ヨブ・トリューニヒトを辿って   作:ただの誰か

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最終話 肩書きのない ただの誰か

 

「別に宇宙なんていりませんよ」

アンネローゼの質問に、軽く苦笑いしながら答える。実際宇宙なんてほしくもなかった。皇帝なんてものをやっていた時代にいい思い出なんてないし、自分にはそれらを欲する野心なんてものもなかった。ここにいるのはこの広い宇宙の中、小さな幸福で満足しているただの誰かだ。

 

「今の俺は……ヨブ・トリューニヒトの息子でもなければ、元皇帝でもない。ただの一市民のルインです。田舎で畑耕して、友達とバカ話して、好きな女とイチャつくのが人生の全てだ。宇宙なんて求める『義理』もない」

トリューニヒトの息子としての義理も、ゴールデンバウム王朝の皇帝であったことに対する義理も俺にはない。仮に求められたって知ったことか。義理を求められるほど良くしてもらった記憶はない。

 

義理があるとしたら母に対してくらいのものだが、あの母が自分に求めるとしたらそれこそ幸福に生きることくらいであろう。ならばそれこそ宇宙なんていらない。野心に身を捧げた人間の末路が幸福であることは少ない。

 

「それでは、なぜ私と今こうして話されているのでしょう」

別に適当に話を切り上げてこの場から立ち去ることもできた。それなのに、エルウィン・ヨーゼフ2世という名前を出して話をしているのは自分でもおかしなことをしていると思う。

「……ほんと……なんででしょうね……自分でもあまり感覚を言葉にできない。ただ……なんとなく、こうやって話せばケリみたいなもんがつくんじゃないかなって……」

「そうですか……それでいまのお心はどうですか?」

「おかげさまで、少しすっきりした気はしますよ。」

俺は笑顔で返す。実際、ただエルウィン・ヨーゼフ2世という人物の名前を出してもらっただけで、なにか一つ重荷がとれたような気がした。これまで会ってきた人間の中でも、もしかしたら気づいていた人間もいたかもしれない。母から話を聞いていたドミニク・サンピエールや、一時期は付きっ切りであったレオポルド・シューマッハあたりは気づいてそうだったが、どちらもそれを言葉にすることはなかった。

 

エルウィン・ヨーゼフ2世というものを見つけてもらう。リスクしかない行為だというのによく自分でも今こうして目の前の女性と話していると思う。しかし、人生に一つのケリをつける機会なんてそうありはしない。これはもう理屈でなく感情の問題だ。もし仮にこの人が他に言いふらすなんてことをしたときは……まぁ色々と覚悟を決めなければならないが、そのようなことをする人ではないであろう。言ってほしくないことを言いふらすような下劣な品性をしている人でないのは俺でもわかる。

 

 

「……案外誰にも気づかれないものなんですよ……元皇帝なんて」

少年時代とは髪色も含め人としての雰囲気が大きく変わった自覚はある。今の自分は誰に聞いてもその辺にいる一市民にしか見えない。そして、そんな人間が元皇帝であったなんて誰も思いはしない。

「私は一目見たときに面影を感じました」

「あなただけですよ。一目で昔の俺の面影を感じる人なんて」

「そうでしょうか?」

「そうです。あなたはたぶん……平民とか皇帝とか……そういう色眼鏡をつけずに人を見れるんでしょう」

昔からそういう人だった気がする。祖父が連れまわしているその女性は誰を見るときもいつも同じ目をしていた。皇帝である祖父を見るのも、殿下である自分を見るのも、貴族を見るのも、平民を見るのも、いつも同じ視線、同じ態度だった。誰に対してもフラット。そんなイメージを子供ながらに抱いていた。だからこそ、自分はいまこうして待っていたのであろう。

 

トリューニヒトに対する意見も、実にそんな感じだった。あの偉大な皇帝カイザーラインハルトと、端役の悪党ヨブ・トリューニヒトを同列に見れる人間なんてそういやしない。

 

「わかるなぁ……爺さんがあなたを連れまわしてたの……あなたなら自分を見てくれる気がしたんじゃないですか?恨まれるにしろ、憐れに見られるにしろ」

どういう感情を抱かれるにしろ、皇帝としてではなく、自分という個人を見てくれる存在を求めた。その気持ちはわかる。自分だって数年程度は皇帝をした身だ。

 

俺のその言葉を聞き、アンネローゼは静かな笑みで返す。その態度を見るに、祖父は憐れに思われていたというのが妥当なところか。まぁ憐れみを抱いてくれる相手がいただけで十分満足ではあるだろう。

 

「恨んでいないのですか?」

アンネローゼが問うてくる。

「なにを?」

「ゴールデンバウムを滅ぼしたローエングラムを……ラインハルトのことをです」

随分おかしな質問だった。俺はその質問に対して腹を抱えて笑う。

 

「俺の人生を滅茶苦茶にしてくれたのは強いていうならゴールデンバウムのほうですよ。そんなものが滅ぼされたって構いやしない。むしろ平民に優しいローエングラム王朝のほうがありがたいくらいですね……さっきも言ったでしょ?今の俺はただの一市民のルインだ」

実際いまのローエングラム王朝になんの不満なんてなかった。少なくとも自分の生活を脅かしたりはしない。

 

金髪の孺子(カイザーラインハルト)については……まぁ少しはありますかね。俺に優しくなかったことは確かだ。文句の一つくらい持つ権利は俺にもあるでしょう?」

ラインハルト・フォン・ローエングラムが幼い皇帝を雑に扱ったのは間違いない話だ。実際虐待されたわけではないが、放置することだって十分虐待にあたるだろという文句くらいは受け入れられていいだろう。

 

「ほんと心配されなくてもいいですよ。俺は別にローエングラムに銀河帝国を返してくれなんて欠片も思ってやしない。むしろただでやると言われてもいらないくらいですよ。皇帝をやるなんてもう懲り懲りだ」

皇帝として陛下と呼ばれた時代にいい思い出なんてない。仮にそのあと続けたところで、どうせ辛いことだらけだったであろう。自分の人格をおざなりにされて、皇帝という役割を求められる生活。想像するだけでもごめんであった。

 

そんなこと思い、チラリと遠くにいる金髪の少年を見る。護衛に囲まれ、自分のほうを見ている。なにやらソワソワしているようだ。大方、目の前の女性が知らない男と話してるの気になるといったところか。

 

「あちらにいるのがアレクサンデル皇帝?」

アンネローゼに聞く。

「はい」

アンネローゼは静かに返す。

「そうですか……そうか……あの子が……」

あの子はどうなるのだろうか。皇帝として育てられ、皇帝として生きることを求められ、生涯皇帝であることを演じなければならない。俺には、野心に身を焼いたものたちの気持ちはわからないが、皇帝というものを押し付けられた人間の気持ちならすこしはわかる。

 

「そいつは……不憫なことで……」

そう呟く。本心から出た言葉であった。

「不憫……あの子にそのような感情を真に持てるのは宇宙でもあなたくらいでしょう……」

そう返され、少し苦笑いを浮かべる。まぁ元皇帝なんて宇宙にそう何人もいるわけではないだろうし、それはそうだろう。

 

その後、アンネローゼはしばらく考えこんだあと、遠くにいた少年に向かって大きな声で呼びかけた。

「アレク!こちらにおいでなさい!」

伯母に呼ばれ、現皇帝であるアレク少年は嬉しそうに駆けてくる。周りの護衛も追従しようとしたが、それらはアンネローゼが手で合図し制止させる。護衛の人間たちは随分と困った表情であったが、渋々その場にとどまった。

 

「いやいや、なにさせようってんですか」

駆けてくるアレク少年を見ながら、困ったように尋ねる。実際、現皇帝の少年が間近に来たところで困るだけだ。

「なにか話をしてやってください」アンネローゼが簡単そうに言う。

「なにかってなにを?」

「なんでも構いません……ただ、あなたから出た言葉であればきっとあの子の心にも響くものがあるでしょう」

「俺はただの一市民ですよ?」

「あの子の苦悩を理解できる一市民のかたなど、おそらく二度と出会うことはありません。だからこそ、なにか助言をしてあげてください」

「んな無茶振りを……」

そんなことを話してるうちに、アレク少年は嬉しそうにこちらに駆けてくる。伯母に呼ばれたのがよっぽど嬉しいようだ。あぁわかるよその気持ち。俺だっておふくろに呼ばれたときはそんな風に嬉しかった。

 

そんなことを考えてるうちに、アレク少年は目の前までやってくる。随分と明るそうな少年ではあった。自分が皇帝をしていたときに比べれば、マシな教育と愛情の注がれかたをしているのは見て取れた。

 

「余は銀河帝国ローエングラム王朝第2代皇帝、アレクサンデル・ジークフリード・フォン・ローエングラムである」

少年は慣れた口調で自らを名乗る。俺が同じ頃にはぎゃーぎゃーわめくくらいしかできなかったことを思うと、随分と立派なものだ。

「卿 は?」

そう聞かれて少し困る。どう名乗ればいいものかと少し考え、返した。

 

「……私はルイン。肩書きなんてありません。この宇宙に住まうただの誰かです」

 

少し気取りすぎなような感じもしたが、目の前のアレク少年はとくに気にした様子もなく言葉を続ける。

「一般市民ということか?」

「そうです。ただの市民です」

「……ふーん……」

アレク少年は怪訝な目でこちらを見てくる。何やら随分と警戒しているようだ。冷静に考えれば今の自分はすごく怪しいし、警戒されるに相当する過去もある。しかし、アレク少年が警戒してるのはそんなことではないであろうと、なんとなくわかった。

 

「それで……伯母上と何を話していたのだ」

単に自分が大好きな伯母と知らない男が話していたのが気になって仕方がない。そんなところであろう。身も蓋もない言い方をすれば焼きもちを焼いているということだ。内心そのことに苦笑するが、その気持ちもよく理解できた。自分も母が知らないやつと話しているときはそんな感じだった。

 

「単に世間話ですよ皇帝陛下。……それで、アンネローゼ様がせっかくだから一市民としてあなたに何か話してくれと申されまして……」

その言葉を聞き、アレク少年はアンネローゼの顔を見る。アンネローゼは優しく微笑み、軽くうなずいた。それを見て、アレク少年はこちらに向き直る。『お前はなにを聞かせてくれるのか』そんな風な態度だ。幼いながらも、皇帝らしさというものを滲ませている。そのように育てられ、そのように生きてきたのだろう。それで本人が楽しかったのかはわからないが……。そんなことを思いながら、話をはじめた。

 

「皇帝陛下、これがなにに見えます?」

そう言って俺は丸い石ころを差し出す。

「……ただの石にしか見えないが……」

そう言われて俺は少し笑う。実際他人から見ればただの石にしか見えない。

「そうです。陛下から見ればただの石にしかすぎません。しかし、私の宇宙では一番価値のある石です」

「 ……卿の宇宙?」

アレク少年は不思議そうに聞き返す。

「そうです、私の宇宙です。私のこれまで過去があり、私が生きる今の環境があり、私が生きていくこれからがあり……私の思いが詰まっている……。そんな私だけの宇宙です」

詭弁の類ではあるのだが、アレク少年は俺の話を遮ろうはせずに真剣な目を向けている。それをいいことに俺は偉そうに言葉を続ける。

 

「私には私の宇宙があります……他にも……例えばあなたのお隣におられるアンネローゼ様にも、アンネローゼ様の宇宙があります」

その言葉を聞きアンネローゼは静かに頷く。彼女の宇宙はどんなものだろうか。可愛かった弟の忘れ形見のことが宇宙の大半を占めているかもしれない。

 

俺はさらに、遠くでこちらを眺めている護衛の人間たちのほうを向く。

「彼らにも彼らの宇宙があります」

彼らの宇宙については現在進行形で絶賛俺が迷惑をかけている最中だ。相変わらずこちらを睨んでいる。悪いとは思うからしばらくこらえてくれ。

 

「全ての命がそうです……」言葉を紡ぎながら俺は空の向こうの宇宙を指さす。アレク少年もつられて空の向こうの星々へと視線を向ける。

 

「この世界に生きる誰もが、自分自身の宇宙を持っています。平民も、貴族も、兵士も、将校も、政治家も……そんな沢山の宇宙が重なり合ってこの世界は出来ている」

「……そうか」

俺の言葉を聞き、アレク少年は随分と悩まし気な表情で星々を見上げる。皇帝たるものの人間として、命の一つ一つの重みなんてものを感じているのかもしれない。それもいいだろう。しかし、元皇帝の自分としてはもう少し付け加えたい言葉があった。

 

「それはあなたも同じです」

「……は?」

「あなたにもあなたの宇宙があっていいんですよ」

「余は銀河帝国皇帝であるぞ?元より……」

「違います。あなたは銀河帝国皇帝である以前に、ただのアレクサンデル・ジークフリード・フォン・ローエングラムだ」

不敬にも近い言葉を吐かれて、アレク少年はぽかんと口を空けている。まぁ全宇宙の支配者である皇帝の少年相手に、こんな偉そうなことを言うやつは今までいなかったのであろろう。余計なことばかり言ってる気はするが、一度話しはじめたからにはもう止まる気はなかった。そもそも頼まれて話しているんだ。好き勝手語ってもいいじゃないか。

 

そんなことを思い、アンネローゼのほうに目を向ける。アンネローゼは軽く頷いて返した。どうやら話を続けてもいいらしい。

 

「皇帝として宇宙を支配することと、自分の中の宇宙で幸福を見つけるのは違う話です。もちろん、あなたが心底皇帝として世界に奉仕したいのであればいいですが、もしそうでなければ……」

「なければ?」

「辞めてしまったっていいんですよ。宇宙にはなにも決まりなんてありはしない。どこかの誰かが宇宙の頂点に立つ野望を抱いたっていいし、世界を統べる皇帝が投げ出してどこかの誰かになってしまったっていい。まぁ文句は言われるでしょうがね……しかし、さっきも言ったように、この世界は沢山の宇宙が重なりあって出来ているんだ。一人でなんでも背負いこんだ気になる必要なんてない」

ラインハルト・フォン・ローエングラムやヨブ・トリューニヒトは野望に自身を捧げた。その逆に自身のために地位も名誉もいらないと言うものがいたっていいではないか。それこそゴールデンバウムの頃にはそんな皇族だって居たという。

 

俺の言葉を聞き、アレク少年は怒るでも笑うでもなく、真剣な表情のままだ。俺と違って責任感のある生真面目な子供らしい。

 

「嫌なときは……ある」

随分と悩んでアレク少年はそんなことを言った。ちゃんと愛されて育てられたとしても、皇帝なんて立場をやってるんだ、そりゃ嫌なことくらいあるだろう。

「それでも……余は皇帝として生きねば……違う違う……生きねばじゃない。そう、皇帝として生きたいと思う」

アレク少年は真っすぐこちらを見て宣言する。ここまで堂々と言われてしまうと、下手なことばかり言った自分が少々恥ずかしくなる。どうやら役者が違ったらしい。そんなことを考えるとどうにも自分が滑稽で笑えた。

 

「そうですか。あなたがそう望むのであれば、そう生きればいい」

皇帝として世界を背負おうとするのだって当人の自由だ。皇帝になりたかったものたちがいて、皇帝なんて二度となりたくないものがいて、皇帝として生きようとするものもいる。世界が画一的である必要なんてどこにもない。

 

「……あなたが皇帝として生きたいというのであれば、これをお預けしましょう」

俺はそう言って、自分が持っていた丸い石をアレク少年の手に握らせる。

「これは……卿の宇宙では一番価値のあるものではなかったか?」

「そうです。これは私の宇宙で最も高価な宝石です。それをお預けします。そして、この石の価値を忘れない限り、きっとあなたは良き皇帝でいられる」

それは一人一人の宇宙の価値を認めるということだ。一人一人に命があり、価値があり、宇宙がある。そのことをちゃんと認識出来ていれば、きっとこの少年は良き皇帝で居続けられるであろう。

「父上のようにか?」少年は目を輝かせて聞く。

「お父上よりもです」そんな少年に俺は笑って返した。

そう返されたアレク少年は歳相応の子供のような、無邪気な笑みを浮かべていた。

 

『父よりも』と言われたのがよっぽど嬉しかったようだ。まぁ相手があの偉人じゃ、いつも周りから「父のように」とは言われても、「父よりも」なんてことを言われることはないんだろう。親が偉大すぎると子も辛いところだ。

 

でも俺は世辞で言ったわけでもない。あの父より偉大な皇帝にはなれないにしても、あの父よりも良き皇帝になることは出来るかもしれない。それはこの少年次第だ。だから、そうなって欲しいという願いをこめて、一番大事なものを預けた。もちろん預けただけだ。あげたわけじゃない。

 

話も終わり、俺は「失礼します」と言って立ち去ろうとする。背を向けて歩きだしたあと、俺をアレク皇帝が最後に呼び止めた。

 

「もし、余がこの丸い石(宇宙)を蔑ろにするようになったらどうする?」

 

まるで試されているかのような質問であったが、俺は少し振り向き、苦い顔をしながら応えた。

 

「その時は……あなたが手にしておられる銀河帝国(宇宙)を返して貰いに伺いますよ」

 

その言葉を聞きアレク少年が頷く。それを見て今度こそ俺は立ち去る。

まぁ、あの少年が皇帝であれば、きっとこれから歴史もそう悪くはならないであろう。そんなことを思った。

 

 

 

 

仕事も終わり、俺はポプランの船で帰路へとつく。といってもまたここからが長い、なんで宇宙なんてのはこんな無駄に大きいんだと文句を言いたくなる。正直さっさと家に帰りたい。絶対あり得ないとは思うが、もしもこれで振られでもしたらと思うとゾッとする。その時はもうポプランと仲良く出来ないのは間違いない。

 

そんな俺の気持ちを見透かしているのか、ポプランは陽気に話しかけてくる。

「そう、心配すんなって。振られたら振られたで、また新しい出会いを探せばいいさ」

「なんで振られてる前提なんですか」

「そりゃお前、そのほうが面白いからに決まってるだろ」

「そんなことばっかり言ってるから、いまだ独り身なんですよ」

「違うね俺が独り身なのは、俺を一人の女に独占させるのは世界の損失だからさ!」

ポプランは陽気に笑う。相変わらず随分と楽しそうな人だ。

 

そう言えば、カイザーラインハルトも妻は一人しかいなかった。権力を手中にしたものより、ある意味この人のほうがよっぽど自由にやってるのではないだろうか。好きなところに行き、好きな時に女を抱く生活。少なくとも心は誰よりも自由そうだ。

 

ヨブ・トリューニヒトはどうだったのであろうか。今になって考える。ヨブ・トリューニヒトも妻は一人だけだった。女絡みでスキャンダルもなかったらしい。権力を手に入れることだけを求め、私心がろくに見えなかった男。宇宙を欲して、その野望に身を焼かれて死んだ男。やつは自由だったのだろうか、不自由だったのだろうか。わからない。好き勝手やって死んだようにも思うし、野望に縛られた人生にも思える。見方次第といったところか。まぁどちらにせよ。人間なんてのはみんなそんなものなのかもしれない。

 

自ら覇道を進み、親友を失いながらも命を燃やしたラインハルト・フォン・ローエングラム

嫌でしょうがなかった癖に、民主主義に殉じたヤン・ウェンリー

苦悩を持ちながらも、皇帝として生きたいと言ったアレク少年

 

どれだけ偉大であろうと、宇宙には全能のものなどいない。自らの選択という自由と、現実という不自由の中で生きるしかないのであろう。

 

そういう意味ではこの誰よりも自由そうなポプランも何かしら不自由してるとこはある。現実として借金もちのその日暮らしをしているのは間違いなかった。それでも自由に見えるのはやはり見方次第と言ったところか。

 

なんとなく窓に映った自分の顔を眺める。自分はどうだろうか、かつての皇帝で、トリューニヒトの養子で、いまはただの一市民。楽しくは生きてるつもりだが、面倒な過去に縛られているのも否めない。でなければ、リスクを省みずアンネローゼ相手に自分語りなんかしなかったであろう。そう考えると、やはり今回の旅はそう悪いものでもなかったのかもしれない。多少の鬱憤ばらしくらいにはなった。それで今後面倒が起きたら……まぁ、そのときはそのときか。なるようになるさ。

 

「それで、お前さんこれからどうするんだ?」

ポプランが聞く。

「どうって……まぁそこそこ稼ぎも出来ましたし、しばらくはなまけて過ごしますよ。そもそもうちの地元じゃ金使う機会自体そうないんだ」

それを聞くとポプランはため息をつく。

「若者の癖に隠居じみやがって……向上心が足りないな、向上心が」

「じゃあ何しろって言うんですか?」

「宇宙に出ろ宇宙に!世界を股に駆けて大冒険ってやつだ!どうだ?俺が雇ってやってもいいぞ」

「冗談じゃない。宇宙なんて必要もなければもう出たくもない」

「言い訳ばっかしやがって……大体必要なときってなんだよ?」

 

ポプランの質問に少し考える。そのあと冗談のように口を開いた。

 

「そりゃもちろん、アレク皇帝が悪逆非道になって、銀河に新しい英雄が必要になったときですよ」

 

それを聞いたポプランは一瞬あっけにとられたが、すぐに腹を抱えて笑い始めた。

「そいつはいい!そうだな、そうなったときは俺も一緒にやってやるよ!イレギュラーズ再びだ!」

どうやらツボにはまったらしくポプランは随分楽しそうだ。

「俺は勿論空戦部隊の隊長!司令官は……やっぱりユリアンだな!」

「兵站周りはやっぱりキャゼルヌさんですか?」

随分楽しそうだったので、俺も話に乗っかる。

「そりゃそうよ。あの人がいないと直ぐに餓死して終わっちまう。まぁあとアッテンボロー殿には来てもらわないとな。仲間外れにしたらスネちまう」

「はぐれものばっか集めるなら海賊とかも仲間に入れてもいいかもしれませんね」

「いいね、いいね。俺たちをとっ捕まえてくれたあの海賊たち。あいつらも中々話のわかる奴等だったしな。仲間に入れてやろう」

そんなくだらない冗談を二人で言い合う。あの人はあそこに配置しよう。あの人は面倒だから来なくてもいい。たらればの話だがこういうバカな妄想をするのも暇つぶしに悪くない。

 

「そんで、お前はなにをやるよ?」

しばらく話をして、無駄に大きくなった部隊の全容が出来たころ、ポプランが聞いた。

「おすすめはやっぱり俺の指導の下、空戦部隊で暴れまわることだな」

それを聞き俺は首を横に振る。

「違いますね」

「じゃあやっぱり花形の艦長か?」

「それも違います」

「ははーん危険は嫌だから、後ろで事務作業でもしたいのか」

「それでもないです」

「じゃあなんだよ?」

そのポプランの質問に俺は偉そうな態度で返してやった。

 

「もちろん指導者ですよ。俺がトップ」

 

それを聞いたポプランはまた腹を抱えて笑った。ポプランからすればそれなりに笑える冗談だったのかもしれない。

 

俺は船の窓から宇宙を眺め想像する。民主主義を掲げた旧銀河帝国の元皇帝が、現帝国の反抗勢力をまとめて立ち上がる。ユリアン・ミンツを中心とした旧同盟軍、レオポルド・シューマッハが率いる海賊たち、元貴族どもや地球教徒なんてものまで巻き込んで、悪に染まった今の皇帝を打倒する。

 

なるほど、銀河の歴史に新たな1ページを刻めそうだ。

 

しかし、きっとそうはならない。あの少年はきっといい皇帝として生きていくし、俺はただの一市民としてその生涯を終える。そうなるであろうし、そうであってほしいと願っている。

 

だから、このお話はただの誰かの話にすぎない。

 

今回の旅も、これから俺の人生も、それは銀河の歴史に刻まれない、『ただの誰かの1ページ』だ。

 




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