自称「平凡だけど、どこか神秘的で儚げな……ただの百鬼夜行の一生徒」の妹による曇らせツアー   作:藍終

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タイトルで誰がでてくるかはお察し…

時系列としては、ニヤが黒服のビルの位置を掴んだ時あたりです。


先生殿ぉ〜みっしょん・ぽっしぶる…です。ニンニン!

 

「いやはや…唐突な召喚令にも関わらずここまで早く集まってくれるとは、流石の忍術研究部といいますか〜…」

 

 

 陰陽部の所有する大広間に、どこか捉えどころのない軽さを含む声が一つ。

 その笑顔の裏では一体何を考えているのかと勘ぐりたくなるような仕草でコロコロと笑うのは、陰陽部の部長にして百鬼夜行の実質的な生徒会長の天地ニヤ。

 

 先程まではこの大広間に百鬼夜行が連合化して以来、ある意味では最大の絶望が流れたことをまるで感じさせない間延びした雰囲気が作り出される。

 

 口元を扇子で覆い隠す胡散臭さ全開の彼女に呆れたような、げんなりしたようなもう一つの声が響いた。

 

 

「はぁ~……、陰陽部から火急の召集がかかった時は何事かと思ったけど……これは相当嫌な予感が…」

 

 そう呟いたのは忍術研究部の部長である千鳥ミチル。

 

 忍術研究部という名前の通り、日々忍術の研究と忍者の魅力をキヴォトス中に啓発する事を主に活動している。“少女忍法帖ミチルっち”という動画チャンネルを運営したり、同人誌を頒布するなどその熱量は目を瞠るものがある。

 

 しかし正式な部活動というわけではなく、両隣の久田イズナと大野ツクヨと合わせて計三人の、好きな物が共通しているだけの集まりというのが客観的な立ち位置である。

 

 百鬼夜行を取りまとめる陰陽部からも正式な部活動の承認は下りているのだが、部長のミチルの方針で保留ということになっている。

 

 そんな非公式の趣味集団に正式な召集命令がかかったともなれば、ミチルはただ事ではない事を嫌々ながらも察してしまっていた。

 

「そんな事を言わないで下さいよ〜。私は貴女達の実力を高くかっているという証拠でもあると思って頂ければ」

 

「それは嬉しいけどさ……」

 

 モゴモゴと言葉を濁らせるミチル。その隣からは正反対の、疑念などさっぱり含まれない純粋な声があがった。

 

「大丈夫です!このイズナ、どんな任務であろうと完璧に遂行してみせますので!」

 

 上の立場からの正式な依頼というのは忍者を志すものとしての血が騒ぐのか、大きな狐耳をぴょこぴょこと動かして目を輝かせるイズナ。

 

 ニヤの腹黒さなど微塵もその目には映ってはおらず、ただただ理想の忍者に近づける事を期待しているオーラ全開の彼女にミチルもニヤも頬を緩ませる。

 

 それに続いて、もう方隣の大野ツクヨが遠慮がちながらも賛同の声をあげた。

 

「そ…そうですよ…。これも立派な忍者になるための第一歩です……。ツクヨも頑張ります…!」

 

「はぁ~…それもそっか。別に私も嫌な予感がするだけで、全く乗り気じゃないわけじゃないから……」

 

「にゃはは〜。そう言ってくれるととても助かりますよ〜。それでは、早速ですが貴女達に任務を頼みたいと思いますがよろしいですか〜?」

 

 二人に挟まれてようやくミチルも踏ん切りがつき、忍術研究部全員がニヤからの言葉を待つ。

 

 

 ニヤの扇子がパチリと閉じられ、糸目がすうっと僅かに開かれる。

 

 先ほどまでの何処か和やかな雰囲気は一転し、一切のお巫山戯も笑いも許されない尖った空気が満ちていく。

 

 ツクヨもイズナも、それを察したものの忍者としてよくイメージトレーニングしてきた状況故にあまり重く捉えていなかった。

 

 ただ一人、己の嫌な予感センサーがさらに反応し始めていることに冷や汗をかいているミチル以外には。

 

 ある程度の面倒事なのは薄々感じ取ってはいたものの、これはそんな生優しいものではないかもしれない。

 そうミチルは、目の前から吹き付けてくるニヤの気迫に気圧されながらその言葉を待った。

 

 

 

「それはですねぇ〜……ズバリ、潜入任務です。貴女達には、とある場所からある物を回収してきてもらいたいのですよ」

 

 

 口調も抑揚も、その内容も忍者そのものでいつもと変わらないのに……。

 

 やっぱり碌なことじゃないんだろうな…とミチルは内心諦めのため息をついた。

 

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵

 

 

 

「潜入任務ですか!まさに忍者っぽい任務ですね!して、イズナ達は具体的に何をなせばよいのでしょう?」

 

「せ…潜入ということは、変装とかが必要ですよね……。私の忍術で何とかなるでしょうか……」

 

「どうだろ……流石に桜の木の変装が役に立つかな?」

 

 

 口々に反応を示す忍術研究部の面々を見ながら、私は葛藤を続けていた。

 

 今回このメンバーを集めたのは他でもない。御稜クユリの身体を好き勝手にしてくれた大人とやらの場所が判明したため、そこに探りを入れようとしたからだ。

 

 百鬼夜行の中でもずば抜けて隠密や潜入任務に適正のある忍術研究部を差し向ける事自体はもとより決まっていた。

 

 こう言ってはまたカホから雷が落ちるかもしれないが、非公式の集団であるからこそ、何かあった時の後処理や隠蔽にも手間がかからないというメリットもある。

 

 こんなだから腹黒いだとか胡散臭いとか言われるというのは重々承知しているものの、組織の―ひいては学園のトップとして仕方の無いことだと割り切っている。

 

 そんな私でも、この先の内容を話しても良いものかを今この瞬間まで悩んでいた。

 

 

 それは、クユリが受けた仕打ちを――すなわち大人の聞くに堪えない醜さを、この純粋な子たちに伝えるかどうかということ。

 

 特にイズナは純真無垢すぎて、出来ることなら伝えたくはないと個人的には考えてしまっていた。

 

 しかしいずれは知ることになる事実でもあり、何よりクユリの経緯を話さなければこの潜入任務の説明がつかない。

 

 最初はミチルにだけ伝えることも考えたが、下手に隠して、結果現場で彼女らが自力で真実に辿り着こうものなら関係の不和を引き起こしかねない。

 

 それならば初めから包み隠さず伝えてしまったほうがよっぽどマシなはずだ。

 

 私だって一人の人間、百鬼夜行の生徒に、純粋な子供に無用な負担をかけたくはない。

 

 

 チラリと隣に座るカホを見やると、偶々なのか視線がかち合う。

 事の詳細を話す決意を込めて互いに頷き合い、こちらの言葉を待っている三人に視線を戻す。

 

 

「にゃは。潜入とは言いましたが、別に変装が必要になるとは思えないですから安心を。肝心なのは潜入した先である物を回収してきて欲しいことですので〜。潜入というより侵入ミッションですかね」

 

 出来るだけ平静を装って、感情の波が表に溢れないように努めて声を絞り出す。

 

「そう、結局何を回収してきてほしいっていうの?」

 

 ミチルが核心に迫る事を尋ねてきたため、一つ息を吸って今一度覚悟を決める。

 

「…それを話すには、とある生徒のことについて説明しなければならないのですが……正直に言うと胸糞の悪い話です。貴女達は此処でやめておけばよかったと思うかもしれません。今、この場から踵を返しても、私もカホも止めません。それでも聞いてくれますか?」

 

 最後の最後で保険をかけるあたりまだまだトップとしては甘いなと自戒する私。

 

 果たして彼女らの返答は―――

 

 

「ニヤ殿が私たちを信頼してくれたのなら、イズナもそれに応えるのが忍者というものです!ニンニン!」

 

「そういう事。それにここまで来て、今更はいさよならは私たちの信条に反するからね」

 

「そ…その通りです。その生徒さんが…困ってらっしゃるのなら、私たちがお力になれるかもしれませんので…」

 

 

「にゃは…、流石は泣く子も笑う忍術研究部ですね。…では、早速私とカホで説明していくことにしましょう」

 

 不覚にも目元にじわりと滲む何かを引っ込めて、まずは前提を話し始める。

 

 

「まず………貴女達は、御稜クユリという生徒をご存じでしょうか?」

 

「ん…あぁ〜名前と姿くらいは見聞きしたことあるかな。あの百花繚乱の副委員長の妹だっけ?」

 

「はい、その通りです」

 

 ミチルの確認にカホが肯定すると、イズナとツクヨも概ね同じような反応を示した。

 

「イズナもその名は聞いたことはありますが、実際にお会いしたことはありません。部長、クユリ殿はどんな御方なのでしょう?」

 

「私も…同じです」

 

 イズナとツクヨの疑問にミチルは記憶の引き出しを必死に探っているようだった。

 

「う〜ん……ほんとに何回かしか見てないけど、姿は身長が小さくなった副委員長そっくりだったかな。なんかこう…儚げっていうか…。いつ見てもクユリさんの側にはお姉さんがいたような気がする。もしかしてシスコンの気配が……?」

 

 …どうやらかの姉妹の―主に姉の―イチャつきっぷりはかなり噂になって周知されているらしかった。

 

「あ、でも最近は全然見てないかな。単に偶然だと思うけど、ここのところ百花繚乱が慌ただしく動いていた気がするし………」

 

 

「にゃは、それがまさに全ての始まりなんですよ。…いえ、クユリさんにとっては全てが壊れ始めたわけですが…」

 

 いい感じで話を差し込むタイミングが出来た。

 

「…どういうこと?クユリさんに一体何が……」

 

 

 不穏な雰囲気を察したミチルがそう問うてくる。

 一度受け入れると口にしたのだ、最後まで重荷を共に背負ってもらうことにしよう。

 

 ほんの数時間前に語られた衝撃の情報を頭の中で整理し、わかっている限りを順序立てて紡ぎ出す。

 

 ただただ悲惨で、理不尽で、胸糞の悪い、一人の生徒が受けた責め苦の物語を。

 

「数日前、百花繚乱にとある脅迫文が届きました。その日クユリさんは――――――」

 

 

 

 

 

 

 

        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「……なに……それ………」

 

 

 茫然自失といった呟きがポツリと静寂を揺らした。

 

 少々の時間をかけて判明している事の全てと、任務の詳細を話し終えると、想定通りか大なり小なりショックを受けている様子の忍術研究部。

 

 話伝手にしか聞いていない私だけでなく、実際にクユリの絶望の一端をその目で見てしまったカホの補足もあって、改めて口に出すのも憚られる内容だと思う。

 

 ミチルやツクヨはまだ信じられないといった表情のまま固まっているが、問題はイズナの方だ。

 

 顔を俯かせ、前髪が目元を隠しているせいで彼女がどんな表情をしているのかがわからない。

 

 ただ、やはりこの話はイズナには酷な内容過ぎたのではないか。多少無理を通してでも、事実は伏せるべきではなかったのかと今更ながらに後悔が芽吹き始める。

 

 とはいえ、既に話してしまった事を撤回することなどできようもない。

 

 願わくばその純粋な心で、この汚泥のような体験を受け止めきってほしいと思うのは…流石に身勝手だろうか。

 

 

「…それで、私たちにはそのビルに潜入して、“そういったこと”のデータとか書類やらを集めて来て欲しいってことなの?」

 

「はい…その大人について制裁を加えるためと言う面もありますが…、本命はクユリさんを蝕む呪いを解くためです。認めたくはありませんが、その大人がクユリの呪いについて現状最も知識を有しています。ならばそれさえ奪ってしまえば、クユリさんがその大人にこれ以上頼ることなく、百鬼夜行側で何とか出来るかもしれませんので…」

 

 ミチルの絞り出すような質問にカホが答える。

 

 役割柄、呪いだとか怪異だとかいう分野に詳しい百花繚乱でさえお手上げなのだ。となれば、使えるものは何でも使っていかなければならない。例えそれが、クユリを貪った大人であったとしても。

 

 

「そういうわけです。これから暗くなる時間帯ですし、夜闇に紛れて行動してもらいたかったのですが……無理強いはしませんよ。明日にずらしても構いませんし、何なら降りてもらっても止めません。よく考えて決断してくださいね」

 

 そう彼女らに告げると、再び沈黙が場を支配する。

 

 中央のミチルの表情が複雑な感情によって定まらない。

 恐らく部長としてイズナやツクヨをこれ以上危険な領域に踏み込ませるわけにはいかないという感情と、だからといってここまで聞いておいて知らない振りをするわけにもいかない、むしろクユリの助けになりたいという感情に板挟みになっているのだろう。

 

 つくづく優しく、仲間想いな彼女らしい。

 

 ただこのまま硬直し続けるのもそれはよろしく無いので、依然として沈黙を保っているイズナに目を向ける。

 

 

「…イズナさんはどうされます?先程も言いましたが、無理をする必要はありませんよ」

 

 微動だにしない狐耳。

 いよいよ心配になったミチルがそっと顔をのぞき込もうと身を屈めると――

 

 

「――――――です」

 

「……え?」

 

「……イズナはっ……悔しいんです…!」

 

 琥珀色の瞳から透明な雫が一つ、また一つ溢れる。

 

 涙とは無縁の、常に朗らかに笑顔を振りまく彼女の涙を見るのは何時ぶりか。

 それこそ、あまり他人には理解されづらい夢を追いかけた結果、孤独になってしまったとき以来かもしれない。

 

 この場の誰もが、固唾を呑んでイズナの言葉に耳を傾ける。

 

「イズナはこれまで最高の忍者になる為に、必死に修行を積み重ねてきました…。最愛の主殿まで応援してくださったこの夢を絶対叶えるんだって…。それに…どこか浮かれていたのでしょう。イズナは、今になるまで…すぐ近くでそんな事が起こっていたことを知りませんでした…」

 

「イズナ……それは……」

 

 仕方のないこと。

 

 いくら同じ百鬼夜行の生徒とはいえ、普段関わりのない立場や生活で起こったことだ。

 百鬼夜行を統括する立場である陰陽部の私でさえ、つい先程まで知らなかったのだから尚更。

 

 そう割り切ることは、イズナには出来ないようだった。

 

「傲慢だって、驕るなって言われるかもしれません。それでも、すぐ近くで助けを求める声が上がっていたのに、それに気づけなかったことが悔しいんです…!」

 

 揃えた膝の上できつく握られた両拳に水滴がたまり、肌を伝ってスカートに吸い込まれる。

 

「話をこうして聞いているだけでも、この身が張り裂けそうになりました…。ですが、クユリ殿はもっと苦しいはずです。きっと、イズナではとても耐えられない苦痛を…」

 

 見ず知らずの他人とも言える存在に…この子は何処まで優しいのだろうか。

 

「ですので!このイズナ、改めてニヤ殿からの任務を謹んでお受けいたします!必ずや、解呪の手掛かりとなる物を手に入れて来ます!」

 

 

 涙を振り切って、決意に満ちた表情でそう啖呵を切る彼女に触発されたのか、ミチルやツクヨも決断しきったようだった。

 

「わ、私も…!その任務にお供したいと思います。困っている人を助けるのも、最高の忍者ですから…」

 

「…二人にここまで言わせちゃあ部長の立つ瀬がないね…。勿論、私も同行するよ。三人揃って、忍術研究部だからね!」

 

「そうと決まれば、今からでも任務に取りかかりましょう!ニンニン!」

 

 

 …あぁ、やっぱり――――――

 

 

「にゃは、やっぱり貴女達に頼って正解でしたね〜。ね?カホ」

 

「…はい。本当に……」

 

 疑念や企みに染まった私には、この光景は少々眩しすぎたのか、湧き上がるものを誤魔化すように扇子を広げる。

 

 私はこの輝かしさを守り抜かなければならないのだ。もう二度と、クユリのような犠牲を出すわけにはいかない。

 例え、私の目の届かないところであったとしても。

 

 そのためなら、私は道化にでも何にでもなろう。

 

 

 まさに忍びが如く、煙のように大広間を飛び出していった一行を見届けながら、私―天地ニヤは次なる策謀を張り巡らせ始めた。

 

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵

 

 

「――と、いうわけで……いざそのビルに来てみたわけだけど。…ここからどうしようか……」

 

 

 夜風の吹きすさぶD.U区内のとあるビルを目の前にして、私たち忍術研究部は改めてぶりーふぃんぐを行っていた。

 

 夜闇に紛れて時には物陰沿いに、時には堂々と歩きながら、あまり慣れない建造物の森をひたすらに進むこと数刻。

 あの腹黒蛇おんn……ゲフンゲフン、天地ニヤから指定された座標に到着したはいいものの、実際に潜入開始となると幾つか問題が見えてきたのだ。

 

「むむっ!やはり流石は都会、こんな時間でも煌々と輝いていてイズナ達の姿は丸見えです!」

 

「そ…それに、まだ人の出入りも…ちらほらですがまだ…」

 

 

 そう、いわゆる社畜と言われる一般市民が、空から太陽が消えてからかなりの時間が過ぎても出入りを繰り返しているのだ。

 

 ご苦労さまですとでも言うべきなのかもしれないけど、生憎今の私たちにとっては都合が悪い。

 

「うにゅにゅ〜…こうなったらツクヨの変身忍術でどうにか…」

 

「へぇっ!?さ、流石に無理がありますよ〜。私一人ならまだしも……」

 

 

 だよねぇ〜と内心で脱力する私。このまま物陰に隠れて機をうかがうのもアリではあるのだが、不審者扱いで通報されでもしたらたまったものじゃない。

 

 いっその事、手刀で気絶なりなんなりして強行突破するか?

 

 そんな考えが頭をよぎり始めたときだった。イズナが何かを思いついたようにぴょこりと狐耳を跳ねさせた。

 

「そうです!イズナ、いい方法を思いつきました!ついてきて下さい!」

 

 そう言うや否や、ここら一帯では一番背が低い建造物に向かって一直線に走り出していく。

 

 呆気にとられる私とツクヨをよそに、イズナは日頃の修行の成果を存分に発揮した脚力でその建物の天井に登り詰めると、都会ゆえギチギチに詰まった建物の壁を走りながらより高所へと駆け上がっていく。

 

 目指す先は目的のビルの屋上だ。

 

 そこまで察してようやく私たちは彼女の意図を察し、慌ててその背中を追う。

 

「全く…イズナには驚かされてばっかりだね〜。あ、でも…ツクヨは……」

 

「はい、絶対に無理です……。ですから、どうにかして入り口から入ります」

 

 そんなやり取りもしながら、イズナを見失わないようにビルを次々と移り飛んでゆく。

 

 確かにこれは体格の大きいツクヨには無理がある動きだと思う。

 普段はあのないすばでぃに羨望を向けることもあるが、今だけはこの身軽な身体に感謝する。

 

 

 そうしてようやく屋上にたどり着いた頃には、既にイズナが何かしらの準備をしていた。

 

「お待たせ〜…って、イズナ?それは何?」

 

「あ、部長!これは見ての通り、留め具とろーぷです!そういえばツクヨ殿は…?」

 

「ツクヨはさっきの入り口から潜入するって………ほんとに何をするつもりなの?!」

 

 話しているうちにも、躊躇なく腰にきっちりと縄を巻き、もう片方の留め具を適当な柵に引っ掛ける。

 

「以前、主殿と一緒に映画を観賞したのですが…その中でしーあいえー?なる人達の“らぺりんぐ”なる潜入技術が使われていたのです。入り口が封鎖されているときに有効だとお教えを頂いたので!」

 

 ――どんな映画を観てるの先生殿!

 

 心のなかで絶叫しながら白目を剥く私を差し置いて、行動力の化身は着々と準備を進めていく。

 

「大丈夫です部長!このイズナ、既にらぺりんぐは習得済みですから、イズナに続いてやってみましょう!」

 

 あ、こうなったら止められないやつだ…。

 

 私は観念しながら見様見真似ながらも準備を整える。

 さり気なく確認したが、屋上から侵入出来そうな扉は一つもなく、ここまで来てしまえばある意味取れる手段としては最適なのかもしれない。

 

 柵を乗り越え、ちらりと下を見やると、幸いな事に上階層は全く電気がついていなかった。

 これなら多少は怪しまれないで済むかな…と考えていると、隣からイズナの声が飛んできてハッとする。

 

「では!このイズナと同じようにして降下してくださいね!」

 

 

 固唾を呑んで見守っていると、イズナはトンッと壁を蹴ると同時に縄を掴んでいた手を少しだけ離す。

 するとその分だけ地上に近づき、縄のしなりで再び壁に足をつける。

 

 どうやらこの繰り返しで縄の余裕がある限りは降っていけるらしい。

 

 試しにやってみると、最初はおっかなびっくりでも、縄の頑丈さも相まって気づけばイズナと同じペースで降る事が出来るようになっていた。

 

 ――思ったよりも実用的じゃない…。

 

 これは真面目に忍者として習得必須な技術かもしれないと感嘆しながらある程度の高さまで降下していく。

 

 縄の長さ的にも限界が近づき、これ以上降下は出来ないという高さまで降下していくと、足元のガラスが突然パッと明るくなる。

 

 夜闇のせいで真っ暗な地面と化していた窓ガラスから溢れる電灯の光は、部屋に誰かが入ってきたことを指していて…。

 

 ――まさかこのタイミングでバレた!?

 

 あまりの眩しさに身を固くするのも束の間――

 

 

「ツクヨ殿!無事に潜入出来たのですね!」

 

「……へ?」

 

 そんな声が聞こえてきたものだから、薄っすらと目を開けると、部屋の中にはなんとツクヨがぶんぶんと手を振っている姿が飛び込んできた。

 

 どうやら窓ガラス越しでは声が伝わりにくいらしく、既にイズナがじぇすちゃーで開けてくれないかと伝えていた。

 

 しかし内部にもよくある取っ手みたいなものはないらしく、大分難航しているようだった。

 

 どうしたものかと頭をひねっていると、またもやイズナは不敵な笑みを浮かべた。

 

 何となく嫌な予感がした私は恐る恐る尋ねる。

 

「イ…イズナ?今度は何をするつもりで――」

 

「…部長、先程お話した映画では、このような状況も発生していました。しかしこのらぺりんぐに隙などありません!」

 

 キリッとした?表情で自前のクナイを抜き取り、器用に踵に数本を固定するイズナ。

 

 次いで力を貯めるように踏ん張り始める様子を見て、これから起こることを想像してしまった私。

 

 ――いやいや…まさか、いくらなんでもそんな………。

 

 

「さぁ!不肖、このイズナ!参ります!」

 

 これまでの比にならないくらいに大きくガラスを蹴り上げ、比例して大きくうねる縄のしなりをそのままに、凄まじい勢いで突き出されたクナイの切っ先とガラスが触れ合った瞬間――

 

 

 ガッシャァァァァン!!という盛大な悲鳴と、

 

 

「なぁにやってんのぉぉぉ〜!!??」

 

 

 という私の絶叫がD.U区内に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

「…なんというか…イズナって凄いね…うん」

 

「えへへっ、そうでしょうか。部長にお褒めいただけて光栄です!」

 

 イズナがぶち破ったガラスの穴から私も侵入し、腰の縄を取り外しながらそんな会話を交わす。

 

 あまりの衝撃に中にいたツクヨも目を回してしまっているがそれも致し方無い気がする。

 

 ただツクヨもツクヨで聞きたいことがあるのだ。

 

「そういえばツクヨ、結局どうやってこの部屋まで上がってこれたの?昇降機で上がってきたのなら、ここが目的地ってことだよね?」

 

 ポンポンと肩を叩いてやると、正気に戻ったらしいツクヨがおどおどと経緯を説明し始める。

 

「あ…えっとですね…。その…皆さんのご協力があったというか…」

 

「……どゆこと?」

 

「その…得意の桜の木の変装で潜入を試みたのですが…あっけなくバレてしまって……」

 

 そりゃあそうだとツッコみたくなる衝動を抑えて続きを促す。

 

「でもですね…皆さんお疲れのようでして……。誰かのお迎えかと勘違いされてしまって、ご親切に昇降機まで案内してもらいました…。後はご指示通りに4、5、9の順番に…」

 

 

 ――うん、ほんとにお疲れさまです。

 

 まだ見ぬ社会の奴隷に黙祷を捧げる。

 

 ――後、窓ガラス割ってごめんなさい。

 

 現実逃避気味にそうつぶやき、今一度周囲を見渡す。

 

 一見普通のオフィスといった様相で、例えるならシャーレの執務室の拡大版といった感じだ。

 デスクの上にはシャーレほどではないにせよ、書類が積み重なっている。

 

 単なる先入観かもしれないが、悪い大人が使っているデスクというだけで、触れてはならないような圧迫感を放っているように感じる。

 

 この中から出来るだけ役に立つ資料を回収しなければならない。ここにある全てを持ち帰ることが出来ないのが悔やまれるが、今はそんな事を考えているときではない。

 

 こうしている間にも苦しんでいる人がいるのだから。

 

 

「…よし!慌てず急いで正確に!騒ぎになる前に終わらせちゃおう!」

 

 何処かで聞いて以来、地味に気に入っているフレーズのもと私たちは迅速に行動を開始した。

 

 

 

 

 

 しばらくして、それらしい内容が記されている書類を吟味して回収していく作業も大詰めになってきた頃だった。

 

 私たちの事を単なる実験材料としか見ていないようなそれらに吐き気をもよおしていた私に、ふとイズナがぼそりと漏らした声が届く。

 

「…クユリ殿が、実験台にされたのは此処ではないのでしょうか?」

 

 …確かにそうだ。ここはあくまでもその大人の普段の仕事場でしか無い。

 

 話に聞いた通りの、違法性まっくすの実験をしているのならこんな大っぴらな場所ではないはず。

 

 それこそ地下室みたいな――

 

「……まさかね……」

 

 ある一つの、天啓とも呼べないような思いつきが浮かぶ。

 

 頭では馬鹿らしいと考えるのに、身体は自然と昇降機の方へと歩き出していた。

 

 後ろからイズナやツクヨの疑問の声が聞こえる。

 

 何かに導かれるように昇降機の呼び出しボタンを押す。

 

「…部長?どうされたのですか?」

 

 追いついてきた二人に私はあることを尋ねた。

 

「ねぇ、ここに上がってくるのには、4と5と9を押さなきゃいけなかったよね?」

 

「はい……そうでした…。何故なのかはわかりませんが…」

 

 459…ジゴク……地獄。

 幼稚な言葉遊びだと自分でも思う。

 そもそもこんな複雑な工程を経なければならない時点で、巨大な悪意を感じてしまうのは必然だろう。

 

 ただでさえここは生徒にとっては地獄みたいな場所なのに、そこからさらに地獄みたいな場所となると……

 

 

 チン、と鈴の音がなり、滑らかに扉が口を開ける。

 

 私に続いて全員が乗り込んだことを確認し、階数の指定ボタンに指を走らせる。

 

 

 4、5、9の順に、もう一度ボタンを押す。

 

 私の思い過ごしならそれでいい。というか普通ならこの階から動かないはずだ。こうすることでこの階にたどり着くように設定されているのなら…。

 

 

 一秒、二秒……首を傾げる二人の視線もあって焦れったいほど長く感じる瞬間だった。

 

 何も起きないか…と肩をすくめて昇降機から出ようとしたとき――――――

 

 

「――ッ!部長!」

 

「……え?グエッ?!」

 

 唐突に扉が閉まり始め、それに気づいたイズナが私の首元を引っ掴んで引き留めたお陰で、私の喉と引き換えにサンドイッチになることは避けられた。

 

 カエルが潰れたような声を出した喉をさすりながら、愕然と右上の階数表示を見つめる。

 

 本来なら動かないはずの昇降機は4階どころか1階も軽く通過して、恐ろしい勢いで地下深くに潜っていく。

 

「…これ、どこまで降りてくんだろ……」

 

 得も知れぬ恐怖がじわじわと浸透してくる感覚に鳥肌が立つ。

 

 文字通り地獄に落ちていっていると錯覚してしまう程には、昇降機の駆動音のみが鳴り響く閉塞感は凄まじい。

 

 

 そうして、ようやくその扉が開いた先には、無機質なのっぺりとした白い通路が広がっていた。

 

 

「……なんでしょうか…ここは……」

 

 イズナの声が酷く反響していることから、かなりの空間があらかじめ掘り抜かれていた事を意味する。

 

 一体何のために、こんな施設が……。

 

 しかし想定される規模に反してこの通路は一本道だった。

 突き当りにはまた一枚の白い扉が私たちを待ち受けているのが見える。

 

 どうしてか、あの扉の隙間から悍ましいものを感じてしまうのは。

 

 それ以上進めば本当に碌な事にならないぞと、本能が警鐘を鳴らしている気がする。

 

 にも関わらず、足を進めてしまうのは好奇心なのだろうか。

 

 下駄特有の小気味いい音だけがしばらく響き、ついにその扉の目の前に立つと、こちらが何をするでもなく勝手に電子音とともに開かれる。

 

 その奥に広がっていたのは―――

 

 

 

「――――――ッ!イズナ、見ちゃダメ!」

 

 

 

 

 赤、朱、赫…一面に飛び散ったソレは紛れもなく誰かの血そのもので、乱雑に置かれたグロテスクな機器の数々がここで何が起こったかを如実に表していた。

 

 

 そう……まさしくここは……、

 

 

「…クユリさんが、実験台にされた場所………」

 

 

 地獄そのものであった。

 

 

 

 遅れてせり上がってくる嘔吐感を必死に抑える。

 

 あまりのショックに感覚が置き去りになった影響で、鉄臭い異臭が遅れて鼻を刺す。

 

 二人はというと、イズナの顔をツクヨがその身体で覆うようにして隠していた。

 そのツクヨも限界間近なのは肩の震えから嫌でも察せる。

 

 ふとツクヨが振り返り、私に一つ頷きを送る。

 

『イズナちゃんのことは私に任せてください。部長はその間に早く――!』

 

 

『…うん!ありがとうツクヨ!』

 

 

 その一瞬で意思の疎通を成した私は、口元を覆いながら探索を開始する。

 

 中央のベッドが一番凄惨な状況で、左腕を切断されたという話通り左側が特に赤黒く変色している。

 

 思わず目を逸らした先には、実際に使用されたと見られる凶器が収納された棚があった。

 中でも、電動鋸らしきものには血がべっとりと付着していて…錆びつき酷さの割には妙なテカリが……あれはもしかして、人の脂―――

 

「ぅ゙っ………こんなの、人間の所業じゃない……」

 

 早くこの場を離れたい一心で手早く周囲に目を走らせると、明らかな資料棚らしきものが目に入る。

 

 縋るような思いで中身を漁ってみると、一つの分厚いファイルの隙間から黒い物体がコトリと落ちる。

 

 

 膝を折って手にとって見ると、それは動画投稿をしている身としては馴染み深いUSBメモリだった。

 

 重要なデータはUSBメモリに保存されていることも多い。

 

 書類と違って嵩張らないし、あらゆる情報が足りない現状ではどんなものが必要になるかわからない。

 

 ただ、このメモリからはこの部屋に入る前に感じたものと同じ怖気が放たれている気がして、中々持ち帰る気力がわかない。

 

 本能と理性のせめぎ合いで硬直している私を現実に引き戻したのは、ツクヨの涙交じりの懇願だった。

 

「すみません……まだかかりますか?イズナちゃんがさっきから、ピクリとも動かないんです……」

 

 

 どうやらこれ以上考えている時間はないようだった。

 

「――わかった!ツクヨはそのままイズナをお願い。急いでここから離れよう!」

 

 

 懐にソレをしまい込み、もと来た道を駆けてゆく。

 

 

 無事に百鬼夜行自治区に帰還するまで、私も二人も、一言も喋ることはなかった。

 

 

 ただ一つ確定しているのは、今夜の夢は間違いなく、あの光景が映し出されるということだった。

 

 

 

 

 

 

        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 イズナは見てしまいました。

 

 視界いっぱいに広がる彼岸花を。

 

 なんの罪も無い一人の人間を弄んだ凶器を。

 

 その空間に満ちる、身の毛がよだつような悪意を。

 

 ツクヨ殿が必死に隠してくれても、一度焼き付いたソレは否応なしに私の心を蝕みます。

 

 実際にこの目で見て、感じて、初めてわかりました。

 

 イズナには、まだ覚悟が足りていなかった。

 

 潜む悪意の大きさにも、クユリ殿が受けた責め苦も絶望も、何もわかっていない。身勝手に同情していただけ。

 

 

 

 ツクヨ殿の豊満な身体に抱えられて、伝わる体温は温かいはずなのに……イズナは氷のように冷たいままです。

 

 唯一動く右手にはいつの間にか愛用のクナイが収まっていて、血が滴るほど強く握り込んでいました。

 

 こんなイズナが出来ることは、ただ一つのみ。

 

 

 その大人……いえ、花鳥風月部という不届き者には――

 

 

 

「――天誅を下します。ニンニン」

 

 

 黒く濁った感情がどろりと漏れて、夜闇に溶け消えていきました。

 

 

 

 

 




いつからUSBメモリが一つだけだと錯覚していた?



試験期間がようやく終わりを迎えました…。徐々にペースを戻していけたらいいなと思ってます。
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