余計者艦隊 Superfluous Girls Fleet(佐世保失陥編) 作:小薮譲治
「……作戦、終了です」
加賀の声を聞いて、意識を引き戻される、CV-22は決死行で撤退を成功させ、佐世保の艦隊は下関に引き、第一艦隊は収容済み。鳳翔も艦の内部にすでに入り、休息をしている。
第二艦隊はレ級に遭遇できず、現在ブルーリッジに吹雪、響を収容中である。まさに意図したとおりの結果であり、満額回答と言ってもいい。これから情報の収集と解析があるが、今はひといくさ終わった後のけだるい感覚が、ある。しかし。
どうにも、まだきな臭い。まだ、何かあるのではないか。訓練と実戦で培われた感覚が、まだ終わってはいない、と語っている。
おかしいのだ。海上戦闘で遭遇できない、という事そのものは本来何ら珍しい事ではない。だが、今回は違う。派手に戦っている。派手に弾薬をぶちまけている。位置はここだと知らせ続けている。
その上で、見つかっていない。だから、違和感が大きいのである。
衝撃。ぐらり、と船がかしぐ感覚。これは。
「状況!」
そう、提督は加賀とともに叫ぶ。くそ、そういうことか、という怒りが、こみあげてくる。
「せ……戦艦、レ級です!」
映像が、送られてくる。ぎざぎざの歯が、ぎしり、ぎしり、と音を立て、蒸気に近い吐息を吐き出し、びりびりと腹に響く、ウォークライを発する。カメラ側の音声と、外から聞こえる声が、二重に聞こえる。
ダメコンを急ぐんだよ、という怒鳴り声が、耳に届く。ぎり、と歯の根を鳴らし、まだ駄目だ、やつがいる、と絞り出すように声を上げた。
「第二艦隊が案内させられたのか……! 大和はどうしている!」
「まだ海上にいます!」
常にないほど、あわてた声が加賀の喉から発される。くそ、こんなところで。そう、提督は毒づいた。
「あ……?」
水密扉の冷たさが、背中に感じられる。轟音と共に水が入り、体が引きずられそうになった。艤装を脱いでいるため、布が体にまとわりつき、気持ちが悪い。鳳翔は、他人事のようにそう考えていた。通路には、引きちぎれた死体、いや、死体らしきものが転がり、水にぷかぷかと浮いて、血で水を汚している。
なにかと、目があった。なんだろう、と鳳翔はもうろうとした頭で考え、そして。
レ級のウォークライが、耳に響く。こちらに向かってくる。引き裂こう、殺そう、という殺意をたぎらせながら。
「あなた……今、行きます……」
目を閉じて、首を吊った思い人の事を思い浮かべる。死ぬのは苦しいのか、苦しくないのか。彼の苦しみを理解しなかった私は、せいぜい痛みとともに死ぬべきだろう。そういう感覚が、ある。
爆音と、体を打ち据えるような衝撃波が去来し、水を揺さぶる。目をぎゅう、と閉じ、痛みに備え、そして。
「あれ……?」
目を、開けた。引きちぎれた鉄の破孔の向こう側には、赤と白の装束を身にまとい、長い髪を風に揺らしながら、レ級に砲撃を叩き込んでのけた少女が立っている。
また、死ねなかった。そう思って、泣き出しそうになる。だが。
「あ……れ?」
水の下にある水密扉のバーを、両の手が必死につかんでいる。そのことに、ふとおかしみがこみあげた。
「私……私は……」
まだ、生きていたい。死にたくなんかない。あの人のところにはまだ行けない。彼女の心は、体をそう動かした。
波を切る音がする。鳳翔は、顔をくしゃり、とゆがめた。そうして、つう、と涙がこぼれるのを、感じる。悲しいのか、悔しいのか。なぜこぼれたのかも、己にはわからないものである。
「くそ……くそ!」
大和は、自分の喉から出ている物とは思えない悪態が絞り出されるのを、感じた。ブルーリッジの横腹には大穴が開き、そこで狂喜している敵がいるのだ。おまけに、自分が誘引したのだ。
「斉射、初め!」
艤装側に射撃命令を入力。敵に弾丸を浴びせ、そしてぼたぼたと流れる血を見て、そして。
「ア……ア?」
そう、レ級の喉から、声が絞り出されるのを聞いた。なぜ、あなたがそんな顔をする。と、聞きたくなるほど絶望的な表情をした生き物が、そこには居た。
ぞるん、ずるり。海にじぶじぶと、戦艦レ級は沈んでいく。沈没ではない、そう感ずるが、しかし。
あの化け物の顔。化け物の顔が、大和には別の何かに見えた。一瞬、レ級ではなく。自分の姉妹艦たる『武蔵』に見えたのだ。姉に頬を貼られて、ぽかん、とした後、絶望的な表情になる彼女に。
「……そんなことなんか……あるはずはないわ」
念ずるように、大和は言った。そうして。
「生きている人、いますか!?」
そう、大和は叫んだ。やわらかい、いらえがある。ざぶ、ざぶ、と水をかく音。水にぬれ、ふう、ふう、と息をする、小柄な女性。
いつもは、彼女を叱り飛ばし、様々なことを教えていくれていた女性が、そこには居た。彼女を回収し、船に戻る。
あれは、武蔵などではない。そんな考えを、心に浮かべながら。
「……引いて行った?」
提督は、止めていたダメコン班を破孔に向かわせ、反対側に注水して、姿勢を保たせる。穴こそ巨大だが、水密扉と防水区画が水を防ぎ、沈没を免れさせた。
「そ……そのようですが……?」
バランスを崩した加賀が、提督の椅子と腕につかまりながら、体を起こす。少しばかり、耳が赤いようにも思えた。
それを見ないようにして、前を向いて、提督は言う。
「大和を収容後、海に投げ出されたものが居ないか捜索を行った後、帰投する。各員かかれ」
作戦は、終わった。犠牲は少なく、最上の結果を引き当てる。そういう事が、彼らにはできた。
だが。対馬の奪還には、まだ遠い。得られた情報を分析し、照らし合わせ。そして。
もう一度、戦わねばならないのだ。
「アア、アアア」
水に、沈む。意識が、ぐずぐずにほどけていく。
大和に、撃たれた。なぜ、どうして。あんなにも甘い姉だったのに、どうして。
「痛い。イタイ」
うめき声とともに、喉に水が入り込み、肺腑を侵す。苦しい。なぜ。深海棲艦は苦しまない。なぜなら、肺などないからだ。
「イタイイイィ」
思い出す。沈んでいく時の事を。苦しい。肺が痛い。全身が潰される。そのうちに、楽になっていく感覚も思い出す。
「大和……」
口にして、思う。大和とはなんだ。
佐世保は失陥した。それは疑いようのない事実である。熊本は増加する圧迫に耐えかね、新田原も同様。一時的に核で敵戦力を薙ぎ払えたとしても、深海棲艦は「増える」のだ。
確かに呉鎮守府は勝利しただろう。だが、彼らは預言者ではない。その栄光が、ピュロスの勝利でない保障など、どこにもないのだ。
余計者艦隊 佐世保失陥編 ―了―