ヨブ・トリューニヒトを辿って   作:ただの誰か

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2話 自由惑星同盟軍元元帥 シドニー・シトレ

ハイネセンからほどよく離れたとある惑星。ルインのいた惑星ほど田舎ではないが、農村の惑星という印象を否めなかった。

 

その惑星のとある農園の一室にルインはいた。目の前には2m近い体躯に褐色の肌をもつ男性が座っている。旧自由惑星同盟軍元元帥シドニー・シトレであった。体躯からくる圧力のせいか、元元帥という歴戦の経歴のせいか、空気は少し重く見える。ただ、対峙するルインは意に介した様子はない。田舎者特有の図々しさのせいなのか、ルインは人に畏まるということをする様子がなかった。

 

 

 

ルインはシトレにこれまでの出来事を説明し、最後に「ポプランさんは偉そうな元上司には会いたくない」と、その辺でナンパ兼観光をしていることを伝えた。それを聞いたシトレのほうは面白くもなさそう顔でそのジョークを受けながした。

 

「しかし……トリューニヒトの養子ねぇ……」

「いやほとんど他人なんですけど」

実際ルインにとってヨブ・トリューニヒトは限りなく他人であった。

「いままでヤン・ウェンリーについて話を聞きにきたいと尋ねてきた人間は山ほどいるが、ヨブ・トリューニヒトについて聞きたいという相手は初めてだ」

シトレはヤン・ウェンリーの士官学校時代には校長を務め、ヤンが戦場に出るようになってからも深いかかわりがあった人物だ。ヤン本人を見出した人物と言ってもよく、彼がヤンにイゼルローン要塞攻略を命じたことにより、大きく歴史が動いたことは間違いない。兵士からは人望も人気もあり、帝国領侵攻作戦の大敗により彼が引退することになったのが、旧共和国の命運を縮めた一因とも考えられている。

 

「シトレさんにとってヨブ・トリューニヒトは政敵だったんですよね?どういう人間だったんですか?」

そう聞かれてシトレは少し黙る。シトレとしてもヨブ・トリューニヒトという男に対して語るには少し考える時間が必要だった。

 

端的に言えばシトレにとってのトリューニヒトは敵であった。シトレが同盟軍統合作戦本部長 だったとき、トリューニヒトは国防委員長として、軍内部へと自身の権力を伸ばしつつあった。軍の実務を請け負い慎重論を唱えるシトレにとっては、不必要なまでに主戦論を掲げるトリューニヒトはまったくと言っていいほどそりが合わなかった。

 

「あの当時の私にとってトリューニヒトは水と油と言ったところか。私は軍人だったが余力のあるうちにさっと戦争なんて手打ちにするべきと思っていたし、トリューニヒトは政治家だったが民主共和制の信念を貫徹するために敵を打倒すべしと叫んでいた。もっともあの当時の国民は味のしない水より、濃く味付けされた油のほうを好んだがね」

シトレの口調はジョークなのか半ば本気で言っているのかわからないものだった。どちらにせよ苦々しい記憶なのは見てとれた。

 

「政治家の主戦論に先導された国民、国民はさらなる軍事的結果を熱望し、それによりさらに政治家は強行的な軍事活動を促す。戦略も戦術も二の次で、政略のための戦争がなされる……あの当時の同盟の実情はそんなところか。トリューニヒトはその中でも国民を煽ることが最も得意な政治家であったことは間違いない」

 

「そのせいで同盟は負けたと?」

その時代の当事者ではないルインは気の利かない言葉を元元帥に投げかけた。悪意があったわけではないが、無自覚な若者の言葉はかつて同盟に命を捧げた老人の気分を害した。一瞬怒りを表に出そうとシトレは息を吸ったが、対面の青年がなんの感慨もなさそうに素朴な目で自分の返答を待っているので、その気持ちも萎えた。若者にとって戦争とはかつての過去でしかなく、このような若者がいる程度には戦争とは忘れられかけているものなのだ。平和とはそのようなものではないか。そう思いシトレは怒りを理性にしまい込んだ。代わりにその日の夕食の時間に『最近の若者は……』と愚痴に付き合わされたシトレの妻という被害者がいたこともルインには知る由もない。

 

「……はぁ……全てトリューニヒトのせいとは言えんがね。彼を選んだのはあくまで国民だった。彼以外についてもそうだ。国民が選んだ政治的指導者たちの舵取りのもと軍事作戦は展開され、そして……負けた……そうだ……負けたのだな」

『負けた』と自ら口に出し、シトレは苦い記憶を懐かしむかのように、遠くへと目線を向け沈黙した。あの時代を遠くに思う。イゼルローンの攻略をヤンに命じ、その成功によりトリューニヒト派の派閥を抑え込み、なんとか帝国との妥協案を探す。そのシトレの思惑は大いに裏切られ、帝国への無謀な侵攻という形に代わり、ある意味では同盟へのとどめを刺す結果となった。あの大敗がなければ、時代はどう動いたかはわからない。自身が政治家を黙らせ、万全な同盟軍の戦力をヤンに指揮させれば……。そんなことを考えはじめようとしたが、

(全ては終わった話か……)

そう思い自傷気味に笑った。

 

「……しかし……いつまでたっても忘れられないものだ。トリューニヒトがいなけば、ヤンにもっと野心があってくれれば、アムリッツァがなければ……」

そう言いかけてシトレは口を止める。

「どうしました?」不思議そうにルインが尋ねた。

「いや……アムリッツァのとき。トリューニヒトは賛成しなかったのを思い出してね」

10年以上前の記憶をシトレは鮮明に思い出す。

「やつは……あれほどまでに国民を煽り、議会を煽りしてきたのに、最後の一番致命的なときにはその位置にいなかった。そして、その知見を見せびらかすことで最高評議会議長 に就任した」

「確かにそう言う風に聞きますね。……それが?」

ルインからしてみると、それは明らかに卑怯と呼ばれる態度ではあるが、不思議とは思わない話だった。誰だって負け戦と読んだなら出兵には反対する。ヨブ・トリューニヒトだってそうだろうと思った。

「ヨブ・トリューニヒト……やつは間違いなく卑怯者ではあったが、無能者ではなかった。忌々しいことにな。だからやつはあの当時の遠征がうまくいかないと理解していたし、反対票にも投じた。……しかしだよ。なぜうまくいかないと分かっている遠征にやつはむざむざと行かせたと思う?」

「……うん?……反対してたんでしょ?」

「奴が本気で反対する気なら、もっと出来ることはあったはずだ。少なくとも気に入らない議会の話を素通りさせるような可愛げはやつにはなかった。やつはな……失敗した無謀な遠征……というものに反対した優良な政治家になるために、その議題を素通りさせたのだよ。……奴は自分が出世するために、2000万人の同盟軍兵士の屍を強いた」

さすがにトリューニヒトという人間を大きく見すぎているのではないかとルインは思ったが、シトレの語る口調は本気であった。

「2000万……2000万だぞ!?……それだけの血を流させておいて、そのうえでやつは満面の笑顔で最高評議会議長のポストについたよ……」

2000万の味方を生贄にささげてポストを掴み、トリューニヒトは平然としていたという。そのように聞かされると、ルインも少しうすら寒いものがあった。

 

「やつは…………小物、俗物、政治屋、色々と言われたが…………『化け物』……その言葉があるいは一番的確なのかもしれん……。自己の肥大化のために、なんの犠牲も厭わない、何の罪悪感をもつこともない、理想すらない……そんな政治の化け物だったのかもしれん」

 

ルインはシトレの独白に黙って耳を傾けた。当時を体感していないルインからしてみれば、シトレの言葉は幾ばくか誇張されたように感じなくもなかったが、それでもこの老人の言葉は真に迫っており、ある一面から見たヨブ・トリューニヒトの実態の一つであることは確かだった。

 

「もっとそのことに早く気づいていれば……あの時の私は、政治を私物化する個人と敵対している認識はあっても、国家を食いつぶそうとするほどの化け物と戦っている認識はなかった……」

 

シトレはそう最後につぶやいた。全ては遠い昔の話。もう自由惑星同盟という国家は食いつぶされてしまった後であった。

 

 

 

 

 

「それで、シトレ元元帥殿の話はどうだったよ」

「なかなか興味深くはありましたよ。俺の印象だと根に持ちすぎな気もしましたけど」

街にある安っぽい大衆レストラン。食事が届くまでの間に、ルインはポプランに今日聞いた話をかいつまんで報告していた。シトレから聞いた内容は一応言われたとおりに話す。ルインの個人的な感想としては、誇張されすぎているようには思ったが、ポプランのほうは、わりと神妙な顔をしてその話を聞いていた。

 

「化け物ねぇ……」

「俺としては大げさに言いすぎな気もしますけどね。昔の政敵だからって過大評価してるんじゃないです?」

シトレの言い分では、アムリッツァでの大敗、ひいては同盟の敗北まで、なにもかもがトリューニヒトの掌の上だったことになる。さすがにそこまで壮大な人間であったとはルインには思えなかった。ルインのトリューニヒトのイメージは、よく知らない養父で、伝記物のコミックに出てくる端役の小物といったところだ。大体ヤン・ウェンリーの足を引っ張ってはギャフンと言わされるポジションと言ったところか。

 

「まぁ俺もお前の意見に賛成だ。あんなやつがそう大したもんであってはほしくはないね……ただ……」

「……ただ?」

「ヤン提督もユリアンのやつも、『トリューニヒトは自分たちが最初思ってたより、よっぽど質が悪い』みたいなことは言ってたなぁ」

そうポプランが言う。ルインは「はぁ、そうなんですかねぇ」と気の抜けた返事を返した。やはりルインには強大すぎるヨブ・トリューニヒトという男がピンときていないようであった。

 

話がちょうど締まったころ、食事が2人の前に並べられる。

ポプランはすぐさまフォークを突っ込み、ルインはなにやら少し手を合わせてお祈りじみた動作をして、食事をはじめた。

 

「へーお前さん。ちゃんとお祈りまでして、躾がよろしいことで」

「これしないと、おふくろに飯もらえませんでしたからね」

「神様仏様、今日のご飯をありがとうってか?」

そんなことをポプランが言ったあと、ルインは目を丸くしてポプランを見返した。随分と驚いたようだ。

 

「どうしたよ?」

「いや……そういやこれなにについて祈ってんだろって思って……」

「……え?知らずにやってのか?」

その姿を見てポプランは腹を抱えて笑った。これほど無為な祈りも中々あるものではない。

「……まぁいいか」

対してルインは気にもせずに食事を続ける。何のためにやっているかわからなくても、習慣とはそういうものだろう。少なくともなんのお祈りもしないよりはマシだと一人で納得した。

 

 

 

 

ルインとポプランが食事をしていた時と同じころ、シトレも同様に妻と食事をとっていた。話題は昼間に話をした青年について。無自覚とはいえ、随分と気の利かない青年に対して、シトレは『最近の若者』はとぼやいていた。

そんな会話の中で、シトレの妻がこんなことを言った。

「しかし、その若い子。あなた相手にそんな態度がとれるのだから立派は立派じゃないですか。あなたの姿をはじめて見たら大体の人は縮こまってしまいますよ」

2m近い巨体にイカつい風貌のシトレ相手に、初見で気後れしないというのは、確かに大した胆力と言えなくもなかった。

 

「ふん……その点はトリューニヒトに似たか……ただの時期外れの養子だとか言ったが……」

そこまで口に出して、シトレはふと疑問に思った。『あの』トリューニヒトが、ただの養子なんて貰うだろうか。妻の頼みだったとはいえ、何か引っかかる部分があった。そう思うと、先ほど話をした青年がなにやら不気味にも思えてくる。

 

物怖じしない態度。

トリューニヒトの養子という立場。

トリューニヒトについて調べるという行動。

それら全てが怪しく感じてしまう。

 

「……はっ……まさかな……」

10年の月日が流れた今になって、トリューニヒトの亡霊なんてこともないだろう。そう思い、シトレはまた最近の若者批判へと戻った。

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