エネイブルーアーカイブ 作:イチカの開眼好き好き侍
「キンジさんは、裏切り者がいるとしたら誰だと思いますか?」
「それは俺の仕事じゃないだろ」
「ええ、その通りです。補習授業部もあくまで容疑者止まり……あの中にスパイがいるとも限りません」
「女を疑うのは俺の趣味じゃない。男ってのは騙されてるってわかってても信じたいものを信じようとする愚か者だぜ。昔ご先祖様のいた日本じゃ、騙されてそれでも信じた結果一族郎党全員で腹を切ることも珍しくなかった」
「今のトリニティは信じられると?」
トン、トンと盤上でチェスの駒が交互に動く。ポーン、ナイト、クイーン、そしてまあ……チェックメイトだ。もちろん俺が負けた。将棋だったらまだ善戦できるんだが……おつむの出来が悪いのが悪い。
んで、今のトリニティを信じられるかどうか、か。率直に言えば不可能だな。それはなぜか?足がそろっていないからだ。様々な宗派が迎合してできたトリニティはいまだに宗派すべての融和には至っていない。
ゲヘナ嫌いなのはまだいい。共通の憎しみは一時的にとはいえ人間をまとめ上げるからな。個人的にほぼ失敗するだろうというのが明白なエデン条約が成功した場合、待っているのはトリニティ内の内紛の再開じゃないかって思うんだよ。
表は優雅に、裏ではドロドロ。それが俺のいるトリニティだ。俺のような荒くれものにもそれが理解できるってんだからトリニティの裏事情は推して知るべし。
「イエスかノーで言えばノーだ。お前が何よりトリニティを信じてないのと同じだよ。大を助けるために小を殺すのも正しい。正直言えば杞憂であってほしいよ。お前の想定がな」
「はい。キンジさんの答えが私と同じだからこそ信頼できます。いざという時に躊躇わないのも高評価です」
「ただ、逆もしかりだということも忘れるなよ。小を生かすために大を殺す。先生ならやりかねんぞ。補習授業部を生かすためにエデン条約を殺すかもな」
「まさか、そんな」
「言ってただろ。あの人は生徒全員の味方だ。エデン条約がオシャカになってもそれがすぐにゲヘナとの全面戦争の始まりじゃない。エデン条約がない現状維持とすれば……補習授業部にスパイがいてもゴミ箱ごとゴミを捨てなくてもいい」
「……なるほど。少々考える必要がありそうですね。補習授業部は合宿の最中ですか……キンジさん、しばらく自由にしてください。私は籠ります」
「そうか」
リン、とナギサが卓上のベルを鳴らすとしずしずと扉が開いてティーパーティーの近衛部隊と近侍が入ってきて卓上を片付け俺にカーテシーをしてナギサの護衛を引きついだ。籠る、とはおそらくこのセーフハウスとは別のセーフハウスに移って考え事をするのだろう。
ナギサはここ以外にも無数に安全地帯を用意しているからな。しばらくナギサにつきっきりだった俺も結構久しぶりの休みになる。さて、何しようかと誰もいなくなった部屋を出て、広いトリニティの敷地を歩く。
そういえば、ここら辺の近くに補習授業部が使っている別館があるんだったか。軽く顔だけ出してみるか。先生はナギサの裏切り者を見つけるっていう頼みをやんわりと拒否したらしいしな。なんであの人が教えてるのにテストに落ちたのかはわからんが。
ただ、トリニティはクソほど広いので移動にももちろん時間がかかる。あまりにも遠いと俺は武装防弾バイク(ミレニアム製自爆機能付き)を使っているんだがこのセーフハウスにはティーパーティーの武装車で来たので残念ながら徒歩である。
通りがかったトリニティの果樹園で働いてる生徒がなぜかリンゴをくれたのでまるかじりしながら歩いているとひょこひょこと歩いている黒い影を見つけた。真っ黒いシスター服……いやでもクロメーテルのトラウマを掘り起こしてくるシスターフッドの制服だ。ただ、特徴的なのはヴェールがぴょこんと二つ盛り上がっていることか。俺の足音に気付いたのかそいつは振り返るとぱあっと笑顔になる。
「わぁ、キンジさん。今日はお日柄もよく、お元気そうで良かったです。パトロールでしょうか?」
「マリーか。いや、暇してるんで補習授業部の様子を見に行こうかと思ってな。大聖堂からかなり遠いがお前はどうしたんだ?」
「私も補習授業部の方に用があるんです。白洲アズサさんという方なんですが……」
「ああ、アレか」
「アレ、なんて言い方よくないですよ?もう」
アレとしか言いようがないんだよ俺としては。目の前で腰に手をやってやんわりと、というかほんとに怒ってるのか?というくらいに慈愛と優しさにまみれた顔をしているのはシスターフッドの新入り、伊落マリーだ。ヴェールの形からわかる通りネコミミが生えている。生で見るとなまらかわいいのが特徴だ。このキヴォトスで見た目がかわいくないやつなんてロボットくらいなんだが。
で、問題なのが白洲アズサ。こいつがめんどくさくてな。正義実現委員会相手に3時間もゲリラトラップで粘りやがった。しかも催涙弾使って。最終兵器ツルギ先輩を投入しようという話が出てたんだが潰れたトマトにするのは可哀そうとのことで俺が送り込まれたんだが、なんでや。
トラップ自体の技量はかなりのモノだったが本体は割とそこそこだったので壁越しに鎧通しで打撃を入れて怯んだところを壁ごと蹴り倒して捕獲した。たまたまツルギ先輩を送り込もうとするハスミ先輩を取り押さえる過程でヒスってなかったらもっと面倒だったかもしれん。
つまり一回捕まってるのだ白洲アズサは。何で立てこもりなんか起こしたかは知らんがな。俺としても転校生のこいつは怪しすぎるし。だから今のところ認識としてはコレかアレだ。警戒するに越したことはない。ヒステリア爆弾の浦和ハナコと並んでな。
「一緒に行くか?俺がいて困るんだったら出直すが」
「そんな、とんでもないです。キンジさんとご一緒できるなんてとても光栄で……」
「毎度思ってるがお前はなんで俺をそんなに尊敬してるんだ?こそばゆいからやめてくれないか」
「だって……トリニティの正義の体現者って専らの噂ですよ?ほら、この学園で10人に聞き込みしたら5人はキンジさんに助けてもらったって方が出てくるじゃないですか」
「ドンパチが多いから仲裁しただけだろうが。いいか、普通は喧嘩に銃はださんし相手を傷つけるようなことはしないんだ。キヴォトスじゃあ引き金が軽すぎるんだよ」
持論を語っているとなぜかマリーの目がキラキラと輝きだして尊敬度が上がってきている気がするのだが気のせいだろうか。一発で死ねる身としては事実を並べ立てているだけなんだが……つーかキヴォトス人どもは気軽に発砲しすぎだ。撃たれたら痛いだろ?殴られても痛いだろ?それがイコールだとなぜわからん。
歩幅が違うのでマリーに合わせてやってぽてぽてと歩いて30分、途中の自販機で俺はコーヒーをマリーには紅茶を押し付けて水分補給しながら雑談に花を咲かせていると金持ちトリニティの例にもれずクソデカイ別館が見えてくる。
「さてさて、補習授業部の奴らは……」
「……?どうかされましたか?」
「あー、マリー。銃抜け。そんでかがんで俺についてこい。声を潜めてな」
「え?は、はい」
豪華な装飾のドアに手をかけ、捻ろうとした段階で俺は動きを止めてマリーに銃を抜くように促した後自分もベレッタを抜いて片手にバタフライナイフを持つ。両脇の花壇に分からないように配置されたワイヤーを切断しながら慌てて銃を抜いたマリーとともに藪に隠れた。
ドアノブをわずかに捻った瞬間わかった。重い上に火薬の匂いがした。開けた瞬間にドカンってなるタイプのトラップが仕掛けられてる。ただのシスターのマリーじゃ気づけないかっただろう。火薬量にもよるがキヴォトス人でも手や足は飛ぶときは飛ぶ。トラップってのは死なないように調整できても、絶対に怪我しないようにするのは不可能だからな。マリーに何かあったら俺はしかけたやつに何をしたかわからん。
「あ、あのキンジさん……いったい……?」
「中に罠が仕掛けられてた。俺がいてよかったな、あのままじゃお前ケガしてたぞ。対侵入者用のトラップだ。中で補習授業部が何してるか、もしくは何か巻き込まれてるかわからん。突入して確かめる。お前は俺が合図するまで窓際で待ってろ」
「は、はいっ!」
上ずった声をあげるマリーを落ち着かせるよう頭を撫でてから俺は窓から中を覗く。中では教鞭をとる先生と真面目に授業を受ける4人の姿があった。一番近いのは……窓際の白洲アズサだな。めんどくせえなこいつ、何で卓上に銃おいてんだよ。
心の中でぼやきつつも俺は一応素でも使える秋水と銃底を組み合わせて防弾窓を叩いて窓枠ごと外して中に突入する。突然のことに驚きつつも銃を手に取ろうとする白洲アズサの手を弾いてバタフライナイフを首に突き付け、ベレッタを周りに向けた。
「全員銃を捨てて手を頭の後ろで組め!白洲アズサ、妙な気を起こすな。今俺は気が立っているんだ、手が滑るぞ」
「なっ……くっ……」
”キンジ!?何をしてるの?すぐにアズサから離れなさい”
「え、キンジくん!?」
「まあ、キンジ君じゃないですか」
「キンジせんぱい!?」
あまりのことに全員驚いて固まっているが一番に冷静さを取り戻した先生がすぐに離れるように言ってくる。俺はそれに首を振ってから言葉を発した。
「今、玄関から入ろうとしたんだが……なぜか対侵入者用のトラップが仕掛けられててな。そこまでならまだいい、俺相手ならな。だが、関係ないやつをケガさせるところだった。仕掛けたのは誰だ?何を考えている?補習授業部は勉強がメインだったはずだが……まさかとは思うがよからぬことを考えてるわけじゃねーよな?」
”ト、トラップ!?ごめん、私は知らない。他の子は?”
「私じゃないわよ!?というか、正義実現委員会のエリートな私がそんなことするわけないじゃない!」
「私じゃないです!というかそんなことできません」
「同じくです。そもそもそんなことする理由がないので」
「つーことは、やっぱりお前か。白洲アズサ?何でトラップなんぞ仕掛けた?」
「……抵抗はしない。トラップも解除する」
答えになってねーな。俺が聞きてーのはやった理由だよ。というか、一生徒が持ってていい技術じゃねーなこのトラップの仕掛け方は。すっと俺がナイフを引くとそれを待っていたらしい白洲は隠し持っていたらしい拳銃を袖からばね仕掛けで抜いて俺を撃とうとしたが、そこまで予測済みだったので白洲の腕をひねり上げてうつぶせに押し倒し正中線に膝と体重をかけて行動を完全に封じた。
「リベンジは失敗だ。大人しくしとけ。これ以上やるなら牢屋行きだぜ」
「……強い」
”キンジ、放して”
「今の見ただろ。最低限拘束しないと……”放しなさい”……わかったよ」
”アズサも、もう何もしないように。トラップも完全に解除すること。どうしてトラップなんかしかけたの?”
「ただの侵入者対策」
「結構なことだな。お前一回捕まってるんだから懲りろよ。おいマリー!入ってきていいぞ!」
先生の言葉を信用して俺はマリーに声をかける。マリーはおずおずと銃を手に窓からあせあせとした感じで入ってくる。浦和ハナコは知り合いらしくまあと驚いていた。銃を見た白洲は身を固くしたがもう何もしない。それを確認して俺は武装を仕舞った。
「……今回は勘違いだったってことにするが……あんまり怪しい動きするなよ。お前らただでさえ退学にリーチかかってるんだから。理由を作るな。退学の理由ってのは勉学だけじゃなく素行不良もあるんだぞ」
”ごめん。今回は私の監督不行き届きだ。だから……”
「勘違いだったって言ったはずだぜ。俺が見た範囲だけならな。ただ、ほかのやつは誤魔化せんぞ。特にマリーはシスターフッドだ、何かありゃ……正義実現委員会より怖いぞ。昔は拷問やってたらしいし」
「い、今はそんなことしていませんっ!キンジさん変なこと言わないでくださいっ!」
「白洲、お前も覚えとけ。トリニティあるいはキヴォトスは一枚岩じゃない。派閥のやつを傷つければ報復がくるかもしれない。巻き込まれるのはお前だけじゃない、お前と一緒にいたやつも、だ。できるだけそれを起こさないようにするのが俺の仕事だが、原因を作らないようにしてくれ」
「わかった。忠告感謝する。それと、ごめんなさい」
「よし、えらいぞ。先生、俺がいると空気が悪くなるから俺は帰る。騒がせてすまなかった。お前らも悪かったな。マリーは用が終わったらトラップを解除してもらってから帰れよ。まあ俺に応援されても嬉しくはないだろうが、誰もトリニティからいなくなるなよ。見送りには来ねーからな」
ブービートラップの件は悪感情はなし、ただの警戒心ってことで片づけることにした俺は空気を悪くしたことを謝って、外した窓枠を元に戻して出ていく。先生は何かしら引き止めようとしていたが俺はそれを見なかったことにした。トリニティの裏切り者はだれか、ナギサに問われた問いに今答えるなら……それは白洲アズサだと、そう思ってしまったから。
最悪のタイミングで入ったせいで疑いがより深くなってしまったの巻。なおマリーさんですがキンちゃんに落ちていません。当たり前だよなあ?清純なシスターが男の色気程度で堕落するはずないんですよ(強弁)なのでマリーちゃんはかわいい子猫ちゃん枠です。