余計者艦隊 Superfluous Girls Fleet(佐世保失陥編)   作:小薮譲治

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佐世保鎮守府失陥編第五話 「Humanity」(前編)

「……」

 

 吹雪は、厚く切られた豚カツをつつく。湯気を立て、箸が当たるたびにざく、ざくり、という音を狐色の衣が立て、ぷうん、と香ばしい香りを立てている。さらには、切り口からはじわじわと脂がしみだしており、給養員がいかにおいしい物を、という思いを込めてくれたか、が良くわかる。同じ皿に乗る千切りにされたキャベツは瑞々しく、櫛形に切られたトマトの赤は鮮やかな色をしている。

文句のつけようもないどころか、おそらくは作戦前、という事で極力良い物をかき集めてくれたのだろう。麦交じりの飯の炊き具合は完ぺき。いう事は何もない。

 

 それなのに、吹雪はぼう、としながら持ち上げては戻し、持ち上げては戻し、を繰り返している。

 

「どうしたの?」

 

 その様子を見て、隣に座っている榛名が声をかけてくる。わっ、と声を上げて顔を上げると、皆がそれを見ていた。大和、榛名、響。そして、金剛も。

 

「ああ、ええと、いえ。何でもないんです。おなかにお肉、ついちゃったら困るなぁ、って……」

 

 そう言ってごまかし、口に運ぶ。間違いなく旨い、と言ってもいい味付けだった。だったが、今の吹雪には、砂を噛んでいるように、感じられた。

 

 

 

 

余計者艦隊 佐世保失陥編 第五話:Humanity

 

 

 

 

 時間は、少しさかのぼる。金剛が霧島の名を聞いたとたん吐き気を催し、吹雪と一緒に艦娘用のブリーフィングルームを退出した時点に。

 

 蚕棚のような備え付けのベッドがあるため、仮眠所を兼ねた艦娘用の休憩室に金剛を連れ出した吹雪は、しばらくして落ち着いたのを見ると、小型の冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出し、上に置かれた紙コップにそそぐ。

 

「ん、大丈夫ですか、金剛さん」

 

 そう言って、水を差しだす。休憩室には誰もいない。当然と言えば当然の話でもある。

 

「……イエ……」

 

 そう言いながら、金剛は水を受けとり、干す。それを見て、ふう、とため息をついた吹雪は、疑問を口にした。

 

「どうしたんですか?急に……妹さんじゃ」

 

「……」

 

 沈黙。何とも言えない物を、吹雪は感じる。

 

「……ひょっとして、私と同じですか」

 

 短く、吹雪は口にした。

 

「what……?」

 

「おかしいと思いませんか。たかが駆逐艦とはいえ。それに、淡路島とは何度も行き来しているのに、横須賀鎮守府側に戻せ、と言われていないんですよ」

 

「エ……ブッキー?」

 

「ん、ああ……その、たぶん、言っちゃうとマズイと思うので、お互い、言わないでおきましょう。たぶん、そういう種類の事ですよね」

 

 お互いの視線を交え、それで、だいたいのことが分かった。厄介ごとを抱えている、と言う意味では同類である。つまるところは、吹雪も金剛と同じく『元』深海棲艦なのだ。

 

「軍籍とか、どうしてます? 私ははっきり、その、死んだところが目撃されたわけじゃあないので、困るところは少ないんですけど……」

 

「……死体が上がって来なかったカラ、ミッシング・イン・アクション扱いデシた」

 

「……運が良いんだか悪いんだか、わからないですね。お互い」

 

 そう言って、吹雪は低く笑った。いつもとは違う、苦みを感じさせる笑い。

 

「ん……私も、ちょっと気にしてるんです」

 

「ナニを、デスか?」

 

「今回合流する、って言われてる鎮守府、軍に入った時に仲の良かった深雪ちゃんが行ったところなんです。だから……ひょっとしたら、クローンなのかな、って言われるのかも」

 

「……本当。ややこしいコトになってマスね」

 

 そう言って、金剛も笑った。彼女の顔に浮かんだのも、吹雪のそれと同じだった。

 

 

 

 

「天候はどうだ?」

 

 そう、提督は加賀と交代した鳳翔に聞く。加賀からの情報を受けとり、鳳翔は短く答えた。

 

「雨は上がったようですね」

 

 提督は、時計を見る。一九〇〇。丸5時間も降り続けた雨は、ようやく止んだ。それを見て、思わず舌打ちをする。

 

「……結局、作戦発起は日が変わったか」

 

「やむを得ないでしょう。核砲弾ならいざ知らず、本格的な核攻撃ですから」

 

 そう。まさか陸軍の兵に対して文字通りの意味で確実にのたうちまわって死んでこい、とは言えないのである。距離によって核爆弾投下後の放射線レベルは低下するが、それでも今現在は雨に含まれる放射性物質が大地を汚染しているため、とてもではないが作戦行動が可能とは言えない。ここから7時間。

致命的、かつ半減期の極端に短い核物質が崩壊をし、放射線レベルが十分の一になり、マージンを見てさらに五時間。それで、ようやく作戦行動がまともに行える。

 

「作戦内容を考えれば、陸の連中の安全のためにもやらないわけにもいかないが、それにしても核攻撃は小回りが利かないな。今更だが……」

 

「……対馬の避難民はどう思うのでしょうか」

 

 そう、鳳翔がぽつり、と言って、首を振った。

 

「らちもないことを言いました。お忘れください」

 

 そう言った鳳翔の顔を見て、天を仰ぎ。

 

「……忘れてはいけないことだろう」

 

 短く、口の中で提督はそういった。

 

 

 

 

「……電車で移動、ねえ」

 

 そう言いながら、灰色のモケットが張られた椅子に、山城は座っている。帝国空軍の春日基地と、作戦開始地点とは若干の距離があるため、車庫に収まっていた車両を引っ張り出しているのである。ほかの車両には、陸軍の人員も当然乗っている。

あきつ丸は、というと、第五師団司令部に呼び出され、呉鎮守府第一艦隊が一時的に抜け、戦力が減った分の直援を行うために、緊急の打ち合わせに向かっている。結局、また同じところで戦うことはできなかった。

 

「電車じゃなくて、えーと、ディーゼルでけん引してるらしいぜ。貨物用だったらしい」

 

 摩耶はそう言いながら、閉じられた窓ごしに外を見ている。蒸し暑さはあるが、風下ではないとはいえ、放射性物質を吸い込むリスクは冒せない、と言うわけでもあった。

わざわざスポットクーラーを運び入れるほどでもある。艤装を動かしていなければ、普段よりは幾分高い放射線を浴びる形になるのだ。

 

「……それにしても、海軍で独占みたいで、なんだか悪いわね」

 

 そう、山城はつぶやき、窓の外側を見やる。本来ならば生活が営まれ、窓から明りが漏れていただろう風景には、なにもない。繁華街も、ビルも、民家も、なにもかもが闇に包まれている。

 

「三隈、どうしてるかなあ」

 

 そう、摩耶の隣に座る最上はつぶやいた。三隈や潮、そして春雨は下関近辺に機雷を敷設する任務が与えられている。潮の骨折はまだ治っていないが、できることをやりたい、という当人の希望で敷設作業に加わったのだ。

 

「まあ、何とかやってるだろ」

 

 そう、摩耶は口にする。それを聞いて、最上は渋面を作った。

 

「いやさあ、任務の心配じゃないんだよね」

 

「んじゃ、なんなんだよ」

 

「んー、なんていうか、さ。ちょっとこう……変わってるじゃない」

 

「……ああ、うん、まあな」

 

「潮ちゃんに迷惑かけてないといいな、って」

 

 くまりんこ、と言いながら潮に同じリアクションをとるように要求している絵が、山城の脳裏に浮かぶ。ああ、そうね。という摩耶の声を聴いて、考えることは同じなのだな、という思いが、ある。

 

「……大丈夫よ、アイツも変わってるから」

 

そう、背中の側から声がする。おや、という感触が、あった。曙の声だ。

 

「大丈夫よ……」

 

 その声に、意外な思いがした。曙と潮の間には、ある厄介ごとがあった。そのため、どうもお互いにやりきれない関係だ、というところまでは、少なくとも第一艦隊にいる面々には周知の事実である。

 

「曙ちゃん……?」

 

 その電の声に、ふん、という鼻を鳴らす音が返された。

 

「まったく、クソ提督も適当なことを言うもんよね!戦うのは私たちなのに、急な作戦変更をするんだもの」

 

 その強引な話題のそらし方を見て、みな苦笑する。とまれ、彼女たちは戦うのみである。生き残るために。そして、生き残らせるために。

 

 

 

 

 

 

「6時間の休息かあ」

 

 そういって、吹雪は隣の響を見やる。雑誌を開いて、何か数字を書き付けていた。

 

「何やってるの?」

 

「数独」

 

「……面白い?」

 

「ハラショー」

 

 休憩室の布団には、すでに金剛がくるまっている。残りの2名は、というと、加賀とともに海上で見張りを実施している。哨戒をしている、と言わないのは、燃料消費のすさまじい戦艦に哨戒などさせていては、燃料がいくらあっても足りないからだ。

 

「……ねえ、生きて帰ること、できるって思う?」

 

「不死鳥だからね」

 

 そう短く言って、響はぱたん、と雑誌を閉じた。

 

「そっか……なんだか私、戦闘をするときに『後ろの人たち』に『しんじゃえ』って思われてるんじゃないかな、って時々、思うんだ」

 

「ここの指揮官は冷酷だからね」

 

「えっ……そうかな」

 

 うん、冷酷だよ。と、響は首を縦に振って見せる。そうなのかな、と吹雪はもぐもぐと口を動かす。

 

「でも、無駄遣いは嫌いだと思うよ。特に、命の」

 

「うん……。でも、昔マンハンターだった、って噂、聞いたことあるんだけど、どう思う?」

 

「今は違う。それでいいじゃないか。クワスでも飲んで寝てしまおう」

 

「クワスって……あれ、お酒が少し入ってるんでしょ?」

 

 黄金色のびんを、冷蔵庫から持ち出して、ぐっと親指だけを立てながら、響はいう。

 

「水杯のほうがいいかい?」

 

「ああ、うん、クワス、分けて」

 

 そういって、とくとくと注がれる液体を飲み下し、うわ、あまっ、と思わず声に出してしまう。

 

「電もそう言うんだ。甘すぎておいしくない、って」

 

「……そのあと、どうなるの?」

 

「あつい、って言って脱ぎ始める。お酒が飲めない体質なんだろうね」

 

 ははは、と響は笑う、ひょっとしなくても、これ密造酒なんじゃ、という考えが、浮かび上がっては、消えた。アルコールのおかげか、硬い仮眠室のベッドでも、眠りは深く、よどむようだった。

 

 

 

 

「加賀さん」

 

 その声を聞いて、加賀は振り返る。そこには、榛名がいた。反対側には大和がいるのだろうな、という思考をした後、前を向く。

 

「交代です。下がってください」

 

「別に必要ありません」

 

 そう、短く加賀は返す。だが、榛名は食い下がってきた。

 

「……寝てないんでしょう? お化粧で肌が痛んじゃいますよ」

 

 そう言った榛名のほうを、舌打ち交じりに見やる。どうにも、榛名は苦手だ。本来は巡洋戦艦として就役するはずだった元の相棒、赤城のことを思い出すからかもしれない。

 

「……提督の、参謀じゃあありませんか。主席参謀が航空機に乗ってもいないのに寝不足で三割頭じゃ話にならないですよ」

 

 そういって、榛名は笑う。提督、という言葉の含みに引っかかるものを感じて、幾分申しわけのなさに近い感情を感ずる。

 

「白井少佐のご命令ですか?」

 

「はい。……びっくりした、お名前、呼ぶんですね。」

 

「提督、提督、と言っていると、あの人の名前を忘れそうだから……」

 

 そういったときに、加賀は少し表情をゆるめ、笑う。笑う、といっても、見慣れた者でなければわからないような微細な表情の変化だった。

 

「……提督、もとはマンハンターだったらしいですね」

 

 一瞬、加賀はぎょっとする。脱走した艦娘専門の殺し屋、と呼ばれる特殊部隊のことを、艦娘たちは忌み嫌い、マンハンターと呼ぶ。いや、全軍でその実力で尊敬を集め、同時に蔑みも集めている。

 

そんな部隊の出身者が、因果なことに艦娘たちの指揮をとることになったのだから、世の中はわからないものだ。ことに、本来は提督こと白井少佐は「機関少佐」なのだ。指揮権を持てる道理は本来ない。

 

「どこでそんな話を聞いたの?」

 

「南方で戦ってた時に、摩耶を追跡する、っていう部隊の移動にたまたま鉢合わせしたことがあって。似た方を榛名は見たことがあるんです」

 

「……しゃべったの?」

 

「……いえ、そんなことはしません。でも、だから……殺す、って言ったときに、なんだか悲しそうだったんだな、って」

 

 そう、榛名は言って、変なことをいってごめんなさい。戻ってください、と加賀にいう。悲しそう。そんなことを察したのか、と加賀は妙なものを、胸に覚える。嫉妬、といっても良いそれは、常に無かったものだった。

 

 船に帰り着き、背中に着けた艤装にクレーンをひっかけさせて、外す。整備班がそれに群がり、弓と下駄のようになった履物をぬぎ、をやっているうちに、ふう、という言葉が漏れた。緊張がほどけると、どっと疲れが肩に乗ってきたが、報告がまだ終わっていない。

 

 CICに足を向ける。狭い通路を通り、たどり着いた後に指揮卓に座った提督に対して敬礼をし、答礼が帰ってきたあと、口を開く。

 

「提督」

 

 そういって、加賀が声をかける。異常なし、という報告を上げた。よし、朝まで寝ていて構わないぞ、という声に、おや、という表情を加賀は作る。

 

「……それでは、提督はどうされるのですか?」

 

「ここで仮眠をとる」

 

 それに対し、加賀は首を横に振り、耳打ちをする。

 

「それはいけません。全力配備でもないのに、指揮官がいてはCICの人間の神経が疲れてしまいます。仮眠室で眠っていただかないと困ります」

 

「そういうものか……すまない、それではそうするよ」

 

そういって、目の下をこする。目の下の色濃いくまが、疲労の色をうかがわせた。

 

「それに、その隈では士気にかかわります」

 

「……加賀、君がうらやましいよ」

 

「いえ。疲れていることが見た目にわからないのは察してもらいにくいので、なかなかそれはそれで堪えます」

 

「そういうものか」

 

「はい」

 

 そういって、加賀は耳元から離れ、再び敬礼をして立ち去る。

 日が昇れば。日が昇れば、あとは戦闘が行われるのみだ。そう考えながら。

 

 

 

 

 各人が、各人の夜を過ごす。そして、敵にも、深海棲艦にも夜は平等に訪れている。だが。

 

 うめきに近い声が、響いている。うごめく黒いコールタールが燃え上がり、焼け焦げ、そして。

生み出される以前の深海棲艦がのたうち、うごめき、ハイピッチな悲鳴を上げ、うごめいている。その中央に、敵がいた。敵、敵というのが適切かどうか、わからない。生白い肌。生気を感じさせない目。

 

生まれ落ちる前にすでにして死んでいる。そんな印象が、あった。

 

「アア、アアアア」

 

 うめき声。いや、うめきとも取れない、怨嗟の声。

 

 おのれ、よくも私をあんなもので焼いたな。あんなもので。という種類の、鋭い怒り。呪いの声が、唱和される。

 

 生まれかけた物。それはなにか。太平洋の中央、ハワイに存在する中枢棲姫とほぼ同質の、極東の中枢。生まれ出ずる寸前に、炎で焼かれた姫君。

 

 名前はない。まだ名をつけるものが来ていない。だが。名づけ親はいずれ来るだろう。決戦の地、対馬に。

 

 


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