魔法使い、一身上の都合により世界移動す ~そして、世界全ての破壊者へ~   作:無淵玄白

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『政情心情? 動くに動けぬその先に…』

荒い息を吐きながらイングリスの額には珠のような汗が浮かぶ。

 

ふぅふぅ。はぁ、はぁ……。

 

その流れ落ちる汗は同時に胸乳(むなじ)にできる汗と合わさり艶めかしい空気をこの場に生んでいた。

 

当然、それを意識できるのはイングリスだけだが、それを想像させるだけの余地はあったりした。

 

何故、美少女であるイングリス・ユークスが、このように汗をかいているのか。基本、彼女は運動をしていても汗をかいている様子はない。

 

ならば、何故か。

 

イングリス・ユークスがここまで汗をかき、興奮をするようにしている原因は――――。

 

「辛いけど、この辛さに克服することもまた試練なんだ」

 

超特大全部乗せ激辛パスタ(地獄系次郎スパゲッティ)なるものを朝食にしているのだった。

 

それでもって朝から汗をかいていては身体が冷えてしまわないだろうか、と思いながら我関せずでセツナはコーンスープに硬いパンを浸しながら食べるのであった。

 

男子にとっては朝から目の毒すぎる美少女の媚態に特に思うところもなく食べる。

 

(ここにレイとバンがいればなんか違ったのかも)

 

リーゼロッテの従者である従騎士科の同輩二人は諸事情により、ここを退学して領地に引っ込んでしまった。

詳しいところは分からないのだが、まぁリーゼロッテの父親が宰相を辞めざるを得なかったことが多分に大きいのは間違いないだろう。

 

とはいえ、彼らは、そういう権力者に取り入ろうとする父親の態度に元々腹を据えかねていたらしいが。

 

みんなが真っ赤かな激辛メニューを食うイングリスとラフィニアを心配しつつも、無駄ごとを考えていたセツナなのだ。

 

「昨日は、最後の最後でとんでもないビッグバトルを逃してしまった!!セツナみたいにアカデミーでお留守番していれば、巨大魔石獣とも戦えたかもしれないのに!!」

 

その悔しさと激辛を克服する試練を乗り越えつつ、食欲も満たそうというワガママボディな女のワガママにちょっとだけ言っておく。

 

「あのな。怪我人が多く出ちまったんだぞ。おまけに校舎の一部も破壊されたからな。それをまるでお楽しみイベントか狩りの催しみたいに言うなよ。ラティとシルヴァ先輩の怪我を見ただろ?」

 

「うぐっ……な、なんだか私が非常識な言動をしているかのよう言い振りですね」

 

その通りだからな。とは言わずにコーンスープを口に運んでおくのだった。

 

「おいしいし、刺激的な味だけどそろそろ味変したいところだよね……」

 

大盛り料理をモリモリいつでも食べるユミルの姫君たちではあるが、流石に辛味という味覚のなかでも『痛覚』を刺激するものを食い続けるのは難儀だったようだが。

 

「それじゃ、どうぞ」

 

パンに備え付けられていたバターを分からぬように炎熱で溶かしてからラフィニアのパスタに乗せる。

 

少し違うがチーズパスタのような形になるわけで―――。

 

「あっ!なんか辛味が抑えられて鮮明にパスタの味が分かる!!辛味だけじゃないパスタだと感じる!!」

「バターやチーズなどの乳製品は乳脂肪が味覚を感じる部分に『膜』を作るとともに、辛味を包み込むんだ。これならば、元の料理の味も損なわない」

 

全員が感心する中……ただ一人。怪訝な思いを持つものが。

 

「セツナ、私には入れないんですか?」

「俺がもらったのはロングブレッド二つ分のバターだ。それに―――君ならば『自前』でどうにか出来るでしょ?」

「どういう意味だ―――!!!???」

 

人差し指でイングリスに存在する『乳脂肪』がたっぷりだろうものを差しながらの言葉はあからさまなセクハラではあるが、これぐらいはいい薬だ。

 

などと思っていたらば……。

 

「ならば、こうしてやる!!」

「お、俺のコーンスープを真っ赤かに!!」

 

まるで白い悪魔が紫色の巨人を踏み台にするようにして、机にスープ一滴こぼさずパスタを入れやがった銀色の悪魔。

 

「まぁコーンスープもバターを使って作るものだからね。そういう風に言うからやり返されるのよ」

 

レオーネの嗜めるような言葉を受けながらも即座に、激辛パスタが入ったコーンスープを食べるべく、スプーンではなくフォークを突き入れて巻き上げて食べる。

 

「ああ、確かに乳製品を入れるとマイルドになりますね〜。こりゃいいこと聞きましたよ♪」

「おのれ、平民の食事にすら食指を伸ばす銀色の悪魔め。許すまじ!!」

 

テーブルを汚さずにコーンスープに入ったスパゲッティを食べる男女。

 

男子が口を付けていたスープに自分の食していたスパゲッティを入れるというとんでもない行動をしたイングリス。そしてそのパスタを何の呵責もなく食うセツナ、当然入れたイングリスも食べるわけだが。

 

この二人の行動はある意味では。

 

(((((間接キスに当たるわけだが――――言わんとこ)))))

 

なんかそんなことを指摘する方が卑猥で意識しすぎだと言わんばかりの空気が二人の間にはあったのだから仕方ない。

 

言わぬが花ということで、もはや取り皿使わずに、スープを入れる深皿から直接(パスタ)を啜る様子。

 

対面でお互いの鼻先を突きつけん勢いで食べる二人に言うのを諦めるのだった。

 

「それにしても、巨大魔石獣が現れたか」

「リップルさん曰く、獣人族の里で飼っていたペットらしいがな」

 

余ったスープにパンを浸しながら食べるイングリス(満腹なのであげた)の疑問に答えるセツナは、問題の要点はそこではない。

 

「そう言えばセツナが提案していた獣人族の神殿への強襲作戦はどうなったんですか?」

「却下されたよ」

 

その言葉に、全員が「え!?」と声を上げた。

 

「な、なんで!?まさか私の家が―――」

「いや、俺がオルファー家の従者であるとかそういうことじゃない」

「では何故?」

 

レオーネの疑念を打ち消したあとに疑問を呈するリーゼロッテに対して特に拘ることもなく言う。

 

「単純に現行の情勢下ではアカデミーにあるフライギア・フライギアポート、そして学生たちもいつ徴発・徴兵されるか分からない。要するに……緊急時なので、そちらに戦力を回す余裕が無いそうだ」

 

隣国であるヴェネフィクを教主連とやらが動かした理由が、そこにもあるのだとしたらば、裏で三味線を弾いている教主連とやらは余程の策士だ。

 

こちらの切り札たるハイラル・メナスを時限爆弾も同然にした上に事態はなお進行中である。

 

「まぁ、なんにせよ。何か動きがあり次第としか言えなくないか?」

「何か起こってくれませんかねー」

 

何も起こんない方がいいのだが、宝石の使い魔で見た魔石獣の数は予想していたよりも多かった。

 

何よりライダーはいまだに囚われの身。

 

(自分のサーヴァントに戻すのは構わないが……)

 

「なんですか?私を見つめて」

 

この女(イングリス)が『勝負させろ』『鍛えたい』ということ間違いないわけで―――厄介なことになるのは間違いなさそうなのだ。

 

などと先々のことに思い至らせた時に……。

 

「後輩たちの中に入るのは少々、気が引けたが……昨日は助かったセツナくん、ラティくん」

「いや、お構いなく」

「やるべきことやっただけだしな」

 

こちらにやってきたのは、シルヴァ・エイレン三回生であった。

 

男子二人の言葉を受けて、苦笑気味のシルヴァだが。

 

「あのシルヴァさん。お怪我の方は」

「大丈夫。昨日のラフィニアさんの治癒のギフトで不調は回復しているよ」

 

自分のやったことの結果を知りたかったのか、その言葉に安堵してから食後のデザートを食うラフィニアなのだが……。

 

「先輩、何か我々ないし、我々の中の誰かにご要件があるのでは?」

「分かるか?」

「少し前に王城のものだろう馬車が来ているのを見ましたから」

 

セツナの言葉に、全員の視線がシルヴァに向く。

 

「うん……実は今から校長室にみんな来てほしいんだ。リップル殿への処遇で国王陛下付きの近衛騎士が少々物言いをつけてきたからね」

 

それは自分たち一回生……しかも家の家格や身分の上下バラバラな連中にどうこう出来ることなのだろうか?と疑問を持ちながらも、とりあえず言われたとおりに校長室に向かうことにするのだった。

 

 

向かった先では喧々囂々としか言えない議論が繰り広げられていた。

 

シルヴァが言う近衛騎士とやらは彼の兄であるレダス・エイレンという二〇代後半から三〇代前半……と見える壮年の男性であった。

 

リーゼロッテ曰く近衛騎士団の団長を務めているらしく、かなりのエリートではあるようだ。

 

まぁそれはともかくとして騎士レダス曰く、リップルが現在陥っている症状は、アカデミーという候補生たちに預けるにはあまりにも危険すぎる。

 

カーリアス王の命令なのか、それとも近衛騎士たちが嘆願したからなのかは分からないが、リップルを天上領に『クーリング・オフ』するとのことだ。

 

「に、兄さん……! 考え直してくれないか!? 校長先生の言う通り、僕達は上手くやれている! そんな必要は無いはずだ!」

 

戸惑いながらもレダスの命令に抗議するシルヴァ。魔印の格ではシルヴァが上だが……流石に若干ながら年の離れた兄貴に対しては弱くなる様子。

 

「だがシルヴァ。お前は、大怪我を負ったじゃないか、私は心配で心配で……その話を聞いた時は、心臓が飛び出るかと思った―――そして、それは私だけでなく、城勤めの騎士、文官、ないし遠方に住んでいるものたち関わらず現在のアカデミーの学生を弟妹(ていまい)に持つものたち全員の心だ……!」

 

そして、それらを代表してこの人が来たということか。その表情は決して作られたものではなく、本当に兄として弟を心配している様子だ。

 

「セツナはどう思う?」

「まぁ……それが兄貴ってヤツでしょ」

 

いつの間にか自分の近くに来た渦中のリップルの短い質問に、短く答えた―――。

 

ただその一言で「兄貴」(うえ)がいる人間たちは表情を複雑にしたのは間違いなかった。

 

とりわけ表情を暗くしたレオーネに対しては禁句だったかもしれないと思うも議論は加熱する。

 

「僕だって一年もしない内に聖騎士になるんだ!! いつまでも兄さんの庇護下にいて騎士に―――『男』になれるもんか!!」

 

「まだ20も生きていない雛鳥が囀るべきではない。たとえどれだけ優秀であれども、お前はまだまだ未熟だ。タマゴでしかない」

 

言い合う二人は確かに兄弟のようだ。しかしながら白熱する議論に水を差すほどの正当性は―――ないわけだ。

 

ないはずだが……ラフィニアにとっては違うわけで猛烈に抗議する。

 

リップルをモノ扱いして今までの『御恩』を忘れて厚顔無恥な振る舞いはどうなんだ!?

 

要約すれば、そういうことだが。

 

「君とてラファエル殿から身を心配されているとは思わないのか?」

「だからって!そんな振る舞いは道義に反します!!」

 

親兄弟としての身の心配とこれまでの助力への返礼。

 

どちらにも理はある。理はあるのだが……。

 

それでも王の命令であるとなれば、従わざるを得ないのだが…。

 

(まぁ、こいつに任せとけばいいだろう)

 

俺のような素性不確かで、栄えある聖騎士団から出奔した聖騎士の従者なんて男子が言うよりも。

 

見た目だけならば美少女なイングリスが言えば『理屈』と『美貌』で無理を押し通せるかもしれない。

 

しかしながら、イングリスはレダスに若干寄った事を提案してきた。

 

それはリップルを送り返すという手段や方法などの不確実性を突いたものであり、しかしながらやはりリップルは、送り返すべきというレダス側の主張を受け入れたものであった。

 

当然ラフィニアは「なんばしよっとねー!!」と言わんばかりに、イングリスの両側から頬を潰しながら抗議する。

 

しかしながら、送り返す先方である天上領との間で送り返す日時や方法などなど

が不確定であるというのは、レダスに考えさせたのは間違いない。

 

(見切り発車だったのかな)

 

あるいは……もっと上の方では確定事項なのかもしれない。しかし、それがまだ降りてきていないだけ。

 

なんとも言えぬ状況だが。

 

特にセツナが口を挟むべきことではなかった―――そう。なかったはずなのだが。

 

「君は何も言わないんだなセツナ君」

「――――私に何か言えることではありませんね。節操分別というものを弁えておりますので」

 

誰かから自分のことを教えられていたのか、レダスは最後に自分に声を掛けてきた。

 

イングリスに対する騎士団への誘いを断られたからかなんなのかは知らないが、ともあれレダスの提案を丸呑みするとまでは言わないが、とりあえずはどうにかなった。

 

「セツナは私の提案やら諸々をどう思いました?」

「時間稼ぎだろ。その間に妙案が浮かべば御の字。そういうことじゃない?」

 

まさか言い当てられるとは思っていなかったのかキョトンとした顔をするイングリス。

 

「とはいえいつまでも保たんだろ。シルヴァ先輩に泥をかぶってもらっても長くて五日ほどだ」

「五日もあれば出来ることは多いじゃないですか〜♪」

 

もうこの女の考えていることが分かってしまってゲンナリする。

 

しかし、ソレ以上に過激なことを考える人がいた。

 

ミリエラ校長である。うつむきながら考えていたらしき彼女の驚きの言葉が校長室にて放たれる。

 

「こうなったらば手段は選んでいられません――――昨日、セツナくんから提案された獣人族の神殿への強襲……策源地の打破をします!出来ることならば一日、最長でも二日でケリをつけてください!!!」

 

思慮深いように見えてかなり過激なことを仰る校長の言葉に殆ど全員があんぐりとしてしまった。

 

「まぁウェインに何かあったらミリエラの嫁入りが色々と不安定になっちゃうもんね。イングリスちゃんの言うような国王派と王子派の内ゲバなんて心底ごめんだよネ☆」

「そういう俗物的なことはかんが―――考えていません!!」

 

先程まで低調であったリップルの両手の人差し指を銃口の如く向けながらの茶化しと冷やかしに言い淀みながらも断言をする赤い顔をした校長先生に色々と察しつつも。

 

(賽は投げられた、か)

 

そんなことをセツナは内心で宣うのだった

 

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