがオルガに問いかけるとオルガはティグルの弓の腕に対し、賞賛の言葉を送り、偶々通りがかったマトヴェイは驚愕したのだった……。