ヨブ・トリューニヒトを辿って   作:ただの誰か

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7話 アドリアン・ルビンスキーの元愛人 ドミニク・サン・ピエール

惑星ハイネセンの辺境の街にルインは来ていた。辺境といっても、ルインが住んでいる自然と民家がぽつぽつある村というような風ではなく、地方都市というレベルの街であった。それなりに飲食チェーンが立ち並び、公共交通機関も十分に発達している。なんなら、ルインが住んでいる惑星の一等地よりも、都会であったかもしれない。地図で場所を見たときは随分辺鄙な場所にあるとルインは思っていたが。伊達に首都星にある街ではないなと勝手に関心した。

 

ただ、これは極端に田舎者のルインの感覚であり、ハイネセンの住人からすれば、辺境の田舎扱いされる街である。高齢化も進み、首都ハイネセンポリスのような活気も少ない。少しずつ終わっていっている街というのが相応しいであろう。

 

ルインは覚えていた住所を頼りに、とある店の前まできていた。寂れたバーであった。扉の前にはクローズの看板が出ているが、中からはテレビの音が聞こえた。中に誰かいるのがわかって、ルインは少し悩んだが、結局クローズの看板を無視してルインは扉を手にかけた。カギはかかっておらず、扉はそのまま開いた。

 

扉の向こうは、店の外観通り寂れたバーという感じであった。綺麗に清掃はされているが、どこもかしこも古びた感じがある。あまり儲かっているようには見えなかった。

 

中には赤茶色の髪の女性が一人いた。若いようにも見えるし、随分年齢を感じさせるようにも見える。ただ、美人なのに間違いはなかった。ポプランがいたらこの場で口説いていたであろうとルインは思った。

 

「まだ空いてないよ」

女性はテレビを消し、ルインのほうに話しかける。随分と冷めた声に少し居心地の悪さを感じた。

 

「いや……店に来たわけじゃなくて……ドミニク・テラルーツさん……で合ってます?」

ルインは恐る恐る聞く。

「テラルーツ?……久しぶりねそんな呼ばれ方したのは……姓なんてどれもいまじゃ使ってないから……あなた誰?」

「ルインです。ルイン・テラルーツ」

ルインが名前を名乗ると、ドミニクと呼ばれた女性は一瞬驚いたような表情を浮かべ、まじまじとルインを見つめる。美人に見つめれら、ルインはすこし気まずくなったのか目をそらす。

 

「へぇ……あんたがねぇ……姉さんが亡くなったときに手紙くれたっけ」

「そうです、そうです。ほんとはもっと早くに挨拶に来れたらよかったんですけど」

「驚いた。随分殊勝なことを言うのね……それで、今日はわざわざ挨拶に?」

「いえ、それもあるんですけど……」

ルインは、自分が今ヨブ・トリューニヒトについて調べていることと、これまで聞いた内容についてざっと話した。ドミニクはその話を面白くもなさそうな、冷たい表情で聞いてる。美人ではあるが、少しやりにくいとルインは感じた。ルインのこれまでの人生にはいなかったタイプの女性だ。洗練されているという言葉が似合うのだろうか。少なくともルインの住んでいるド田舎にはいないタイプの人間であった。

 

「ふーん……それで?」

「ドミニクさんにも話を聞きたくて……母のこととか、トリューニヒトについてとか……」

そのルインの言葉に続けて、合わせるようにドミニクがつぶやいた。

「ルビンスキーについて……とか?」

 

一瞬ルインはなにを言っているのか、理解が追いつかなかった。

 

ルビンスキー。フェザーンの元自治領主であった男の名前だ。様々な暗躍をして、最後はハイネセンを火の海に変えたことで知られている。そのような男の名前がなぜここで出てくるのか。なんとか、昔読んだ戦記物の小説であったり、研究本であったりの記憶を引っ張り出す。しばらく、考え込んだあと、やっと関連する言葉を見つけた。

 

「……ドミニク……サン・ピエール……」

自分の相変わらずの察しの悪さに、ルインは少々嫌気がさした。

 

「なんだ、知らずに来たのかい。言って損したね……」

かつて、ドミニク・サン・ピエールと名乗っていた女性は、相変わらず表情を変えないまま、からかうようにそう言った。

 

 

ドミニク・サン・ピエール。フェザーンの自治領主であったアドリアン・ルビンスキーの愛人であったとされる女性だ。ルビンスキーの死後、帝国軍によって取り調べを受けた後、消息不明となっていた。

 

そして、その女性が今ルインの目の前にいた。しかも、養母の妹としてだ。ややこしい話になり、ルインは少々頭が追いつていない。

 

「それで……なにから聞きたい?」ドミニクが尋ねる。

「ちょっと頭が追いつかないんで、出来れば時系列順でお願いします」

ルインがそう返すと、ドミニクは静かに語り始めた。

 

ドミニクの実家は旧自由惑星同盟領にあり、古くからの地球教の信徒の家系であった。いつ頃からはわからない。恐らく先祖が地球の出身者であったのだろうとドミニクは語った。地球教の信徒と言っても、テロリズムのために生きていたという感じではなく、単純に地球を崇拝しながら生きていたというのが日常であったらしい。日々、祈りを捧げ、あまり科学的なことを好まず、オーガニック志向じみていたという。ルインはそのことについてはよく理解できた。ルインと養母との生活もまさにそのようなものであったからだ。

 

「姉さんはそういう生活が当たり前と受け入れていたけど……私は嫌だった。だから、父が死んだときに家を出た。母は早くに亡くなっていたし、止める者も居なかったしね……姉さんも表面上は快く送り出してくれたわ……本当は悲しんでたのは知ってたけど、私の人生だもの。止まる気もなかった」

 

そうして、まだ10代であったドミニクは単身フェザーンへと渡った。サン・ピエールという姓はそのときに名乗り始めた。フェザーンでは女優や歌手として生計をたてようとしたが、その身一つで異国の地で活動した女に現実は中々厳しかったらしい。大きな成功と呼べるほどの成果には恵まれなかった。そうして、19のときにアドリアン・ルビンスキーと出会い、いつしか彼の情人として、寄り添うようになったという。

 

「姉さんは……そのころにはトリューニヒトと結婚していた。今でも覚えているわ。見るのも恥ずかしい内容を手紙に書いて……初めて男が出来てよっぽど嬉しかったみたい」

その言葉を聞き、ルインはかなり驚いた。

「おふくろがトリューニヒトとののろけ話を手紙に書いてたんですか!?」

「おかしい?」

「……いや……おかしいというか……こういうのもなんですけど、トリューニヒトって人間と愛情というものがそもそも成立するのかというか……」

「トリューニヒトのほうがどう思っていたかは知らない。ただ、姉さんのほうにはあったんでしょうね……世間知らずの箱入り娘だったから、それこそいいように言いくるめられてたのかも……」

そう言われるとルインは少し嫌な気持ちになる。それでは結局母親は利用されただけではないのか。あまり納得できる話ではなかった。

「不服そうね」

「……まぁ少し……いや、かなり」

「でも、どうであれ幸福ではあったと思うわ。愛することが出来るというのは……」

「愛されていなくても?」

「……ふふ……男には……わからない話でしょうね」

ドミニクは妖艶な笑みを浮かべながらそういう。その姿を見せられると、男としての経験値すら浅いルインではなにも言い返すことは出来ない。それに義理の母とはいえ、母親の愛す、愛されるだなんて話は気恥ずかしくて、深く聞く気にもならなかった。

 

「それで、じゃあおふくろとドミニクさんで、トリューニヒトとルビンスキーの間をとりもっていたんですか?」

ルインは話を本題に戻す。

 

「そんなことしていないわ……ルビンスキーには姉さんがトリューニヒトの妻であったことは言ってなかったし……姉さんには私とルビンスキーの関係も言ってなかった……だから、ルビンスキーとトリューニヒトの協調だって私が直接関係したわけじゃない。ただ……その分、少し見えてる範囲が広かった……そう言ったところかしら……」

ドミニクは一人で自分のための酒を注ぎながら言う。素面で話せるほど、ドミニクにしてみれば気分のいい話でもなかった。

「私はルビンスキーのことは近くで見ていたし、姉からの手紙でトリューニヒトの近況も知らないわけじゃなかった。もちろん姉さんからの手紙なんて私的なことばかりだったけど、それでもわかることはある」

「……というと?」

「トリューニヒトには余裕があった。ルビンスキーにはなかった。」

そう言って注いだ酒を喉に流し込む。ルインからは少し自棄が入っているようにも見えた。

ルビンスキーという存在はドミニクにとって複雑なものである。そのルビンスキーとトリューニヒトを比較した上で、余裕がなかったと言葉にするのは、少し抵抗があったのかもしれない。

「姉さんから貰った手紙を見る限り、トリューニヒトはずっといい夫だった。妻を気遣い、愚痴も言わず、どんな時も不安な姿は見せてない……本心はどうだったにせよ。妻にそう取り繕える程度の余裕はあった」

「ルビンスキーにはなかったと?」

「……ルビンスキーは……身体は病に侵され、銀河帝国からは追われる身……いくら強がってはいても……実態としては余裕なんてなかった。トリューニヒトについても本人は歯牙にもかけてないつもりだったのかもしれないけど、結局やつのために金をバラまいて政治工作をしていたしね……」

 

トリューニヒトが銀河帝国に立憲体制をしこうと画策していたということは世に知られている。そのためにルビンスキーの金脈と人脈が使われていたというのも語られている話だ。おそらく、地球教も一枚かんでいただろうと思われている。この三者はお互いを利用しあう関係であり、密接な結びつきというものがあったわけではなかった。それぞれが各自のエゴイズムのために、相手を駒として扱い、各々が忖度しあう。そのような歪なものであったと考えられている。

 

この三者は大抵の場合、それぞれの立場の悪人として、同等の立ち位置として語られることが多いのであるが、ドミニクの言葉を聞き、実態としてはそうではなかったのではないかとルインは思った。

 

始まりはどうだったかはわからないが、この三者の末期については、明らかに立場が違っていた。アドリアン・ルビンスキーは銀河帝国から追われる身であり、身を隠しながら生活をしていた。古巣のフェザーンには銀河帝国が遷都してきており、立場を回復する見通しも立たず、身体は病に侵され、長く潜伏することも考えられなかった。

 

 

地球教については実態としてはさらに悲惨である。地球の本部も各地の支部も壊滅に追いやられ、最終的なテロの指導者の立場であったド・ヴィリエに残された実行部隊の人員は20名程度であったとされている。しかも、それらを率いて自らテロに参加しなければいけないほど、彼は追い詰められていた。地球教はトリューニヒトによって告発を受けたこともあるのだが、その時点で協商関係が完全に崩壊しなかったのは、この地球教の立場的弱さも原因にあったのかもしれない。

 

対して、トリューニヒトはこの三者の中で最も早く死することとなったが、その時の肩書、立場という意味では、誰よりも余裕をもてるところにいた。トリューニヒトはカイザーラインハルト直々に命を受けた、高等参事官だったのである。この立場は実際に強力であり、公的には誰もトリューニヒトに手を出すことはできないはずであった。結局、トリューニヒトを死に至らしめたのは、オスカー・フォン・ロイエンタールという人間の私的な感情からである。

 

 

 

立場という面で見たときに、トリューニヒトと他のものでは明確な差があった。

 

各々の関係的に見ても、最終的にはトリューニヒトは風上に立っていたのではないか。そう考えることもできた。そもそも、銀河帝国へ立憲体制をしこうという計画自体が、明らかにトリューニヒトに対して有利である。

 

立憲体制への移行。これはトリューニヒトが権力を獲得するためのものであり、それらに対して、各々の金脈、人脈が使われていた。この場合、ルビンスキーについても、地球教についても、あくまでトリューニヒトに権力をとらせた上で、そのおこぼれをもらうという形になる。本人たちがどのような思惑であったにせよ、最も得をするのは誰かというと間違いなくトリューニヒトだ。しかし、それでも彼らは立場上トリューニヒトに協力せざるを得ない。銀河帝国は宇宙のほとんどの支配権を握っており、それを内部から食い荒らすという方法以外に、もはや有効な勝ち筋がなかった。事実、最後に彼らに残された手段は自爆まがいなテロ行為だけである。

 

ここまで考えて、ルインはドミニクがなぜ少し不機嫌そうに先ほどの言葉を吐いたのかわかった。姉の男より、自分の男が風下にたっていたと考えると、あまり気分は良くないのであろう。

 

「……ルビンスキーは……不本意であったのでしょうね……身体は衰え、自分の力は目減りしていき、利用すべきものに利用され、最後に残されたのは芸のない爆弾だけ……………ほんと……バカな男……」

ドミニクは静かにそう語る。冷酷だが、その中にほんの少しのぬくもりを感じる、そんな声色だった。

「今でも好きなんですか?」

ルインは若い男にありがちな気の効かない言葉を吐く。

「…………全ては昔の話よ」

ドミニクは冷たく微笑んでそれだけ返した。その微笑みには、きっと様々な感情が含まれていたのだろう。ルインには結局ドミニクがどう思っていたのかはわからなかった。

 

 

 

「他になにか聞きたいことある?」

トリューニヒトについての話は終わりと言わんばかりに、ドミニクは態度を変える。ドミニクから得られた情報は、実質一言程度ではあるのだが、ルインとしてもそれだけで十分収穫を得られたと思っている。ルインとしては、トリューニヒトのことなんかよりも聞きたいことが他に沢山あった。

 

「おふくろのこと聞かせてくださいよ。正直そっちが本命なんです」

その言葉を聞き、ドミニクは今までとすこし表情を変えて、優し気な笑みをうかべた。

「……ふふふ……かまわないけど、あなたマザーコンプレックスもち?」

「……あぁ~……少しだけ……」

そう言ってはにかむルインは、マザーコンプレックスな青年そのもののような姿をしていた。

 

ルインとドミニクの話は大いに盛り上がった。ルインのほうはオーバーリアクション気味で話を聞き、ドミニクも彼女には珍しく、淡々としながらも楽しそうな表情を見せながら話した。ドミニク・サン・ピエールという女性にも少女の時代があり、その時の感情が漏れ出ていたのかもしれない。

 

(しかし……この子よっぽど姉さんのことが好きだったのね……)

姉のことを聞きながら喜ぶルインを見てドミニクは思った。姉の養子の青年は、少しだけでは済まないレベルのマザーコンプレックスを抱えているように見える。姉はもちろんいい人間であったとは思うが、ここまで好かれているのには流石に少々困惑を覚える部分もあった。

 

「それで、ドミニクさんはずっとおふくろと手紙やりとりしてたんですよね?俺のことなんか言ってました?」

「トリューニヒトが死んだあとはあなたのことばかりだったわ。あの子が言うことを聞いてくれたとか、友達ができたとか、プレゼントをくれたとか」

 

そういう話をすると、ルインは幼い子供のように喜ぶのだ。特別視が過ぎているように見えた。しかし、それについて触れることはない。触れるべき部分ではないとドミニクは考えていた。

 

「それで、トリューニヒトの話を誰にしに行くの?」

ルインの母についての話も終わり、そろそろお開きにしようとしたころ、ドミニクが聞いた。

 

「なんか帝国の偉い人らしいです。こっからまた宇宙旅行で帝国まで」

「へぇ……帝国まで行くんだ」

「はい。面倒で仕方がないんですけどね」

ドミニクはそれを聞き、しばらく考えたあと、当たりさわりの言葉を選んで返した。

「気をつけていってらっしゃい。ちゃんと無事に帰ってきなさいよ」

ルインは「はい、いってきます」と笑って返した。こうしてみると仲の良い叔母と甥のようにも見えた。

 

 

 

 

事件は、ポプランと一緒に泊まっていたホテルにルインが戻ったときに起こった。ルインは自分の部屋に戻ろうとフロントに顔を出したのだが、そこでホテルのスタッフに呼び止められた。

 

「ルイン・テラルーツさん。少々お耳に入れておかなければならないことがあるのですが……」

スタッフは言いにくい話なのか苦笑いを浮かべている。

「なんです?」

ルインは色々といやな予感がしながら返事をする。

(トリューニヒトの養子なのがマスコミにでもばれたか?それとも母が地球教なの?いやもしかして……)

色々と頭に浮かべたルインだが、出てきた内容は予想外のものであった。

 

「御同行されていたオリビエ・ポプラン氏が逮捕されました」

「……は?」

 

ルインはトラブルメーカーな男と一緒に行動していたことを、ついにその身をもって体験した。

 

 




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