余計者艦隊 Superfluous Girls Fleet(佐世保失陥編)   作:小薮譲治

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第1部 周防大島攻略編 第1話:Mr. Midshipman Hornblower

 初夏、6月後半の蒸し暑さが、くすぶっている火種のおかげで、余計に苦しい。海風が、ひどくべたついて感じた。帽子をとって、震える声で、男は聞いた。

 

「この鎮守府で、最先任の士官は誰だ?」

 

 顔から血の気が引いていくのを、思わず自覚する。鎮守府、と言ったが、何とか消化したものの、すでに地上の設備の大半は吹き飛ばされている。司令部に移動しようとしていた高級士官とともに、だ。すでにその機能の大半は失われていると言ってもよい。唯一残った艦娘の宿舎で、男は死の宣告を受けている。

 

「あなたです。少佐」

 

 少佐、とこの小娘は言ったのか、と、男は意識した。階級章は、彼が大尉であることを示している。明確な間違いだ。

 

「何かの間違いだろう。私は大尉だ。それも、機関科の。……おい、機関大尉だぞ。兵科の新品少尉でも拾ってこい」

 

 機関科。という言葉を、男は苦々しげに吐き捨て、廃止された『機関大尉』という呼び方をする。機関科とは、釜焚きと揶揄される海軍内の部署のことである。

一応は「兵学校」で教育を受けたことになっているものの、彼を含めて、相変わらず『兵学校舞鶴分校』と名前を変えた機関学校で教育を受けていたし、1944年に改正されたはずの軍令承行令が舞鶴分校を卒業した『舞鶴閥』と、旧来の江田島の兵学校を卒業した『江田島閥』の政争の果てに廃され、旧来のものに戻ったがために、戦闘において、彼らは新品少尉以下の序列である。もっとはっきり言えば海軍内の冷や飯食いであった。

 

その中でも、席次が下から2番目だった男は、退職するつもりだったのだ。故郷に帰って、本に埋もれる生活がしたい、と願っていた。その「夢」が、今がらがらと音を立てて消えようとしていた。目の前の娘によって、だ。

 

 目の前の娘、いや、艦娘と俗に言われる人間兵器である「加賀」は右腕を三角巾で釣り、包帯を頭に巻きながらも、じっとこちらを見つめていた。弓道着のような装束を身にまとい、黒い髪を横で結った娘は、表情をピクリとも動かさずに、言った。

 

「いいえ『少佐』あなたがこの鎮守府での最先任の指揮官です。そして、あなたは機関科から自動的に転科の処置がとられています。問題はありません」

 

「バカな。海軍省が認めるはずが」

 

 右手を動かそう、として一瞬加賀は顔をしかめ、左手で敬礼をする。やめろ、と男は叫び出したかった。

 

「ようこそ、呉鎮守府に。提督、指揮を願います」

 

 男は、不快感を顔全体に表しながら答礼した。身についた習慣だった。

 

 

 

 

艦隊これくしょん ~余計者艦隊 第一話:Mr. Midshipman Hornblower

 

 

 

 

「現在稼働できる「艦娘」は?」

 

 そう唯一の艦隊幕僚として配置された「加賀」に問いかける。負傷が原因で、戦闘に復帰できないためにとられた処置だ。艦娘の宿舎に設けられた自習室に机を運び入れただけの『艦隊司令部』で、加賀の報告を聞く。先ほどまでは、鎮守府内部の救助活動と、状況の掌握だけで、気の休まる間もなかった。

 

「ドック入りをしていた六隻です」

 

「六……なんだって?」

 

「具体名を上げれば、戦艦「山城」軽空母「鳳翔」重巡洋艦「最上」「摩耶」に駆逐艦「電」と「曙」です。動かせるのは以上となります」

 

「バカな、そんなはずは」

 

 呉鎮守府を含めた、各鎮守府の再編成中であったため、かなり編成がごちゃごちゃとしては居たが、それでも最低でも5個艦隊は編成できる程度の艦娘は居たはずだ。というのが、提督と呼ばれるようになった男の認識であった。だが、加賀は冷静に続ける。

 

「出撃した艦娘のほとんどは対馬沖迎撃戦に出撃し、帰還できていません。通信が途絶しています。迎撃に当たった艦隊は私を除きすべて入渠中です」

 

 絶句した。確かに戦艦と軽空母があり、また強力な重巡が二隻と、駆逐艦が2隻あるのだから、まだマシとはいえたかもしれない。だが、その内容がいかにもまずい。

 戦艦「山城」はトラブル続きの問題艦娘で、当人の能力はともかく、接続されている「山城」ユニット側に多数の問題が発生していて、ドックに出ては入ってを繰り返している。 『ドックの女王』とすら揶揄されていた。

 

軽空母「鳳翔」は、というと空母艦娘の教官であるが、当人の搭載能力が貧弱に過ぎ、戦場に出すには心もとない。人格面はともかく、能力に問題がある。

 

重巡「最上」はというと、接続されている兵装の操作に問題があり、しょっちゅう衝突をしている。艦隊行動をさせるにはこれまた人格はともかく、能力が問題だった。

 

同じく重巡の「摩耶」はというと、人格面は口が悪すぎて協調性に難ありとみられがちであるし、さらに艦載機を使用前に事故で破壊する常連である。

 

駆逐艦の「電」はというと、敵である深海棲艦を撃つのはためらうわ、最上と同じくあちこちにぶつかるわ、というありさまである。最上が衝突女王なら、こっちは王女だった。

 

「曙」は、というと性格が大問題で、所属している艦隊の提督を罵倒しまくり、営倉入りの常連でもある。

 

 はっきり言えば、能力や性格がどうしようもない札付きの余計者しか残っていないのだ。さらに余計なことに、彼らの上官は、というととっくにがれきの下でひき肉になっている。

 

 余計ついでに言えば、提督、と呼ばれた機関大尉改め少佐も「余計者」であった。兵学校卒ではあるものの、放校すれすれの成績を「実力で」とってしまい、卒業時の席次は下から数えて二番目というブービー野郎である。おまけに、所属していた部署が艦船の機関を扱う機関科というのがいかにもまずい。江田島閥ばかりである以上、間違いなく反発を買う。

 

「この状況でなぜ俺を引っ張り上げた。知っているか」

 

「はい、提督。私が序列の関係上最先任の大尉でしたから。艦娘に指揮権を握らせるくらいなら、舞鶴閥に渡した方がマシということでしょう」

 

「フン」

 

 ようするに。と提督は考えた。成功すれば「艦娘ではなく人間の力で呉鎮守府の危機を脱した」という面目が立つし、失敗すれば「舞鶴閥の阿呆がごときに指揮権を渡したのが間違いだった」と言える。体のいい自決要員ということだった。こんな時にまで派閥力学か。と見限ろうとしていた、いや、見限られていた組織に対する嫌悪感をさらに募らせるが、素直に自決してやれるほど人間はできていない。であれば、あがくほかないのだ。

 

「保有している現有戦力は理解した。では、先の戦闘について報告を受けたい」

 

「先の戦闘とは」

 

「……対馬観光だよ」

 

 対馬観光、と揶揄した瞬間、加賀の目に一瞬不快感が宿り、消えた。死んだのは私たち艦娘なんだ、と責めているように感じたが、提督からしてみれば、手前ら江田島閥のドジのおかげで俺が腹を掻っ捌く羽目になりかかっているんだぞ、というところである。結局のところ加賀も提督も『舞鶴閥』と『江田島閥』と同じ穴の狢であり、お互い様であった。

 

「対馬沖海戦、並びに関門海峡沖海戦のことを指しているのであれば、こちらが概要となります」

 

手渡された資料をめくるうち、確認できた範囲のことを羅列すれば、朝鮮半島は釜山港を失陥せしめたのちに対馬を制圧しようとした深海棲艦グループ『イ号集団』と、太平洋側はハワイ沖から進出してきたグループ『ロ号集団』の圧倒的な物量にすりつぶされ、長門級戦艦であり、旗艦『長門』をはじめ、戦艦『金剛』『榛名』『比叡』正規空母『赤城』『蒼龍』『飛龍』『翔鶴』ほか重巡、軽巡、駆逐艦の多くが轟沈し、司令艦を吹き飛ばされて敗走したところに対馬沖に投下された機雷で損傷艦が沈み、佐世保鎮守府に敗走したグループはともかく、呉鎮守府に敗走したグループのうち、加賀以外のものも関門海峡沖でさらにやられ、生き残ったのは『加賀』と『電』という、被害というよりは日本に対して死刑宣告が為されたに等しい状況である。かろうじて、横須賀側は撃退に成功した、という報は途絶前の連絡ではっきりはしていた。

 

さらに、周防大島を占拠され、港湾とするには向かない遠浅の海の渫作業を開始され、鎮守府並びに呉市街、広島市街に対する沿岸砲撃、ならびにそれに付随する鉄道網の破壊で、呉鎮守府は『要塞』から『脱出不可能な自決候補地』に転落していた。山陰側も同様に徹底した沿岸砲撃を受けており、中国地方を境に、日本が東西に完全に分断されている。

 

さらに、舞鶴鎮守府、横須賀鎮守府とは連絡が取れない。海軍省に対する連絡にしても、提督に対する辞令の電信を送って以来完全に途絶している。むしろ、あれは自動的な処置であったとみなすべきだろう。

 

 これを見て、しばらく提督は天井の蛍光灯を仰ぎ、青ざめた顔で加賀の顔を見る。最悪なんてものではない、はっきり言おう。鎮守府どころか日本は終わりだ。

 

「……加賀さん、先ほどの『対馬観光』という言い草は……不適切だった。すまない」

 

「……いえ。おめおめと生きて帰ったのですから」

 

 おめおめと生きて帰った。その言葉を聞いて、やめてくれ、というように提督は手を上げた。

 

「この状況をどうにかしないといけない。何をまずするべきだと考えるか。加賀、意見具申を頼む」

 

「……第一に、周防大島の奪還、それを守備している深海棲艦の撃滅を急がねばなりません。なぜなら、鉄道網、特に呉線の復旧を急がねば、この呉鎮守府は干上がります。呉線の復旧には陸軍の広島にある第五師団に協力してもらわねばなりませんが、深海棲艦が妨害しているのか、交信がまったくできません。

ために、なんとしてでも沿岸砲撃を止めなければ、広島港に入港しての連絡もできない。呉の避難民も呉鎮守府に押し寄せています。……大きな声では言えませんが、このままでは暴動が発生します。混乱が収まっていないために今はどうにかなっていますが、時間の問題です」

 

「……」

 

 絶句。再び提督は天を仰ぐ。鎮守府の中ですらまだ救助活動が終わっていないというのに、と提督は絶望的な気分になる。とはいえ、暴動が起こっては作戦行動どころではない。仮設の電話機のハンドルをぐるぐると回し、主計科に連絡を取って、忙しいのはわかるが、避難民むけに天幕の設置と、炊き出しを何とか頼み、再び天を仰いで目のあたりを揉む。

 

「……もうこりゃダメかもわからんな。わからんじゃないな、ダメか。はは」

 

「提督。お付き合いしますが、一週間くらいは寝られませんね」

 

「おりゃ辞める予定だったんだがのぅ

 

 ふとぼやき、提督は加賀の顔を見る。加賀は、じっと提督の顔を見ていた。

 

「わかってる。自決なんかするつもりはない。……やるさ」

 

 提督はひとりごちたが、しかし、仕事は山ほどあった。報告の間だけでも、となだめすかして止めておいた状況報告の伝令が、列を為しているのである。

 

 

 

「……う」

 

 提督はトイレの鏡の前で一瞬意識を失っていたことに気付いた。目の下にはメーキャップを施しても隠せないほどの色濃い隈ができている。なんとか呉市民による暴動を抑止し、鎮守府の機能をある程度復旧させたのちに燃料と弾薬を手配し、死者の記録と、疫病の蔓延を防ぐために火葬場をフル稼働させ、ようやく自分のごく形式的な『就任式』をすることができるようになったのは、あの加賀が左手で敬礼してきた日から2週間の後であった。

 

その間、幸いなことに深海棲艦の攻撃は散発的で、駆逐艦娘の出撃で撃退できていた。さらに、陸軍は第五師団とも伝令でなんとか連絡が取れた。反撃のための状況は整えられつつあるのだ。

 

しかし。俺は就任式なんてしたか。と提督は考えたが、はっとなり、頭を振ってしっかりしろ、と心の中で念ずる。その就任式とは、あと10分後に執り行われるものである。加賀に頼み、疲れを顔に出さないように化粧を施してもらい、用を足した後に手を洗っていた時に『落ちて』しまっていたのだ。

 

 ノックの音がする。おう、と提督は返事をした。

 

 ひょい、と加賀が顔を出す。同じく隈がうっすらと見えるが、顔に疲れが出にくいたちらしい。うらやましい限りだ、と提督はふと考えた。

 

「提督。お急ぎください」

 

「ああ、今行く」

 

 提督は鏡で顔を見た。大丈夫だ。やれる、やれないじゃない。やるしかないってことぐらい、わかっているだろう。と念じ、トイレから出ると、加賀の案内に従い、式次第に則ってつつがなく行われる式典を他人事のように眺めていたが、就任のあいさつを、と言われ、立ち上がり、マイクの前に立つ。

 

「提督に対し敬礼! 頭、中!」

 

 加賀の号令で、一斉に艦娘や、士官や兵たちが顔をこちらに向ける。挙手の敬礼を返しながら、顔を見返す。不安な顔、信頼、嫌悪、中には、提督と同じく目の下に隈を作り、眠るまい、と努力している者もいた。手をおろし、休ませ、と加賀に向けて指示をする。

 

「私が諸君の指揮を執る。私に信頼を寄せてくれるものも居るだろうが、不安なものもいるだろう。機関科あがりが何を言っていやがる、と思うものもいるかもしれん。まあ、こらえてくれ。

なに、失敗すれば我々は呉鎮守府を枕に自決をする羽目になるだけだ。……しかし、諸君らの命を預かる身として、それは許せん。総員の奮起を期待する。以上」

 

 提督はマイクから一歩下がる。口の片方の端を無理にあげ、笑って見せた。不敵に見えればいいが。との淡い期待を抱きながら。

 

 

 こののちの、周防大島奪還作戦の発起は、8月の半ばのことだった。

 


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