Sir knight(サーナイト)
私が喜びを感じたとき、貴方は一緒に喜んでくれた。
私が怒りを覚えたとき、貴方は真摯に受け止めてくれた。
私が悲しみに溺れたとき、貴方は優しく救い出してくれた。
私が期待に胸を膨らませていたとき、貴方は私にそれ以上の返事をしてくれた。
私が失敗し折れてしまいそうになったとき、貴方は私が立ち直るまでいつまでだって支えてくれた。
私が困らせてしまうのを自覚しながらも甘えてしまったとき、貴方は決して拒まずに私のことを受け入れ抱きしめてくれた。
私が貴方に『好き』だと言ったとき、貴方は『好き』を囁いてくれた。
私が貴方に『大好き』だと伝えたとき、貴方は『大好き』を贈ってくれた。
私が貴方のことを『愛している』のだと告白したとき、貴方は私に『愛している』の言葉を紡いでくれた。
貴方は私にすべてをくれた。
いろいろな経験を、たくさんの出会いを、様々な感情を、『愛』をくれた。
私がまだ、一人では何も成せなかったとき、
私がやっと、ほんの僅かではあるけれど貴方を助けられるようになったとき、
私がこうして、貴方を護り貴方を支える力、貴方の何よりのパートナーとなることができた今も、
いつもいつでも、どんなときでもどんなところでも、数え切れないほど多くのものを、もはや量れないほど数多のものを貴方はくれた。
だから私は、好きです。
敬愛。友愛。親愛。それらとは違う意味で、私は貴方が好きなのです。
私は、大好きです。
ヒトもポケモンも関係ない。ただ『私』という存在として貴方が、『マスター』という存在が大好きなのです。
私は、愛しています。
貴方が傍にいてくれなければ生きてもゆけない。貴方が隣から離れてしまえば存在する意味すら失くしてしまう。私のすべて何もかもは貴方だけ。そんな風に――このようになってしまうほど、貴方のことを愛しているのです。
貴方は私のすべて。私には貴方だけ。私にはもう、貴方という方しかいないのです、マスター。
……マスター。私のマスター。堪らなく好きで狂ってしまうほど大好きで、誰よりも何よりも愛おしいマスター……私の、かけがえのないマスター。
私は貴方と共に在りたい。私は貴方と寄り添って歩んでゆきたい。旅のパートナーとしての繋がり、それを超えた更に深く濃密な関係で、私は貴方と結ばれたい。
私のすべてが貴方であるように、貴方のすべてを私だけにしてしまいたい。
――あぁ。あぁでも、しかし、
貴方にとって、やはり私はパートナーなのですね。
貴方にとって、やはり私は大切なモノの一つに過ぎないのですね。
貴方にとって、やはり私はただの……ただの一匹、所詮ただのポケモンなのですね。
知っていました。
知っていたし分かっていた。ちゃんと、理解していました。
貴方はヒト、私はポケモン。
別の種族、まったく異なる生き物。
交われる。繋がれる。結ばれる。そんなことは、そんな願いは叶わないのだと、
知っていました。そんなアタリマエ、私だって知っていました。
……でも。
でも、それでも、私たちならば――私と貴方ならば、と。
一般的には禁忌。常識的には間違い。この世界においては罪。たとえそうであったとしても、他の何物からも認められず許されない悪であったとしても二人なら、この私とマスターとならば乗り越えられる。
乗り越え、屈せず、いつか望んだ未来に辿り着けるはずだと。
そう、私は思っていたのです。そうであるに違いないと思っていたし、想っていたのです。
……しかし、それはやはり誤りだったのですね。
成らず叶わず達することもない、私の勝手な夢想だったのですね。
――もちろん、これが異常なのだと分かってはいます。
ポケモンの身でありながらヒトに恋心を持ってしまった私が、
あるべき形を間違え正しい意味を取り違えた想いを、こんな禁忌を抱いてしまった私が、
貴方という存在をここまで――生死の行方もその意味も、そんな何もかもが貴方なしではままならなくなってしまうほどに望み、願い、愛してしまった私が、
この私こそが異常なのだと、途方もなく異端なのだと分かっています。
私がダメなのです。
私がおかしいのです。
私がいけないのです。
そう、分かっています。そんなこと、分かっています。
……けれど。
けれどもう、どうにもならないのです。
私でない他のヒトに、貴方の笑顔が向けられるのが嫌。
私でない他のヒトに、貴方の身体が触れてしまうのが嫌。
私でない他のヒトに、貴方の心が――『好き』が、『大好き』が、『愛』が贈られるのが嫌。
そしてそれを、そんな光景を見ていることしか……今こうしているように、貴方と他のヒトとが仲睦まじく接しているのを後ろから、遠い遠い外から見ていることしかできないのが嫌。
嫌で嫌で嫌で、堪らなく嫌なのです。
醜いとは思います。汚く酷い自分勝手な、醜悪極まりないものだとは思います。
しかしそれでも、もはや自らの内に留めてなどおけないほど、隠したまま秘めたままではいられないほど嫌なのです。
貴方とあれの仲を引き裂きたい。
貴方に纏わりつくあれを壊してしまいたい。
貴方を奪おうとするあれに、貴方は私のものなのだと教えてやりたい。
そんな悪意を、もはや私自身どうしても抑えておけないほど、もう爆ぜてしまいそうなのを止めていられないほど嫌なのです。
それほどまでに私は、貴方を愛しているのです。
それほどまでに私は貴方を――愛して、しまったのです。
……あぁマスター、私には分かります。ヒトの気持ちが、ヒトの想いが分かります。分かって、しまいます。
手に取るように呼吸をするかのように、それこそ目には見えずとも、近くにいるだけで分かってしまう。鮮明に見えて克明に伝わって、どうしようもなく分かってしまうのです。
だから、私は悔しい。
だから、私は悲しい。
だから、私は苦しい。
だから今私は、もう壊れて滅びてしまいそうなほど、私が私でなくなってしまうのではないかというほど、狂おしいほどに辛いのです。
私が欲しくて仕方のなかったものが、
私が愛してやまなかったものが、
私だけのものになるはずだと信じて疑わなかったものが、
貴方という存在が、あれに向けられ、注がれ、尽くされているのが分かってしまうから。
私が在りたかった貴方の何よりも大切な場所、今そこに在るのは私でなくあれなのだと、そんな現実が分かってしまうから。
貴方とあれの間が、あまりに眩しすぎて目を塞ぎたくなるほど美しく輝く幸せに、互いを想う好意と愛に溢れているのが分かってしまうから。
だから私は今、閉じこもるように俯いているのです。
だから私は今、血が滲むほどに強く唇を噛み締めているのです。
だから私は今、止まらない震えを抑えつけるように自らの身体を抱きしめ縛っているのです。
見えないように、気づかれないように、伝わらないように後ろで。貴方とあれの仲に、その世界に触れてしまわないように遥か遠くで。私は今、嗚咽を堪えながら涙を流しているのです。
……あぁ、マスター。私はいったい、どうすればよいのでしょう。
私はもう、貴方への想いを抱いていられません。
叶わぬのを分かりながら秘めていられるほど、貴方は私の中で小さくなどないのです。
このままでは私自身、そして貴方までも破滅させてしまう。そうと分かっていても抑えられずどうにもならないほどに強く、大きい想いなのです。
私はもう、貴方への想いを捨てることができません。
叶わぬと知ったから即座に捨て去ってしまえるほど、貴方は私の中で小さくなどないのです。
このままでは私自身、そして貴方までもを終わらせてしまう。そうは分かっていても止められずどうしようもないほどに深く、一途な想いなのです。
私は貴方を抱いていられません。私は貴方を捨て去ってしまえません。
もう私自身の力では、どうすることもできないのです。
こんな絶望に堕ちてしまうほど、私は――貴方というヒトを愛してしまったのです。
ごめんなさい、マスター。
こんな馬鹿な従者で、ごめんなさい。
ごめんなさい、私の愛おしいヒト。
こんな狂ったポケモンで、ごめんなさい。
ごめんなさい、アナタ。
こんな間違った存在が貴方を愛してしまって、ごめんなさい。
過去。私は、貴方の重荷にばかりなってしまいました。
現在。私は、貴方を不幸に導こうとしてしまっています。
未来。私は、貴方に望まぬ未来と願わぬ想いを押しつけてしまうでしょう。
本当に、ごめんなさい。
私はもう、貴方に幸せを運んであげることができません。
大好きな貴方に、愛おしい貴方に、私は幸せをあげることができません。
今の私にあるのはただ、『愛』だけ。
貴方に災厄を、幸せとはまるで反対の想いしか与えられない、間違った、狂った、穢らわしい『愛』だけ。
私にいろいろなことを、私にたくさんのものを、私にすべてをくれた貴方に、私はそんなものしかあげることができません。
『愛』なんて、私のこんな『愛』なんて、きっと貴方にとっては不必要でしょう。無用のものでしょう。受け取りたくなどないでしょう。感じたくなどないでしょう。嫌悪の対象でしかないでしょう。
でも……でも、ごめんなさい。
私は貴方が好きなのです。
私は貴方が大好きなのです。
私は貴方を、愛してしまっているのです。
だから、ごめんなさい。
貴方に届かずとも、貴方に選ばれずとも、貴方に拒まれようとも、
この想いだけは、どうしても失くせないのです。
あぁ、マスター。私は、貴方を――
「愛しています……。マスター、貴方は――わたしのすべてです」