黒い指抜きグローブと歴戦の傷を残しながらもしっかりと手入れのされた盾がぶつかり合い、両者の神秘が空間を歪ませるのと同時にどちらともなく相手を弾き飛ばし、間合いを取る。
黒い指抜きグローブのズレを直しながら、テマリは目の前の人物を強者だと認識し此処がアビドスである事から対象が『小鳥遊ホシノ』である事に辿り着くと、その容姿が随分と様変わりしている事に首を傾げつつ──イメチェンかと飲み込む。
「アビドスが困窮しているとは聞いていましたが、まさか強盗とは。環境だけではなく、心まで荒んだと見えますね」
荒々しい口調ではなく、丁寧な言葉遣いをしているのは慈悲という訳ではなく、相手を不必要に刺激せずに本音を聞き出す為のテマリなりの礼儀ではあるのだが、既に殴りかかっている以上、その本意がホシノに伝わる訳もなく寧ろ舐められているとホシノの神経を逆撫でする結果となる。
「事情も聞かずに殴りかかって正論振り翳すとか流石はお堅い警察官って感じ?」
「……ふむ。本官は既にヴァルキューレとしての立場を失っているので、本官を指標に扱うのは些か早急かと。それと如何なる事情があろうとも銀行強盗は無辜の民に害を与える行為。即ち、正義執行の対象です」
再びの轟音が辺り一帯に響き渡る。
観戦者達が認識するよりも早く、ぶつかり合った両者はしかし違う光景を見せる。
「ん。流石はホシノ先輩」
喜びの表情を浮かべるのはシロコで、彼女の視線の先には振り下ろされた拳を盾で受け流し長身のテマリの体勢を崩しその整った顔にショットガンを突き付けている姿がありその表情にも納得が出来る。
がしかし、観戦者の中でテマリの規格外さをよく知る先生の表情はとても良いとは言えず、彼は自分でも驚くほどに素早く指示を飛ばしていた。
“離れてホシノ!!”
「──ッッ!!」
一瞬の困惑の後、トリガーを引くよりも早くホシノは後ろへと飛び退いた……筈だった。
地面に激突しなかった拳をそのまま自らの内側へと向け、肩を突き出す様な姿勢となったテマリが迫ってきており無理矢理盾を間に滑り込ませる事に成功したが、ホシノは車と激突した錯覚を起こしながら勢い良く飛んでいく。
「先生の目は良いですね。ですが、何故シャーレである貴方が犯罪者と共にいるのか。本官が納得出来る説明を願いたい」
“理由はある。けど、全ては止められなかった私の責任だ。テマリ、少し話を──”
状況が一時的に停止した隙を突き、先生はテマリの正義執行を止めようと声をかけ先生に対しある程度の期待を抱いているテマリもまた、立ち止まり顔を向けた。
これで一先ずは落ち着けると、先生が思ったその刹那に再び状況は一転する事になる。
「うへー、驚いたよ。まさかおじさんがこんなにあっさり飛ばされるなんてねー。やっぱり老いには勝てないのかなぁ」
そんな気の抜けた言葉と共に先生の方を向いていて、避ける事が出来なかったテマリの右頬にホシノの盾が勢いよく激突する。
先生を見て僅かばかり気を抜いていた為、踏ん張りが効かずテマリは一瞬の拮抗ののちに近くにあった工事現場へと錐揉み回転しながら激突し、崩れた足場が彼女を襲った。
「でもみんなには手を出させないよ」
スゥッと開かれた目が細くなるホシノ。
どうやら彼女は勢いよく吹き飛ばされていたせいで、状況が話し合いによる解決を望める展開になっていた事に気がついておらず、依然として戦闘体制のままの様だ。
“……テマリ”
「──ご心配には及びませんよ先生。状況を理解しました。本官がするべきは小鳥遊ホシノの鎮圧だと」
「へぇ」
随分と仲良くなったんだねと言わんばかりのホシノの絶対零度の視線が先生の背中に突き刺さる中、土煙と共に鉄パイプを拾い上げたテマリが現れ首をゴキリと鳴らす。
黄色と青のオッドアイと銀色の瞳がぶつかり合い、両者はほぼ同時に駆け出す。
「私が守る!!」
「正義執行」
素早く放たれるショットガンの雨をスピードを維持したまま、ダンスの様に右に左にと動き避けるテマリはホシノを自身の間合いに捉えた瞬間、深く足を落とし地面を縮めたと勘違いする速度で詰め寄り、上段から勢いよく鉄パイプを振り下ろす。
鈍い金属音を響かせ、鉄パイプと盾はぶつかり激しく火花を散らすと盾の内側からショットガンが顔を覗かせ、テマリの腹部へと放たれるが彼女はそれを避ける事なく受け止めると盾ごとホシノを蹴り飛ばした。
「ッッ、見た目通り頑丈って事ね」
上半身を僅かに仰け反らしながらも、しっかりと地面に着けた両足で勢いを殺し切るホシノ。
彼女の視界の先で、テマリはクラウチングスタートの姿勢を取ると短く息を吐くのと同時に素早くホシノへと詰め寄り、再び鉄パイプを振り上げる。
「(確かに彼女の攻撃は重いけど、何度来たって防ぐよ)」
優れた剛力であろうともその力を相手の身体に当てなければ、意味はなく既にホシノは数少ない激突の経験から自分の力量ならしっかりと受け切れる事を把握していた。
だから今回も防ぐと盾を構え──テマリの振り上げた鉄パイプの軌道が今までは全く違う事に気がついた。
「何を」
言葉で問い掛けるよりも早く、答えは提示される。
振り下ろされる鉄パイプはまるで、蛇の様に軌道を変えると曲がっている部分がホシノの盾の内側に引っ掛けられ、テマリの剛力によりホシノ手から剥がす様に盾が引っ張られたのだ。
「ちょちょ!?」
「正義執行」
思い出のある盾を絶対に手放したくないという想いもあったのだろう、小さな身体が災いしホシノは無防備な体勢で空中にふわりと浮き上がり、そのガラ空きとなった腹部へとテマリの全く容赦のないアッパーが叩き込まれた。
「ガァっ!?」
「……これでも落ちないか。なら次はもっと威力を」
ホシノのヘイローが一瞬、明滅を繰り返したのに気がついていないのか、再度腰を落としより威力を上げた一撃を放とうとするテマリ。
「ッッ!?」
“テマリが下がった……?”
ほんの一瞬だけ膨れ上がった膨大な神秘と殺気に撤退を選んだテマリは目を丸くしながら、目の前の咳き込むホシノを見る。
今はもう殴ろうとした瞬間の気配は感じ取れないが、もしもあのまま殴りかかっていれば手痛い反撃を受けていたのは自分であったと直感するテマリは、鉄パイプを地面に突き刺し腕を組んだ。
「……」
「……」
テマリは腕を組み、ホシノは腹部を撫でている。
一見すれば両者共に隙だらけの筈なのに、発せられている闘志と神秘がその可能性を打ち消す程に確かな圧を発し誰もが動けない。
「あぁ、うん。思い出したよ、そう言えば居たね。暴力
「肌に突き刺さる神秘……やはり特記戦力と記録される程の腕前は健在ですか」
「なにそれ。犯罪者みたいに言わないで欲しいな」
「事実として銀行強盗を──」
行ったのは其方ですと続けようとしたテマリは、瞬きの刹那に詰め寄って来ていたホシノのシールドバッシュによりまるで車に轢かれたのかと錯覚する衝撃で吹き飛び、使われなくなった電柱へと激突する。
誰もがノックアウトされたと考えた瞬間、バラバラと音を立てて折れていく電柱を持ち上げながらテマリが立ち上がる。
「なんなのよ……」
化け物を見るかの様に呟いたセリカと震えた声が、振り下ろされた電柱がホシノの盾とぶつかり合う音で掻き消され──轟音と立ち昇る土煙で誰もがその蛮行を見逃した。
『先生!?』
ただ一人、シッテムの箱に宿る少女以外は。
“二人とも!!私の話を聞いて欲しい!!”
「「ッッ!?」」
争いの渦中、突き出されたショットガンと拳の間に先生は両手を精一杯伸ばし、ホシノには背中を、テマリには確固たる強い意志が宿った瞳を向け割り込んだ。
この場にもう一人、譲れぬ正義を持つ大人として。
感想など待ってます!!