余計者艦隊 Superfluous Girls Fleet(佐世保失陥編)   作:小薮譲治

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余計者艦隊 周防大島編最終話「周防大島攻略戦」 承

「正気かよ」

 

 その摩耶の声を聞いて、提督は顔を向ける。摩耶は、一瞬たじろいだようだったが、こちらの目を見て、睨み返す。

 

「空き巣なんか正気でできるか」

 

 そう返され、摩耶は鼻白んだ様子を見せる。周りも、特に「淡路島攻略作戦」の説明のために、ということでとどめられている雪風は困惑しきりだ。

 

「言いたいことはそれだけか、摩耶」

 

「……ふん」

 

 摩耶は、どっか、と腰を下ろし、不承不承、という様子で舌打ちをしたのを見、提督は顔をあげた。まあ、銃を向けた以上、仲良くしよう、というのは無理な話だろう。それに、摩耶と同型の艦娘には因縁もある。

 

「よろしい。それでは作戦を説明する。まず初めに説明しておけば、米国海兵隊の航空隊海兵第242全天候戦闘攻撃飛行隊と、帝国陸軍第5師団の協力を取り付けている。周防大島の制圧は帝国陸軍が受け持つ。うちの陸戦隊は……まあ、あいにく作戦能力を喪失している、と見做すべきだな」

 

 作戦図に、岩国より飛び立ったF-35Cが表示され、帝国陸軍の作戦計画より、パワードスーツのヘリボーン降下作戦、厳密にはCV-22オスプレイを使ったそれがロードされる。それを見て、山城はおや、という顔をした。飛行場姫が居る以上、きわめてハイリスクな作戦となるためだ。なぜならば、制空権を奪い返すことはほぼ不可能である。第二次大戦の艦船を基本的に模している艦娘たち、その中でも空母よりも、地上航空基地の作戦能力は基本的に高い、というのは原則でもある。

 

「我々の主任務は、周防大島南岸に敵の注意をひきつけることにある。F-35Cを適切に誘導し、飛行場姫のEMP発振以前での撃破、それが無理ならば無力化が最優先任務だ。敵艦隊の撃破は副次任務である。無視できれば無視しろ。繰り返すが、周防大島攻略が何物にも優先する」

 

「発言、よろしいでしょうか」

 

 山城が、手を上げる。何か、と顔を向け、発言を促した。

 

「艦隊をとり逃した場合、島嶼部に潜まれる危険があります。特に、瀬戸内海は入り組んだ地形ですし、深海棲艦はそうした戦術を取りやすい形態です」

 

「それはその通りだ。まあ、その通りなんだが……」

 

 指揮棒をいじりながら、提督は返答に窮する。どう答えたものか、と加賀に視線を向けると、こくり、と頷いた。

 

「陸軍の周防大島奪還支援が最優先任務です。ここで失敗した場合、彼らに再起の機会はありません。その点は我々も同じですが……」

 

 一呼吸を置き、続ける。

 

「周防大島を奪還できれば、拠点の喪失によって、深海棲艦の再生産を阻止できる。それによって残敵の掃討に移れます」

 

「……それは分かりました。では、淡路島攻略作戦が失敗した場合、どうするのですか?」

 

 山城は、提督の目をちらと見て、あえて聞いている、ということを目で伝える。悲観論、というよりも当然そうしたリスクについて考えていないわけではないだろう、という部分だ。

 

「その場合、少なくとも周防大島攻略に成功していれば、前線が根拠地、すなわち呉鎮守府と広島からは遠ざかる事となる。最悪の状況からは好転した、とも言えるな」

 

「では、両方とも失敗した場合は、どうするのです」

 

 それを問われて、提督は肩をすくめた。雪風は、というと山城をにらんでいる。そんなことはない、失敗なんてしない、とでも言いたげである。子供を前にして、大人げないことを聞かざるを得ない立場に、若干の同情を覚えた。

 

「その心配はしなくてもいいだろう。少なくとも自害の時に弾薬がなくなっていないことを祈るだけで済むんだからな」

 

「……愚問でしたね、すみません」

 

「その必要が無いことを祈ろう」

 

 細かい作戦案を説明に入る。艦隊については、二つに分けることとし、周防大島突入艦隊と、空母護衛艦隊とに分割されることとなる。内訳は、以下の通りである。

 

 

 

 

第一艦隊(周防大島突入艦隊)

旗艦 山城(扶桑型航空戦艦)

   最上(最上型航空巡洋艦)

   三隈(最上型重巡洋艦)

   摩耶(高雄型重巡洋艦)

 

 

 

第二艦隊(空母護衛艦隊)

 

旗艦 鳳翔(正規空母・同型艦なし)

   長良(長良型軽巡洋艦)

   曙 (特型駆逐艦Ⅱ型)

   電 (特型駆逐艦Ⅲ型)

   雪風(陽炎型駆逐艦)

 

 

 

 これに加え、通常舟艇として「指揮統制艦」ブルーリッジが空母護衛艦隊に随行する。これには、提督と空母艦娘である加賀が乗り込み、各分艦隊との連絡を担当する。しかし、小勢力であるために艦隊を分割する必要性もなさそうなものだが、空母が突入艦隊についていったところで砲火力が無いため、それ以前の問題だからだ。なぜ突入艦隊に駆逐艦が随行していないのか、というと、砲火力の面で心もとないのと、空母の護衛を減らすリスクは冒せない、と言うところであった。最悪の場合、山城の艤装をサルベージできれば、まだ「戦艦」はあるからだ。未成艦ではあるが。

 

 艦隊は0400に呉港を出港。第二艦隊は倉橋島と能美島の間で第二艦隊は作戦開始を待機。周防大島の瀬戸ヶ鼻からはおよそ20kmと、周防大島からであれば砲撃の届く距離ではあるが、リスクと考えねばならない。

第一艦隊は音戸の瀬戸を抜け、中島と睦月島の間、15kmの距離で作戦発起を待つ。発起の後はそのまま周防大島「安下庄港」に突入する。本来は漁港であったが、今となっては飛行場姫の巣窟である。是が非でも奪い返さねばならない。

 

 提督は、それを説明すると、各人に紙を回す。遺書を書け、と短く言い、解散を下達。

 

 もはや後戻りはできない。賽は投げられたし、彼らはルビコンを渡ることを選んだのだ。海軍の余計者たちは、戦うことを選んだ。

 

 

 

 

 

 

 淡路島攻略作戦発動。その事実を、飛行場姫は感知した。敵は動員できる限りの兵力を動員し、淡路島から深海棲艦を押し出そうとしている。増援の要請が悲鳴のように寄せられたのを聞き、飛行場姫は笑う。広島と呉の兵力はすでに弱体。楽しんで殺せる。そう考えたからこそ、一も二もなく兵力を派遣する。こちらによしんば攻め寄せて来たとしても、上陸作戦の困難さは言うまでもない。

 

 アスファルトのような黒い粘液を蹴立て、哄笑する。殺して来い、人間を殺して来い。もっと多くの人間を殺せ。すりつぶせ、絶望の声をあげさせろ。飛び立つ黒い機影と、出港していく黒い影。見るがいい。見ろ。こそこそ盗み見ている艦娘どもめ。そう、飛行場姫は紫電改の機影を認めて嘲弄する。

 

 のそり、と戦艦タ級が姿を現す。行け、と手を振るが、逆にタ級は、裂けた頬から乱杭歯をむき出しにして、笑う。来るぞ。奴らは。そう言わんばかりに。私ならばそうする、と笑うのだ。

 

 

 

 

「移動を開始。……情報通りですね」

 

 鳳翔のその声を聞いて、提督は受話器を上げる。電話機の先からは、いつもの不機嫌な声が返ってくる。

 

「馬淵だ。どうした」

 

「移動を開始した。そちらから観測できるか」

 

「こちらも確認したよ。……やるか」

 

「やるとも」

 

 周防大島攻略作戦は、この短い会話で開始された。周防大島を奪還し、瀬戸内海の制海権を取り戻す。それだけの作戦ではある。それだけではあった。だが。やらねば、彼らは腹を切るしかやることが無くなってしまう。

 

 電話の受話器を置き、鳳翔に目配せすると、鳳翔は敬礼をして退出。事前の指示通りにブルーリッジに向ったのだろう。加賀の方を見ると、こちらもうなずいて見せる。

 

「……訓示はなさらないのですか?」

 

「……よく戦え。しかし死ぬな。とだけ伝えておいてくれ。楽になられては困る。何より、俺の仕事が増えるからな」

 

 そう言って、提督は制帽を被る。作戦開始。

 

 

 

 

 

 

「第一艦隊が位置についたことを知らせよ」

 

 航空戦艦「山城」は、分遣艦隊内量子データリンカが正常に動作し、第二艦隊旗艦「鳳翔」が情報の到達を確認したことを返してくるのを見る。最上、三隈、摩耶、いずれも動作状況正常。機関出力定格。本来は自分の装備ではない46cm砲の作動状況を確認するため、自己診断プログラム起動。正確に動作している、との信号を返してくる。そして、本来は伊勢型に装備されるはずだった航空甲板の黄土色の塗装面を見て、ため息をつく。時間がなかったとはいえ、もう少し何とかならなかったのか、と言わんばかりだ。

 

「うーん、敵艦隊の姿は見えず。本当にほとんどの艦隊を吐き出したみたいだね」

 

 周辺警戒を行っていた最上は、摩耶と交代すると、そう口頭で報告してくる。三隈がそれを見て、眉をひそめていた。

 

「……何かおかしいですわね。舐めてかかるにしても、もう少しやりようがあるはず……」

 

「そういう戦略眼を持ち合わせていないのが深海棲艦だろ」

 

 そう吐き捨てるように言って、摩耶が多少距離をとり、島の影から出る。目標の監視作業を再開。確かに、従前であればそれは正しかった。戦略眼がたとえなくても、数で磨り潰されてきたのが実際である。しかし、それにしてもこの動きは「くさい」のだ。

 

 何がどう、と問われれば、山城も困るが、しかし。

 

「……戦術情報アップデート。陸軍が動き出したみたい」

 

 最上の声を聞いて、山城は摩耶を呼び戻す。単縦陣をとることを決定。即座に各人の航法コンピュータをオーバーライド。水偵を撃ち出し、島の影から出る。

 

「作戦開始。作戦開始。我に続け」

 

 敵船の姿は見えない。だが、黒い染みのような敵の「滑走路」は目視できる。射撃用意。

 

「てぇっ!」

 

 長大なマズルファイアが砲口から飛び出し、黒煙をぶちまけ、山城の白い装束を黒く染める。46cm三連装砲の発射の衝撃で、波の形が変わり、統制された射撃によって20.3cm砲から砲弾が撃ちだされる。

 

「……姉御!」

 

 砲の発砲音が途絶えた中から、摩耶の声がする。注意を向ければ、戦術情報がアップデートされた。個体識別名「スカーフェイス」と呼ばれる戦艦タ級を目視したのだ。

 

「……通してくれそうかしら」

 

 水柱が立つ。発砲炎を確認した瞬間、艤装側が之字運動の自動回避行動プログラムを起動。ぐりん、と体を傾けながら、そのつぶやきを聞いた最上が言う。

 

「無理そうだね。どうする?」

 

「決まっています。第一船速、砲雷撃戦、用意!」

 

「そう来なくっちゃ!」

 

 にやり、と山城は笑う。やはり、来た。

 

 

 

 

 

「留守は任せたぞ。あきつ丸」

 

「任されました。……しかし、なぜ師団長殿も向かわれるのですか?」

 

 馬淵中佐は、パワードスーツのディスプレイの照り返しを受けながら、笑う。その横では、オスプレイに固定されたことを示すサインが表示された。帝国陸軍仕様のCV-22オスプレイは、装甲を備えたパワードスーツを運べるように改修されているため、このようなシステムが存在する。

 

「司令部の椅子のすわり心地が悪くてな。それに、本来は現場指揮官だぞ、私は」

 

「まあ、確かに参謀殿との折り合いは悪そうでしたからな。政治というやつですか」

 

「神がかりは嫌いでね。あの野郎は伸び伸びしてるだろう?」

 

「必死の祈願をしておられますな。戎様も迷惑そうであります」

 

「その必死ってのは……まあ、言うまでもないな」

 

 必ず死ね、と言うことだろう。と暗に言うと、あきつ丸は肩をすくめて見せた。

 

「聞くまでもないことであります。ところで、私の航空機は出さなくてもいいのでありますか?」

 

「撤退戦の時に必要な航空機を空費してどうする。俺は女衒のように思い切りよくは出来ん。俺は臆病でな」

 

「……ご武運を、馬淵中佐」

 

 通信が切れる。航空機のエンジン音が耳朶を打ち、特有の浮揚感。外部カメラの映像と、量子データリンクが状況を表示。F-35Cが岩国から飛び立った、と言うことも表示されている。

 

「さて、どう転ぶかな……」

 

 馬淵は、顔をこすろうとして、神経が直接パワードスーツの制御ユニットに接続されていることに思い至り、やめた。

 

 

 

 

 

「第二艦隊より連絡。岩国のF-35Cのエスコート、ならびにターゲティングのために空母艦載機を発艦させた、とのことです。飛行場姫の「蝙蝠」と空対空戦闘が開始されています」

 

「了解。第一艦隊は」

 

「深海棲艦の戦艦1重巡5の艦隊との艦隊戦に入ったとのこと。安下庄港突入の妨害を排除するとのことです」

 

 CICのレーダー・スクリーンに多数の機影が表示される。RCSが小さいために、艦娘側、深海棲艦側の航空機のいずれも、IFF表示が乱れ、復旧し、再び乱れる。紫電改が機動を繰り返すたびに予想進路から外れ、そのたびに補正を行っているが、その補正プログラムにしたところでどちらにしても目標が小さすぎてブルーリッジのコンピュータが処理しきれていないためだ。クラッタ―との判別にしても、かなり無理がある。

 

CICから確認できる第一艦隊の状況は、と言えば、戦艦タ級「スカーフェイス」との遭遇後、ECM下にあるため、円形のノイズが出続けている。時折、量子データリンカがINSでの情報を伝えてくるため、位置情報は反映されるが、しかし。

 

「戦闘状況下にある事だけは分かるが……歯がゆいな」

 

「こればかりは……仕方ありません。状況を把握するために前に出してはブルーリッジが標的となります」

 

 あわただしく輪形陣を艦娘たちがとるのを外部カメラで視認する。中央の鳳翔は艦載機を弓で飛ばし、その制御に集中していることが見て取れた。

 

「これ以上仕事を増やしても仕方がない……仕方がないが……」

 

 

 

 帽子をとり、額の汗をこぶしでぬぐう。提督は、唇をかんだ。どうして、こんなに面倒な戦争になったんだ、そう毒づきたいのをこらえながら。

 

 

 

 


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