魔法使い、一身上の都合により世界移動す ~そして、世界全ての破壊者へ~ 作:無淵玄白
現れたヒキガエルのようなミュンテー特使は、どうやらかなり好色な人物のようで、まぁ俗物の中でも俗物ではあろう。
ファルスが紹介したアカデミーの女子に対する好色な眼は正しく女をモノとしか思っていない―――が、まぁどこでもこういうのはいる。
地上にても富を持つものは愛人契約をどこぞの相手と結ぶこともある。それは貴族だけでなく商人……豪商であっても同じであった。
ゆえに―――。
「ひょひょひょ。イングリスちゃんにはフラレてしまったが、そこの少年よ。お主はどうじゃ?天上人の娘たちの『男娼』になるつもりはないか?」
見目麗しきイングリスを愛妾としたくて
「私がですか?高貴な御婦人方の夜の相手になるほど男があるとは思えませんが」
「そいつは俗を知らん発言じゃ。確かに見目麗しき人間を持て囃すのは天地変わらぬが―――そういう娘どもに限って「夜」の相手には筋骨隆々で逞しい蛮族のような男がいいと言うのじゃ、または極端に少年趣味な娘もな」
俗物であるからか世俗に関しても知見が深い
それは確かにありそうな、というかある話であった。
オルファー家がまだ没落する前に、レオンや大旦那様に連れられていった貴族の宴席ではそういうこともあり得た。
ある意味、あのラーアルのようなことは、地上の貴族連中でもやっている。ただ天上人がいない場によっては、彼らが『横暴な簒奪者』にもなるのだ。
その中でも『少年趣味』の貴族のご婦人方の視線がセツナに集まり、事実寝室に誘われそうになったが―――寸前でレオンが取りなしてくれたことを思い出す。
「ミュんテーサま。ソロソろ……」
従者らしきおどろおどろしい様子を見せるローブを羽織った男が次の仕儀、おそらく宰相閣下との交渉を催促する。
「ひょひょ。では献上品はいつも通りに頼むぞいファルス。イングリスちゃんも気が変われば――――」
「ぜったいナイDEATH♪」
イングリスからの殺意の籠もった視線と言葉を受けて逃げるようにミュンテー特使は部屋から出ていくのであった。
そんなミュンテー特使に女性陣は様々な意見を仰る。だが、俗物であるがゆえに―――捨て駒としても利用可能ということか、と思っていると……。
「ちょっ、レオーネ。何なのさ?」
「主人としての打擲よ。あんなのと同調しないで」
「別に同調したわけじゃない。ただそういうこともあるよなと思っただけだ」
レオーネとしては、セツナに対する肘打ちは男娼なんてなるなという心なのだろうが……。
「そ、そもそもそういうのは私が相手になっても良くない?」
「従者の平民を愛妾にしているなんて醜聞はマズくない?これからオルファー家の再興するんだから」
レオーネの気持ちが分からぬセツナではない。だが、幼い頃から近くに居た人間だからそういう気持ちなのだと思っている。
事実、レオーネも見目麗しき美青年であるウェイン王子殿下に熱をあげているのだから。
そんな王子殿下は今回の取り引きに反対をしており、そのために今回は国王派の宰相殿下が寄越されたとのことをファルスは語っており、既に船上は火薬庫であると言う。
(脅しにしちゃチープすぎやしないかい?)
感想を内心で述べつつ、鼻を突く匂いがセツナに届く。
「下がってレオーネ」
「セツナ?―――ッ!!!」
自分を後ろに控えさせた従者であるセツナに疑問を覚えたレオーネだが、次の瞬間にはこの使用人の部屋なる場所の壁がぶち破られて、宰相閣下などがいた来客用の部屋と繋がる。
もうもうと立ち込める白煙。その向こうに―――。
「もしかして敵が来た!?」
「お兄様が来たの!?」
「クリス喜ばない!」
血鉄鎖旅団の襲撃かと喜色1人と憂色2人の反応を示す美少女集団だが……。
状況は彼女たちの予想通りとは言えない。
壁から出てきたのはこちらに背中を見せているミュンテーとその従者の2人。その2人を追い詰めて壁を砕いたのは―――。
「「
見えてきた襲撃者は―――。
「騎士か」
アールシア宰相の警護を務めていた騎士たちが、抜き身の刃を振りかざして2人を追い詰めていたのだ。
瞬間、宰相の眼がこちらに向くがとりあえず一礼をしておきながら事態の推移を見守る。
何かの
「お前たち!気でも違えたか!!」
「いいえ、閣下!これこそが我々の心です!!」
いきりたつ騎士たちの一部が言うにはミュンテーは好色なだけでなく、色々と無茶苦茶な要求をカーライル王国に出していたらしく、そして今回の領土譲渡は騎士たちの心をざわつかせた。
(恐らくこの護衛騎士たちの中には、今回寄越せと言っていた『シェイザー』の辺りに領土を持っている騎士もいたんだろうな)
大義名分を掲げるも、本音としてはそこなのではないかと斜に構えながら考えつつ、とはいえミュンテーが俗物であり下種であることが、それらの冷静な考えを押しつぶして、この『天空の密室』における犯罪ならば、反政府組織……血鉄鎖旅団の犯行としてしまえる。
(その考えもまた下種だと思うがね)
斬奸の名目を唱えた後に、その刃の振り下ろした責任を他の者に押し付けるなどあまりにも不忠不孝ではないかと思う。
(思うのは……俺がこういう時代を『歴史』として、知っているからかな?)
などと言いながらも事態は更に動き、最初にミュンテーを襲撃した騎士たちに他の面子も同調していく。
さらに言えば騒ぎを聞きつけた鎧姿の奴隷兵が駆けつけてくる。あちらこちらで切り合いが始まる。
このらんちき騒ぎの中で人同士の殺し合いは―――。
「セツナっ……」
―――少女方の
一部の例外はあるが。
そんなわけで、悲しげな声を上げるレオーネが求めていることは、ただ一つだ。
「laeg-ingr」
袖の内側で輝く魔術刻印を利用して
「なっ!?」
「こ、これは!?」
宰相閣下の警護騎士が、驚くぐらいにその網糸のようなものは、彼らの動きを全て止めていた。蜘蛛の巣に囚われた蝶が藻掻くたびに絡むように彼らは動けない。
「ひょひょひょ!まさかこのような天佑があるとは!!今はこれを利用させてもらおう!!!」
騎士団の動きを封じられたことでミュンテーは、自分の『持ち札』を開帳する好機に恵まれる。
護衛の男がそのローブを脱ぎ去り、その痩身に蓄えられたものを開帳して―――。
『
身動きが取れない騎士たちを襲う。その攻撃は正しく発揮されたならば、全ての騎士たちを屠るはずだった。たとえ彼らが自由の身であったとしても―――。
しかし。
『ヌウゥウウ!!』
「な、なんじゃ! わしの『マナイーター』の攻撃が弾かれておる!?」
拘束された彼らを素手で屠る怪人の攻撃は『アルジズ』のルーン『文字』を重ねた守護の魔法陣で防がれた。
(あれはセツナがこの船内に入ると同時に『紙』に書き連ねていた文字の変形!!)
イングリスはファルスと会話しながらもセツナの動きに注意を払っていたわけだが、その中でもセツナが紙に何かを書いていたのを目敏く見ていたのだ。
そして、その様子に―――。
「き、きさまかっ!?なにゆえファルスの警護がわしの邪魔をする!?」
―――ミュンテーは当たり前の如く怒りを見せるのであった。
「知るか。俺は俺の意思で、この戦いに介入させてもらっただけだ。強いて言うならば、アンタにもそこのカーライル騎士団の面子にもムカつきを覚えただけだ」
あまりにあまりなツラネ言葉。それを受けて……。
―――なんなんだこの
奇しくもミュンテーと騎士団、そしてイングリスの心が一つになった瞬間だった。
「斬奸の名目を宣っておきながら、その実は使者殺害の責任と罪の所在を他者へと転嫁する態度は目に余る。真に国の為、人々のことを憂い思うならば、『こと』の後に自分がどうなってもいいから国の為にミュンテー特使の首を取るぐらいの覚悟を見せろよ―――捨て身でかからなきゃ理想なんて遂げられないんだよ」
その言葉に騎士団は少しだけ意気消沈をする。子供に指摘されたことがもっともであったと認めたくないのに認めざるを得なかったからだ。
そして……セツナの怒りは「レオン」が、あそこまでの覚悟を吐いてでも、血鉄鎖に走ったというのに、眼の前の騎士たちの覚悟の中途半端さを怒っているのだ。
「そして特使であるアンタもだ。そこの御仁は王都で多くの魔印持ちの騎士たちを襲った怪人だな」
「な、なんだと!?セツナくん本当なのか!?」
「私は直接会っていませんが、そちらにいるミス・ユークスの証言通りならば間違いないかと」
遂にこちらに話しかけてきたアールシア宰相閣下。しかし話のボールをイングリスに投げて事態の推移を見る。
見ながらも本当に注視すべき存在は……まだ動いていなかった。
「護衛騎士たちの心を制しきれなかったのは私の責任だ。しかし、アナタのそれは、ただの殺戮だ。面白半分に人の命を弄ぶのならば天上領に本気で攻めかかることもあり得るでしょう。ここにいる護衛騎士たちと心を共にするものが多くなるでしょうな……人心乱れれば斬奸の嵐は吹き荒れましょう」
「ほひょひょ。理想論よな。お主らとて上層の人間として時に苛烈な徴収を領民にすることもあろう。どれだけ善政を敷いたとて怨恨がないなど思うてあるまい? ましてや領内で反乱が無かったという歴史があるわけでもな」
「だからこそ我々は自分の身を正すことを常に心がけておくべきなのだ。アナタにはその心が無いようだな」
「わしら天上人の助力、アーティファクトの授受、魔印の身体刻印なければ死に絶えるだけの存在が―――よくも囀る。まぁよい!わしの研究が進めばそれは無くなり、魔石獣、そして果てにある『脅威』からも開放されるじゃろう!!」
交わらぬ平行線。そして、ミュンテーはセツナに眼を向けてきた。
「その前にお主を殺す……地上の人間が『術』を使うなど有り得ぬはずだが、それでもそうである以上はお主が最大の脅威……」
「やれやれ。別に俺を目の敵にしなくてもいいでしょうが、ここでアナタに矛を収めるという選択肢が無いというならば―――――」
「私が出るまでだ!!!」
「―――最強の騎士姫を解き放つしか無いわけだ」
前日に研ぎ終えていた「剣」を前に出たイングリスに寄越しておく。
「宰相閣下、特使ミュンテーは如何します?」
「捕縛だ。国王陛下にご裁定頂かねばならない」
カーリアス陛下にそこまでのことが出来るかという疑問を持ちながらも。
「だそうだ。ルーンイーターだかマナイーターだかは殺しても構わんが、そっちは殺すなよ」
「ある程度、痛めつければセツナは捕縛出来るんだね?」
「―――容易い」
確認事項をお互いに出し合うことで戦いの場は整った。
「ほひょひょほひょ! そうはいかんぞいイングリスちゃん!! 逆にわしがお主を捕らえて、一つになるんじゃあああ!!「合体」は気持ちいいぞいいい!!」
絶句。
似たような年頃の娘や妹ないし婚約者を持っているかも知れない騎士達及び宰相閣下も同じような顔をしていたが―――。
「―――殴ッ血KILL!!」
すぐさま怒りの表情と共にチカラを充足させたイングリスが、ルーンイーターに斬りかかるのだった。それはルーンイーターにとっても極上の餌だったらしく、王都での邂逅とは違い積極果敢に戦いが繰り広げられるのだった―――。