自称「平凡だけど、どこか神秘的で儚げな……ただの百鬼夜行の一生徒」の妹による曇らせツアー   作:藍終

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お姉ちゃんが頼れないなら…、何処に行くのかは決まってるよねぇ〜

新たな曇らせの被害者が…


失踪じゃないよ、一時的な家出だからね。

 

 ――さぁっすが!それでこそ私の信じるお姉ちゃん!

 

 

 これまでのトラウマが邪魔して肝心なところで一歩を踏み出せない、助けを求める妹の手すら掴むことから逃げ出す弱虫で臆病な姉の後ろ姿を思い出して一人達成感に浸る。

 

 これでこの先私が少々乱暴に行動することができるようになったはず。

 

 七稜アヤメという絶対的なリーダーがいなくなり、実質的なトップのナグサお姉ちゃんとキキョウがいる場であんなやり取りが行われたのだ。

 

 私への負い目からこれまで以上に縛られることもなくなるだろうし、何よりちょっとしたオプションもつけさせてもらった。

 

 ナグサお姉ちゃんが逃げ出す瞬間、唯一の希望を、心の拠り所を失った絶望の表情をその場にいる全ての人に見せつける。

 

 ――いやまぁ…自分で仕向けといてなんだけど、いざ見捨てられるとこう……心にグッと来てしまって悲しくなった面も無くはないけど………。

 

 

 ともかく、これをすることによって私がお姉ちゃんや百花繚乱を離れていくことへの種ができた。

 

 しかも、失踪に至るまでにする予定の行動が格段にやりやすく、且つ動機づけも容易になったと考えれば大きすぎる収穫だと言える。

 

 

 え?じゃあ次に何をするのかって?

 

 

 答えは簡単だ。

 

 最愛の姉から見捨てられ、徐々に身体を蝕まれていく憐れな妹。これでもまだ華の高校二年生、迫りくる死を迎え入れる心構えなどできるはずもなく……。自分の周りには―百花繚乱には頼れる人がいないと考えたクユリはふと、“偶々”知り合っていたある“大人”の事を思い出す。

 知識も技術も格段のものを揃えている存在に頼るようになり、結果と代償の伴う大人の世界でクユリは延命の術を見つけてしまう。

 何もできず、何もしてくれない周囲に失望したクユリは遂にある日―――――――――

 

 

 と、簡単にまとめると大体こんな感じかな…。

 

 

 実は、あのナグサお姉ちゃん逃亡事件から既に数日が経っていて、今私は整然とした処置室ではなく落ち着いた雰囲気の病室のベッドで寝かされている状態だった。

 

 いわゆる入院で、ここに駐屯している生徒達が甲斐甲斐しくお世話をしてくれている。

 

 あの日のやり取りを見た子は私を気遣ってか、どこか沈痛な表情ながらも慈母の如き優しさで接してくれている。

 

 思っていたよりアレは衝撃的なものだったらしく、単なる種蒔きのつもりが新たな曇らせの被害者を生んでしまうとは……。

 

 いや、それ以前によくこんなグロい傷が全身に走っている私を嫌な顔ひとつせず介抱してくれるよね…。

 立場が逆だったら、眉を顰めるくらいはしてしまう自信がある。

 

 半分くらいは私が自主的につけた傷なので罪悪感がないわけではないが、それでも心に染み渡るような献身のおかげで何とか歩けるくらいには回復していた。

  

 ホント感謝感激雨あられですの〜。

 

 

 

 ま、そんな子さえも我が崇高な目的のために利用させてもらうんですけどね…。

 

 今日に至るまで、私を介抱してくれている子とのコミュニケーションで十分同情ポイントは稼げていると感じている。

 

 今なら多少無理を言っても受け入れてくれるという確信……とまではいかずとも可能性が高い。

 

 希望を失って、風が吹けば崩れてしまいそうな儚げな美少女モード全開の言動を心がけたかいがあったものだ。

 

 もしそれが叶わなくても最悪力技で行けなくもないし。

 なんたって百花繚乱副委員長の妹ぞ?

 

 そんなわけで、今日、早速あの頼れる大人のところに行こうと思いま〜す。

 

 あ、ちゃんとアポは取ってあるから安心安心。

 

 いくら重傷とはいえ入院生活が監禁になってしまうのは精神衛生上よろしくないとのことで、スマホの使用と病室内の本を読むことなどは許可されていた。

 

 そのため前回の密談の際にちゃっかり交換した連絡先を使って、近い内に―遅くとも明日にはまた会う事を約束している。

 

 介抱してくれる子が来る時間は決まっているため、その隙を縫って連絡を取り合ったわけだけど………。

 

 身体がまだ本調子でないことを告げると、さすがの黒服も人目の多いこの場所に迎えには来れないらしく……、適当な路地裏にでも来てくれればゲートを開いて送迎するとのことだった。  

 

 

 つまるところ外に出られれば後はどうとでもなるわけだ。

 

 

 

 ――あれ?今更思ったけど、どうやって私がどの路地裏にいることを認識するんだろう?

 

 

 …いや、元々私を先にストーカーしていたのは黒服だったしそれこそ今更か……。なんかこう、ゲマトリア特製の監視システムがあるのかもしれない。

 

 キヴォトスのプライバシー終わってんな……。

 

 

 

 

 ――っと、そんなことを考えていたら、コンコンと扉が叩かれた。

 

 ここ数日で耳に馴染んだ声を聞きながら、あらかじめしたためておいた一枚の“封筒”を懐に忍ばせる。

 

 今回は前みたく何の断りもなくいなくなるわけではない。

 

 私という存在が徐々に信頼の対象を移していくことをお姉ちゃんに実感させることが目的なのだから、“いずれ帰るから探さないで下さい”と家出通知をする事が重要になる。

 

 それを見てどんな風に曇ってくれるのか、それが見れないのは惜しいがこれからへの布石と思えば我慢するしかない。

 

 

 

 ガチャリと扉が開かれ、いつもの子が色々抱えて入ってくる。

 

 

 さて、とりあえずは私の介抱お疲れ様。しっかり休むんだよ〜。

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵

 

 

 

 私が百花繚乱紛争調停委員会の医療班に所属してから一年と少し、手先が器用なことを活かして大小の怪我人や病人を介抱する担当としてそれなりの経験を積んできた。

 

 とは言っても、その殆どは百花繚乱の鎮圧活動によって生じた軽度の怪我人を治療するくらいだけど……。

 

 いや、たまにレンゲさんが赴いた時の戦闘では大怪我をした人が運び込まれてくるため、そのたびに私は青筋を立てなければならないこともある。

 

 暴れるにしてももう少し加減をしてもらいたいものだ…。

 

 

 

 そんな愚痴を漏らしながらも、今の生活にやりがいを感じていたのは事実だった。 

 

 誰かの役にたっているという事が嬉しくて、そんな自分に少し浮かれていたのかもしれない。

 

 そんな最中、ある日予想もしない人物が診療所に駆け込んで来た。

 

「医療班いる!?火急の報が入った、今すぐに準備してついてきて!」

 

 焦りを隠さずそう叫んだのは、同じ二年生ながら既に参謀としての地位を確立している桐生キキョウさんだった。

 

 あの冷静沈着な彼女が取り乱すとは一体何事かと思いながらも、身体は自然と訓練で染みついた動きで準備をし始める。

 仮にも百花繚乱の部員なのだから一々余計な質問をしたりしない。それは私の同僚も同じようで、緊急用品一式を背負ってキキョウさんの後をついていく。

 

 

 しばらくして、吐く息が白くなってきた頃、目的の地点に到着したとすぐにわかったのは、医療に従事してきた私でさえ卒倒してしまいそうな程の凄惨な光景が目に入ったからだった。

 

 銃社会極まっているこの世界に暮らす私達は、余程のことがない限りは怪我をしない頑丈さを持っている。

 日頃の喧嘩でさえ厳つい銃器をぶっ放し、被弾しても痛いなあくらいで済んでしまうくらいには。

 

 私はそれでも戦闘が苦手で、だから医療班に入ったということも有るのだが…。

 

 

 そんな生活では当然、血への耐性が低くなるわけで…役柄他の人よりも耐性がついている方の私でさえ、この光景はショッキングなものだった。

 

 

「――ッ!だ、大丈夫ですか!?」

 

 だが、幸い日頃から積み重ねてきた努力は私を裏切らず、考えるよりも早く然るべき手順のもと処置をしようと身体を動かしていた。

 

 急いで駆け寄り血溜まりの中心にいる人物の状態を確認する。

 

 そこで私はある事実に気づき驚愕する。

 

 全身に走る惨たらしい罅のような傷もそうだが、容姿がかなり変わっていてもすぐにわかる。

 

 倒れているのはあの御稜ナグサ副委員長の妹で、同学年の御稜クユリちゃんだった。

 

 彼女には学校生活の中で沢山助けられていた。百花繚乱の厳しい訓練に心が折れそうになった時は何度励ましてもらったりしたりもした私にとって大切な人。

 

 やや小さな背ながらも必死に努力し、今やレンゲさんと肩を並べる程の強さを持つまでに成長していった彼女がどこか守ってあげたいと思ってしまって、勝手にちゃん付けで呼んでいるだけだけど…。

 

 そんな彼女がこんな姿になっていることに少なからず疑問が湧いてくるが、それは後回しだ。

 

 とりあえず出血が酷い箇所のみを応急処置し、今すぐにでも施設の整った診療所に搬送すべきと伝える。

 

 その時になってクユリちゃんの姉のナグサ副委員長も倒れていることに気づくが、同僚によると大した怪我はしていないらしく、レンゲさんに任せることにする。

 

 

 折りたたみ式の担架にクユリちゃんをのせ、帰路を急ぐ間、私の心臓はいつもの日常の崩壊を予見してか早鐘のように拍を刻んでいた。

 

 

 

 

 

 その予見は正しかったようで、診療所についてからというもの、きっと私は一生涯分の血を見ることになった気がする。

 

 それでも到底慣れるものではなく、何度もどしそうになったことか。

 

 しかし、私にとって最も衝撃的だった出来事は他にある。

 

 それはある時、クユリちゃんを蝕む原因不明のナニカが進行し、左眼付近から出血した時にあまりの痛みのせいか、クユリちゃんが身を捩って対処のために下がらせた姉のナグサ先輩に手を伸ばしたのだ。

 

 『お姉ちゃん、助けて』と、縋るように助けを求める姿に思わず私はナグサ先輩に視線で訴えた。

 

 身近な、それも血の通った最愛の存在なら、近くにいて手を握ってあげるだけでも安心できるものなのだ。

 不甲斐ないがクユリちゃんの痛みを抑える術は今のところないため、後は精神との闘いになる。

 

 あのどこか儚げでも、誰にでも優しくて明るく、気丈なクユリちゃんがこうして助けを求めるというのはかなり限界だということだ。

 

 ナグサ先輩も普段からクユリちゃんにベッタリらしいから、すぐにその手を握ってくれるはず――そう思っていると……。

 

 

 何を思ったのか、何かに怯えるような目をしたナグサ先輩は、逃げるように走り去っていってしまった。

 

 ――どうして?

 

 あの時の私はそれしか考えられず、ここの担当医に肩を叩かれるまで呆然とするしか無かった。

 

 

 

 そして、クユリちゃんと関わりがあった私が専属の介抱係りになって数日が経った今、私は少し遅めの朝食を持ってクユリちゃんのいる病室に向かっていた。

 

 ここ最近はあの罅も驚くほど大人しく、クユリちゃんも大分体調が良くなっているようだった。

 

 それはいいことなのだが、問題は―――

 

 

「クユリちゃん?ご飯持ってきたから入るね?」

 

 コンコンと扉を叩き、静かに中に入る。

 

 やわらかな日差しが差し込み、僅かな隙間から吹き込むそよ風がそこにいる少女のか弱さを引き立てる。

 

 全身に亀裂が入り、左眼は最早光を宿さない。

 

 触れてしまえばその瞬間に崩れ去ってしまうような、そんな雰囲気をまとっている彼女はゆっくりとこちらを振り向いて―――

 

 

「……おはよう。いつも…ありがとうね……」

 

 

 希望を全て奪い去られて濁った隻眼を細めて、弱々しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

「今日はどう?どこか痛いところはない?」

 

「うん…、身体はもう大分動かせるようになったよ。あなたのおかげ、ありがとう」

 

「そんな…私は大した事は出来てないよ…。でも、そう言ってくれるのは嬉しいかな…」

 

 朝食を食べ終わったクユリと軽い問答を交わす。

 

 そう、私に出来るのは精々身の回りの世話くらいで、専門的なメンタルケアの知識はない。

 彼女の深く傷ついたであろう心を癒してあげる事が出来ているとは到底思えない。

 

 その証拠に彼女の目は澱みきっているままだ。

 

 こうなった原因は間違いなくナグサ先輩のあの行動だ。

 もしかしたら、気が動転してしまっていたのかもしれないが、それにしても酷い。

 

 いくら肉体が丈夫でも、精神が壊れてしまえばそれも意味をなさない。入院生活は基本自分の精神との闘いなのに、そこがこうも折れてしまっていては治るものも治らない。

 

 私は少なからず、敬愛していたナグサ先輩に失望と怒りを抱いていた。

 

 何より私と同年代の子がここまで惨い目に遭わなければならないこの世界の理不尽さが許せないでいる。

 

 そう考え込んでしまっていると、クユリちゃんがふと私の看護服をクイクイと引っ張った。

 

 

「…ねぇ、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど…、いいかな?」

 

「―へ?あ、うん勿論!何か持ってきてほしい物がある?よっぽどじゃなければ――」

 

「あ、そうじゃなくて…。その………、ちょっと街に繰り出したいなぁって思って…。ほら、私も歩けるくらいには回復したことだし気分転換もかねて…さ?」

 

「う、う〜ん……、それはちょっと……」

 

 

 できることなら叶えてあげたいが、いつまたアレが再発するかわからない現状、余計な刺激を与えるべきではないのだ。

 ここの診療所の担当医もそう結論をだしているため、一介の世話係が独断で許可できることではない。

 

「ダメ……かな…?ずっとベッドの上にいると、その……あの日の事が頭に浮かんできちゃって…」

 

 そう言われてしまえばもはや私には断れない。

 できるだけ安静にしていて欲しいが、それが彼女の心のトラウマを想起させてしまうのはよろしくない。

 

 ただ、私はクユリちゃんの安全を守る義務もある。そのため一つの妥協案を提案することにした。

 

 

「…わかった、院長には内緒で連れ出してあげる。でも、流石に街中までは許可出来ない。出ていいのは庭まで、そして私が隣で常に支える事が条件だよ」

 

 そう伝えるとクユリちゃんはどこか微妙な顔をしたが、ひとまず納得したようで、こくりと頷いた。

 

「…ん、わかった。いつもお世話になってるから我慢するよ。外に出してくれるだけでもありがたいと思わなくちゃ」

 

「ふふっ、じゃあバレない内に行こうか!ちゃんと私を支えにするんだよ」

 

 

 

        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「ん~~!やっぱり外の空気は気持ちいいなぁ……」

 

 そう言って軽く伸びをするクユリちゃん。気のせいか先程よりも目に光が戻ってきているようにみえて私も嬉しくなる。

 

「そうだね〜。クユリちゃんも意外と大丈夫そうだし、今度外出の許可をだせないか掛け合ってみるよ」

 

「……いいの?」

 

「いいに決まってるでしょ?できるだけ患者が苦しまないようにするのが私の役目でもあるわけだし。クユリちゃんは部屋にいるほうが辛そうだったからね…」

 

 

 私がそう言うと、クユリちゃんの顔に少し影がさした。

 

「………ねぇ、私……、お姉ちゃんに嫌われちゃったのかな?」

 

「………えっ?」

 

 溜め込んでいたモノを吐き出すように、ポツリポツリと呟き始める。

 

「私がこんな醜い姿になったから、お姉ちゃんは見捨てたのかな…?私が、弱かったから悪いのかな……?」

 

「それはっ―――!」

 

 

 

「もしかしたら……、お姉ちゃんは…最初から、私の事が嫌いで――――――」

 

 

「違うッ!!」

 

 それだけは絶対に違う、そう断言できる。

 

 私が大雪原に辿り着いた時、奥地から引きずるような跡が続いているのを見た。文字通り引きずってでもナグサ先輩が運んできてくれたのだろう。

 仮に本当に嫌いだったらそんなことは出来ない筈だ。

 

 ナグサ先輩のあの行動は今でも許せないが、ナグサ先輩がクユリちゃんを愛していないとは断じて思えなかった。

 

 

「それだけは……、言っちゃダメだよ…」

 

 たった一人の姉なのだから。私が言うのもおかしいがどうか信じてあげて欲しい。

 でないと、本当にクユリちゃんは壊れてしまう。

 

 大丈夫、大丈夫と思わずその身体を抱き寄せ、落ち着かせるように頭をゆっくりと撫でる。

 

 

 少しクユリちゃんの肩が震えたが、やがてこちらを見上げ、罅割れていても変わらない、あの明るい笑顔を浮かべた。

 

「……やっぱり敵わないなぁ…。そうだね…、ありがとう!―――でも、ごめんね」

 

 

 

 その笑顔に気を取られたからか、鳩尾に鈍い音が響いたことに気付くのに一瞬遅れてしまった。

 

 

「――――――えっ?………カハッ…!」

 

 

 身体から力が抜ける。視界がふらつき、たまらず地にうずくまる。呼吸が上手くいかない。

 ぼやけた視界に一つの影が踊る。

 

「ごめんね、ちょっとやりたいことがあってね…。起きたら“コレ”をお姉ちゃんに渡してくれると助かるかな。…今まで看病してくれてありがとうね、おやすみ」

 

 懐に何かが挿し込まれたと感じた次の瞬間、首筋に軽い衝撃がはしる。

 

 狭まる視界の中、遠ざかっていく影。

 待って―――そう言うことも叶わず意識が暗闇に塗りつぶされていく。

 

 

 

 

 次に目が覚めた頃には、既に守るべき人の影も形もなく、ただ虚しさだけが私を満たしていた。

 

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵

 

 

「巫山戯るんじゃないよ!」

 

 

 人の気を落ち着けるような場を形成する筈の和室に似つかわしくない怒号が響き渡る。

 

 今や百花繚乱を率いる立場にある純白の少女に、正反対の黒髪から一対の猫耳を生やした少女が掴みかかっていた。

 

 その形相たるやまさに般若の如し、見るもの全てが萎縮して一切の反撃を許さない表情と気迫を放ちながら、百花繚乱の参謀―桐生キキョウは有り余る怒りをその人物にぶつけていた。

 

「あんたが見たかどうか知らないけどね…、あんたが逃げ出した時のクユリの顔!妹にあんな顔をさせて、姉として恥ずかしくないわけ!?」

 

「ち、ちが……あれ…は……」

 

 

 胸ぐらをきつく掴まれ苦しそうに呻くもう一人は、百花繚乱の副委員長にして現委員長代理の御稜ナグサ。

 

 あの日、診療所から逃げ出した後になってようやく自分のしでかした所業を顧みたまではいいものの、そこからまた行動することに躊躇し続けてはや数日。

 

 積み上がった参謀としての職務を一通り捌き切ったキキョウがついに痺れを切らして怒鳴り込んできたのだ。

 

 対面するやいなや、全力の平手打ちをもらったせいで真っ白な頬に朱い紅葉が広がっている有様だった。

 

 

 この期に及んでまだ言い訳をしようとする先輩の様子はまさにキキョウの火に油を注ぐ事となる。

 

「何も違わないッ!あんたは助けを求める妹を、クユリを見捨てた!私じゃなく、あんたを頼ったのに!あんたがあの時何を考えてたかなんてどうでもいい……、クユリにとってはアレが全てなのよ!」

 

 事実も事実。一切の反論の余地もない糾弾にナグサはみっともなく涙を流すしか無かった。

 

 だが、それでもキキョウの怒りの濁流は止まらない。

 

「それにッ、あんたは大雪原のことだって何にも話してくれないッ!何度私が尋ねても、はぐらかしてばっかりで……、あんたはッ!私を、百花繚乱をどうしたいっていうの!」

 

 

「あ……………うぁ…」

 

 あの日の事件のすべてが自分のせいであると認識しながらも、それを糾弾され責められることから、後ろ指を指されることから逃げ続けているナグサにとって、その言葉は深く突き刺さったナイフと同じだった。

 

 話さなきゃと思う反面、あの時のように口は自分の制御を受けつけない。

 

 そんな先輩を見てか、力尽きたように崩れ落ちるキキョウ。

 

「お願い……お願いだから……もう、逃げないで…」

 

 そう懇願するように呟くキキョウを見てしまえば、ナグサの中の微かな勇気が燻るのは半ば当然といえた。

 

 動くことを拒み続ける口を無理矢理にでもこじ開けようと力を込める。

 

 私はまた同じ間違いを冒すのかと自らを叱咤し、ナグサの口はついに僅かながらも言の葉を紡ぎ出し始めた。

 

 

「――ッ!あのねっ、キキョウ……。私は…あの時……」

 

「……………ナグサ先輩!」

 

 アヤメがいなくても一歩を踏み出せるのだと、今更遅いかもしれないけど…せめてこの瞬間だけはそのままの自分を―――。

 

 

 

 だが、この世界の神はそんななけなしの勇気すら許さないらしく、障子の開く音がそれをさえぎった。

 

「……お取り込み中申し訳ありません。クユリの介抱を担当している者です。急ぎお渡ししたいものがありまして……」

 

 そう俯きながら許可もなく入室してくる一生徒。はるかに上の立場のナグサやキキョウに対して失礼極まりない態度だが……、彼女の放つただならぬオーラがあのキキョウさえも文句を言うことを許さなかった。

 

 

「……なに?その渡したいものって…」

 

 キキョウがそう尋ねると、彼女は懐から一枚の封筒を取り出し、ナグサに手渡した。

 

 

「……え…、これは?」

 

 ナグサが困惑しながらもそれを受け取ると、ゾッとするような低い声が答えた。

 

「…見ればわかりますよ。先輩がしたことの重さを知ってください。 では……失礼しました」

 

 そう吐き捨てるように言った後、屋敷から出ていく様子をしばらく呆然と見送っていた二人だったが、やがて我に返ったようにその封筒にくいつく。

 

 その封筒は一度開けられている痕跡があった。恐らく先程の彼女が開けたのだろうと考えるが、それは最早どうでもよかった。

 

 中身の手紙を開けば、そこにはせっかく振り絞った勇気も覚悟も、全ては手遅れなのだと思わせる内容が綴られていた。

 

 

 

 

『 拝啓

 

    敬愛なるお姉様、いかがお過ごしでしょうか。此度  

   は時候の挨拶は省かせて頂きますが、ご理解していた

   だけると幸いです。

    さて、此度はお姉様にお伝えしたいことがあり、こ

   うして筆を取らせていただいた次第です。

   私、御稜クユリは3日ほどこの百鬼夜行を離れること

   に致しました。情けないことに私はまだこのまま死に

   ゆくことを受け入れられるほど肝が据わっておりませ

   んので、私なりの方法を模索したいと考えた結果です

   。何も解決しない時間を無駄に過ごす余裕がないこと

   は私の身体がよくわかっております。

    ということですので、どうか探さないでいただける

   と幸いです。

   私はお姉様に無用な迷惑をかけないように行動します

   ので、お気になさらず。

 

 敬具

 

 百鬼夜行連合学院二年生 百花繚乱紛争調停委員会所属

 御稜クユリ

                          』

 

 

 

 ――――――カヒュッ……。

 

 息の詰まる音を漏らしたのはどちらか。

 

 あからさまに距離を取った文面で、いわゆる家出の意思を表明したソレ。

 

 

 

 やがてその部屋には激しく嘔吐する音と、盛大な舌打ちがしばらく止まなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クックック…。お久しぶりですね、“黄昏の黒百合”―いえ、御稜クユリさん」

 

 

「……なんですかその二つ名………」

 




身近な人や家族に『拝啓・敬具』を使うのは控えましょう…
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