ヨブ・トリューニヒトを辿って   作:ただの誰か

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4話 バーラト自治政府議員 ホワン・ルイ

ルインは用意された待合室でテレビを眺めている。テレビの向こうでは、今日会う予定になっている与党の大物ホワン・ルイと、万年野党議員ダスティ・アッテンボローが舌戦を繰り広げていた。かつての大戦で死亡した兵士の遺族年金についてだが、いい加減支出がきついというホワンと、それに反対するアッテンボローという構図だ。どのような議題であれ、アッテンボローが目立っているときは、なにかを反対しているときなのだが、その姿に足を引っ張ってやろうとか、意地の悪い感じはしない。

 

というのも、与党も野党も全力で政治に取り組まなければ生きていけないというのが、彼らの実情であったからだ。

 

銀河帝国により自由惑星同盟が滅んだあと、バーラト自治政府が発足し、民主主義による議会が許されたのは、あくまでその議会制度が帝国にとって良き影響を与えることを期待されてのものだ。議会制度の有用性をユリアン・ミンツが説き、カイザーラインハルトはある程度それを受け入れた。現在では、帝国にも立憲政治の下に議会が開かれ、今では出身階級を問わず多くのものが政治の舞台に上がりはじめている。そして、そのような者たちが、まず手本にするのは、議会というものに一日の長があるバーラト自治政府であった。

 

つまるところ、バーラト自治政府の政治家たちは、産まれたばかりの帝国議会の手本たる姿を見せなくてはならないのだ。だからこそ、誰も彼も本気になる。かつての悪臭漂う政治を再現し、銀河帝国から不要と判断されようものなら、今度こそ民主主義はこの宇宙から消え去る。銃で撃ち合う戦争は10年前に終わっていても、政治家たちにとってはその後の10年も戦争は続いていた。少しでも良い政治をして、帝国に有用性を示さねば、彼らに生きる道はないのだ。

 

そういうことで、ここ10年のバーラト自治政府の議会は活発であった。誰も彼もが本気で政治に取り組むし、国民についてもそのような姿を見て、真面目に政治について考えようかというものも増える。ヤン・ウェンリーが生きていたら『20年前にそうなってくれていれば』などと思うような光景であったかもしれない。

 

議会では活発に議論が行われ、その分時間も伸びる。待たされているルインは興味もなさそうにディスプレイ越しに行われる議論を眺めていた。熱意あるものが増えたとからといっても、誰もが政治に熱心なわけではない。養父トリューニヒトについては調べているが、ルインは政治から距離をとっている若者の一人であった。

 

 

かなり時間が経ったあと、ホワン・ルイはやっとルインの前に現れた。

「待たせたようですまないね。どうも議会が長引いてしまって」

陽気な声色でホワンは話かける。年齢的には前に会ったアイランズと似たようなもののはずだが、こちらは随分と若々しかった。今となっては共和制議会の最長老のような立ち位置のはずであるのに、まだまだバイタリティに溢れている。年下の議員たちと舌戦を繰り広げるのは、老化の予防に効くようだとルインは思った。

 

やってきたホワンにルインは軽く自己紹介をする。といっても直接会う前に自身のことについては連絡してあるので、改めてなにか多く語ることもなかった。

 

「しかし、ヨブ・トリューニヒトの養子か……どうだい?やつの息子として政治家になってみる気はないか?」

ホワンは冗談のようにそう言う。

「やめてください。トリューニヒトの息子なんて言って選挙に出ようものなら、あちこちで石投げられますよ」

それならまだ母方の姓(テラルーツ)を使ったほうがマシである。

「やり方次第ではあると思うがねぇ……少なくとも、トリューニヒト本人なら、その立場を利用して議席の確保くらいはしただろうね」

「出来るわけないじゃないですか。トリューニヒトは嫌われ者ですよ」

「だからこそさ!嫌われ者の父を叩いたっていいし……いや、むしろやつなら今の名誉の回復に努めるか?まぁやつならそのくらいするだろうよ」

「……はぁ?名誉の回復?」

ルインからしてみれば与太話もいいところだった。ヨブ・トリューニヒトといえば嫌われ者の代表格である。名誉の回復どころか、名前を出すのさえ憚られる。実際、ルインはトリューニヒトなんて名前を日頃は使ったりしない。

 

「お前さん、どうしてトリューニヒトが嫌われ者かわかるかい?」

そのくらい知っていると、ルインは知っている内容をいくつか口に出した。「肝心なときに逃げてばかりだったから」「同盟の裏切り者だから」「帝国に媚びをうったから」

そのような内容を聞いたあと、ホワンは「違うな」と笑った。

「本当のことを教えてやろう。ヨブ・トリューニヒトが嫌われ者なのは、今ヨブ・トリューニヒトが生きていないからさ!生きていれば、やつはきっと今でもその詭弁で民衆から人気を得ていたはずさ」

「……そんなバカな」

「そうでもないと私は思うがねぇ……結果はどうあれ、バーラト星域では自治が認められ、民主主義は今でも生きている。そうであればやつは堂々とその成果を語るさ」

「それはトリューニヒトのおかげではないでしょう」

今のこの時代を勝ち取ることができたのは、ヤン・ウェンリー一党やそれを支えた人たちのおかげなのは、ルインですら知っていた。

「人の手柄を自分のように語るのはやつの得意のところさ……少なくとも、私は今の時代にやつが生きていなかったことだけは感謝してるね。政治の世界でやつを止めることはおそらく誰にもできんだろ。死因だって結局は帝国のロイエンタールの私怨だったらしいしな」

 

ヨブ・トリューニヒトについては不透明なことが多く残されているが、死因については確定している。カイザーラインハルトに反逆したオスカー・フォン・ロイエンタールによる射殺。それも罪状等があったわけではなく、完全な私怨とされている。それまで同盟から帝国まであらゆる権力の中で殺すことのできなかった男は、一人の私的感情によって死することとなった。

ルインとしてはそのことに少し引っかかる部分もあったが、時間のあまりとれないホワンのこともあり、気を取り直して本題へと入る。

 

「それで、その凄腕の政治家だったわが養父さまってどんな人間だったんですかね?」

「これまた難しい質問だな……どんなか……そうだな、強いていうなら主義主張のようなものはもっていなかったように思うな」

「一応主戦派ということでしたけど?」

「心底主戦派であったら帝国がやってきたときに『はい降参』なんてしないよ君。そうだな……私が思うに、単に主戦論を唱えていたほうが、人気がとりやすかったから。そんなところじゃないか。少なくとも人民のためだの、国家のためだのなんてことは、微塵も思ってなかったろうね」

ホワンの言うことにはルインも納得できた。これまで聞いたトリューニヒトという人間の人なりを考えるに、国家も、民衆も、民主主義も、どれにも思い入れがあったようには思えない。その時の主義主張なんてものは、方便として機能すれば問題なかったのであろう。主戦論を唱えた理由も簡単に予想がつく。ただ、そのほうが国民の受けがいいから。そして、実際にトリューニヒトは国民の絶大な支持を得て、自由惑星同盟の最高権力者まで上り詰めていた。

 

「これは私の勝手な妄想だがね……トリューニヒトは主戦論を唱えて権力を獲得したはいいが、正直その立場に嫌気がさしてたんじゃないかと思う」

「……どういうことです?」

「国民の戦意だけは十分、マスコミも武器を振りかざす極右集団もその流れに忖度する、ただ肝心の戦争にはとてももう勝てそうにない。そしてその先頭に立っているのが自分。君がそんな立場だったらどうする?」

ホワンにそう聞かれ、ルインは少し考える。

戦えと煽ったものの、戦争には勝てない。負けたら煽られていた人間はどう思うか。煽ったやつが悪い。そう考えるのではないだろうか。負けた責任も、多くの人が死んだ責任も、そいつにとらせろということになるのではないだろうか。

「逃げ出しますね僕なら」

そうルインが答えると、ホワンは教師のような表情で笑う。

「そうだな、そうする。ただ、逃げるだけではダメだ。自分の安全の確保をしなきゃならない」

「……なるほど……その安全の手土産が同盟ですか」

「そういうことだ。奴は、最後の最後で仕方なく帝国に白旗を上げたように言われているが、私はもっと前から同盟をどう売り渡すか考えていたと思う」

ホワン・ルイはかつて、ヤン・ウェンリーを査問会と称して、最前線のイゼルローンからハイネセンまで呼びつけたことを思い出していた。あれは名実ともに強大化するヤン・ウェンリーという個人に対する嫌がらせという側面が強かったが、後にフェザーン陣営による誘導があったことがわかっている。その結果、ヤン不在のイゼルローンは窮地に陥った。そして、当時からフェザーンのルビンスキー、地球教、ヨブ・トリューニヒトは繋がりがあったのではないかと考えられている。もちろん完璧な結束であるはずもなく、お互い利用しあう関係ではあったのだが、それでもフェザーンの思惑通りトリューニヒトの派閥がヤンを呼びつけたということには、ホワンには違和感があった。

 

それも、あの時点にはもう同盟を売り払うつもりであったのなら多少は納得が行く。ようはあの当時のトリューニヒトはもう負けてもよかったのだ。負けて、どう国を売るかそのタイミングを見計らっていた。鉄壁のイゼルローンがあるうちは、国民の手前白旗を上げるわけにもいかないが、それがなくなれば話は変わってくる。イゼルローンが奪われたので降参しますというのは、それなりにわかりやすい筋道ではある。

 

このような説明をホワンはルインにした。ルインは説明を受けしばらく悩んだ。ルインの感覚ではどうも不思議なことだらけだった。相変わらず老人方がトリューニヒトについて大げさに語る部分もそうだが、一番頭にあったのはもっとシンプルな疑問だった。

 

「いやでもやっぱ、普通に辺境にでも逃げたほうがよっぽど安全じゃないですか?」

ルインは自分が住んでいる惑星を思い出す。名前なんか捨ててそのような場所で暮らすほうがよっぽど安全だろうとルインは思った。

 

「その身一つで辺境で暮らすなんてのは中々できることではないよ。権力を持っているものならなおさら」

「その辺がよくわからないんですよね。権力ってそんないいもんですかね」

ルインには権力というものを欲する感覚がわからなかった。沢山の人を従えて、多くの責任だの仕事だのを抱え、面倒なだけなように感じた。

 

「……まぁ……麻薬のようなものだ。……私だってね、それなりに優良な政治家を目指しているが、それでも権力に酔いしれるということがないかと言うと嘘になる。金が儲かるからとかそういうことではないのだよ。それ自体に魅力がある」

そう言うとホワンは皮肉な笑みを浮かべた。

「本来、政治家とはそう大したものでもないのだよ、給料を貰って、税金を効率よく社会に再配分する。それが役目だ。それが宣伝の結果としてえらそうなものと錯覚してしまうのさ。……国民も、自身も」

その昔どこかで吐いたセリフを田舎者の若者に言って聞かす。

その言葉はある種の自分に対する戒めだったのかもしれない。

「まぁ、君も持ってみたらわかるよ」そう冗談を続けるホワンに「いえ、俺には結構です」とルインは真顔で返した。今あるこの生活以上のものなんていらないとルインは心底思った。畑の面倒を見て、好きな女と過ごして、暇な時間は好きに使う、十分すぎる生活である。少なくとも目の前のホワンよりは気苦労はないはずだ。

 

「俺の養父様も権力ってのがそんなに欲しかったんですかね?」

ルインは改めて尋ねる。

「そうであったと私は思うがね。やつの場合、それこそ権力に酔うこと以外楽しみもなかったのでは?……権力を利用してなにか他にやりたいことがあったようにも思えない……奴の本心なんて知りようもない話さ。トリューニヒトが本音を語ってるとこを見たことがある人間なんていないんじゃないのか」

「それ、アイランズさんも言ってましたよ」

同じような意見が返ってきて、ルインは苦笑いを浮かべる。

結局のところ、トリューニヒトという人間に対して、どう見えていたかは聞けても、トリューニヒトという人間の本音に近づける気はしなかった。

 

(……まぁ、それでもいいさ)

ルインの頼まれた仕事はあくまで、聞けた話をまとめるだけだ。そこにトリューニヒトの本心なんてものが必要なわけでもなかった。これまで聞けた話だけでもトリューニヒトという人間の表面だけは見れる。

(それに、全部が全部見えなくたって、人間は生きていけるさ)

そう、心で呟き、近くの窓を見る。窓にはルイン自身の姿が映っていた。

 

 

 

 

ホワンから話を聞いた後、ルインはハイネセンの街を一人で歩く。街には人が溢れ、活力に満ち溢れている。10年前の敗戦の間際は事故や犯罪が多発し、暗い街であったものだが、今ではそのような面影はない。治安は維持され、活動している人間の顔も明るい。政治は必死にその統治能力を発揮し、そのような環境であるからこそ市民の活動も活発になる。市民の平等な権利、言論の自由、どれもかつての自由惑星同盟の末期に比べるとはるかにマシであることは確かであろう。帝国に敗れ、一地方自治領になったあとのほうが、理想の民主主義国家の形態に近いというのは少し皮肉なものではあった。

 

ルインがしばらく歩くと、アクセサリーショップの店頭で頭を悩ませているポプランが見えた。一夜の相手のために見繕っているのであろう。金欠で喘いでいるくせによくやるとルインは思った。

 

「借金まみれがなに悩んでるんですか」

ルインに声をかけられ、ポプランが一瞬顔を向ける。そしてまた、ガラスの向こうに並んでいるアクセサリーを見ながら声を返した。

「見りゃわかんだろ。今日のお相手へのプレゼントを選んでいるのよ」

「会う約束まで取り付けてんなら、いいじゃないですか。どうせ一晩だけの相手でしょ」

「かー!お前なんもわかってないんだな!……その一晩を一生の思い出にさせるためにこうしているのだろうが!」

そう言って、ポプランは真剣にアクセサリーを眺める。ルインもつられてそれらを見た。小さな宝石がついたそれらには、それに相応しいとは思えないような値札が付いていた。

 

「ばっかみてぇな値段しますね。え?マジでこれ買うんですか?」

「こんなのまだまだ大した値段じゃないさ。お前もそのうちわかる。高価な宝石ってのはそこにあるだけでパワーが違うのよパワーが」

そう言う、ポプランにルインは苦笑する。ポプランという男は、女性の価値は測れても、宝石の価値を測れるような人種には見えなかった。目の前のものだってちゃんと価値を測れているのか疑問である。少なくとも、ルイン自身はその無駄に輝くだけの小さな石に価値は見出せなかった。

 

「俺だって、高価な宝石くらい持ってますよ。宇宙で一番価値のある石」

ルインは冗談交じりの声でそんなことを言った。興味をがそそられたのか、ポプランはガラスの向こうのアクセサリーから、ルインのほうへと向き直った。

 

「ほう。言うじゃねぇか。見せてみろよ」

ポプランにそう言われ、ルインは懐から一つの石を取り出した。特に光り輝いてはいない。なんの変哲もないただの石ころだ。その石は惑星のように丸い形をしていた。特徴と言えるのはそのくらいだろう。

 

「なんだこれ?」

「宇宙一価値のある宝石です」

「うん?……いやこれどう見てもただの石ころだろうが」

「まぁ、少し話を聞いてください」

そう言ってルインは自慢気にその石について語り始めた。

 

その昔、ルインがまだ今住んでいる土地に引っ越したころ、そこの子供たちの間でとにかく丸い石を探すというのがブームであった。なぜこのようなことが流行っていたのは謎だが、子供の中での流行とは往々にしてそのようなものである。そして、引っ越してきたばかりのルイン少年もそれに参加することになったのだが、土地勘もなければ、まだ友達もいない彼はろくに大した石を集めることはできなかった。そのことでとても落ち込んだルイン少年だったが、それをあんまりにも不憫に思ったのか、そのとき一番丸い石を見つけた少女が、その石をプレゼントしてくれたのだ。それ以来、ルイン少年はその石をずっと大事に持ち続けている。

 

「って話があって。その石を……」

「その石をプレゼントしてくれたのが今の彼女だってんだろ。無駄になげぇのろけ話しやがって」

ルインが最後まで語る前に、ポプランが遮った。

「わかってんなら最後まで言わせてくださいよ」

「人の惚気話ってのは恥ずかしがってるやつから聞くのが楽しいんだ!嬉しそうに語る奴の言葉なんて、トリューニヒトの演説並に毒にしかならん」

「じゃあ俺の話なんて最悪ですね。なんせトリューニヒトが自慢気に惚気話してんだから」

ルインはそう言って笑う。トリューニヒトの養子にからかわれたポプランのほうは、付き合ってられないとばかりに、改めてアクセサリーのほうに目を向けた。

ルインのほうは、取り出した石を天にかざして、飽きもせずに笑っている。

 

「でもほんとなんですよ。俺の宇宙じゃ、この石が一番価値のある宝石なんだ」

 

性懲りもなく、ルインはそんなことを呟いていた。

 

 

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