自称「平凡だけど、どこか神秘的で儚げな……ただの百鬼夜行の一生徒」の妹による曇らせツアー 作:藍終
「大丈夫、大丈夫〜……。怖かったね〜、よしよし」
「あの…、チセさん?私は別に……」
「今は何も考えないの〜。全部吐き出しちゃおう〜?」
――まさかこんな事になるなんて、このクユリの目をもってしてもっ……!
はい、つい調子に乗って売春宣言してしまった結果、今現在、こうしてあのチセちゃんに抱き枕にされているクユリです……。
いや〜………、やっちまいましたね。
いくら曇らせのためとはいえ、百鬼夜行は第二の人生の故郷みたいなものなわけでして。
黒服のゲートから身を乗り出し、街道に出た瞬間に感じた全身を包む安心感。絶えぬ喧騒に暖かな日差し、何故か一年中咲いている巨大な桜の大木から舞い上がる桃色のそよ風。
今思えばあの時の私は若干のホームシック気味だったのかもしれない。
あちらでは色々と血なまぐさい日々を送っていたからか余計に全身が弛緩していた。
百鬼夜行独特の空気にあてられて、一種の酩酊状態だった私は何を考えるでもなくただぶらぶらと街中を歩き回っていた。
そんなだから、突然背後から抱きしめられた時は内心飛び上がりそうになったよね…。
前世は別に演者でもなんでもない一般人と考えれば、あそこで動揺した様子を見せなかったのは奇跡に近いと思う。
驚きすぎて、かえって何も反応できなくなっただけかもしれないけれども…。
しかし、突然のこととは言えあらかじめ脳内シミュレーションされていたからか、私の口は半ば自動的に言葉を紡いでいく。
大人しく抱きしめられながら左腕の事を伝えるタイミングを窺っていると、一歩後ろからキキョウの震えた声が聞こえてくる。
ナグサお姉ちゃんもようやく気づいたようで、真っ白な瞳孔が怯えるように収縮する。
ゾクゾクとした快感を感じながらも、あたかも何か悪い方向に吹っ切れてしまった明るさで事実を伝える。
――でもなぁ…、なんか思ってたのと違うというか。物足りないというか…。
贅沢品ばかり食べていると舌が馬鹿になるというけど、私の場合は曇らせの舌が肥えてしまったのかもしれない。
何かもう一押し、今の私が取れる手札はないかと思考を巡らせる。
刹那、私、クユリに電流が走った。
まだ酩酊…というか深夜テンションのようなものから抜けきっていない私の脳が弾き出したのは――
――見知らぬ男の人に処女を奪われたことにすればいいんじゃね?
という後先考えないとち狂ったアイディアだった。
結果的に私の舌が満足するだけの阿鼻叫喚が作り出されはしたのだけど、こんな街中でそんな大騒ぎが起これば目をつけられないわけもなく……。
はい、駆けつけてきたらしい陰陽部――あの桑上カホさんらに百花繚乱共々連行されたということです。
そこから実質的な生徒会というだけあってかなりの広さを持つ陰陽部の屋敷に到着し、ひとまず落ち着きを取り戻すためかそれぞれが別の部屋に移された。
立派な畳敷きの風情あふれる一室なのはいいけど、簡素な机とベッド、そして場違いにも感じる小さな冷蔵庫が備え付けられている以外は何もない、ビジネスホテルの個室みたいな感じだった。
――流石にやりすぎちゃったかなぁ〜……。
特に何をするわけでもなく、ベッドに腰掛けぼけーっとそんな事を考える。
まさか百鬼夜行の生徒会に目をつけられる事態にまで発展してしまうとは完全に想定外だった。
恐らくしばらくしたら事情を洗いざらい吐かされて――私はあの設定を通せばいいだけだけど――少なからず監視の目がつくと思っていい。
そりゃあ、自学園の生徒が見知らぬ大人の食い物になってしまったのだから当然といえば当然なのだろうけど、今まで以上に自由に行動できなくなるのは明白。
目先の利益に目がくらんで勝手な設定を付け足した結果、その先の選択肢を狭めてしまうとはなんと滑稽なことか。
そう自嘲し、ゆっくりと立ち上がる。
まぁ、頼る先を身内から外部の大人に変えていくことを認知させるという目的に関してはこれ以上ないほど完璧な導入だった。
その認知の輪が広がりすぎてしまっただけで、まだまだ幾らでも挽回の機会はあるはず。
――久しぶりにお姉ちゃんの泣き叫ぶ姿が拝めたわけだしね!
あの顔だけでご飯3杯は食べられるし、“自家発電”も捗るというものだ。
何も知らされていなかったらしいユカリには少し気の毒だったけどね…。
部屋の隅に設置されている小型の冷蔵庫を開けると、客人用なのか、緑茶のボトルと紙パックの牛乳が数本、キンキンに冷やされていた。
この部屋に連れてこられてからそれなりに時間が経ち、さらに百鬼夜行に戻ってくる前に何も飲んでいなかったせいで喉が渇いていた私は手軽な牛乳パックを手に取る。
パックの口を開け、一息に流し込むと生理的な欲求が満たされていく感覚がひろがる。
喉の渇きを潤しながら、ふと考える。
――処女喪失設定の件、どうしよう……。
なにぶんその場のノリと勢いで考えついた設定なため、特に裏付けも証拠も用意できていない。
いや、皆のあの様子じゃあ意外と信じてくれそうではあったが、陰陽部はそうもいかない。
生徒会として、確たる証拠のもと行動を起こしたいはず。
最悪、自分で膜を破ることも不可能ではないらしいけど、なんというか…いくら2回目の人生でもハジメテくらいはちゃんとした過程で奪われたいという思いがある。
勿論それしか手がないというのならそうするのも吝かではないけども……。
――ほんと、どうしよっかなぁ〜……。
牛乳を飲み干しながらうんうんと悩んでいると……。
「――ッ!うぐ………、ゴフッ!」
若干忘れかけていた、黄昏の影響――黒服曰くあの反転に近しいもの――が再発し、胃から鉄臭い液体がせり上がってきた。
咄嗟に口を手で覆って周囲に飛び散ることを防ぐ。
黒服の鎮静剤のおかげでだいぶ楽になっていた反動なのか余計に辛く感じるのは気の所為か。
とりあえず波が収まってきたので恐る恐る手を離すと、それはまあ中々な惨状となっていた。
幸い周囲には一切飛び散りはしなかった。
しかし、抑えきれなかった分は牛乳と混じりながら身体を伝い、下着を濡らしていた。
唾液で粘性を増した紅白が入り混じる液体は股の間からポタリポタリと滴っている。
ただでさえ自分の見通しの甘さに追い詰められているというのに、この惨状……。私は思わず涙を流してしまった。
なんというか、衣服が牛乳とか血とか、簡単には落ちないような液体で汚れた時の絶望感って凄くない?
洗ってもらう側から洗う側になって初めてわかる苦労というものがあり、それを知っているからこそ目からハイライトが消えるのが自分でも知覚できた。
それに身体が、特に下半身が気持ち悪いったらありゃしなかった。
一度お風呂に入ってさっぱりしたい。
それがその時の私の心境だった。
そんなじっとしていられない私の焦りを、さらに加速させる事が起こる。
トントンと木の板を叩く音が響き、部屋の入口の障子が滑り開いたのだ。
「失礼します……。御稜クユリさん、準備が整いましたので一階の大広間に――――――っえ………?」
「―――――――――あっ…………」
丁寧にお辞儀をして入室し、私と目があった瞬間目を見開いて硬直してしまったのは、個人的キヴォトス横乳三銃士の一角である桑山カホさんその人だった。
お互いにそのままの姿勢で硬直してしまい、痛いほどの静寂がおとずれる。
先に耐えられなくなったのは私の方だった。
「…………っ、あの!お風呂って何処にありますか?」
色々やらかしてしまって冷静な判断能力が欠如していた私は、今一番望んでいることを口走ってしまう。
「――え?あ、一階に降りて右手の突き当たりです……」
あちらも思わずといった様子で答えてくれる。
とにかくこの場に居たくない。その一心で半ばカホさんを押し退けるようにして部屋を飛び出した。
幸い追っては来なかったが、何かが崩れ落ちるような音が背後から聞こえてきた気がした。
それから、やがて無事に風呂場へと到着し、文字通り身も心も落ち着きを取り戻してから、ややブカブカの和服を身にまとって部屋に戻ると、そこにはもうカホさんは居なくなっていた。
ぐったりとした身体をボテッとベッドに預ける。
「……なんか、もう疲れちゃったなぁ……」
全てが自分の引き起こしたこととはいえ、思わずそう呟いてしまった。
何か言われかけていたのが気になったものの、柔らかな布に顔を埋めていると、家出期間中に知らず知らずに蓄積されていた疲労が祟ったのか瞼にかかる重力が増していく。
襲い来る眠気に抗う気も起きず、私は意識が堕ちていくに大人しく身を委ねた。
――で、目が覚めたら?百鬼夜行のお姫様ポジのチセにゃんこと和楽チセさんが私を抱き枕にしてて?あろうことかよしよしまでしてもらっているというこの状況………。
あのチセ狂いに見られたら黄昏の呪いよりも早く死ぬ事になりそうだなぁ……。
私は現実逃避をしながら、お人形のように抱かれるままになった。
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時は少し遡り、陰陽部の屋敷の大広間。
荘厳な寝殿造の空間が醸し出す雰囲気はその場の人間の居住まいを正す力を持つ。
しかしそれも最早必要がない程には重苦しい空気がこの一室を満たしていた。
「…こうして直接対面するのは何時ぶりですかねぇ〜。百花繚乱の皆さん」
何処か胡散臭い笑みを浮かべ、ただでさえ細い糸目を一層細めてそう言うのは、陰陽部部長の天地ニヤ。
他の学園と違い正式な生徒会のない百鬼夜行において、実質的なトップの地位についている彼女は騒ぎを鎮圧、仲裁する立場の筈の治安組織をどこか嘲笑しているように見えた。
「カホから連絡があったから何事かと思えば……、まさかまさか貴方がたが騒ぎの中心だとはねぇ。流石の私も驚きましたよ…。ねぇ、キキョウさん?」
「………あんたは相変わらずなのね…、ニヤ先輩」
一方、苦虫を噛み潰したような表情で答えるキキョウ。
百花繚乱と陰陽部は決して敵対関係ではないが、百鬼夜行の二大勢力として、互いに競り合っているような関係である。
それ故、弱みを握られる、もしくは無用な借りを作ってしまうことは作戦参謀として看過できるものではなかった。
芝居がかった仕草で皮肉るのは、ニヤ自身も策略家である事の証であり、学年が違うとは言え二人の間には何時も見えない火花が散っていた。
しかし、今回に限れば、ニヤ側が有利と言わざるを得ない。
騒動を収める側の組織が騒動の原因となってしまっている事は事実である。
わざわざそれを見逃すほど、ニヤは甘くはなかった。
「…まぁ、今回は少々事が深刻そうですし…、この話はまた今度にしましょうか。貴方がたを見る限り、とても嫌な予感がしますからね〜」
ただそれを抜きにしても、ニヤから見た今の百花繚乱は異常だった。
現在、カホによって一人ずつこの大広間に集められているのだが、その誰もが生気を失った顔をしているのだ。
特に今や百花繚乱の代表である筈のナグサなど、まるで地獄の釜を覗いたのかと言わんばかりに憔悴し、歯の根をカチカチと鳴らしている様相だった。
百花繚乱は治安維持組織として、選りすぐりの精鋭が集まる部であり、当然精神面でも陰陽部とは比較にならないほど鍛えられているはずだ。
それがこうもボロボロの状態になるとは一体何事かと興味を持つと同時に、どこかこれは百花繚乱のみの問題に収まらない事象かもしれないと警戒心も抱いていた。
「……さて、あと一人来れば揃うはずなのですが…、やけに遅いですね。カホは何をしているのやら…」
今揃っているのは、ナグサとキキョウ、レンゲに最近入部したらしいユカリだった。
あと一名、ナグサの妹がいるらしいのだが、呼びに行ったカホが帰ってくるのがこれまでよりも遅い。
あのチセ狂いのことだ、偶々チセちゃんと出くわして限界化してしまっているのかもしれない。
前科がある分、ニヤは肩を竦めるだけで特に気にしなかった。
ニヤはカホが戻ってくるまでの間に先にいくらか事情を聞くことにした。
「…まぁいいですか…。それで、キキョウさん?一体あの場で何があったのか、説明してもらえますね?」
そうニヤが促すと、キキョウは思い出すのも恐ろしいのか一度目を強く閉じ、ぽつりぽつりと語り始めた。
「知ってるとは思うけど…、うちのアヤメ委員長が姿を消した日、あそこが全ての始まりだったの…」
「ふむ、報告書にもありましたね。やけにぼかされていはしましたが…、そのせいで今はナグサさんが委員長代理ということなのでしょう?」
ニヤがいまだ震えているナグサに目配せすると、渋々といった様子で頷く彼女。
目線をキキョウに戻すと再びキキョウが語りだす。
「そう。ここからは私達幹部と一部しか知らないことだけど、あの日、花鳥風月部から脅迫文が届いた」
「………………」
花鳥風月部。百鬼夜行の一部で噂されている幻の部活。『百鬼夜行の連合の今の形態を認めない、極悪非道の部活』だとか、『怪書を操り、人々を惑わす魑魅魍魎』と呼ばれたり、呼ばれなかったりする、いわば都市伝説の一種でありゴシップ的な存在。
ニヤ自身、その存在は半信半疑であったのだが、まさかそれが絡んでいるとは思いもしなかった。
「それまでも一般人に認知されないうちに事を片付けてたし、百花繚乱の機密事項だったから、あんたは知らないでしょうけどね…」
「花鳥風月部ねぇ〜…。眉唾ものだと思っていたのですが。それとどんな関係が?」
「……私も詳しくは知らない。ナグサ先輩が全部知ってる筈だけど、いつかは話してくれると思っているから…。でも、重要なのはそこじゃない」
「へぇ………、聞きましょうか」
甘い。情報を握っているのなら手段を厭わず吐き出させるのが先決だろうに。ビクリと肩を震わせたナグサを見る限り並々ならぬ事情があるのには違いないが、所詮はまだ二年生なのかもしれない。他の部活の内部事情に口出しはしないけれども…、報連相は基本中の基本なのではないか。
ニヤはそう考えながらも、本題が紡がれるのを待った。
「…まだこの場に来てない、御稜クユリ。クユリはその日、瀕死の重傷と原因も対処方法も不明の呪いにかかった…」
「…これまた穏やかじゃないですね…」
自分の知らないところでそんな大事が起こっていたとは、陰陽部の情報収集力も落ちたものだと感じる。
しかし、キキョウの表情を見るに次が本命らしかった。
「不甲斐ないけど、私達ではクユリに何もしてあげられなくて……。ついにクユリは外部に助けを求めた…。そして、さっき帰ってきたらしくて……、クユリの話では対処方法が見つかったらしいのだけど………」
「…だけど?」
「クユリの、左腕はッ……その代償として外部の大人に奪われてて……」
ここに連行されてきた時、彼女の姿にどこかバランスの悪さを感じてはいたのだが、どうやらそれが原因だったらしい。
これは自分の思っていたよりも只事ではないと、ニヤは認識を改め始める。
だが、その次に告げられた言葉の内容は、あまりにも残酷すぎて頭が理解を拒んでしまった。
「それだけじゃない、クユリは、たった一度の…“春”までも奪われているの……!」
「――――――はい?」
キキョウは今なんと言った?
そのクユリとやらは、百鬼夜行を飛びだしてまでも対処方法を求めた結果、人体の一部を失い、挙句の果てには女性としてかけがえのない尊厳すらも踏みにじられたということなのか?
あまりにも突拍子もない話過ぎて、疑り深いニヤの悪癖が覗いてしまう。
「…失礼ですが、それは本当のことなのですか?事実確認は済ませているので?」
あまりにもデリカシーの無い質問だったと気づいた頃には、目にも留まらぬ速度で動いたレンゲに胸ぐらを掴み上げられていた。
「てめぇふざけたこと抜かすんじゃねぇぞ!お前はあいつがどんな顔してこのことを告げたのか知らねぇからそんな事が言えるんだ!あいつは…クユリは、濁った目をしながら張り付けたような、全部開き直っちまった時みたいな気持ち悪い笑顔だったんだッ……。どんな責め苦を受けたのか、アタシには想像できねぇ……」
言葉とともにだんだんと尻すぼみになっていくレンゲの力。
やがて完全に解放されたニヤは服装を正し、彼女にしては割と珍しく素直に頭を下げた。
「いや、これは失礼しました。なにぶん衝撃的過ぎる話だったものでつい……」
「……いや、アタシも悪かった。正直なところ、まだ信じられないのはアタシもキキョウも、ここにいる全員同じなんだ…。でも、あのクユリが嘘をつくとは到底思えなくて……」
正直なところこの場の誰もが信じたくないと願っているのは明白だった。
仮にそれが事実だとすれば百鬼夜行の陰陽部としても無視出来無い大事件と化す。
他でもない本人がそう言っているのだから、疑いの余地が少ないのかもしれないが、ニヤはあくまでも陰陽部であり、また百鬼夜行の実質的な代表としても視点を平らにして判断する必要があった。
幸いその当人はカホが迎えに行っている。いくら何でももうそろそろ来るだろうし、その時にでも確認してみよう。
「何はともあれ、クユリさん本人に聞いてみたほうが手っ取り早いですかねぇ…。もし事実なら――」
そうニヤは判断したのだが、それを遮る声がこの空間に響いた。
「――その必要はありませんよ、ニヤ様。残念ながら、その話は全て事実です…」
「…カホ?随分と遅かったけどどうしたのかね〜」
するりと襖を開けて入室してきたのは、待ち望んでいたカホの姿だった。
ただその隣にはクユリの姿はなく、カホ自体の様子も随分とやつれた表情をしている有様だった。
「…申し訳ありません。ですが、私がこれからお話することに全てが詰まっておりますので…」
「…とりあえず座りな、立ったままだと落ち着かないでしょう?」
本当に何があったというのか。仕事を抜け出した事がバレて鬼神のごとく怒り狂ったり、チセのお稽古を見て限界オタク化したりするあのカホの面影はきえさっており、ノロノロとした動きでニヤの隣に腰を下ろした。
幾度か深呼吸を繰り返した後、カホなりに落ち着いたのか、ニヤと百花繚乱の全員をぐるりと見渡して息を吐き出した。
「御稜クユリさんが、彼女が純潔を奪われてたという話はどうやら事実のようです。私がこの目で確認してしまいましたから…」
「何を見たというのかな?」
ニヤが尋ねると、カホは百花繚乱の一人――御稜ナグサに視線を注いだ。
「…ナグサさん、貴女はこう言ってはなんですが…かなりクユリさんを好いていられると聞いております。とてもショックを受けられると思います。今ここで、私の話を聞かないという選択肢もあります。どうされますか?」
カホがそこまで言うとは余程のことなのだろう。
突然話を振られたナグサは一瞬困惑したようだったが、羽織をきつく握りしめながらも頷いた。
「……うん、クユリのことなんでしょ?私も、目を背けてはいられないから……!」
「…わかりました」
カホも改めて覚悟を決めたのか、もう一度深く息を吸い込み、絞り出すように言の葉を紡いだ。
「私がクユリさんを呼びに行った時のことです…。皆さんと同じようにこの大広間へと案内する為に、部屋の扉を開けたのですが、そこには―――」
カホの瞳孔が濁り始め、ついに決定的な事実を告げた。
「目から光を無くし、絶望を体現した様な表情で涙を流しながら――下半身から、血と白い液体を滴らせているクユリさんがいたのです………」
「――――――ヒュッ…」
糸が切れた人形の様に、ゴトリと音を立てナグサが倒れ伏す。
しかし、その場の誰もが一歩たりとも動けなかった。
キキョウは白目をむき、レンゲはその紅蓮の長髪で顔を隠してしまっている。半ば空気となりかけていたユカリも、その言葉が何を意味するのかを悟り、とめどない涙を零していた。
かくいうニヤも一瞬、頭が真っ白になってしまっていた。
――が、いまだ争いの絶えない百鬼夜行をまとめ上げてきただけあって踏ん切るのも早かった。
「そのせいで遅れたってことみたいだね…。カホの言う事だから確かなんだろう」
「……はい。その後、見られたくなかったのでしょう…。私を押しのけて風呂場へと駆け出していきました。私にはそれを止める資格も気力もありませんでしたので……」
無理もない事だとニヤは考える。
ともすればこのキヴォトスにおいて、初の強姦事件になることなのだ。
ニヤとて一人の女子生徒。己の命が人質に取られているような状況で無理矢理に犯されるともなればその恐怖と絶望は想像も出来ない。
少なくとも自学園の生徒の人生が理不尽にめちゃくちゃにされたという事実がそこにはあった。
それだけで、ニヤの心内は一つに決まっていた。
ふと、部屋の外から何者かが走り去る足音が聞こえる。
この屋敷にいるメンバーでこの場にいないのはあと一人、同じ陰陽部の和楽チセしかいない。
「……にゃは、チセちゃんもこの話を聞いちゃいましたか〜。彼女がどうするかなんてわかりきってはいますがね…カホ、今回ばかりは勘弁してやってほしいかな?」
「…そうですね。クユリさんが少しでも楽になってくれるのなら、私も分別をつけざるを得ません」
「そこはいつもそうであってほしいんだけどね〜。さて、これからのことだけど……キキョウさん」
「……ッ!な、何?」
ニヤののらりくらりとした胡散臭い雰囲気がかき消え、一学園の代表としての風格を放ち始めたことで、ようやくキキョウも現実に引き戻される。
持っていた扇子をパチリと閉じ、糸目をスゥッと開き宣言した。
「現時刻より、百鬼夜行の陰陽部は百花繚乱紛争調停委員会と正式に協力関係を築き、持てる全ての力で御稜クユリさんの救命方法、そして下手人の特定に努めることを誓いましょう」
花鳥風月部に、どこの馬の骨ともしれない大人。
愛する百鬼夜行に手を出したことの愚かさと恐怖を存分に味あわせてやろうではないか。
一人の戦略家の静かな逆鱗は、この百鬼夜行連合学院を静かに動かし始めた。
ドドドドどうすんの、ど〜うすんの!?