自称「平凡だけど、どこか神秘的で儚げな……ただの百鬼夜行の一生徒」の妹による曇らせツアー   作:藍終

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曇らせ回が続く中、突如ぶち込まれる甘々?回です。

全編甘々ではなく、あくまでこれまでとの比較でその要素が多めというだけなので悪しからず…。


黒服「強力な薬には副作用がつきもの……せや!あの時の演技代金として初回限定効果付けてあげますかねぇ!」


黒服ぅ!誰が媚薬を作れと言ったぁ!

 

「……ありがと、もう大丈夫だから…」

 

「そ、そう……。その…いつでもしてあげるからね…?」

 

 

 永遠にも思える時間、抱擁を交わしていたクユリがそう言ってするりと離れていく。

 

 私としてはいつまでもそうしていたかったのだけれど、名残惜しくも腕の中の一人分の体温が消え去る。

 

 寝起きの乱れた髪を整えているクユリの顔は変わらず痛ましいが、いくらか影が抜けたような表情をしていることにひとまずは安堵する。

 

 しかしまだ何かを考え込んでいるような、煮え切らない様子をしていた。

 

 やはり拭いきれない恐怖がその身体に刻まれているのか、俯きがちなまま中々目を合わせてくれない。

 

 あの手紙の文面程ではないにしろ、どこかよそよそしい態度に心がじくじくと痛む。

 

 ふとクユリが帰ってきた時、告げる内容とはあまりにもかけ離れた明るさを貼り付けていた様子を思い出す。

 

 何か、私の知るクユリという存在が取り返しのつかない損傷を負ってしまったのだと感じざるを得なかった。

 

 

 けれど、それでも、こうして面と向かって二人きりになれたのだ。

 この機会をみすみす逃すわけにはいかない。

 

 何より、いい加減に現実を受け止めなければ今度こそクユリに見限られてしまう。

 

 

 臆病で意気地なしの私の、なけなしの勇気を振り絞る。

 

 委員長代理としては無理でも、一人の姉としてなら何度だって立ち上がれる。

 

 ――倒れたり吐いたりはもう許してほしいかな…。

 

 それに今回は既知の事実を聞くのだから、心構えは出来ている方だと思う。

 

 いずれにせよ、子鹿の脚のように頼りない決意すら揺らいで消えてしまわない内に行動に移すことにした。

 

 肺にためた空気を一つにまとめ、気まずい雰囲気を打ち破るべく妹の名を呼ぶ。

 

「…クユリ、聞きたいことがあるの」

 

「………何?」

 

 そのせいか少し語気が強くなり、クユリの肩が少し跳ね上がったが、ようやく視線と視線がかちあう。

 

 一度走り出した勢いを殺さないように、余計な前口上は挟まず一息に尋ねる。

 

 

「出来る限りでいいから、何があったのかを全部話してほしい。私も、お姉ちゃんもクユリの重荷を一緒に背負いたいから…。だから…、お願い。頼りないかもしれないけど、クユリの気持ちに寄り添いたいの」

 

 

「………お姉ちゃん……………」

 

 

 百花繚乱の羽織をぎゅっと握り、意を決してそう言った私を、クユリはどうしてか驚いたように目を見開いて見つめた。

 

 次いでまたしても俯くものだから私の中に焦りが生まれ始める。

 何かおかしなことを言ってしまったのか?

 いや、クユリもまだショックが抜けきっていないというのに、わざわざそれを掘り返すような真似は判断が早すぎたのかもしれない。

 

 そうあれこれ思考を巡らせ、気の迷いからやっぱり止めておこうかと思い始めた頃だった。

 

「……わかった。お姉ちゃんになら、話してあげる…」

 

 

 クユリのその声に詰めていた息をほっと吐き出す。

 

 私の覚悟が上手く伝わったのか、それともクユリの中で踏ん切りをつけたのかはわからない。

 それでも、自分からアヤメの後押し無しに、正面から向き合う事が出来る喜びが駆け巡った。

 

 これから語られるは、恐らく人の悪意やクユリの恐怖が凝縮された悍ましい物語だ。

 

 私にはそのすべてを受け止める義務がある。

 

 

 

「それじゃあ……、まずは――――――」

 

 

 しばしの静寂の後、その小さな口が開き、ぽつりぽつりと事の詳細を紡ぎ始めた。

 

 

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵

 

 

 

 

「…追わなくてもいいんですか〜?キキョウさん」

 

「…今は見逃してあげるだけ、後でちゃんと問い詰めるからあんたは黙ってて」

 

 

 ナグサ先輩がこの場から離脱していった後、面白がってか冷やかす陰陽部の部長に舌打ちをくれてやる。

 

 あの腹の底が読めない胡散臭い笑みを浮かべる天地ニヤという存在。

 

 私が作戦参謀として戦略を練るのだとしたら、彼女は同じ戦略家の中でも謀略に長けている謀略家に近いと考えている。

 

 味方についている時は頼もしいが、相手取るとなるとしちめんどくさいタイプで、常に気を張っていないといつ情報を抜き取られていたり、彼女の思う壺に事が進んでしまうかわからない。

 

 加えてにゃはは〜なんてのらりくらりと笑い、その場の空気を緩めてしまうため、何の対策もしていないとあっという間に彼女の盤上で踊る羽目になってしまうというのだから恐ろしい。

 

 悪態をつきつつ、手元に取り出したあやとりに視線を落とす。

 何気に一年以上の付き合いであるその青い糸を無心で操っていると、先ほどまで昂っていた感情が徐々に凪いでいく。

 

 

 クユリの件に加え、先のニヤの爆弾発言による衝撃で既に私の頭は限界だったがまだ休むには少し早い。

 

 ナグサ先輩は後で問い詰めるとして、今は参謀としての役割を果たさなければ。

 

 

「…あの様子じゃあナグサ先輩はすぐには戻ってこないだろうし…、続きを始めようか」

 

「にゃは、キキョウさんがそうおっしゃるのならそうしましょうか。カホも落ち着いたかな?」

 

「は、はい…。お見苦しいところをお見せしました…」

 

「それは良かった。そこのお二人も、少し早いけど構いませんかね?」

 

 ニヤが私の後ろに座るレンゲとユカリに確認を取ると、いつもの調子が戻りつつあるのか、元気の良い返事が飛んでくる。

 

「大丈夫だ!」

 

「身共も構いませんわ!」

 

 それにニヤも満足したように頷くと、手に待つ扇子を優美に広げ口元を隠す。

 

 

 

 「――では詳細のすり合わせといきましょうか。…とは言っても肝心な情報はクユリさん本人が持っているわけですし、まずはそこがわからないと行動のめどが立ちません。というわけで―――」

 

 ニヤが私や後ろの二人をぐるりと見渡し言う。

 

「クユリさんと親しい貴女達が、それとなくでも構いません。その大人の特徴なりなんなりを聞き出してきてください。私達はそれを基に調査隊を派遣しましょう。幸い、うちの傘下には優秀な駒が――」

 

「ニヤ様……?そのような表現はおやめくださいと何度も申し上げたはずですが?」

 

「…に、にゃはは〜……。ごめんってカホ……」

 

 

 あの権謀術数に優れたニヤもカホには敵わないらしい。

 

 良い情報を知れたと頭の中に留めておき、私は続きを促した。

 

「…それで?」

 

「失礼…、つまりそういうことに長けた子達がいまして…。情報が整い次第動かそうとは思っているのです。ただ如何せん手掛かり無しの調査は無謀ですからね…」

 

「…そういうことね、わかった。あまりあの子のトラウマを掘り起こしたくはないけど…」

 

 ニヤの要求は至極真っ当なものだが、実際にそれが出来るかと言われるとわからない。

 

 冷酷だの高圧的だの言われている私でもそれくらいの心はある。

 むしろ常にまっすぐなレンゲやユカリのほうが、あれこれ考え込んでしまう私はなんかよりズバリと聞いてくれるかもしれない。

 

 いや、それよりももっと適任なのは―――。

 

「…もしかしたらナグサ先輩が、今も聞き出してくれているかも知れないけどね」

 

 できれば私はその役をやりたくはない。そんな弱音から漏れた言葉を聞いたニヤは、どこか未熟な部下を諭す口調ながら頷く。

 

「まぁその気持ちはわかりますよ〜。ただ承知のこととは思いますが、この件はあまり時間をかけていられません。その大人が今のところクユリさんを救う方法を知っている唯一の存在です。痕跡が残っている内に行動しなければ手遅れになりかねませんし、あまり甘えたことは言っていられないのですよ」

 

 

 隙のない正論で殴って来るものだから、本当に気に入らない。

 私も甘くなったものだと自嘲していると、ニヤの言葉はまだ続くようだった。

 

「それに、いざとなればかのシャーレにも正式に協力を要請しようかと考えておりますし――」

 

「は?何を考えてるの?この件に“大人”を関与させるなんて正気だとは思えない。ついにあんたにも焼きが回った?」

 

 

 時々噂となっている連邦捜査部シャーレ。そしてそこに所属している先生とかいう大人。

 聞けば生徒のためなら無償で危険を顧みず行動するなどと、私からしたら到底信じられない評判の数々。

 何よりクユリはその“大人”に穢されたというのに、そんな素性の知れないやつを関わらせるなど言語道断だった。

 

 対するニヤはその反応を想定していたらしく、ため息とともに肩を竦める。

 

「…だからこそですよ…。大人を探るには大人を利用するのが一番でしょう?それに……………」

 

 ニヤが一呼吸おき、その糸目を一層細めて言い放つ。

 

「もしその下手人である大人が先生であったなら?あとは煮るなり焼くなり自由ではないですか」

 

「…………なんだ、あんたもソッチ側だったんだ。安心したよ」

 

 このタヌキの目論見をおおよそ察することが出来た。

 

 シャーレの権限を余さず利用し、下手人が見つかるのならそれでよし。もしそれが先生であったのなら文字通り煮るも焼くも自由で、その後もいいように操ることが出来るのだ。

 

 大人を信用していないという点でも、あくまで利用価値のある一つの駒としてしか見ていないという点でも私と同類だった。

 

 

 それでも、あまり関わらせたくはない事には変わりはないが……。

 

 

「とりあえずは納得していただけたようで。とまぁそのように動いていくということで宜しいですか?勿論、解呪方法についても調べてはみます」

 

「…わかったよ。もともと百花繚乱の管轄内での案件なのに協力してもらっているだけ感謝はしてる」

 

「そこは素直にありがとうで良いんですよ〜?」

 

「………チッ」

 

 このままだとますます彼女のペースに呑まれてしまいそうだったため、余計なボロを出さない内に撤退することにする。

 

 クユリはナグサ先輩に任せてることにした。

 久しぶりの再会なんだ。姉妹水入らずの時間も必要だろうし、そのほうが今後にとっても優位に働くかもしれない。

 

 

 無論、その後私もクユリと存分に触れ合うつもりだけど。

 

 

 そんなことを考えながら最低限の礼儀として退室の際に一礼し、レンゲとユカリを連れて陰陽部の屋敷の門を出る。

 

 

 やることは山積みだが、百花繚乱にとっても、私にとってもかけがえのない存在の命がかかっているのだ。

 皆を指揮する作戦参謀としてへこたれるわけにはいかない。

 

 積もった精神的疲労からか、思わずふらりと傾きそうになる身体を必死に押し留めていると、両脇が何かに支えられたように軽くなった。

 

 見れば、左右の肩をレンゲとユカリが支えてくれていた。

 

 無言で頷いてくる様子から、志は一つであることがひしひしと感じられてじんわりと胸の内が温かくなる。

 

 特に抵抗することもなく、体重を預けながら、百花繚乱の調停室に向けて歩を進め始める私の顔は、きっと苦笑していたのだろう。

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵

 

 

 

 クユリからその身に起きた全てを話された後、私の胸中は様々な感情が吹き荒れてぐちゃぐちゃになってしまっていた。

 

 聞けば、あの花鳥風月部の大人に体のいいモルモットになる代わりに、あの呪いを解く術を提供するという酷いマッチポンプだった。

 しかも残酷なのは、麻酔など然るべき処置も何もなく、無駄に切れ味の悪いチェーンソーで痛めつけられながら左腕をもがれたということだ。

 

 そして、クユリが最も話すのにどもった内容。

 クユリが穢された過程を聞いている間、私は怒りで自分がどうにかなるのを抑えるのに必死だった。

 

 拘束された状態をいいことに契約にない強姦行為。前戯もなくただただ玩具のように犯されて、あまつさえ無責任な欲望を吐き出されるという、この世の悪意を凝縮したようなソレの数々と引き換えに呪いの進行を遅らせる手段を手に入れたらしい。

 

 その大人にしか対処方法がわからない現状、クユリは命を握られていることと同義だった。

 

「ごめんねごめんね、何も出来ないお姉ちゃんでごめんね……ッ!」

 

 そもそも私があの日、アヤメに固執しすぎたことが全ての原因なのだ。

 自身に吐き気がするほどの嫌悪感が湧き上がる。

 

 いっそのこと罵倒してほしかった。全部お前のせいだと、そう言って気の済むまで私を痛めつけてくれればどれだけよかったか。

 

 事実を受けとめる事はできた。

 

 しかし、それと同時にどうしようもない無力感が私を塗りつぶしていた。

 

 そうして縋り付くようにして謝罪を繰り返す私をクユリは優しく包み込んできた。

 

「…お姉ちゃんが気にすることじゃないよ。これは私が選択した事だから…。それに全くの成果がないわけじゃないでしょ?」

 

 

 違う。クユリには選択の余地すらなかったのだ。強いて言うなら生きるか死ぬかの究極の二択。しかし実質的な一本道のそれは選択とは言わないと思えた。

 

 クユリはまたあの時のような、無理に張り付けたような明るさで続ける。

 

 

「私も頑張って耐えるからさ。だから出来るなら……、お姉ちゃん達が助けてくれると嬉しい…かな?」

 

「――ッ!うん、絶対に助けてみせるから…!そんな大人に頼らなくてもいい方法を必ず見つけるから!」

 

 本来、クユリにこんなことを言わせてしまう事自体が歯痒いけれど、同時にどうしようもなく頼られていることへの喜びが溢れてしまう。

 

 少しでも、少しでも早くクユリを元の、あの幸せだった頃の姿に。

 

 今のクユリの姿は私の罪のカタチだ。

 

 ならばそれから逃げることは許されない。

 

 クユリが心の底から笑えるようになるまで、見放されない限り、どんな手段を使ってでも……!

 

 

 たとえ、その未来に私がいなくても。

 

 

 

 今にも崩れ去ってしまいそうな愛しの存在をかき抱き、私は今一度心を固めることとなった。

 

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵

 

 

 目覚めは最悪、久しぶりにあんな夢を見ましたね…。

 

 

 はい、思い出したくもない記憶をぶり返されてグロッキーゲージMAXなクユリです。

 

 処女喪失設定のこととかで悩んでいるまま眠りに落ちてしまったのだから、脳による情報の整理の影響で夢の一つくらいは見てもおかしくはない。

 

 確かにそうだけれども、近年稀に見るハズレくじを引くことになるとは思わないじゃん…。

 

 しかもなんかよくわからない奴を出てきた気がするし…。

 よく覚えてはいないけど、とにかく不快だったのは間違いない。

 

 

 何?私が何か悪いことしたってか?

 

 …え?自分の胸に聞いてみろ?あ、無い胸に聞いてもわからないかって?

 

 誰、今ライン越えたやつ。先生怒らないから正直に手を挙げなさい。

 

 

 別にいいもん!スイーツ部の誰かも言ってたじゃん…。

 

 ――将来性はものすっごいんだから!

 

 

 ……言ってて虚しくなってきた。

 

 どうして…、あのガリガリのナグサお姉ちゃんも脱げば意外とアルのに、どうして私はヌリカベを宿さなければならないのだろうか。

 

 低身長だから仕方ない?

 あの修行部のマスコットキャラクターを見てから発言してもらいたいね。

 なんだあの恵まれたアンバランス体型は…。

 

 教えはどうなってんだ教えは!

 

 

 こんなどうでもいい事を考えてしまうくらいには、疲弊してしまっているのかもしれない。

 そろそろ思考を現実に戻そう。

 

 

 今はお姉ちゃんと一緒に陰陽部のもとを離れ、百花繚乱の屋敷への帰路についているところだ。

 

 陰陽部邸を発つ際、あの知的なトラブルメーカーのニヤ会長に呼び止められ、妙な威圧感を放ちながら私をこんな身体にした(という設定の)大人について尋ねられた。

 

 てっきり、処女喪失の件について踏み込んでくるとばかり思っていたし、あまりにもいきなりのことでフリーズしてしまった。

 

 すかさず隣のチセニキから黒いオーラが立ち昇り始め、ニヤも冷や汗を流してはいたが、鋭い糸目はしっかりと私を見据えて離さなかったのが印象深い。

 

 一切の情報の漏れを許さない意思をひしひしと感じ、あらかじめ考えてあった設定をなるべくトラウマに怯える少女のように伝える。

 

 その際、現場の位置を尋ねられた時は、想定外の事と演者モードの思考をリアルに引き戻された影響か、ついあのビルの座標をそのまま伝えてしまった事が唯一の懸念だ。

 

 

 ――黒服なら大丈夫だとは思うけど、一応ね……。

 

 

 

 尋問から解放された後、さも自然な動作でスマホを取り出し黒服に注意勧告のメッセージを飛ばす。

 

 いくら姉妹とはいえ、プライバシーの塊であるスマホをお互いに覗いたりはしない。

 

 それならば変にコソコソするよりも、堂々としていたほうが怪しまれないものなのだ。

 

 

 メッセージを送信し終え、下を向いていた顔を前へと向けると、視界一面が強烈な西日に照らされ、反射的に手を翳す。

 

 思えば今日も今日とて濃い一日だったなぁ…。

 

 

 和を体現した木造建築から伸びる影、空を飛ぶ鳥たちは逆光でどれも真っ黒だ。夕陽の御前にはどんな鳥でさえカラスになってしまうらしい。

 

 人の心に寂寥感と郷愁をもたらす黄昏の世界に見惚れていると、残った片手が優しく包まれる感覚がした。

 

 

「帰ろっか、クユリ」

 

 どこまでも、姉としての慈愛に満ち溢れた微笑みが西日の中でもふわりと舞って――

 

「…うん。ただいま、お姉ちゃん」

 

 

 私の歪な心を温かく溶かしていくようで。

 

 やっぱりナグサお姉ちゃんがお姉ちゃんでよかったと、そう思いながら靡く白髪に導かれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ま、それはそれとしてだよ。

 私の目的はそんなお姉ちゃんを曇らせる事なんですわ。

 

 人の心とか無いんか?

 

 逆に考えるんだ…、人の心があるからこそ曇らせは存在するのだと。

 

 あれから少しして、無事百花繚乱の屋敷に戻ってきた私は今、おなじみの調停室に一人座っている状況である。

 

 私がもたらした爆弾情報とこれからについてを整理しなければならないらしく、先に戻ってきていたキキョウやレンゲと会議するためにお姉ちゃんは離脱していった。

 

 死ぬほど不安な表情を向けられてゾクゾクし――困っちゃったけど、以前の喧嘩が身に沁みているのか、割と早めに判断をつけて離れていった。

 

 

 そんなわけで、絶賛手持ち無沙汰の放置プレイを決め込まれているのだが…。

 

 この機会にやっておきたい事を思い出したのだ。

 

 これまで制服の裏に隠していたためバレてはいない筈のソレを腰のホルスターから抜き出す。

 

「…ほんとによく出来てるよなぁ……」

 

 改めて、どこからどう見てもただの小型拳銃にしか見えないが、その実は特殊な注射器。

 

 試しにコッキングしてみると、銃口部分から極細の針が飛び出す。

 

 この状態で引き金を引けば、銃弾の代わりに装填された鎮静剤がシリンダーから針を通って撃ち出されるという仕組みらしい。

 

 精密機構なためあまり強い衝撃を加えられると中身が逝くのは欠点だが、私はそれも今後の曇らせに組み込む予定だ。

 

 それもとっておきの前フリとして。

 

 命綱を断ち切られた少女ってよくない?ということですよ。

 

 

 それにも関係することとして、コレを使う場面をまだ見られるわけにはいかない。

 

 そのため今の状況はまさに絶好のチャンスなんですわ。

 

 あまりぐずぐずしていると誰かが戻ってきてしまうかもしれない。

 

 恐る恐る針を適当な大腿部に沈ませる。

 

 チクリとした痛みが走り、意思とは関係なく身体が勝手に身を引こうとしてしまう。

 

 生物としての本能が、傷をつけるような鋭利な物体に拒否反応を示しているのは仕方の無いこと。

 そのため針のない注射器―無針高圧注射器なるものが発明されたりもしている。

 

 ただ時間という絶対的なリミットが迫ってくるにつれ、理性が本能を押し込んだ。

 

 

 一息に針を皮膚の裏に突き刺し、引き金を引き絞った。

 

 

「…………んっ…」

 

 体の中に何かが流れ込んでくる感覚、それが全身を駆け巡っていくとともに、明らかな変化がおとずれる。

 

 だいぶ進行してきていた罅が次々と塞がってゆき、まだまだ完治とは言えずとも、隠そうと思えば隠せる程度には見違えた。

 

 神秘を抑制しているとだけあって、若干倦怠感が増したように思えるがそれにしてもここまで明白に変化が実感できるとは、流石のゲマトリア製。

 

 

 黒服の話では使用するごとにその効果も減衰していくらしいからその事には留意が必要だが、期待よりも一回り上の成果を見せてくれる黒服は流石と言う他なかった。

 

 用も済んだことだし、拳銃をしまって、後は姉たちが戻ってくるのをただひたすら待つのみ。

 

 沈みゆく太陽を眺めながら、しばらく脱力しきっていると――。

 

「………――――――ッッッ!?」

 

 

 熱い。

 

 全身が沸騰するように熱い。

 

 それどころか呼吸もままならなくなり、たまらず倒れ伏してしまう。

 

 あまりにも突然の異常にパニックになった私の脳は必死に走馬灯の如く情報を引っ張り出していく。

 その中で一つ、アナフィラキシーショックという現象が思い浮かぶ。

 

 考えてみれば未知の――弱性のものを飲んだことはあるとはいえ――薬を投与しようものなら拒絶反応が出ても何らおかしくはない。

 

 とは言え、初めてと言っていいほどの火照りに支配され、ぐったりと蹲ることしかできない私には適切な対処が取れるわけでもなく……。

 

 ただひたすら、症状が収まるのを伏して待ち続けていると―――。

 

 

 するりと、調停室の障子が開いた。

 

 青白い肌を典型的なセーラー服が包み、肩から百花繚乱の証である羽織をかけ、特徴的な鋭い眼光と猫耳をもつ黒髪の作戦参謀。

 

 それと目と目が合った、その瞬間。

 

 

 熱とともに内に秘められていた感情が爆発した。

 

 同時に身体の疼きが次第に増していく。

 

 男だった前世でも大量に見てきた展開が脳裏をよぎる。

 

 ――これ、媚薬じゃんね☆

 

 

 そこまで考えて、私の意識は押し寄せる艶めかしい欲望の波に飲み込まれていった。

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵ 

 

 

「……はぁ…、ほんと疲れた…」

 

 百花繚乱の作戦参謀の私、桐生キキョウは今日一日の濃すぎる内容を振り返り、肺に溜まった澱んだ空気を吐き出した。

 

 肉体的疲労の問題ではなく、精神的に参ってしまいそうだった。

 

 クユリの帰還だけでも十分だったのに、そこにニヤとの会談、そしてついさっきの百花繚乱幹部による方針会議。

 

 尊敬するナグサ先輩とはいえ得手不得手があるのは理解している。そのための私なのだということもわかってはいるのだが、些かオーバーワーク気味ではないだろうか。

 

 何事も鶴の一声で引っ張っていくカリスマを持っていたアヤメ先輩がいなくなった皺寄せがこんなところにも及ぶとは思わなかった。

 

 もうこれはクユリに癒やされる他無い。

 

 そうしなければ本当に倒れてしまいそうだった。

 

 会議が一段落したあたりでクユリがいるとのことらしい調停室へと続く廊下を進む。

 

 調停室に近づくにつれて目に見えて老朽化が激しくなっていくのを見ると憂鬱に拍車がかかる。

 

 なんでも百鬼夜行が紛争の時代――つまりは連合として統合されるより前から存在しているのだから、逆になぜ今も潰れずに残っているのかが不思議なものだ。

 

 しかし最近はとうとう限界を迎えつつあるのか、床を踏み抜いたり、雨漏りはするわ木枯らしは吹き込むわ、あまつさえ天井が抜けるわで散々だった。

 

 そのため慎重に動かざるを得ず、調停室内部は内装も相まって、大抵は自然と厳粛な雰囲気を放つこととなる。

 

 

 そうぼんやりと考えている内に、気づけば調停室は目と鼻の先の位置にまで迫っていた。

 

 頭上の猫耳はぺたりと伏せられ、青みがかった二股の尻尾はだらりと垂れて引きずられるがまま。

 そんな満身創痍な私はやっとの思いで部屋の障子に手を掛ける。

 

 ――こんなに頑張ったんだし、クユリにはちょっとくらい我慢してもらっても構わないよね?

 

 

 作戦参謀としてあるまじき想像を膨らませながら、私は西日色に染まった調停室へと足を踏み入れ――

 

 

「…あ、キキョウだぁ~……、むぎゅ〜ッ!」

 

 

 

 ――?????

 

 

 疲弊しきった私の頭脳では……いや平常時で万全であったとしてもフリーズは避けられないだろう。

 

 だってクユリが、頬を紅潮させ、目の中にハートを浮かべながら、こう言っては失礼かもしれないけど凹凸の少ない身体を押しつけてきたのだもの。

 

 

「ク、クユリ…?あんたどうしたのよ?」

 

 事態を受け入れきれていないまま、率直な疑問が口をついて出る。

 

「ん~~!やっぱりキキョウは柔らかいなぁ…。いい匂いもするし、えへへ〜〜」

 

 どうやら完全にあちらの世界に入ってしまっているらしい。

 

 夢中で顔を擦り付けてくるクユリを眺めていると、ようやく処理が追いついてきたのか、だんだんとある感情が芽生えてくる。

 

 

 ――何よこの可愛い生き物は!?

 

 

 普段の大人しく姉に似てどこか儚げなクユリとは似ても似つかない、煽情的な表情。

 背にまわされた華奢な片手が実にいやらしく這う感覚が、私の理性を消し飛ばそうとする。

 

 救いと言っていいのかわからないが、幼い子どものように甘えてくる様子が庇護欲をも掻き立て、私の中で勢いを増す邪な感情と理性とともにぶつかりあっているおかげで押し倒さずにすんでいた。

 

 

 だがそれも絶妙な均衡の上に成り立った奇跡の状態であり、僅かな衝撃でその天秤は如何様にも傾くのは明白だった。

 

 

 そして、私はその均衡を自ら崩しにかかってしまう。

 

 

「…ねぇ、クユリ?ちょっと聞きたいんだけど…」

 

「ん〜?何〜?なんでもいいよ〜?」

 

 私の胸に埋められていた顔が再び眼前に晒される。

 先ほどよりもさらにトロリとした視線に思わずゴクリと生唾を飲み込む。

 

「あんたは…さ、私のことをどう思って……」

 

「だぁ〜い好きに決まってるじゃん〜!そんなの当たり前でしょ〜?」

 

 さながら恋人のように私の欲しい言葉をすかさず投げかけてくれる。

 

 天秤がだんだんと軋み始める。

 

「…それは、あくまで友達としてってこと?それとも――」

 

「…キキョウはどっちだと思う?」

 

「………え、それ…は……」

 

 質問を質問で返されて言葉に詰まってしまう。

 

 悪戯っ子のように意地悪な笑みを浮かべるクユリから目を離せないでいると、そんな私を見かねたのか、艶めかしい動作で顔を私の右耳にまで滑り込ませてくる。

 

 自らを律することで精一杯の私の脳は、紡がれた甘い言の葉によって砂上の楼閣の如く崩れ去った。

 

 

「私は、キキョウになら、ナニをされてもいいよ?」

 

 

 天秤は基軸からへし折れ、私の中でプツリと何かが切れた音がした。

 

 床が抜ける可能性も考慮せず、尽きたと思っていた気力が漲るままに押し倒す。

 

「…あんたが悪いんだからね…。参謀である私の前でそんな事を言っちゃったらどうなるか、思い知らせてあげる」

 

「え〜?例えば〜?」

 

 のしかかられているというのにまだ余裕そうな態度をとるのを見て火がついた。

 

 互いの合意に基づく正当な行為だ。彼女がどうしてこうなったのかなんて今はどうだってよかった。

 

 クユリの弱点を探るべく、するりと五指をその身体に這わせていく。

 

 まだ決定的な部位には触れず、反応を楽しむように探っていく。

 

 指が肩から首筋、顎から頬へと伝っていき、やがてクユリの小ぶりな耳に到達した途端――。

 

「………んっ…!」

 

 彼女の表情に綻びが表れた。

 

 単なるくすぐったさからくる身じろぎではなく、明らかにナニカの琴線に触れた反応だ。

 

 試しにその小さな穴を押し広げていくように指を潜り込ませると……。

 

「やっ…!――ッ、キ、キキョ…うんッ!」

 

 

 見つけた。

 

 私の頬がつり上がっていくのがわかる。

 

 珍しい方なのかは知らないが、どうやら耳が“感じる”場所らしい。

 

 ますます頬を上気させていくクユリを見ていると、私の中でゾクゾクとナニカが湧き上がってくる。

 

 身を捩って逃れようとするのを許すはずもなく、二股の尾を操って巻き付ける。

 

 しばらく弄んでいると、ふと妙案が転がり込んできた。

 

 ――私は与えられたものは倍にして返す主義なんだよ。

 

 

 同じように身体を密着させ、気のせいか元の銀髪の面積が多くなっている髪束をかき分けて滑り込む。

 

 まだ何をするつもりなのか察していないらしいクユリをいいことに、顔を近づけ――すぼめた唇から溜めていた空気を吹き出した。

 

 

「ひゃあっ!?ちょ……キキョウ、それダメぇ……!」

 

 一際大きな反応が返ってきて私の欲が満たされていく。

 

 が、まだ足りない。

 

 私をその気にさせたことを後悔させるべく、いっそう距離を縮めていく。

 

 クユリも私がなにをしようとしているのか察したらしくさらに身を捩るが、力が上手く入らないのかいじらしさが増すだけだった。

 

 反対側に手を添えて固定し――

 

 

「それじゃ、いただきます」

 

 

 その小さな空洞に舌を突きこんだ。

 

 

「ひっ……、んやっあ!くっ…ひゅう……!」

 

 いやらしい水音をたてて、余すことなく奥へ奥へと蹂躙していく。

 

 クユリの身体が細かく痙攣し始めるのを感じ、いっそうペースを上げる。

 

「んあっ、ダメぇ……!キキョ…ウ、それ以上はッ…ホントにオカシクなるぅ!」

 

 限界が近いのか、息遣いも荒く言葉も途切れ途切れになってきた。

 

 

 快楽のボルテージが最高潮に達するそのタイミングを見計らい―――水没した洞窟を抉り取るように、一息に吸い上げた。

 

「んんあっ!?やっ…あっ…ダメダメダメッ!イッ――!」

 

 

 絶頂を迎え、バネ仕掛けの如く激しく痙攣する細身を全身で押さえ込む。

 

 やがて波が過ぎた後の余韻に満ちてきた頃、くたりとしたクユリの顔を両側から挟み込む。

 

 完全に蕩けきって抵抗の素振りすら見せない様子をしばらく堪能し、ついに私は決定的な行為に及ぶべく再び顔を近づけていく。

 

 話では既にハジメテは奪われてしまっているが、そんなものは私で塗り替えてしまえば問題なかった。

 

「…ふぁ…ぁ、キキョウ?」

 

「クユリ…、これが私の気持ちだから…」

 

 

 そうして互いの唇が触れ合い、交わろうとしたまさにその瞬間―――

 

 

「ナニヲシテイルノ?キキョウ?」

 

 地獄の底から響いてきたような絶対零度の声が背後からしたと同時に、恐ろしい勢いで壁に叩きつけられた。

 

「――かハッ……!」

 

 肺が押しつぶされ酸素が強制的に逃げ出してゆく。

 

 思わず閉じた目を薄っすらと開けると、そこにはまさしく幽鬼と化したナグサ先輩の姿があった。

 

 いつの間に戻って来ていたのか、それは定かではないが先の行為を見られてしまったのは明白だった。

 

 何かを言わなければならないが、その華奢な腕のどこにそんな力があるのかと思わざるを得ないほどの万力で胸倉を掴み上げられているため声が出せない。

 

 

 思えばナグサ先輩が本気でキレたところは見たことがなかった。

 その時が来るとすればまぁ間違いなく、クユリに何かがあった時くらいだろうとかつての私は考えていた。

 

 まさか私がその当事者になるとは思いもしなかったが。

 

「ネェ、レンゲモ大人モ、キキョウモ、ドウシテソロイモソロッテクユリヲケガスノ?ネェドウシテ?」

 

 叩きつけられる冷気は私の頭を冷やし冷静にさせるどころか、身体の芯まで凍えさせていく。

 

 返答を誤れば命はない。

 そう確信しているからこそ、私の口は言葉を紡ごうとしない。

 響くのはこれまで感じたこともない激甚な死の恐怖から齎される、カチカチという歯の根が震える音のみ。

 

 いつしか、レンゲもクユリに粗相を働いたせいで凄まじい制裁を下されたと聞く。

 

 頑丈なレンゲならまだしも、立場柄軟弱な私では到底生きて帰れはしないだろう。

 

 どう見てもリミッターが外れているその姿を前に、参謀としての威厳など塵芥にも等しい。

 

「……ッ、待って……ナグサ先輩ッ…これには訳が…」

 

 どうにか絞り出した言葉は、いかにも三流悪役が吐く最期のセリフだった。

 

 様子がおかしかったとはいえ、一応合意のもとであったことだけでも伝えようと声を絞ろうとすると――

 

 突如掴まれていた胸倉が解放され、その反動で私は崩れ落ちてしまう。

 

 ようやく話を聞いてくれるかもしれない。

 そう希望を抱き、執行人に弁解をすべく顔を上げると、眼前に真っ黒な銃口が広がった。

 

「―――えっ……」

 

 判決などとうに出ていたのだ。

 

 裁判官であり執行人である一人の姉は、壊れた人形のようにカクリと首を傾げて言い放った。

 

 

「ジャアネ、キキョウ」

 

 

 引き金が引き絞られ、起動した撃針が弾丸を叩くその一歩手前で――

 

 

「何やってんだお前らァ!」

 

 

 紅蓮の突風が吹き荒れ、その銃身が側面から弾き飛ばされた。

 

 

「……レ、レンゲ?」

 

 

 そこには紛れもない百花繚乱の切り込み隊長であり、頭が青春一色の鬼教官、不破レンゲの頼もしい背中がそびえ立っていた。

 

「…何があったのかは大体想像はつくけどよ…。まずは深呼吸だ。どうしても落ち着かないって言うなら、百花繚乱として、アタシも手加減はしない」

 

 燃え盛る紅蓮の熱気と凍てつく極寒の冷気の衝突。

 

 それを見ていることしかできない私は、これまでの全ての疲労が祟ったのか、一時の安堵で解き放たれたそれらに身を任せ、意識を落とした。

 

 

 

 いつの間にか、クユリの姿がどこにもいなくなっていることには誰も気づかなかった。

 

 

 

       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「クユリ先輩?大丈夫ですの?ふらついておられますが…」

 

「ん……?あ、ユカリ〜。大丈夫だよぉ……おっとと」

 

「あ、ちょっと…!すごい熱ではないですか!とりあえず身共の自宅に運ばせてもらいますの!」

 

 

 




エッチなのは駄目!死刑ぇ!

12月から1月の間は試験が集中しますのでどうしても更新が遅くなります。ご容赦してくださると幸いです。
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