ヨブ・トリューニヒトを辿って   作:ただの誰か

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1話 ヨブ・トリューニヒトの養子 ルイン・トリューニヒト

新帝国歴12年。カイザーラインハルトが死去してから10年近くの月日が流れた。

 

 

かつての撃墜王オリビエ・ポプランはバーラト星系の辺境の惑星で車を走らせていた。あたりに見えるのは緑生い茂った山々と細々とした農地だけ。辺境の惑星の中でも、とくに辺鄙な土地である。

「畜生!なんで俺がこんなとこに来なけりゃならんのだ!」

ポプランは一人車内で喚き散らす。

彼がこんな場所に来なければならなくなった理由は数か月前に遡る。

 

「ヨブ・トリューニヒトとは何者だったのか」

ローエングラム朝銀河帝国 国務尚書 ウォルフガング・ミッターマイヤーの一言が端に発していた。この頃ミッターマイヤーは養子であるフェリックスに対して、自身の親友であり、フェリックス の実父 であるオスカー・フォン・ロイエンタールについて、いかにして語るかということを思案することが多かった。もちろんはそれはまだ数年は先の話ではあるのだが、すくすくと育つ息子を見て、随分と先の将来まで考えてしまうというのは熱心な親の性というものであった。

 

その中でふと気になった一つの疑問がこの『ヨブ・トリューニヒト』という男についてであった。トリューニヒトはロイエンタールの死に際の一幕に存在した男で、ロイエンタールが最後に血を流させた男でもある。売国奴、詐欺師、小物、衆愚政治の見本……トリューニヒトの悪口を探せば辞書の1ページが埋まるとまで言われるほど世間から嫌われた人物ではあるが、いざどのような人物かと語ることとなったとき、実態がうまく掴めない男だとミッターマイヤーは思った。なにせ口から出た言葉は全て出まかせではないかと疑われる人物だ。本心というものがどこにあったのか、今となっては掴みようもなかった。

 

この疑問はミッターマイヤーから現軍務尚書 アントン・フェルナーに投げかけられた。フェルナーは当初、自分の部下に調査を行わせようかと提案したが、これは自分の私事であるということでミッターマイヤーのほうが断った。ミッターマイヤーは現在、摂政皇太后ヒルデガルド・フォン・ローエングラム に並びこの宇宙で最も権力を持っている一人だが、いつまで経っても、清廉潔白な青年士官という風な態度の男であった。そのため、この私事は帝国軍ではなく、ミッターマイヤーの個人的依頼として民間での調査を行うこととなった。

 

フェルナーはそのことを旧共和国と関りのあったベルンハルト・フォン・シュナイダーという民間人に話し、シュナイダーは旧知であるバグダッシュという男に相談した。バグダッシュはかつてヤン・ウェンリーの下で情報主任幕僚を務めた経験をもとに、民間の情報機関を経営しており、それらのネットワークを駆使し、ヨブ・トリューニヒトについて語れそうな人間をピックアップした。そして、それらから話を聞き調査をまとめるという役目を引き受けることになったのがポプランであった。

 

ポプランは現在小さな輸送船とその身一つで運送業を営んでいる。本人は宇宙を旅するさすらい人を気取ってはいるが、実態としては人に頭を下げるということを知らない男が仕方なしに、小さな運び屋をしているというのが現状だった。そのことにポプランはなんの負い目もなかったし、それはそれで本人は楽しく人生を謳歌してはいたのだが、金がないというのは常日頃から付きまとっている問題であった。

 

バグダッシュから話を持ちかけられたポプランは当初「なにが悲しくてトリューニヒトについての話なんて聞かねばならんのだ!」と激しく抵抗していたが、提示された金額と、現在も残っている大量の借金のことを考え渋々とこの話を受け入れた。

 

かくして、ポプランは辺境も辺境の片田舎で車を走らせていた。

ポプランは運転をしながら資料として渡された写真を見る。ヨブ・トリューニヒトの妻だった女性の写真だ。美人ではあるが幸は薄い、そんな印象の女性だった。無理やり笑顔は作っているのに暗い表情をしている。隣で完璧な作り笑いをしているトリューニヒトと比較すると、それがなおよくわかる。自分の笑顔が際立つからこんな女を隣に立たせていたのではないかと、ポプランは半分本気で思った。

 

「しかし……本当にこんなとこに居るのかね……」

トリューニヒトの遺族ともなれば、さぞその遺産で贅沢三昧しているはずという意識がポプランにはあった。どう見てもこのへんでそのようなことをしている豪邸は確認できない。

 

ポプランは話を聞くため、その辺で目についた民家に車を寄せた。あまり綺麗ではない家だった。小さな母屋と自動車の整備のための倉庫があり、倉庫の中では人が一人トラクターの整備をしていた。ポプランに気づいたのか、その人間は手を止め、倉庫の外に出てくる。

 

「あれ?……ここらじゃ見ない顔だね。なんか用?」

まだ少年の面影のある青年は人懐っこさそうな顔でそう言った。ほこりを被った黒髪に油汚れだらけの恰好。輪郭はシュッとして目鼻は整っているが、田舎者の特有の垢ぬけなさのせいかハンサムというには少し難しい相貌だった。

 

「いや……ちょっと聞きたいことがあってな、このへんに……」

ポプランがそう聞こうとした瞬間、その前に青年が言葉を遮ぎった。

「え?あんたもしかしてオリビエ・ポプランじゃないか!?」

 

10年も前とはいえ、かのヤン艦隊で撃墜王の異名をとったポプランはそれなりに有名人ではあった。軍記物の小説では英雄の一人として登場するし、顔写真も結構な数の書籍や記事にのっている。こんな田舎で油仕事をしている青年からしてみれば、そんな人間がこの場にいることは大事件だった。

 

あの話は本当か、今まで一番の強敵はなんだったか、一番ピンチだったのはいつか、ちょっとサインを書いてくれ、矢継ぎ早に言葉を投げかけてくる。それに対して、ポプランは冗談半分とはいえ上々の気分で返した。かつては青少年の育成に人生を使おうかと考えたこともある男だ。青少年に尊敬され、質問責めにされるということはポプランも嫌いではなかった。

 

しばらく話をして、ポプランがだいぶこの青年のことを気に入ったころ、やっと話は本題へと戻った。

 

「ここらへんに、この写真の女性は住んでないか?ヨブ・トリューニヒトってくそったれの家族なんてことをしてた女なんだが」

ポプランは青年に写真を見せる。青年は少し驚いた顔をしたが、少し思案して答えた。

「惜しかったね。死んじまったよ半年前に」

「そうかい。ならしかたねぇ。帰るとするか」

ポプランとしてみれば死んでましたで済む話ならまったく問題ない話だった。

しかし、続いて出た言葉が問題だった。

 

「でも子供ならいるよ」

「……は?」

大問題である。ヨブ・トリューニヒトの子供がいる?聞いてない話だった。記録として残っているのはトリューニヒトに妻がいたことだけだ。子供がいたなんて話は聞いたこともなかった。

 

「本当か?どこにいる?」

ポプランが食い気味に返すと、青年はいたずらっぽい笑顔で自分自身を指さした。

「ここにいるよここに」

その態度を信じられないといった表情でポプランは見て、頭を抱えた。

「ルイン・トリューニヒト。俺の名前ね」

ルイン・トリューニヒト。黒髪の田舎者はそう言って笑った。

 

 

 

 

 

立ち話もなんだからとポプランは家の中へと通された。家の中は外の外観にそぐわず、古びた民家としか言いようがなかった。少なくともヨブ・トリューニヒトの縁者が住んでいるようには見えなかった。

 

「まぁ偉そうに言ってはみたけど、ただの養子なんだけどね。それも拾われたのはヨブ・トリューニヒトご本人が死ぬちょっと前」

そう言いながらルインはボロボロのソファーに腰かけたポプランにホットチョコレートを差し出す。客に出すには随分と子供じみた飲み物だった。

 

ポプランはどうしてここまで来たかをルインに伝え、それに応えてルインはざっとこれまでの半生をポプランに語った。

 

その当時幼かったルイン少年は、いろいろなところであちこちたらい回しにされる生活を送っていた。当時のルイン少年は育ちの悪さのせいか、随分とわがままな子供で割と煙たがられていたようだ。そして、その身よりもない、教育もろくにされてないクソガキルイン少年を引き取ったのが、今は亡きトリューニヒトの妻、つまりルインの義母であった。トリューニヒト家の夫婦関係がどのようなものだったかはわからないが、実子がいなかったのは間違いなかった。トリューニヒトの妻はそれを嘆き、養子を求めたらしい。養子としては明らかに落第点の自分があてがわれたのは、トリューニヒト一家がよっぽど嫌われていたからであろうと、青年になったルインはそう締めくくった。

 

「それがまぁヨブ・トリューニヒトが死ぬ数か月前の話……になるんじゃないかな。そんで我が養父様はなんかよくわからんうちに死んだんで、おふくろと俺はこんな田舎にお引越しって感じ」

当時、というより現在に至るまでヨブ・トリューニヒトは世間からも大いに嫌われていたので、家族が雲隠れするのも無理からぬ話ではあった。

「普段は母方の姓(テラルーツ)を使ってるし。トリューニヒトなんて言葉久々に聞いたよ。まぁ実際会ったことなんて数えれるくらいだし、ろくに覚えてることなんてないんだけど」

ルインは他人事のように笑いながら語った。

 

「つまるところ、おまえさんはトリューニヒトについてほとんどなにも知らんと」

「そういうことになるね。わざわざこんなとこまで足を運んでくれたポプランさんには悪いけど」

ルインが嘘を語ってるようにはポプランは見えなかった。実際『ヨブ・トリューニヒト』という存在はルインからして見ればほとんど他人だったし、その男について嘘を語る必要もまったくなかった。

 

「おふくろさんはなんか、ヨブ・トリューニヒトについて言っちゃいなかったか?」

「それについては話したこともないかもなぁ……表ではその名前出すなってくらい。元々身体も弱くて口数も多いほうじゃなかったしね。昔話自体そんなしなかった。覚えてるのはやれ掃除はしたのかだの、宿題はやったのかだの、飯食う前はお祈りしろだのそんなのばっか」

「はっ……いつの時代、どこの場所でも親の言うことなんてのは似たようなもんだな」

「そしていつの時代も子供は親の言うことなんて聞かないと。ポプランさんも言うこと聞いてたようには見えませんもんね」

「親に反抗することを覚えて子供は大人になるのさ」

「かの有名なユリアン・ミンツは反抗期なんてなかったらしいけど?」

ヤン・ウェンリーの養子であるユリアン・ミンツは師父の忠実な息子としてよくも悪くも有名である。よく言う人はヤンの後継者、悪く言う人はヤンの模造品というが、ユリアンがヤンに反抗期じみたことがあったとは誰も言わない。ユリアンがヤンに忠実であったというのは万人の共通認識であった。

 

「そいつは逆さ。ヤン・ウェンリーの保護者がユリアンであり。ヤン少年はことあるごとに保護者のユリアンに反抗して叱られてたってのが本当の話」

彼らについて良く知るポプランは笑いながらそう言った。ルインも釣られて笑った。かの有名なヤン艦隊の気風というのはこういうものか、ルインは肌で感じながら思った。

 

 

 

「俺から語れることなんてこんなところ。まぁなんか面白い話がわかったら俺にも教えてよ」

ルインはもう自分が語ることはないと、別れ際の挨拶にでもとそんなことを言った。

それが藪蛇であった。

「お前。ヨブ・トリューニヒトについて気になるか?」

ポプランはなにかを思いついたのか、改めてそんなことを聞いた。

「そりゃまぁ一応養父だったらしいし」

ルインは気の抜けた声で答える。

「お前さん忙しくはなさそうだよな」

「いや畑とかあるし……」

「お前一人でやってる畑なんてどうせ大したもんでもないだろ」

実際大したものではなかったのでルインとしてはなんとも言いづらいところではあった。

 

「俺のとこでバイトでもしないか?心配すんな、そんな長い期間でもない」

 

ポプランが思いついたのは、このヨブ・トリューニヒトの養子という青年に仕事の面倒な部分を全て押し付けてしまおうということだった。ポプランはこの後ヨブ・トリューニヒトのことを知っている 『元』お偉い方々にトリューニヒトについてのありがたいお話を聞いて回らなければいけないのだったが、元よりこの仕事にまったく乗り気ではない。『何が悲しくてトリューニヒトの話を聞くためにペコペコせねばならんのだ』常々そういう不満を抱いていた。そこに現れたのがこのトリューニヒトの養子のルインである。これはもう自分ではなく彼にこそこの仕事は相応しいとポプランの脳内コンピュータが導き出した。

 

「養父のことを養子が聞いてまわるというのはなにも不自然ではない」という理屈と「破格の収入」という実利を下にポプランは必死にルインを説得した。ルインはしばらく断り続けたが、そのうち諦めたかのように「これもまぁ運命ってやつですかね」と言い同意した。

 

 

話が決まってからは目まぐるしかった。ルインはその場で簡単な荷物をまとめ、車に乗り込み、ポプランの所有する小さな輸送船に乗りかえ、いつの間にか窓から宇宙を眺めている。ルインにとってはこの惑星に隠れるように引っ越してきて以来、10年ぶりの宇宙であった。

 

(……まさかなぁ……また宇宙に上がるとは思ってもいなかった)

ルインは一生をこの辺境の惑星の片田舎で終えるつもりであったし、それで十分満足していた。それがなんの因果かまたこうして宇宙に上がっている。それが不思議でもあり、当然の流れのようにも感じていた。運命と言った言葉はこんな感覚なのだろうか。そんなことを考える。

 

そうやって窓を見ながら物思いにふけるルインにポプランは今気づいたかのような態度で声をかけた。

「そういや、お前さん恋人はいないのか?」

ルインからしてみれば唐突な内容だった。

「いるけど……それが?……」

「いや、まぁ運が良ければ帰った時もお前の恋人でいてくれるさ」

含みのある言い方にルインは頭を働かせ、やっとポプランがなにを言いたいか気が付く。

「え?ハイネセンあたりでちょっと話きくだけでしょ?」

どう長くみつもっても2週間もかからない話だ。

「話を聞く相手はな。ただ報告する相手はバーラト星系にゃいない」

「……は?」

そこまで聞いてやっとルインはこの旅がそこまで短いものでないことに気づいた。

 

「ふざけんな!なら帰る!」

長い間放置された恋人がいつの間にか他にパートナーを見つけていたなんてのは、ありふれた話だ。宇宙を旅する者たちの多くは時間によって恋人を失う。

 

「心配するな。全人類の数が400億人、そのうち半数が女。うち半数が年齢制限にひっかかり、さらにまた半数が容姿で落第するとしても、50億人は恋愛の対象になる」

どこかでポプラン自身が語った言葉を改めてうろたえている若者に語る。

「あんたの宇宙には50憶人いても、俺の宇宙(むら)には5人も居ないんだ!あいつに捨てられたら俺はこの世の終わりだ!」

ルインは船内にある端末を操作し、必死に遠く離れてしまった恋人にメッセージを送信する。

 

こうして、ルイン・トリューニヒト18歳の旅が始まった。

 

18歳。カイザーラインハルトはその歳には数々の武勲を重ね将官に名を連ね、ユリアン・ミンツはヤン・ウェンリーの後継者としてイゼルローンを指揮する身になっている歳だ。

 

そして、この歳の彼は何者でもなかった。

 

 




至らぬ点があるかもしれませんがよろしくお願いいたします。
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