星屑チルドレン―Protect your Eterein― 作:星の子
結局、学校に到着したのは、一時間目終了の時刻であった。教材の一部が見当たらず、部屋中を探しまわっていたら、とんでもない時間になってしまった。ちなみに大好きな玉子スープは食べられず終い。無念なり……。
着いてすぐ、まだ残っていた担当教師に、遅刻理由ねぼうを伝えると、「またか」と、僕にとってはド定番の台詞を吐かれる。彼の表情に、怒りの素振りは全く無い。
何度も遅刻を繰り返すと、やはり教師側も慣れてしまうということか。
その後席に着き、机に突っ伏し、憂鬱な気持ちが無意識に、吐息と共に、口からも流れ出る。その様は、まるで念仏を唱える釈迦のようだったらしい。姿勢以外。
「……ついに悟ったか」
誤解だ。隣の席のベガはジト目だった。
「休みは三日欲しいんだよぉ……」
対してベガは、「気持ちは分かるけどな」と応えてくれた。
本日二度目のジト目だった。
休みの翌日は、誰しも登校はしたくないよね。隣のクラスでも、欠席者は常に四人は居るらしい。このクラスの欠席者がゼロ人なのが、あまりにも不思議だ。
「あぁぁ布団が名残惜しいぃ……」
未練たらたらにダラダラと過ごしていると、元気すぎる声がボリューム最大で聞こえてくる。
「ど・お・し・た・の・お寝坊さーーーーーーーん!!」
僕の気分に見合わない爆音だ。
彼女の名前は「
神は全てを完璧にはしないと言うが、アカリは正に、それを体現したような存在なのだ。
「おきろぉぉぉぉおおおおお!」
「起きてるよ!」
彼女から発せられる突拍子もない言葉は、放たれる度にビクッとする。それと同時に気分を悪くさせる。言うなれば、まるでメガホンを使っているかのように。
流石は残念美人(キチガイ)。周りの者は皆、そのように呼んでいるらしい。そんな彼女は何故か、僕のことを非常によく気に入っているようである。僕はあまり歓迎できないんだけどね。
「悪いけどさ、声のトーン下げて……」
「なんでよー!?」
気分の淀んだ僕にとってみれば、選挙カー並みの騒音である。
「もー。折角空気持ち上げようとしてるのにー……あ、そうだ、チア部らしく、応援したげるよ。 ガンバレーガンバレー! よどんだ空気、フットバセー!!」
言っても分かってくれない。
鳥頭なのだろうか。更にうるさくなった。
今度は公害レベルと言っても過言ではない。チア部の人気を揺るがすのではないのか。
励ましは薬になることもあるが、その度が過ぎていれば話は別。相手は公害なのだ。それ相応の対策をせねばならないだろう。政策も作られば。環境汚染の対策だ。学校議定書発布だ。国際会議だ。
……最早自分にも意味がわからない。
そしてやかましさは更にエスカレートしてきた。勘弁してください。
「ファイッファイッファイッファイィィィ!! オーーーーードゥユアベスッ!!」
しかもこの光景を見てベガはただ笑って見ているばかりだ。タスケテクダサイ。
光化学スモッグに包まれる環境に、僕の心は既に限界です。
「姉さん、随分と賑やかだね」
「ガヤが増えた……」
その正体は「
「あー、トモリちゃん丁度いいところに来たー。今ルイくんを元気づけようとしてるんだ!」
「それは見れば解るよ。面白そうだし、わたしも見てることにするよ」
「おお、珍しくトモリちゃんが乗り気だ。これはわたしも本気出さないとね!」
え、本気って。というかトモリたすけ……。
「問答無用、目覚ましぱーんち‼」
「プロキオン‼」
――僕の身体が軋む音が、教室内に響き渡る。僕はそのまま机に横たわってしまう。
「姉さん。流石に……これはマズいよ。ルイさん泣いてるし」
「ノンノン、泣くぐらいが丁度いいよ! だってルイ君だもん!」
僕を何だと思ってるんだ……。アカリの玩具じゃないんだよ。痛みも全て理解できる、立派な人間だよ。
「ルーイ、生きてるか―?」
ばっちり生きてるよ。でもこれがあと数発来たら多分、魂が別世界に旅立ってしまいそう。
「でもまあ、よく見ると、ルイ君幸せそうだよ。見て、こんな笑顔になっちゃって!」
「どこがだよ。そんな癖は抱えてないよ」
「そんな癖『は』?」
――墓穴を掘った。なんだかこのネタまたどこかで使われそうな気がする。そしてアカリにまた嘲笑われるんだろうなぁ。
「はい、ストップ。そこまでだよ。アカリ」
ようやくトモリによる(ドクターストップならぬ)シスターストップがかかった。いやいや、もっと早くに出してよ。殴られる前でもよかったんじゃないのかな。
「えーつまんないの。だって元気無い人を元気にしてこそのあたし―チア部としての誇り―だから、重たい空気の人は見過ごせないのー。元気にしてあげたいだけなのに」
発言だけを聞けば、テンションが下がったように見えるだろうが、いやいやそんなことはない。今度は手元がやかましいのだ。その手は髪をクルクルと弄ったり、両手は開閉を繰り返したりと、あまりに落ち着きがない。ステップを始めたり終わらせたりと、本当に煩わしい。
「姉さんの気持ちは分かるよ。でも、そんなの自分勝手な考えだと思うよ。姉さんはいっつもそう。クラスにいる時は、いつもルイさんの近くでうるさくして、周りが見えてないんだよ。ほら、周りを見て」
「そうかなあ……ん?」
呟くアカリをよそに、僕もつられて周りを見る。
睨み、哀れみ、迷惑、見て見ぬフリ、耳を塞ぐ、嫌そうにひそひそと話をする。これらを行うクラスメートの視線が一気に直接、アカリの方へと向かっていた。
アカリの顔に目を向けると、既にその顔は一変し、青ざめていた。
「あ……ぁはは……」
例えるならば、突然遭遇した悪夢から、逃れることのできない表情だろうか。そして、少女は瞬く間に、変わり果てた姿へと変わっていく。
「……ごめん……なさいね。わたしの……せいだね……」
彼女の変化はあまりにも大きかった。その名前に見合った明るい性格までも、どんよりと、薄暗く変わってしまったように見える。歩き方も先ほどのハキハキと近づいてくるものとは全く違い、フラフラと、今にも倒れてしまいそうで心配になる。
トモリ曰く、アカリは、周りの人から嫌悪的な目線を大量に浴びると、癇癪を起こしてしまうらしい。それにしてもここまで酷いと、過去に何かがあった……としか考えられない。
初めて見たときから感じるが、アカリはこの調子で、果たして生きていけるのだろうか。
「トモリ……これ、大丈夫なの?」
席に戻って行くアカリを見ながら、僕は問う。自分の表情も引きつっているのを実感できる。
「……多分ね」
「そうなのかなぁ」
フォローしておけばそのうち元に戻るよと、トモリは笑う。本当にそれでいいのかな。
「トモリって、姉のことどう思ってるんだ? オイラ、それが気になってる」
「僕も思った」
「……えーっと」
トモリを見ると、穏やかな笑顔のようで、それでいて、どこか切なそうな表情を浮かべている。
「姉さんは、確かにうるさいよ。色々と迷惑なこともするし、わたしも本当に怒っちゃうほどの時があるけれど、でもね。良い所だってあるんだよ」
貴方たちは知らないと思うけど……と。この後の言葉が少し詰まってしまい、数秒ほど、僕らの時間が静止する。
「長くなりそうだし、今度話してあげるね」
何とか発した一言から、想像できないほどの重みを感じるが、何だかはぐらかされた気分だ。この後彼女は、それじゃあねと言い、自分の席に戻った。
僕たちが知らないだけで、実は彼女たちは、波乱のある人生を送ってきていたのだろうか。
そういえば、彼女ら姉妹は、六月までは一度として、学校へと登校してくることは無かった。名簿にしか名前の無い二人に関して、好奇心と興味で、担任に理由を尋ねる者も居たが、「家庭の事情なんだ」と一蹴り。そこから明白かつ妥当な答えは得られなかった。
しかし、彼女らをよく知る人物の話によると、トモリが致死率の高い、深刻な病にかかったと噂されていたとのことだった。だとしたら、姉を含めて不登校に関してだけは合点がいくが、アカリの癇癪については理解ができない。
そして彼は思い出したかのように「もしかしたら」と、もう一つ教えてくれた。
今と過去のアカリを比べると、全く別物のように思えるのだという。元々アカリもトモリも、落ち着いた性格であったが、ある日、登校を再び始めた辺りから、ガラリと性格が一変していたらしい。
今の姿からは全く想像できないが、少なくとも小学校時代は、二人とも似ていたということか。
「……まるで、全く別の彼女と入れ替わったかのようだった」と添えて、彼の話は終わった。
これを思い出したせいか、ますます分からなくなってきた。
僕はどうしても、彼女たちの過去について、知りたくなってきた。