ヨブ・トリューニヒトを辿って   作:ただの誰か

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5話 (通称)バーラト軍大将 アレックス・キャゼルヌ

バーラト自治政府の治安維持活動を目的とした特別措置軍事組織。この長々とした文章で表されるのが、今の(通称)バーラト軍。いわゆる旧同盟軍である。名前の由来は言葉の通りで、本来は軍隊を持つことなど許されないバーラト自治政府に対して、治安維持のために特別措置として軍隊を許してやるという銀河帝国の意向がそのまま反映されている。実態としては旧同盟軍の組織を縮小したうえで引き継いだ形であり、人材も旧同盟軍のものが大半である。その中でも際立った活躍をしたと言われるのが、ヤン・ウェンリーの片腕としても名高いアレックス・キャゼルヌ大将であった。

 

キャゼルヌはバーラト自治政府発足以降、各組織の再編成、治安維持活動、さらにはルビンスキーの火祭りで大損害を受けたハイネセンの復興にまで力を発揮し、その事務処理能力の高さを見せつけた。彼がいなければ、ハイネセンの復興はいまだ成し遂げられていなかっただろうと語る者もいる。

 

ちなみに、彼が中将から大将へと位が変わったのは、銀河帝国の強い要望があったからである。帝国の人間はかつて戦った強敵というものに、異常なまでに敬意をはらっているところがあった。自分たちを苦しめた相手なればこそ称えようという将兵は多い。そんな、かつての強敵にはそれなりの地位にいてもらわならければ格好がつかないというのは、いかにも帝国的な思想ではある。

 

そういった背景もあり、『戦前、戦後の業績を合わせて考えるなら大将という地位は当然である』と称えられ、キャゼルヌは敗残兵の集まりの中で異例の出世をすることとなった。それが今更本人にとって幸福であったかどうかは、また別の話ではあるが。

 

 

 

 

バーラト軍本部の一室に通されたルインは少々あっけにとられていた。

(こいつはまぁボロい……)

バーラト軍本部のビルは中々にみすぼらしいものであった。外壁はところどころ欠け、内部も出来る限り安い資材で修理したような箇所が多く見られる。見てくれなんてどうでもいい、仕事が出来る通信環境さえあればいいだろうという空気が建物全体から溢れていた。商用のホテルどころか、気の利いた役場にすら劣るのではないかという見た目だ。少なくとも立派な敷地に立派な建物がたっている、銀河帝国弁務官事務局より劣っているのはまちがいない。

 

通された部屋にはキャゼルヌがおり、ルインは最初に多少の自己紹介を行った。キャゼルヌはルインがトリューニヒトの養子であるということより、ポプランとつるんでこの仕事をしていることのほうに感心をもっていた。一通りポプランに対する悪口を交えた雑談でふたりは盛り上がった。ルインとしてもこれまで話してきた相手の中で、一番話しやすい相手だった。キャゼルヌは大将という地位にありながら、あまり壁を作るような感じでもなかったし、なにより共通の話題があるというのが良かった。

 

キャゼルヌは昔のことも多く語ってくれた。大体苦労話ではあるのだが、本人としてはそれも思い出なのか随分楽しそうであった。

 

「……それで、イゼルローンを引き上げる頃には軍に残っていたのは俺だけだった訳だよ。ユリアンもポプランもアッテンボローも、俺たちの祭りは終わったと言わんばかりに、それぞれ好きな道を歩きはじめた。……あいつら自分たちは最後まで祭りを楽しんでおきながら、その片付けは、『はいお任せします』ってんだから……ありゃヤンの悪いとこばかり学んだ結果だな。面倒なことはすぐサボりたがる」

民主主義の存亡を賭けた血で血を洗う闘争を祭りと表現するのだから、キャゼルヌ本人もヤン艦隊の一員に相応しい毒舌ではあるのだが、本人はその点についてはまったく気にしている様子はなかった。

 

「ヤン・ウェンリーってそんなにサボり魔だったんですか?噂には聞きますけど」

「そりゃもう酷いものだったさ。あいつは元来とんでもない怠け者なんだ。事務仕事だけじゃなくて、あらゆる仕事を面倒くさがってた。いつも辞めてやるなんてほざいて……その癖変なところで頑固だから、あちこちでいらぬ不評を買うし……時代が時代なら元帥どころか、中尉のままクビになってたろうよ」

 

ヤン・ウェンリーは間違いなく戦場の天才であったが、完璧な軍人ではなかった。軍隊組織に似つかわしくない振舞いを常日頃からしていたし、平時における事務処理能力も大したものでもなければ、仕事に対する勤勉さもなかった。キャゼルヌが言ったように、時代が違えば間違いなく元帥になんてなれるはずもない人間である。

 

「実際のところヤン・ウェンリーとヨブ・トリューニヒトの関係ってどうだったんですか?」

ルインは今日の本題について移る。ヤン・ウェンリー、ひいてはヤン艦隊とトリューニヒトはどのような関係だったのか。そのことへの聞き取りのためにルインはこうして足を運んでいた。

 

「そりゃもうヤンはトリューニヒトのことが大嫌いだったさ。ヤン艦隊の連中はまぁ皆大なり小なり反トリューニヒトだったが、誰が一番嫌ってたかと言われたらヤン本人で間違いない。一緒にいるのも嫌だ、握手だってしたくない、会話なんてもってのほか。……本当、そういうとこで頑固だったんだ。いい歳こいた大人なら嫌いな相手とはいえ顔色くらい伺うべきなのに……やつと来たら嫌いという態度を隠す素振りも見せなかった」

 

ヤン・ウェンリーのトリューニヒト嫌いは有名な話であった。ことあるごとにトリューニヒトを批判したような発言が記録として残っているし、ヤンについて知る多くの人たちが大のトリューニヒト嫌いであったと語っている。

 

「それでも、ヤン・ウェンリーはトリューニヒトの下で働いていたんですよね?」

「そうさ、そういうところがまたヤンの面倒なとこでなぁ……」

キャゼルヌは昔を思い出すようにしみじみと口に出す。

「ヤンはトリューニヒトを最悪の民主主義の象徴だとは思っていたが、それでも民主主義というもの自体を裏切ることはしなかった。……できなかったというのがまぁ正しいか。やつの中にはやつ自身の哲学があり、それを曲げる気のない頑固さもあった。だから、どれだけ周囲と自分が不服であろうと上の命令を聞くし、カイザーラインハルトを尊敬してるのに最後まで敵対した。そういう意味では、まぁわがままなやつだったよ」

 

そのヤンの人となりはルインにも十分理解できた。というより、キャゼルヌの言葉を含め今のようなヤンについての話はあちこちで掘りつくされている。ヤン・ウェンリーがなにを考えていたのか、それは多くの人が知りたがり、様々な角度から議論が交わされ、今でも評論家同士で言葉の殴り合いが行われている。

 

しかし、今回の話は微妙に内容が違った。ルインが調べているのは、ヤンについてではなく、トリューニヒトについてである。

 

「ヤン・ウェンリーがどう考えていたかはわかりました。……それじゃあ……トリューニヒトはヤン・ウェンリーについてどう考えていたんだと思いますか?」

ルインの質問に対して、キャゼルヌは一瞬「そりゃ奴も……」と笑いながら口に出しかけたが、途中で言葉を止め、悩むような顔色に変わった。

 

「……言われるまで気づかなかったな……そうか……俺はヤンがトリューニヒトを嫌っている姿は山ほど見てきたが、トリューニヒトがヤンを嫌っているってとこは見たことがない」

 

ヤン・ウェンリーがトリューニヒトを嫌っていたという話は山のように残っているが、トリューニヒトのほうがヤンを嫌っていたという発言はほとんど残っていない。強いていうならば、同盟軍の降伏直前、自身の命が脅かされそうになったときに、アルテミスの首飾りを破壊していたことについての恨み事があったくらいだ。

 

トリューニヒトは政治的やり取りの中でヤンに多くの嫌がらせまがいなこともしたし、ヤン自身に嫌われているという自覚もあったと思われる。ただ、トリューニヒト本人がヤンにどういう感情をもっていたか断定できる材料は少なかった。

 

「単純に考えれば嫌っていたということでいいとは思うんだが……ことトリューニヒトの話となるとそうも言いきれんな……」

 

キャゼルヌはトリューニヒトの目線でヤンについて考えてみる。ヤンは反抗的な言葉は吐くし、自分という個人を嫌っている。しかし、戦争には強く、なにより民主主義という仕組みについては絶対的に従順であった。だからこそ、軍事クーデターが起きたときは政府を救ったし、カイザーラインハルトを追い詰めたときも、政府の意向に従い大人しく停戦に応じた。これは、とても都合のいい存在ではなかったのだろうか。役に立つ、立たないという意味では、ヤンはトリューニヒトの役に立つ存在であったのではないか。

 

キャゼルヌはうすら寒いものを感じた。もしかしたら、ヨブ・トリューニヒトという人間にとって、ヤン・ウェンリーという存在は好意に値するものであったのではないだろうか。そんなことが頭によぎり、顔色を悪くする。

 

「……これはまた……質の悪い冗談だ……」

ヤン同様にキャゼルヌだってトリューニヒトは嫌いであった。しかし、先ほどの理屈で考えると、トリューニヒトはヤンのことを、ひいてはヤン艦隊についてある程度好ましく思っていた可能性がある。

 

「そうか。俺たちはトリューニヒトのことが嫌いだったが、必ずしも向こうも同じ気持ちであったとは限らんということか」

「仮定に仮定を重ねた上での話ですけどね」

トリューニヒトという人間の本心がどこにも見えない以上、どの話も仮定でしかない。しかし、行動という面では一つの方向性がわかっている。それは、トリューニヒトが権力の肥大化のために生きていたということだ。その点から考えれば、ヤンという存在は邪魔な側面がありつつも、有用な人間であったと言える。そして、ただ権力のためだけに生き、ろくに私心すら見えない男からすれば、それを嫌う理由もなかったのではないか。ルインにはそう思えた。

 

「しかし、そうすると、とんでもない片思いだな。……そんなやつに好かれても俺たちは嬉しくないどころか嫌気しかない……いや、逆か……俺たちが片思いで嫌っていたのか。少なくともやつの好意より、俺たちの敵意のほうが大きかったろ」

仮にトリューニヒトがヤン艦隊に好意があったとしても、その感情が大きなものであるとは思えなかった。癖はあるが役に立つ道具に対する愛着、精々がその程度だろう。下手をしたらカイザーラインハルト以上にトリューニヒトを敵視していたヤン艦隊の面々からすれば、盛大な敵意の片思いということになる。

 

 

 

 

「嫌な話を聞かせてくれたものだ……今晩、ポプランとアッテンボローのやつとうちで飲むことになっているんだが……これを聞いたらあいつらどんな反応するかね」

「アッテンボローさんについては俺は知りませんけど……ポプランさんはまぁ、激怒するんじゃないですか」

 

ポプランの性格を考えるに、トリューニヒトに好かれていたかもしれないなんて話を聞かされて、平静にできるとは思えなかった。さぞ、大声で罵詈雑言をまき散らすことになるだろう。事実、この晩の飲みの席でポプランは大いに罵詈雑言を叫ぶことになる。ちなみにこれはアッテンボローについても同様であった。

 

「まぁ仕方がない……それもいい酒の肴と思うとするかね」

「別に飲みの席で話さなければいいんじゃないですか?」

「俺だけがこんな気味の悪い話聞かされたんじゃ不公平だ。仲間同士、嫌なことも共有しないとな」

キャゼルヌはそう言って笑う。気味の悪い話とはいえ、もはやトリューニヒトはこの世におらず、仮に好意が存在したとしても、今更それに悩まされることはない。全ては終わった話であり、だからこそ笑い話にもなった。

 

「そうだ。お前さんも来るか?娘に手を出さないと約束するなら、御馳走するが」

話の流れでキャゼルヌはルインも会食へと誘う。

「遠慮しときますよ。旧友同士ってのに挟まれるのは居心地があまり良さそうじゃない」

ルインはそんな風に返した。本心をそのまま口にした可愛げのない返答であった。

 

「お前さんは、思ったことそのまま口にするな……なるほど、その点父親には似てない」

本心をオブラートに包まないルインに対して、キャゼルヌは少し苦笑いだったが、ポプランと一緒に行動できるのもこの性格のおかげだろうと思った。

(ユリアンみたいな可愛げはないが……このふてぶてしさはどちらかというヤンに近いか)

そう考えるとおかしく感じた。トリューニヒトの養子の性格が、ヤンに近く見えるというのはこれまた皮肉が効いていた。こう思うと、キャゼルヌは一つ聞きたい質問が頭に浮かんだ。

 

「そういえば、聞いてなかったが、お前さん自身はトリューニヒトのことをどう思っているんだ?」

「別に……なんとも……おふくろには感謝してますけど。ヨブ・トリューニヒトって俺の人生の中じゃただの他人ですし……」

ルインからすれば、自分を拾い育ててくれたのはあくまでトリューニヒトの妻であり、トリューニヒト本人とはほとんど関係がなかった。実際に会ったのも数えれる程度、会話をした記憶すらなかった。

「でも……そうですね……この仕事はじめたおかげで、今は少しは気になっています」

「気になっている?なにを?」

「何を考えていたのか、何が目的だったのか……」

「……そこに関しては、もう答えがあるように俺は感じるがね。やつは権力が欲しかった。そこは間違いないだろ」

ヨブ・トリューニヒトは権力の獲得のために生きていた。キャゼルヌが言ったように、これは行動によって示されている。それは万人が認める事実であった。

「そうなんですけど……もっとなんていうんですかね……あと一歩だけ違う答えがあるような気がして…… 漠然としているんですけど」

ルインは万人が認める事実より、ほんの少しだけ深い解答を求めていた。それは本人が存在しない今更わかるものでもなかったのかもしれない。それでも、なにか自分なりの答えを導き出したいと考えている。そして、なんとなくだが、自分はその解答にたどり着ける。そんな予感がしていた。

 

「まぁ関心があるなら、存分にやるといいさ。仕事でやっているんだろ?」

「一応そうですね。ポプランさんから分け前貰える約束になってます」

「なら最高じゃないか、自分のやりたいことを金を貰いながらやれる。ヤン・ウェンリーなんて一生をやりたくない仕事に費やしたんだから、それに比べれば恵まれてる」

「そうですね……俺はまぁ確かに恵まれていますよ」

ヤン・ウェンリーよりも、カイザーラインハルトよりも……ヨブ・トリューニヒトよりも、きっと自分のほうが恵まれている。そんなことをルインは思った。

 

 

 

 

 

その晩キャゼルヌ宅では40を超えた男たちが、歳相応とは言い難い状態まで出来上がっていた。

 

「しかし面白いやつですね、そのヨビンとかいうやつは」

「何言ってるんですかアッテンボロー議員殿!ルビンですよ!ルビン!二文字も違ったらまるっきり他人だ!」

「ルインな。お前さんが間違えてどうする」

 

すでにキャゼルヌとルインが交わした内容については語られた後で、それを酒の肴にしたのか、周りにはかなりの量の空き瓶があった。久しぶりの戦友の集まりということで今は許されているが、翌日キャゼルヌが夫人に嫌味の連打をあびることは確定している。

 

「しかしそうなると気になりますね」

アッテンボローが言葉を続ける。

「トリューニヒトのくそ野郎が、役に立つ、立たないだけで人を判断してるとしたら、家族にだけそうじゃなかったってことはないでしょう。そのヨビンくんにもなんかあるんじゃないですか。実は戦争シミュレーター最強の天才少年だったとか」

酔っているアッテンボローは冗談まじりに荒唐無稽なことを言う。

「いや違いますね。秘密があるのは妻のほうですよ。あのヨブ・トリューニヒトなんかと一緒にいたんですぜ。きっと帝国軍の女スパイだったに違いない!じゃなきゃあんなやつと一緒にいれるもんか」

ポプランも荒唐無稽な意見で返したが、今回はポプランの意見が採用された。今の彼らのなかではいかにヨブ・トリューニヒトの悪口を言うかが一番重要視された。

 

「ほんとなんであんなやつと結婚したんだか……そんな贅沢三昧な暮らしをさせてもらえてる様子もなかったんだろ?あいつから金をとったら気色悪い詭弁を垂れ流す口しか残らんぞ」

「だからスパイですってスパイ!それか、暗殺者!じつはヨブ・トリューニヒト殺害の真犯人は妻であった!これでどうです?」

二人は大いに盛り上がるが、当時のトリューニヒトが圧倒的にモテる側だったことは考慮にされない。

 

「しかしまぁ、トリューニヒトもお前らに勝ってるものが一つだけあるな」

からかうようにキャゼルヌが割って入る。それを聞いて、二人は心外だぞといったような表情で酔った顔をキャゼルヌに向ける。

 

「トリューニヒトは結婚していたが、お前らは40にもなったというのにまだ独身だ」

それを聞いて二人は大いに反論する。最初はトリューニヒトを出汁に反論をしていたが、いつの間にか、二人の舌戦へと変わっていた。

 

「俺は独身主義なだけです!女に縛られたくないだけ!ポプランと一緒にしないでください!」

「こっちこそ!一緒にされたくありませんな!恋がなくて未婚より、恋が多すぎて未婚の俺のほうが絶対に優れてる!」

 

どうでもいい口喧嘩をわーわーと繰り返している。それを見ながらキャゼルヌは笑いながら空になったコップに酒を注ぐ。かつてのヤン艦隊の日常がここにはあった。過去の思い出に浸りながら、キャゼルヌはグラスを天に掲げた。

 

「見てるか、ヤン。こっちは相変わらずだよ」

 

そうつぶやき、グラスを口に運ぶ。普段の日常で飲む酒より、それは美味く感じた。




結構恥ずかしめの誤字を報告してくれた人ありがとうございます。
読んでくれてる人もありがとうございます。
書き終わってるのちょこちょこ手直ししながら投稿してるので、良かったら最後まで読んでいただけるとうれしいです。
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