余計者艦隊 Superfluous Girls Fleet(佐世保失陥編)   作:小薮譲治

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第2部 瀬戸内海追撃編 最終話:俺たちがここにいるのは俺たちがここにいるからで

夜。第三艦隊司令部、つまり事務室に集合がかけられた。大和が正面に立ち、あまり姿を見なかった金剛を含めた面々がすでに座っている。

 

「二日後?!」

 

 陽炎が立つほどだった昼と同じく、じめじめと肌に張り付く暑さの外とは打って変わり、冷房の音だけがからからと響く室内で、吹雪が大声を上げる。その声を聞いて、ええ、そうよ。と大和は答える。艦隊の部隊員全員をそろえ、作戦案の説明にかかる。上級司令部、つまり鎮守府司令部から渡されたおおよその作戦案を詰める作業にかかりきりだったことが、ラップのかけられたメスパンがそのまま置かれていることからもわかる。

 

 二日後。海上での艦隊運動を連携する訓練等もほぼ行っていないため、一言で言ってしまえば無謀そのものである。なぜか、ということは言うまでもあるまい。特に、混成艦隊であり、同型艦ばかりではないこの艦隊においてはかなり危険である。かろうじて吹雪と響のみが特型駆逐艦ということで同型であるのだが。

むろん、データリンクによって統制されることで「練度が多少低くても何とかなる」部分があるのは否定できない。だが。そう抗弁しようとしたところ、大和の目が吹雪を刺す。

 

「これから理由を説明します」

 

 そう、大和に言い切られてしまえば、吹雪はいったん口を閉ざすほかない。サイは投げられた。

 

 

 

 

 

『俺たちがここにいるのは俺たちがここにいるからで』

 

 

 

 

 

 

 

「作戦案、どう思いますか?」

 

 次の日、艦娘用のドックで、そう三隈に問われて、長良は複雑な表情を作っているのが見える。吹雪は艤装の煙突に清掃用のロッドを突っ込み、付着した煤をはらう。

 

「……んー、どうだろうね。難しいと思う、あ、いや、難しいと思います」

 

「難しい、ですか?」

 

 実際、吹雪もそう答えていたであろう回答を、長良がするのを聞いて、なお複雑な気分になる。敵戦力はさほどではない。位置がきわめて悪い事さえ除けば、けっして勝てないことはないのだ。吹雪は参戦していなかったが、周防大島沖海戦は物資がほぼ底をついた状態での戦闘を余儀なくされていたことを思えば、戦艦が二隻も参加できる現状は極めて有利な情勢だ。

それに、仮に攻略作戦が失敗した場合は「撤退」という選択肢が取れることが大きな違いだろう。あのときは失敗すれば座して死を待つばかりだったのだ。

 

 では、何が難しいのか。それは「囮」たる「疑似餌」分艦隊が機能するかどうか、ということもあるし、機能したとして、撃破されては意味がないのだ。どのタイミングで「誘導のために逃げるか」という問題もある。駆逐艦を主力とする艦隊の2個程度ならまだ釣り出して、よしんば戦うこともできるが、戦艦タ級を相手するとなると条件がかなり厳しくなってくる。夜間戦闘にもつれこんだとしても分が悪いだろう。魚雷が命中すれば、という部分はあるが、しかし。

 

「……まあ、その……というか、なんで私に聞くんですか?」

 

「自信を持ってもらわないと困ると思って」

 

「自信?」

 

「一度死んだんだから、二度目はないもの。そうでしょ?長良さん」

 

 そう言う三隈の声を聞いて、長良はぎょっとした様子を見せた。吹雪はそれを聞いて、ああ、戦死扱いになっていたということか、と考えて、砲身に防錆油をぬり、模擬弾を装填して、揚弾機をテストし、排出。無事機能していることを確認すると、ふう、とため息をついた。艤装のコンピュータにコンソールケーブルをつないだ整備員がオーケーです。と答えて、システムを落とすのを確認すると、工具類を返納し、整備員が

 

「じょ、冗談はやめてくださいよ……」

 

 そんな風なやり取りをしているのを横目に見て、響の整備を手伝おうとすると、必要ないと返されてしまう。陸軍製艦娘用の固定用ベルトなどが、灰色の船体から浮き上がっているのを見ると、本来の部品とは違うのを接続しても機能はするのだなあ、となどと考える。

 

やることがなくなってしまった、とばかりに左右を見てみると、金剛型と大和型の整備が行われている。人間が装着するにはあまりにも大きすぎ、私が身に着けたら後ろに倒れてしまうのだろうなあ、と吹雪はのんきなことを考えていた。整備員が数人がかかりで黄土色の伊勢型向けの砲を大和の艤装に接続し、大和が試験接続用ケーブルで、背負わないまま可動させるのを見て、金剛の方に目を向けた。大和と比べると小型だが、それでも大型のそれを見てしまうと、自分の艤装がちっぽけに見えてしまう。

 

「フー」

 

 だいたいの整備が終わったらしく、整備員に交じって、整備用のグレーの作業服を着た金剛が、こちらに気付く。豊かな栗色の髪をまとめ、シニョンを作っているため、大分印象が違うが、普段のやかましいほどの元気さ、というよりは、生来持っていたであろう品の良さがにじみ出ていた。

 

「オウ。もう整備は大丈夫なんデスか?」

 

 そういって、金剛は微笑む。微笑むといっていいのだろうか、これは、と吹雪はその表情を見て考えた。すこし、顔が引きつっている。

 

「はい!」

 

「……そういえばデスね、ブッキーはどうしてこっちに来たんデス?」

 

「え、ブッキー?」

 

 ブッキー。はて誰のことだろう。左を見て、右を見て、後ろを見る。

 

「吹雪、だからブッキー」

 

「あー」

 

 ははあ、私のことか。ブッキー。わー、初めてあだ名で呼ばれた。などと吹雪は考えている。

 

「イヤデスか?」

 

 そう言う金剛の顔は、吹雪には捨てられた子犬を連想させる。こんなに弱弱しい人だったかなあ。とふと考えた。吹雪にとってはやかましすぎて、彼女が横須賀にいたころは食堂では離れて座っていたものだった。

 

「ああ、いえ、初めてそんな風に呼ばれたもので」

 

 そういえば。と考えて、吹雪は思わず言った。

 

「初めてです。あだ名、つけてもらったの」

 

「オウ、そうなのデスか」

 

 あだ名。あだ名かあ。と金剛の顔を見てみて考えたが、思い浮かばない。なぜかというまでもなく、もともと呼びやすい名前だということもあるだろう。

 

「……ああ、イエ、関係なかったデース。ええと、どうしてこちらに来たんデス?」

 

「あ、いえ、えーと、本来は私が淡路島攻略作戦の伝達で、雪風の代わりにこっちに来る予定だったんですが、機関が壊れてしまって。交換部品が来るころには出発してしまった後でしたから……」

 

「ああ、ナルホド」

 

「なんていうか……昔からどんくさくって。私」

 

 苦笑いを作る。入隊した直後の時代はよく腕立て伏せをさせられたなあ、ということを思い浮かべて、なおさら何とも言えない顔になる。今でこそいっぱしの駆逐艦になったと思っているが、機械がいざというときに故障したのはバツが悪かった。航海中でなくてよかったとは思っているが。

 

「でも、運が良かったデス。戦わなくて済んだんデスから」

 

 その一言に、妙な含みを感じ、吹雪は愛想笑いをする。妙なざわつきがあった。

 

 

 

 

 

「戦わなくて済んだんデスから」

 

 その一言が、自分の喉から出てくることが、金剛には信じられなかった。普段は戦うことを喜び、好戦的な笑みを浮かべることすらあった彼女からしてみれば、おかしなことではあった。

 

 作業服を洗って、ボイラーから熱が送られてくる物干場に干し、手を油脂を落とす強力な洗剤で洗う。水が蛇口をひねれば出てくるのを考えて、私もよく破壊しなかったものだ、と皮相なことを考えた。おかげで「無事に」水が使える。

 

 話し合ったことがあるわけではない。だから、よくわからないが、どうやら「ほかの艦娘は『帰って』きたとしても過去の深海棲艦 としての破壊活動を覚えているわけではないらしい。うらやましい、と思わず感じてしまう。

 

 はっきりと覚えている。水の冷たさ。肺に入ってくる海水の圧迫感。息ができずにもがき、苦しむうちにそれが消え失せ、別の何かに変わっていく感覚。

そして、燃えるような憎悪が、心に宿る。どうして私だけが、どうしてこんなに理不尽に、ただ一人、水の底でこんなにも深い場所で朽ちていかねばならないのか。周りを見てみれば、ひとりではなかった。

誰のために死んだのか。いや、誰が私たちを『死地』に送り込み、殺したのか。そう考えてしまえば、あとは止まらなかった。

 

 人を殺せることが、ひたすらにうれしかった。怒りを叩き付け、殺し、奪い、そして肉くれに変えて「仲間」にすることが、この上ない喜びだった。その感情を今でも覚えている。その感情が、彼女の、金剛の心の中からやってきたものであるということも、はっきりと覚えている。そう「思わされていた」と認識する自分もいるが、しかし。

 

「……ヤメないと……」

 

 そういって、顔をごしごしと洗い、再び鏡を見る。

 

 金剛は、もう一度戦いのただなかで死ねば、私もああなれるのだろうか。すべてを忘れて、もう一度笑えるのだろうか。そう考えると、涙がほほをつたうのを感じ、そして目の前の少女が顔をぐしゃぐしゃにしているのを、視認した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝と呼ぶには、あまりに暗い。そんな時間に、ごそごそとほかの艦隊所属の艦娘を起こさないように身支度をし、艦隊司令部ではなく、鎮守府の司令部に集まっていく。

 

 全員が門前に集まったのを大和が確認すると、ちらと時計を見る。集合時間よりも二十分ほど早い。あまり早く集合しても意味はないが、といって遅くても仕方がない。と考えていたが、顔を見せた加賀に呼ばれ、室内に移動した。そこには簡単な朝食が整えられており、任務中の携行食も用意されていた。移動時間が長いため、むろんレトルトパックなのだが。

 

「食堂は開いていませんから、こちらで朝食をとってください」

 

 そういった加賀は、表情を動かさない。食事の手配は上級司令部が行う、と文書に記載されていたのはこういうことか、と大和などは考えたようだが、少し恥ずかしい。本来なら、部隊側が申請を上げておかなければならなかった事項だ。坂井准尉はそれを知っていたから指摘しなかったのか、と思うと、何とも言えない顔になる。間抜けな新品だ、と「見透かされて」しまっただろう。

 

 長机の上に白いリネンのテーブルクロスが敷かれ、握り飯と味噌汁が置かれているだけで、あとはカレーでもなんでも好きにとれ、と言わんばかりの様子である。おそらくは昨日の残りのカレーと、ほどよい焼き加減のチーズオムレツや、ゆでたあとにパリッと焼いたウインナー、みずみずしいサラダなどがアルミ製の什器の中に入れられ、温かいものは電熱器で温められ、冷たいものは氷で冷やされている。少し前からすると考えられない、などと言いながら、長良が幸せそうにオムレツをほおばっているのを見て、大和もごくり、と喉を鳴らした。あまり食べ過ぎてもいけないが、オムレツなど食べるのはいつぶりだろうか。

 

 オムレツをトングで取り、ウインナーとサラダを同じ皿に乗せて、戻る。箸でケチャップをかけたオムレツの腹を裂くと、皿の上にとろり、と甘い芳香を放つチーズが流れだす。

それを口に入れると、卵特有の甘みと、ケチャップの酸味、チーズのうまみが口の中で楽しめる。それでいて、こってりとしすぎないのが実によい味だ。炊烹員は何時から作戦前の準備をやってくれたのだろう。と考えると、もっと食べたほうがいいのかもしれない、と思ってしまうが、やめにした。すべてを胃におさめ、コーヒーをのみ、頭をしっかりと覚醒させると、加賀が再び現れ、そしてその後ろから提督が現れた。

 

「そのままで良い」

 

 そう提督が言うと、立ち上がって敬礼をしかけた吹雪ががたん、と音をたて、バツの悪そうな顔を作ったのが見えた。

 

「……まあ、まじめなのはいいことだ」

 

 そうまじめくさって提督が言うと、加賀は目を一瞬泳がせた。それに提督は気づくと、何か言いたげな目を向けて、第三艦隊、すなわち大和たちに向き直る。

 

「本作戦の意義がわかるか。金剛」

 

 大和は一瞬驚く。金剛も面食らったような表情を作るが、すぐに口を開いた。

 

「呉、淡路島間の海上交通の要衝たる塩飽諸島を攻略し、もって瀬戸内海の制海権を確固たるものとすること、ならびに瀬戸大橋の修復を行う素地をつくること、デス」

 

「よろしい。その通りである。まあ、もっと俗なことを言ってしまえば、今回の攻略作戦を成功させれば、今日の朝食と同じものが食堂で毎日食べられる、ということだ」

 

 思わず、大和は吹き出しそうになる。だが。

 

「だが、生きて帰らなければ意味がない。生き残れよ」

 

 

 

 そういって、まじめくさった顔を作って、提督は答礼を待たずに敬礼をして、退出していく。作戦発起前の『式典』としては、じつに異例なことではあった。

 

「いよいよですね」

 

 その大和の声を聞き、金剛は接続された艤装の火を入れる。コンソールを叩く整備員がOSが起動したことを伝えてくる。それが金剛にもわかった。提督と加賀が出陣の見送りに来ており、訓練担当の坂井准尉も顔を見せている。

 

 闇はいまだに深い。朝の訪れはまだすこし先だろう。という感覚が、彼女たちにもある。

 

「テストしマース。異常がないか確認を」

 

 そういうと、チェックプログラムを金剛が走らせる。すべて問題なし。整備員も問題ない、と伝え、コンソールケーブルを引き抜き、コネクタを隠す。データリンカに規約を通し、量子リンカを接続。データをコンソールで追いかければ、計算機資源を駆逐艦が一時的に間借りしていることが読み取れる。セッションが途切れ、またつながる。そのネットワークに、現在この場にいない鳳翔が参加し、準備が完了したことを確認すると、大和が声を上げる。

 

「作戦開始! 旗艦大和、出撃します!」

 

「帽振れ!」

 

 提督の声で、整備員たちが一斉に帽子を振る。大声を上げることもない。そして、それに大和は汽笛で答え、にっと不敵に笑って見せた。

 

 全員が滑るように海面を蹴り、出航。対潜警戒に「疑似餌」分艦隊に吹雪を加えた艦隊が単横陣をとり、大和、金剛がそれに続く。灯火の類を消してはいるものの、白い航跡だけはありありと見える。音戸の瀬戸を通過し、一路塩飽諸島へ向かう。

 

 鳳翔からデータが送信されてくる。塩飽諸島に動きはない。反対に、善通寺駐屯地からは多数の陸軍の車両が派出され、作戦開始を今か今かと待ち続けている。CV-22にパワードスーツが乗り込む有様さえ見えるほどだ。

 

「動きが活発すぎる気がしますね」

 

 そう、大和が我知らずつぶやいたであろう声を、金剛は無視した。どちらにしても、深海棲艦が陸軍の砲撃から隠れている以上、動きは観測機なしでは視認できない。視認したところで、陸上の敵に対する反応は基本的に鈍い。そのため、陸軍は大きな動きを平然と行えるのだ。

 

なるほど、新品、という言葉がふさわしいな、と金剛は考え、前を向いた。そろそろ、日の出だ。

 

「ああ……」

 

 海から、太陽が顔を出す。穏やかな瀬戸内海をきらきらと赤い光が照らし、揺れ、宝石を多数産み、そして消える。その繰り返し。

 

「漁船がいるんですね、危ないのに……」

 

 大和が、漁船の姿を認めてそういうと、長良が答える。

 

「現地の漁協に話は行っているはずなんですが……まあ、ここは交戦想定域の外側ですし……」

 

「たくましいものだ」

 

 響がそう応じる。道のりはまだ長い。だが、金剛にとってこの光景は、戦争をしているとはとても思えない。そんなものを感じさせた。

 

「……さあ、ここから弓削島まで一気に抜けますよ。最近は目撃報告はありませんが、戦闘があるかもしれません。気を引き締めましょう!」

 

 その声を聞き、金剛は了解、と返す。戦って死ねば、楽になれるかもしれない、という考えが、頭の奥底を責め、苛むのを何とかこらえながら。

 

 

 

 黒い大地が、蠢き、鼓動する。塩飽諸島の北側の市街地を覆うそれを生きた人間が見れば、あまりにもおぞましいがゆえに嘔吐していたことだろう。そこに生きていた生き物たちを覆い、侵し、追い込まれた「何者か」が、およそこの世に存在するものの口から上がるとは思えない、悲鳴を上げ続けている。そのおぞましい光景を、彼女たちは喜悦の目で見、声を上げる。

 

「アハハハハハァ!」

 

 喜悦。のたうち、叫ぶ。その悲鳴のコーラスを聞けば聞くほど、彼女たちは憎悪のほむらを目に宿し、生きとし生けるものすべてへの呪いの賛歌を奏でるのだ。

 

「ハ、ハぁ……」

 

 沈黙が下りる。四隻の「敵」がやってきた。殺さないといけない。何のためにか。そのような理屈は、もはや通用すまい。

 

 故などない。故に殺すのだ。それに。

 

 敵は、海上だけとは限らない。

 

 

 

 

「釣れましたわ!」

 

 三隈は無線に深海棲艦の発する妨害電波特有の雑音が流れた瞬間、即座にデータリンクに『釣果は上々』と打電する。画像データを送付。駆逐イ級が六隻の駆逐艦隊を補足。塩飽諸島の西側、備後灘に、敵が出てきた。塩飽諸島の広島からは四十キロほど離れている。

 

 そして、データリンクから応答が返ってくる。陸軍も駆逐イ級と交戦中である、という旨の回答だ。戦艦はいまだに補足できていない。位置ははっきりしているが、塩飽諸島の広島北部の市街地を守るように展開している。動かないのならこっちのものだ。とばかりに、三隈と長良は砲を発砲。十五キロ先を航行している敵からは応射はないが、自動的な回避行動は既にとっている。波は低い。身を隠すものがないということも意味しているが、しかし。

 

「……もっと広島に接近します!」

 

 三隈の声に、響と長良が了解、と声を張る。敵の砲撃が開始された。それに響が応射。敵に命中し、海を赤く染める。おぞましい悲鳴が三隈の耳に届くが、知ったことではない。せいぜい叫べ、そして敵を呼び寄せろ。そういう好戦的な心理があった。

 

 動け、動け、動いてもらわないと困る。そう考えながらも、鳳翔からのデータリンクの映像には定期的に目を寄せている。動いた時には引かなければいけない。彼女たちでも戦艦と戦うことはできるが、勝てるとは限らない。

 

 雷撃を加え、敵を殲滅した段階で、三隈は横目に敵影をとらえる。

 

「……動いたッ!」

 

 さあ、誘導しなくては。そう考えながら、敵に向かう。あくまで彼女たちは疑似餌だ。だから、食われる前に引き上げてもらわなくては困るのだ。

 

 

 

 

「敵に動きあり! こちらに向かってきているようです!」

 

 吹雪の声を聞き、大和は金剛に視線を向け、こくり、と首を動かした。

 

「抜錨! これより疑似餌分艦隊を引き上げに向かいます!」

 

「抜錨!」

 

 その声に応じ、金剛と吹雪も動き始める。島の陰に隠れていた彼女たちは動き始める。仕留め時だ。そう考えながら。

 

「え……?」

 

 ソナーの音。吹雪は警報を聞き、大声を張る。

 

「しまっ……! 潜水艦!」

 

 爆雷を投下しようとした瞬間、吹雪は悲鳴を上げないために必死になる。爆炎。痛み。ざくざくと破片が刺さる感触。左腕の感覚が、ない。

 

 悲鳴を上げようとする喉を、艤装側が強制制御。爆雷投下。ベルトキットから止血帯を取り出し、出血を艤装側が抑えているところに巻き付け、止血。

 

「ブッキー!」

 

 金剛の声を聞き、吹雪は理性を取り戻す。視線。どうしてそんなにも泣きそうな目でこっちを見る。まだ戦える。戦わなくては。歯を食いしばり、艤装側が痛覚を遮断して痛みが消える。そして、声の限りに叫ぶ。

 

「さあ、私が相手よ! やっつけちゃうんだから!」

 

 顔をだし、こちらを引きずり込まんとする潜水艦が顔をだし、いやらしく笑う。そして。

 

「行って!」

 

 行かないと。行ってもらわないと。さもないと、私が怖くて泣き出しちゃう。そう吹雪は考える。データリンク、カット。

 

「ふう、ふうう……」

 

 息を深く吐く。潜水艦を相手にするなら、もっと冷えた頭でないといけない。だから、あの金剛の顔はわきに追いやれ。戦わないといけないのだ。

 

 爆発が、彼女の頭を冷やす。爆雷再装填。

 

 

 

 

 

「行きましょう、金剛!」

 

「……ハイ」

 

 金剛は、自分の頭の冷え具合が信じられなかった。確かに動揺していた。だが。それと同時に、ああ、なんと吹雪がうらやましい事か。と考えてしまう。そんなわけはないのだ。そんなことはないはずなのだ。いや、そうあらねばならない。そう考える彼女のほかに、もう一人が言う。

 

あの子がうらやましいんでしょう。死ねて、と。

 

 艤装側がその心理徴候をつかみ、アドレナリンを強制的に分泌させる。ああ、その意思が塗り替えられていく感覚が、何ともいとわしい。あのときの感覚と同じだ。とはいえ、自殺願望が思考の隅に追いやられていくその感覚そのものは、悪くない。

 

「……助けられます」

 

 そう短く言う大和の声が、ノイズだらけの無線機から聞こえてくる。大物が近い。そうだ、彼女は、吹雪は私、金剛ではない。だから、同じ目に絶対にあわせてはいけない。だから、倒さないと。

 

 唇を噛む。砲制御コンピュータが、鳳翔の航空機とリンク。戦艦タ級が1隻、雷巡チ級が4隻。射程内。殺せる。

 

「テーッ!」

 

 金剛の砲が、膨大な黒煙と炎、そして弾丸を吐き出す。波しぶきが立つ。遠い。敵が移動するのをつかむ。ぐるぐると円運動をしながら、敵艦隊に接近し続ける。近づけ、もっと近づけ。桜色の装甲が敵の砲弾に打ち据えられ、抜ける。不発。

 

「合流しました!」

 

「逃げて」いた三隈達が、するすると艦隊の後尾に合流する。単縦陣で砲撃し続ける。うちに、1隻、2隻と敵が脱落し、沈み、血だまりに変わっていく。海が赤く染まり、ウォークライが響く。

 

「とった……!」

 

 大和の声。戦艦タ級の装甲を打ち破り、砲弾がめりこみ、そして、耳をつんざく悲鳴が戦域中に響き渡る。沈んでいくそれを大和と金剛は無視し、広島北部に足を向ける。三隈には、吹雪を救援せよ、と命令を下達。

 

「……これで良いわね?」

 

「……ハイ」

 

 大和の声を聞き、金剛はそう応ずる。生きているかはわからない。ただ、助かってほしい。そう金剛は考えた。

 

 

 

 

 

「なんだい、ありゃあ……」

 

 陸軍のパワードスーツ部隊は、塩飽諸島の広島に上陸し、少々の鉄板なら撃ち貫ける仕様の化学レーザー砲を兼ねるレーザーターゲッターと、GPSユニット、量子データリンカを背負った、海軍の砲撃要請用の支援用パワードスーツを護衛しながら進む。黒いしみのただなかに、白い「何者か」を認めたのだ。今回、例の規約ロード用MEMS弾を使わない理由は、純粋に「規約をロードしうる機関が発達しているかどうかわからない」からだ。

 

「子宮だよ」

 

 そう支援用パワードスーツの男は応じる。あくまで子宮だ胎盤だ、というのは比喩に過ぎないのだが、実態としては確かに類似している。栄養を与える黒いコールタールの「胎盤」と「姫君をはぐくむ子宮」という意味合いで言えば、だ。

 

「それじゃああれかい、おれたちが今歩いてるここはメスの体内かい」

 

 野卑な笑い声。それに対して、はは、と短い笑いで応じ、ぐっとグリップを握り、ターゲティングモードに切り替える。

 

「それじゃあ、海の姫君たちにあのクソをファックしてもらわなきゃな!」

 

 不可視のレーザーが発される。白い「子宮」にそれが到達すると、熱エネルギーに変わったそれが表面をあわだたせる。ぶすぶすと煙が上がるのすら、支援機の男には見える。

 

「おいでなすったぞ!」

 

 ぶつぶつとコールタールから、深海棲艦にすらなっていない「何か」が這い出す。まるで、女王アリを守る兵隊アリみてえだ、と思わず悪態をついた。

 

 

 

 

 

「座標データ、来ました!」

 

 そういうと、大和と金剛は砲制御コンピュータに緒元を入力。発砲。

 

「……!」

 

 金剛は、喉から悲鳴が出てくるのを意識した。足を、何かがつかんでいる。もがき、暴れ、引き倒される。海水を飲み、吐き出す。

 

「あ……?!」

 

 そこには、深海棲艦、青白い肌を持つはずの戦艦「タ」級がいた。赤黒い肉が異様な悪臭を放ち、吐息すらかからんばかり。ウォークライ。

 

「や……!」

 

 金剛は、足を振り回す。そして、喉に食いつこうとでもしたのか、一瞬戦艦タ級が離れたその時。海面から出てきた砲から発せられた弾丸が、その体を引きちぎった。

 

「は……は……は……」

 

「大丈夫ですか!」

 

 そういいながら、大和が金剛を助け起こすと、金剛は一散に戦艦タ級の残骸に向かい、逃がすものか、とばかりに腕を突き入れ、そして。

 

「え……?」

 

 そこにいたのは、戦艦タ級ではなく。

 

「あ……?」

 

 鈴を鳴らすような声。ぬめる肉のただなかから、現れ、目を開けたのは。

 

「榛名……?」

 

 頭を打ち貫くあの感触。喉から、悲鳴が漏れ出ているのを聞く。自分の喉から出ている、とばかり、金剛は思っていた。だが。

 

 榛名は、悲鳴を上げ、叫びちらし、そして。

 

「嫌ぁ!」

 

 そういって、金剛の手を払い、海に消えた。赤く染まった海だけが、そこに「何か」がいたことを語っている。

 

 

 

「こん、ごう」

 

 大和の声を聞き、茫然とした顔の金剛は首を向ける。

 

「あの……」

 

「聞いて、クダサイ」

 

 一瞬の後。顔を崩し、大和に抱き着く。

 

「うらやましいって、うらやましいって思っちゃったンデス!」

 

 何がうらやましいのか。言うまでもない。榛名は「死ねた」のだ。彼女と違って。だから、大和は言わねばならないことがある。金剛のしゃくりあげる声が、少し小さくなると、大和は金剛を引きはがす。

 

「エ……?」

 

「帰りましょう。吹雪ちゃんにお礼をあなたは言わなきゃいけないんです」

 

「どう、シテ」

 

「どうしてって。さあ、行きましょう。呉鎮守府に早く帰らないと。吹雪ちゃんのバイタル、結構危ないんです。……ああ、陸軍から連絡がありました。今治に救急ヘリを回したそうですよ」

 

 一瞬息を吐き、大和は続けた。

 

「作戦完了。全員帰投。それでいいじゃないですか」

 

 ごまかしに過ぎないことは、わかっている。だが。彼女は問題があるとは思わない。金剛はこれからも思い、悩むだろう。それもわかっている。

 

 しかし、生きていかなくてはいけない。そう思いながら、大和は前に進む。金剛も、それに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余計者艦隊 瀬戸内海追撃編 -了―


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