ルインはハイネセンにある喫茶店にいた。平日の日中であるからか客もまばら、席ごとに仕切りもあり、ざわつきを感じることはあっても、周囲の客がなにを話しているかはわからない。しばらく待っていると、ルインの前に一人の男が座った。いたって普通の男性であった、どこにでもいるスーツを着たサラリーマンそんな風な男だ。
「名前は勘弁してもらえるんだよな」
「もちろん。俺のほうも名乗る気ないですし」
「わかった。じゃあ何でも聞いてくれ。私の話せることなら話そう。もう金は受け取っている」
「それじゃあ……聞かせてください。地球教についての話を」
ルインは毎度のことのようにポプランの代理として、話を聞きにきていた。今回の相手は元地球教の信徒という男であった。どのようにして、このような機会を作ったのかはわからない。ポプランに仕事を預けたバグダッシュによる指示であること以外聞かされていなかったし、それ以上の詮索の必要もなかった。地球教とヨブ・トリューニヒトの関りについて聞くこと。それだけが、ルインの仕事である。
「ヨブ・トリューニヒトについては……よく覚えているよ。当時の私は彼を地球教の施設で匿っていたときも同席していたしね」
救国軍事会議によるクーデターが起きたとき、ヨブ・トリューニヒトは地球教によって匿われ、その事態から身を守った。また、ヨブ・トリューニヒトのために活動していた憂国騎士団も地球教との繋がりがあったとされている。
「匿われていたときはどんな様子でした?」
「いたって平静としてたよ。外の状況についてよく聞き、隠れて缶詰になってる状況でも文句一つ言わなかった。決していい環境とは言えなかったのだけどね、食事だってかなり酷いものだったし」
そういう部分については、ルインには納得がいった。衣食住についてトリューニヒトがそこまで思い入れあったような気はしないし、なによりその状況で不平を言うなんてデメリットしかない行動をする人間ではない。むしろ、不必要な量の感謝をのべていたのであろうと思った。
「まぁ、私が見たことなんてこのくらいなんだが……所詮私は一信徒でしかなく、過激派の一員というわけではなかった。私はどちらかといえば、地球教が流行する前……かなり古くからの地球教の信徒にあたるんだが、あのあとどんどん先鋭化する活動にはついていけなかった」
地球教の信徒というものは実際には一枚岩ではない。これは銀河帝国の取り調べからもわかっていることで、地球教という組織のテロ活動に参加していたのは、宇宙に散らばる膨大な信徒の数を考えれば、どちらかといえば少数派であった。多くの信徒は、ただ心の寄りどころとして宗教に参加したものであり、デモ活動でプラカードを掲げるのが関の山といったところだ。この男も、それらと同じような類のものであった。
「地球教ってのは、あくまで自分たちの故郷である地球を大切にしようってのがお題目だったんだよ。少なくとも多くの信徒はそう思っていた。私はそのこと自体は今でも悪いと思っていないよ。人は自分のルーツを辿れば必ず地球に行きつく」
野心家たちがどう考えていたかは置いておくとしても、地球教の教義というものは多くの人に受け入れられる魅力があった。自分が産まれたことに感謝を、生んでくれた親に感謝を、さらにはその祖先に感謝を、そうやって遡っていけば地球という惑星にたどり着く。過去に感謝をする、それは人の根源に残る性のようなもので、それを刺激するうえで地球教の教えはシンプルかつ効果的であった。だからこそ、多くの信徒を集め、多大な影響力をもてたということもある。
銀河帝国に逮捕された信徒の一人がこんなことを言ったことがある。
『地球教は永遠になくなることはない。今回はド・ヴィリエなんていうテロリストが余計な失敗をしただけさ』
この発言はある種の負け惜しみではあるのだが、現在でも潜在的に残る地球への信仰心を考えると、あながち笑い話にもできなかった。
ともかく、目の前の男は多くいた地球教の一般的な信徒でしかなく、あまり深い立場ではなさそうであった。
「あなたがその一般的な信徒だったとして……じゃあ、地球教とヨブ・トリューニヒトの関係がどのようなものだったかってのは……」
「詳しくはわからないね。そんなことがわかるような立場であったら、私はとっくに刑務所行きだよ」
地球教の主だったもののほとんどは、今は死人か刑務所の中だ。一信徒として許されている男がそれほど重要な情報をもっているはずもなかった。ルインは正直期待外れという気持ちが湧いていたが、この後に続く話で状況が変わることになる。
「ただ、細かな関係はわからないが、ハイネセンの地球教の支部はトリューニヒトに対して、かなり前から支援していたよ。彼が若手議員として出馬したころにも、それとなく票集めをするように頼まれたことがある」
「地球教はそんな早くからヨブ・トリューニヒトに目をつけていたんですか?」
「……う~ん……誰が目をつけていたかは断言できないけどね。それこそ大主教直々だったという可能性もあるし、単純に誰かが賄賂かなにか貰って現場の票集めしてた可能性もある……それか、『身内に信徒がいた』か……」
その言葉を聞いた瞬間、ルインは背筋が凍った。『身内に信徒がいた』それは聞き流せない言葉であった。
その後、適当な雑談を話した後、地球教の元信徒という男は立ち去った。ルインは一人喫茶店に残る。去り際に話した雑談の内容などはまったく頭に残っていなかった。問題になったのはその前の話であった。
ヨブ・トリューニヒトの身内に地球教の信徒がいたという可能性。あり得る話だと思った。身内に最初から信徒がいたとするなら、トリューニヒトが早い段階で地球教と接触したというのも納得がいく。そしてそれは誰か。ヨブ・トリューニヒト自身は地球教の信徒ではない。親という可能性もあるが、だとしたらトリューニヒト自身も地球教の信徒であるのが自然だ。ならば、残るのは一人しかいない。ルインの敬愛するトリューニヒトの妻だ。
思い当たるふしはいくつかあった。とくに食事の前のお祈りなどはわかりやすい。食事の前に祈りを捧げていた相手が地球だったことをルインははじめて理解した。トリューニヒトの結婚相手として選ばれた理由もこれで簡単に説明がつく。地球教の信徒であればさぞ都合がよかったはずだ。現にトリューニヒトは駆け出しのころに、そうやって票を集めているではないか。
そしてなにより
(
「何だよ浮かない顔して」
「いや……ちょっと色々ありまして……」
その晩、ルインはポプランとレストランで食事を待っていた。ルインは今日の出来事を消化できず、モヤモヤとしたものを抱えていた。
「なんかあったか?恋の悩みだったら相談に乗るぜ」
冗談交じりにポプランが言う。このようなときに、空気を変えてくれるのはポプランなりの気遣いである。その気遣いが混乱している今のルインにはありがたかった。
「そこに関してだけは、ポプランさんに相談することはないです。反面教師くらいにはしますけど」
ルインも軽口で返す。先ほどよりは、多少気持ちも落ち着いている気がした。
そうこうしているうちに、食事が運ばれてくる。ポプランはすぐさまとがっつき、ルインはいつものように手を合わせようとして少し止まる。地球教という言葉が少しちらついたが、結局いつものように手を合わせてお祈りをした。
(地球教なんて知ったことか……俺は今までこうしてきた。それに……)
ルインの母は地球というものに祈れなんてことは一言も言ってなかった。本人が心の中でどう思っていたにせよだ。ならばそれでいいじゃないかと思った。自分自身が地球に向かって祈る必要なんてどこにもない。
そもそも話をした男が言っていたように、地球教の教義が全て悪いわけではない。宗教がその人間の人格形成に良い影響を与えることもある。現にルインの知っている母は、道徳心に溢れる良い人間であった。少なくともルインにとってはそうであった。
そんな風に考えながら手を合わせ、ポプランに遅れながらもルインも食事にがっつく。もう悩んでいる様子は見られない。あまり悩みを引きずらないというのはルインという青年の性質の一つであった。何事にせよ、『まぁ、大したことじゃない』という割り切りをする大雑把さが彼にはあった。
「それで、今日ので一応聞き取りのアポとってた相手には一通り話が聞けたな。まだ時間もあるし、明日くらいから、ナンパの極意を学ぶために現地研修にでも行くか?」
ポプランとしては若いルインを出汁に、女性を引っ掛けようと考えていたのだが、それはルインに断られた。
「会いたい相手がいるんですよね。ちょっとその人に会ってきます」
「お前さんあの片田舎が世界の全てじゃなかったのか?ハイネセンに誰かいるのか?」
「ハイネセンっていっても端っこのほうですけどね……確かおふくろの妹さんがいるはずなんですよ」
今日の話を聞き、母が手紙でやり取りをしていた妹がいたことをルインは思い出していた。
母が死んだときに自分もその連絡のために手紙を書いていたことで、住所が頭に残っていたことは幸いであった。
「ちょっと行ってきますよ。聞きたいこともありますし」
母が地球教の信徒であるなら、妹である女性もなにかしらの関係があったはずである。何か話が聞けるのではないか。ルインとしてはこの程度の考えであった。それに実際、母の妹という女性に挨拶をしたい気持ちもあった。
そして、このルインの行動は予想外の出会いを生むことになる。