レオポルド・シューマッハ が宇宙海賊に身をやつしたのは数年前のことに遡る。
新帝国歴3年「ルビンスキーの火祭り」の後逮捕された彼は、地球教最後の実戦部隊がカイザーラインハルトの命を狙っていることを伝えた。そのこともあり、恩赦を与えられた彼は、紆余曲折の後、帝国軍に少将の地位で復帰することになった。しかしさらにその後、宇宙海賊との戦いで行方不明になったとされている。正式な文章にはそう記載されているのだが、実情は違った。
あのとき、シューマッハは行方不明になるどころか海賊たちの船を制圧し、身柄を確保するところまでいっていた。しかし、身柄を確保した時点で問題が起きる。自身が確保した海賊たちがかつての部下たちであったのだ。
しばらくは、それまでどおりフェザーンで農場をやっていた彼らだったが、ラインハルト率いる銀河帝国がフェザーンを占拠したあたりで潮目が変わった。彼ら自体は、反銀河帝国的な活動をしていたわけではなかったのだが、彼らの上官がかつての皇帝を伴って、今となっては落ち目の自由惑星同盟に行ったことは、目ざといフェザーンの商人たちには知れ渡っている話だった。上官が時勢を読めず不利な側にいるという認識をされると、フェザーンで商売をしようと言っても中々うまくいかない。下手に関わり合いたくないというものも増えるし、ものを売ろうにも買い叩かれてばかりになる。そういうこともあり、シューマッハの部下たちは農場を解体せざるを得なくなった。
その後、勿論他の場所で全うに働くものたちもいたが。中には長い軍隊暮らしで、一般社会に馴染めそうにないものたちも居た。最後にはそういった者たちだけが残り、宇宙海賊なんてものをやることになっていったのだ。
シューマッハはなんとか彼らの助命を乞うために、秘密裏に当時軍務尚書になったばかりのアントン・フェルナーに連絡をとった。正式な報告をしては、宇宙海賊をしていた彼らに極刑以外の道はない。なんとか、歴史の表に出る前に事態を処理しておく必要があった。
そこでフェルナーから提案されたのが、シューマッハ自身が海賊になってはどうかというものであった。
これにはいくつかの理由がある。フェルナー自身がアンダーグラウンドの情報網を欲していたという点などもあるが、一番大きかったのは法整備により、銀河帝国軍も強行的な活動が難しくなっていたということにあった。戦時中の以前と違い、軍組織のものが民間船などを摘発する行動については年々制限がかけられている。そのため、非合法な海賊という立場のものにその役割を担ってもらおうというのがフェルナーの魂胆であった。
これは完全に違法なものであり、フェルナー自身に対しても大きなリスクのある提案であったのだが、アントン・フェルナーという人間は実利のためであれば、リスクを度外視する癖が昔からあった。
このようなことがあり、シューマッハは銀河帝国のスパイまがいな海賊という、実に中途半端な立ち位置を強いられることになった。勿論いずれは恩赦をという話にはなっているが、実際にそれが履行されるかは甚だ疑問ではある。今のところ、恐らく元を辿れば銀河帝国からのものである資金援助などもあるが、いつ尻尾を切られるかわからない立場ではあった。
嫌気がさして、本当に海賊として生きていってやろうかなどと、シューマッハ自身は思うことも多々あるが、部下たちのことを考えると、そう簡単に暴発するわけにもいかない。少しでも恩赦の可能性があるなら、それを捨てられないというのが彼の性分であった。
(俺の人生はずっとこうだな……)
思い返してみても苦労性な人生と言わざるを得なかった。
(まぁ、あの時に比べたらまだマシか……)
そんなことを心の中で呟き、かつてのことを思い出す。エルウィン・ヨーゼフ2世という元皇帝の少年の面倒を見ていたとき。思えばあのときが一番人生でも苦労をしていたかもしれない。ランズベルク伯とふたり、度し難いクソガキに付きっ切りで面倒を見て、最後には目の前から消えられた。何とも報われない時間であったとしみじみ思い返した。
そんなことを思い返していたころ、部下から連絡が入った。なにやら、怪しげな小さな輸送船を拿捕したとのことであった。今いるイゼルローン方面に個人の輸送船がいるというのは珍しく、確かに怪しくは感じた。通常であれば主要航路であるフェザーン方面を使うのが普通だ。
「わかった。接舷させたら俺も乗り込む」
俺も随分手馴れたものだと自嘲 しながら、シューマッハは乗り込む準備をはじめる。そしてこの後、彼は意外すぎる人物と再会することとなる。
シューマッハが拿捕した輸送船に乗り込んだあとは、ちょっとしたお祭り騒ぎになった。なんと輸送船の主は、かのヤン艦隊に所属していたオリビエ・ポプランだったのである。シューマッハの部下たちは随分と熱心にポプランの周りに集まり、かつての戦争を懐かしんでいた。敵にしろ、味方にしろ、かつて戦場に立ったものというのは共通の仲間意識のようなものがある。とくに名の売れた相手であればなおさらだ。
そんな部下たちをシューマッハが苦笑いしていると、搭乗していたもう一人の若者と目が合った。その若者はシューマッハの顔を見て、随分と驚いた表情をしたが、なにを思ったのか、そのシューマッハのほうに近寄ってきた。
「あんたがこの海賊船の船長さん?」
いかにも若者といった口調で話しかけてくる。シューマッハはその顔をよく見る。まったく知らない印象の相手であったのに、どこかで見覚えがある気がした。
「そうだが……君は?」
「俺?俺はルイン・トリューニヒト」
そう名乗り、その青年は今回の旅について軽く説明をした。青年はあのヨブ・トリューニヒトの養子であり、ヨブ・トリューニヒトについて調査したことを、帝国のウォルフガング・ミッターマイヤーに報告しにいくというものであった。
よりにもよってあの帝国主席元帥の客人を捕まえたことに、シューマッハは一瞬ヒヤリとしたものを感じたが、相変わらず部下たちとかつての戦争を懐かしんでいるポプランと、気軽な口調で語るルインを見て、そこまで深刻な事態ではないかと安堵した。
「まぁだからこの船は人運んでただけだし、金目のものなんてないよ」
「見ればわかる。俺たちだって無作為に略奪してるわけじゃない」
基本的には帝国にたいして敵意があるものに対応するのが、シューマッハたちの役目であった。勿論カモフラージュのためにもある程度の海賊行為もするが、その多くは彼らの飼い主と打ち合わせされたものである。少なくともポプランのような、貧乏人から巻き上げるほどシューマッハたちは資金的には困っていなかった。
「しかし……人を運んでるだけか……君みたいなのが客ならポプラン氏も楽できるだろうな……俺も昔、人を運んだことがあるが……中々に大変だった」
かつて自分が人を運んでいたときを思い返し、シューマッハが笑う。
「へー船長さんは大変だったんだ。どんなのが相手だったのよ」
話を聞いてる青年は自然な口調で聞き返す。
「俺が運んでたのは……随分と躾がなってないガキでね……それはまぁ、暴れまわってくれたよ」
あの皇帝には随分と手を焼かされたものだ。そう思いながらシューマッハは話す。
「そりゃ、あんたも悪いよ」
そんなシューマッハに青年は笑いながら言う。シューマッハは随分とわかったような物言いに少しイラつきを感じ、青年のほうを見る。青年は気にしたものかと、真っすぐと茶色い瞳で見返して、言葉を続ける。
「それは、クソガキ相手に躾をしなかったあんたたちも悪い。そうじゃないか?」
そういう青年を見つめ、シューマッハはその顔がどこで見覚えがあったのかやっと思いついた。
「……は?……いや……まさか……」
自分で思いついておいて、そのことが信じられなかった。なぜこんなとこにいるのか、なぜトリューニヒトなんて名前でいるのか、なぜ帝国に向かっているのか。シューマッハが思い当たった人間だとすればなにもかもがおかしかった。
「まぁ、躾をしないにしても、見捨てなかっただけでも、そのクソガキは感謝すべきかもね。そう考えたら、どっちもどっちってとこじゃないの?」
目の前の青年は心底面白いかのように、自然体で笑っている。そのことにあっけをとられて、シューマッハは「あぁ」と一言だけ相槌をうっただけでろくになにも返せなかった。
イゼルローン宇宙港のラウンジでルインは一人珈琲を飲んでいる。オーディンではなかなか得難い経験も出来、あとはもう自分の今生きている世界に帰るだけなのだが、運搬役であるポプランはあいも変わらず大きな港に寄れば女の尻を追っかけている。『いい歳こいて……』などとルインは内心毒づいていたが、毒づいたところでポプランが戻ってくるわけでもない。そういうわけで宇宙港のラウンジで一人だらだらと飲みものを口に運ぶ作業を続けていた。
ラウンジにはそれなりの人がいた。大半は観光客であるのだろうか、楽しそうにはしゃいでいる姿がそこらに見られる。人が多すぎてガヤガヤとした空気は、田舎者のルインとしてはやはり慣れないものがあった。
そんなルインの対面に一人の男が腰をかける。二人掛けの席に声もかけず同席とは随分と距離が近い。馴れ馴れしいと思いながら隣の男の顔を覗くと、見知った顔があった。
「なんだ。宇宙海賊なんてやってても普通に入れるもんなんだね」
「……我々だって飯を食わなければ生きていけないんでね……まぁ、港に入り込んだりするくらいの伝手はありますよ」
レオポルド・シューマッハはそう言って苦笑いで返した。
「確か死んだってふうにどこかで見たけど……死人が歩いてていいの?」
「別に俺のことなんて誰も気にしやしません……無名の死人なんかよりも、あなたがここにいるほうがよっぽど不思議でしょう」
シューマッハのその言葉を聞き、今度はルインは可笑しそうに笑った。
「見てみろよこのロビー」
ルインは笑いながら席を傾け、ロビーにいる人間たちのほうに視線を向ける。シューマッハもつられてそちらを見る。ガヤガヤとした空気の中、誰もが自分の世界を生きている。家族連れ、カップル、仕事をしているもの、酔っ払い。隣のテーブルでは若者たちがカードを並べ大声で騒いでいる。誰もルインたちのことなど見てはいなかった。
「こんなもんさ」
「……こんなものですか」
そう言って二人して笑みを浮かべる。誰も振り向きもしなければ、誰も声をかけたりもしない。今のこの世界での二人の存在はそのようなものであった。
「わざわざ俺に会いに?」
ルインは席を戻し、珈琲を口に運びながら尋ねる。
「流石に少々気になりましてね……あなたが、あのミッターマイヤー元帥に会いにノイエサンスーシまで行くと言うんだ。なにか波乱があってもおかしくはない」
「別に……普通にお喋りして終わりだよ。俺の与太話も気にいってくれてたみたいだし……そう悪い結果でもないね」
なんでもないかのようにルインは語る。それを聞きシューマッハは多少の安堵を覚えた。どうやら大それた話にもなりそうにない。面倒なことになれば、また巻き込まれかねない立場だというのは、彼についても言える話であった。銀河帝国のスパイまがいな海賊が、かつての皇帝に出会っていた。あまりいい印象を持たれない話ではある。
しかし、安堵できたのもここまでだった。
「あー……でもそのあと少し面白い出来事はあったね。アレク皇帝に会ってきたよ。いや、俺と違っていい子だね彼は」
その言葉を聞き、シューマッハは青ざめた表情を浮かべる。それに対して、ルインは随分と楽し気な表情であった。
そのあと、ルインはオーディンでの出来事をシューマッハに話した。ルインのほうは思い出話を語るような口ぶりだが、シューマッハとしては気が気ではなかった。あのゴールデンバウム王朝のかつての皇帝が、ローエングラム王朝の現皇帝と握手できるほどの距離にいたのだという。大それた事態になっていないことのほうが、もはやシューマッハからしてみれば不思議に感じられた。
それに対して、ルインのほうはあまり気にしている様子はない。彼からすればアンネローゼがその気ならとっくに捕まっているし、その気でないならばうまいこと図らうであろうという気持ちだった。
「ほんとしっかりした子だったよ……あんたもあんな子相手だったら、仕えがいがあったんじゃない?わがままな子供に、くそみたいな上役。まぁあれは大変だったろ」
ルインはからかうように言う。随分と楽し気な表情に流されシューマッハも釣られて笑った。
「ええ、あの時は大変でしたよ」
かつての辛酸をなめるような生活も、冗談にしてしまえば笑える話だ。そうして、二人は思い出話を語りあった。
『もとはと言えばなんも決めずに死んだ爺さんが悪い~~』
『フェザーンのやり口も悪徳でした~~』
『
『同盟政府も面倒見切れないなら受け入れなんてしなければいいものを~~』
『あれ覚えてる?銀河帝国正統政府。なんだったんだよあのおままごとは~~』
冗談の悪口にしてしまえば愚痴りたいことが山ほどあった。当時の彼らを取り巻く環境はそれほどまでに劣悪であり、だからこそ今となってはそのぶん笑ってやるか、というのがルインの心もちであった。ルインも元はそこまで全てを冗談にするようなタイプでもないのだが、なんでもかんでも笑い話にしようとするのは、ポプランの悪い癖がうつったように見える。これに関しては今回の旅の成果兼弊害と言ったところだ。
「ほんと酷いものでしたね……最後はボロアパートで食い物にだって困って……それで……」
「……俺が消えた」
そこで二人の会話が止まった。彼らにとってそこが旅の終わりだった。幼帝は姿を消し、残された二人は途方に暮れる。なんとも報われない話である。
そのことが少しだけルインには引っかかった。どうであれ彼らは幼帝エルウィン・ヨーゼフ2世に付き従い、面倒を見た最後の人間ではあるのだ。ルインには言わなければいけない言葉がまだ残っていた。
「あー……」
ルインは声を出し少し間を置く。言うべき言葉が思いつかなかったのではない。ただ単純に照れていただけだ。
「あんたが乗り気じゃなかったのは知ってる……俺のことを好きじゃなかったのも知ってる……それでも最後まで付き合った。誰も彼も消えたなかで、あんたとランズベルクだけが最後まで残った……だから……その……」
ルインは言葉を語りながら顔をそらす。
「感謝してるよ。あんた達のおかげで今俺はこうして生きていられる」
その言葉を聞きシューマッハのほうは、俯きながら返した。
「……ありがとうございます……やっと少しだけ報われましたよ……」
そう返す彼の表情はルインからは見えなかった。
軽いテンションに戻り、ルインはさらに話を続ける。
「まぁ『あんた達』はゴールデンバウム王朝最後の忠臣だよ。俺が認めてんだから間違いない」
随分と軽い口調に戻り、シューマッハはなにか嫌なものを感じた。それを知ってか知らずかルインは簡単なことをいうように言葉を続けた。
「でも、あんたにだけそれを伝えるのも不公平だ。そこで頼みが……」
少々報われたところで、やはり自分は貧乏くじばかりだ。そんなことを思いながらシューマッハは溜息をつき、ルインの言葉に耳を傾けた。
かつての帝都オーディンから、少し離れたさびれた惑星。その惑星にある小さな屋敷にランズベルク伯アルフレットという男が住んでいる。住んでいるといっても活動的なことをするわけではない。彼にはもはや生きる希望もなければ、気力もなかった。日がな一日無気力に時間を過ごし、残された数少ない資産によって雇われた人間によって世話をされる。死ぬ間際の老人のような生活と言っていいだろう。
エルウィン・ヨーゼフ2世が失踪したあの時から、彼を置き去りにして時代は大きく流れた。帝国にも議会が開かれ、かつての貴族たちの立場も大きく縮小されていく。多くの貴族から反発される声が出たが、ランズベルク伯にはもはや全て他人事でしかなかった。彼の人生を輝かせていたのは、ゴールデンバウム王朝への忠誠心という一種のヒロイズムであり、貴族がもっていた特権というものに今更執着心もない。もっと言えば、ほかのかつての貴族たちのほうも、精神病院に入れられていた狂人に接近する気にはならなかった。
誰にも相手にされず、自らも動く気がない。ここ数年のランズベルク伯の人生はまさに空白であったといえる。
しかし、そんな彼の人生は一変することになる。
そのはじまりは、公的には死人となった男が尋ねてきたことだった。
「本当に驚いたよシューマッハ大佐。 卿は死んだと聞いていたものだから……ついに私にもお迎えがきたものかと思った」
「実際戸籍ではもう死んでる身です。まぁ……夢か幻だとでも思ってください」
ランズベルク伯の家のリビングで、シューマッハは苦笑いで答えた。堂々とやってこれる立場でもない。夢か幻などとは言ったものの、秘密裏にここまでやってくるのにはそれなりの苦労があった。
そうとは知らないランズベルクのほうはというと、久々の客人に笑顔を見せていた。
「死人でも構いはしないよ。私を尋ねてくるものなんて週に何度かやってくる日雇いの使用人くらいのものだ……かつての同志がやってきてくれるのは、本当にうれしく思うよ……大したものもないがゆっくりしていってくれ」
ランズベルクが言う。
彼が言ったように大したものもない家であった。最低限の家具があるだけで随分と生活感がない。週に何度か使用人が来て掃除などは行って清潔感だけは保たれているようだが、人が活動しているという痕跡がろくになく、ランズベルク伯の無気力さが目に見える。実際、彼はここ数年なにもしていなかった。かつては執筆活動にいそしんでいた青年の姿も、遠い昔の話だ。
「陛下が亡くなられて……もう10年か……あの頃が懐かしいよ……」
ランズベルク伯が、それが事実かのように自然と話す。
「ランズベルク伯、陛下は……」
「皆まで言わないでくれ……陛下は亡くなった。誰がどう言おうと、私にとってはそれが事実だ……」
”皇帝エルウィン・ヨーゼフ2世、その終わるところを知らず”
それが帝国政府の公式記録だ。生も死もわからず、それを本気で調べる価値ももはやない。そのことをランズベルク伯自身今では理解している。それでも、彼にとってはあの死体を抱き、手記を綴った日々こそリアルであった。
そういわれ、シューマッハは少し考え込む。どう話を切り出すべきか思案する必要があった。しばらく黙り、どう語るか言葉を決めたあと、彼は話を切り出した。
「あなたにとって事実がそうであるなら、俺はそれでも構いません。というより……俺としてはそっちのほうがありがたいくらいだ……だから、これから俺が渡すものは、ただの夢物語です。そう思って、一度読んでもらえませんかね」
そう言って、シューマッハは一通の手紙をランズベルク伯に手渡す。ランズベルク伯は訝しげにしながらその手紙に目を向けた。
ランズベルク伯アルフレットへ
今更になって手紙を書くことになって、少々手間取っている。どう書いていいものやらと悩んでいるところなので、まぁ思ったことをそのまま筆にしようと思う。
ガキのころ、随分と世話になった。クソガキ相手にあなたはよくやってくれていたのだと思う。あちこちに頭を下げて、嫌な顔もせず俺のご機嫌を伺って、尽くしてくれていたのだろう。
ゴールデンバウム王朝の人間で最後に残ったのはシューマッハとあなたの二人だけだった。今になって言っても遅いかもしれないが、本当に感謝してるよ。
まぁ俺は急に行方知れずなんてことになって、報われない終わり方をしてしまったが、あれは俺のせいじゃないから、出来れば恨まないでほしい。
あなたたちに生き延びさせてもらったおかげで、今俺は、普通の市民として、普通に幸せに生きてる。皇帝として慕ってくれたあなたには悪いが、正直あの立場には戻りたくないというのが本音だ。なんで、これを読んでも放っておいてくれ。秘密にしてくれるように頼む。まぁあなたなら、俺の言うことを聞いてくれると信じてる。
俺なんかがいなくても、今のアレク皇帝はきっとうまくやってくれるはずさ。人の命を大切にする、誰からも愛されるような良き皇帝。そうなるであろうし、そうなってほしいと俺は願っている。
それでももし。本当に万が一の話。あの子が悪に染まって、好き勝手横暴するような悪虐な皇帝になるようなら、その時は宇宙のどこかにいる俺を探しに来てほしい。そうなったら、友人たちと一緒に宇宙を返してもらうために立ち上がるよ。そんなことには本当なってほしくないけどね。
じゃあ、これでさよならだ。こいつを書き終えたら、俺はもう完全に市民に戻る。なので最後に
改めて感謝を伝える。ランズベルク伯アルフレット、レオポルド・シューマッハ。卿らはゴールデンバウム王朝最後の忠臣であった。
ゴールデンバウム朝銀河帝国 第37代皇帝 エルウィン・ヨーゼフ2世
手紙に目を通したランズベルク伯はしばらく呆然としていた。大声で歓喜の涙を流すわけでもなく、嘘だと喚き散らすわけでもなく、ただひたすらにその内容を噛みしめている。
その姿を見てシューマッハが口を開く。
「もちろん、こいつが本物である証拠はありません。ですが……」
そう言いかけたシューマッハに対して、ランズベルク伯は手を上げて続きの言葉を制した。
「死人であるはずの卿がわざわざ出向いてくれたのだ……それがなによりの証拠だ」
そう言って、ランズベルク伯はまた黙って、この事実を頭のなかで反芻する。驚きすぎて、どういう感情を表に出していいものか彼にもわからなかった。散々周りからの言葉を遠ざけ、我が皇帝は死んだと頑なであったこの10年の重み、まだその皇帝が生きて幸福に生きているという喜び、もう皇帝として生きていく気はないと言い切られた戸惑い。様々な感情が交差し、どう発散させていいのかもわからない。
ただ、心を一番撃ちぬいた言葉だけははっきりとしている。
「シューマッハ大佐……卿と私に感謝すると書いてあるぞ」
「はい」
「私たちが、ゴールデンバウム王朝の最後の忠臣だと」
「そうですね」
「………………そうか……我々の行いは、無駄ではなかったのだな……」
ランズベルク伯は静かにそうつぶやく。それに対してシューマッハもうなずいて返した。
世間知らずで何の能力もなく、ただへりくだって世話をすることしかできなった貴族の青年。
無理やり突き合わされ、いやいやながらで逃亡生活を支えた軍人。
それらは素晴らしい人材ではなかったのかもしれない。片や忠誠心だけのボンクラ、片や忠誠心などない流され者。それでも、彼らは間違いなく、滅びゆくゴールデンバウム王朝の皇帝に尽くした、最後の忠臣たちであった。
それからさらに、時が流れた。ローエングラム朝銀河帝国 第2代皇帝アレクサンデル・ジークフリード・フォン・ローエングラムも18歳となり、本格的に国政を担い始め、世間ではその手腕に注目があつまっているころだ。
そんな時に、落ちぶれた元貴族の自費出版により、とある小説が発表された。作者は ランズベルク伯アルフレット。もはや世間からも忘れ去られ、無名に近い人物である。大した冊数が世に出回ったわけでもないのだが、その内容のため、一部の界隈でちょっとした話題を集めることになる。
内容は大雑把に説明するとこのようなものであった。
『いつの間にか横暴を振るうようになった悪帝アレクサンデルの前に、かつてのゴールデンバウム王朝の皇帝、エルウィン・ヨーゼフ2世が現れ、世直しをする』
散々に汚名にまみれて滅んだゴールデンバウム王朝の血統が、宇宙を正すなどという内容は、荒唐無稽すぎて一部のものの嘲笑の的となった。細かい内容自体もお世辞にも褒められたものはなく、物語としての出来の悪さも相まって、一種の怪書として知られることになる。
かつて、『エルウィン・ヨーゼフ2世死亡の手記』は 、銀河帝国軍を完全に信用させるまでのリアリティをほこり、ランズベルク伯アルフレットの生涯の最高傑作とまで評すものもいた。対してこの『エルウィン・ヨーゼフ2世復活劇の小説』は、妄想まみれの荒唐無稽さと、出来の悪さから、ランズベルク伯アルフレットの生涯の最低の駄作として知られることになる。
もちろん、これが発表されただけならば、一部の界隈で「病人の妄想」として話題になるだけで済んだ話ではあるのだが、問題はこの本を現皇帝であるアレクサンデルも目を通したということであった。
どこで知ったのかはわからないが、アレクサンデルは大して市場にも出回っていないその本をわざわざ取り寄せ、熱心にそれを読んだと言う。当時からの側近であったフェリックス・ミッターマイヤーは後に、『あの奇妙な駄作の一番のファンは、アレク皇帝であった』という言葉を残している。
ともかくとして、アレクサンデルはこの小説に目を通し、その後に『この本を書いたものに会いたい』と言い始めた。この行為は政治的にもきわめて慎重にならざるを得ない事態であった。
皇帝アレクサンデルは実際に政治に関わり始めたばかりの時期であり、きわめて注目されている状況であった。多くの市民はローエングラム王朝に好意的ではあったが、それはあくまで故人ラインハルト・フォン・ローエングラムに対するものであり、その子、アレクサンデルへの評価はいまだ定まっていないのが実情である。そのような立場のものが、自分を悪く書いた書籍の作者を呼び出す、というのは悪印象を与える出来事であるのは間違いなかった。不敬罪というのはもちろん適応可能ではあるのだが、大した影響力もないフィクションの小説にそれをしてしまっては、器量の狭さを示すこととなる。
『この程度の表現の自由も許されないのであれば、ゴールデンバウム王朝となにも変わらないではないか』という声はそのときの帝国議会議員の中からも聞こえた言葉であった。
さらに問題であったのは、ローエングラム王朝自体の正当性を疑問視する声が、少数ながら存在したことである。ローエングラム王朝はその成り立ちの時、多くの市民からの圧倒的な支持を得ていたのは間違いないが、その立場はゴールデンバウム王朝から簒奪したものであることは明白であった。
暦が変わって20年がたった今だからこそ、そのことも改めて問題として浮上していた。
旧貴族の一族などはもちろんのことなのだが、一部の若者にもその点を問題視する声があった。戦後20年たった今となっては、当時の劣悪な時代を知らないものも増える。その劣悪さを体感として知っているものはいいが、それらも徐々に亡くなっていき、これからはその劣悪さを体感として知らないものが未来を作っていく。そのときに簒奪者であるという一点は、ローエングラム王朝の正当性に対する弱点となりえる部分ではあった。
そのような状況であるため、アレクサンデルの多くの部下たちはランズベルク伯アルフレットと会おうとすることに反対した。シビアな状況で藪蛇をつつくのはやめたいというのが本音である。
しかし、皇帝アレクサンデルは頑なにそれを強行し、ランズベルク伯は首都フェザーンの皇宮に招待されることとなった。
ランズベルク伯は胸を張り、何一つ負い目のない顔で参上した。すくなくともこれから謝罪する気などは、さらさらなさそうである。同席していた多くの者たちはその姿に冷や汗をかいた。この面会はランズベルク伯がアレクサンデル皇帝に謝罪し、その謝罪を聞き入れたアレク皇帝が彼を許す、というシナリオを予想していたからである。その予想はこの時点で裏切られたことになる。
「『ローエングラム朝』銀河帝国皇帝アレクサンデル・ジークフリード・フォン・ローエングラム陛下。ランズベルク伯アルフレット。陛下に招待をいただきここに参上しました」
ランズベルク伯は挨拶をするときにわざわざ『ローエングラム朝』とつけた。彼からすると『ゴールデンバウム朝』の陛下ではないのだから、区別するために必要な言葉ではあったのだが、それも周囲のものからはわざとらしく聞こえ、重たい空気が流れた。
「うむ、ローエングラム朝銀河帝国第2代皇帝アレクサンデル・ジークフリード・フォン・ローエングラムだ。 ランズベルク伯アルフレット、よく来てくれた」
玉座に座るアレクサンデルは周囲の空気とは関係なく、自然体のままで返した。
皇帝アレクサンデル。18歳になった彼は、父親とは違い随分とやわらかい雰囲気をまとった青年であった。そのこと自体は悪いことではないはずなのだが、彼の父のもっていた切れ味と比較され、物足りないと思われている部分もある。
アレクサンデルは、挨拶も早々に手元にある小説を示した。
「これを書いたのは卿と聞いたが真か?」
「はい、真にございます陛下。楽しんでいただけましたか?」ランズベルク伯も物おじせずに返す。
彼からすれば、それを咎められるのであれば、それはそれでよいという気持でもあった。その時は、アレク皇帝の器量に見切りをつけた自分の主が、きっと立ち上がってくれるという思いである。
周りの空気はどんどんと冷えていく。声を出していいのであれば、『さっさとこいつを摘まみだせ』という怒声が響いたに違いない。
その周囲の空気に反して、アレクサンデルの表情は相変わらずやわらかいままだ。
「あぁ、楽しませてもらったよ」
そうアレクサンデルが言う。まるで本当にこれを書いたものに会うのが楽しみだったかのようにも感じさせる。
「それで卿に聞きたいのだが、仮に余が本当に悪虐な皇帝になったらどうする?」
直球な質問であった。
「そのときは、この宇宙のどこかにおられる我が主。エルウィン・ヨーゼフ2世陛下を探し出し、共にこの
その質問に対して、ランズベルク伯は一切怯むことなく返した。
いよいよ、周囲のものたちが止めに入ろうとしたとき、アレクサンデルの笑い声が部屋に響いた。随分と楽しそうな、陽気な笑みを浮かべている。周りの人間も、不敬な言葉を吐いたランズベルク伯本人もあっけにとられている。アレクサンデルの隣にたつ側近のフェリックスだけが、困った人だと言わんばかりにあきれた顔をしていた。
『宇宙を返してもらう』そのフレーズにアレクサンデルは聞き覚えがあった。
「あー……そうかそうか……『やはり、そういうことか』……なるほどそれも中々面白そうな話ではあるが……悪虐になるのはやめておこう。今更引っ張りだされても、エルウィン・ヨーゼフ2世も迷惑だろう。それにそうなってしまっては、余としてもどの面を下げて彼に会えばいいかわからんしな」
アレクサンデルはその光景をリアルに思い浮かべているかのように語る。狂人まがいな落ちぶれた貴族の言葉を真に受けている姿は、冷たかった空気を今度はさらに困惑させるものに変えた。
そんな空気を無視して、アレクサンデルは言葉を続ける。
「なるほど……卿の気持ちはわかった。そこでだ、せっかくだし近くで余を見張ってみてはどうだ?いや、余の部下になってくれとは言わない。卿はエルウィン・ヨーゼフ2世の忠臣なのだからな……余としては客人として迎えたい。そして、卿が余を見限るようなことがあれば、ゴールデンバウム王朝の忠臣として、この宇宙のどこかにいる卿の主を探しにいけばよい」
その提案にランズベルクは驚いたが、しばらく考えたあと、その提案を受け入れ、アレクサンデル皇帝の側におかれることになる。
この提案は、後に『アレク皇帝の妙手』として知られることになる。
不思議なことにこの瞬間まで誰も思いもしていなかったのだが、ランズベルク伯アルフレットという男は、最後までゴールデンバウム王朝に尽くした実績をもつ男であり、前王朝に対する忠義という一点においては、誰よりも上位に位置する存在であった。さらにアレクサンデルの言葉により、その立場は補強されることになり、エルウィン・ヨーゼフ2世の名代として、ゴールデンバウム王朝の代弁者のような立場を得ることになる。
これにより、ランズベルク伯は旧王朝勢力でも屈指の発言力をもつ存在になった。逆を言えば、このランズベルク伯さえ満足させていれば、ローエングラム王朝は旧王朝に対する正当性を確保できるという状況が出来上がったとも捉えることができる。エルウィン・ヨーゼフ2世の名代がアレクサンデル皇帝の側にいるのに、ほかの誰がゴールデンバウム王朝を出汁に正当性を説けるというのだろうか。
たった一人の男の機嫌を伺うだけで、多くの利を得たアレクサンデル皇帝の手腕は、ラインハルト・フォン・ローエングラムの息子としてではなく、アレクサンデル・ジークフリード・フォン・ローエングラムという個人としての評価へと繋がっていくことになった。
また、忠義の人として大いに評判の上がったランズベルク伯は、皇帝アレクサンデルの友人の一人として知られることになる。彼は、その残りの生涯をローエングラム王朝の客人として過ごすことになったが、その墓石にはゴールデンバウム王朝最後の忠臣と刻まれている。
ちなみにランズベルク伯はこの後も様々な出版物を出したが、その最高傑作も、最低の駄作も更新されることはなかった。
ランズベルク伯と面会のあと、アレクサンデルは私室で丸い石を眺めている。その横から側近のフェリックスが声をかける。
「さっきは、随分とうまくやりましたね」
そういわれ、アレクサンデルは少し不思議に思い、考える。しばらく考えたあとで、彼はやっと自分が中々に利のある提案をしたと気が付き、「なるほど、確かに悪くない」とつぶやいた。
その姿を見たフェリックスは呆れた口調で続ける。
「気づかずに言ってたなら、なんでそんな提案したんです?」
「いや……単に余が悪い皇帝にならないように、彼に見張ってほしかっただけさ。ほんとうにそれだけ」
「なら俺だっているでしょ」
「バカ言え、悪い皇帝でも、良い皇帝でも貴様は余に付いてくるだろう」
そう言って二人で笑いあう。この私室には皇帝も部下もなく、ただの10代の若者たちがいるだけだった。
「そういえば、その石まだ大事にしてるんですね。昔から持ってますけど」
10年ほど前からずっと持っているとフェリックスは記憶していた。たしか、オーディンに里帰りしたときに、市民からもらっただとか。
「……こいつは預かりものだ、無下にはできんだろ。……まぁ、こういうものを大事にしてる間は、余もランズベルク伯に見限られることもないだろう」
そう言ってアレクサンデルは、その
バーラト星系の辺境の惑星、一人の女性が本を読んでいる。ランズベルク伯アルフレットという人が書いたその本は、最初はろくに売れていなかったのだが、皇帝も読んだという話題があり、重版に重版を重ね、このような辺境にも売り出されるようになって、彼女の夫も先日購入していた。
前王朝の皇帝が、どこからともなくいきなり現れて、宇宙を手に入れるその小説は、今の皇帝が読んだという話題以外になに一つ見るべきものがなかった。
畑仕事からちょうど戻ってきた夫は、本を読んでいる彼女を見かけこう聞いた。
「どうよその小説」
彼女はつまらなそうに返した。
「荒唐無稽で面白くないわ」
その言葉を聞いて、夫の男は腹を抱えて笑った。
「そりゃ、そうだ。こんな話あり得るわけないし、全然面白くない」
そのまま、随分と楽しそうに笑い続ける。なにがそんなに面白かったのかはわからなかったが、夫があまりにも嬉しそうに笑うので、妻である彼女も釣られて少し笑みを浮かべた。
蛇足だったかもしれないけど、今更ながら書きたかったので書きました。
多くに人に読んでもらえてうれしく思っています。
ありがとうございます。