自称「平凡だけど、どこか神秘的で儚げな……ただの百鬼夜行の一生徒」の妹による曇らせツアー   作:藍終

24 / 37
最終編時の先生とニヤの絡みが主な内容の閑話です。

お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、クユリのせいで原作とは少しずつズレていっています。勿論、大方の流れは同じですがね…

時系列としては、御稜姉妹が失踪してから数日が経過しているあたりとなります。


先生が、強姦設定のことを知っちゃったじゃんね☆

 

 天から巨大な塔が飛来し、虚空が緋色に染められ――

 

 

 不吉な塔は、まるで悲鳴を上げるように鳴動し……この世界を少しずつ削り取って……そうして、世界の破片を“何か”に被せていった。

 

 

 削られた世界の欠片が嵐のように吹き荒れる中で、黒い光が天から舞い降りて……世界が終焉に傾いていく……。

 

 

 そうして……キヴォトスの全てが崩壊し――

 

 

 塵一つ残さずに、全てが虚無へと消える。

 

 

 

 

 何も事情を知らない者ならば、厨二病を拗らせたかと一笑に付すか…あるいは日陰者の妄言かとまともに取り合わないだろう。

 

 気分のいい話ではないにしろ、誰かが事故や病気になるといったもののほうがまだ現実味がある。

 

 銃撃や砲撃は日常茶飯事で、その気になればミサイルだって亡霊だって…岩をも溶かすビームだって見ることが出来る。

 そんなお世辞にも治安がいいとはいえないような世界にも、かけがえのない青春を謳歌する…大切な生徒たちがいる。

 

 その輝きを守ると誓った世界が、突如終焉を迎えるなどと、誰が本気で信じようか。

 

 私だって、平時なら心の底から信じることはなかったかもしれない。

 

 

 ――他でもない、百合園セイアの予知夢でなければ。

 

 

 

「終末の預言……?」

 

 通信越しに紡がれたそれに、どこか思い当たる様子でつぶやいたのは鬼方カヨコ。特徴的な彼女の声がここ、シャーレの会議室に響く。

 

 普段あまり使われることのないこの部屋は、今や各校の重鎮や代表が一堂に会する最も重要な司令室となっていた。

 

 突如としてこのキヴォトスの各地に降り注いだ真紅の尖塔。

 その一つはサンクトゥムタワーを吹き飛ばし、空を赤く染め、崩壊の波動を絶えず振りまき続けている。

 

 この様子から、便宜上“虚妄のサンクトゥム”と呼ばれるこれらは、約300時間後…つまり二週間後に世界を崩壊させるエネルギーを持つであろうことが、ミレニアムのハッカー集団―ヴェリタスによって判明している。

 

 世界の危機というのは否応なしに人を成長させるのか、対立の深いゲヘナとトリニティでさえ一時的な協力関係を築いていた。

 

 重苦しい雰囲気が満ちるこの一室に誰かが生唾を飲み込むような音がした。

 

 ただ、やる事は至極単純明快。

 

 

「…つまり、世界の終焉を防ぐために虚妄のサンクトゥムを破壊する……。まぁなんとも、シンプルな話ですね」

 

 そう、アコの言う通り…結局のところはそこに落ち着く。

 

 無論、ただでは成す事のできないことだけど、私は生徒のみんなを信じているから。

 

 いざとなれば、大人のカードを使うことだって躊躇わないつもりでいる。既にD.U区に出現した敵勢力を倒すために一度使ってきている。

 それで生徒の安全が確保されるなら、己の何を犠牲にしても構わない。

 

 

 …ただ、私には他にもやるべきことがある。

 

 

“それと、色彩に触れてしまった人を元に戻す方法も探さなきゃね。”

 

 触れたもの、関与した者の存在の根源を歪め、反転させるという色彩。

 現にセイアは白昼夢で、ベアトリーチェによる儀式という窓を通して色彩を認識しただけで危うく身体が崩壊しかかっていたという。

 

 セイアは幸運にも“ある人物”と出会い、セイアを形作る本質の一つ、未来視を捨てるという代償を払うことで間一髪で危機を免れることができた。

 

 色彩が侵略してきた事の一環として、虚妄のサンクトゥムが出現したのなら、万が一に備えて動いておくべきだ。

 

 それにはまず、セイアを色彩の侵食から救ってくれた人物に会わなければならない。

 

 その人物とは――

 

「……そうだな。私が口にできる事は殆ど無い……然し、或いは彼女なら――百鬼夜行の大預言者、クズノハ。彼女を探すべきかもしれない」

 

 セイアが記憶の欠片を噛み締めるように発したその名――クズノハという人物だ。

 

 意識世界で邂逅したというセイア自身にも、彼女の事は名前と容姿くらいしかわからないらしく、どこにいるのかも不明。

 そもそも実際に、現実世界で対面していないため、本当に存在しているかさえ定かではない。

 

 あまりにもぼんやりとした存在すぎて、二週間というリミットの中ではあまり割く時間も無いことから、正直頭を悩ませていた。

 

 別件で、シロコも行方不明になっている事もあって、尚更余裕は無い。

 

 

 ――それに、またこれらとは別に、絶対に解決しなければならない問題も一つ残っている。

 

 幸いというべきか、それも百鬼夜行絡みなので何とか同時に進めたい。

 

 そう考え込んでいると、また一つ、新たな通信音声が会議室に飛び込んできた。

 

 

「にゃはは〜、クズノハ、ですか?」

 

 どこか気の抜けるような独特な口調でこの場の全員の視線を集めたのは、百鬼夜行の実質的な生徒会長であり、陰陽部の部長の天地ニヤだった。

 

 シャーレに足を運べない状況の代表はこうして、リモートで会議に参加している。これまでは静観を決め込んでいた彼女だったが……。

 

「いやぁ~ここでその名を聞くとは思わなかったというか…」

 

 向けられた注目を意に関することもなく、飄々とした様子でおどけてみせる様子からはまるで真意を悟らせない。

 

「ふむ……おおよそ状況は理解できました。カホが『連邦生徒会が、クズノハの事で話があるそうです』と言っていたのは、このことだったんですね。ふむむ……」

 

 しばらく何かを考え込んでいたニヤだったが、やがて一つ頷き、私の方を振り向いて言った。

 

「まぁ、こちらは後ほど、二人で話しましょ、先生♪ちょ〜っと込み入った事情があるのですが……何やら重要そうですし……ま、何とかしてみせましょう」

 

“ありがとう、ニヤ。”

 

 そう返しながら、私は内心でひとまずホッと息をついた。

 

 百鬼夜行の大預言者クズノハ…彼女を探すために百鬼夜行を訪れようとは考えていたものの、まさかニヤが心当たりがありそうだということは僥倖だった。

 

 計算高いニヤのことだから、一つの貸しという事にして、また一味違った問題を押し付けてくるかもしれないが、今は少しでもクズノハのヒントが欲しい。

 

 

 そして、クズノハの件とはまた別に、この機会にニヤと話しておきたいこともあった。

 

 

“あ、クズノハの件とは別に、もう一つ話したいこともあるんだけど…いいかな?”

 

「おや…なんでしょうか?私は一向に構いませんが……」

 

 きょとんとした顔で尋ねてくるニヤ。

 

 その顔をまっすぐ見つめて、今の今まで決して忘れず、しかし新しく得られた情報は殆ど無かったもう一人の人物の名を口にする。

 

“御稜クユリって子の事なんだけど……ニヤなら何か知ってるんじゃないかっ――――――”

 

 

 

 そこで私は口を噤まざるをえなかった。

 

 御稜クユリ――あの日、大人による底しれぬ悪意をその華奢な身体に刻みつけられ、それでも同じ大人の私に言外ながらも助けを求めてきた生徒。

 

 ニヤと同じ百鬼夜行の生徒ということで、この機会にとでも思って聞いたのだが……。

 

 

 

「――――――へぇ………まさか貴方がその名を口にしますか……」

 

 

 

 うっすらと開かれた糸目からは、隠そうともしない疑心と警戒、そして驚きが混ざり合った威圧が吹き付けてきて、重力が何倍にもなったように感じる。

 

 蛇に睨まれた蛙とはこのことか、私は呼吸すらも許されないまま、ニヤの態度の豹変ぶりに困惑していた。

 

 原因は間違いなくクユリの名前を出したことだろうから、ニヤがクユリの事を何かしら知っていることは確実。

 ただ、この反応からして…少なくとも良い情報ではないのは明らかだ。

 

 ニヤは百鬼夜行の代表で、私なんかよりもよりクユリの身近な生徒だから、もしかしたら、より深い事情を知っているのかもしれない。

 

 ――どうしてここまで警戒されているかは、まだわからないけど…。

 

 

 そう考えながらニヤの様子を窺っていると、依然としてこちらを睨めつけながら、扇子を一定のリズムで肩に当て、先ほどよりも一つ低い声音で同じようなセリフを吐いた。

 

「まぁ、その件も、クズノハの事と一緒に話しましょうか。全くの無関係というわけでは無いので…ね」

 

“うん……、その…何か気に障ったのならごめんね。”

 

「…にゃは、いえいえ、こちらにも込み入った事情があるのですよ〜。あ、そうです。その名前、今の百鬼夜行では無闇矢鱈と口にしないことをお勧めしますよ。ではでは~」

 

 

 最後にはいつもの雰囲気に戻って、ひらひらと手を振りながら通信を切ったニヤ。

 

 張り詰めていた緊張の糸が緩み、思わずため息が漏れてしまう。

 

 その音が妙に響いた気がしたので視線を上げると、先の会話の一部始終を見ていたこの場の全員が何か言いたげな表情をたたえていた。

 

 そんな気まずい雰囲気を破ったのは、ニヤに割り込まれた時から一切喋らなかったセイアだった。

 

 

「…その…先生、御稜クユリという生徒とは、一体どのような存在なのだ?聞いている限り、そして先生の表情からも只事でない事は容易に察せられるが……」

 

 恐らく他の生徒の疑問を代弁したようなその問に、私はどう答えるべきが一瞬悩む。

 

 彼女の事を説明するとなると、寿命や強姦といったかなりプライベートなことまで話さなければならない。

 

 いくら情報が欲しいとはいえ、無闇にこれらをばらまくのは大人としてどうかと思うし、あまり大々的に行動しすぎると、その大人も潜伏してしまうかもしれなかった。

 

 クユリは、そんな事を望んでいるのだろうか。

 

 せめて、次に会った時にでも許可をきちんと取って……、

 

 

 そこまで考えた上で、私は――――――

 

 

“…クユリはね、身体も尊厳も、命さえも弄ばれ続けている…絶対に助けなきゃいけない百鬼夜行の生徒なんだ――。”

 

 

 そこから私が知る限りの情報をこの場の全員に話す。

 

 彼女を蝕む呪いのこと、それにつけ込んだ大人のこと、彼女が失った左腕のこと、そして…あの音声動画のことも。

 

 

 あの日見た音声動画の記憶が蘇ってきて、時々えずきそうになりながらも話し終えると、シャーレの会議室の空気はより重くなっていた。

 

 反応は大なり小なりで様々だったが、特に大きかったのはアヤネとリン、そしてセイアだった。

 

 

「そんな…ホシノ先輩の時と同じような事が……」

 

 確かに…今思えばやり口がホシノの時と似ている気がする。

 砂漠で水に飢える人に水を与える、ただし一生働いても返せない額で。いつか、黒服が言っていた事だ。

 クユリの場合は無理矢理水に飢えさせられただけで、殆ど状況は同じ。

 

 

「…そのような悪事に気づけないなど、本当に私は連邦生徒会には相応しくないのかもしれませんね…」

 

 リンが沈痛な面持ちで呟く。

 

“リンちゃんは悪くないよ。悪いのは…責任を負うべきなのは、大人の私であるべきだから。生徒を守るべき立場の私が……。”

 

 先のシャーレ襲撃事件からまだ幾ばくも経っていない状況で、色彩の襲来に加え、また新たな問題が舞い込んできたのだ。

 普段なら「誰がリンちゃんですか」と噛み付いてくるのに、それをしないあたりからもかなり憔悴しきっているのが見て取れる。

 

 これ以上、リンちゃんに負担をかけるわけにはいかない。

 

 

「なるほど……そのクユリという生徒は、いわば色彩に侵食されていた時の私と同じ…いや、それ以上の苦痛を味わっているということか。それに…黄昏とは、ふむ…」

 

 目を閉じ、これまでの情報を咀嚼しているセイア。

 連動して伏せられていた大きな金色の狐耳が、ふとぴょこっと跳ね上がる。

 

「先生、これは私の直感ではあるが…いずれにせよ、クズノハを探すことが一番の近道となると思う。いまだ私にも原理は不明だが、彼女が私の本質を切り離し、色彩の侵食を止めたのは確かなことだ。色彩と黄昏が似ているのなら、私と同じように光明が見えてくるかもしれない」

 

“あのセイアがそう言うのなら、もしかしたらそうなのかもね。”

 

「…からかわないでくれ。そも今の私は予知夢も何も無い、ただの病弱な本の虫だ。ただ、クユリの苦境は一歩間違えれば私も通った道だ。気軽に同情したなどと言えないが…私の権限で出来るだけ協力させてもらうこととしよう」

 

“セイア…本当にありがとう。”

 

 

 まさかセイアまで協力してくれることになるとは思ってもいなかったため、棚ぼたとはいえ話してよかったと思う。

 

 とりあえずの目下の目標は、まず虚妄のサンクトゥムを全て破壊し、色彩からこのキヴォトスを守り抜くこと。そしてクズノハを探し、接触して色彩と、可能なら黄昏に対する対処方法を教えてもらう事だ。

 

 絶対に、ただの一人の生徒も取りこぼさない。

 

 必要なら、私を代償にすることも惜しみはしない。

 

 

 再び虚妄のサンクトゥム攻略作戦に向け、本格的に会議が始まる中、私はややくすんだカードを握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、各々が解散し、一時的に一人となった状態で、ニヤとカホから連絡が入ってきた。

 

「先生、少々お時間よろしいでしょうか?」

 

「……ご依頼があった件のご報告です」

 

“ニヤ、カホ。”

 

 そう時間が経っていないにも関わらず、早速連絡をくれた陰陽部の情報収集能力はやはり目を瞠るものがある。

 

「こちら、トリニティのセイア様にも繋いでいただければと……」

 

 ニヤの言葉に頷き、この通信にセイアを招待する。

 するとすぐに参加の意が表示され、落ち着きの中にも期待の色が混じった声が投げ掛けられた。

 

「クズノハの行方は……手がかりは見つかったのか?」

 

「にゃはは。ちょ〜っと、皆さんの前でお話するのは気が引ける話題でしてね〜。はぁ……クズノハの行方を探せだなんて……もう驚きもしませんよ」

 

 ニヤらしい、どこかのらりくらりとした返しを見かねたのか、隣に立つカホがため息とともに結論を報告した。

 

「――結論から申し上げますと、クズノハという名の生徒は、この百鬼夜行に存在した事がありません」

 

“存在したことがない……?”

 

 予想外の回答に私は思わず首をひねった。

 

 存在したことがないのに、どうしてクズノハは百鬼夜行の大預言者と呼ばれているのか。そもそも存在していないのならどうしてセイアは……。

 

 尽きない疑問に翻弄されている私だったが、当のセイアは正反対に落ち着き払っていた。

 

「やはり、か……想定はしていたが」

 

「より正確に申し上げるのなら、生徒名簿に登録された記録がありません。ですが……大預言者クズノハという存在はいるといいますか……いた、といいますか〜」

 

「……どういうことだ?」

 

 いまいち煮え切らないニヤの言葉に、セイアも私も同じ反応をする。

 

 ニヤもニヤで説明に困っているのか、眦を八の字にして続ける。

 

「クズノハは……都市伝説のような生徒でして〜、百鬼夜行の一部の生徒が会ったことがあると口にするものの、実態がないのですね」

 

「……!」

 

「ええ……まさか、百鬼夜行以外の生徒がその名を口にするとは思わなかったほどに……にゃははっ」

 

 これには私もセイアも瞠目する他なかった。

 例えるなら、ネッシーを見た!と言い張っているに過ぎない状態だったわけで、同時にニヤのあやふやさにも納得がいく。

 

 しかし、こうなるとますます捜索が困難になってしまうという考えが顔に出てしまっていたのか、カホが補足を付け加えた。

 

「……一点だけ、クズノハの記録が残っています。古今東西の民話や伝承が記録されている奇談集に、僅かな記載があるだけなので……信憑性は決して高くないですが――」

 

「構わない、どんな内容なんだ?」

 

「遠い昔、まだ百鬼夜行連合学院が連合ではなく――各々が自治区を持ち互いに憎しみ合っていた戦乱の時代。大預言者クズノハが、“百花繚乱”を設立し、百鬼夜行の紛争を調停したという逸話です」

 

「百花繚乱……?」

 

 また新しい単語が出てきたぞと首をかしげる私。

 

 しかしセイアはすぐに思い当たったようで――

 

「……ああ、百鬼夜行の均衡を保つために作られた組織、百花繚乱紛争調停委員会――調停者か」

 

「にゃはは。流石はトリニティのお嬢様、よくご存じで……」

 

 ニヤが芝居がかった仕草でパチパチと手を打ち付ける。

 

 もっとも私だけ置いてけぼりになっている気がしなくもないが、そこはニヤとカホが説明をしてくれるようだ。

 

「ええ、百花繚乱はそんな集団……調停者、均衡者といいますか……」

 

「確かに、クズノハと会ったと主張する者は……みな百花繚乱の歴代委員長でした。いまもなお、百花繚乱の委員長は、クズノハと通じる権利を持っており、彼女から指示を受けている――などの噂もありますが……」

 

「百花繚乱だけが、クズノハの存在を信じているのです。いえ、もしかすると……彼女たちしか、クズノハと会うことができないのかもしれませんね……。いずれにせよ、都市伝説レベルの噂話でしかありませんが」

 

 

“…なる……ほどね…。”

 

 正直なところまだ完全に理解は出来ていないと思う。だけど、情報がゼロの今までよりは着実に進んでいる。

 やっぱりニヤに頼ってよかったと改めてそう思う。

 

「……私は代々百花繚乱に語り継がれている伝承なのだと考えておりました」

 

「目に見えない、秘密のお友達的な?……ま、私たちが真実を知ることはないやろうね。問題となることも無いがゆえに、禁じる必要も無い」

 

 ニヤとカホがそれぞれの意見をすり合わせる中、セイアもここまで話を総括して、何をするべきかに至ったようだった。

 

 

「……百花繚乱の委員長から聞くしか無い、か」

 

“そうなるね…。”

 

 百花繚乱の歴代委員長がクズノハと会ったと主張しているなら、今代の委員長ももしかするかもしれない。話を聞きに行く価値はありそうだと希望が見えてきたのだが……。

 

「んー、それも難しいといいますか〜……色々と事情がありましてね」

 

「ええ……百花繚乱は廃部になる予定ですので」

 

「……っ!」

 

“………え?”

 

 あまりの衝撃的な言葉に言葉が詰まる。話を聞く限り、相当昔から続いている由緒正しい伝統的な部活のはず。それが廃部になるとは一体何があったというのだろうか。

 

「ん?いやいや、まだ公的には廃部になっとらんよ〜?」

 

「近いうちにそうなります――委員長はもとより、つい最近になっていよいよ、副委員長とも連絡が取れないのですから」

 

 一呼吸おき、カホは続ける。

 

「残された委員の意欲は低下し、辞めたいと声を上げる生徒もいるとのことですので。それに――副委員長と一緒に行方不明となった“あの子”の影響が大きいこともあってか……」

 

「…そうねぇ。百花繚乱の窮状が明るみに出たら、魅魔一座がどう出ることやら……一応秘密にはしてるんだけどねぇ〜」

 

「まだ自治区の生徒には知られていませんが……時間の問題かと思います、ニヤ様」

 

「そうねぇ……」

 

 会話が一区切りついたらしく、各々の思考による沈黙が流れる。

 

 ――え〜っと…つまり、詰みってこと?

 

 そう思い至ってしまったのはセイアも同じだったようで。

 

「つまり現状、クズノハを見つける手立てはないと……?」

 

「はい……残念ながら」

 

 唯一の手掛かりになるはずだった百花繚乱の委員長と副委員長は行方不明…。存在するかもわからない人物を探すのに、まず行方不明者を探さなければならないという、さながらマトリョーシカのような現実に頭を抱える。

 

 色彩にも対応しなければならない今、クズノハ捜索にうつつを抜かす事もできない。

 

 八方塞がりかと落ち込む私たちを見てか、ニヤが待ってましたと言わんばかりに、一段高いトーンで勿体ぶってきた。

 

 

「……でも、全く方法が無いわけじゃないかも〜?」

 

“……え?”

 

「ニヤ様?」

 

 カホも予想外だったのか、この場の視線がニヤに集まる。

 対するニヤは私をまっすぐ見つめて問うてきた。

 

「先生は、キヴォトスに現れた色彩という現象――ソレに攻撃された生徒を助ける方法が欲しいのでしょう?」

 

“うん、そうだね。”

 

「そうねぇ……大変な事だし、大事な…大事な生徒さんだもの。うんうん、わかりますわぁ〜」

 

 ニヤのどこか皮肉めいた口調に隠しきれない隔たりを感じる。

 表面上は特に問題はないのに、心の距離が、どこかですれ違っているような。

 

 蟠りを感じる私をさておいて、カホがニヤの真意を尋ねる。

 

「私もそれには同意しますが……一体どのように……?」

 

 

「おっほん。それはねぇ〜、私に良いアイデアがありますので……しばしお待ちを♪にゃははっ」

 

 まるで番組のいいところでCMが入ったかのような透かしと溜めを食らい、マイペースなニヤらしいなと苦笑いする。

 

 いまだ戸惑っているカホにゴニョゴニョと耳打ちし、納得はしたがあまり芳しくないといった反応をされている様子が見える。

 

 何やらスマホで誰かに連絡を取っているようで、ほんの数秒ほどで操作を終えると、こちらに向き直って言った。

 

「うんうん、それではしばし外に出てお待ちになっていてください。そんなに時間はかかりませんので〜」

 

「こちらへ、ご案内します」

 

 どうやらニヤ自身は百鬼夜行の統制のため、司令部である陰陽部本館から離れられないらしく、カホが案内をしてくれるそうだった。

 

 セイアはティーパーティーとしての仕事も平行しなければならないためか、一時的に通信を離脱する事になった。

 この先の顛末はまた後日にでも伝達して欲しいという旨を伝えられ、通信を切ってカホの後を追う。

 

 

 

 

「――あ、そこを踏み抜くと落とし穴に落ちて串刺しになりますよ」

 

 陰陽部本館の周囲に張り巡らされた様々な罠や、警備体制の厳重さに冷や汗をかきながら歩く羽目になったのはまた別の話。

 

 

 

 

        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 本館から下っていき、避難が大分完了してきているせいか、人気のない城下町まで歩いてきて数分ほど。

 

 指定の地点に着いたらしく、しばらく適当なベンチに腰を掛けて待っていると、突如ニヤからの通信が立ち上がった。

 

「準備完了かな?にゃはは」

 

“ニヤ!どうだった?”

 

 クズノハを見つける手掛かりとして最早残された唯一の方法となれば、少しばかりがっついてしまうのも仕方ないと思う。

 

 そんな私に苦笑しながら、ニヤはカホにバトンタッチをした。

 

「それじゃカホ、後はよろしく〜」

 

「ふぅ……皆さん、準備はよろしいでしょうか?」

 

 カホが誰もいないはずの空間にそう呼びかけた瞬間――

 

 

「イズナ、主殿の声を聞きつけて参りました!特別任務を遂行すべく参上!」

 

「と、到着しました……」

 

「コホン!忍術研究部の部長、千鳥ミチル見参!ここに参戦の意志を宣言するよ!」

 

“忍術研究部……!?”

 

 

 想像もしていなかったメンバーが登場してきたことに面食らってしまう。

 彼女らがどうクズノハの捜索に関わるのかがいまいち掴めないでいると、何を勘違いしたのかミチルが熱烈なアピールを開始した。

 

「ツクヨ、忍術研究部の参戦を知らせる場面だよ!もっと存在感アピールしてこ!」

 

「そ、そうなんですか……?わ、私は今でも十分、存在感ある気が……」

 

「んんー、これじゃあ足りないよ!ツクヨ、イズナ!」

 

「はい、部長!」 「は、はいっ!?」

 

「“忍者流ハイパー決めポーズ”いくよっ!」

 

 

 ――いったい、何が始まるんだろう…。

 

 勝手に進んでいく状況を傍観していると、カホやニヤはこれから起こることを知っているようで、方や困ったような、方や面白がっているような反応を見せていた。

 

「にゃははは!出ましたねぇ、あの名物決めポーズ〜!」

 

 ニヤが囃し立てると、とうとうソレが始まるらしかった。

 

 

「忍者とは何なのか!そして、忍法とは何なのか!」

 

「忍者の、真髄……!」

 

「その本質を研究し、探求し、そして究明する……。忍者の魅力を広めるために暗躍する、キュートな忍者三人組!」

 

「三人組です〜!ニンニン!」

 

「泣く子も笑う、百鬼夜行連合学院、最強の忍者集団!その名も、忍術研究部!!」

 

 

 ミチルの決め台詞を最後に、各々が決めポーズをとる。

 

 それがなんともまぁ…可愛らしいというか、シュールというか……不思議と心があったまる魅力を放っていた。

 

「にゃははは!流石皆さん。やっぱり忍者が正解だったねぇ〜」

 

 パチパチパチパチと大仰に拍手をするニヤ。

 私は何が何だかわからないままだったが…。

 

“えっと……。”

 

 すると私の戸惑いを察知したのか、イズナが早速本題に切り込んでくれた。

 

「イズナ、主殿から頼み事があると伺ったのですが……何をすればいいでしょう?」

 

「ね。私たちにしかできないことって何だろ?」

 

 それを聞いたニヤも少しばかり真面目な雰囲気を醸し出し始める。

 

「おっほん……ふむ、忍術研究部にはこれより、別働隊として特別任務を遂行していただきたいのです」

 

「特別任務……ねぇ、また、“あの時”みたいな任務じゃないよね?」

 

 

 ミチルがそうこぼした瞬間、私を除いた全員の空気が凄まじく重くなるのを肌で感じた。

 

 先程からも時々感じるこの違和感、というより、私をその話からはあえて排除しているような……。

 

 余計なお世話かもしれない、それでも生徒が困っているのなら、全力で解決するのが先生としての務めだ。

 

“ねぇ、“あの時”って何のこと?”

 

「―――っ………!」

 

 ミチルはしまったというような表情で私から顔を背ける。

 どうやら半ば無意識下での発言だったらしく、今さら撤回もごまかしも聞かないと悟ってか、ただ俯いている。

 

 痛いほどの沈黙が流れ、やっぱり今は無理に聞くことじゃなかったのかもしれないと、諦めをつけて謝罪しようと考えた時だった。

 

 カホの一つのため息が停滞していた流れを進め始めた。

 

「……ニヤ様、もうそろそろ、潮時かと」

 

「……そやねぇ〜…。ホントは先生と二人っきりで話したいことやったんやけど、仕方ないね」

 

 ニヤが肩をすくめながらそう言う。

 纏う雰囲気がさらに一変し、私のどんな挙動も見落とさないと言わんばかりの視線が突き刺さる。

 

 

「先生?ちょ〜っと話が変わりますが構いませんね?なにせ……、御稜クユリさんについてのお話になりますので…ね?」

 

 

“…うん、構わないよ。”

 

 私がクズノハの件とは別に、ニヤと話したい事としていたあの子について。

 ここでその話につながるとは思っていなかったものの、只事では無いであろうことは鈍感だと言われている私でもわかる。

 

 だから、どんな内容でも受け止められるように、覚悟を決めて臨んだのに――

 

 

 ニヤと、忍術研究部から語られた、あまりにも残酷な真実は…私の覚悟など砂上の楼閣に過ぎなかったことを思い知らせた。

 

 

 

        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「――――――と、いうことです。一応私たちが知っていることはこれくらいですかねぇ」

 

 

 

“………………は?”

 

 

 決して生徒がいる前で出してはいけないような、内なるどす黒い感情をそのままトレースした低い声が漏れてしまった。

 

 ニヤたちが語ったクユリについての情報、その半分は私も既に知っていることだった。

 

 花鳥風月部によって黄昏とやらの呪いを受け、それを治すために、同部の大人に利用されたこと。その際に、非常に残酷な手法で左腕を奪われたことなどなど…。

 

 細かい点を除けばおおよそ既知の情報だった。

 

 大きく違った――いや、私が知らなかった事実は二つあった。

 

 一つは、忍術研究部が既に、その大人のアジトに侵入……もとい突撃を敢行し、様々なデータを奪取、そして実際に切断が行われた場所を見てきたらしいこと。

 

 その話をするミチルたちは思い出すのも辛そうで、特にイズナは瞳から光を無くし、能面のようなゾットする表情をしていた。

 決めポーズを決めた時のような無邪気な笑顔など、面影すら感じられない。

 私から話を切り出した手前、もういいと言う事も出来ないのがもどかしかった。

 

 直接目でみたからこその生々しい情景描写に、私もかなり限界だったが、続いてニヤがポツリと放った言葉。

 これが二つ目に衝撃的な新事実であり、どす黒い声を出してしまった原因でもあった。

 

 

「それに……クユリさんは処女すらも、無理矢理奪われていますからねぇ……」

 

 

 これを聞いた時、私の頭は怒りで沸騰するでもなく、意味がわからず茫然自失となるわけでもなかった。

 

 ただ、恐ろしいほどに凪いだ、嵐の前の静けさとも言うべき、冷たい感情が私を支配した。

 

 じゃあ、私と初めて会ったあの時には既に……。

 

 あの子は、そのことすら一人で抱え込もうとして、私には一言も――

 

 

「せ、先生殿………」

 

 ミチルの心配そうな声が聞こえ我に返る。

 

 その視線の先をたどると、血が滴るほど強く握り込まれた私の拳があった。

 無意識だったがゆえ、遅れて痛みが襲ってくるがこんなものはあの子の苦しみに比べるのもおこがましい。

 

 

「さて、次は先生の番ですね。貴方が一体どのような経緯を経て、クユリさんのことを知ったのか…」

 

 ニヤの鋭い視線が私を貫く。

 

 ここでようやく、彼女らのどこか隔絶した態度に合点がいった。

 同じ大人、その場の身分や所属などいくらでも偽れる。

 ここまで部外者のはずの私がクユリを知っていることに、万が一の可能性を見出したわけだ。

 

 私が、“その大人”であるかもしれないという可能性を。

 

 大人という存在に過度に警戒心を持つのも至極当然だ。

 

 

 ならば、私に出来ることは一つだけ。

 

 私が見て、経験したことを嘘偽りなく、全てをそのまま話すこと。

 

 そのうえで、私を信用するかどうかの判断をしてもらおう。

 

 そうして、私はいまだに忘れることの出来ない、あの動画音声も含めて、知る限りの全てを話した。

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵

 

 

 いまだ疑惑の最中にいる先生という大人。

 

 その口から紡がれる言の葉にもそうだが、私は先生の視線や体の震えなどに注視していた。

 目は口ほどに物を言う、とはよく言ったもので、正直ここまでの先生の態度で、疑わしい面はとりあえず払拭されてはいた。

 

 最後の確認として、先生にクユリとの経緯を話してもらっている間も、特に隠し事や虚偽の情報を話している素振りはない。

 

 

“―――といった感じかな…、クユリと出会ったのは今のところそれっきりだよ。”

 

「ふむ……いいでしょう。とりあえずですが、私は先生を信用するとしましょうか。…先ほどまでの無礼な態度は謝罪しますね」

 

“ううん、当然の反応だと思うよ。私も出来る限り協力するから!”

 

 なんともまあ、ここまで真っ直ぐ過ぎると逆に疑ってしまうのは私の悪い癖だ。

 

 しかし、ここで蒸し返していては時間を浪費するだけだ。

 

 今は色彩とやらのせいで、このキヴォトスの崩壊の目前とかいう未曾有の危機なのだ。

 

 そろそろ本題である特別任務の話に戻そうではないか。

 

 

「さてさて、だいぶ話がそれましたが…特別任務についてのお話を進めるとしましょうか。あ、先に言っておくとミチルさんの危惧しているような内容ではないのでご安心を」

 

「……どうだか。陰険部長さんは何を企んでいるかわからないからね〜」

 

「おやおや、これは手厳しい。それじゃ、カホ、よろしく〜」

 

 ミチルのジトッとした視線から逃げるように、カホの後ろに下がる。

 

 そんな最早慣れっこというような私の行動に、カホもため息一つで済ませて忍術研究部に向き直った。

 

 

「……はい。今から皆さんには、百鬼夜行の最北端にある“大雪原”に向かっていただきます。そこで、百花繚乱の委員長を探してきてください」

 

 

 

 

 

 

 大方の説明が終わり、早速、忍術研究部が大雪原目掛けて駆けていく様子を見送る。

 

 百花繚乱の委員長である七稜アヤメ、彼女が失踪したという大雪原。

 この未曾有の危機に彼女が百花繚乱としてとる行動はある程度決まってくる。

 私は、恐らく黄昏の寺院に向かい、クズノハの指示を仰ぐのではないかと推測していた。

 

 陰陽部の情報網から弾き出した結論で、そもそもアヤメが無事なのか、百花繚乱として動いてくれているのかと不確定要素は幾らでもある。

 

 ただ、都市伝説的な存在を追うのにこれだけ推測を絞れる時点で幸運だと思うほうがいいだろう。

 

 彼女らが何かしらの情報を掴んできてくれることを願っていると、先生がポツリと呟くような声の疑問が聞こえてきた。

 

“…クユリは、百花繚乱の部員なんだよね?”

 

「そうですよ〜?それが何か?」

 

“いや……その、副委員長と一緒に行方不明になった“あの子”って、もしかしたらクユリのことかなって…。”

 

 ……この人は巷では鈍感やらスケコマシやらという評判が流れているが、どうしてこういう所には敏感なのか。

 

「……その通りですねぇ〜…。無い物ねだりをしても虚しいだけですが、クユリさんが残ってくれていれば…百花繚乱も或いは……」

 

「ニヤ様、今は虚妄のサンクトゥムへの対応の方が先かと」

 

「おぉ、そうやったね〜。ではでは先生、またの機会にでもお会いしましょうね〜」

 

“…うん、ニヤもカホも頑張りすぎないでね。”

 

 貴方がそれを言いますか…、とぼやきたくなる気持ちを抑え通信を切る。

 

 人一人にはあまりにも広すぎる陰陽部の大広間に、ふぅと自身の気の抜ける音が響く。

 

 脱力する身体とは正反対に、脳はある一つの事柄について懸命に思考をまわしていた。

 

 それは、先生によるクユリとの出会いの経緯で、一つ引っかかったこと。

 

 

 ――どうしてクユリが、自らの苦しむ声を録音したUSBメモリを持っていたのか。

 

 

 まだ確認できていないが、忍術研究部が持ち帰ったUSBメモリと内容は同様のものだろう。

 その大人が、悪趣味極まるが…そういった趣味の持ち主であるならまだ納得はいく。

 

 ただ、それをなぜクユリ本人が持っている?

 証拠品として盗んできたのか?歩行もままならないであろう状態で?

 それに、どうやってこの百鬼夜行まで帰ってこれたのか。

 

 全てに辻褄を合わせるには、まさか――――――

 

「……にゃは、私も耄碌したものかね〜。護るべき対象を疑うとは…ちょっとチセちゃんでも吸いに行きますかね〜」

 

 

 浮かんだ悍ましい考えを振り払うようにして、勢いよくその場を立ち去る。

 

 

 かすかな疑念の種子は、確かな萌芽の時を迎えていた。

 




先生と生徒の通信は、原作の演出のようにホログラム化で会話しているように想定しています。


現在、資格取得勉強中のため、またしばらく更新ができなくなると思います。趣味が削られるのは心苦しいです…。どうか気長にお待ち下さい…。

次回は、尊敬する先輩も、大好きな同級生も一度に居なくなってしまった黒猫参謀が語る百花繚乱の崩壊の予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。