「それで……殴りかかってきた男をぶっ飛ばしてしまったと」
「俺は何発も殴られてやったんだぞ!一発くらい正当防衛だろ!」
留置所でポプランと面会したルインはため息をつく。ポプランのほうはというと檻のなかに放り込まれているというのに、随分と元気そうではあった。
ことの経緯はこうだ。
毎度のことながら、プレイボーイを気取っているポプランは、きっちりとナンパを成功させて、女の家で一晩の思い出を楽しんでいた。問題は女は結婚しており、出張にいったはずの旦那が予想外に早く帰宅したことであった。旦那の男は激怒しポプランに殴りかかり、最初は無抵抗だったポプランも数発殴られたあたりで我慢の限界を超え、男を殴り飛ばした。その一発で男はKOされた上に、この状況でもパニックにならず冷静であった女が警察を早くに呼んでいたため、ポプランはその場で逮捕されることとなった。
言ってしまえば、ポプランの身から出た錆なのだが、ポプランは一向に反省するような様子もなかった。このような状況にも慣れているのか、随分リラックスしているようにも見える。
「まぁ、取り調べにゃ少し時間がかかっているが、近いうちに釈放されるだろ。殴られた数は俺のが多いんだ」
「近いうちって……どんくらいですか?」
「まぁ2、3日……。長くても一週間ってところか」
「その間、俺はどうしてろと」
「観光でもしてろよ。せっかくのハイネセンだろ?」
「俺、さっさとこの仕事終わらせて家帰りたいんですけど」
「じゃあ、お前がいい弁護してくれよ。このオリビエ・ポプランには後ろ暗いことがない立派な男性であると、盛大に語ってやってくれ」
冗談はよしてくれと、ルインはがくっと頭を下げた。
ちなみにこの時、ポプランの旧友であるアッテンボロー議員も捜査のために警察から話を聞かれたのだが、『見たまんまのやつだ。しばらく牢屋にでも入れといて反省させろ』という言葉を残している。
こうして、ルインはしばらくの暇を与えられることになった。
ポプランに文句は言っていたものの、いざ観光をはじめるとルインは随分と楽しんだ。なんといってもバーラト星系最大の都市ハイネセンである。田舎にはない食べ物をむさぼり、土産のために無駄な買い物をして、観光地と呼ばれるところも見て回った。観光地については、かつてのルビンスキーの火祭りで多くの建物が失われたせいか、歴史的といったものは少なかったが、真新しい高層タワーや、戦争の記録をまとめた歴史博物館などはルインを興奮させた。
そのように、ルインは日々を楽しんでいたのだが、ある日の早朝、ホテルのフロントから連絡を受けた。思いがけない客が来たというものであった。
「オリビエ・ポプラン氏にお客様が参っているのですが……」
「ポプランさんならまだ牢屋の中だよ」
「そのようにお伝えしたら、御同行されているルイン・テラルーツさんにお会いしたいと」
「俺に?誰が?」
「申し訳ございません。伝えそこなっていました。お相手はユリアン・ミンツ氏です」
驚きながらも「すぐ行くと伝えてください」とルインは答え、手早く身支度を済ませる。
(これはまた面白い話が聞けそうだ)そうわくわくしなが部屋を出る。
そうして、ルインはユリアン・ミンツと邂逅することとなった。
ユリアン・ミンツはヤン・ウェンリーの死後、その後継者という立場に置かれた人物であり、18歳にしてイゼルローン軍を率いて銀河帝国と戦い抜いた人物である。シヴァ星域の会戦では、彼自らがカイザーラインハルトの旗艦ブリュンヒルトに突入し、現在のバーラト自治政府の立場を獲得したとされている。戦後は、数年間バーラト自治政府の国家元首 を務めたフレデリカ・グリーンヒル・ヤンの下で秘書官として働いた。彼女の引退と共に政治の世界から身を引き、現在は歴史家を志している。
ヤン・ウェンリーの後継者として民主主義の自治領を獲得した。そのことを考えれば間違いなく英雄的な偉人ではあるのだが、不思議とユリアン・ミンツに対する評価は世間でも固まっていなかった。否定的な意見では、『ユリアン・ミンツはあくまでヤン・ウェンリーの模倣でしかなく、彼が不条理に死したため、その事業を引き継ぎ結果を得る立場に居ることになっただけ』というものが多い。さらにはこの手の意見に対してユリアン本人が反論するどころか、半ばそれに同調する部分まであったため、ますます評価がややこしくなっていった。
ともかく、ユリアン・ミンツはやったことに対して、今いち評価が伸びない男というのが世間の感覚であり、例にもれずルインもそのような認識であった。
ルインがはじめて見たユリアン・ミンツの印象は、立派な大人というものだった。背すじは伸びて、言葉使いは丁寧、顔つきも穏やかなハンサム。誰からも良く受け取られるタイプだろうとルインは思った。少なくともポプランのような不良中年でないことは間違いない。
ユリアンとルインは軽く挨拶をし、ホテルのロビーで少し話すことになった。ユリアンはキャゼルヌからルインの話を聞いていたらしく、それでポプランが居ないにしても、一度話をしてみたかったという風なことを前置きとして言った。
「ポプランさんもハイネセンに来てるなら、僕にも会ってくれればいいんだけどね……全然会いにこないから、今日はこうして僕が足を運んだんだけど……」
まさか女絡みで逮捕されているとはユリアンも考えになかったらしい。
「避けられてるんですか?」
「キャゼルヌさんから聞いた話だと、その昔分かれ際に僕と妻のふたりに『老人になったら再会しよう』なんて言ったもんだから会いにくいみたい」
「……あぁ……まぁあの人らしいですね」
そうやってポプランのことをとやかく二人でふざけて話す。ポプラン本人が居れば盛大に反論しているところであろうが、初対面の人間同士の気を和らげさせるためには必要な儀式であった。
しばらく、そうやって雑談したあと、ルインはこれまで聞いてきた話をユリアンに語った。母のことや、ドミニクについては語ることができなかったため、トリューニヒト、ルビンスキー、地球教の関係については、あくまで自分が推察した持論ということにした。
ユリアンはルインが語り終わるまで、黙ってその話を聞いていた。静かに話を聞き取るそのすがたはいかにも学者という空気感であった。
一通りルインから話を聞いた後、ユリアンは自分の頭の中でそれらを整理し、考えがまとまった段階で口を開いた。
「これから僕が言うことは憶測に憶測を重ねた話に過ぎないのだけど……いいかい?」
「もちろん。これまでの話だって憶測だらけですもん」
「じゃあ少しぼくの考えを……まず最初に、前提から……」
そう言ってユリアンは話の前提部分から説明した。
1、トリューニヒトの目的は権力の獲得である。私心がどこにあったのかはわからない。
2、軍事的な知見が浅かったわけではない。
3、同盟軍が負けても別にかまわないと思っていた。
4、ヤン提督に価値を見出していた
5、同盟軍の敗北後であろうとルビンスキー、地球教より安全なポストを確立し、立憲体制の設立を画策していた。
ユリアンはこのような説明をしていく。これまでのルインの話を簡潔にまとめただけなのではあるが、これまで聞いた話をあんまりにも簡略されると、ルインとしては少しがっかりくるものがあった。
「これらを踏まえたうえで一つ思いついたことがあるんだ」
「なんです?」
「トリューニヒトは負けても良かったんじゃない……同盟軍が負けることを望んでいたんじゃないだろうか?」
それはあまりにも突拍子もない話であった。
『保身のためには負けても良い』ということと、『負けることを望む』では全く話が違ってくる。前者はあくまで妥協であるが、後者になると積極性が出てくる。トリューニヒトが売国奴とはいえ、そこまで銀河帝国に塩を送っていたというのはルインとしてみてもピンとこなかった。
「前から気になってたことがあるんだ……ヤン提督がカイザーラインハルトを追い詰めたあのとき、どうしてトリューニヒトは表に出てきてまで、その攻撃を止めたのか……」
「そりゃ、自分の身が危なかったからでしょ」
ハイネセンの真上に銀河帝国の艦隊が現れ、いつ砲火に晒されてもおかしくない状況であったのだ。その身可愛さに降伏することに不思議はなかった。
「言われてるほど、あの状況は簡単じゃなかったように思うんだ。あのとき降伏しようとしていたのは自分だけ。後から聞いた話だと、トリューニヒト自身、ビュコック提督に銃を向けられたらしいし……地球教の実行部隊と共に居たとしても危険がないわけじゃなかった……それよりも、隠れ家に籠っていたほうがずっと安全だったはずさ。帝国軍だってハイネセンという惑星の全てを焼き尽くせるわけじゃない。もっと言えばさっさと惑星から逃げ出したっていい。あの時逃げ出す民間船は実際山ほどあったらしいしね。もし、仮にカイザーが打倒されていれば、帝国軍はヨブ・トリューニヒトのことなんて構っている暇はなかったはずだよ。隠れ続けて、ヤン提督がカイザーラインハルトを打倒するところを眺めていることもできたはずさ」
「……そうなったらそうなったで、自分の政治的立場が厳しくなるのがわかってたからじゃないですか?」
「ヤン提督が政治に関わる意思がなかったのはトリューニヒトも理解してたろうし、そのほかの議員相手には大抵弱みが握れている。そう考えると致命的なダメージにはならなかったんじゃないかな。少なくとも、トリューニヒトならその状況でも巻き返すくらいのことはできたと僕は思う」
トリューニヒトはヤンが勝つことを眺めていることも可能ではなかったのか。ユリアンと言わんとすることはこういうことであった。
「あの時、トリューニヒトは是が非でもヤン提督を止めたかった。というより……カイザーラインハルトに死んでほしくなかったんだと思う」
「……ちょっと理解が追いつかないですね……」
カイザーが生きていてトリューニヒトの得になるようなことがあるとは、ルインには思えなかった。厄介な敵の親玉が死んでくれればそれに越したことではない。
「仮にだけど、あのときヤン提督がカイザーラインハルトを打倒していたらどうなっていたと思う?」
「そりゃ帝国軍は急いで本土に帰って……そっからまぁゴタゴタすることになったんじゃないですか。同盟なんかに構ってられないでしょ。同盟のほうも……そんな戦力は残ってなかったでしょうから、引きこもって自由惑星同盟の国力の再建に努める。……ってのがまぁよく言われるやつですね」
この手の歴史のifはすでに多くの考察がなされている。この件にかんしては今ルインが言ったようなことになるだろうというのがお決まりであった。ヤン・ウェンリー自身もそのような形になるであろうと、目論んでいたという証言もある。
「そうなると、トリューニヒトにとって困ることがあるんだ」
「困ること?」
「そういう状況になれば、トリューニヒトは同盟の支配者になることはできるかもしれない……でも、そこまでなんだよ……あの時の同盟軍の軍事力ではそれ以上望むことはできなかった……あの時、宇宙を統一出来る可能性があったのはカイザーラインハルト率いる銀河帝国しかない」
「……は?……」
「さらに大きな権力を獲得しようとおもったら、さらに大きな国家に寄生するしかない。……宇宙を統一した銀河帝国。それこそ彼の望む新しい寄生先にぴったりだとは思わないかい?」
自由惑星同盟を生贄にし、宇宙を統一した銀河帝国の中でさらに大きな権力を獲得する。
トリューニヒトは権力の拡大を一番の目的としている。その考えに基づき、ユリアンが導き出した説がこれであった。
いつからこのような考え方を持っていたのかは確かめようもない。アムリッツァの大敗、救国軍事会議のクーデターのあたりでは、もう同盟軍の軍事力を見限っていた可能性もあるが、実際に構想が形になったのはエルウィン・ヨーゼフ2世の亡命を受け入れ、銀河帝国に同盟領を侵攻する口実を与えたときだとユリアンは考えていた。その時にはラインハルト・フォン・ローエングラムの武名は同盟にもとどろき、宇宙を統一させる器として見出されていてもおかしくはない。同じようにフェザーンなどにもそのような動きもあったらしい。その当時の自由惑星同盟と銀河帝国との軍事的差はそれほどまでに大きかった。
当初の予定では、銀河帝国が自由惑星同盟の一部を蹂躙したところで白旗を上げるというものであったのだろうが、ここで問題が起きた。アイランズなどの頑張りにより、同盟軍はある程度の戦闘力を有しており、そのうえラインハルトは挑戦的なまでにヤンに拘りを見せていた。ヤンにラインハルトが打倒されるかもしれないという事態が発生したのである。
これは、戦力比から考えればそれこそ夢物語のような話ではあるのだが、トリューニヒトはそれについて危惧した。ある意味これは、トリューニヒトがヤン・ウェンリーという人間を十分に評価していたということに繋がるのであろう。
ともかくこうして、トリューニヒトは機会を伺いヤンの行動を止め、同盟軍の敗北を決定づけた。
そのあとは、帝国で安全なポストを確立したはずだったのだが、結局は一人の個人の私怨により倒れることになる。
自分がさらに大きな権力を得るために、寄生していた国家を敵対する国家に食わせて、大きくなったそれを新しい寄生先にする。考え方としてはおぞましい限りであるが、実際にトリューニヒトは統一された銀河帝国政権下でカイザーラインハルトから役職を獲得し、さらに立憲体制の設立をするという一歩手前までいってみせた。
その立憲体制をしくという部分こそ難しく見えるが、この点についてはユリアンは出来たであろうと考えていた。元よりローエングラム王朝は旧体制であるゴールデバウム王朝のアンチテーゼとしての側面が強い、それは端的に言えば身分による不公平さを無くすと言うものである。そして、その平等というものを邁進していくためには、憲法と議会というものがいずれにしても必要になるはずなのだ。だからこそ、ユリアンの自身の提案は受け入れられ、今では帝国でも議会が設立されている。
仮にその提案がトリューニヒトからされても結果は変わらなかったであろう。誰から出た言葉であろうと有用なものならば取り入れる。カイザーラインハルトはそのような度量を持ち合わせていた。
ユリアンからこのような説明を受けて、ルインは少し考え込む。完全にあり得ない理屈とは思わなかったが、論理の飛躍がどうにも極端に感じた。可能な限りヨブ・トリューニヒトという存在を過大評価した意見。そんな印象をルインは受けた。
「納得いかないみたいだね」
そんなルインを見て笑顔でユリアンは言う。自分の意見に対して不服そうなことに、むしろ機嫌が良さそうであった。
「あぁ~……どうにもちょっと極論がすぎる気がして」
「それはそうかもしれないね。僕の今の話は君から聞いた話を極端に解釈して、出来る限りヨブ・トリューニヒトという人間を強大に仕立てている部分がある」
「……なんでそんな風にして語ったんです?」
ユリアンの言葉がルインには不思議だった。トリューニヒトという人間を大げさに語ってなんの得があるというのだろうか。日頃ポプランとしている冗談交じりの悪口のほうが、まだ楽しいぶんマシにさえ感じた。
「今となってはヨブ・トリューニヒトという人間の本心なんて知りようがない。だとしたら僕は、トリューニヒトを目一杯、強大な悪にしておくほうがいいと思う。それが過去の衆愚政治への反省、未来への教訓に繋がる」
未来への教訓。ヨブ・トリューニヒトという人間についてユリアンはそう語ってみせた。
それを聞きルインはこのユリアン・ミンツという人間に対して少しの畏怖を覚えた。
(……もしかして……この人は結構おっかない人なんじゃなかろうか)
ユリアンの目線は、歴史を調べるものというより、歴史を作ってきたものという側面が強かった。事実、まぎれもなくユリアンは歴史を作ってきた側の人間である。良くも悪くも、ユリアンは、自らの意思で歴史を選択し、行動し、そうして結果を残してきた。その経験が今でもユリアン・ミンツという人間に染みついている。その姿は単に真実を追い求める歴史家としては邪道であったのかもしれない。今後の歴史家としての人生については、前途多難な部分もあるだろう。
結局、後の歴史家の一部からはユリアン・ミンツの発表した当時の研究物は、主観的すぎる部分が多いという批判も受けることになる。しかし、ユリアン自身がその歴史を実際に作っていたものであることを考えると、それも無理からぬことなのかもしれない。
「まぁ筋書きとしては面白いですね……人に話す分には丁度いいかもしれません」
強大な悪の政治家トリューニヒト。話にするぶんには面白いであろうと思った。ルイン自身の納得なんてものは、このさいどうでもいいことではあるのだ。
「僕の意見は確かに極論だけど……君自身はどういう答えを求めているんだい?」
ユリアンがルインに問う。
「強いていうなら……人間らしさですかね。みんな話を聞いたら、過大評価してるからか、嫌っているからか……ユリアンさんが言ったみたいに都合がいいからか……化け物みたいに語るんですよね」
誰もヨブ・トリューニヒトを人間として見ていなかった。謎が多すぎてそう見えても仕方がないのかもしれない。それでも、ルインは自分の宇宙に化け物なんてものがいたとは思えなかった。
「ヤン・ウェンリーだって、カイザーラインハルトだって人間だったんでしょ?……ヨブ・トリューニヒトだけが化け物だったなんてことはないはずなんですよ」
「つまり……ヨブ・トリューニヒトの人間味を見出したいと?」
「まぁ、そうです」
「なるほど……」
そうして、ユリアンはまた考え始めようとする。それを見てルインはやめてくれと手で制した。この人であればいくらでも理屈をつけてしまうと思えた。そして、それで自分が納得してしまうのは嫌だった。教師に教えてもらった模範解答で喜びたくなどない。ここまで来たら自分なりの解答が欲しかった。
「これについては、自分で自分なりの答えを考えます」
「そうだね。これ以上はお節介がすぎる」
そう言ってユリアンは立ち上がる。この話はこれで終わりということらしい。
「それじゃあ、僕はポプランさんを笑いに行こうと思うけど、どうする?」
「そいつは付き合います。トリューニヒトの話よりよっぽど面白そうだ」
ユリアンに促され、ルインも立ち上がる。
トリューニヒトの話はもう十分だった。土産話としては面白い話にはなった。
『次は帝国だ』そう思いルインは空を見上げる。世界には広大な宇宙が広がっている。そしてそのはるか向こうに銀河帝国はある。途方もない広さだ。そのことに思いをはせ、ルインは少し笑った。
誤字報告ありがとうございます。
一応チェックはしてるんですが申し訳ございません。
残り4話で終わります。