自称「平凡だけど、どこか神秘的で儚げな……ただの百鬼夜行の一生徒」の妹による曇らせツアー   作:藍終

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花鳥風月部が超久しぶりに出てきます。

視点(場面)が遷移する順に時間が経っています。
黒服&クユリ(最終編)→花鳥風月部→ニヤ&先生(百花繚乱編プロローグ)


悪役って廃墟に集まりがち

 

「気がつきましたか?マエストロ」

 

 

 人っ子一人寄り付かない――いや、俗にいう廃墟マニアとやらは寧ろ好んで足を踏み入れるのだろうか。

 

 ある日突然、世界から人間が消えてしまったら…を実現したかのような荒廃したビル群。

 かつて栄華を誇った人の跡地に、逞しい生命力と繁殖力で根を生やしているツタが隅から隅へと侵食していく様は、文明の儚さと脆さを体現していると言える。

 

 指で一突きでもしようものなら、忽ち崩れ去ってしまうような廃墟都市、そのとある一角に蠢く黒い影が一つ。

 

 ぴっちりと着こなされていたはずのビジネススーツは酷く傷み、銃弾が切り裂いたかのような裂け目からは血液……ではなく、黒い靄が漏れ出ている。

 まだ辛うじて人間であると判断出来なくもなかったひび割れた顔面は最早その原型を留めておらず、蝋燭の火の如く不定形に揺らめいていた。

 

 そう、自身を黒服と名乗る彼はたった今、這々の体でここまで逃げ延びてきたところだった。

 

 そして今、一体の木偶人形に話しかけている様は気でも狂ったのかと思われること必至である。

 

 

 ……それがただの木偶人形でなければの話にはなるが。

 

「……一体、何が起きている?」

 

 木製故の独特な軋み音を振りまきながら、ぎこち無い動作で周囲を見渡すマネキン――マエストロも似たりよったりの損傷具合であった。

 

 双生児のような二股の頭の片方は抉り取られ、残った頭も半壊していた。

 無くなった頭の部分には、黒服による突貫工事で嵌められたマネキンの頭部が不自然に生えている。

 

 生の人間に当てはめれば致命傷どころではない己の身体を見下ろし、静かに納得の頷きをするマエストロ。

 

 

「いや……説明はいい。肉体が変わったからか、気が動転しているようだ」

 

「クックックッ……あまり時間が無かったもので、代替品を嵌めたのですが……ご気分はいかがでしょう?」

 

「所詮、肉体は消耗品に過ぎぬもの。どのような形であろうと構わない」

 

 

 自身の怪我に騒ぎ立てるでもなく、まさに平常運転といった様子で尋ねる黒服に、マエストロも平然と答える。

 

 彼にとっては、芸術を観賞し、創作する事が可能であれば、受肉する器の違いなど些末な問題であった。

 

 寧ろ、彼にとって今最も危惧すべき事柄は他にあった。

 

「そうか……“色彩”の襲来」

 

「ええ。我々の想定より随分と早く……色彩の嚮導者、プレナパテスが攻撃を開始しました」

 

「……我々の所在や弱点……攻撃のタイミングに至るまで、すべてを見透かされているとはな。我々は端から嚮導者の掌の上にいたということだ……。ゲマトリアの名も、地に堕ちたものだな」

 

 

 ここに来る少し前、彼らは狂気に呑まれたベアトリーチェを処分し、来たる脅威の襲来に備えて会議を行っていたその時――他の誰も介入することのできないはずの空間に裂け目が生じ、現れた一人の“死の神”によって奇襲を受けていた。

 

 あまりの突然の出来事に碌な抵抗もできず、逃げ延びるだけで精一杯という有様だったことに自嘲の声が漏れる。

 

 さしもの黒服も半ばお手上げだと言わんばかりに肩をすくめた。

 

「クックックッ……我々のことは、おそらく眼中にもないかと。我々を襲ったのも、おそらく“道具”を得るためなのでしょう――彼らの目的を達成するための」

 

「キヴォトスを滅亡させるための……か」

 

「ええ。彼らは“恐怖”に反転した死の神を操り……ゲマトリアが所有していた全ての秘儀を奪いました」

 

 

 単なる襲撃だけならまだ何とかしようもあったのだが、困ったことに、予てから色彩の襲来に対応する策として備えていたモノ全てを奪っていったのである。

 

 世界の崩壊を止めるはずの手段が、その崩壊に一役買ってしまうことになったわけだ。

 

 複製、聖徒の交わり、デカグラマトン、名もなき神、ライブラリー・オブ・ロア――そして、ゲマトリアが終ぞ手に入れられなかったアトラ・ハシースの箱舟をも……。

 

 色彩に侵食されたそれらは今頃も、キヴォトス各地で思いのまま暴れまわっていることは想像に難くなかった。

 

 まさに絶望的な状況、完敗だというのに、黒服は淡々と落ち着き払って言葉を紡ぎ続ける。

 

 

「色彩の嚮導者が死の神の“恐怖”を手に入れた以上、キヴォトスは我々が活動するには適さなくなりました。“狂気”はあらゆるものを飲み込み、存在を塗り替えてしまいます。それこそが、色彩の本質なのでしょう」

 

「――では、キヴォトスは終焉を迎えるのか?」

 

 少なからず落胆の色を含んだ声音でマエストロが問う。

 

 絵の具と筆はあっても、肝心の紙や壁……とにかく土台がなければ絵が描けないように、キヴォトスという土台が失われるのは彼にとっても好ましくない事であった。

 

 しかし黒服は即座に首を振り、隠しきれない興奮が噴き上がる黒煙に如実に表れたまま答える。

 

「……いえ。まだ先生がいます。あの者は、自身の生徒たち――シャーレと共に戦っています」

 

「そうか……まぁ、あの者のことだからな」

 

「しかしそれも、まもなく限界を迎えるでしょう。不可解な色彩――そして、不可解な存在である先生……果たしていつまで耐えられるものか……クックックッ」

 

「……」

 

「あらゆる事象が崩壊してしまった今もなお、この世界には興味深いものが残っています……面白いと思いませんか?」

 

 

 世界の滅亡に瀕しても、黒服という男の興味は尽きることを知らないようだった。

 

 見上げた探究心に感服と尊敬の意を抱くとともに、どこか呆れたように内心首を振るマエストロであった。

 

 長い現状説明がようやく一区切りつき、廃墟本来の静寂が訪れる。

 

 黒服自身も未知の体験に心躍る己を御したのか、一息入れ、組織の長的立場としての決定を告げた。

 

 

「……ここで一度、ゲマトリアは解散とします」

 

 

 妥当、残当だろう……そう考えたからこそ、木偶人形はその判断に異を唱えることはなかった。

 

 馬が合わなかったとはいえ、組織の一員であったベアトリーチェは消え、自身も黒服も、世界が崩壊に向かっている中では碌に探求も出来やしない。

 

 そも、同類の目的や思考回路を持つ者らが自然に集まり、己が成果に……活動に干渉されないように結ばれた同盟のようなもの。

 瓦解しかかっている現状に執着する必要もない。

 

 ――が、同じ机を囲んだ者として、全く気にかからないわけでもなかった。

 

「様子を見て再集結の招集をいたします。それまであなたは自由の身ですよ、マエストロ」

 

「……ゴルコンダはどこに?いったい彼はどうなったのだ?」

 

 ここに居ない、残る二人一組のゲマトリア、ゴルコンダとデカルコマニーの事が気になった彼の問に黒服は若干の憂慮の念を滲ませた。

 

「本体のデカルコマニーは死ぬことができませんので、問題ないかと。ですが、ゴルコンダはフランシスに入れ替わったようです」

 

「……よりによって、フランシスか。彼はある意味ベアトリーチェよりも危険な存在と言える。ゴルコンダが恋しくなるだろうな」

 

 

 トランプの如く様々な人格を内包するゴルコンダ。その内で最も面倒なハズレ枠、大凶もいいところだというモノを引いてしまうとはつくづくツイていないらしい。

 

 最早それも、今となっては汚泥に浸かった衣服に墨汁を垂らすに等しいものでしか無いのだが。

 

 黙考の末、ふと湧いた興味のままマエストロは尋ねた。

 

 

「……黒服、そなたはこれから何をするつもりなのだ?」

 

 

 ボワリ、と黒服から噴き上がる白炎が勢いを増す。

 その言葉は彼のスイッチを押してしまったようで、純然たる知的好奇心の塊が鎌首をもたげていた。

 

「クックックッ―――私にはまだ、未履行の“契約”が残っていますのでね……」

 

「契約………あぁ、成程な。そなたのお気に入りか……」

 

 

 二人のものではない、新たな瓦礫を踏み分ける音が背後から響く。

 

 

「クックックッ……。ええ、彼女もまた……この世界に溢れる興味深い事の一つですから」

 

 

 まるでここに二人が居ることを予め知っていたように、最短距離を真っ直ぐに。

 

 

「……だが黒服よ。此奴の取り扱いには十全を期するべきだ。ベクトルは違えど、あのアヌビスと同質の神秘の波動……くれぐれもこれ以上、この箱庭を傷めてくれるなよ」

 

 

 身の毛もよだつような、悍ましいほどに暴力的な破滅衝動。

 人の悪意の煮凝りか、あらゆる負の感情の終着点か。

 

 明文し難き存在――これこそ怪異と言うに相応しいのかもしれない。

 

 

「……そのようですね。正直予想を遥かに上回っている事態です……が。あぁ、やはり貴方は面白い。お久しぶりですね、黄昏の黒百合………いえ―――

 

 

 

 

 

 ――御稜クユリさん」

 

 

 

 

「お久しぶりですネ。黒服さン……それと、マエストロさん」

 

 

 

 妖しく揺れるその瞳孔の光を知覚した瞬間、マエストロは無い鳥肌が立つ感覚に陥った。

 肉体に囚われることのない自身さえも、等しく魂ごと侵食されるような本能的な恐怖。

 

 アヌビスと同等などととんでもない。むしろ余計にたちが悪いではないか。

 

 一人のしがない芸術家は、その乱雑な黒の絵の具が我が身に降りかからないことを切に願うのだった。

 

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵

 

 

 

 ――素晴らしい……素晴らしい!かつてこのような神秘を目にしたことがあっただろうか!

 

 

 遍く生命に死をもたらすアヌビスの猛撃を掻い潜り、蓄積した疲労と負傷の痛みを吹き飛ばすような驚愕と興奮が全身を駆け巡る。

 

 これまで見てきた神秘――より正確には“恐怖”というモノは、あくまで生徒というカードの裏面に彫られた絵画のようなものであった。

 いや、元々表面だった“恐怖”の上から“生徒”というテクスチャを被せたが故にそう見えるだけなのだが……。

 

 そして色彩はその表面のテクスチャを引き剥がし、封じ込まれていた本来の暴虐な神性――恐怖を盤面に引き出す存在なのだと…。

 

 実際、あのアヌビスは砂狼シロコという一生徒の枠に――例えるならカードを裏返しただけで、カードそのものは同じ物で、人格は一つに変わりない。

 あくまで砂狼シロコの意思に付随して、アヌビスの神秘はその性質を露わにしているのだ。

 

 

 しかし……、しかし、しかし……!

 

 今目の前に立っているのは、その常識を覆す……というより、全くの別格の存在だと肌がひしひしと伝えている。

 

 

 何故なら、それは―――

 

 

 

「……黒服よ、此奴は………」

 

「……ええ、“違いますね”」

 

 

 姿こそ、以前会った時よりも大幅に変貌してはいるものの、まだ半身は辛うじて美しい銀髪を残している。

 

 …が、己の第六感は現し世に生きる者として、受け入れ難いと拒絶反応を示す。

 

 これまで幾度も神秘に触れ、携わってきた自身ならまだしも、マエストロさえも同じ結論に至ったのなら疑いようもない。

 

 

「……あの…?どうかしまシたか?違う……とは?」

 

 小首を傾げる仕草も、声音も、まったく同じもの。

 

 

「……これは失礼しました。いえ、私が契約を交わした者とは違うようだと思いましてね。無関係者はお帰りいただきたいのですが…」

 

 

 ――その隠しきれていない、濃密な死のオーラを除けば。

 

 

「……何を言っていルんですか?私は御稜クユリで――」

 

 

「違いますね。あまり大人を舐めないでいただきたいものです。…………あなたはクユリさんなどではなく、言うなれば――黒百合さん、ですかね」

 

 

 

 ただカードが裏返っただけではない。御稜クユリというカードの座に無理矢理押し入った、また別のカード。

 

 アヌビスのように、生徒の意思や念に付随するのではなく……完全に個として独立し、思うがままに行動するもう一つの人格を宿した神秘。

 

 前例のない、未知の体験に武者震いする中、痛いほどの静寂が場を支配する。

 

 パチパチと残った隻眼が瞬き、次の瞬間――その唇が大きく吊り上がった。

 

 

「――アハッ…!ナァンダァ……キヅイテタノカァ、オモシロクナァイ」

 

 

 悪戯がバレた時の子供のような、無邪気な言動でそう哄笑するソレ。

 振りまく瘴気も、妖しげに脈動する罅の紋様も、邪そのものなのだが……。

 

「初めは騙されましたがね……。まさか、神秘そのものが独立した人格を持つとは…」

 

「ンン?チガウチガウ、ワタシハ“クユリ”デアルコトニハカワラナイヨ〜」

 

 

「如何にする黒服、私とてこのような事例は初めて故、興奮するのも理解できるが……そのような余裕は無さそうだぞ」

 

「……そのようですね。抑制剤の確度をもっと上げておくべきでしたか。色彩の件もありますし、些かタイミングが悪いですね」

 

 ここは一度撤退し、場を仕切り直してから改めて対処すべきか。

 あまりにも不確定要素が多すぎる。

 

 そう考え、常用しているワープゲートを開くオーパーツに手を忍ばせる直前、全てを見透かしたようにソレは鼻を鳴らした。

 

「フフッ、シンパイシナクテモ……ドウセモウスグ、イレカワルダロウカラ。アッ……ほら、そんな事イッテタら…」

 

 

 一見身体には何の変化も起きてはいないが、先ほどまでの重圧が薄れ、無意識にかいていた冷や汗の流れが収まっていく。

 心なしか、放たれる言の葉からも邪気が抜け落ちているように感じる。

 

 最大限の警戒は保ちつつも、探求者としての性は抑えようもない。

 僅かな変化の特徴も見逃すまいと血眼にならざるを得なかった。

 

 その甲斐あってか、恐らく交代際に呟いたであろう何気のない一言が妙に耳に残った。

 

「はぁ~ァ……、記憶の“読み取リ”は完璧だったノニなぁ……」

 

 

「……おっと…。大丈夫ですか?」

 

 

 プツリと糸が切れたように倒れ込むその華奢な体躯を支える。

 

 改めて間近で見ると、なんともグロテスクな姿だと思わざるをえない。

 

 大きく裂けた跡が走る左眼からは立派な黒百合が顔を覗かせ、切り落とした筈の左腕は何たる事か再生してしまっている。……尤も、元の眩いほどに白い肌は欠片も残っていないが。

 

 さて、彼女が再合流の意思を持ってここまで来たとなると、契約では暫くの間は此方の好きなように実験が出来るという事になっている。

 

 聞きたいことも、調べたい事も情報の整理がままならない現状では際限なく湧き溢れてくる。

 

 一度落ち着いた環境に身を置き、色彩の対処に一段落つけてからでも遅くはない。

 焦らずともこの被験体は逃げることはしない――そもそも契約を結んだ以上、逃げることは出来ない――し、むしろ本人は実験を望んでいる。

 

 ここは自身のオフィスにでも運んで目覚めるのを待つべきか。

 

 そう考えているうちに、腕の中の彼女は意外にも早く意識を取り戻したらしかった。

 

 

「……んっ……やっと引っ込んだか…。……んぇ?黒服、さん?」

 

「お目覚めですか、クユリさん」

 

「は、はい……。えっと、その……この体勢は、恥ずかしいというか……」

 

「おや、これは失礼……」

 

 

 所謂、お姫様抱っこの姿勢で抱きかかえてしまっていたらしく、年相応の恥じらいを見せながらそう訴えてくる彼女。

 

 だが、そんな反応をされてしまっては逆に嗜虐心が湧いてしまうもの。

 

 きちんと食べているのか不安になるほど軽いその身を、さらにひょいと持ち上げてみる。

 

「ひゃっ!?ち、ちょっと黒服さん!?今のは下ろしてくれる流れじゃ……」

 

「ククッ!あなたは覚えているかは知りませんが、つい先まで我々の肝を冷やした仕返しと思っていただければ」

 

「そ、そんな……マエストロさん!助けて!」

 

 

 緊迫した雰囲気は何処へやら。眼前で繰り広げられる茶番に、半ば空気と化していた木偶人形の溜息が刺さった。

 

 

「……本当にそなたの隠し子などでは無いのだろうな……?」

 

 

 

 

        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「――と、いった感じですかね。直近の記憶についてはぼんやりとしか……」

 

「ふむ、成程。私が言うのもあれですが、あなたはかなりの鬼畜ですね」

 

 それから少し落ち着きを取り戻し、彼女の百鬼夜行に戻ってからの行動……もとい成果を全て聴き終えた黒服は軽く引いていた。

 

 まさか拳銃型の注射器を自殺用の道具に見せかけて破壊させ、その実は愛する妹の命を繋いでいた唯一の命綱だったなどと……。

 

 いったい普段からどんな思考回路をしていれば、そんなシナリオが思いつくのか。

 

 さらに恐ろしいのは、これだけやっておいて、まだその偏欲は底を見せていないらしいことだった。

 

 記憶を辿っている最中の彼女の瞳は恍惚と光りながらも、その奥底に昏く、貪欲な渇望の光を宿していたのだ。

 

 さしもの黒服も彼女の餌食となった姉、そしてその周囲の生徒には同情する他なかった。

 

 

「……取り敢えずは理解しました。目下の目標としては、その別人格、もとい神秘の抑制を引き続き行うということですかね」

 

「そうなりますね…。一応、予備の分は接種してきたんですけど、如何せん経口投与だと効果が薄まってしまったみたいで……」

 

「結果、乗っ取りを許してしまったと…。その点は自業自得ではありますが……改善はしておきましょうか」

 

 

 今後の動きについて認識のすり合わせを行っている途中、木材の軋む音が背後から響く。

 

 振り向けばボロボロのマネキンが、ややぎこちない足取りながらも踵を返しているところであった。

 

「おや、そう言えばマエストロはこれから何をなさるおつもりで?」

 

「……特に決まってはいない。色彩によって世界が崩壊する様を眺めるのも、乙なものではあるかもしれないが……」

 

「ではどうです?共にクユリさんを見届けるというのは」

 

 ほんの興味本位からくる提案。未知の体験にいまだ熱が冷めていないのかもしれないが、平時の黒服らしからぬその提案をマエストロは即座に蹴った。

 

「いや、遠慮しておこう」

 

「ふむ……参考までに何故?」

 

 

 ギシリと歩みを止め、放たれた芸術家の一言はまさに核心を突き、黒服を一も二もなく納得させ得るものだった。

 

 

 

「なに――“餓鬼の人形劇”は私の趣味ではないのでね」

 

 

 

「クックックッ!成程理解しました。では、またいつかの時にでもお会いしましょう」

 

 

 

 ひらひらと手を振り、ゆっくりと廃墟の奥に姿を消していく同志の姿を見送り終えると、何やら思考に夢中になっている半人半妖の彼女の肩を叩く。

 

「さて、観察者であったあなたなら、この世界がこの先どのような過程を辿るのかお分かりでしょうが……。私も私で成さなければならないことがありまして」

 

「え、あ…はい。えっと……確か、“本船”の事を先生に教えに行くんですよね?」

 

「クックックッ……。ええその通りです。超常的視点から見透かされるとは、何とも不思議な感覚ですね」

 

 彼女の表情を見れば、少なくとも色彩によってはこの世界は崩壊する事にはならないことが察せる。

 しかしそれに胡座をかいて取るべき行動を取らなければ、恐らくだがそれだけでその未来は変化してしまうのだろう。

 

 己の思考や行動が誰かによって規定されているものかもしれないと考えると、探究者として打破すべき狂気――自己同一性の崩壊を招きかねないため無理矢理にでも思考を現実にシフトさせる。

 

 

「クユリさんは……例のオフィスにでも身を置いていてください。そこから一通りの設備も揃っていますので……。まぁ、全ては先生の活躍次第ですが……」

 

「……先生なら大丈夫ですよ!先生という大人がいる限り、キヴォトスにバッドエンドはあり得ませんから!」

 

「他ならぬあなたが言うのなら、そうなのでしょうね」

 

 

 元観察者という裏打ちがなければ無責任、楽観視極まる言葉。

 その節々から感じ取れる、青臭い……未熟な精神特有の香り。

 

 

 ――餓鬼の人形劇……言い得て妙ですね。だからこそ、見届けたくなるわけですが…。クックックッ!

 

 

 乱れたスーツを手早く整え、黒服は高揚の赴くままに瓦礫の山を踏みしめた。

 

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵

 

 

 

 あらゆる妖魔を打ち祓う陽の光は、転じてそれらを表舞台に惹きつける月光となる。

 

 妖魔、怪異に限らず月光の射す時刻は現の人間でさえ、陽の内には見せない暴虐的な狂気が跋扈するのだ。

 

 恒星の純な威光を反射した報いか……月は現と幻の境を曖昧にし、この世ならざるものを幽明に照らしてきた。

 

 

 百鬼夜行のとある一角。当の昔に打ち捨てられ、魂さえ抜け落ちたであろう道具らの死骸が無残に散在する廃墟。

 

 その死骸の山の一つ、辛うじて原型を留めている古小屋の一室に気紛れな月光が差し込む。

 

 誰も、何もいない……唯無情な時の流れに逆らわず、大地に還元されるに任せる筈の空間に異物が二つ、じわりと滲み出した。

 

 

「ご苦労さん、シュロ。手際良く“種”は撒けたかえ?」

 

 一つは浅黒く、生気の乏しい肌の花魁に。

 

「コクリコ様。はい、言われた通りにちゃあんと送りつけてきましたぁ。おねむから覚めた時の反応を拝謁出来ないのが残念で仕方ないですね~」

 

 もう一つは至る所に包帯を巻き、襤褸切れのような衣服を纏う餓鬼少女に象られていく。

 

 自らを花鳥風月部と名乗る彼女らは、近く決行される百鬼夜行燈籠祭に乗じたとある企みを謀っていた。

 

 全てを燃やす百物語、それを大成するには彼女らの感性――風流に則っていなければならない。

 

 その点、二十年の時を経て復活した百鬼夜行燈籠祭というのはまさに絶好の舞台であった。

 

「コクリコ様!手前、コクリコ様の望む百物語を完成させて見せますので!是非とも特等席で照覧なさってください!」

 

「ふ……わかっておるよ、シュロ。相も変わらず、愛いやつやねぇ」

 

 まるで親に初舞台で練習の成果を見せようと張り切っている子と、それを穏やかに見守る親のような構図である。

 

 実際、シュロは純粋にそう思い、今か今かと待ち切れない様子で興奮を抑えきれずにいる。

 

 しかし、一方のコクリコは額面上はシュロを慈しみながらも、心内では全く別の事象について思考を巡らせていた。

 

 かつて空が赤く染まり、狂気の鳴動が崩壊の旋律を奏でていた時、コクリコは“同類”がこの世に顕現した事を僅かながらも察知していたのだ。

 

 本来、現し世に関与することのない…力を持った幻。

 

 機会があるとすればそれは……異界の門である黄昏に干渉した者に食いつき根を張った、俗にいう憑依のみ。

 器を持たぬ存在は自力で生溢れる世には姿を現せない。

 

 クロカゲのような、一皮剥けた存在は怪書を媒体に顕現出来はするが……。

 

 と、彼是考えたものの、コクリコの中ではその気配が何者なのかという結論はとっくについていた。

 

 

「……シュロ、お前に一つ聞いてみたいことがある」

 

「はい…?手前でよければ何なりと!」

 

 そこで手慰みに……という理由でもないが、一怪談家として実力を測るうえでも尋ねてみることにした。

 

「風情にも、この世が血化粧をした日があったが……僅かな瞬間、我らと同種の気配が感じられはしなかったかえ?」

 

 

 ――まぁ返答はわかりきってはいるけれどもね。

 

「う……う〜ん…?申し訳ありませんコクリコ様、手前はそのような事は一切……」

 

「そうだろうね。肝の小さいお前のことさね、もし感じ取っていたならみっともなく駆け込んできていただろうよ」

 

「コ、コクリコ様ぁ〜……」

 

 

 そう、あの濃密な死呪の匂い。

 

 宿主が愛した者、好いた者に種を植えつけ、その手で破滅を齎させる非道極まるソレ。

 厄介なことに、その特性上肉体に依存しないため、我々のような存在もその毒牙にかかり得る。

 

 ――だからこそ、彼女には興味があるのだけどねぇ。

 

 コクリコはそう胸中で毒々しい笑みを浮かべた。

 

 

 何時ぞや、百花繚乱の委員長を百物語へと堕とした時……その身を黄昏に沈めてもなお生きながらえていた彼女――思い当たるのはその一時のみ。

 

 

「クユリ……とか言ったかえ。その身に宿す狂気は実に風情がある……必ず、手に入れてみせるさね」

 

「コクリコ様?」

 

「…何でもないさ。シュロはシュロの思うがまま、百物語を作り上げたらええのよ」

 

「は…はい!手前の一世一代の大舞台、見事燃やし尽くしてみせましょう!」

 

 

 一匹の女郎蜘蛛は静かに……されど着実に、張り巡らされた網の中心で獲物を待ち侘びていた。

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵

 

 

“ふぅ~っ……。え〜っと、この書類は……トリニティの支援予算。こっちはミレニアムの――”

 

 色彩事変の解決から数日、今日も今日とて私はシャーレの先生として、各学校から届けられる書類の山に立ち向かっていた。

 

 キヴォトスの各所に突き立った虚妄のサンクトゥムによる被害をはじめ、諸々の被害状況をまとめた書類や、支援予算の運用指針などなど……直近の出来事に関連したものがそのほとんどを占めていた。

 

 でもそれは無理もないことだと思う。

 

 前代未聞の未曾有の危機に瀕して、各校の上層部はてんてこ舞いらしい。

 シャーレとしてできる限りの支援をしているつもりではあるけど、正直なところまだまだ足りない。

 

 文字通り寝る間も惜しんであちらこちらへと飛び回る日々、別世界線の私からも託された生徒のためを思えばいくらでも苦にならない――とは言いつつも、着実に心身には疲労が溜まっていくのは避けられなかった。

 

 

“まぁまだ三徹!こんなもの序の口序の口!”

 

 傍から見たら空元気もいいところのような鼓舞で己を奮い立たせる。

 

 セリナあたりにどやされそう……というか次倒れたりしたらいよいよ監禁コースが現実味を帯びてくる気がする。

 

 ――キリがいいところまで進めて休もう。

 

 そう曖昧な決心のもとデスクにかじりついていると、突如、シャーレ宛の着信音が鳴り響いた。

 

 

“はい、シャーレです。”

 

 果たしてその相手とは――

 

「にゃはは。先生、ご無沙汰しております〜。いかがお過ごしでしょうか?」

 

“ニヤ!久しぶりだね。今は事務作業をしていたところだよ。”

 

 百鬼夜行陰陽部部長の天地ニヤ。彼女とも色彩事変以降、中々会えていなかったためその特徴的な口調が耳に残る。

 

「なるほど〜先日、百鬼夜行からもお送りしたアレですね。色々……ありましたからねぇ。送りつけた側が言うのもなんですが、きちんと休息はお取りになってくださいね〜」

 

“心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ!ニヤも何かあったら遠慮なく頼ってね。”

 

「……本当に、そういうところですよね~…。その甘言で一体どれだけの生徒さんを惑わしてきたのやら…」

 

 

 何やらボソボソと呟かれた気がしたが、無為な詮索は困るだけだろうと気にしないことにした。

 

 

“それはそうと……一体どうしたの?”

 

 もしかして、クユリの事で何か進展があったのかと逸る気持ちを抑え、続く言葉を待っていると、思いも寄らない話題が飛び出してくることになった。

 

 

「ああ、そうでしたそうでした。先生は相変わらず、お忙しそうに働かれているみたいですし〜?そんな仕事三昧の先生のために!私も何かお役に立てないかと思い……少し考えてみたのです」

 

“お気遣いありがとう……?”

 

「んふふ……よろしければ、百鬼夜行にいらっしゃいませんか?もうすぐお祭りが開催されるんですよ。たまには息抜きするのも大事ですし、気分転換がてら楽しんでいただけたらな〜と思いましてね」

 

 

 弾む声でそう提案してくるニヤ。

 

 内容そのものはとても魅力的だし、是非とも顔を出しに行きたいものだとも思う。

 

 ただ……、天地ニヤという生徒の言動一つに、二つや三つの裏事情が含まれているというのが彼女の常という節があり…。

 

 生徒を疑う事などあってはならないとわかっていても、何か裏があるのかな〜なんて気構えになってしまう。

 

 そして、それはものの見事に的中してしまうのだった。

 

 

「とまあ、ここまでは長い建前といいますか……いえ、お祭りに来てほしいという気持ちそのものに嘘偽りはありませんよ?」

 

“う、うん。それは疑ってないし、とてもありがたいお誘いだと思ってるよ。”

 

「にゃは。それならば結構なのですが…、残り半分……いえ、三分の二ほどは此方の要件でして―――

 

 

 

 

 

 

 ―――花鳥風月部が動き出しました」

 

 

 その言葉を境に、シャーレの執務室が一気に冷え込んだような感覚に陥る。

 

 その名を聞いた瞬間、ぐつぐつと煮え滾るような感情が湧き上がってくるのに、頭の中は驚くほどに冷静だった。

 

 

“そう……わかった。今すぐにでもそっちに行くね。”

 

「はい、そうしてくださると助かります。クユリさんの事も……詳しくはこちらで話しましょう」

 

 通話中ながらも、身体は自然と外出の準備を着々と進めていた。

 

 クユリの事、百花繚乱の事にクズノハの件……そして、花鳥風月部。

 百鬼夜行に赴く理由などあり過ぎて躊躇などしていられなかった。

 

 

「あ、そうそう……もう一つ先生にお伝えしたいことが…」

 

“ん……?何だろう?”

 

 

 張り詰めたような声音が一転、無理をしているともとれるような明るく、コロコロと転がる声が携帯から響いた。

 

 

「ふふっ。百鬼夜行に来たら、愛らし〜いチセにゃんをなでなでできますよ?」

 

「にゃー?」

 

「にゃはは。それでは、お待ちしておりますねぇ」

 

 

 それを最後にプツリと切れる通信。

 

 ――百鬼夜行に行かなければならない理由が一つ増えたよ。ヨシッ!

 

 

 蓄積した疲労も眠気も、全てを書類の山と共に置き去りにしてシャーレを飛び出す。

 

 

 押し寄せる得も知れない不安を振り払うように、祭りの喧騒と熱気溢れるその地を目指して――

 




百花繚乱編第一章〜いつかの芽吹きを待ち侘びて〜
ついに開幕です!

なぁんにも知らないシュロガキ……生きて帰れるかなぁ?
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