余計者艦隊 Superfluous Girls Fleet(佐世保失陥編)   作:小薮譲治

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ソックスハンター外伝 加賀の靴下を狙え!

※元ネタはガンパレードマーチの「ソックスハンター外伝」です

※元ネタの元ネタは藤原芳秀著の「JESUS」です

 

 

靴下。鼻にかかった声で、上あごをなめながら、く、つ、し、た。わが腰の炎。

                         ―白い靴下旅団内部文書より抜粋

 

 暗闇が支配する鎮守府のデリッククレーンの上に、海軍の第三種軍装を身に着けた男が立っている。いや、ブリッジしている。その手には、靴下。

 

「ああ……」

 

 甘い吐息が口から洩れ、悪臭を嗅いだとき特有の生理反応としてせき込みながら、ぐりん、と立ち上がり、不動の姿勢を取る。手には靴下。そして。

 

 するり、と何でもないように足を前に進め、デリッククレーンから降りた。いや、落下と言う言葉が一番ふさわしかろう。常人であれば死ぬ、常人でなかろうと死ぬ。だが。

 

 この男は、歩く猥褻物陳列罪、動く児童健全育成条例違反者、走るド変態。つまり。ソックスハンターなのだ。ソックスさえあれば物理法則など全くの無意味なものに変わる。風を浴びながら、靴下の臭いをかぎ、そして。

 

「お゛う゛ぇ゛」

 

 うめいた。

 

 

 

 

 

ソックスハンター外伝 加賀の靴下を狙え!

 

 

 

 

 ゴンッ、という衝突音。コンクリートがひび割れ、砂が舞い上がり、白煙が立つ。読者諸兄は無論のこと、この許されない存在が死んだと思い込んでいるだろう。筆者とて、むしろそうであってほしい。このような物体が、著作権とかその他のいろいろなものに喧嘩を売っている代物が存在しているといろいろなところがいろいろと危ないので、ぜひ死んでもらいたい。

 

 だが。そんな願いとは裏腹に、男は煙を破り、駆け出す。この男は変態だ。そして、提督と呼ばれ、彼の所属している海軍、いや、同じ軍組織である陸軍はおろか、日本国の法はソックスハンター、すなわち、『白い靴下旅団』を非合法化している。ああ、そのようなことは無論理解している。ただ。

 

「靴下がなければ、立たぬ」

 

 その一言だけで充分であった。使用不能なのである。じゃあアレをブッ立たせながら全力疾走してるのか貴様。と言われると、そんなことはないのであるが、言葉のあやである。なにより、靴下は臭いほうが興奮するのだから、疾走しているうちは香気が飛んでしまう、という変態特有の真顔の力説を浴びせられてしまう。寄るな。

 

「フフフ、ソーックス!」

 

 ああ、変態が呉鎮守府を疾走する。その手には靴下が握りしめられ、顔は喜悦に歪んでいる。そして、そこに。

砂煙を立てながら、提督と呼ばれる男は止まる。左手には白い靴下、右手には黒い靴下。流れるような動きで左手の靴下を嗅ぎ、ぐるり、と回転しながら黒い靴下で、飛来した砲弾を『撃ち落とした』のだ。砲弾が炸裂し、飛来したコンクリートを右手の靴下の臭いを嗅ぎながら、撃ち落とす。

 

「は、ハハハハハハ! ぬるい! ぬるすぎるぞ! 46cm 砲弾などその程度の威力なのか!」

 

 ぐい、と顔を上げて、黒煙の中からあらわれた女の名を、呼ぶ。

 

「大和!」

 

 桜色の傘を背負い、完全武装の大和は、絶対零度の視線で提督を、いや。

 

「さすが提督。いえ……ソックスアドミラル!」

 

 そう、呼ばわった。そう、白い靴下旅団の下種な存在物たちはコードネームで呼び合う。ソックスアドミラル、とは彼の呼び名であり、陸軍の友人、つまりソックスジェネラルとともに靴下を狩っていた時からの呼び名である。むろんのこと、ソックスが頭につくということは、海軍の面汚し、陸軍の恥の二人組である。その面汚しと恥とはいえ、名前が露呈する、なと言うことはありえない。曲がりなりにも秘密結社なのだ。

 

「たった一人で何をするというのです。あなたは包囲されているのですよ」

 

 大和は、パキッと指を鳴らし、偽装網を外させる。そこには。金剛、榛名、長門、陸奥。そしてビスマルクが立っている。いずれも、砲にすでに弾丸を装填し、目の前の変態を粛清せん、と汚らわしいものを、というより翌日にはハムにされるブタを見る目をしていた。

 

「たった一人?」

 

 くつくつ、と地獄の底から出る笑いを、提督は、いや、ソックスアドミラルと言う名前の変態は発する。一人。たった一人と今この小娘は、大和は呼ばわった。

 

「その通り。一人だとも!」

 

 天を割るような咆哮を発する。笑いながら、大和の砲弾を防ぎ、がれきを防御するために使ったがためにダメになってしまった白と黒の靴下を捨てる。惜しいことをした。陸軍のあきつ丸の靴下などという収集が難しい代物を、島風の靴下と取引することでなんとか手に入れたというのに。

 

 だが。靴下を愛する近寄ってほしくない変態は一人だったとしても、その靴下は一つではない。すっと懐に手を入れ、そして。

 

「大和。たった6人で一流のソックスハンターを止められるとでも思っているのか」

 

 その一言を聞いて、大和は表情を動かさない。

 

「……やれ」

 

 再び、指を鳴らすと、砲弾が浴びせられる。今度は、一発たりとも防がれていない。砲口から吹き出す炎と砲弾と、そして吹き上がるコンクリート。破壊の規模のすさまじさゆえに、もはや粉じんたりとも残っていない、と確信できる。よかった、変態が死んだ。

 

「回収します。……矢矧」

 

 するり、大和の横合いから現れた矢矧が、煙の中に突入していく。大和は、胸騒ぎを覚える。こんなことでくたばるような奴が、ソックスハンターと呼ばれる存在になりうるのか。靴下さえあれば、物理法則を捻じ曲げる、存在してはならない、というか具体的には結構臭う何かが。

 

 矢矧が、煙から姿を現す。そして。その口からは。

 

「お゛う゛ぇ゛」

 

 乙女にあるまじき、というか発させてはいけない類のうめきが発される。鼻の下には、駆逐艦の靴下が張り付いている。一週間航行し続けた艦娘の、熟成された一週間靴下だ。

 

「しまっ……!」

 

 再び、砲撃を開始しようとする。だが。

 

「お前は、たった6人で私を、ソックスアドミラルを止められる、と思い違いをしていたな? 大和」

 

 凍りつく。後ろから、ささやくような声が、した。

 

「お前一人だ。残ったのは」

 

 左右を見れば、いずれの例外もなく、靴下を張り付けられ、泡を吹いて倒れている。

 

「愚か者め」

 

「おのれ……死ね! ソックス!」

 

 砲を指向させ、ソックスアドミラルに向けて発砲する。だが、そこにはソックスアドミラルはいない。グルングルンとまわりながら、大和の前に降り立ち。そして。

懐に手を入れ、振りぬいた。

 

 大和は、述懐する。臭いとかそういう以前に痛かった。果てしなく、痛かった。その痛みから逃れる手段は、一つしかないことも、理解した。だが。

 

「ひうっ」

 

 乙女にあるまじき悲鳴を上げることを拒否した彼女は、びくん、びくん、と痙攣しながらぶっ倒れた。

 

 

 

 

 

 

「久しいな」

 

 消灯後の艦娘の寮で、一人の男が、靴下しか愛せない変態が言葉を発する。その目の前には、髪を横で結った艦娘、加賀がいる。

 

「加賀。……いや、裏切りのソックスハンター、ソックスミリオン!」

 

「ソックスアドミラル」

 

「報いは、受けてもらう」

 

 お互いに、胸元に手を入れる。抜き打ちの姿勢だ。ソックスハンターどうしが戦う、などと言う事態がなぜ招来されたのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、加賀が『ハーゲンダッツのバケツアイス3つ』でソックスハンターを、というか提督を売ったのだ。安かった。激安の秘密だった。

 

「お前いくらなんでもハーゲンダッツで秘密を売るなよ! 安すぎるだろ!」

 

「……あなたがアイスを買ってきてくれれば……」

 

 低レベルである。あまりにも低レベルな争いである。そして、その手段は、というと邪悪な臭気を放つ靴下という、この世の底の底を極めた、下劣すぎてもはや何も言えない状況である。これで麻薬が黒板の裏に、というソックスハンターの元ネタの元ネタのような代物であればまだ格好も付いただろうが、いかんせんもうコメントにも困るありさまであった。

 

 そんなことを言いながらも、互いに音もなく動いた。双方とも訓練されたソックスハンターだ。無音のうちに終わり、そして。

 

「うっ……そ、ソックスアドミラル……」

 

 立っていたのは、ソックスアドミラルであった。

 

「それが俺の名だ。地獄に落ちても忘れるな」

 

 そして、加賀の若干めくれた袴には目もくれず、靴下を脱がし始めた。やっぱりソックスハンターはソックスハンターだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ソックスハンター外伝 加賀の靴下を狙え! -了―

 


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