自称「平凡だけど、どこか神秘的で儚げな……ただの百鬼夜行の一生徒」の妹による曇らせツアー   作:藍終

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ユカリのえりーとにこだわる理由が明らかに…。


百花繚乱のえりーと

 

「クユリ先輩、もう少しで着きますからしばし辛抱してくださいね……!」

 

「…ん〜……ユカリィ……」

 

 

 本当に偶然のことでしたの…。

 

 

 まず、クユリ先輩から信じられないような告白があり、流されるまま陰陽部のお屋敷にお邪魔することとなってしまった時の身共は何も考えられませんでした…。

 

 いくら身共自身、世間知らずの箱入り娘という事は存じてはいれど、最低限の教養としてソッチ方面の知識も多少なりとも得ております。

 

 ですから、ただでさえ片腕を失ってしまわれたことだけでも限界でしたのに……将来を誓い合うお相手に捧げる筈のたった一度きりのモノを奪われたともなれば、最早身共の頭は理解を拒むほかありませんでした。

 

 そして、身共はもう一つの悲しみに暮れることとなりました。

 

 それは、身共はこの件について、何も知らされていなかったということですの…。

 

 クユリ先輩が絶えぬ苦しみに苛まれていることも、ある日突然、一通のお手紙だけを残してこの百鬼夜行を飛び出して行ってしまったことも、身共は知りませんでした。

 

 

 唯一知らされていた情報といえば、レンゲ先輩から、クユリ先輩は体調不良で寝込んでいるという嘘の情報のみ。

 

 

 身共は先輩方に、信頼されていないのかもしれません…。

 

 確かに、身共はまだまだ新米の一年生で、百花繚乱としての知識も実力も、風格も何もかもが足りておりません。

 それに人望の厚いクユリ先輩のことです、委員会の統率にいたずらに悪影響を及ぼさないようにと情報統制を行ったというのも理解できます。

 

 

 …それでも、やはり身共は悲しかったのです。

 

 もしかしたら、こう考えること自体が烏滸がましく、自惚れの証拠なのかもしれません。たまたま先輩方との関わりが多かっただけで勘違いしてしまったのでしょうか…。

 

 思えば、あのお祭りの日から先輩方の様子がおかしくなり始めてもいましたし、クユリ先輩の姿を見ることもなかったような気がします。

 

 

 ですので…、キキョウ先輩やレンゲ先輩と共に陰陽部のお屋敷から帰る途中、つい身共はぼやいてしまったのです。

 

『…そんなに身共は頼りないでしょうか?』

 

 

 その時の先輩方の苦虫を噛み潰したような表情は今でも忘れられません。

 完全な肯定はされなくとも、否定もされなかったという事実が身共には些か重かったようですの…。

 

 

 そんなモヤモヤした気持ちを振り切ることができないまま、先輩方と別れた後も当てもなく商店街などを練り歩き続けていました。

 

 日も没し、売れ残りの特売を呼びかける声も次第に聞こえなくなった頃になっても、身共は心持を整理できておりません。

 門限などとっくに過ぎていますから、いつ帰っても叱られるのは変わらないと、半ばやけになってひたすらに歩を進めていますと……。

 

 

 ふらりと、覚束ない足取りで歩いているクユリ先輩が目に入り考えるよりも速く、今にも倒れてしまいそうなその身体を支えに入りましたの。

 

 なぜこんなところにお一人で……。

 そんな疑問がよぎりましたが、それもその細い身体の持つ異常な熱を感じた途端にかき消えました。

 

 声をかけても曖昧な返答しか返ってこないので、とりあえず背負って自宅に向かうことにしましたの。

 

 

 

 そして現在―――

 

 身共は勘解由小路家の目の前にまで辿り着いております。

 背負っている先輩の熱が伝播してきて、冷え込む時間帯にも関わらず額には汗が滲んできていますがそんなことは些細なこと。

 

 トントンと家の戸を叩くと、すぐに向こう側から足音が迫ってきて弾かれるように戸が開きました。

 

「お嬢様!?今の今まで何処にいらっしゃったのですか?もうとっくに門限は――」

 

「申し訳ありませんが、その話は後にしてくださいませ!私の寝室に布団の用意をしておいてください!」

 

「は、はいぃ!?」

 

 迎え出てきたのは、身共が幼い頃からお世話になっている雀の使用人さんですの。勘解由小路家としての礼儀や作法、伝統といったものに厳しい反面、確かに身共を良くしてくれている方ですから、こんな対応は多少なりとも罪悪感はあります。

 

 それでも身共にとってはクユリ先輩の事が最優先事項なのですわ!

 

 呆気にとられている使用人の横をすり抜け、下足を脱ぐのももどかしく身共の部屋に駆け込んだ後、そっとクユリ先輩を背中から降ろして寝かせます。

 

 

「先輩、今すぐ手拭いなどを持ってきますのでしばしお待ちになっていてください…」

 

 身共には医療の知識はありませんので、熱に浮かされているようなら濡らした布を額に当ててあげることくらいしか出来ません。

 

 先輩が少しでも楽になればと思いその場を離れようと膝を立てた時――

 

 

「……待ってよ…どこに行くの……?」

 

「せ、先輩?身共はすぐに戻ってきますので……」

 

 

 はっしと制服の袖を掴まれ思わず仰け反ってしまいました。

 見れば先輩は、先ほどよりは焦点の定まった隻眼を潤ませ、縋るような視線を送ってきています。

 

 その様子はまるで……。

 

「…いや。ずっとそばにいて……。ユカリがいないとやだ…」

 

 いやいやと首を振り、湿った声で甘えてくる姿に私の中の何かが刺激されるのがわかりました。

 

 立ち上がりかけた身体を戻し、正座で揃えた膝の上にその小さな頭をそっと乗せます。

 

 いわゆる膝枕というやつですの!

 

 

「…よしよし〜。身共は此処にいますのよ〜」

 

「ん……えへへ〜……」

 

 

 火照った頭を優しく撫でてあげますと、小動物のように目を細める先輩。

 

 身共の庇護欲がどうしようもなくかき立てられ、同時に頼られないことへのモヤモヤも晴れていく気がします。

 

 ナグサ先輩の妹という事もあって、クユリ先輩の容姿は多少変わってしまっているとはいえ、とても美しいのです。

 

 その儚さは全身の罅も相まって、自然と壊れやすい陶磁器を扱うような手つきになってしまいます。

 

 

 

 しばらくそうして、膝元から小さな寝息が聞こえてきた頃――

 

「…お嬢様?失礼します、お布団をお持ちしました」

 

 何人かの使用人の方々が部屋に入ってきて、身共たちのそばに真っ白な布団を引いていきます。

 

 その様子を眺めていると、ふと出迎えに応じてくださった雀の使用人さんが私の膝を見て首を傾げてきました。

 

 

「お嬢様、聞きそびれてしまったのですが…。その方はいったい…?」

 

 

 確かに言われてみれば身共は何の説明もしておりませんでした。

 しかし一から説明するとなると非常に時間がかかります…。

 だからといってあまりぼかしすぎても使用人の方々に怪しまれてしまうかもしれません。

  

 

 使用人の方々を納得させつつ、クユリ先輩を端的に表せる言葉……。

 

 

「このお方は…クユリ先輩は身共の恩人で、この上なく愛している存在ですの!」

 

 

「お、恩人で……」

「しかもお嬢様の寵愛をお受けになる御方……」

 

 …どうしたのでしょうか?

 身共がそう言うと使用人の方々がざわめき始めました。

 幸いクユリ先輩を拒絶するような嫌な雰囲気ではありませんし、むしろ色めき立っている様子です。

 

 身共が首を傾げていると、ひとかたまりになって話し合っていた中から例の使用人がやけに真剣な顔つきで正面に正座してきました。

 

 日頃のお稽古の時よりもいっそう真剣な気迫に、自然と背筋が伸びてしまいます。

 

 

「…お嬢様。わたくしは勘解由小路家の使用人として、お嬢様を正しくお導きする責務がございます。故に本来ならこのようなことは止めるべきなのでしょうが…、同時にお嬢様の意思を尊重したいとも思っております。ですから、一つだけ確認をさせていただきたいのです」

 

「…………?」

 

 いまいち真意がつかめずにいると、一呼吸おいて、曖昧な回答は許さないと言わんばかりの眼光を放ち問うてきました。

 

 

「お嬢様、“覚悟”はお有りなのですか?」

 

 

 覚悟……。それは勘解由小路家の娘でありながら、クユリ先輩の後輩として、百花繚乱としてクユリ先輩を支え続けられる覚悟があるのかということでしょうか…。

 

 なるほど、もっともな問いです。

 確かに身共は勘解由小路家としても、百花繚乱としても未熟も未熟。そんな中途半端な存在が今の道を進むのには生半可な気持ちではいけない。そう仰っておられるのですね。

 

 

 ――でしたら、答えなどとうに決まっておりますのよ!

 

 

「はい!身共はクユリ先輩をこの先も、支え続ける覚悟がございますわ!」

 

 使用人の方の気迫を吹き飛ばすように言い切ると、しばらくの間目を閉じ、どこか諦めたようなため息をつき、微笑まれました。

 

「…そうですか。申し訳ありません、無粋な質問でしたね。前例のない案件ですのでどうしても苦難の道のりにはなりますが、陰ながら応援させていただきます」

 

 

 こ、これは認められたということでしょうか?

 

 こう言ってはなんですが、勘解由小路家は些か排他的な側面が否めないため不安でもあったのですが…。

 

 やはり真っ直ぐな気持ちを伝えれば、人の心は動かすことができるのですね!

 

 納得したように頷き、ぞろぞろと部屋を出ていく方々。

 去り際にこちらを振り向いて一言。

 

「とは言え、あまりうつつを抜かさぬように努めてくださいね?勘解由小路家のお稽古も伝統も大事なものであることには変わりありませんので…」

 

「はいですの!」

 

「ふふっ、失礼しました。夕餉などはこちらに運びますので、また何かあれば申し付けください」

 

 

 パタリと戸が閉じられ、再び二人きりの静寂が訪れました。

 

 ふと膝を見やると、一悶着あったものの変わらず穏やかな寝息を立てている小さな先輩の顔が目に入り、頬が緩んでしまいます。

 

 額にそっと手をやると、先程までの熱が嘘のように消えており、そのせいかとても冷たく感じてしまいます。

 

 それがどこか――不謹慎なのは承知で――この世のものではない、まるで死人のように思えてしまって…。

 

「クユリ先輩……」

 

 起こしてしまわぬようにそっと頭と膝裏に手を添え、真新しい布団に寝かせると、いよいよそれが清められた棺桶に見えてしまって、押さえていた様々な感情が両目から溢れてしまうのを止められません。

 

 袖を濡らすとはまさにこのことでしょう。

 

 しかし、身共には本来泣く資格などないのかもしれません。

 

 頼られないことに嘆くのではなく、頼る価値のある存在にならなければ。

 

 そのような存在でないから、こうして先輩は一人で全てを抱え込んで、果てには壊れていってしまう。

 

 

 だから、泣くのは今だけです。

 

 先輩方に追いついて、同じ百花繚乱として堂々と胸を張れるような、肩を並べるにふさわしい一人前の存在に――

 

 

 

「百花繚乱の“えりーと”になってみせますわ……!」

 

 

 

 敬愛する先輩に誓いを捧げる身共は、もう涙など流してはおりませんでした。

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵

 

 

 

 

 ん〜…、なんだかものすごく柔らかいものに包まれてる気がする。

 

 百鬼夜行に入学する前に、よくお姉ちゃんに抱き枕にされていた時と同じような…。

 

 あの時は、一丁前に柔らかいモノを押し付けられて幼いながらに嫉妬の念を抱いたなぁ。

 

 でも今回はそれとは訳が違う。

 なんというかボリュームのレベルが圧倒的なのだ。

 

 あまねく全ての弱さを受け止め、包みこんでくれるような、そんな柔らかさが顔面いっぱいに伝わってくる。

 

 できることならずっとこうしていたいものだが、鼻も口も塞がれてしまっているので割と真面目に苦しい。

 

 幸い力を込めれば解放されそうだったので、その感触に別れを告げてソレから顔を離す。

 

 

 呼吸器官が解放され、新鮮な空気を取り込む。

 

 さてさて私は今、どんな状況なのかな〜?

 

 微睡みから目覚めた視界はどういうわけかまだ暗闇に包まれている。

 

 とはいえ完全な暗闇ではなく、月明かりと思わしき淡い光がだんだんと視界を照らしていく。

 

 目も暗闇に慣れ始めたのか、いっそう周辺の様子が輪郭を型取り始める。

 

 目の前に広がるは、暗闇でもはっきりとわかる紫の長髪。大和撫子という言葉がぴったりの美貌。そして、一年生でありながら百花繚乱の中でもトップのボリュームを持つ、恵まれた双丘。

 

 紛うことなき勘解由小路ユカリが、すやすやと可愛らしい寝息を立てて眠っていた。

 

 

 ――????(宇宙猫)

 

 

 どゆこと?

 

 ちょ待てよ…。いかん、内なるキ◯タクが出る程には混乱している。

 

 いったん落ち着いて記憶を振り返ろう。

 

 覚えている限りではまずは、黒服からの薬を投与して、その効果に感心していた。そしてしばらく経つと突然、身体が物凄い熱を持ち始めて……。

 

 どこか既視感のある症状に不安を覚えながらも朦朧とした意識で耐え忍んでいると、誰かが部屋に入ってきて………。

 

 

 目が覚めたら、ユカリと同衾していた!

 

 

 某探偵でもこんな事にはならねぇよ!

 

  

 ふぅ、ステイステイ…。

 まだ過ちは犯していないはず。見たところ服は着たままだし脱がされた形跡もない。

 あの純粋なユカリがそんな行為に及ぶはずもなし。

 まだ事後ではない、そう信じる。

 

 さて、とりあえずこれからどうするか。

 

 状況から察するにここはユカリのお屋敷だろう。

 

 窓から月光が差すあたりとっくに夜を迎えたらしい。大抵の高校生にとってはゴールデンタイムだが、良い家のお嬢様はお休みの時間なのかもしれない。

 

 どうしてこんな事になってしまっているのかは皆目見当もつかないが、このまま朝までユカリの抱き枕になっていてはいけない。

 

 なんとなく、本当になんとなくだがそう思ってしまう。

 

 

 ――別にこのままじゃユカリの赤ちゃんになってしまうとかそんなんじゃないからねッ!勘違いしないでよねッ!

 

 

 いやまぁあの驚異的な包容力を持つ弾力に身を委ねてしまいたい気もしなくはないけれども…。

 

 むしろ許されるのならそうしたい。あのお姉ちゃんにはない感触を、絶壁の私にはどうやってもたどり着けない高みを味わっていたい。

 

 

 …ふぅ、餅つけ私。

 

 この状況をお姉ちゃんに見られなかっただけマシだと思い給え。

 

 レンゲのラッキースケベ事件の時に間近で見たから断言できる。

 ブチギレモードのお姉ちゃんは最早存在が百物語の怪談だと思うほどには恐怖の権化と化す。

 

 翌日、志々雄真実の如く包帯だらけになりながらも実直に頭を下げに来てくれたレンゲには比喩なしに涙から止まらなかった。

 

 それはそれで新たな勘違いを引き起こしかけたんだけどね…。

 

 

 流石の私もユカリが血祭りに上げられるのは見たくないので本心から良かったと思っている。

 

 

 

 …そうだ、問題はお姉ちゃんだ。

 さっきからやけに胸騒ぎがしていたが、その正体がようやくわかった気がする。

 

 今日はあれだけ場をかき乱したのだ。

 

 もし、ユカリがお姉ちゃんに許諾無しに家に連れ込んでいたともなれば、失踪から帰還した直後にまた行方不明ということになってしまう。

 

 そうなったらいよいよ監禁コースが現実味を帯びてくる。

 

 近々本当に失踪をする予定の私にとっては致命的だ。

 

 手遅れになる前に顔を見せてメンタルケアをしなければならない。

 

 

 

 布団からゆっくりと身体を引っこ抜くと、ユカリは僅かに身動ぎしたが、再び身体を丸めて一定のリズムで寝息を立て始めた。

 

 ほっと息をつき、窓の戸を音を立てないように慎重にスライドさせる。

 

 徐々に大きくなっていく隙間からはひんやりとした夜風が流れ込んできて、私の髪を揺らす。

 

 深く吸い込んでみれば、体の内側から心地よい涼しさが広がってきて、焦り気味だった思考を落ち着かせていった。

 

 

 ふと、私の身体は布団の中のユカリのもとに戻っていく。

 

 再び同衾するわけでは無いが、やはり大きいと感じざるを得ない胸元に顔だけを埋める。

 

 

 夜風で冷えてしまったのか、はたまた人肌が恋しくなってしまったのか。

 

 それとも――

 

 

 『お母さんにこういう事をしてもらいたかったとか?』

 

 ――煩いなぁ、どっか行っててよ。

 

 いけない、これ以上はナニカがおかしくなりそうだ。

 

 顔を離し、ユカリの頭をそっと撫でる。

 

 経緯はいまいちよくわかってはいないが、少なくともユカリは私を気遣ってくれたのだろう。

 キヴォトスの数少ない純粋な光属性の一角なのだ。間違ってもやましい事や曲がったことはしないと断言できる。

 

 

 それに久しぶりに熟睡できたのも感謝したい。

 なんだかんだ黄昏の侵食の激痛は睡眠障害だったから、黒服の薬も相まって身体が軽い。

 

 

「……ありがとね、ユカリ」

 

 曇らせという大義のためとはいえ、仮面を被って演じる事が多かった私の、本心からのありがとうだった。

 

 

 窓から身を乗り出し周囲を見渡すと、どうやらここは二階らしく、瓦葺の屋根が足下に広がっていた。

 

 何故か部屋の隅に置かれていた自分の下足を履き、屋根の上に降り立つ。

 

 ゆっくりと戸を閉めた後、夜空を見上げると、高所故かいつもより気持ち大きい三日月が百鬼夜行を照らしていた。

 

 三日月は事の始まりを意味する。

 

 ――お姉ちゃんがおかしくなってなきゃいいけど……。

 

 

 軽く首を振って不安を払い、トンと屋根を蹴って、私は百花繚乱の屋敷へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、ようやく目的地が見えてきたところで歩のスピードを緩める。

 

 まだ明かりがついているのを見る限り、誰かしらは残っていると思われる。

 

 近づくにつれて何やら騒がしくなってくるのが気にはなりつつも、誰もいないよりはマシだと思って再び駆け足になる。

 

 そして門をくぐり、整えられた庭を横切って、いざ光の漏れる戸を開こうとした瞬間――

 

 

「ガハッァ!」

 

 そら恐ろしい速度で戸が弾け飛び、己の顔面スレスレを紅蓮のナニカが吹き飛んでいった。

 

 次いで塀に叩きつけられたような轟音が背後から響く。

 

 

「………え?ちょ……え?」

 

 

 何が起こったのか塵程もわからずにフリーズしてしまう。

 

 脳は少しでも情報を集めようと、ナニカが吹き飛んでいった後方へギリギリと首を動かし始める。

 

 

 視界いっぱいにもうもうと舞う土煙が薄れていき、そこには――

 

 

「――レンゲ!?」

 

 砲弾でも着弾したのかと言わんばかりの凹みを塀に作り、そこに項垂れるように倒れ込んでいたのはあのレンゲだった。

 

 只事ではない雰囲気を察し、必死にレンゲに駆け寄る。

 

「レンゲ、どうしたの!?どうしてこんな……」

 

 誰がどう見ても満身創痍のレンゲ。百花繚乱でも屈指の頑丈さを誇る切り込み隊長がこんなになってしまうとは、一体何があったのか想像もつかなかった。

 

 すると薄っすらと目を開いたレンゲが掠れた声を出した。

 

「…あぁ…、クユリか…。情けねえところ、見せちまったな……」

 

「そんなこといいから!何があったの!?もしかして花鳥風月部がもう……」

 

 だとしたら全くの計算外だ。

 

 こんなの原作にはなかったし、私の存在がバタフライエフェクトを起こしたというならなんと間の悪いことか…!

 

 私が恐るべき想像に震えていると、レンゲはふるふると首を振った。

 

 

「違ぇよ……。いいから…クユリ、早く逃げるんだ…。アタシもまだまだッ……グッ!」

 

「そんな事できるわけない!無理したら駄目だってば!」

 

 久しぶり…というかここにきて本心からこんなに必死に叫んだのは初めてかもしれない。

 

 傷だらけの身体に鞭打って立ち上がろうとするレンゲを何とかとどめていると、突然、本能が危険信号を激しく鳴らした。

 

 以前にも感じた事のある怖気、それも間近で。

 

 あの身も心も凍らせ、あまねく全ての対抗心をくじく圧倒的な冷気。

 

 

 磨かれた石粒を踏み分ける音が近づいてくる。

 

 慣れ親しんだ匂いが鼻腔をくすぐり、後ろに立つ存在を証明していく。

 

 

 まさか、と思いつつも錆びついた首を回す。

 

 

「ア、カエッテキテタンダ。オカエリ、クユリ」

 

「……お、ねぇ……ちゃん?」

 

 

 あの儚げで神秘的な最愛の姉の面影はどこへやら。

 レンゲの時とは比にならない程キレているのが一目瞭然の幽鬼が顕現していた。

 

 気の弱い人ならばこの場に立つことすらままならないであろう絶対零度の怒気。

 

 しかし私は一瞬怯えたものの、自分でも驚くほど冷静になっていた。

 

 理由は――

 

「…お姉ちゃん、この際何があったのかは聞かないよ。でも、少しだけ聞かせて…?」

 

「ナニ?」

 

 

「…レンゲをこんなにしたのは、お姉ちゃんなの?」

 

「ソウダヨ。ホントハ、レンゲヲキズツケルツモリハナカッタケド…。ジャマヲシテキタカラネ」

 

「邪魔?」

 

「ソウ、クユリヲケガシタワルイクロネコニ…、シツケヲシヨウトオモッタンダケド…」

 

「……そう……よくわかった」

 

「ア、カンチガイシナイデネ?コレハクユリノタメダカラ……」

 

「ううん、もういいよ?」

 

 

 ――私は、別に百花繚乱が壊れることを望んでいるわけじゃない。

 

 どの口がほざいてるんだと思われても仕方ないけど、このまま百花繚乱が恐怖政治になり――本質を崩壊させてしまいたくはない。

 

 

 奥の方を見やれば、失神しているのかピクリとも動かないキキョウが見えた。

 

 

 ――さすがにやりすぎだよ、お姉ちゃん。

 

 だから、少しお灸を据えることにした。

 

 あのフレーズは出来ればあの日までとっておきたかったけど…、そうでもしなきゃ止まらないだろう。

 

 

 まぁ、考えようによってはトラウマを植え付ける事ができて、本番の時のダメージを倍加させる事も可能か…。

 

 ならばやむを得ない。

 

 

 キッと姉を睨み、レンゲを守るように立ち塞がる。

 

 止めようとしてくるレンゲを手で制し、演技以外で向けるとは思わなかった鋭い声音で言い放つ。

 

 

 

 

「私は、仲間を平然と傷つけるようなお姉ちゃんなんて――」

 

 

 

 

 ――お姉ちゃん、目ぇ覚まそうか。

 

 

 

 

 

「――――――大っ嫌い」

 

 

 

 

 

 

 




曇らせ「私はッ、帰ってきたァ!」

次回、ナグサお姉ちゃん死す? デュエルスタンバイ!
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