ブリューヌ王国の情勢は大きく変わった。
その切っ掛けは何かといえば、やはり、ジスタート王国とのディナント平原での戦である。
大敗しただけならば、まだ良かっただろう……しかし、大敗によってレグナス王子が戦死してしまったのだ。
これに息子であるレグナス王子を溺愛していた父親であり、ブリューヌ王国国王のファーロン=ソレイユ=ルイ=ブランヴィル=ド=シャルルは大きな精神的ショックを受けてしまった。
王子の葬儀を終えると政務を放り出し、心を閉ざして寝室に閉じ籠ってしまったのである。そして、それを好機と動き出した者が二人いる。
ブリューヌ王国においてファーロン王に匹敵する程の権威と勢力を有する大貴族の二人、テナルディエ侯爵とガヌロン公爵である。
王が閉じ籠ったのを良い事に今まで以上に我が物顔で振る舞い始め、王宮に乗り込むとファーロンなどいないかのように政務に口を出し、王家の名を使って自分に従わない諸侯へ圧力をかけているのだとか……。
本来は二人のような大貴族こそが率先して秩序を守り、王家を支えて王国の平和を保たなければならないはずだが、二人は明らかに混乱を拡大させていて、ファーロン亡き後の権力の座を狙っているのが窺い知れた。
「そろそろ、本格的に対立が始まりそうだな……」
実はレグナス王子の戦死はテナルディエとガヌロンが戦中での混乱に乗じて仕組んだ物であり、刺客を放ち、暗殺すらやろうとしていたのを知っているティグルは情報を集めた中で言う。
大体の諸侯と同じように王国に対して弔意の証としてアルサスで用意できる贈り物はマスハスと相談しながら、送っていた。
「本当、要領よく動き出す奴らだ。もうちょっとくらい、喪に服せよな。まあ、暗殺しようとする奴らがそんな事、気にするなんてありえないが……せめて、もぅ少し仲良くしててほしかった」
普段は犬と猫の仲と称される程に対立しているのに自分たちにとって利益となるなら、そんな相手と手を組み、要領良く動けるテナルディエとガヌロンに対し、毒づく。
「本格的にこっちも動かないとな……そのためにも……」
テナルディエとガヌロンは日増しに対立を深めているという、ならば国を二つに割る程に争いを始める事になるのは間違いない。普段から二人に付き添っている諸侯はともかくとして、ティグルにマスハスなど、中立派の諸侯は慎重な行動を要求される事になる。
なにせテナルディエもガヌロンも自分たちに敵対する者に対して容赦も情けも持たず、虐殺はするし、略奪だってするのだから……自分と自分にとって大事な者達、愛するアルサスを守るためにティグルは動いていた。
だからこそ、国境が隣接していて自分の実力を大きく評価し、勧誘してきたジスタート王国の戦姫の一人であるエレオノーラの勧誘に応じたのだ。
無論、彼女の力に甘んじるという訳では無く、最大の力と忠義を捧げる事は勿論、エレオノーラの仲間になればテナルディエとガヌロンに対し、ティグルは国敵にされてしまい、アルサス侵略の良い口実を作ってしまう事になる。
そうならないように向こうから動き出し、攻めて来るのをまずは待つ。
自分は領土を治める者としては若い事。ライトメリッツと国境を隣接している事から焼き払うためなどとして侵略して来るのは間違いないし、自分たちに従わない諸侯に対する良い見せしめと定められもするだろう。
だから、逆にそれを利用する。自分の領土を守るため元傭兵団の団長をしていたエレオノーラを雇うという形で引き入れ、対抗してみせるのだ。
後はマスハスもそうだが、ティグルはアルサス周辺の諸侯に対し、父と親交があるので交流を続けたり、食料不足や盗賊に襲われたりなどという悩みの解決にも協力してきた。
ディナント平原での撤退にだって、警告や救出もしている。
こちらに協力、或いは陰ながらの助力だってしてはくれるだろう……そうした者達と協力、説得しつつ仲間に引き入れ、テナルディエとガヌロンに対抗する。
それがティグルが考えている事であり、しくじらないようにしながら臨機応変にやらなければならない。
どっちに転んでも旨みを得られるようにするのが策の肝要なのだから……。
「こっからは今まで以上に本気でやらないとな」
ディナント平原での戦以前はテナルディエとガヌロンに対し、目立たないように動いていたがこれからはそうもいかない。
自分の実力を限界以上に発揮し続けなければならないのだ。
「では、行こうか。お前たちに歓迎されたようにこちらも歓迎させてもらうからな」
「ああ、よろしく頼む」
そうして、ティグルはエレオノーラとの交流を深めるべく、妻であるティッタと共にジスタート王国が抱え込んでいる七つの公国の一つにして、南東にあるライトメリッツ公国へと『キキーモラの館』という名のエレオノーラの別荘で彼女とリムアリーシャの二人と合流しつつ、二人の先導に従いながら向かうのであった……。