「もっと近くに行ってもいいですか?せんぱい・・・」
上目遣いで不安げに身体を寄せてくる、1学年後輩の美少女。整った小顔が間近に迫り、微かな甘い香りがふわりと鼻先を流れてゆく。こちらを見つめる切なげな瞳に、いつものあざとさは微塵も感じられない。まさかこいつ、俺のことを・・・?いや、こんな感情は偽物だ。また勘違いして期待して、勝手に失望するのがオチだろう。ならば答えは決まっている・・・
「え?普通に嫌なんだけど」
当然の返答をする俺。そう、これでいい。これこそが理性の化け物、比企谷八幡のあるべき姿・・・
「むぅ・・・そこは嘘でも優しく抱き寄せるところですよ?」
やっぱ嘘なのかよ・・・( ノД`)…
「やめろ、考えただけで暑苦しくなるわ」
「えっ?!せんぱい、いまなにを妄想したんですか超キモいです!て言うか私をオカズにしたいならせめて正式に告白してからでお願いしますごめんなさい」
はぁ・・・昨日から数えて、もはや何回目なのか分からなくなった
さて、状況を説明しよう。ここは群馬県の山中。季節は夏真っ盛り。時刻は丑三つ時。大きな木の根元に腰をおろした俺たちの他には、人影も無し。聞こえてくるのは微かな虫の音だけだ。つまり、若いふたりが一夜の過ちを犯すにはもってこいのシチュエーショ・・・ゲッホゲホォ!!
で、どうしてこうなった?話は今日の午後まで遡る。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
毎年夏休みに、群馬県の高原千葉村で行われる小学生の林間学校。俺は愛しの小町や部活メンバーたちと一緒に、ボランティア要員として参加した。猛暑の千葉を離れ、気の置けない仲間たちと忘れられないひと夏の体験・・・と言えば聞こえは良いが、ぼっちにそんな奇跡が起こるはずもなく・・・実情は、奉仕部員 +
泣ける。
さて、荷物運びやカレー作りといった
「ハイキングルートの下見、ですか?ずいぶん急なお話ですね」
訝しむような雪ノ下の声で、俺の意識は現実に復帰した。朝からの下働きにも一段落がつき、午後のまったりとした時間を過ごしていた俺たちだったのだが・・・いまは全員が、こうして平塚先生に呼び集められていた。俺の中のリトル八幡が、しきりに警報を発している。なにやら、面倒事が始まる気配しか感じられない。
「ああ。明日、小学生たちが登る予定なんだ。本来なら下見に行くはずだった先生方に急用が入ってな。それでこっちに話が回って来たというわけさ」
雪ノ下の問いに答えながら、手にしたタブレットに地図を表示する平塚先生。あれ?なんか原作よりキャンプの日程が延びてない?ん?そもそも原作ってなに?
「ええー?!こんな暑いのに山登り・・・?絶対おかしいよ・・・」
声高に不満を漏らす由比ヶ浜。あいつにしては珍しく正論を述べているが、この暑さにやられたのだろうか・・・?(超失礼)確かに、この猛暑でハイキングとかブラック企業の新人研修かよ。ここはおとなしく、エアコンの効いた宿舎でスマホゲームでもしてようぜ・・・そう言えば俺も総武小学校の時、オリエンテーリングとかで裏山リアルダンジョンやったわな。あれがホントのダンまち・・・無理やり班長やらされて、道には迷うし女子はトイレ行きたいって騒ぐしで、出会いなんてなかったけどね・・・(;´д`)トホホ
いや待てよ?これは・・・降って湧いた単独行動のチャンスに、俺は素早く思考を巡らせた。正直この数日間、苦手な集団行動を強いられうんざりしていたのだ。本当なら、今ごろは我が家のリビングで、マッカン片手に録り溜めたプリキュアを楽しんでいるはずだったのに・・・おのれ独神、許すまじ。自分が暇だからって、教え子たちまで巻き込むとは。あれ?何だか急に寒気が・・・
「分かりました。任せて下さい平塚先生」
ぼっちの本能で身の危険を感じた俺は、瞬時の判断で先行偵察隊(仮)に立候補した。世の中、こういう時は早い者勝ちなのである。
「ほぅ・・・珍しいな、きみが自ら名乗り出るとは。何が狙いだ?」
いや、そこは珍しくやる気を出した教え子を褒めるところでしょ!あ、自分で珍しいとか認めちゃった。
「ええ、いったいどういう風の吹きまわしなのかしら、エスケープ谷君?」
あら?もしかしなくてもバレてる?
「・・・まあ、良かろう。ならば、誰かを同行させるとしようか」
「いえ、ひとりで大丈夫ですよ先生。その方がフットワークも良くなりますし」
もっともらしい理屈を捏ねて、暗に同行者を拒絶する。つか、ひとりで行けないなら、わざわざ立候補する意味がない。
「いや、君を単独で放り出すと、ろくなことにならないからな。やはりお目付け役は必要だ」
やはり俺の信用度はゼロなんですね分かります。(泣)
「はぁ・・・仕方ありません。じゃあ、ここは部長として私が同行します」
いかにもやれやれといった感じで雪ノ下が申し出た瞬間、辺りの空気が一変した。しかも悪い方向に。
「え?!ゆきのんずるい!私もヒッキーと行く!」
「部長権限で抜け駆けとか見苦しいですよ、雪乃先輩」
「えっと・・・ボクもはちまんと一緒に行きたいな・・・」
「ははは・・・君は大人気だね。じゃあ俺も」
「えっ?!隼人が行くなら、あーしも!」
「べー!隼人君とヒキタニ君、まじやっべー!!」
「ちっ!有象無象が目障りな・・・」ボソッ
我も我もと、次々名乗りを上げ始めるクラスメートたち。何すかこれ?ひょっとして新たなイジメ?最後の呟き、超怖いんですけど。((( ;゚Д゚)))ガクブル あ、もちろん大天使戸塚エル一択でオナシャス。てか葉山とふたりでハイキングとか、どんな罰ゲームだよ?あと、よくよく考えたら一色はクラスメートじゃなかったな。あんまりナチュラルに混ざって来るから、思わず勘違いしそうになっちまったぜ。
「先生、比企谷君の護送・・・ケホケホ!監視には何人必要なのでしょうか」
いま君、護送って言ったよね?いったい俺、どこに連れてかれちゃうのよ?((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
「ひとりで十分だろう。あとのメンバーには、引き続き小学生たちのサポートを頼みたい」
彩加、頼んだぜ・・・(なぜか名前呼び)
「では、これより比企谷君の配偶s・・・ケホケホ!
雪ノ下の宣言に、誰かがごくりと喉を鳴らした。て言うか、いまあなた、どさくさに紛れてとんでもないことを決めようとしてなかった??(戦慄)そして、たったひとつの席を巡り、にわかに場の緊張感が高まってゆく・・・意味がわからん。皆さん、どうしてそこまで俺とのふたり旅に拘るの?やっぱり、この暑さにやられちゃった?
「ところで、どうして葉山君まで居るのかしら。場違い感も甚だしいわ」
あ、それ、俺も気になります。
「手厳しいな、雪乃ちゃん。単にヒキタニ君と山登りしてみたくなっただけさ」
「あなた・・・次にその呼び方をしたら、ただじゃおかないわよ」
真夏の日差しの下、冷気を漂わせる氷の女王。いいぞもっとやれ!
「それは
「くっ・・・!」
この暑さにあてられたのか、やけにやつの口は
「ねえ、ゆきのん。どうやって決めるの?」
「ここはひとつ、お料理勝負にしませんか?それなら女子力の違いもはっきりしますし」
「え?!そんなの絶対ダメだよ、いろはちゃん!」
一色の提案を、速攻で潰しにかかる由比ヶ浜。そりゃ、料理になったらお前に勝ち目はないからな。この暑さで黒焦げクッキーは御免だぜ。いや、そもそもお料理勝負なんざしてたら日が暮れちまうぞ?
「ははは・・・でも女子力って言われてしまったら、男の俺や戸塚は出る幕がないな」
苦笑しながら宣う葉山。あの野郎・・・令和の世に、何て時代錯誤な発言をしやがる。今すぐ取り消せ!戸塚の性別は男でも女でもない!彩加だ!(ピント外れ)
「それじゃ、ここは公平にじゃんけんで決めましょう」
結局、決定権を持っていたのは雪ノ下だった。まぁ、そうなるな・・・
(じゃんけん大会進行中・・・)
「しゃああああ!!」
勝者、いろはす。
同行者の座を賭けた壮絶な戦いは、一色の勝利に終わった。なぜか、ガンダムのラストシューティングポーズよろしく右腕を突き上げる後輩を見ながら、内心でため息をつく。こりゃまた、面倒なのが勝ち残ったな・・・やっぱ立候補なんて慣れない真似、するんじゃなかったぜ・・・(後悔)なお、本命の戸塚エルは初戦敗退の模様。(号泣)
「せんぱい、いま何かとっても失礼なことを考えていませんでしたか?」
早速、エンジン全開のいろはす。まともな未来が見えないどころか、お決まりのバッドエンドが見えるまである。
「比企谷君、絶対に間違いは起こさないで。これは部長命令よ」
「ヒッキー、いろはちゃんに変なことしちゃダメだからね!」
「お前らはいったい何を言ってるんだ?間違いもなにも、俺はただハイキングコースの下見に行くだけなんだが」
なにやら勘違いをしているらしい奉仕部のふたりには、適当な返しを。
「はちまん・・・ボク、信じてるよ」
「おう、任せとけ!この身に代えても貞操は守ってみせる!」(意味不明)
同じく勘違いしているらしい戸塚には、全力で誠意ある返しを。
「愚腐腐腐・・・とつはち、はやはち、キマセンデシタワ~!!」
そして鼻血を吹き出す海老名さんには・・・うん、あれは放っておこう。(英断)
「さあせんぱい、行きましょう!」
そして幾つものジト目に見送られ、俺と一色は千葉村を出発したのだった。それが今日の午後のことである・・・
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「一色、そろそろ戻るぞ」
さて、予定通りのルートを無事踏破した俺たちは、引き返すことにした。特に危険な箇所もなかったし、これなら小学生でも大丈夫だろう。かなり陽は傾いて来たが、いまなら余裕で千葉村に戻れるはずだ。
ところが。
「ええー?!これからが本番じゃないですか~!あっちにも行ってみましょうよ!」
「あ!おい、こら待て!」
ひらひらと踊るように、狭い山道を駆けるいろはす。リードの切れた犬かよ。サブレと気が合いそうだな。
「だって、こんなかわいい後輩と、ふたりっきりで過ごせるんですよ?せんぱいの人生で今後二度と無いだろうこんな機会を、みすみす逃しちゃってもいいんですか?」
無言でツッコむ俺の目の前で、一色はひらりとあざとく1回転して両手を広げた。あいにくと・・・ゲホゲホ!幸いパンツスタイルなので、いけない何かが見えることはない。(残念)てか、自分でかわいいとか言っちゃってますよ、この子。
「下らんこと言ってる暇があるなら、さっさと帰るぞ」
「むぅ・・・私とじゃ、そんなにつまらない、ですか・・・?」
「うっ?!」
突然、潤んだ瞳で上目遣いになる小悪魔。腰の屈め方や上体の捻り具合も完璧だ。あざとい演技だとわかりきってはいるのだが、思わず反応してしまう俺ガイル。(完敗)照れ隠しと悔しさのあまり、彼女に背中を向けて歩き出す。べ、別にはちまん、恥ずかしくなんかないんだからね?!
「あはっ いま、ちょっぴりときめきましたよね?でもやっぱりこんなところで初めてはムリですのでちゃんとしたシチュエーションでお願いしますごめんなさあぁぁぁいっ?!?」
聞き慣れない終わり方をしたいろはす節に、思わず振り返ると・・・
案の定、そこには足を滑らせた一色が、涙目で座り込んでいたのだった。(お約束)
次回第2話『せんぱい、すごく気持ちいいです・・・』
そして、せんぱいとふたりっきり・・・
って私になんてセリフを言わせるんですかやっぱり変態だったんですね出直して来て下さいごめんなさい。