EITOエンジェルズ総子の憂鬱(仮) 作:クライングフリーマン
「そうやな、『やる』って言う限り、何か怨みがあるんやろ。取り敢えず、訓練しながら待機や。」
========= この物語はあくまでもフィクションです =========
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= EITOとは、Emergency Information Against Terrorism Organizationを指す =
== EITOガーディアンズとは、EITOの後方支援部隊のことである ==
午後1時。EITO大阪支部。会議室。
マルチディスプレイに、小柳警視正と門田警視が並んでいる。
「府警に、犯行予告が来た。『銀行を襲ってやる』」
大前と総子は、ずっこけた。
「そんなん・・・銀行いっぱい、有りますやん。」
「きっと、2便があるねんやわ、なあ兄ちゃん、焦ってたら、忘れるわな。」
「そうやな、『やる』って言う限り、何か怨みがあるんやろ。取り敢えず、訓練しながら待機や。」
午後2時。司令室。
皆は訓練場に行っている。
ヘレンと紀子は、造幣局の『サクラの通り抜け』について、おしゃべりしていた。
マルチディスプレイに、門田警視が映った。
「脅迫状、いや、予告状は、新聞の切り抜きを使っていたんだけど、鑑識で細かく調べたんだけど、その新聞のウラ面に、あるマークが出てきたの。コマンダーは、『〇菱銀行人質事件』、ご存じかしら?1979年だけど。47年前だからねえ。私は中学だったかな。」
ヘレンは、婦警から送られてきたマークをディスプレイに出した。
言わずと知れた、『マーク』だ。
門田に変わって、真壁が説明した。
「事件は、1979年(昭和54年)1月26日(金曜日)に大阪府大阪市住吉区万代二丁目の三〇銀行北畠支店で発生した、銀行強盗および人質・猟奇殺人事件である.府警本部警備部第2機動隊・零(ゼロ)中隊、現在のSAT、が支店に突入し、梅川を射殺したことで事件は解決した。女性行員らは梅川昭美容疑者に衣服を脱がされバリケードにされるなど、極めて凄惨な人質生活(約42時間)を強いられた。その後、被害者や目撃した行員は深いトラウマを抱え、PTSD(心的外傷後ストレス障害)のケアや、職場復帰への長い道のりを歩んだとされている。」
「PTSD、か。」
「それやな。」と、途中から入って来た総子が言った。
会議室。皆、戻ってきていた。
「今日は金曜日。犯行は多分、月曜になるわね。」二美は、言った。
「二美ネエ。地理、よう調べといて。用賀さん、ビル解体用の重機言うたら?」
「まずはクレーン、かな。解体?」
「兄ちゃん、クレーンのレンタル業者、探して。」
「・・・そうか、了解した。」
『銀行を襲ってやる』
そんな文言から、物騒なシーンを連想出来るのは、総子と小町だけであった。
奇しくも、昨夜、興信所所長でもあり夫でもある南部から言われていた。
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「暫くは、小町の知恵袋も借りてきた。これからは、お前の知恵で乗り切るんや。大前さんも、それを期待している筈や。」
「ええ旦那に嫁いだわ。」「おおきに。」
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4月6日。月曜日。午前9時。三〇U〇J銀行北畠支店ビル。
南港通りを、クレーン車が走ってきた。
車の通行量が少ない。門田が手配したからである。
念の為、銀行員は女性警察官と入れ替わっている。
ビルにクレーン車が近づいた。
EITO大阪支部の、6台のホバーバイクが『ツインキャッチネット』を張った。
クレーンは、クレーンホイホイに捕まったのだ。
ホバーバイクとは、『宙に浮くバイク』のことである。
民間企業が開発し、警察か自衛隊に採用される予定だったが、『市民活動団体』によって、不採用になった。だが、芦屋グループが買い取り、改造して、『主に運搬や消火』に活用している。
ミニパトに便乗してきた総子が、EITOエンジェルズが、野次馬整理を始めたのを確認して、クレーンのドライバーを引きずり下ろした。
一美が、手錠をかけた。
「あんたの気持ちは分かる。お母さんは、死ぬまでPTSDで苦しんだんやな。あんたもステージ4らしいな。あの世で再会するまで、大人しゅうしときや。」
総子に続いて、門田も言った。
「殉職した警察官もいる。親族・遺族は皆、十字架背負って生きて来た。犯人は、もう先に旅立っている。『拾得物』は持ち主に返します。」
そう言って、手錠に繋がれた犯人に門田はロザリオを渡した。
「裁判には、私も証言台に立ちます。」
門田が言った後、真壁に促され、犯人はパトカーに乗った。
総子が見上げると、ホバーバイクからネットが外されて、飛んで行った。
クレーンは、レンタル会社から搬送しに来る予定だった。
犯人は、47年前の事件の被害者の家族だった。
小柳警視正は、クレーン車の盗難があり、回収した、と発表した。
「今日は、暑くなりまっせ、奥さん。」
「熱いのは、夜までお預けや、旦那さん。」
「最高のめおと漫才やな。」と幸田が邪化した。
―完―
============== ただ今の出演 ================
南部[江角]総子(ふさこ)・・・大文字伝子の従妹。南部興信所所長の妻。EITOエンジェルのチーフ。
南部寅次郎・・・総子の夫。南部興信所所長。
大前英雄管理官・・・EITO大阪支部の管理官。コマンダー。総子からは『兄ちゃん』と呼ばれている。
足立祐子・・・EITO大阪支部メンバー。元レディース・ホワイトのメンバー。
石動悦子・・・ EITO大阪支部メンバー。元レディース・ホワイトのメンバー。
宇野真知子・・・ EITO大阪支部メンバー。元レディース・ホワイトのメンバー。
丘今日子・・・EITO大阪支部メンバー。看護担当。元レディース・ホワイトのメンバー。
河合真美・・・ EITO大阪支部メンバー。元レディース・ホワイトのメンバー。走るのが速い。
北美智子・・・ EITO大阪支部メンバー。元レディース・ホワイトのメンバー。
久留米ぎん ・・・ EITO大阪支部メンバー。元レディース・ホワイトの総長。EITOエンジェルス班長。
小峠稽古 ・・・ EITO大阪支部メンバー。元レディース・ホワイトのメンバー。
和光あゆみ・・・EITO大阪支部メンバー。元レディース・ブラック7のメンバー。
中込みゆき・・・EITO大阪支部メンバー。元レディース・ブラック7のメンバー。
海老名真子・・・EITO大阪支部メンバー。元レディース・ブラック7のメンバー。
来栖ジュン・・・EITO大阪支部メンバー。元レディース・ブラック7の総長。EITOエンジェルス班長。
愛川いずみ・・・EITO大阪支部メンバー。EITOエンジェルスの後方支援担当になった(EITOガーディアンズ)。
本郷弥生・・・EITO大阪支部、後方支援メンバー(EITOガーディアンズ)。
大前[白井]紀子・・・EITO大阪支部メンバー。事務担当。ある事件で総子と再会、EITOに就職した。
芦屋一美(ひとみ)警部・・・大阪府警テロ対策室勤務の警部。総子からは『ひとみネエ』と呼ばれている。アパートに住んでいる。
用賀[芦屋]二美(ふたみ)二曹・・・。三つ子の芦屋三姉妹の次女。陸自からの出向。総子からは『ふたみネエ』と呼ばれている。オスプレイやホバーバイクを運転することもある。後方支援メンバー(EITOガーディアンズ)。総子の上の階に住んでいたが、用賀と結婚して転居した。
芦屋三美(みつみ)・・・芦屋グループ総帥。EITO大株主。芦屋三姉妹の長女で、総子からは『みつみネエ』と呼ばれている。芦屋三姉妹と総子は昔。ご近所さんだった。
門田奈穂美(もんでんなおみ)警視・・・大阪府警副本部長。小柳警視正の姉。
小柳圭祐警視正・・・警視庁から転勤。大阪府警テロ対策室室長
指原ヘレン・・・元EITO大阪支部メンバー。愛川いずみに変わって通信担当のEITO隊員になった。
用賀哲夫空自二曹・・・空自のパイロット。EITO大阪支部への出向が決まった。二美の元カレだったが、二美と結婚した。EITOガーディアンズ。
今奈良リン・・・大阪府警巡査。EITO大阪支部に出向になった。
---- ゲスト –---
幸田仙太郎・・・南部興信所所員。
※1979年1月26日午前10時頃、大阪市住吉区の自宅マンション「長居パーク」を出た梅川は、筋向いの食料品店でコーヒー牛乳を飲み、隣の理髪店でパーマをかけたのちスナックで焼飯を注文。店主に「忙しいので待って」と言われると「あとで来るわ。港区の友達に映写機を返しに行く」と言って出た。友達に会うと言ったのはアリバイ工作のためだった。その後、近くの寿司屋でナマコを肴に日本酒一合を飲んだ後、車に乗り込み発車した。
※梅川は播磨町交差点を渡り、支店を左に見ながら1キロほど走り、レストラン「ボネール」の角を左折し、150メートルほど進んだ帝塚山の高級住宅街で車を停めた。コスモのトランクに積んでおいた変装用の衣服に着替え、梅川は前夜、この場所に移動させておいたダイハツ・シャルマンバンに乗り換えた。梅川は大きく迂回して平野柴谷線に入り、播磨町交差点に戻り、三菱銀行北畠支店に乗りつけ、西側駐車場前の路上に停車した。
※銀行の閉店時間である15時前ごろ、テラピンチ(当時、ゴルフをする際に被られていたハット・中央帽子製)を被り黒スーツに黒サングラス、白マスクをした梅川は5000万円を強奪する目的で銀行に押し侵入。ニッサン・ミロク社製の猟銃(上下2連式12番口径)を天井に向けて2発発砲した。
※梅川は「早く出せ。出さんと殺すぞ」と現金をリュックサックに入れるように行員を脅したが、その際に非常電話で通報しようとした20歳男性行員Aを見つけ射殺(長時間意識はあったものの救出が間に合わず死亡)し、また流れ弾により男性行員Bと女性行員を負傷させた。観念した男性行員がキャビネット上の現金を集め、梅川はカウンター上の現金12万円をポケットに詰め込んだ。梅川は警察が到着する前に銀行から逃走する計画であったが、逃げ出した客が自転車で住吉警察署警邏課係長に通報し、事件は発覚した。この間に定期預金の入金手続きに訪れていた主婦(当時52歳)と来客係の女性行員(当時52歳)、男性行員(当時39歳)が脱出した。脱出した男子行員は東側歩道の電話ボックスから、女子行員は西側の喫茶店「ハリマ」から110番通報し、支店内の行員も非常ボタンを押した。
※自転車で支店東側を通りかかった住吉警察署警ら係長・楠本正己警部補(当時52歳)が主婦から事件の一報を受けた。銀行に駆けつけた楠本警部補は犯人に銃を捨てるよう要求し天井に向けて威嚇発砲をしたが、梅川は楠本警部補の顔と胸を狙撃。楠本は「110番、110番…」と呟きながら絶命した(二階級特進で警視に)。その前後に店から脱出した行員が近隣の喫茶店に飛び込み110番通報を依頼、行内の別の行員も警察直通緊急通報ボタンを押して通報。直後にパトカーで駆けつけた阿倍野警察署の前畑和明巡査(29歳)と巡査長にも梅川は発砲し、前畑和明巡査を射殺した(二階級特進で警部補に)。巡査長は防弾チョッキを着ていたため無事だった(当時は予算の関係でパトカーのトランクには防弾チョッキが一着しか積まれていなかった)。
※午後2時35分に大阪府警本部に銀行の異常事態が通知され、3分後には大阪府内の全署に緊急配備指令発令。住吉署は発生配備、付近6警察署(阿倍野、西成、住吉、大正、堺北、松原)は周辺配備をした。本部関係109台、511人。住吉警察署14台、143人。阿倍野警察署15台、131人。その他の署30台、345人。総計車両168台、人員1130人が現場包囲した。緊急配備から2分後には捜査員や機動隊などおよそ320名が銀行を包囲し、銀行付近500メートルの道路を閉鎖。すると梅川は行員にシャッターを下ろすよう命じ、銀行の出入口を閉鎖したが、その際現場に到着していた警察官がとっさに近くにあった看板や自転車等をシャッターの下に置いたため、シャッターは40cmの隙間を残して完全には下りなかった。
※14時39分、阿倍野署警ら二係(西田辺派出所勤務)・東康正巡査部長(当時30歳)、能登原芳夫巡査(当時29歳)が交通指導取り締まり現場から自転車で支店に到着。東通用口から突入した。この時、永田巡査長が梅川がすぐ近くにいるのに気付き身を伏せた直後、梅川の発射した散弾が傍の壁に命中した。府警第二方面機動警ら隊第一中隊第二小隊隊長・寺田伸司警部補(当時37歳)も北通用口から突入、梅川は彼らにも発砲。寺田警部補は防弾チョッキを着けており、慌てて着用したため下にずれたところに弾が当たった。
※14時45分、住吉署の斎藤寛署長、藤田英雄刑事課長、田中義勝警ら課長らが到着して非常階段で2階へ上がり、2階の行員から事情聴取を行った。
※シャッターが閉じられた店内には客12人と行員31人の合計43人が梅川に人質に取られた。梅川はカウンター陰に伏せていた主婦(当時32歳)と長男(当時7歳)、次男(当時5歳)を見つけ、「ボク、立てや」と言い、3人を解放。「病人はおるか」との問いに来客の妊婦が「妊娠しています」と答えたため、妊婦の客4人もすぐに解放し、人質の人数は39人になった。また人質とは別に梅川に気付かれずに貸し金庫室などに隠れた客5人が店内に残された。店内の状況は凄惨で、梅川によって殺害された者の遺体が人質たちのそばに放置されていた。(Wikipediaより)