余計者艦隊 Superfluous Girls Fleet(佐世保失陥編)   作:小薮譲治

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第1部 周防大島攻略編 第2話:Shell Shock

 重巡洋艦「最上」が射出した零式水上偵察機からのデータリンクにより、少女に敵の座標が転送されてくる。駆逐タ級2のごく小規模な編成だ。敵接近の報を聞いて、即座に送り出されたのは、先にあげた重巡洋艦「最上」で、黒いショートヘアにセーラー服を着ている女性である。

持っているものは、学生鞄などではなく、20.3cm3連装砲だ。魚雷は61cm4連装酸素魚雷を2基搭載している。その配下には、綾波型駆逐艦の「曙」と、暁型駆逐艦の「電」がついている。曙は青と白のセーラー服に、不敵な表情をにじませ、反抗的、としか言いようのない態度を周囲にとっている。彼女は、黒く長い髪を、鈴付きの髪飾りで結っていた。

 

 そして、先ほどデータを受け取った電は、というと、栗色の髪に、黒い襟と白いセーラー服である。艦種がバラバラなのも、水雷戦隊の定数に満たないのも、動けるのがこれだけ、というごく現実的な理由だった。砲については10cm連装高角砲を積み、魚雷についても最上と同じく、61cm4連装酸素魚雷2基を、いずれも搭載していた。あるものをかき集めたがために良い装備にはなってはいるが、と電は不安を隠せない。

 

 その三隻が、単縦陣をとっている。先頭が曙で、二番目が電、三番目、しんがりが最上だ。艦娘達の「足」の速さから言っても、価値から言っても、ごく妥当なところではあった。

 

 曙が、ちぇっ、と舌打ちしながら、報告の声を上げる。

 

「敵を視認!砲の有効射程には入らず!」

 

 曙の声が、耳に入る。駆逐タ級の黒い船体が嫌でも目に入る。その下にはがちがちと打ち鳴らされる黄ばんだ歯と、そして、人類への復讐に燃える青く燃える目が、同じように目に入った。

 

 どくん、どくん、と鼓動が耳の奥で響き、息が荒くなる。下唇を噛み、何とかそれをこらえると最上の声が、耳の奥でした。奥で、というよりは、艤装が音声を認識させているのだが、彼女、電の認識としてはそのようなものだった。

 

「そろそろ砲戦距離に近づく!反航戦だよ! 射程圏内に入ったらこちらの指示後に射撃開始!」

 

 射程の長い最上の20.3cm砲の範囲に入っても、最上は射撃をしなかった。なるべくなら命中させやすい距離でやろう、と判断しているのだろう、というところだけは、電にも読めた。無駄弾は、今の鎮守府には一発もない。少し前なら、景気よく射撃を始めていた距離だ。

 

「追い払うだけで、いいんですよね?」

 

 電の声に、曙が唸り声をあげ、怒鳴った。

 

「ばっかじゃないの?! あんた、たかが2隻取り逃すなんて、あり得ないわ!」

 

 それを、最上は制止しない。追い払って、他の深海棲艦を呼び寄せることになるなら、倒してしまったほうが「まだまし」だからだ。むろん、言い方に難はあるが。

 

 電は、もごもごと口の中で言葉を濁す。なぜ撃つのか。という問いを投げられても、つい数日前までの自分なら、敵を倒すためだ、と堂々と答えただろうし、なにより、先ほどのように追い払うだけなどということは言わなかっただろう。そう思えば、自分でもなぜこんなことを言っているのか、よくわかっていない。

ただ、時折。砲撃を受けて、沈みかかっている妹の顔がちらつくのだ。銀髪の少女、響。片腕をもぎ取られ、苦痛の叫びを歯の間から吐きながらも、彼女、電を逃がした、妹。

また、電は唇をかんだ。だが、その時。

 

「有効射程内! ……砲雷撃戦、用意!てーっ!」

 

 最上の指示とともに、遠電のような、うなりが聞こえた。深海棲艦のウォークライだ。こちらを、とらえている。ヒュカッ、という風切り音とともに、頭の上を、灼熱した「砲弾」が飛び越えていった。その次の弾は、目の前に着弾する。挟叉だ。

 

「ひっ……」

 

 短い悲鳴を、口から思わずほとばしらせる。撃たねばならない、反撃せよ。と自分の精神は告げているが、指が、動かない。柱島泊地にほど近いこの海に、遊弋している深海棲艦など、倒さねばならないのだ。理屈ではその通りであるし、倒さねば、やられる

のはだれか。という点において、疑いの余地などみじんもない。

 

 重巡洋艦の前に自分が立ち、まごついている間に、さらにその前で背を見せている綾波型駆逐艦の「曙」は射撃を開始した。初弾命中。性格はともかく、砲撃の「うまさ」にかけては優秀そのものだった。

遠目にもわかる。赤黒い血をまき散らしながら、歯をがちがちときしらせながらも、駆逐タ級の戦意は衰えていない。そうして、射撃を開始し。

その瞬間、電は引き倒された。曙だ。曙は、桜色の六角形のうろこ状のシールド、装甲を貫通した砲弾に持っていかれた右腕から零れ落ちる大量の血と唸り声を発しながらも、左腕で瀕死のタ級に一撃を食らわせ、沈める。最上はもう片方のタ級を狙い撃ちにし、一撃で沈めて見せていた。

 

「え……あ?」

 

 機関がうまく動かない。電は、体をどうにか引き起こし、機関を再始動させた。どん、という音とともに、足から微弱な振動と、浮揚感を得る。こうして、艦娘は海に浮

かび、スケートをするように進む。

 

 曙のもとに駆け寄り、というより滑って横につけ、電は止血帯を取り出して、半ば引きちぎれかけている腕に巻こうとするが、アドレナリンで高揚したままの曙は、振り返ってそれを払うと、そのまま立ち上がり、罵声を浴びせる。

 

「ば……バカ! 撃てって言われたでしょ! このバカ!」

 

 そのまま、曙は苦痛の悲鳴を上げる。しばらくして、表情が穏やかになるが、苦痛が艤装側からのオーバーライドで神経がブロックされただけだ。血は止まっていない。

 

 電は、訓練されたとおりに自動的に止血帯を撒いた後、どうしていいのか、全くわからなかった。

 

 

艦隊これくしょん 余計者艦隊 第二話前篇『Shell Shock』

 

 

「あのバカ、何とかしなさいよ!」

 

 艦娘の体を「修理」するための修理用のマテリアルと麻酔とを注入する機器を艤装の装着ポートにつけたまま、ちぎれた右腕の代わりに、新しい腕を接合する手術を終えた曙の姿が目に入った。途端、彼女は麻酔から覚めると、見舞いに来た提督に向けて怒鳴った。柱島泊地沖海戦、と呼ぶにはお粗末なそれではあったが、しかし、現実的には二隻しか残っていない貴重な駆逐艦が損傷したわけである。呉海軍工廠の設備が生きていなければ、曙は艤装側の神経ブロックによって苦痛もなく死んでいた。

 

「最上の報告は読んだ、いや、聞いたよ」

 

 少佐の階級章を縫い付けた「提督」は、ほい、土産だ。といいながら帽子をとり、ポケットから缶詰のお汁粉を枕元のサイドボードに置く。しばしの沈黙。そして、提督は口を開いた。昼頃なのにもかかわらず、ここは冷房が生きているため、ひどく涼しい。

 

「電はPTSDだそうだ。外したいのは山々だが」

 

「……そうもいかないってことね。さすが、クソ提督だわ」

 

「クソ提督ね」

 

 ふん、それも良いな。と提督はつぶやいた。

 

「明後日にはこの……病院から出てもらって復帰してもらうことになる」

 

「襲撃がなければ、でしょ」

 

「そういうことになる。幸い、鳳翔によれば今のところ周防大島には動きがないそうだ」

 

「……ねえ」

 

 曙は、声のトーンを落とす。きいきいとわめくような、怒り心頭、といった調子ではない。心底から心配だ、という調子だ。

 

「あいつ。……電、本当にどうするの」

 

「どうするもこうするも。お薬飲んで出てもらうしかないな」

 

「最低の話ね」

 

「そうだ。何しろ、俺は陸軍の馬糞に言わせれば海軍の女衒らしいからな。女衒なりのやり口でやるほかないさ。俺が出張って殺せるなら、変わってやっている。……だから、年端もいかない子供を、精神がぶっ壊れるまで酷使しないといかん」

 

「あなた、本当にクソ提督なのね。その精神がぶっ壊れるまで酷使するガキに言うなんて。……同情なんかしないわよ。このクソ提督」

 

「海賊相手の時のほうがマシだったよ」

 

 相手にするのは、ガンパウダーの食いすぎで頭のおかしいガキか、それよりもイカれた大人だったから。という言葉を、思わず飲み込んだ。同じ人間を殺している、というのは、艦娘達にとって、ある種のタブーでもあった。

 

「本当に、何とかしてよ。あいつ」

 

「するさ。するとも」

 

 帽子をかぶって、提督は立ち上がる。やるべきことは山ほど残っている。そろそろ、鎮守府の外柵前の避難民が「不満」の表明を始める恐れも、あったからだ。

 

 

 

 

 就任式の直後の出撃で、これか。と提督は眉間を親指と人差し指でぐっと揉みながら、目をつぶる。ぐらり、とかしぐ体を病院の手すりで支え、はあ、とため息をついた。

 

「……まさか、電が『使い物にならない』とはなあ」

 

 診断名はPTSDであった。要するに、ショッキングなことを見てしまったがゆえに、精神的に潰れてしまったということである。大の大人、つまり自分でも初めて海賊の頭を、肩を踏んで撃ちやすいようにした後にブチ抜いて、しばらくしてから震えが止まらなくなったのだから、いわんや子供の精神では、なかなか耐えられるものでもなかろう。というものである。艦娘は身体年齢の固定化処置を受けるため、肉体年齢と精神年齢のかい離があるが、特型駆逐艦『電』は見た目とそれが符合する。

 

「厄介な話だ、まったく……」

 

 厄介。厄介で言えば、と頭を振った。この小娘たちに頼らなくてはいけない現状が厄介ではあった。確かに駆逐『タ』級であれば、M2機関銃を引っ張り出して、ぶち込むだけで殺せるが、しかしそれが集団となると対応不可能であり、タ級3体で携帯電話程度のマイクロセルでは通信が不能となる。さらに数が集まれば、レーダー射撃が不可能になる。軽巡洋艦クラスの深海棲艦となると、通常型レーダーで捕捉ができなくなった。重巡洋艦でも、戦艦クラスでも同様である。イージスシステムならば捕捉はできるが、しかしそうは問屋が卸さないのが深海棲艦という敵である。でなければ、レーダー出力を上げ続けて対応すれば済むのだ。なぜ、艦娘という一種脆弱なシステムに頼らなければならないのか、というと答えは単純。

 

「フラグシップ」だとか「鬼」だとか「姫」だとか呼称されるタイプは、ECMなどというかわいいものではなく、EMPを発生させる。敵がレーダーを殺し、電子システムを殺

す怪物であればこそ、艦娘を使うのだ。

 そして、艦娘はある弱点を抱えている。致命的な弱点。つまり、今の電のように、兵器という形をとっていても、なお精神は小娘のままなのだ。ウォークライを上げ、殺しと死を厭わない戦士ではない。いや、泥にまみれ、糞を垂れて、文句を垂れる兵士でもない。

 

 無論、解決法も開発されている。自己暗示と薬物による精神の『強化』である。それが施されているからこそ、彼女たちは前線に立ち続けられるのだ。

むろん、それがために陸軍からは『女衒』とさげすまれるのであるが。薬で縛っているのはどちらも同じだろう、ということらしい。

 

「あ……司令官さん」

 

 そのようなことを考えながら先ほど曙の前では『病院』と呼んだ『艦娘修復施設』こと、通称『ドック』を歩いていると、渦中の『電』と鉢合わせをした。びくり、と怯えたような表情をし、下唇を噛んでいる。

 

「電か。……どうだ、大丈夫か」

 

「司令官さん……あの……」

 

「知っている」

 

 一言だけ言い、提督は目頭を揉む。

 

「本当に……ごめんなさい」

 

「何に対して謝っている?」

 

「作戦を……」

 

「作戦の責任をとるのは士官の仕事だ。……兵の仕事ではない」

 

 いらいらと返していることに気づき、提督ははっとなる。こんな子供に当たってどうする。とふと下に視線を向けると、電はさらに下唇を強く噛み、薬袋をぎゅっと抱きしめている。

 

「……次にうまくやればいい。幸い、誰も死んでない」

 

「でも、曙ちゃんは……」

 

 ああ、くそったれ。こんな子供を戦わせているのか。と提督はひく、ひくと痙攣する左目の瞼を押さえながら、言った。

 

「無事だったよ、明後日には復帰してくる」

 

 腕がぶっ飛んだことを無事といえるのなら。という言葉を、提督は飲み込み、ついてきなさい、と手で合図する。

 

 病院の消毒臭ってのはどうもいかんな。とつぶやきながら、ドックの自販機を探す。ここの自販機だけが、鎮守府で唯一生き残っていたのだ。という報告を記憶していたためだ。何を言っている、と思ったが、冷えた飲み物が飲める、というのは意外に重要なことだ、とこの立場になってみて初めて分かった。それが多くの兵の精神を落ち着けているのだ、ということも。ひげ面の大人がコーラを飲んで涙を流す光景など、そうそう拝めるものでもない。

 

 そして、自販機に行き当たると、ふむ、これは。と思わずつぶやいた。やはり。

 

「いやあ、クソ暑いから仕方ないとはいえ」

 

 汁粉だけが綺麗に残っていた。なお、これを手土産に見舞いをしたのは、本当に汁粉しかなかったからである。補充が為されないため、当然といえば当然ではあった。

 

「……いや、しかしまあクソ熱いな、これ」

 

 ほれ、と缶を電に手渡す。電はそれをうけとると、はわわ、といいながら、熱くて持てない、とばかりにそわそわと動かしている。

 

「……うーむ、加賀に買ってきてもらえばよかったかな」

 

「え、加賀さんに、ですか」

 

「ン?」

 

 そう言った時、電は顔を一瞬ゆがめて見せた。

 

「そう。あの愛想のない子。右手折ってるからって左手で敬礼すんのな、あいつ」

 

 わざと左手で敬礼すると、電は年齢に見合わない、薄い笑いを浮かべた。

 

「いい気味なのです」

 

 確かに聞こえたが、それを聞かなかったフリをして、提督はプルタブを引き、かきょっという音をさせながら、汁粉を口に注いだ。

 

「……甘いし熱いな、これは」

 

 うめきながら、汁粉を飲む。半固形状のどろりとした触感が口の中に入り、体温に合わせて生ぬるくなるにつれ、甘さが舌を刺し、小豆がそのまま入ってくる。

 

「……夏に飲むものじゃないのです……」

 

「まあ、そりゃあな」

 

 そういって、一呼吸置いた。

 

「……なあ、無理か。戦うのは」

 

「……えっ……」

 

 電は顔をこちらに向けてくる。一瞬、小さく首を縦に振りかけ、慌てて大きく首を振った。

 

「……できます」

 

「本当に?」

 

 聞けば、目を見開く。当然だ。出来なかったから曙の腕は吹き飛んだのだ。

 

「……う……」

 

 ボロボロと、大粒の涙が目から零れ落ちるのを、提督は見た。

 

「無理なのです……ほんとうは、無理なのです……」

 

「わかっている」

 

 ひっく、としゃくりあげながら、肩を震わせるのを見て、提督は知らず、下唇を噛んだ。

わかっているのか、ガンパウダーの代わりに薬漬けにして、小娘を戦わせているんだぞ、お前は。と兵士としての自分が怒りに満ちたまなざしを向けてくる。卑劣漢め、この小娘の背中の後ろに隠れるのか。と戦士としての自分が罵りの声を上げているのを聞く。

 

 だが、しかし。指揮官としての自分が、言った。

 

「戦え。俺にはそれしか言えん」

 

 がさり、と何かが落ちる音がした。薬の袋だ。

 

「拾え」

 

「し、司令官、さん」

 

「拾えないか。……拾ってやる」

 

 袋をつかみ、電の手に握らせる。

 

「飲め。戦え。お前が戦わなければ、あそこに居る避難民が死ぬ」

 

 くそったれ。

 

 ぐずぐずと泣いている電の気配が、遠くなる。ぐい、と缶の中身を干した。吐き気がするほど、甘かった。

 

「提督、どちらに行かれていたのですか」

 

 開口一番、加賀はそう言った。責める、といえばその通りの声音であり、加賀に何か言って出たか、と思えば、そういえば何も言っていなかった。そう、提督は思い起こした。

 

「ン……まあ、見舞いだ」

 

 そういって、右手の「お汁粉」の缶をひらひらとさせる。それを見て、加賀は顔をしかめた。

 

「第五師団の師団長から連絡がありました。……提督が席を外されている間に、です」

 

「馬糞か。しかしなんだな、電話回線は切れなかったのか」

 

「……馬糞?」

 

「気にするな」

 

 手をひらひらとやり、プッシュ式の電話機の受話器を取り上げ、第五師団の電話番号を押す。外線であれば交換台を介してのやり取りになるが、これは軍内部の専用線だ。

 

「はい、こちらは第五師団司令部、馬淵中佐です」

 

「呉鎮守府司令部です。……おう、誰かと思えば馬糞か」

 

「誰が馬糞だ、てめえ。……わりゃ、晴れて本当に女衒になったんじゃのぉ」

 

 電話口の声を聞き、陸軍の「旧知」の人間がやはり本当に広島の第五師団の師団長に就任したのだ、と再確認する。彼は中佐だったが、しかし、相当な繰り上げだったのは間違いがない。

 

「誰が女衒だ。……おう、馬糞、ワレから連絡があったって聞いたんじゃがのぉ」

 

「おい、方言が出てるぞ。……ああ、それでな、共同作戦をするにあたって、秘匿通信装置の変換器な、あるだろう。サーバーラックにつける通信変換器」

 

「ああ、データリンカのバッファね。それがどうした」

 

 電話口の向こう側から、一瞬声が途絶えた。そして、少ししてから、続ける。

 

「対向がお前ら海軍のデータリンカが先の沿岸砲撃で破損している」

 

 データリンカとは、それぞれに異なる通信方式を使っている場合、その変換を行うもので、かつ海軍と陸軍の秘匿通信の規約を挿入し、相互に変換するものだ。それが壊れている、ということは、データ共有ができないということである。作戦上は大きな問題が生じる、ということだ。

 

 これがどう問題なのか、というと、通信機程度の小型通信機器が深海棲艦相手ではものの役に立たない以上、大出力のデータリンクがその任をになっている。艦娘が艦砲射撃を行ったところに、第五師団の機甲兵力が居ました、ではお話にもならない。

 

 それが、壊れた。ということは、相互にデータのやり取りができなくなる、ということだ。

 

「……おいおい、つまり……貸せってことか」

 

「そういうことだ。平電話でする話じゃないがね。秘匿電話がぶっ壊れてるんだ」

 

「即答はできない。在庫として存在するかどうかもわからんぞ」

 

「それでいい。あって欲しいがね」

 

「こちらもそう考えている。在庫の確認が取れ次第、そちらに連絡する」

 

「了解」

 

 そういって、受話器を置いた。ここが途絶えると、どうなる。を考えた。

岩国の米軍相手のデータリンカを今のところ呉鎮守府では保有しておらず、陸軍のリンカを経由してやりとりする予定だった。つまり、そこのラインが途絶えるのだ。米軍と陸軍は当初作戦に則って動けるが、海軍が全くそこの蚊帳の外になる。

ここで注意が必要なのが、使っている暗号化規約そのものは陸海軍、ならびに米軍も同じものであるが、使っている通信プロトコルが別のものだ、ということだ。だからこそ、データリンカのバッファが必要なのだ。

 

「在庫確認、できるか。加賀」

 

「主計科の上げてきた物品リストを今確認していました。確かに、そうした物品はあります」

 

 加賀が青いファイルのページを指す。手書きの乱雑な帳簿であるが、コンピュータシステムがダウンしてしまったため、紙ベースのファイルとなっている。

 

 そこには、規約変換器「特113号様式規約変換器(陸軍向け)」と記されていた。規約の読み取り機もセットである、という旨も記されている。

 

「よし、払い出しと貸し出しの手続きを取ろう」

 

「よろしいのですか?」

 

「何がだ」

 

 加賀は、眉をひそめている。その質問の意図がわからず、提督は困惑した。

 

「陸軍と協力することが、よ」

 

 一瞬、加賀は子供に対して噛んで含めるような口調になった。おそらく、これが本来のしゃべり方なのだろう。

 

「今この状況では必要な措置である、ということはわかっています。私もそうするべきだと考えていますし、賛成します。……けれど……」

 

「……何だ」

 

 言いたいことが、大体提督にも読めてきた。つまり、どうにかしてこの状況を切り抜けた後、陸軍に「規約器を貸与した」ことそれ自体が「政治的問題になるのではないか」と加賀は心配しているのだ。政治的問題。結構なことだ、と提督は口の形をゆがめた。

 

「その心配も懸念も理解する。だが、それで作戦を失敗させては元も子もないな」

 

「……私も、そう考えます。だけど、赤煉瓦はどう思うかしら」

 

 つまるところ、陸軍と海軍、つまり赤煉瓦の政争の種にされるだろうから、ということだ。

 

「存在してるかどうかわからない赤煉瓦のご機嫌をとる必要はない。加賀、士官の責務とは何か」

 

「勝利することです」

 

「よろしい。勝つためには陸軍第五師団に規約変換器を貸与することが必要であると私は考えている。そのように処置してくれ。加賀」

 

「了解しました。処置します」

 

 折った右手で、加賀は敬礼しようとして、顔をしかめたあと、左手で敬礼する。即座に主計科に電話をかけ、物品の確認と、払い出しと貸し出しの書類を整えにかかっていた。

 

その姿を見て、電が言った一言が、無性に気にかかる。

彼女が苦心して左手で文字を書くさまを「いい気味なのです」とあの娘は言ったのだ。つまりは、そこだった。

 

 あの海で何があったのか。下関海峡沖海戦でいったい何があったのか。少し前に問うたところ、加賀は言った。

 

「記憶が混濁していてわかりません。戦闘ログは提出しました」

 

 これは事実だろう。と考えている。実際、下関海峡沖で、ある時を境に、加賀は戦闘行動をとれていない。艤装のテレメトリーは「心神喪失状態にある」と判定をしていた。怒りのあまりに必要のない攻撃を行い、深海棲艦の攻撃を招いた。ということである。

 

 ただ、生き残ったのが加賀と電だけだった。ということは、電からしてみれば許せることでもないだろう。というのは、たとえ提督が鈍くても理解ができる。当然といえば当然のことだ。なにしろ、電は「クローン」ではなく、志願して艦娘となった「オリジナル」で、第六駆逐隊は彼女の肉親なのだ。

 

参謀としての加賀は優秀そのものだ。実際、彼女無しにはこの鎮守府は立ち行かないだろう。それと実戦部隊の「電」が対立している、というのはあまり、というかうまくはない。使い物になってもらわないと、困るのだ。

 

「……」

 

 彼女と曙に規約の運搬を任せるか。そう考えた。ただ、深海棲艦がこの規約の運搬作業に目をつけるのはおそらく必然だろう。ならば、偽装作戦は必須である。主力艦隊を陽動に出す必要がある。主力艦隊。主力艦隊か、と再び考えを巡らせた。

問題児たる山城、最上、摩耶、鳳翔の集まりが主力と思うと、なかなか身も蓋も無いものを覚える。柱島に集結させれば、その「意図」を察するだろうが、配送すべき対象である広島市に近すぎるのが難点だった。江田島のあたりに集結させたほうがいいか、とも考えるが、しかし。

 

 そう考えた時点で、とん、とん、と肩を叩かれた。

 

「提督?……書類ができました」

 

 加賀の顔を見て、はっとなった。ここに参謀が居るのだから、無い頭を使って考えるよりはマシだろう。そう思えた。

 

 

 

 

 

「もうめちゃくちゃよ!」

 

 第六駆逐隊、旗艦である暁は泣き笑いをしながら、叫ぶ。それを右舷側についていた電は聞き、量子リンカの統制信号を受信し、射撃統制データリンクを作動させた。

 

「……ヲ級が四? 駆逐艦のほうが足が速いはず……」

 

 電は潰せた敵は雷巡が4であり、10隻の駆逐イ級を「つぶせなかった」ことを覚えていた。そんなこととは裏腹に、暁の統制で腕が勝手に動く。艤装側が肉体の制御をオーバーライド。

 

駆逐艦が四隻で編成されているのは、旧帝国海軍の範に倣っていることもあるが、砲の統制制御の計算資源を共有しているためである。むろん、重巡や空母と協働している場合、その計算資源を借り受けることもある。実際、加賀から先ほど借り受けていた。

 

「之字運動!」

 

 ああ、もう、と雷が怒鳴っていた。そして、その瞬間が訪れた。

 

「赤城さんっ!」

 

 モノフィラメント機雷、と艤装側が網膜に表示する。赤城の艤装が桜色の装甲を展開するが、それを貫通し、そのエネルギーのままに全身をズタズタに引き裂いていくさまを、スローモーションのように、電は見ていた。桜色の装甲が失せ、赤い花が咲く。バラというにはあまりにも赤黒いそれが、ほほをぴっと打った。

 

 加賀の回避運動が、止まる。速力も、同時に落ちた。虚脱状態であることを、艤装が伝えてくる。

 

今の敵航空機は九時からやってきた。すなわち、赤城と加賀の左側からだ。そして、ぬらぬらと粘液で光る敵機が鋭く旋回し、再び高度を下げてくる。おおよそGを無視したそれを迎撃するために、電の体を暁が制御し、強引に発砲。ごっ、という発砲音と、猛烈な炎を銃口より吐き出し、その只中から艦娘が射撃したことによりWW2当時の10cm砲と同等の破壊力を持った弾丸が撃ちだされた。

急激な運動のため、バランスを崩し、頭から海に突っ込む。顔を上げ、そして。

自分で、射撃をしようとした。

 

「えっ……?」

 

 今、私は何をしようとしたのか。自分で射撃?つまり、それは。

暁の帽子が波間に漂っている。雷のものだった足が、いまだに動いている主機にぐじゅり、ぐじゅりという水音とともに引き裂かれ、肉と血をぶちまけている。

 

「あ……?」

 

 加賀は、と目を向けてみれば、そのまま直進している。そして、その先には。

青い目の悪鬼が駆逐「ロ」級10隻を引き連れて、微笑していた。

 

「あ……!」

 

 戦艦。海の女王。瞳の青い炎をゆらり、ゆらりと波打たせながら、笑っているのは、戦艦「タ」級である。今手に持っている砲などとは比べ物にならない大口径砲を四門背から生やしている、異形の女王。白い肌と、白い髪。セーラー服を着ているそれは、艦娘と見まがうばかりの姿である。

だが、それは、その姿は紛れもない敵のものだった。海のごとき青い瞳の奥底には、底冷えのする怨念が、漂っている。

 

 だが、その笑顔のまま、加賀とその『タ』級はすれ違っていく。交戦も、何も、しないまま。

どういうことなのだろうか。麻痺した頭で、電は必死に考える。通り抜けることもできるのか。いったいどういう。

 

 そう考えていると、量子リンカに新しい艦が追加された。一部の砲が使用不能である、というステータス情報と、装甲の損傷状況が小破と判定されている。名は、といえば、金剛型三番艦『榛名』である。

 

 戦わないと。そう、気を持ち直して、砲を握ったその瞬間。

 

 ぐらあ、と頭が揺れた。そして。タ級の砲で足を撃ち抜かれ、ロ級に装甲を侵食されながら、機関を必死に動かし、立ち上がろうともがいている榛名の頭蓋を、容赦なく吹き飛ばす光景が、見えた。

 

 そして。

 

 その隙に、敵のタ級に肉薄した銀色の陰が、発砲炎をとどろかせる。敵の青いうろこ状の「装甲」が展開される前に、その弾丸は貫通し、敵の顔に命中する。左ほほの皮膚を引き裂き、顎を打ち砕いたその弾丸は、タ級の後ろ側で水煙を上げ。

 

 そして。

 

 銀色の陰。つまり、妹分の響が。

 

 微笑したタ級に目をえぐられ、悲鳴を上げながらもがき、そのさなかでも逃げろ、逃げろと叫んでいるのを、見た。

 

 

「……!」

 

 電は、ベッドから跳ね起きると私室として割り当てられた元重巡用の居室から飛び出し、トイレに駆け込む。

 

「う……ぇぇ」

 

 嘔吐。夜に食べた乾パンの色をした茶色の反吐が、便器の中に吐き出される。

 

「あ……ああああ……」

 

 夢に見たのは、何か。それは、姉妹が殺され、助けに来てくれた榛名が殺され。そして、彼女が『逃げた』その、瞬間だった。

 

 睡眠薬を飲んで眠れば悪夢を見、向精神薬を飲めば頭がぼうっとし、砲を握れば震えあがり。それも、妹を見捨てて逃げた挙句、だ。

 

 提督は、あの美人(スカーフェイスという個体識別名がついた)になったタ級は厄介だな、と戦闘ログを見てつぶやいていた。その時も、吐きそうになるのを必死にこらえていた。だが、夢の中では、もうこらえられなかった。

 

 

「移送作戦?」

 

そう提督が言った言葉を、加賀は繰り返す。提督は首を縦に振り、とん、とん、と特113号様式規約秘匿機のリストを叩く。現物は倉庫でパッケージング中である。

 

「そうだ。規約を奪ったところで連中……深海棲艦に使う知恵があるとは到底考えられないが、なくなれば使えないのと同じだ。在庫も1個しかなかったんだろう?」

 

 リストでは2個あることになっているが、実際には1個しかない。すわ紛失事案か、と大慌てしたものの、直前に大湊鎮守府に請求され、払い出されたこれの更新が間に合っていなかったためだ。

 

 加賀も、首を縦に振ったが、眉間にしわを寄せて、考えこむ様子を見せている。

 

「その通りです。ですが……海路を使う理由は?」

 

 暗に『陸路』を使った方が良いだろう、と加賀は言っている。それに関しては、無論提督も考慮していた。とはいえ、だ。

 

「陸路にしたところで、上陸している深海棲艦がいる、というリスクは変わらん」

 

 そう、深海棲艦は陸に上がることもある。例の『馬糞中佐』に教えてもらったところによると、海田市で陸軍と激しくやり合っているのである。この情報を加賀に伝えたか、と一瞬考えたが、例の紛失事案で大慌てで補給隊に向かって行ったあと、この情報のメモを渡してきたのは加賀だった。聞いていないわけはない。

 

 本当に疲れているようだ。と思わず苦笑いをした。

 

「では……確実に運搬するために、偽装作戦を行うことを提案します」

 

「偽装?」

 

「はい。呉から広島への海路……江田島との間ですか。あそこへの目をそらす必要がある、と私は考えます」

 

「確かにそうだが……手持ちの兵力は少ないぞ。損耗を考えると……」

 

 駆逐艦が2に、重巡2、軽空母1に戦艦1と、あとは艤装がないためにうめき声を上げている半死人がいくらか、であった。水雷戦隊を編成しようにも空母と戦艦があぶれるし、というところである。

 

「では、どうするとお考えでしたか?」

 

 そう問われて、一瞬答えに窮した。駆逐艦二隻を組ませて、運搬は電、護衛を曙にまかせよう、と意図していたのである。さすがに荷運びは何とかなるだろうし、と認識していたのもある。

 

 そのように答えると、加賀は首を振った。

 

「運ぶ側の編成はそれで構わない、とは考えています。しかし」

 

「しかし、なんだ」

 

「ご存知だと思いますが、提督。……深海棲艦は艦娘達に『寄って』来ます。駆逐艦より大きな『餌』をくれてやらなければなりません」

 

 一応知識としては知っていたが、それを聞いて提督は眉間にしわを寄せた。理由もわからないが、なぜか深海棲艦は動作している艦娘に寄ってくる。まるでレーダーかなにかをつけているかのように近寄るのだ。だから、平時であっても鎮守府近海には駆逐艦クラスの深海棲艦が迷い込むことがあった。

 

「では、どうすればいいと考えるか。加賀」

 

「下関沖海戦で使った規約を量子リンカに挿入すれば、確実な誘引ができます。規約を作戦ごとに入れ替えるのは、沈んだ艦娘が居た場合には敵を誘引してしまうからです。ですから、そこを逆手に取ります。

古い規約を挿入した重巡2隻と戦艦一隻の編成で音戸の瀬戸から出て、倉橋島の付近を通り、周防大島に威力偵察を仕掛けるのです」

 

 呉鎮守府の周辺の地形は提督の頭に入っている。つまり、広島とは逆側、通常は松山汽船が通るルートの付近を使って餌をぶら下げてやる、ということだ。

 

 むろん、威力偵察とはそれだけではない。戦闘を仕掛けて、敵の防衛能力を測るのである。その意味で、高速ではない戦艦『山城』が参加するのはかなりリスキーではある。だが、わざわざ加賀がそういったということは、重巡、すなわち最上と摩耶だけでは餌として不足だろう、ということだ。鳳翔を残しているのは、後詰としてだけでなく、仮に何らかの戦力を誘引した場合に対応する予備として、航空戦力を残しているのだ。

 

「……つまり、殴り込みってことか」

 

「リスクはありますが、周防大島の防備がどうなっているのかを測る必要があるとも考えていました。駆逐艦はもとより参加させない予定でしたから、ちょうどよい、と考えます。……それに」

 

「それに?」

 

 加賀は、口ごもり、下を見る。

 

「勝利が必要です」

 

「加賀。それは……」

 

「……失礼しました。私が言うことではありませんでした」

 

 先の下関で「やらかした」加賀がそれを言う、というのはなんとも、と提督は思わなくもなかったが、しかしその必要性は十二分に認識している。なぜならば、一戦して勝利しないまま籠り続けることは、籠城戦において一番神経を使うことなのである。士気の低下で、反乱を起こされ、木に吊るされる趣味はない。

 

 実際には駆逐艦を掃討しているのだが、それだけでどうこうなるわけでもない。

 

「細かい作戦は後々詰めることとして……成算があると思うか?」

 

「提督のお言葉ではありませんが」

 

 そういって、加賀は不敵に笑った。

 

「腹を仲良く切る趣味はなくってよ」

 

 それを聞いて、提督も思わず笑った。こういう女は、好きだ。

 

 

 

 

「作戦を説明する」

 

 臨時の作戦司令室に召集された現在稼働できる艦娘達は、紙の海図を広げたボードを見て、顔をしかめている。本来はプロジェクタを使ってやっていたことだからだ。巫女装束のような艤装をまとった山城はいつもと同じく不景気な顔をしており、大時代の女学生のような恰好をした鳳翔は困ったような顔をしている。最上は我関さず、電は青い顔をしながら提督の隣に立つ加賀をにらみ、曙は頬杖をついている。もう一人、摩耶もいたが、こちらは露骨にいらいらとしていた。

 

「本作戦の目標は、広島港への規約器の移送だ。規約器そのもの電に運搬してもらう。曙がそれを護衛せよ」

 

 電は、青かった顔に少しばかり赤みが差したが、それを見て、摩耶はふん、と鼻を鳴らして、口を開いた。

 

「……で、なんでアタシたちを呼んだんだ?」

 

 いらいらとノースリーブのセーラー服を着た、肩あたりまでの栗色の髪が印象的な少女が言う。名は『摩耶』で、勤務評定を見れば、艦隊内の序列を無視した行動が目立つ問題児と書かれていた。航空機を打ちだせば必ず壊す、と評判の艦娘である。

すべらかな肌の白い足を組んでおり、ちらちらと中のものが見えてしまう。舌打ちをして、提督は言った。

 

「摩耶か。発言時には立ちなさい」

 

 さあ、と提督は指示棒を持ったまま促す。それを見て、しぶしぶ、といった調子で摩耶は立つ。

 

「……なぜ、私たちを呼んだのですか。提督」

 

 加賀はそのふてぶてしい態度を見て、怒りの気配を膨らませている。やれやれ、とんだ『仲間意識』だ。

 

「その『なぜ』をこれから説明するところだ。……まあ、不満があるのは結構だが、それはすべて話し終わってからにしてもらいたいところだな」

 

「……釜焚きのくせに」

 

 チッ、と舌打ちしながら、摩耶はどかっと腰を下ろす。まあ、他がこういう態度を表に出していないだけで、大体内心は同じことを考えているだろう、と考えているため、提督はそれを止めない。というより、止めた場合、イライラに任せて殴かねないからだ。

 

「主力艦である山城、鳳翔、最上、摩耶はなぜ移送任務ごときで呼ばれたのか、といぶかしんでいることだろう。だが、これは陸軍との共同のための重要な器材である。そのため、君たちには『おとり』になってもらいたい」

 

 それを聞いて、山城の顔が曇る。おとり、という言葉は彼女には禁句だったか。と考えないでもなかったが、続けた。

 

「……おとり、といっても諸君らにはただあちこちでうろうろしてもらうわけではない。君たちを動かすのには油が大量に必要だ」

 

「さっさと本題に入れよ」

 

 うんざりしたように摩耶が言う。やれやれ。

 

「言いたいことがあるなら立って言いなさい。慌てる乞食は貰いが少ないと言うぞ。……君は乞食か? 摩耶。ならば慌てずに最後まで聞くことだ。よしんば、さらなる武功を立てられるかもしれないぞ?」

 

「こじっ……」

 

 顔を真っ赤にしながら、摩耶は立ち上がる。だが、鳳翔が笑いながらセーラー服の裾をつかんだ。

 

「座りなさい」

 

「……チッ」

 

 提督は、息を吸って、続けた。

 

「君たちもご存知の通り、周防大島の安下庄港一帯で深海棲艦が浚渫を行っている。……これについて、情報が欲しい。そこで、諸君らには威力偵察を行ってもらいたい」

 

 それを聞いて、にっと摩耶は笑った。最上はそれを見て、顔をしかめている。好戦的な摩耶と組まされるのか、と若干うんざりとした表情だ。

 

 音戸の瀬戸を通り、そこから進軍することと、編成は山城を旗艦とし、最上と摩耶がその指揮下に入る。そして鳳翔は航空機を発艦させ、撤退時の援護を行うとともに、鎮守府の防衛の任を担う。ということを伝えた。それを聞くと、摩耶は目を輝かせた。

 

「良いね。そういうのは!」

 

「……あのな、摩耶。立って発言しろ、と何度言わせれば気が済む?」

 

 とん、とん、と提督は指示棒で床を叩く。くそ、たかが2回だけで何をいらいらしている。たかが二回でこれとは、我ながら気が立っていたらしい。と、提督は考えた。それを見て、摩耶は当惑顔だ。何かやらされる、と思っていたらしい。

 

「……なんだよ」

 

「作戦に対する質問は?摩耶。あるか?」

 

「……ねえよ!」

 

 そういって、摩耶は再び足を組んだ。

 

「……それでは、質問、よろしいですか?」

 

 そういって、微笑を浮かべた鳳翔が立ち上がる。それを見て、加賀は一瞬びくり、とした。

 

「鳳翔か。なんだ?」

 

「ルート等に関しては理解できましたが、どうやって山城の側に誘引するのですか?」

 

「……それについては……加賀、頼む」

 

 それを聞いて、若干加賀の顔が青ざめたように見える。おや、どうしたんだ、と思ったが、気づいたころには元に戻っていた。

 

「……説明いたします。深海棲艦は沈んだ艦娘の使っていた量子リンカの規約に反応しているのではないか、という疑惑があるのはみなさんご存知だと思います。それを、利用します」

 

「確度は?」

 

 鳳翔がそれを聞くと、加賀はびくっと震えた。確か教官だったと聞いたが、と提督は他人事のように考える。

 

「きわめて高いです。以前の提督が行った実験では、かなり高い確率で誘引できました」

 

 それを聞いて、鳳翔は納得したのか、席に座った。あの加賀がこれか。と妙な感心の仕方をしてしまった。

 

 

 

 

「……意外だったな」

 

 そう、摩耶は作戦の説明が終わり、提督と加賀が退出し、山城と鳳翔がともに出て、曙と電が出た後に、最上に話しかける。最上は、んん、と言いながら首を回した。

 

「そうでもないんじゃないかなあ?」

 

「いや、普通の提督だったらあそこでアタシに腕立てさせてる」

 

「腕立てって……海兵団じゃないんだから」

 

「いっつもやらされてたぞ」

 

「釜焚き風情が、とか言っちゃうからじゃないの?」

 

 そういって、最上は肩をすくめた。摩耶は、へへ、と笑った。

 

「アレで怒らなかった機関科の士官、初めて見たよ」

 

「そういえば、ああいうこと言うと怒りそうなものなのにね」

 

「まあ、何にせよ」

 

 そういって、摩耶は立ち上がった。

 

「ちょっとは気に入ったよ」

 

「おとなしくしててよ。連帯責任とか、ボク嫌だからね」

 

 お互いに拳をぶつけて、猛禽のように笑いあう。彼女達も、鬱憤がたまっていたのだ。

 

 

 

 

「あ、あの……」

 

「何よ」

 

 不機嫌な声を隠しもせずに、曙は廊下で振り向く。それを見て、電はびくり、と震えた。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「……あんたも大変よね」

 

 そういって、曙は踵を返し、ずかずかと歩いていく。話しかけるな、といわんばかりだ。それを見て、電は悄然としている。その気配に気づいたのか、立ち止まって、曙は電の手を引いた。

 

「来なさい!」

 

「えっ、あっ、あの」

 

 ずるずると曙は電を引きずっていく。提督の執務室に堂々と入り、冷蔵庫の冷凍庫を開けた。

 

「そ、それ、て、提督の冷蔵……」

 

「あら? 提督のものだなんて初めて知ったわ。ふん、名前も書いて無い人が悪いのよ」

 

 はい、と秘蔵していたらしいアイスを取り出し、ほら、早く出て、と電に退出を促す。実に堂に入った銀蠅であり、前科何犯なのか、という領域である。

 

 そして、部屋に入ってきた影がある。そう、提督と加賀だ。二人が部屋に入ってきているのを見て、おや、という顔を提督が作るが、手に持っている者を見て、顔色が変わった。

 

「……おい、それは俺のアイス……」

 

「逃げるわよ!」

 

「えっ、あっ、あのっ、ご、ごめんなさい!」

 

「あ、おい!」

 

 俺のアイスが、と提督の叫び声を背に、曙と電は逃げ回る。何事か、という視線を向けてくる兵もいたが、艦娘だ、とわかって目をそらした。そして。

 

「……撒いたわね。ほら、スプーン」

 

「……怒られちゃう……」

 

「怒られたっていいじゃない」

 

 ふふん、と曙は笑った。屋上で周囲を見渡す。一部器材のために動いている冷房の室外機が出すぽたぽたという水の音を聞きながら見たその光景は、凄惨という言葉がふさわしかった。

 

 見渡す限り灰色のがれきの山が広がり、一部の施設だけが残っている。鎮守府の中だけでもそのありさまだというのに、呉の市街地に目を向ければ、赤い煉瓦の歩道の色だけが、くっきりと目に入った。つまるところ、さえぎるものが何もない。あるのは、鎮守府の外柵沿いに低く、壁のようにそびえ、陰鬱な気配を漂わせるバラックだけだ。

 

 軍都と呼ばれ、重工業が発達していた呉市は、今は軍に対する怨嗟だけが残っている。もっとも、海軍工廠の設備は生きているから、彼女達、すなわち艦娘たちが戦闘を行えているのであるが。

 

「……相変わらず、辛気臭いわね」

 

「……相変わらず?」

 

 この光景を何度も見ても、何とも思わないのか。と曙に非難の目を、電は向けた。

 

「だから、次は勝とうって思うのよ」

 

 短く言って、どっかと腰を下ろしてアイスの蓋を開ける。んー、おいし。といつものように言う姿を見て、少しばかり電は迷う。

 

「溶けるわよ?」

 

「……あっ……」

 

 そういわれて、電は蓋をあけ、バターと卵で少し黄色くなったアイスにスプーンをたて、すくって口に運ぶ。

甘く、冷たい。その甘味と冷たさに、ふと無性に何かが込み上げてきた。

 

「……う」

 

「急いで食べるからよ。バカね」

 

 電は、思わず涙する。ひび割れた岩から染み出す水のように、後から、後から出てきた。

 

「……バカね」

 

「……はい」

 

 二人は、無言でがれきを眺めながらアイスを口に運んだ。

 

 

 

 

 

「……」

 

 鏡を見る。ほほがこけ、目が炯炯とした光を放っているのを、提督は自覚した。あまりにふらついていたため、加賀に寝ていてください。といわれて、久々にまともな睡眠をとったからだ。身辺整理に気を使う余裕もなかった。

 

「……フン」

 

 あごひげをT字剃刀でそり、顔を洗う。浄水設備は鎮守府のそれが生きているため、供給に今のところ不安はない。

作戦に不安はないか、といえば、不安だらけだ。上は指揮官から、下は兵卒までこんな不景気な顔をしているのだから、自明でもある。

 

「……やるさ」

 

 再び、そういって制服に身を包み、執務室に入る。作戦開始時刻まで休息をとるように、と自分が『倒れる』までに下命しておいたが、さてはて。と考えた。

まあ、曙は俺のアイスを奪っていくくらいだから、元気については有り余ってるんだろうな、と低く笑った。

 

「おはよう、諸君。眠れたかな?」

 

 執務室に集まった六隻の艦娘、いや、加賀を入れれば七隻の艦娘を前にして、なるべく不敵な表情を作って笑う。脚部には主機を履き、艤装をホットの状態に保つためのアイドリングの音が、外から響いていた。

 

「おはようって時間じゃねーだろう」

 

 その摩耶のつぶやきを聞いて、まあ、0330じゃあおはようもないわな、と、同じくつぶやく。

 

「さて、諸君。ご存知の通り、我々はこれより規約機の移送作戦を実施する。トイレに行ったか? 飯を食ったか? 準備は万端かな? ……加賀?」

 

「引率の先公かよ」

 

 その摩耶のまぜっかえしを、加賀はちらと見て止め、書類をはさんだバインダーをめくる。事前にチェックシートを作って確認していたらしい。

 

「準備は完了しております。作戦開始時刻は0500を予期しております」

 

「よろしい。紳士……いや、紳士は居ないな、淑女諸君。楽しい戦争の時間だ。とはいえ、諸君らに一人でも欠けてもらってはこの先の作戦に確実に差しさわりが出る。あまり遊ぶなよ」

 

 そういって、にやりと笑った。最上が、提督は女顔だから似合わないなあ。と間の抜けたことを言っている。それを聞いて、摩耶が吹き出した。

 

「それでは諸君……時計を合わせるか。現在時刻は0338である。時計を出せ。出したな? ン……鳳翔さんも、です……よろしい。0340に設定しろ」

 

 ピッという電子音が一斉にする。全員が防水仕様のあの時計をつけているためだ。

 

「よろしい。作戦開始時刻までの間に……遺書を書いてもらう。加賀」

 

「はい」

 

 加賀がA4の紙と封筒を各人に手渡すと、皆が複雑な表情をしている。曙は、というとふん、と笑って即座にゴミ箱にそれを投げ捨てた。電は、というと、迷ってはいるが、同じことをした。

 

「……まあ、自由だ。書きたくないなら好きにしてくれ。書き終わったら加賀に渡すこと」

 

 提督は肩をすくめる。摩耶も、最上も。そして山城も鳳翔も、いずれも複雑な顔をしているが、それでもペンを加賀から借り、何事かを書いて、手紙に封をした。

時刻は、0420を指していた。

 

 

 

 

 

 

「うーん、待機が長いわねえ」

 

 そう呉鎮守府の埠頭で朝日を浴びながら曙が言うのを、電は聞く。0500に出航する組である陽動組達は先に出航し、陽動作戦を開始するのだ。うまくいけば、の話ではある。なぜならば、量子リンカの量子不分離コアが同期していないため、相手の状況がつかめないのだ。鳳翔の航空偵察にしても、あまり距離が離れると、戦闘機側の量子不分離コア、すなわち「妖精」が疲れてしまう。距離そのものは、周防大島と呉と、ほとんど鼻先のような距離なので、今回に関して言えば、あまり心配はないが。鳳翔とはリンクしているため、情報がある程度リアルタイムで入ってくる。倉橋島付近で戦艦タ級1隻、軽巡へ級1隻、駆逐ロ級6隻とやり合っている。

 

 妖精。と、電がふと考えると、10cm連装高角砲から、ひょっこりと顔をだす。不安げな表情をしているが、大丈夫。心配いりません。というと、顔をひっこめた。

 

 この妖精を捉えられる『目』を持っていることが艦娘の第一条件なのだが、孤児院に居た四人姉妹全員がこの目を持っていたことが、彼女達第六駆逐隊が艦娘となった原因でもある。この目さえなければ、姉や妹は、と考えていると、吐き気が込み上げてくる。いけない。

 

「吐くなら海の上で吐いてよ。魚が取れるから」

 

「あ、は、吐いたりなんかしません!」

 

「ならいいわ」

 

 おう、やってるか。と提督と、加賀がやってくる。提督はともかく、その隣に立つ加賀を、電は思わずにらんでしまう。一瞬たじろぐような様子を見せたが、それ以降表情は動かなかった。

 

「そろそろ出航時刻の0700だ。まあ、向こうが盛大にドンパチやってくれてる頃だろうから、安心しろ」

 

「……そんなんじゃないわよ、このクソ提督!」

 

「おう、元気だな。俺のアイスはうまかったか」

 

 ははは、この野郎。と提督は笑う。加賀は、妙に湿度の高い視線でそれを見ていた。

 

「……曙、ちょっとこっち来い」

 

 そういって、曙が提督に引かれていく。後には、加賀と電だけが残った。加賀は、何か言葉を探しているかのようだった。だが、電は話しかけない。

 

 何を話すというのだろうか。彼女に対していった『生き残ってくれてよかった』という思いは嘘ではない。だが、同時に、捨てきれぬ恨みが、やはりある。

彼女さえあんなことをしなければ。姉や妹は。そして赤城さんも、榛名さんも。と考えないほど、電は能天気にはなれない。

 

「……クソ提督!」

 

 その叫び声が、電と加賀の耳に入る。ずんずんと怒りながら歩いてくるのは曙で、提督は、というと太ももをさすっていた。

 

「何も蹴ることは無いだろう」

 

「蹴られるようなことを言うからよ!」

 

 普段の追い詰められた感じとは違い、どこかひょうげた調子で提督は言う。これが本来の性格らしい。

 

「……さて、時間だ。音楽隊の吹奏もないし、見送りの水兵も居ないから静かでいいな、この時間帯は」

 

 制帽を提督はかぶり、口許をただした。

 

「気を付け!」

 

 電と曙はすっと整列して、姿勢を正す。

 

「これより作戦を開始する。諸君らの武運長久と生還を祈る! ……敬礼!」

 

 そういって、提督が敬礼し、それに答礼する。少しした後に岸壁から飛び降り、曙と電は主機を全力稼働させ、そして出力をそろそろと落とす。そうしないと、出力不足で足が一気に沈み込んでしまい、おぼれるからだ。

 

「抜錨!」

 

 どちらともなく、声を張る。錨なんておろしていない。だが。そうやってきたから、そうするのだ。

 

 

 

 

 

「と、気合を入れてきたのは良いものの」

 

 曙は、気を張りながら航行しようとしているが、どうにもいけない。瀬戸内の朝日はやわらかで、キラキラと水面で輝いている。まさに、初夏の一番いい時期の美しい海だ。ほぼ全速に近いため、彼女も、電も長い航跡を引いていた。前を曙がすすみ、その後ろに規約器を艤装内部に格納した電が続く。

 

「……いい天気、ですね」

 

「まあ、ね」

 

 敵機にも、敵艦にも遭遇せず、広島湾に何事もなく出て、それでは宇品港に近づこうか、という双方の無線機に、ザーッという特有のノイズが、走る。

 

 オオオオン、というウォークライが、遠雷のように、響いた。そう。事実、遠くからその声がする。

 

「声の方位は?!」

 

「……待ってください……六時の方向。真後ろ!」

 

「なんでこんな時に!」

 

 そして、電は振り向いた。

 

「あ……あ?」

 

 そこには、そこには。

 

「どうしたの、電!」

 

 アドレナリン受容体を、艤装が強烈にひっぱたく。頭に一気に血が上り、そして、ふーっ、ふーっ、と荒く息をついた。

大丈夫、私はやれる。やらなきゃ。

 

 だって、あそこには。

 

「響ちゃん!」

 

 私の姉妹が居る。

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿ッ! 行くなッ! 宇品港で荷物をおろすのが先よッ!」

 

 曙は、安全率を完全に無視した旋回半径でザッ、と波を切りながら両舷全速で向っている電の背を見て、大声で叫ぶ。畜生、なんてこと。とんでもないことになった。と、考えると同時に、提督の言っていたことを反芻する。

 

提督はなんといっていたか。電の荷物は『偽物』だ。いざ戦闘となったら見捨てて行け。本物は今お前の艤装に入れる、と、苦々しげに言っていたのだ。だから。曙は電を見捨ててもいい。いや、見捨てるべきなのだ。

 

 電をおとりにして、曙は宇品港で待機する陸軍に絶対に規約を渡せ。そう命令されていたのだ。

 

だが。だが。

 

 曙は、見てしまった。あそこには、彼女の、電の。姉妹が居るのだ。響という名前の、銀髪の少女が、転倒しかけながらも、目元を押さえながら、必死に進んでいるのを。そして、砲撃を加えられ、今にもくたばる寸前だ、ということを。

 

 そうして、曙は。あなたはおねえちゃんじゃない。という言葉が、頭の中で跳ねまわるのを聞く。

あの子の肉親だから何だってのよ。クソ、なんてこと。と毒づきながら、進路を保つ。だが。

 

「あああ……もうッ!」

 

 六時の方向に転針。電と同じく、安全率を無視している、という警告と、強烈な横Gを受けながら、ぐるり、とスケーターのように回って、砲を構える。

 

「電ッ!」

 

「え……曙ちゃん?!」

 

「階梯陣!」

 

 量子リンカ、戦闘モード。機関を自動調節し、速度を同期させ、階梯陣を取る。そして砲の統制射撃モードを立ち上げようとするが、処理能力が不足している、との警告が表示され、グレーアウト。ああ、そうだ。四隻編成ではないのだ。と曙は舌打ちした。

 

「敵の数を知らせ!」

 

「敵は軽巡へ級1隻、駆逐ロ級2と推定! 単縦陣をとっている!」

 

「了解! 砲の射撃はこちらが指示する!」

 

 電が顔をこちらに向ける。唇をかみしめ、ぐっと何か、つまり恐怖と戦っている。うなずくと、再び指示を飛ばす。

 

「肉薄後、水雷戦に移る。へ級は砲で狙うな。雷撃でやるわよ!」

 

 ざあっ、と波を切りながら、射程圏内に敵が入る。だが、射撃はしない。響が迷走しており、射程圏内といえど、CEPの中に響が入っているタイミングで射撃すれば、危うい。

 

「之字運動!」

 

「了解!」

 

 ぐっと体を傾け、艤装の生み出すランダムパターンで、陣形を維持したまま前進。敵のロ級が砲撃を開始し、水柱が立つ。ばあっ、と白い柱が立ち、視界がふさがれる。だが、響が何かを感じたのか、それまでのコースからそれる。それを、一隻の駆逐ロ級がウォークライを上げながら追跡開始。

 

 今だ。

 

「見え見えよッ! 撃て!」

 

「はいっ!」

 

 ごっ、と殴りつけられたような衝撃が、一瞬体に伝わり、艤装がそれを緩衝する。揚弾機構がうなりをあげ、次発が装填され、即座にそれを発砲。4つの水柱が敵の付近に立つ。電の射撃が敵の右舷、曙が左舷に落ち、そして次が落ちる。4発の弾丸が叩き込まれ、ロ級のウォークライは悲鳴に変わった。猫が絞殺される時のような高い、高い悲鳴が響く。それが耳に突き刺さるが、しかし。

 

「さあ、こっちにこい!」

 

 その曙の声とともに、へ級とロ級がこちらに足並みを乱して殺到する。小型漁船ほどの大きさのその船体を捉え、先ほどの要領でロ級を狙う。

 

「1,2……てっ!」

 

 射撃した瞬間、ロ級の弾丸が至近に落ちる。波しぶきと、弾丸の破片が桜色の装甲を叩き、ばあっ、とパターンを乱す。貫通せず。電も同様。

 

「ちゃんと狙え!」

 

 敵を罵り、そして、命中弾とともに、先ほどの耳障りな悲鳴が響く。仕留めた。と認識して、曙は指示を飛ばす。

 

「リンク解除! 雷撃に移る!」

 

「解除!」

 

 電の声を聞き、そしてぶっつりと艦隊運動のリンクが途切れ、電は直進、曙は3時に変針。そうして、ぐるり、とターンして、その慣性を使って足を上げる。

 

「弱すぎよ!」

 

 魚雷発射管から魚雷が撃ちだされ、白い航跡を引きながら、ヘ級に殺到する。ヘ級も同様に射撃しているが、それは電にも、曙にも、そして響にも向かわず、逸れた。

 

 軽巡へ級に、魚雷が殺到し、突き刺さる。爆裂。船体のねじ切れる、いや、深海棲艦の外殻を引きちぎる甲高い悲鳴が響き、また、ウォークライではなく、女のような悲鳴がほとばしる。

 

 それを見て、ふんっ、と髪を跳ね上げ、曙は笑う。完勝だ。

 

「……あ、あの。曙ちゃん……」

 

「ばか、私は良いから響を……」

 

 響を、といいかけたその瞬間。再び、ウォークライが響いた。

 

「しまっ……!」

 

 2隻目の駆逐ロ級の撃沈を確認したのか。いや、確かに悲鳴は聞いた。いや、実は『悲鳴しか聞いていなかった』のだ。

 

「響ちゃん!」

 

 絶叫しながら、電が全速力で、しかしのろのろとUターンし、死にぞこないの駆逐ロ級を追跡する。だが。

駆逐ロ級は、しかし悲鳴交じりの雄たけびをあげ、そして、砲が輝く。くそっ、くそっ、と罵ってみても、追いつかない。だが。

 

「油断大敵であります」

 

 そんな声が聞こえると、ボッ、とロ級から火の手が上がり、そして爆散。

 

「海軍さんはもうちょっと慎重だと聞いていたのですが」

 

 雪のように白い肌の女性が、海の上に浮かんでいる。あれは、確か。と曙は記憶をたどる。その腕の中には、響が抱えられ、何事かをうわごとのように言っていた。

 

「あきつ丸であります。……海の淑女たちを陸にエスコートするように馬淵中佐より命を受けてまいりました」

 

 陸軍式の腕を伸ばす敬礼を、左腕で響を抱えたまま、ひょい、としてみせた。

 

「ようこそ。広島へ」

 

 にやり、とあきつ丸は笑って見せた。

 

 

 

 

 

「これが……ええっと……規約器です」

 

 曙は心配そうに離れていくはしけを見ている電を尻目に、艤装から規約器を取り出し、陸に上がったあきつ丸に手渡す。響は、というと、陸軍のあきつ丸用の修復設備にはしけで曳航、というよりも引っ張り込まれて運ばれていった。

 

目を潰され、体中爆炎の痕だらけで、機関はいつ爆裂してもおかしくない。という状況であったため、ここで全身を修復してから呉に帰す、ということであった。

 

「確かに受領しました」

 

 あきつ丸はそれを兵に運ばせ、外套を翻しながら、微笑む。

 

「電さんは家族思いでありますな。……まあ、何も見て居ません」

 

 しいっ、と指をあてて見せる。この人は存外陸軍としては『話せる』のかもしれない。と、曙は考えた。

家族思いか。と一瞬考えるが、頭を振った。

 

「それでは、我々も任務があります。これより呉へ帰投します」

 

「それがよいでしょう。敵は多数。われらは少数。いやはや。……まあ、ともあれ。無事の帰還を」

 

 そう笑って敬礼し、あきつ丸と別れる。曙は、ふと思うところがあって、汽笛を高くならした。

 

「曙ちゃん……?」

 

「……帰るわよ」

 

 電の顔を見ると、何か思っても居ないことを言いそうで、顔を背けた。

 

「ありがとう。おかげで響ちゃんが助かったのです。……曙ちゃんの妹の、潮ちゃんも、多分、きっと」

 

 その言葉を聞いて、曙は動揺する。だが、振り向かない。なるべく、平板な声を出す。

 

「……あたしに妹は居ない!」

 

 思ったよりも大きな声が出た。下を向いて、唇をかむ。

 

 そうだ、私に妹は居ない。なぜなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、オリジナルの曙の『クローン』だからだ。

 

 

 

余計者艦隊 第二話 ”Shell Shock “ ―了―

 

 


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