エネイブルーアーカイブ 作:イチカの開眼好き好き侍
「えっちなのはだめ!死刑!」
「おう殺せるものなら殺してみろ。たとえ俺が死んでもお前の目の前にある勉強からは逃げられんぞ。粛々とこなせ」
「キンジの成績もなかなか悲惨っすけどコハルちゃんの成績やばいっすね……」
「とにかく、やってやれないことはありません。キンジさんは戦力になりませんが、私とイチカが教えれば何とかなるはずです」
俺が後ろから回答用紙を覗き込むとビンッと頭についてる羽を羽ばたかせた薄いピンク髪が叫んだ。えっちってなんだ。後ろに立っただけだろうが。触ってもいないぞ俺は。
「お前の脳みその中が真っピンクなのはどうでもいいが、俺よりも頭が悪いのはダメだ。つーかこれだと進級できん」
「うっ……キンジ……せんぱいはどうして……私と同じくらいおバカなのに!」
「キンジが追試受けるときは大体保健体育か任務が長引いて試験に間に合わないときっすからねえ。追試は死ぬ気で勉強して受けてるみたいっすし」
「コハル、あなたは他人ではなく自分を心配しましょう。大丈夫です、私はあなたができる子だと信じています」
「もういっそツルギ先輩に教えてもらえばいいじゃねえか。あの人めちゃくちゃ頭いいぞ」
「それは、その……」
さっきからうじうじ言っているのは下江コハル、我が後輩なのだが……まあなんだ。飛び級に失敗してしまったのだ。個性を出すのが許されている通り、一応彼女はハスミ先輩が目をかけて気に入っている後輩である。なんか俺のこと嫌いっぽいけど。
問題は勉強だ勉強、こいつ飛び級を所望したくせに飛び級先、つまりは俺らの学年の勉強がなに一つできてねえと来た。なんだったら俺よりひどいぞ。俺にはナギサという家庭教師がいるから何とかなってるのは別の話とする。あとミカが頭がいいのは納得いかん。セイアは頭がいいだろうが。
で、お話を向けられたツルギ委員長は委員長の机の上で耳をダンボのようにして呼ばれるのを今か今かと待ってそわそわしていた。この人興奮するとアレになっちゃうだけで普段は普通の女の子なんだよなあ。怖がられてるのに傷つくくらいには普通だ。まあ今コハルは拒否したんだが。
「あー、ツルギ先輩。実は今この関数で躓いてて……」
「っ!ひひ、こ、ここは三角関数の基礎を使って……公式覚えてるか?そうだ。そう、ここに式をあてはめるんだぞ」
「なるほど。よくわかりました。ありがとうございます」
「ああ、いつでも聞きに来て」
コハルの拒否をいつもの自分を見てればしょうがないと納得するのがツルギ先輩なんだけど、目に見えてしぼんでいくので可哀そうになった俺がイチカに聞こうとしていた三角関数の話をツルギ先輩に教えてもらう。猫背をピンと伸ばして教えてくれるツルギ先輩に謎の可愛らしさを感じるな。
当然俺より頭がいいツルギ先輩は理路整然と教えてくれる。単純に後輩とかかわれてうれしいらしい。コハルとツルギ先輩に見えてないところでハスミ先輩がグッドサイン立ててた。それするなら最初からツルギ先輩何とかしてくれません?
「そういや、そろそろエデン条約の調印が近いっすね」
「ん、ああそうだな。ナギサのやつ無理してないといいんだけどよ」
「もう、なんでこんなのがティーパーティーに自由に出入り許されてるの!?男よ男!」
「そんなもんナギサかミカにでも聞け。セイアは入院中だしな」
「コハル?キンジの実力はあなたも知っての通りです。私やツルギが卒業すればイチカは委員長に、キンジは副委員長になります。あなたも現場に出ればわかることもあるでしょう」
「うぅ~~……ハスミ先輩……」
別に要らねえよティーパーティーに自由に出入りできる権利なんざ。呼ばれるときはナギサの護衛か圧力かけるために後ろに立たすためだし、任務の時はややこしい任務だし。ティーパーティーの白い制服着るとカレーうどんが食えんし。
「……正直飛び級するならマシロだろ」
「はぐっ!?う、うぅ~~~~~~……ぐすぅ……」
「……キンジ?」
「キンジ先輩、さすがにそれはないです。でも買ってくれているのは嬉しいですよ」
やっべ思ったこと口に出したらとどめを刺しちまったらしくコハルの目にジワリと涙が浮かんだ。そこで女性陣、というか俺以外女だから必然的にそうなるのだが、コハルを大事にしているハスミ先輩がなまら怖い。うーんこれは、あれだな。
「殺すなら殺せ。一発で済むぞ」
「あなたは何を言ってるのですか……」
「ここらの女はたいてい口より先に銃が出るからな。一発くらいなら誤射だろ。あ、頭には当てるなよ。ほんとに死ぬからな」
「キンジが私たちのことどう見てるかよーーくわかったっす」
本気でイラッと来ているらしいイチカが開眼した。イチカに首根っこつかまれた俺がずるずると引きずられていくのをコハルがあっかんべーで見送ってくれた。ただボコされるのも癪だったのでイチカの羽を両手でつかんだら予想外にかわいい悲鳴を上げたことを追記しておこう。なお、全面的に俺が悪いのでこれ以上は抵抗しないものとする。
「……で、お前ほんとにそれでいいのか」
「くどいですよキンジさん。トリニティのためですから」
「そうか。お前がそう思ってるなら俺はもう何も言わん。お前の好きにするといいさ」
「……ええ、そうしますとも。それよりもそろそろミカさんと先生もいらっしゃいます。襟元をただしてくださいな」
何日か経って、俺は正義実現委員会からティーパーティーに引っこ抜かれた。正確には違うか、出向って形でエデン条約の調印式が終わるまではナギサの傍付きの護衛みたいな感じのことをやらされるらしい。
で、今俺は真っ白で汚れのないティーパーティーの男子用制服(防弾特注品)を半ば無理やり着せられて優雅に紅茶を楽しんでいるナギサの後ろに控えているわけだ。そっとネクタイを直してくるナギサと確認しあっているとノックもそこそこにドアが開け放たれた。
「ごきげんようナギちゃん久しぶり?条約の件で忙しくってなかなか集まれないね、ね!わわ!キンジくん何それカッコいいじゃん似合う似合う!えーナギちゃんキンジくんついに引き抜いたの?」
「お久しぶりですミカさん。連絡はしたじゃありませんか、ホストの護衛にキンジさんをつけると。それよりももうすぐ先生が来ますから、席についてください」
「えー、それってナギちゃんだけじゃーん。いいなー私もキンジくんに守られたーい」
「お前護衛なんて必要ないだろうが。自分で自分を守れよ」
「あー!キンジくんはわかってないなー!女の子はみんな守られたいものなんだよ?」
騒がしく入ってきたミカの言い分がよくわからなかった俺はナギサに目で尋ねてみたがナギサはちょっと赤くなって目を逸らした。なるほど、よくわからんがミカの言う通りそういうものらしい。キンジくん紅茶ついでー!という我が儘お姫様を程よく相手しているとノックがなる。意外と早く来たな。
”失礼するよ。あれ、キンジ?”
「アビドスではお疲れさまでした、先生。微力ながらお手伝いをさせていただけて感謝しています。ご存じかと思いますが改めて自己紹介を。桐藤ナギサと申します。代理という形ではありますが現ティーパーティーのホストです」
「私は聖園ミカだよ~~一応私もティーパーティー!よろしく!」
”うん、よろしくね。それで後ろに立っているキンジなんだけど……イメチェン?”
「いえ?キンジさんの本所属はティーパーティーです。正義実現委員会には出向ですわ」
「おい初耳なんだが?ハスミ先輩が怒るぞ。あー、まあ先生。俺はそこの真っ白い癖に中身が黒いやつの護衛だ。なんかするならアンタでも容赦しねえぞ」
「真っ白なのに真っ黒……あはははは!キンジくん言いえてみょむごっ!?むむむ~~~!!」
”仲がいいんだね?”
「申し訳ありません。見ての通り躾もできてなくて……必要とあらば黙らせますのでお気にしないでください」
お手製ロールケーキをいつも通りやかましいミカにいつものようにぶち込みながらついでに俺の皮肉に皮肉を返したナギサは落ち着いて着席する。しょうがないので先生の分の紅茶をついでからナギサの一歩後ろに控えた。
”それで、私に用ってなにかな?”
「はい。先生には……先生になってほしいのです。具体的にはこれより創設される補習授業部の顧問に就任し、部員たちの追試合格のサポートをしてください」
「まあなんだ、それとこれはティーパーティーっつーこの学校の最高権力者なわけなんだが、これから死ぬほど忙しくなるんだ。けどまあ、退学者を出して学校の外に人を出すのも今はまずい。タイミングがな」
”そっか、エデン条約だね。うん、わかった。私に先生をしてほしいっていうなら、喜んで”
「見た!?ナギちゃんこのセリフ!これが大人ってやつだよかっこい~~!!」
「キンジさん」
「ふむぐ~~~~!!!!
真面目な話の腰をこれ以上折られても面倒なのでミカの小さくて可愛らしい口にさっきの倍の長さのロールケーキを突っ込んだ。涙目になってるミカをよそに苦笑いの先生とナギサの話が進んでいく。
「補習授業部は常設されている部活ではなく、必要に応じて創設し救済が必要な生徒を加入させるものです。ですが今回少々変則的な感じになりますのでシャーレの権限をお借りしながらということになります」
”ん、わかったよ。まさかとは思うけどキンジが一緒だったりしないよね?”
「まあ俺の成績が悪いのは事実だが今回は対象外だ。というか対象者だったらここにはおらん」
「キンジさんは私がお勉強を教えているので大丈夫です」
「えー!ナギちゃんキンジくんとお勉強会やってるのずるい!ぶーぶー!」
「ミカさんがいると勉強どころではないので」
「ほんとにひどい!」
ミカいじりを続けながらナギサは先生にファイルを渡した。その中には補習授業部に所属する予定の4人の名前が書いてあるのだろう。その4人とは、浦和ハナコ、白洲アズサ、下江コハル……そして阿慈谷ヒフミ。この4人だ。
「先生、トリニティの根幹は愛です。愛をもって生徒たちに手を差し伸べてあげてください」
”愛……うん。私の愛は君たちにも向いているけどね。頑張って”
「はい、それでは。よろしくお願いいたしますね」
「愛……ね」
「うるさいです。わかっています、わかっているんです」
先生とミカが出て行ったティーパーティーの部屋の中で俺は皮肉げに呟いた。窓も、扉も、カーテンですらすべて閉じて内側から鍵をかけた部屋の中でナギサの返事を聞く。
補習授業部にはもう一つ目的がある。それが、裏切り者探し。エデン条約をご破算にするためにスパイ活動をしている奴がいるという情報が上がってきてからナギサはそうその候補者探しに躍起となり、先の4人に絞った。絞ってしまった。
1年生からその才知に注目され引き抜き合戦が起こったにもかかわらず全てを蹴り、根無し草の癖に重要な情報をなぜか持っている浦和ハナコ、正義実現委員会に反ゲヘナの兆しありとして人質として入れられた下江コハル、ほとんどありえないはずなのになぜか通った転校生の白洲アズサ、そしていまだに動機が読めない銀行強盗を働いた阿慈谷ヒフミ。
「どうして……どうして私は信じられないのでしょう……正義実現委員会も、ただの転校生も、少し頭の良い後輩も……ヒフミさんですら……トリニティを揺らがすスパイに思えてしまうなんて……!」
「それがその席に座る以上の責任ってやつなんだろ。お前はお前の仕事をしているだけだ」
「キンジさんは、割り切りがいいんですね……」
「ああ、俺は腹をくくった。お前がその足を折らない限りどこまでも一緒にいてやるよ。それが地獄の底だろうとな」
「うぅ……うっ……」
ナギサが胸にぽすんと飛び込んでくる。背中に手を回し、俺を翼で包んできた。決して逃がさぬように。胸元がうっすらと湿っていくのを感じる。ヒスのケが湧き上がってきたが気合でねじ伏せた。今はあっちの俺には用はない。甘い誘惑の言葉も女を陶酔させる魅力も必要ねえ。こいつの前では俺は俺でいなくちゃならん。
何で誰もこいつの重みと苦しみを分け合おうとは思えんのだと天井を眺めて泣いているナギサの頭に手を置く。一層力を強めて抱き着くナギサの好きなようにさせてやりながら俺はいなくなった連邦生徒会長に対して、恨み言を呟く。
「大事なところでいなくなってんじゃねえよ……」
エデン条約編を読んでて改めて思う。ナギサ様可哀そうすぎるやろ。味方はいないのに補習授業部はほぼ敵みたいな形に回って脳破壊発言されるし。一番近い幼馴染は裏切っているし、なんだったら先生は信じないほうが悪いって言ってるし。ナギサ様視点だと補習授業部って平時でも信じれる要素、ある?ブルアカさんは曇らせが上手だなあ