エネイブルーアーカイブ 作:イチカの開眼好き好き侍
「……キンジ。わしゃあ中に戻るわい。お前が逃げるというからどんなもんかと思うたが、きちんとした大人のようじゃ」
「ああ、ありがとうじいちゃん。ナギサには引き続きそのままだって伝えておいてくれ。それとこれも」
「よかろう。のう、先生とやら。努々、その姿勢を崩さないことじゃ」
”……ありがとうございます”
まあ、じいちゃんの言う通り先生はきちんとした大人だ。本来なら分け隔てなく生徒を見守り、先に生きる存在。今回のこのこんがらがりようは、ナギサがややこしくたからっていうのと、補習授業部の方が危ういと判断した先生の動き方のせいだ。
俺はじいちゃんにナイフ、刀、銃をホルスターごと渡した。あの人は、丸腰だ。見る限り拳銃の一つ、刃物の一つももっていない。あの不思議なタブレット以外は。同じ一発で死ねる者同士なのに俺だけ殺せる道具を持ってるのはアンフェアだ。素手でもやろうと思えばできるっていうのは目をつぶってほしいが。
”優しいんだね。持っててもよかったのに。そうしたほうが安心できるんじゃない?”
「お互い一撃で死ぬんだ。俺だけ持っててもな。それに、本当に話し合いに来たのなら最初からいらないだろ」
”うん、いらないよ。仮に撃たれても私は抵抗しないからね。それで、トリニティの話をさせてもらおうかな。まず最初に……ミカの話をさせてね”
「ミカ?あいつは関係ないだろ」
俺はいきなり全く関係ない話に拍子抜けして首をかしげる。ああ、もしかして混乱してるからめちゃくちゃ大変で助けて―って泣き言でも頼まれたのか?一番軽い情報から先にしてアイスブレイクでもすんのか?
”アズサの転校届を許可して、アリウスと通じていたのはミカだったんだ。ナギサの言葉を借りて言うならトリニティの裏切り者はミカだった”
「……冗談きついぜ」
”冗談、だったらどれだけいいか。順を追って説明させてもらうよ”
まさか、まさかの話だ。正直言えば一番警戒してなかったし、俺を除けばナギサにとってミカは一番信頼を置ける相手だった。顔色一つ変えずにナギサを騙し切っていたのか……なるほどあいつもティーパーティーに選ばれるだけのことはある、というわけだ。
先生が語る話を纏めよう。そもそもミカは、ゲヘナが嫌いだった。それも憎しみを超えて絶滅願望をもつほどに。エデン条約を阻止するために、トリニティが作られた時に追放された分派であるアリウスと秘密裏に通じて白洲アズサを校内に潜り込ませた。
白洲アズサは任務としてティーパーティーの排除、暗殺をアリウスより受けていた。それでまず、セイアに接触して暗殺を謀ったが、何があったかしくじる。セイアは意識不明に陥るものの、救護騎士団団長により隠匿されて一命をとりとめた、最近見ねえと思ったらそういうことかよ。
任務を続けようとした白洲は補習授業部との生活の中で、人殺しを背負う覚悟もなく、ただ機会を待つ日々よりも温かい友達との生活を守るためにあがこうと決心して、ナギサの元に来る前に先生たちにすべてを打ち明けてナギサを暗殺から守ることを決めた。
そこで運悪く俺がバッティング、さらにはちょっとした意趣返しのつもりだった浦和のあの言葉を聞いた俺が激昂してナギサを連れて逃げた。そのあと、ナギサは俺が守るであろうとして全員合流して策を練っていたところにミカがアリウスを連れてやってくる。
目的はナギサの身柄を確保しホストの代替わりをして、エデン条約を潰したのちにゲヘナをキヴォトス上から消すこと。ミカ曰く俺はありえない変数でどうにもできないと思っていたらしい。うるせえな。
アリウスの戦力を使ってトリニティを支配下に置こうとしたミカだったが、先生の指揮とシスターフッドの救援で何とか勝利し、セイアが死んだものと思っていたミカは、セイアが生きていたことを知って戦意喪失、今はトリニティの牢にいるとのこと。学校自体はナギサが仕事を片付けていたのもあってティーパーティーの残りで回ってるのだとか。
「ゲヘナが嫌いだったから……ね。実にトリニティらしいとはおもわねぇか?」
”……私は、そうは思わない。個人の好き嫌いを組織全てに当てはめちゃったら、見えるものも見えなくなるよ。それにミカは、最初はきっとそうするつもりじゃなかったはず”
「契機は多分、セイアのそれだろ。死人が出たと思ったからミカは止まれなくなった。逆説的に、セイアが生きていたからミカはこれ以上踏み込まなくてよくなった……つまり原因は」
「”アリウス”」
そう、そこだ。アリウス分校……白洲アズサがもともと所属していた学校であり、トリニティの転覆を計った自治区。現在白洲アズサは先生と補習授業部の監視、そして後ろ盾についたシスターフッドのおかげで尋問ではなくあくまで任意聴取という形をとっているとのこと。
「実行犯は野放しね。ミカは牢屋に放り込んだのにか」
”行ってしまった罪はあるかもしれない。だけど、アズサの場合はセイアの件は彼女との共謀によるものだし、今回ナギサを守ろうと動いたんだ。彼女はもう、トリニティの裏切り者じゃない”
「そうだろうな。まあ、アンタはナギサじゃなくてあいつらを信じたんだからそうなる。悪いが俺は、話し合いじゃなくて実力行使に出たアイツらを、一切信用できん。結局お前らは、ナギサに信じてほしいと言いながらお前ら自身がナギサを信じなかったんだからよ」
”そんなことはないよ。補習授業部の子たちはみんな、自分を絞めていくナギサを大丈夫かって心配していたんだ”
「そうか?そりゃあありがたいことだ。お友達ごっこしてた身からすると涙が出てくるぜ」
”……キンジ、それはいけない。わかっているんでしょ?その言葉は本心じゃないって”
なんだかなあ。この人、来てから一度もナギサに問題があったって言わないあたりこの人本人は本気でナギサを心配してどうにかしたいと思ってのことだったんだろう。まあ、その提案者が浦和だったのが誤算だったのかもしれん。
あいつは天才というやつだ。自らの思い通りに誰かを動かすことができる。情報も、感情も計算に織り込んで目的を達成させることができる指揮官。文官としての才能を欲しくもないのに持ってしまったのだろう。だから、計算はできても経験は足りなかった。
それを言ったらどうなるかがわからなかった。ちょっとした嫌がらせのつもりでもだ。嫌がってくれればよかった、相手の痛みをわかってほしかった。そんなもの相手が百も承知だったことは計算に入れてなかったし、それでもなお自分を捨ててみんなをとったことがわからなかった。
さすがに俺の皮肉がトガりすぎていたのか、先生は怒るのではなく悲しそうに眦を下げて俺に注意した。正直、俺はもう補習授業部の奴らとはプライベートでも仕事でも関わり合いになるのはごめんだから何と思われようとかまわんがな。
「……その言葉は浦和にでも言ってくれよ。ナギサの言葉が本心じゃないことぐらいわかってただろ。あいつはトリニティのトップとして、トリニティを平和にする義務があるんだ」
”ハナコは戻ってきたとき、ひどく取り乱していたよ。私はなんてことを、わかっていたはずなのにって。キンジからしたら、だからどうしたって話かもしれない。それでも、謝る機会くらいは、用意してあげられないかな。私も彼女には、謝らないといけないんだ”
「それはナギサに聞くんだな。といってもできるとしたらエデン条約の締結のあと、あいつがティーパーティーから降ろされたあとに、だろうけどよ」
”ナギサが、ティーパーティーから降ろされる?”
「そうか、あんたトリニティの裏をあんまり知らないんだったな。トリニティの行政はみんな喉元にナイフを突きつけ合った状態で進めてるんだよ。相手の傷が見つかればすぐに攻撃して降ろすんだ。権謀術数しかないんだよ。浦和が変なことしてんのもそれが嫌だったからさ」
浦和と初めて会ったとき、あいつは水着で登校してた。ヒステリア爆弾の到来に逃げようとした俺だが、正義実現委員会としての仕事と言われれば無理とは言えない。結局般若心経を心で唱えつつ聞き取りから入ったんだが2、3話してわかった。こいつわざとやってやがる。
武力という観点から一瞬取り合いになった俺と同じだ。こいつの場合は知力だろうと。向こうもそれに気づいたのか割とあっさり話してくれた。ほぼほぼ愚痴だったが、要は政治の駒として使われたくない、普通の女子高生でありたかったって話だ。
「セイアは意識不明、ミカは反乱、ナギサは権力の乱用をした。当然そこをついてくる。意地でもエデン条約は締結するだろうが後釜がそれこそゲヘナ憎しの思想を持ってたらどうなるか?絶滅戦争の始まりか?あるいは条約の一方的破棄か?だからナギサは躍起になってたんだ。少なくともナギサが一番、トリニティを平和に治める可能性が高かった」
”そうだろうね。ナギサのエデン条約にかける想いは私も知っているつもりだった。でもナギサのあのやり方は独裁政治と変わらない”
「正論だ。臭い物にはまとめて蓋をして、腐った部分は腐ってないものもろとも捨ててしまえ。最終的にはそうなった。でもな、それぞれきちんと理由はあった。とばっちりなのはコハルだけだろうよ。なあ先生、あんたブラックマーケットでアビドスと阿慈谷と何やってた?知ってるんだよこっちは」
”そ、れ……は……”
「奇行を繰り返し、あらゆる組織の情報を握る浦和、正義実現委員会相手に3時間もトラップで粘った白洲、禁止区域に行きあまつさえ銀行強盗を働いた阿慈谷……人間一度の間違いで人生終わるなんてことはねえが、やったことに対してけじめはつけるのが道理だろ。」
”そうだね。ナギサから見れば確かに、みんな信用には値しなかった。私もきっと彼女に協力できないと断ったときからそうだったんだろうね”
「アンタが一つやり忘れたとしたら、中立じゃなくなったことだ。別に補習授業部につくのは間違っていないけどな。アンタがそっちに付けば、ナギサの負けは確定だ。なにせアンタは大人だからな。正しいのがどっちか?と聞いたら大人のいる方に軍配があがるのさ」
そこで、先生は黙ってしまった。自分でも驚いている、まさか俺がこんな女を責め立てるようなことが言えたなんて。ナギサは間違っていた、補習授業部は正しかった。その事実を認めたくない俺の屁理屈の、暴言の強さに自分が自分でないようだった。
”私は生徒みんなの味方でありたかった。だけど、ナギサの味方にはなりえなかった。私の言葉はナギサに届かなかった。こんな力不足な先生なんてね”
「俺は、アンタが間違ったことをしたとは思わん。アンタはナギサの依頼を遂行して成功した。ナギサの目が覚めるにはそれこそ裏切りものが本当にいたくらいのどでかいショックが必要だった。タイミングが悪かったんだ」
そう、間……タイミングだ。ただただそれが悪かった、運がなかった。天に見放されていた。それだけの話だ。トリニティのクーデター、その真実において先生は嘘をついていない。事実を誠実に、こちらを気遣って教えてくれている。その瞳が若干赤いのはどこかで力不足を嘆いていたのだろうか。
「まあなんだ、補習授業が本当はどう思ってるかというのはわかった。町であっても喧嘩吹っ掛けるようなことはしないさ。ミカについては……ナギサなら受け止められるだろう」
”でも感情については、別?”
「ああ。恨みつらみじゃないが、許せないことっていうのはあるもんだ。阿慈谷は言ってなかったにせよ、捏造して傷つけるためにアレを言ったのなら余計にな。阿慈谷とナギサ両方を傷つける言葉じゃないか?」
”そう、だね。ハナコは、反省しなきゃならない。キンジから私には信用はないかもしれないけど、そこについては必ずハナコに話すよ、約束する”
「ああ、是非そうしてくれ。トリニティはしばらくざわつくだろうけど、そこらへんはあいつらが責任を持ってくれってことで頼む。シスターフッドや救護騎士団なんかとうまくやってくれよ。あいつら結局、政治にかかわるべきじゃないとか言って何もしなかったんだから当てつけってことでな」
”任せておいて。ナギサが戻りたくなったらいつでも受け入れられるように私がシャーレの先生として責任をとるよ。だからキンジは、ナギサの味方でいてあげてね”
「言われるまでもねーよ。ま、先生が俺が攻撃しないって信じてくれてこっちに来たのは嬉しかったぜ。エデン条約の調印式までには戻ると思うけどな、それまでは頼んだ」
”うん。いつだってどんな時だって信じてるよ。なにせ君は私の生徒で、私は先に生きるもの……先生だからね”
そう言って先生はふりふりと手を振る。少し疲れが見える顔で笑った先生に俺は背を向けて門を閉じる。玄関に入って、居間に達するまで先生が車に乗って去る音は聞こえなかった。
絡まった誤解が少し解ける話。なおキンジの悪印象は消えない模様。悲しいなあ。