自称「平凡だけど、どこか神秘的で儚げな……ただの百鬼夜行の一生徒」の妹による曇らせツアー   作:藍終

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ただいま、お姉ちゃん。



いきなり冷え込みすぎでしょ。おかげで体調を崩してしまいました。皆さんもお気をつけてください。


ねぇ、なんで泣いてるの?あっ!嬉し涙だねきっと!

 

「クックック…、では解析の結果と私の結論をお伝えしましょうか」

 

「…本当に一日で終わらせたんですね…」

 

 

 クユリが先生と“偶然”出会った日から一日程間が空き、約束の3日目がおとずれていた。

 

 相も変わらず閉め切られたカーテンの影響で煌々と照明が部屋を照らす中、短いながらも深い関係を持つことになった二人が対峙している。

 

 両手をデスクの上で組み、何やら意味深な笑いをこぼす黒服。

 そこにはクユリという生徒に振り回されながらも、どこか保護者めいていた面影はなく契約相手として、また一探求者として成果を報告する公的な大人の姿があった。

 

 汚く歪んだ手段が常套の大人の世界で没落することなく生き抜いてきた者が放つオーラは、たちまち相手を黒服の盤面へと引きずり込む。

 

 その相手がまっとうな青春を送っていればの話ではあるが――。

 

 

「…流石は黒服さんといったところですね。だからこそ私は貴方に頼ったんですけど…」

 

 胡散臭さの塊のような大人に全幅の信頼を寄せ続けるこの少女は賛美の言葉を投げかけつつも、どこか予定調和のように目を細める。

 

 信用はあっても信頼は無い世界の住人にそれはむず痒く、調子を狂わされるものであり―――。

 

「ククッ!その言葉は内容を聞いてから言うかどうかを判断すべきですよ。――では、まずはこちらを……」

 

 彼女の雰囲気に呑まれない内に黒服は本題を切り出すことにした。

 

 ゴトリと例のケースをデスクの上に取り出す。

 

 切り取られたにも関わらずまだ生きているように脈打つ左腕。しかしかなり罅が進行しており、そのほとんどが炭化したように漆黒に染まってしまっていた。

 

 じっと観察していると、ほんの僅かずつではあるが黒い面積が広がっているように見える。

 

「ご存知の通り、これは貴方から預かった左腕です。私は特に手を加えていませんが、たった数日のうちにこの有様にまでなってしまっています」

 

「ちょっと待ってください…、それなら私はどうしてまだこうなっていないんですか?」

 

 当然の疑問である。あのケースが独立しながらも対象を保存する効果を持つのなら、同時進行でクユリ本人もとっくにこうなっているはずなのだ。

 

 その疑問に答えるものとして、黒服はいつかの錠剤をケースの隣に置いた。

 

「これは先日貴方に飲んでいただいたものと同じ錠剤です。あの時はその効果をあえて告げていませんでしたが、貴方の反応は大いに参考になりました」

 

「……何が言いたいんです?」

 

 直感か何かで嫌な予感を感じとったのだろうか、普段の彼女からは滅多に感じない純粋な焦りを感じた黒服は、自らの頭部から噴き上がる黒い靄を激しく立ち昇らせて告げた。

 

 

「現時点での私の結論を述べましょうか。…クユリさん、貴方は“反転”しかかっていると考えます」

 

 

「―――――――――えっ…………」

 

 

 

 

 黒服がクユリに飲ませた錠剤。あれはいわゆる鎮静剤の一種であった。勿論普通のものではなく、黒服のこれまでの神秘の研究の過程で生み出された『神秘鎮静剤』なるものだった。

 

 黒服がクユリとの二度目の邂逅を果たし、変わり果てた彼女の容姿を観察していた時や、ちょっとした芝居を交えて切断作業を行っていた時から、ある仮説が浮かび上がっていた。

 

 数多の生徒と神秘を目にしてきた彼にとって、流れる神秘のおおよその特性を見抜くことくらいは容易だった。それこそ、暁のホルスの件など顕著だったと言える。

 

 そんな彼が抱いた仮説は、彼女は表に浮き上がってきた神秘に侵されている――つまるところ、“反転”しかかっているということだった。

 

 無論、彼女が影響を受けたのは“黄昏”なるものであって、生徒の存在を―テクスチャを反転させる“色彩”によるものではない。

 

 故に初めこそはこの仮説はどちらかといえば妄想に近かった。彼は確かに神秘を読み取ることを得意としているが、それに胡座をかいて他の可能性を潰すほど愚かではない。

 

 一応人の身であるからして、黒服も間違いやミスをすることはあり、確たる根拠もないままの妄想に囚われては時間を無駄に過ごすこととなる。

 反転以外の全くの未知の現象である可能性などごまんとあるだろう。

 

 

 そこで一つ、実験をしてみることにしたのだ。

 

 神秘の流れを抑制する効果を持つ錠剤を彼女に飲ませる。

 一方で、サンプルには何も手を加えず反転、もしくは百物語化するにまかせる。

 

 実験は基本的に二点以上の事柄の比較から成っている。

 これで現象の進行速度に違いが出れば、仮説の証明が――少なくともコレに神秘が関わっていることは明白となるということだ。

 

 

 ――結果は黒。

 彼女が神秘鎮静剤を飲んですぐに変化はおとずれた。

 

 彼女自身は気づかなかったようだが、身体の罅が僅かながらもひいていき、割れた肉体が修復されていったのだ。

 本人も楽になったと言っていることから、確信を得る。

 

 今クユリを蝕んでいるものは彼女自身の神秘であると。

 

 そして、その過程を見るのは初めてではあるが、まさしく“反転”のプロセスそのものであるということを。

 

 

 まだ正直なところ不明な点は多い。“色彩”と違って即時かつ不可逆の変化ではないことや、反転し表に出てきた彼女のテクスチャは――神性は一体何なのかといったことなど疑問は絶えない。

 

 しかし、たったの三日という期間で得られたとは思えないほど有益な情報と知見であることには違いはない。

 

 

 そして、この現象を止める事はできなくても、遅延させる手段については暫定的ではあるが用意できることとなる。

 

 黒服の契約にしては珍しく、掛け値無しにお互いがお互いに利益を享受する結果になっていた。

 

 

 

 

「―――と、こんなところでしょうか…。まだまだ謎は残っていますが、貴方の言う百物語化という現象は限りなく“反転”に近いものであることは間違いないでしょう」

 

「………わかりました、黒服さんがそう言うならそうなんでしょうね…。いよいよ後戻りができないことがわかったわけですか……」

 

「ククッ、怖じ気づいたのですか?」

 

「いえ……、ただ黒服さんの様子を見るに何かしらの対応策も持ってきてくれてそうだなと」

 

「……そうですね、貴方はそういう方でした…」

 

 黒服が肩を竦め、小ぶりなアタッシュケースを取り出す。

 

 ロックを解除が解除され中身が露出される。

 

 中に納められていたのは、このキヴォトスでは最低限の自衛にしかならないようなこれまた小ぶりな拳銃だった。

 

 いや、むしろ拳銃というよりも――

 

「……麻酔銃?」

 

「…確かに見方によってはそうかも知れませんね。見ての通り、普通の銃ではありません」

 

 よく見れば銃口の位置に極細の針が輝いている。そして備え付けられたマガジンには銃弾の代わりに、ライトグリーンの液体が満たされたシリンダーが装填されていた。

 

「これには先日貴方に飲んでいただいた錠剤の確度を上げた液体が入っています。症状が進行してきたらそれを撃ち込んでください。麻酔銃というより、エピペンに近いかもしれません」

 

「……なるほど。やっぱり黒服さんは流石ですね。しかも、見た目だけならぱっと見は拳銃ですしこれは………」

 

 

 ソレを手にとって眺めるクユリの表情は、新しい玩具を見つけたかのように喜悦に満ちていた。

 

「……また何か思いつかれたようですね」

 

「そうですね、いいスパイスが手に入りました。ありがとうございます、黒服さん」

 

「いえ……、貴方はやりたい事をしてもらえればそれで構いませんから。――あぁ、一つ忘れていました」

 

 そう言って黒服が徐ろにアタッシュケースの中の窪みの一つに新たなケースをはめる。

 

「この中にはいわゆる“残弾”が入っています。仮にも抑制剤ですので何度も服用している内にいずれ体が“慣れ”てきます。一応十分だとは思う量を入れていますが…」

 

 

「…黒服さんってほんとに気が利きますよね。そんな容姿じゃなかったらモテてますよ絶対…」

 

「クックック!嬉しいことを言ってくれますね…。しかし私にはそのような相手はおりませんので」

 

「……私がもらってあげてもいいんですよ?」

 

「…貴方の大好きなお姉さんはどうするのです?」

 

「冗談です…。それに、推しと嫁…私の場合は旦那は別枠と言うじゃないですか」

 

 先ほどまでどこか張り詰めていた空気は霧散し、契約関係というよりは、気の知れた相棒同士のような雰囲気が漂い始める。

 

 しかし、今日はクユリが百鬼夜行へと戻らなければならない日であり、あまり長々と話し込むわけにはいかなかった。

 

 その事は両者とも承知しているためか、しばらく談笑した後、同時に席を立つ。

 

 黒服が軽く手を振ると空間がグニャリと歪み、不定形のゲートが出現する。

 

「それでは、また会える日を楽しみにしていますよ。御稜クユリさん」

 

「…またお世話になりますね、黒服さん」

 

 

 そうして、一人の少女が虚無にのみ込まれると同時に、ゲートの入口が閉じる。

 

 その様子を見届けた黒服はふぅと一息つき、壁に取り付けられた幾つかのスイッチの一つを押す。

 

 ガラス張りの壁を覆っていたカーテンが一斉に滑り始め、オフィスに久しく陽の光が差し込む。

 

 

 静かになった一室に革靴の音を響かせながら呟いた。

 

「……さて、私は私のやるべき事をすることにしましょう」

 

 あの赤い貴婦人がやらかした“色彩”の件に、突如観測された箱舟の件。

 

 クユリとの契約をこなしながらも、このキヴォトスに迫りつつある脅威への警戒は怠らなかった黒服は再びゲートをくぐる。

 

 己と似たりよったりの異形が集まる大人の会議の場へと足を踏み入れ、お決まりの定型句を放つ。

 

 

「…失礼、少々遅れてしまいました。皆さん、お集まりのようで……。それでは、会議を始めましょうか」

 

 

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵

 

 

 

 灰色の世界とはこういう事をいうのだろうか。

 

 

 あの日、クユリから家出の旨が綴られた手紙を叩きつけられる形となったあの時、私の視界は灰色一色に染まってしまっていた。

 

 歴史ある調停室の床を吐瀉物で汚してしまう私を見限ったのだろう。

 ようやく落ち着いてきた頃にはとっくにキキョウは去っていて、一人清掃をしながらそれも当然かと考える。

 

 

 皆の―百花繚乱のかけがえのない存在のアヤメを救えなかった。

 

 それどころか、私のせいで愛する妹を危険な目に遭わせた挙句、その妹の苦しむ姿から逃げ出す始末。

 

 元々アヤメの影に隠れていただけの無能な存在なのに、人として当然のことも出来ないのだ。

 

 こんな私など、見放されて当然だった。

 

 

 ただそれ以上に救えなかったのは、見放されたということに、どこか安堵を感じてしまう自分がいることだった。

 

 見放されてしまえば、百花繚乱の代表としての重責も、羨望の目も向けられずに済む。

 幸いなことにキキョウやレンゲといった信頼できる後輩が控えている。色々ありすぎてなあなあになってしまっていたけど、私は百花繚乱の委員長代理という地位から退くつもりだったのだ。

 

 逃げ出す大義名分ができたじゃないかと私が囁いてくる。

 

 しかし、クユリは金輪際戻ってこないと言ったわけではないという事実が私を縛りつけてもいた。

 

 あの手紙通りなら、クユリは三日後にはここに帰ってくるのだ。

 そのまま帰ってこなくても当然の所業をしたというのに、こんな何もしてやれない姉がいる場所に帰ってくると言ってくれている。

 

 確かに、もしかしたらもう以前までのようなクユリの態度ではないかもしれない。お姉ちゃん大好きなんて、もう二度と聞けない言葉かもしれない。

 

 それでも、こんな私をまだ姉と認識してくれるのなら…。

 

 

「……しっかりして御稜ナグサ……。クユリのお姉ちゃんとしての責務くらい果たして見せなきゃ…私に何が残るの」

 

 

 文字通り歯を食いしばる。

 

 肩にかかっている百花繚乱の羽織がやけに重い。

 その重さをより感じられるように、しっかりと身に纏わせる。

 

 

 滑稽に見えるかもしれない。どの面下げてと罵倒されるかもしれない。

 

 

 百花繚乱としても一人の姉としても失格かもしれないけれど、クユリが認めてくれている限りは演じてみせよう。

 

 

 百花繚乱の委員長代理で、御稜クユリの姉の――御稜ナグサという役を……。

 

 

 

 

 

 そう決心してから初めての一日目、私は決意が揺らがぬ内にキキョウのもとを訪れていた。

 

 いや、正確にはキキョウも私に会いに来ていたらしく、ばったり出くわしたといったほうが正しいか。

 

 ともかく、こうして対面できた以上は私の決意を余さず話そうと口を開きかけた瞬間――。

 

 

「……なんだ、あんたもそんな目ができるんじゃない」

 

「………え?」

 

 キキョウにしては珍しく、安心したと言わんばかりの穏やかな微笑を浮かべながらそう言われたため、出かかっていた言葉が霧散する。

 

 固まってしまった私を見て、はぁとため息をつき理由を話すキキョウ。

 

「…あんたがもしウジウジと昨日のことを引きずってたら、もう一発引っ叩いてやろうと思ってたんだけど…。そこはやっぱりナグサ先輩だね、ちゃんと立ち直ってくれたんだ」

 

「……立ち直ったわけじゃないよ。今だって、なんとか逃げ出さずに済んでるだけ…。もしクユリが帰ってこない事になってたら、とっくに私は居なくなってると思う」

 

「そう………。それでも、私は嬉しいよナグサ先輩。私一人じゃ、どうにもならないことだらけだし」

 

 その言葉を聞いて私は恐る恐る尋ねる。

 

「…ねぇキキョウ、今の百花繚乱はどうなってるの?」

 

 すると頭痛の種だというように眉間に皺を寄せ、首を振って答える。

 

「正直なところ、かなり危ういよ。アヤメ先輩が失踪した影響で部隊の統率力や士気が目に見えて下がった。やっぱりあの人の存在は大きかったんだとつくづく思わされるね…」

 

「そう……なんだ」

 

「でもね、それでもまだ百花繚乱が崩壊していないのは……ナグサ先輩のおかげなんだよ?」

 

「えっ………、な、なんで?」

 

 純粋な疑問が口から漏れる。

 私がいるおかげで百花繚乱が保たれているなんて、とても信じられなかったから。

 こんな醜く、情けない私なのに……。

 

「はぁ……。あんたはもう少し自信を持ったほうがいいよ。みんな、ナグサ先輩が残ってくれているならって頑張っているんだよ。私達から見たらナグサ先輩だって、アヤメ先輩みたいなものだから」

 

「………そ、うなんだ……」

 

 呆れたようにそう言うキキョウだけど、私にとっては、それ自体が重荷になる。

 一応決意が固まったとはいえ、いざ現実を突きつけられると及び腰になってしまうのはもはや直しようがなかった。

 

 思わず黙り込んでしまった私をどう捉えたのかわからないけど、さて…と空気を入れ替えるように手を合わせたキキョウは半ばうんざりしたような様子で立ち上がった。

 

 静かな足取りで畳敷の床を歩いていく姿を目で追っていると、調停室に入った時には気づかなかった書類の山がうず高く積み上がっている光景が目に入る。

 

 まさかと思っていると、腕いっぱいにソレを抱え込んだキキョウが戻って来る。

 

 

「あんたとは色々話したいこともあるけど…、とりあえずは……」

 

 

 ドスンと目の前に突き立つ壁の背景に、黒い笑顔を浮かべた作戦参謀がゆらりと立つ。

 

 

「ナグサ先輩がここ数日溜め込んで私に押し付けてた仕事、ちゃんとやろうか……?」

 

 

 乾いた笑いを返すしかなかった私を誰が責められようか…。

 

 

 いや、悪いのは私なんだけど………。

 

 

 

 

 

 

 散々溜まった私への不平不満罵詈雑言の弾幕を一身に受け止めながらも、どうにかこうにか書類を捌き終える頃には日もだいぶ傾いてしまっていた。

 

「ふぅ…、なんとか終わったかな…」

 

「ありがとう、キキョウ。手伝ってもらっちゃって」

 

 なんだかんだ言いながらもキキョウは私の仕事を手伝ってくれたのだ。私への不平不満を漏らしながら全く効率を落とさない動きに、頭と口と手がそれぞれ独立しているんじゃないかって思った。

 

 一方の私はそんな出来た人間じゃないから、心にナイフが刺さるたびに手が止まったりした。

 

 それでも私のことを想っての言葉だとわかっているから、余計に響くのがしんどかった。

 

 

 満身創痍の私だったけど、余計な事を考える暇もない作業に没頭していると、少しは頭もすっきりしたと感じていた。

 

「本当に…、ありがとうキキョウ。次期委員長はキキョウに決まりだね」

 

「……ふん。べ、別にこれくらい大したことじゃないでしょ…。それに、ナグサ先輩にはもっと頑張ってもらうつもりなんだから……」

 

 その意味も込めて改めてお礼を言うと、そっぽを向かれてしまった。

 

 でも、いくら苦手とはいえ私だってキキョウとはそれなりの付き合いだ。

 

 頭の猫耳がぴょこぴょこと動き、二股の尻尾がゆらゆらと揺れていることに気づき、思わずくすりと笑ってしまう。

 

 

 灰色の世界が徐々に色づいていく気がした。

 

 

 

 

 

       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 次の日、私は百花繚乱の本分であるパトロールをするために百鬼夜行の敷地を練り歩いていた。

 

 考えてみれば右腕が使い物にならなくなってから初めての巡回活動だった。

 

 一応片腕のみの生活には慣れてきているとはいえ、戦闘にまで対応できるか些か不安が残る。

 

 持ってきているのは『百蓮』ではなく、使い慣れた自分の百花繚乱の制式ライフルだ。

 手足のように使ってきた相棒はボルトアクションライフル――いわゆる一発ごとにボルトを手動で操作して装填と排莢をしなければならないタイプの銃だった。

 

 魑魅一座が使っているようなフルオートではない分、片腕の私には少々荷が重い作業を挟まなければならない。

 

 どうしたものかと思考しながら賑わっている街中を歩いていると、ふと、私の耳が微かな銃声をとらえた。

 

 

 この百鬼夜行は祭りの学園と言われるほど、どちらかといえば騒がしい雰囲気が流れているのだが、その中には荒くれ者もそれなりに含まれている。

 

 単純な酔っ払いの喧嘩から不良たちの銃撃戦まで規模は様々だけど、一日に数件は起こるくらいだから百花繚乱が作られたと言ってもいい。

 

 そんなだから、私の足は考えるよりも早く音が聞こえてきた方向に駆け出していた。

 

 

 

 しばらくすると、ちょっとした広場にたどり着く。

 

 見れば数人の百花繚乱の部員が荒くれ者たちに囲まれて防戦状態になっているという、思ったよりも大きい規模の戦闘が展開されていた。

 

 相手にバレないように遮蔽物の影に隠れている子の後ろに近づく。

 

 

「……ねぇ、今どういう状況なの?」

 

「ひゃあっ!?」

 

 文字通り飛び上がりかけたその子だったけど、百花繚乱としての自制心がギリギリで間にあったのかコソコソと耳打ちに切り替えてきた。

 

「ナ、ナグサ先輩!?もしかして応援要請を聞いて…?」

 

「ううん…?偶々銃声が聞こえてきたから駆けつけただけ…。でも、見た感じ厳しそうだね」

 

「…はい、不甲斐ないですが残弾も残り少なくて…」

 

「……わかった。後は私がやってみるよ」

 

 

 私が駆けつけたのは偶然だったようで、目を白黒させている子にそう告げると、諦めかかっていた目に光が戻る。

 

「ほんとうですか!?これほど頼もしいことはないです!私達が制圧射撃で間を作ります」

 

「うん、頼むね」

 

 

 離れて牽制射撃をし続けている仲間にアイコンタクトを取る様子から、かなり連携が取れていると感じる。

 

 ハンドサインでスリーカウントを刻み、ゼロとなった瞬間、遮蔽物から残りの弾をばら撒く後輩たち。

 

「うおっ!なんだぁこいつら!?」

 

「騒ぐな、どうせ最後のいたちっ屁だ。いずれ―――ゴッ!?」

 

 

 制圧射撃に視界が狭まっている隙をつき側面から不意の一撃を食らわせる。

 最初に隊長クラスを落としたことで荒くれ者たちに動揺がはしる。

 

「ぞ、増援だ!囲んで押し潰せ!」

 

 ただの荒くれ者ではない事は先の隊長の様子からも察してはいたけど、中々どうして判断が早い。

 

 多対一の利を見抜いた的確な判断だったが、しかしそれに身体がついてくるわけではなかった。

 

 

 リーダー格を一瞬で落とされた動揺がまだ抜けきっていない隙を私は見逃さず一人一人仕留めていく。

 

 懸念材料だったリロードも、咄嗟に右肘に銃を引っ掛けるようにして固定することでなんとかなった。

 

 

 

 やがて辺り一面をぐったりとした荒くれ者たちが覆った頃、我先にと後輩たちが駆け寄ってきた。

 

「す、凄いですナグサ先輩!あれだけの手練れを一瞬で倒しちゃうなんて!」

 

「流石は百花繚乱の委員長代理ですね!」

 

「アヤメ先輩がいなくなっても、ナグサ先輩がいるなら…!」

 

「あ…うん、ありがとね…」

 

 口々に黄色い称賛の声が降りかかる。

 

 キキョウの言っていた通りの事をこうして直に体験することになると、しどろもどろにそう返すしかできなくなる。

 

 別に私でなくても、キキョウやレンゲでも同じようにできるだろう。いずれ片腕しか使えない事が広まれば、きっと今回のようにはいかない。

 

 そうなれば私よりももっと上手く立ち回れる二人のほうがより良いに違いない。

 

 

 そう考え込んでしまっていると、一人の後輩が訪ねてくる。

 

「…そういえばナグサ先輩、少し聞きたいことがあるんですけど……」

 

「聞きたいこと?」

 

「はい、あの……。クユリ先輩の姿をこのところ見てなくて…、あの鬼きょ――レンゲ先輩からはちょっとした風邪で寝込んでるって聞いてはいます…。クユリ先輩は大丈夫なんですか?」

 

「それは……………」

 

 

 そうだ。クユリはあの人柄の良さから百花繚乱の中での人脈はかなり広い。

 たった数日とはいえ影も形もなくなってしまえば心配する人もでてくるのは当然といえる。

 

 だけど言えるわけがない。

 

 あの騒動の真実は当事者以外には一切漏れないように箝口令がしかれている。

 さらに、クユリが自発的に一時的とはいえこの地を去った原因は他でもない私なのだと言えるわけもない。

 

 この場を乗り切ることに思考がいっぱいになった私は咄嗟に、レンゲがついたであろう嘘の設定に乗っかることにした。

 

 

「…クユリを心配してくれてありがとう。もう少ししたらよくなるから、その時はめいいっぱい構ってあげてね」

 

「そうでしたか…。わかりました!ナグサ先輩、今日はありがとうございました!」

 

 

 上手く演じられていただろうか。

 

 少しの罪悪感を抱きながら去っていく後輩たちの後ろ姿を見送っていると、久しぶりの戦闘の疲労か膝の力がふっと抜けてしまう。

 

 あっと思ったが、今更傾く身体を止めることは出来ない。

 

 そのはずだったが――――――

 

 

「おっと!大丈夫か、ナグサ先輩?」

 

 

 ガクンと身体の落下が止まる。

  

 視界の端に紅蓮色の長髪が入り込む。キキョウとは真反対の、快活で情熱にあふれた切り込み隊長の声だとすぐにわかる。

 

「レンゲ?ありがとう…。だけどどうしてここに…」

 

「ん?あぁ、ついさっき応援要請があって走ってきたんだけどな。……この様子だとちょっと遅かったみたいだな、良い意味で。やっぱナグサ先輩は凄ぇな!」

 

 爽やかな笑顔でそう言うレンゲ。

 

 そこにはなんの雑念もなく、純粋な憧れの感情がこもっていて目を合わせられなかった。

 

 ふと、頭の中に浮かんだ疑問で恥じらいを隠す。

 

「そういえばレンゲ、あの子たちはもしかして…」

 

「あぁ、アタシが鍛えてる奴らだよ。ナグサ先輩から見てどうだった?」

 

「とても連携が取れていたと思うよ。相手もかなり手練れだったけど、状況を理解する力はあの子たちのほうが上だった。レンゲの指導の質がいいんだろうね」

 

「くぁ〜ッ!これで御稜姉妹からお墨付きをもらったってわけだ。あいつらも喜ぶに違いない!」

 

 無邪気に喜びを全身に表すレンゲを見ていると、わらっていた膝にも力が戻って来た。

 

 本当に出来た後輩を持ったものだと、改めてそう思う。

 

 

 それはそれとして――

 

「それはいいんだけど…。レンゲ、もう少し鍛錬は優しくしてもいいんじゃないかな?じゃないとまたレンゲが鬼教官って……」

 

 少しばかりの善意のつもりでの忠言だった。

 そのつもりだったのだけど……。

 

「ふ〜ん、なるほどねぇ。そうかそうか……」

 

「レ、レンゲ…?」

 

 

「あいつらには褒美として、三倍のスケジュールを進呈してやるか!」

 

「…………………」

 

 

 私は選択を間違えてしまったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 その後、同じくパトロール中だったキキョウとも偶然合流し、久しぶりの三人での会話に華を咲かせる。

 

 クユリがいない生活が虚しく感じてしまう部分も勿論ある。

 それでも、頼れる後輩たちのおかげで、私は壊れずに済んでいることは確かだった。

 

 

 その辺の出店から買った焼き鳥を頬張る私を呆れた目で見られるのはもはや日常だ。

 

 だって美味しいんだもの……。

 

 いつかの日、キキョウ曰くクユリがよくやっていたという特徴的な食べ方を試してみると、片腕の私に不思議なほどしっくりきてしまう。

 

 まるでこうなることを想定していたようだと、心の中で一笑に付していると…。

 

 

「あ!ナグサ先輩にキキョウ先輩、レンゲ先輩もお久しぶりですの〜!」

 

 

 前からぶんぶんと手を振って走り寄ってくる人影が目に付く。

 

 一目見ただけで良家の育ちだとわかる身なりをし、大和撫子を体現するような美貌を持っているのに、無邪気で天真爛漫な底抜けに明るい後輩。

 その特徴的な語尾を聞けば誰もがその名を思いつく。

 

「ユカリは変わらないね…。久しぶり」

 

「あのお祭りの日以来ですの!中々会えず身共は寂しかったです」

 

「まぁ、あんたには難しい事があったのよ…」

 

 キキョウがそう呟くと、ユカリが可愛らしく頬を膨らませた。

 

「むぅ…、キキョウ先輩はいつもそう言って身共には何も教えてくれないのです…」

 

「まぁまぁ、キキョウがこういうやつだってのはユカリもわかってるだろ?この黒猫さんは気分屋だからな…」

 

「…なに?喧嘩売ってるの?それなら買ってあげるけど」

 

「あわわ、わかりましたの!身共もしつこすぎましたの!」

 

 

 レンゲが上手く茶化してくれたけど、あの日からの一連の流れをユカリには教えていない。

 ユカリには今のまま純粋にいて欲しいという、身勝手な思いからそうしているが、やはり罪悪感を拭うことは出来ない。

 

 

 いつかは、話さなければならない時が来る。

 

 そうわかってはいても、私やキキョウたちは踏み切れないままずるずると過ごしているのだった。

 

 

 

 しかし、まさかその時がこんなにも早く訪れることになるとは、この場の誰もが思わなかった。

 

 

 

 ユカリのその一言を聞くまでは。

 

 

「そういえば、先程クユリ先輩も見かけましたの!風邪をひいていたとのことでしたが、元気そうで安心しました」

 

 

 

 

「「「―――――――――は?」」」

 

 

 

 

 

 時が止まったかのような感覚がユカリ以外を襲った。

 

 

 そしてほぼ同時にユカリに掴みかかった。

 

 

「クユリがっ!?何処にいたの!?」

 

「教えなさい!早く!」

 

「頼むユカリ!」

 

「え、え?………身共が来た道を戻れば恐らくは――」

 

 

「「「案内して!!」」」

 

「は、はいですの!!?」

 

 有無を言わさぬ気迫に圧されたユカリには逆らったり余計な質問をすることは出来なかった。

 そんな事をしたが最後、食い殺されてしまうとでも考えたのか。

 

 怯え八割、困惑二割の表情でもと来た道を走り出すユカリに私たちもついていく。

 

 

 幾つかの角を曲がり、人の波の中に目を光らせて走ること数分。

 

 

 ふと、その愛しい姿を見つけた瞬間、私は他の三人を置き去りにして、後ろから思い切り抱きしめた。

 

「クユリッ!」

 

「――お姉ちゃん?」

 

 

 あぁ、この声だ。この体温にこの匂い。

 

 あらゆる情報が腕の中の存在は紛う事なき最愛の妹であると証明していく。

 

 世界に完全に色が戻り、御稜ナグサを形作るピースが埋まる感覚がする。

 

 

「……ごめんね、こんな事をする資格もないってわかってる。でも、今だけは……こうさせて欲しいの…」

 

 

「うん…。私もちょっとやりすぎちゃったと思ってるから…、いいよ」

 

 そう言って抱かれるがままになってくれるクユリを遠慮なく抱きしめ続ける。

 

 かけるべき言葉は幾らでもあるはずなのに口はまだ動かない。

 

 その分を私の熱と共に流し込むようにひたすらに…。

 

 

 そうしている間に後ろから足音が幾つも近づいてくる。

 

 追いついてきたキキョウたちが何やら息を飲む音が聞こえてくる。

 

 

 私はそれを深く考えず、ただただクユリの存在を身体に刻んでいた。

 

 

 

 キキョウが震えた声で放った言葉が聞こえるまでは。

 

 

 

「クユリッ………、あんた………左腕はどうしたの……?」

 

 

 

「――――――えっ?」

 

 

 

 キキョウの言っている事の意味がわからず、無意識にクユリの左腕辺りに手を滑り下ろす。

 

 

 肩から抱きしめていたことと、大きめの羽織のせいもあってすぐには気づけなかった。

 

 

 

 細い肩から柔らかい二の腕、そして肘から先は―――

 

 

 

 

 辿った手が虚しく空をきった。

 

 

 

「………えっ、な……なんッ……で」

 

 

 

 上手く呼吸ができない。視界がぶれ始める。

 

 そこにあるはずのものがないという受け入れがたい事実に、頭はどうにか整合性をつけようとする。

 しかし思い当たることなど一つもなく、ただただ思考が停止するのみ。

 

 

 すると、徐ろにクユリがこちらを振り向いた。

 

 間近で見ると、以前よりも罅がひいている気がする。

 

 

 

 クユリは全員の注目の対象である左腕をちらりと見やると、何でもないことの様にカラッと言いきった。

 

 

「あ、これ?頼れる“男の人”にあげたんだ。そのおかげで、ほら!だいぶ治ってきたんだよ、凄いよね!」

 

 

 嘘だ。 嘘だと言って欲しい。

 

 手紙に書いてあった解決方法がコレなんて認めたくない。

 

 どうして?どうしてどうしてどうして?

 

 

「嘘、だよね……?お願い、嘘だって言って……」

 

 こんな方法ではクユリは助かっても、決して救われない。

 

 

 いやいやをするように、認めたくない事実から必死に目を逸らすようにそう尋ねる。

 

 

 

 しかし、現実はそれよりもさらに残酷だった。

 

 

「本当だよ?あ、あとその“男の人”に……なんだっけ……、そうだ“春”もあげたら沢山サービスしてくれたよ!」

 

 

 

 

「嫌ぁあアアアアアァ゙ァぁァ゙ァぁッ!!」

 

 

 その瞬間、百花繚乱は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 

 

 美しい長い白髪をふり乱して泣き叫ぶ者。

 

 反吐を吐きながら倒れ伏す者。

 

 整備された街道に拳を叩きつけ、己の弱さを嘆く者。

 

 

 その中心で、どうしてこうなっているのかと首を傾げる元凶が一人。

 

 

 

 

 そして、何も知らされていなかった憐れな撫子が一人。

 

 

「どういう………ことですの……………?」

 

 

 

 また一人、地獄に足を踏み入れることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ユカリご招待〜。

クユリちゃん、調子に乗って設定追加しちゃった☆
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