自称「平凡だけど、どこか神秘的で儚げな……ただの百鬼夜行の一生徒」の妹による曇らせツアー   作:藍終

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キヴォトスの大人集合回です。(理事?知らんな)

この世界の先生は男性を想定しています。



想定外と想定外

 

「ククッ、思っていたよりも早く再会することになりましたね…。何か問題でも?」

 

「……思ってたよりも進行が速くてですね…。少しでも早く分析してもらおうかなと」

 

 

 捻れて歪みきった魔訶不思議な空間を黒いスーツ男と一人の少女が並んで歩を進める。

 

 まるで異なる空間を無理矢理掘削して開通させたような、グニャリと絶えず形を変えるトンネルは、じっと見つめていると平衡感覚を失わせる様相をしていた。

 

 しかし当の本人らは一見そこに足場があるのかも定かでない空間を、さも当然のごとくコツコツと歩行していく。

 

 既に入口は閉じられ、辺りは蠢く闇が支配している中、唯一の光源と言ってもいい白く燃え上がる炎らしきものを顔面の罅から噴き出しながら、スーツ男はふと少女を見やって言う。

 

「それにしても…、貴方の今の姿…。まるでこの私にそっくりだとは思いませんか?ククッ」

 

 確かに全身が罅だらけという点ではそっくりな二人である。

 偶然にもスーツ男の方は漆黒の身体に白い罅が走っているのに対し、少女は真っ白な肌にどす黒い罅が走っているという、それだけ見れば対称的かつ類似的なペアだ。

 

 からかうような言葉に少女は反撃を試みた。

 

「…そうですね…。まるで黒服さんの娘みたいじゃないですか?」

 

「…なるほど、そういう捉え方もありますね…。彼らに紹介する際のユーモアにでもしましょうか」

 

「…………へぇっ?」

 

 良い言葉を聞いたと満足気に頷くスーツ男の反応に少女は理由がわからず素っ頓狂な声を出してしまう。

 

 それに肩をすくめ、黒服は説明を始める。

 

「いえ、今日は我々の会議がある日でしてね。今回は例外にしても、いずれ長期的に失踪してくるのですから私以外の顔合わせも必要かと思いまして」

 

「―――えっ、そんな事聞いてないんですけど…」

 

「ククッ、言ってませんでしたからねぇ。さて、そろそろ着きますよ」

 

 黒服が視線を前方に戻すと、少し離れた位置の空間が縦に裂け、その先の景色がぼんやりと映し出される。

 

 巨大なテーブルのような光輪のある部屋を目に悪そうな一面真っ赤なライトが照らしている。

 

 それを囲むようにして立っているのは、遠目からでもわかる異形の者達。

 

 

 やがてその出口の前にまで辿り着いた二人。

 

 新たな同志を祝うように、黒服は少女の手を引きながら境界をくぐり抜けた。

 

 

「ようこそ、ゲマトリアへ」

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵

 

 

「…失礼、少々遅れてしまいました。皆さん、お集まりのようで…」

 

 軽く頭を下げ自らの定位置に立つ黒服。

 

 本来であればわざわざそれに言及する者も居らず、人知れず異形等の会議が始まるところなのだが今回ばかりはそうもいかなかった。

 

 黒服から見て真正面に立つ歪な木の人形。特徴的なのは首から二股の頭部が生えているというさながら結合双生児の様な容姿をもつソレは、身体をギシギシと軋ませる。

 

 

「…黒服よ、神秘の探求がそなたのテーマとはいえ、ついに生命の神秘にまで手を出したか……」

 

 

 表情が変化しないためやや分かりづらいが、声音からどこか憤っているようにも感じられる。

 

 すると、それを宥めるような声が今度は左側から飛ぶ。

 

 

「まぁ少し落ち着いて考えてみましょう、マエストロ。彼が久方ぶりに提出する探求の成果であるかもしれません」

 

「そういうこった!」

 

 

 そうどこか物腰柔らかな態度のソレも例に漏れず、コートを纏い、ステッキを持った頭の無い男性が、シルクハットを被った後ろ向きの男性が写っている写真を抱えているという、これまた奇妙な姿形をしていた。

 

 先に喋ったほうが写真の男で、相槌を打ったのが首無しのほうだが、初対面では困惑すること間違いなしだろう。

 

 

「五月蝿いですよ、いちいち騒ぎ立てないでください。私は黒服が何を為そうと興味はありません」

 

 苛立ちを隠そうともせず口元の扇子をパチリと閉じてそう言うのは、一見魅惑的なボディをもつ貴婦人だ。しかし、純白のドレスを血に染めたような肌が纏い、頭部にある幾つもの目がギョロギョロと蠢く様子がそれを台無しにしている。

 

 唯我独尊、自尊心を全面に押し出した性格の彼女の傲慢さに辟易させられる事は数え切れない。

 

 

 まさに三者三様といった混沌とした面子と反応だが、これはもうとっくに見慣れてしまっている黒服はやれやれといった様子で肩をすくめた。

 

「…マエストロの想像しているような大層なものではありませんよ。いえ、ある意味それ以上のものではありますが…」

 

「…どういうことだ、黒服」

 

 マエストロの問に半ば自慢するように少女の肩に手をかける。

 

「紹介しましょう。こちらは百鬼夜行の生徒、御稜クユリ。私の契約相手であり、この世界の“観測者”だった方です」

 

 

「「「なっ………!」」」

 

 

 バラバラの反応を示していた彼らが一斉に絶句する。

 それはあの赤い貴婦人も例外ではなかった。

 

 

 その反応は予想通りであっても実に面白く、硬直状態の同志らにさらなる衝撃を与えるべく、そのクユリに向けて問いかける。

 

「クユリさん、この場にいる者の紹介は必要ですか?」

 

 一瞬ポカンとした彼女だったが、話の流れでこちらの思惑を察したのかこくりと頷き、一歩前に出て語り始める。

 

「はじめまして、ゲマトリアの皆さん。ご紹介にあずかりました、御稜クユリと申します。マエストロさん、ゴルコンダさんにデカルコマニーさん、そしてベアトリーチェさん。以後よろしくお願いいたします」

 

「……因みに私からは一切貴方がたの情報は伝えておりませんよ」

 

 トドメにそう補足してやると、再び沈黙が場を支配する。

 

 

 それを最初に破ったのは、身体を軋ませながら居住まいを正した木偶人形だった。

 

「いや、これは失礼。貴殿は礼節がなっているようだ…。改めて、私はマエストロという者。しがない芸術家だが、ぜひとも貴殿とは有意義な時間を過ごしたいと考えている」

 

 いくら異形とはいえ、“大人”としての無礼は自覚している。相手が名乗ったのだから、こちらも名乗らねば無作法というものだ。

 

 マエストロに続き、コート服の男性も写真を抱えながらも器用に会釈した。

 

「…背を向けた状態での挨拶となるご無礼、どうかお許しください。わたくしにはこれ以外の方法がありませんもので…。わたくしはゴルコンダと申します。こちらはデカルコマニーといいます。以後お見知りおきを……」

 

「まあそういうこった!」

 

 まさしく慇懃な紳士といった様子で自己紹介を終えた二人組。

 

 残された貴婦人はしばらくクユリを値踏みするかのように観察していたが、やがて渋々といった様子で名を名乗った。

 

「……貴方の言う通り、ベアトリーチェといいます。クユリと言いましたか、一つ聞きたいことがあります」

 

「…なんでしょうか?」

 

「貴方は私をどこまで知っているのですか?」

 

 恐らく黒服以外のゲマトリアが全員思っていることを彼女は代弁することになった。

 

 クユリはどこまで答えれば良いものかと呟き、ふとこちらに問うてきた。

 

「黒服さん、“条約”は終わっていますか?」

 

 一瞬その意味が理解できなかったが、ここ最近で条約に関するものといえばアレしか無い。

 自分はそこまで関わっていないので詳細は知らないが…。

 

「はい、ひとまずの終着を迎えたと認識しております」

 

 それを聞いたクユリは話すべき事柄がまとまったようで、再びベアトリーチェに向き直る。

 

「先に申し上げておきますが、あまり気分を害されないでくださいね……」

 

「構いません、話しなさい」

 

 

「…ではまず……。ベアトリーチェさん、貴方はそもそも“色彩”を使って自らを偉大なる者に仕立て上げようとしていた。破壊と創造を司る、まさしく神のような存在に。そのためには“色彩”に干渉する必要があり、内戦状態のアリウスの生徒を支配する大人として君臨し、儀式の贄にふさわしい生徒を探すことにした。結果、ロイヤルブラッドという特異な体質をもつ秤アツコを“姫”として育てさせることに成功。掻き立てたアリウスのトリニティへの憎悪を隠れ蓑にし、エデン条約締結の際に巡航ミサイルを打ち込むなどして起こった騒動の裏で儀式を始めようとした…」

 

 ふう、と一呼吸おいて再び語りだす元観測者。

 

「しかし、ここで“先生”という変数が現れ、全てが狂い始める。秤アツコを奪還すべく裏切ったスクワッドのメンバーを率いる先生や聖園ミカというイレギュラーのおかげで儀式は中断、アツコも奪われ貴方自身も手痛い損耗を強いられているところを間一髪、ゴルコンダさん達に助け出され今に至るといった感じですかね……」

 

「…………………なるほど」

 

 そこまで聞いたベアトリーチェは納得したように頷いた。

 

 

「一介の、ましてや無関係の学校の生徒が知り得るはずのない情報の数々、そして“色彩”の存在を認知している……。確かに貴方は特殊な存在のようですね…。少々腹立たしいですが認めましょう」

 

 

 その気持ちは理解できなくもない。自らの為してきたあらゆる成功や失敗が全て予定調和だと、そうなるように出来ているのだと暗に示されたのだ。自尊心の塊のような彼女でなくても複雑な心境になるのは間違いない。

 

 黒服はそこまで気にする性格ではないのが幸いと言えた。

 

 すると、ゲマトリアの中でも文学を重んじる傾向にある者が片手を挙げた。

 

 

「わたくしからも一つよろしいでしょうか?」

 

「…なんでしょう?ゴルコンダさん」

 

「貴方が観測者である事は疑ってはおりませんが…、どのような媒体でこの世界を観測していたのでしょうか?書籍、もしくはシミュレーションの一環として…?もし、前者ならば“物語”として“完結”しているのですか?」

 

「それは…………」

 

 面白い質問だと黒服は思った。だが同時に、この世界の根幹を揺るがしかねない禁忌の問でもあると感じる。

 無限に広がるように思えた大地もある地点から途切れ、その先には宇宙という虚無が広がるのみとする地動説のように、この世界にも終着点があるのかということだ。

 

 まさに神のような視点からしか知り得ない情報。触れてしまえば我々のような探求者が最も打破しなくてはならない狂気にのみ込まれてしまう可能性すらあるその問に――

 

 

「…完結はしていないとだけ。私がこの世界に生を受ける前の世界ではまだまだ終わりは見えなさそうでした。きっと今も…」

 

 その言葉を聞いて、この場の誰もが大なり小なりホッと息をついた。

 

「…ふむ、しばらくはいきなり何の整合性もなく“打ち切り”になる事は無いのですね。…いえ、わたくしとしては物語は須らく完結するべきと考えておりますが、この世界にはまだ早いと思っておりましたゆえ」

 

「そういうこった!」

 

 一礼して一歩下がるゴルコンダとデカルコマニー。

 

 再び会議室に静寂が訪れる。それを見計らってパチンと手を叩き、視線を一身に集める。

 

 

「さて、彼女はこれからゲマトリアに入るわけでもなく、私の大事な契約相手ですからね…。彼女への質問はここまでにして、我々は我々のすべきことをしましょう」

 

 自分のみがもつ武器の性能をペラペラと公開するわけにはいかない。

 

 ゲートを開き、クユリをそちらに促す。

 

「クユリさん、私はしばらく会議がありますので、出た先のオフィスで待っていてください」

 

「…わかりました」

 

 特に疑いもせず素直にゲートの向こうに姿を消す彼女。いくら知識として契約違反を犯すような人ではないとはわかっていても、肝が据わりすぎてはいないだろうか。

 

 ――まぁ、契約相手に信頼されているというのは悪い気はしませんね…、ククッ。

 

 悪い大人として互いに利用し合う関係が多くなる以上、信用はしても信頼される事は滅多にないため、新鮮でどこか昂ぶる感情がある。

 

 それを察知したのかマエストロが面白がるように言う。

 

「…随分とお熱なのだな、黒服よ。確かに我々にとっても重要な存在となるだろうが…、私にはわかる。単なる契約相手ではない。貴殿が彼の者に向ける視線はまるで親のようだ」

 

「それにはわたくしも同意しますね。容姿もかなり似ておりますし、マエストロの言うように生命の神秘に手を出したのでは?それならそれで“生徒”を創り出すことに成功したことになりますから、貴方の探求の大きな糧になるでしょうが…」

 

「そういうこった?」

 

「……もしそんな技術を持っているのなら、わざわざアリウスを支配する必要が無かったことになります。使えぬ複製しかよこさない木偶人形なんぞに頼ることも無かったでしょうに…」

 

「…貴下は本当に他人の神経を逆撫でするな……。バルバラに最後まで頼りきっていたというのによくそんな口が叩けるものだ」

 

 

 そんなにいつもと違って見えるのだろうか。ベアトリーチェはともかく、付き合いの長いマエストロ達にまでそう言われてしまえば一笑に付す事も出来ない。

 

 確かに彼女の欲望がもたらすその先を見届けたいという興味はあるが……。

 

 

 まぁ今はそんな事はどうでもいい。

 

 どこかざわめいた気もする心内を無視し、ずれた話の流れを修正することにした。

 

「…彼女についてはまた後ほど話し合うとしましょう。では、そろそろ本題に入りましょうか――」

 

 

 ここに、悪い大人による不気味な会議が人知れず幕を上げた。

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵

 

 

 ――めっっっちゃ緊張した!

 

 あの後、黒服から促された通りにあの気持ち悪いゲートを通り抜け、明らかな高層高級マンションのオフィスに辿り着いた私は思わずその場にへたり込んでしまった。

 

 いや、考えてみて欲しい。

 

 この世界で今まで過ごしてきた中で、人型の大人なんて会うことはなかったわけ。そんなだから当然免疫なんて薄れるわけで、実際黒服との密談のときも初めは内心ガチガチだった。

 それが今回はキヴォトスでも屈指のいわゆる悪い大人の本拠地にぶち込まれ、大人特有の威圧を一身に受けなければならないと来た。しかも、全員が異形も異形。木のマネキンに首無し紳士、そして目玉ギョロギョロBBA…、あまりの空気の重さに押しつぶされるかと思った。

 

 黒服…、そういうのは先に言ってくれないと心構えが出来ないじゃん…。想定外すぎて冷静を取り繕うのに精一杯だった。何か変なことを言ってないといいけど…、

 

 ともあれ、これがこの世界の大人かぁと思い知ることになった。

 そりゃあ先生の聖人さが目立つし、ある意味異質なわけだ。

 

 

 ふとガラス張りの壁に近づき、高所ならではの光景を眺める。

 百鬼夜行にいた時の自然豊かな風景とは真逆で、一面がコンクリートに覆われ、鉄筋ビルがもやしのように立ち並んでいる。

 

 まさに都会のイメージそのままの様相だが、これはこれで人間くさい統一感が感じられて味がある。

 

 目を凝らすと遥か遠くにうっすらとサンクトゥムタワーが聳え立っているのが見える。

 

 恐らくD.U区の何処かにひっそりと拠点を構えているのかもしれない。

 眼下では豆粒のような大きさの生徒や一般人が目まぐるしく動き回っている。

 

 ――ネームドの生徒とかいないかな〜。

 

 思わず◯ォーリーを探せみたいにガラスに手をついて目を凝らしてしまう。

 

 目が慣れてきたのか、だんだんと詳細が判別できるようになってくる。

 

 残念ながら、ネームドの生徒を見つけることは叶わなかったが、それでも、改めて私はブルーアーカイブの世界に存在しているのだと実感する。

 

 いつも画面の向こうだった世界が今、目の前に広がっていることがどうしようもなく嬉しくて、ほろりと涙が零れる。

 

 ――傍から見たら、監禁されてる少女が自由に生活している人々を羨ましく思って涙を流すという痛ましい光景じゃんこれ…。

 

 そう苦笑し、立っているのも疲れてきたので適当なソファにでも座って待っていようとそこから離れようとした時…。

 

 

 ――ん?誰かに見られてる?

 

 第六感がピリッと弾けるような感覚に襲われ動きを止める。

 

 決して不快な感覚ではない。しかし何か、本格的に“世界”から認識され取り込まれたようだと直感が囁く。

 

 その感覚―もとい視線の正体を突き止めるべく一瞬は目を離した眼下の街に再度注目する。

 

 ソレの正体はすぐにわかった。なにせ絶えず人が流れている街中で立ち止まっているのだから、こうして俯瞰していればなおさら目立つ。

 

 

 ソレは遠目からでもわかるほどこのキヴォトスでは異質の容姿をしていた。

 

 若干よれているグレーのスーツを着こなしネクタイを締めるといういかにもサラリーマンといった服装、多忙なのかあまり整えられていない髪は所々跳ね上がってしまっている。

 

 片手にはタブレット端末を持ち、首からは自らの所属を示すカードをさげているようだ。

 

 そして何より、キヴォトスではゲマトリアの面々を除くと殆どいない、人型の大人であること。それも純度100%の人間。

 

 

 ここまでくれば嫌でも察した。

 

 

 その気の良さそうな好青年ぽさを残したやわらかな顔から放たれる視線と視線がかち合った瞬間――

 

 

 ――先生じゃん!!

 

 私は弾かれたようにその場から離れた。

 

 いや特に悪いことはして…なくもないけど、そう認識した時には身体が勝手に反応していた。

 

 このキヴォトスに蔓延るあらゆる理不尽からその身を犠牲にすることを厭わず、生徒を守ることに全てを尽くす異常な程の聖人。

 

 

 そんなこの世界の主人公に目をつけられたらこの先の計画にどんな支障が出るかわかったものではない。

 あれはどんな理由があろうと、生徒が悲しむ事を許さない人種だ。

 私の目的を察知したらまず間違いなく邪魔してくるし、そうなれば“生徒”の私では勝ち目がない。

 

 あの主人公力にまともに立ち向かえばたちまち私のお姉ちゃん曇らせツアーは頓挫し、私そのものも絆されてしまうかもしれない。

 

 それだけ先生という概念はこの学園都市において最強の干渉力をもつのだ。

 

 

 それだけは絶対に避けなければ…。

 

 まだ偶々、ほんの一瞬目が合っただけ…、それにあちらが私を見ていたという確証もない。

 もしかしたら偶然何気なく空を見上げただけかもしれない。

 そう思うことにしよう。

 

 

 自分でも異常だと思えるほどの焦りを感じていると……。

 

 

「おや、随分と冷や汗をかいていますね。何かあったのですか?」

 

 いつの間に帰ってきていたのか、黒服がデスクに両手を組みながらクックックと笑っていた。

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵

 

 

 定例会議を終え、現在の自らのオフィスに帰還してきた黒服。

 

 見回すと指示通り待機していたクユリが目に入る。

 

 そこまで時間はかけていないが待たせてしまったことは事実、お気に召すかわからないがコーヒーの一杯でも持って、お待たせしましたと声を掛けようとしたのだが……。

 

 見るからに顔を青ざめさせ、冷や汗をかいている彼女の姿が目に入った。

 

 以前百鬼夜行で契約を交わした時も、つい先程ゲマトリアの面々と対峙した時も、余裕そうに動揺の一つも見せなかった彼女がこうも焦っている様子に興味がわいてしまう。

 

 相手の弱点などいくら知っておいても無駄にはならない。

 

 ただでさえ一方的に知られているのだから、こちらとしても取れる手札は増やしておきたい。

 

 無論、純粋な興味という面もあるにはあるが、やはり黒服は醜い社会を生きる大人であった。

 

 

 

 

 

「……なるほど、先生が……」

 

「はい…、先生という存在がいかに強力かは黒服さんも体験済みだとは思いますが…」

 

「勿論です。だからこそ、彼には興味があるのですがね…」

 

 いつだったか、キヴォトス最高の神秘を持つ小鳥遊ホシノを手中に収めるためにカイザーと手を組んでいた頃、あと一歩のところで先生に契約の穴をつかれて奪還されてしまったことがある。

 

 あれは今だに痛恨事だが、同時に彼の有り様にひどく探求心を擽られることにもなった。

 …まさか顧問のサインがないという理由で契約を無効にしてくるとは思いもしなかったが…。

 

 それを可能にしてしまうほど、この学園都市というジャンルにおいて先生という概念は絶対的なのだ。

 

 その気になればこの世界を好きに支配できる権限を持ちながらも、生徒のためにそれらを全てなげうち、自らの危険を厭わない彼。

 

 

 改めて考えるとやはり異常で興味深い存在だが……、なるほど、だからこそ彼女は焦っているのか。

 

 

 彼女の計画は褒められたものでは到底無いし、それを先生が気づけば確かに止めようとしてくるだろう。

 彼女が生徒である限り、先生には勝てない。そう考えているからこそ、今の事態に焦っている。

 そもそも認識されなければ事はスムーズに進んだのに…、といったところだろうか。

 

 だが―――

 

「……ふむ、確かに面倒な事態かもしれません。が、一つアドバイスをしましょうか」

 

「アドバイス…?」

 

「はい、貴方と先生はいわば勝負をしている関係になります。…これは私の持論ですが、勝負はいかに自分の得意な分野を押し付けることができるかにかかっていると思っています」

 

 そう、自身であれば契約で、ベアトリーチェであれば洗脳と支配で、それぞれの得意なフィールドに相手を引きずり込むことで自らの利益を最大限のものとする。

 

 わざわざ相手の得意なフィールドで戦う必要など無い。強い者が勝つのではなく、勝った者が強い。

 

 いくら綺麗事を並べようがこれは揺るぎのないこの世界の真理なのだから。

 

「得意…とは少し違うかもしれませんが、貴方が最大限力を発揮できるシチュエーションは何ですか?」

 

「…曇らせ………。そうか…!」

 

「ククッ!そうです、貴方が見られた姿はそれに利用できるのでは?それに、貴方も先生の守るべき生徒の一人です。無理に敵対するのではなく、利用価値がなくなるまで徹底的に利用するのが賢明だと思いますがね…」

 

「…流石は黒服さんですね」

 

 あの日に見せたような歪んだ笑みで頷いたクユリ。

 

 やはり彼女にはこれが似合う。自らの仮初めの欲望に赴くまま突き進むその愚かな、しかしどこか愛らしいその姿が。

 

 

「そうなると……。黒服さん、早速今日連絡した本題に入りましょうか」

 

「そうですね。何か思いついた顔をしているようですし…」

 

 ようやくと言っていいのか、彼女はその笑みを崩さぬまま、今日再び顔を合わせることになった理由を語り始めた。

 

 

「最初にも言ったと思いますが、コレの進行が想定よりも酷く、予定を早めて黒服さんに分析してもらおうと思いまして……。そのサンプルとして――

 

 

 

 

 

 ――私の左腕、切り取っちゃってください。勿論、死なない程度の痛みが残る方法で。あと、ついでに何か録音できる媒体を用意してくれると助かります」  

 

 

 

 やはり彼女は狂っている――が、それがたまらなく美しい。

 

 その狂気に免じて、一芝居うってやるのも面白そうだ。

 

 

 ――さぁ、先生。貴方はこのバケモノにどう対応するのでしょうか…。クックック、楽しみですねぇ…。

 

 

 彼女が先生に何をしようとしているのかを全て察した黒服は、心を躍らせながら彼女を実験室へと導いた。

 

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵

 

 

 エデン条約の騒動が一区切りついて、徐々にではあるが穏やかな日常が戻ってきたと感じる。

 

 今日はエデン条約の調印式が行われるはずだったが、謎の巡航ミサイルによって見るも無残な瓦礫の山と化してしまった古聖堂の整備に赴く予定だった。

 

 今はトリニティとゲヘナの生徒が協働して古聖堂の後始末を行っていて、かくいう私もシャーレの業務の合間を縫って度々協力していた。

 

 腹の銃創はまだ痛むものの、生徒のためを思えば些末なことだ。

 

 力自慢のヒナタには無理しないでくださいって怒られちゃったけどね……。

 

 

“さぁて、今日も頑張りますか!”

 

 

 徹夜明けの事務作業で凝り固まった身体を適度に解しつつ、人の溢れる街中を歩き進む。

 

 勿論このキヴォトスでの生命線のシッテムの箱も忘れない。

 ミサイルが着弾した時も、アロナの力が無かったら間違いなく焼け死ぬか、瓦礫に押し潰されてしまっていただろう。

 

 自分の身体はこの世界ではどうしようもなく弱い。今回の騒動でそれを強く認識せざるを得なかった。

 

 アロナがあの時の力不足を嘆いて、時々覚悟がキマってしまったような言動をするようになったのも原因ではあるのだが……。

 

 ――後でいちごミルクを買っておいてあげよう。

 

 そんなことを考えながら、ふと立ち止まって何気なく空を見上げる。

 

 立ち並ぶビル群、次いで透き通るような青空が広がり、降り注ぐ日差しは心地良い暖かさを届けてくれている。

 

 天気がいいと人間気力も湧くわけで、軽く伸びをして、軽い足取りで歩きだそうとした時―――

 

 

“……ん?あれは……?”

 

 

 見上げた視界に幾つも並び立っているビル。その中でもひときわ高い、いかにも大企業が拠点としているような高層ビルの一室。

 

 かなり高い位置かつ、太陽の光がガラスに反射してよくは見えないが、一人の少女がガラスに手をついて景色を眺めていた。

 

 頭に何か光るもの―ヘイローが浮かんでいる事から生徒であることはわかる。

 

 それだけなら特に気にはならなかったが、彼女の様子が私の視線を釘付けにした。

 

 遠目でもわかるほど身体に痛ましい黒い罅が入り、どこか寂しげに涙を流しているようにも見える。

 もしかしたら光の反射でそう見えているだけかもしれないけれど……。

 

 

 しばらくそうしていると、ふとその生徒がこちらを見下ろして私と視線がかち合う。

 

 すると一瞬目を見開き、何か見られてはいけないものを見せてしまったかのようにパッと部屋の奥に引っ込んでしまった。

 

 

“なんだったんだろう?”

 

 思わずそう呟く。

 彼女のことがどうしてか気になってしまい、ほんの一瞬そのビルの中に足を向けようとして――

 

 ブーッ、ブーッとポケットのスマホが着信を知らせる音と振動を発した。

 

 見ると電話ではなくモモトークに着信が入っており、内容は今まさに向かおうとしていた古聖堂の件についてだった。

 

 彼女のことが気にならなくなったわけではないが、ひとまず自分のやるべき事をやろうと決め、止まっていた時間を取り戻すように走り出す。

 

 

 ――ふと、またどこかで会えたら、その時にでも聞いてみよう。

 

 

 

 

 この時の私は知らなかった。

 

 その時は意外にもすぐにおとずれること、そして――

 

 

 ビルに踏み入らない決断をした自分を呪うことになることを………。

 

 

 

 

 

 




次回、クユリちゃんによる先生の勘違い&曇らせ回

…の予定です。
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