余計者艦隊 Superfluous Girls Fleet(佐世保失陥編)   作:小薮譲治

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たのしい「いーえむぴー」


余計者艦隊 周防大島編最終話「周防大島攻略戦」 転

「F-35Cが発光信号をよこしている……? エスコートニカンシャスル。……まあ」

 

「どうしたんです?」

 

 曙の問う声を、手で制して、鳳翔は苦笑いをする。子供には聞かせられないことを、わざわざよこしてきたのだ。ツギハメガミノショーツノホウガオガミタイ。まったく、チンタツサセニイクなんていう猥談じゃああるまいし。戦闘機乗りのやることと来たら、昔から変わっていない。恐ろしく頭がいいくせに、こういう脂下がったことをやりたがる。

 

 紫電改を制御し、敵航空戦の只中に突っ込ませる。量子データリンクでその座標データを転送。高度、良し。F-35Cはその座標データを入力したことを伝えてくる。

そして、空域に侵入した5機のうち、3機がAMRAAMを一回り大きくした、サーモバリック弾頭を装備したミサイルを発射。狙い通りだ。

 

「……妖精さん、ごめんなさい」

 

 そう短くつぶやくと、ミサイルの弾頭が入力座標で炸裂。熱と衝撃が生成され、敵機が吹き飛ばされる。送られてくるデータが、空間と、己の戦闘機、そして敵の戦闘機を問わず、焼灼していることを示している。敵戦闘機隊。潰滅。

 

「第二次攻撃隊を出しますッ!」

 

 振り払うように弓に矢をつがえ、放つ。それは彗星の形をとり、水冷エンジン特有の音を響かせながら、空を飛んでいく。意識を集中させ、制御を開始。

 

 エンジン音を聞きながら、隊形をとる。そして、彗星の上を、威圧するようにF-35Cが泳ぎ、周防大島に爆撃コースを取り始めた。アフターバーナーを炊き、マッハコーンが生じた状態で突っ込み、クラスター爆弾を投下。黒く染まっていた滑走路の下から、焼け焦げた大地が見える。妖精の目が、それをとらえる。

 

「……っ?!」

 

 何かが脳に焼きこまれる。にやり、と飛行場姫が笑うのを、視線にとらえる。ひゅっ、と一機の蝙蝠がすり抜け、再度爆撃するべく、機首を下げ、高度を下げた一機のエンジンの吸気口に吸い込まれ、そして。

 

 吹き出る黒煙。落ちる速度。一機が編隊から落伍する。速度を落とし、そして。キャノピが吹き飛び、パイロットが射出される。

 

「救助に向かいますか?」

 

 雪風のその問いに、鳳翔は唇をかむ。どうする。どうすべきだ。今は島の陰に隠れている。ブルーリッジも後ろにいる。位置が露呈した場合、取り返しがつかない。ビーコンの位置は、能美島の近傍、すなわち、今彼女たちが居る地点の反対側だ。

 

「……提督に確認します」

 

 そう言って、通信機を起動する。近傍に深海棲艦が居ないのと、ごく近距離であるため、通信が成立する。

 

「こちら第二艦隊旗艦鳳翔。ブルーリッジ、米海兵隊のパイロットが落ちた地点に救助に向かうべきか、どうぞ」

 

「こちらブルーリッジ。第二艦隊鳳翔に達する。米海兵隊のパイロットの救助に向え。当方の位置は露呈しているものと考えよ。警戒を厳と成せ。どうぞ」

 

「こちら鳳翔、ブルーリッジ。了解した」

 

 通信を切り、戦術情報をアップデート。海兵隊パイロットの救助に向かう。との行動を報告する。周防大島南部では、INSがひっきりなしに第一艦隊の行動をアップデートしているが、位置ずれが大きい。補正が効いていないのだ。

 

「……できれば、助けたいのです」

 

 その一言を聞いて、鳳翔ははっとなる。航空機搭乗員を助けてきたのは彼女たち駆逐艦だ。トンボ釣りなどと言ってはいたが、しかし。

 

「行きましょう。友軍の救助に向かいます」

 

 ブルーリッジから離れ、鳳翔は救助に向かう。その向こうでは、雲霞のごとき「蝙蝠」の群れが飛び立ちつつあった。F-35Cは呉市の上空に退避し、サーモバリック弾頭の発射データを要求している。紫電改を向かわせねば。そう考えて、くそ、彗星を飛ばしたのは判断ミスだった。そう、鳳翔は思わず、子供たちに聞かせないように毒づいた。

 

 

 

 

 

「降下、降下、降下!」

 

 CV-22オスプレイは海上でパワードスーツを投下する。自由落下の恐怖をこらえながら、安全距離を取ってヒドラジンを使うロケットエンジンに点火。純粋な推力のみで、周防大島に突っ込んでいく。幾筋もの光を見て、馬淵は流星のようだ。と思わず考える。パワードスーツが4機積載できるCV-22を12機。師団中からかき集めたそれをすべて動員しての作戦なんだ、綺麗でなくてなんとする。リボルバーカノン形式の20mm機関砲に弾丸を送り込み、敵に備える。深海棲艦の迎撃が無いことをいぶかしむが、しかし。

 

「深海棲艦を視認! 駆逐ロ級と推定!」

 

 戦術情報にアップデート。それを見るとほぼ真正面に存在するそれを見て、馬淵は思わず罵りながら、ロケットモーターのGに耐え、発砲。ゴドンッ、という発砲音とともに、ジャイロが悲鳴をあげ、一瞬きりもみに陥りかける。弾丸は狙いを外さずに敵の装甲を貫き、腐肉をぶちまけ、そして、深海棲艦の喉からはウォークライをほとばしらせる。憎悪。青い焔が瞳からほとばしり、殺意を向け、歯をガチガチとかきならす。

 

 陸地からはほど近い。やれる。にっ、と馬淵は笑い、ロケットモーターを切りはなし、そして。

駆逐ロ級のぐにん、と変形する装甲を踏みしめ、そして飛び上がり。ぐりん、と体をよじり、ぐる、とまわりながら、ロ級に突き刺さった、ヒドラジンと液体酸素の突入ユニットに発砲。

 

 爆炎。悲鳴。憎悪のウォークライなどとは比べ物にならないほどの甲高い女の悲鳴。くそったれめ。これだから深海棲艦をぶち殺すのは不愉快なんだ。そう考えていると、着地。それとともに、胃袋がシェイクされる感覚に、馬淵は毒づきながら。敵を再び視認。赤い血をぶちまけ、もはやその「獣」は動くことはない。

 

「……よし! 各分隊長! 点呼を取れ!」

 

 火炎放射器ユニットごとくれてやったのは、惜しかった。そんなことを考えながら、馬淵はほぼ無血で強襲上陸に成功した。各作戦は、順調すぎるほどに順調に推移していた。

 

 

 

 

 

「どうして……!」

 

 46cm砲を発砲する。あまりの衝撃に、艤装各部がきしみをあげ、砲撃コンピュータの補正が追い付かない。山城は、青いしぶきを浴びながら、毒づいた。一度交差した際に、摩耶と三隈が叩き込んだ魚雷で、敵の重巡2隻は沈めている。状況は五分になった。だが。

ターンしながら、山城は再び敵の戦艦に照準する。砲撃コンピュータがエラーを吐き続けるが、それをキル。スカーフェイスの砲撃を浴び、桜色の装甲面が波立ち、そしてエネルギーを奪い切り、貫通させない。助かった。そう考えた瞬間、重巡の砲撃が飛行甲板に命中する。貫通せずに一部だけを焦がしたにすぎなかったが、それでもひやり、とした。バランスを失い、舵が一瞬利かなくなったのだ。

 

 発砲炎、そして煤で白い装束を汚しながらも、戦艦タ級「スカーフェイス」に決定打が与えられていない。そのことに歯噛みするが、しかし。

現在、山城の速度は25ノット。最大船速で突っ込んでいる。砲の炎が顔を照らす。相手の乱杭歯ののぞく、破れた頬がおぞましい。敵は、このまま真正面から突っ込んできている。ならば。

 

「進路このまま!」

 

「ですが……!」

 

「敵は当てやすくしてくれている! 突っ込むわよ!」

 

 三隈の悲鳴のような抗弁の声を無視し、速度を落とさず、このまま突き進む。戦艦とは、女王であり、艦隊の盾なのだ。

 

「さすが、脳みそ筋肉だな、山城の姉御!」

 

 その摩耶のからかいの声を聞き、何か言おうとしたが、敵砲弾の上げる水しぶきを浴びる。そうしているうちに、うるさいわよ、と怒鳴るのが精いっぱいだった。

敵の姿が、至近に見える。山城は、乱杭歯をのぞかせるスカーフェイスに負けない、凄絶な笑顔で、笑った。

 

「とったァ!」

 

 46cm砲を発砲。3つの砲口から、膨大なエネルギーを持つ弾薬が発射され、そして。一発目、右にそれる。二発目は左に落ちる。そして。三発目が、敵の艤装、体、それをよじり切り、悲鳴を上げさせる。さらに、重巡の砲が命中し、えぐり、ぐしゃぐしゃの肉塊へと変じさせる。そのぶちまけられた血の量の多さに、山城は思わずうっ、とうなるほどだった。

 

「姉御! 追撃は……!」

 

「魚雷発射! 一隻も逃すな!」

 

「任せて!」

 

 最上の声とともに酸素魚雷がデータリンクで統制。発射され、至近距離でそれを浴びた残りの重巡洋艦は炸裂し、血交じりの水柱を立てる。

 

「……よし! ただ今より周防大島に突入する!」

 

 山城は、腕をあげ、変針。戦闘に夢中になっていて気付かなかったが、かなり距離を離されている。顔を上げると、その瞬間、飛行場姫の「蝙蝠」どもが再びサーモバリック弾で焼き殺されているのが見えた。一撃目ではなく、二撃目である、と量子データリンカのデータは語っていた。陸軍の兵が上陸し、ターゲティングポッドでこちらにターゲット情報を入力するのを待つか、そう考えたが、しかし。飛行場姫からは三〇kmほどと、かなり離されてしまっている。どちらにしても、突入はせねばならない。仮に陸軍の兵が行動不能になったその時、突入できませんでした、ではお話にもならないからだ。

 

 

 

 

 

「こちらブレード1、ブレード5はブルーリッジに収容されたとの連絡を受けた」

 

 VMFA-115「シルバーイーグルス」所属のF-35Cの編隊長機を務めるブレード1は、安堵を覚えた。セクシュアル・ハラスメントをIJNの艦娘たちは根に持っていなかったらしい。

 

「こちらブレード2、蝙蝠たちの「消毒」は完了した」

 

「ブレード1了解。爆撃コースに移る」

 

 機を緩く旋回させ、しかる後に機首を下げる。爆撃モードに切り替え、HMDの指示ラインに向って飛行させる。各機が追随してきていることを確認し、そして前を向く。トドメだ、薄気味悪い化け物女。そう毒づくと、HMDを拡大モードに遷移。そうして。

 

 視野に、一人の少女が狂ったように笑っているのが入った。そして、HMDの表示が乱れ始める。背筋が、凍った。

 

「こちらブレード1! オールブレード! 爆撃中止! 爆撃中止! 散開! 散開!」

 

 各機が急速に高度をあげ、バラバラに分散していくのを確認すると、戦術情報をアップデート。

最優先コードで、隊長機にのみ搭載されている量子ハイパーリンカで情報を送信する。ありとあらゆるものに優越するそのコードは、EMP警報である。深海棲艦が現代兵器を無用の長物たらしめ、そして艦娘を必要とさせた、最大の武器。

 

「EMP! 繰り返す、EMPだ!」

 

 通信が途切れていても、ブレード1は通信機に叫び続ける。そのうちに、さらにHMDの映像が乱れ、通信機からは強烈なノイズが聞こえた。そう、それは電子機器殺し。姫君の上げる、可聴域外の悲鳴だった。

 

 

 

 

 

「陸軍より最優先コードを受信。海兵隊からです。……EMP!」

 

 ブルーリッジのオペレータは、量子ハイパーリンカから、変換モジュールを経由して送られてきた情報に、思わず悲鳴を上げる。提督は、うなり声を上げて、毒づいた。

 

「くそっ、あと少しで!」

 

 陸軍の展開状況を眺める。国道437号近傍、大崎鼻に上陸し、嵩山を超え、そこから第一艦隊の精密ターゲティング用の量子規約弾を発射する予定だったのだ。600メートル級の山であり、直線距離でおよそ1.8km先に元安下庄港、現飛行場姫を見下ろすことができるその位置に到達するかしないか、というタイミングでこれである。量子ハイパーリンカから送られてきた、パワードスーツのカメラ映像によれば、べったりと黒いタールのような「滑走路」が広がっている。そこで狂乱する「女」を見てしまえば、歯噛みしかできない。

 

「システムを落として、レーダーを格納しろ。……くそっ」

 

 提督のその声に従い、事前に定められた手順通り、粛々と各システムが落とされていく。レーダーの前に鉛のシールドが落とされ、CIWSは沈黙する。そして、甲板に各部署からかき集められた人間が集合し、双眼鏡と対物ライフル、弾薬を渡され、周辺の警戒に勤める。事前に定められた手順通りに、事象は進む。だが。

 

「……くそ……!」

 

 提督は怒りと動揺のあまり、帽子を床にたたきつけ、荒く息を吐く。その音を聞き、周りが何事か、と言わんばかりの視線を向けている。その色は不安、猜疑、あきらめに染まっていた。それが、提督の頭に血を上らせる。どうする。どうすればいい。戦況もわからなくなる、通信が途絶する。頼りになるのは、と後ろを向けば、加賀が、彼女の足元に転がっていった帽子を拾い上げ、口を開く。

 

「帽子を落とされました」

 

 ぱん、ぱん、と埃を払い、帽子を手渡し、耳打ちをする。

 

「……落ち着いてください。提督。あなたが動揺してはいけません」

 

 それを聞いて、提督はすう、と息を吸い、吐いた。

 

「ありがとう、加賀。……艦娘たちはどうしているか」

 

「……現在、第2艦隊は敵航空隊と戦闘中。ブルーリッジから離れていたことが幸いしたようです。第1艦隊は……敵艦隊と遭遇しています」

 

「陸軍は?」

 

「前進中。陸に上がっている深海棲艦、駆逐艦クラスと遭遇し、かなりの被害が出ている模様です」

 

「まずいな……」

 

「……それで、提督。20.3cm砲はブルーリッジに残っていますか?」

 

「……確か、あったはずだ。どうするつもりだ、加賀」

 

「……最悪、私が盾になります。私はアレを使えますから」

 

 そう短く言って、加賀は三角巾を首から外すと、手を固定していた、ポリカーボネート製のギプスを外し、腕を握り、一瞬顔をしかめ、そう、言った。

 

 

 

 

「ブレード1、イジェクト!」

 

 F-35の機の姿勢を元に戻そう、という努力を放棄。海面にほど近い場所でハンドルを引き、キャノピが吹き飛ばされ、ロケットモーターに点火。勢いよく撃ちだされ、そして勢いよく海に叩きつけられ、水柱を上げる愛機を見て、海兵隊大尉「マクファーソン・“ワット”・ストラット」は、息を吐いた。ゼロゼロ式、ってのは喧伝じゃなかったのか、などと場違いなことを考えながら『無事』海面にたたきつけられ、うめき声を上げる。

 

「畜生……」

 

 クソッタレのEMPさえなければ、俺たちがこんなみじめな思いをしなくて済むんだ。畜生。どうしてこんな「無茶苦茶」に戦争が変わりやがった。悪態を吐き散らしたいのをこらえ、広がった黄色の救命いかだに体を滑り込ませ、水を吐く。

 

 空を、見上げる。レシプロ機のエンジン音と、蝙蝠の金切声とが混ざりあい、交差し、追いかけ合う。まるで交尾だ。

 

「次だ……」

 

 顔を上げ、水気をこすり落とす。生きている。生きていれば、次がある。次は落とされない。それで十分だ。

 

「見てろ、くそったれ」

 

 俺の心を折れるものならくるがいい。そう言わんばかりに、海兵隊大尉は拳を振り上げた。

 

 

 


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