自称「平凡だけど、どこか神秘的で儚げな……ただの百鬼夜行の一生徒」の妹による曇らせツアー   作:藍終

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お久しぶりです。風邪を引いておりました……。


先生とユカリが邂逅します。
先生視点から始まります。



いつかの芽吹きを待ち侘びて 編
勘解由小路に電流走る


 

“……いつもとなんだか雰囲気が違うような。”

 

 

 ニヤからお誘い……もとい緊急召喚を受けて、張り巡らされた電車を乗り継ぐこと数本。

 

 ついに到着した百鬼夜行連合学院の自治区の様相を目の当たりにした私は、思わずそう言葉を零した。

 

 ぐるりとその場で辺りを見回してみても、街中を彩る数多の提灯や、熱気のこもった声がそこかしこから私を包んでいく。

 

 百鬼夜行はお祭りの学園とまで言われているように、これまでに訪れた時にもこのような状況はさして珍しくはなかった。

 

 それでも、まだ自治区の辺境に足を踏み入れた途端にも関わらず、ここまでの盛り上がりを感じたのは初めてのことだった。

 

 ――ニヤの言うお祭りは、もしかしたら今迄とは何か違うのかな?

 

 

 そう首を傾げはするものの、正直この雰囲気は嫌いではない……というよりむしろ好きだった。

 

 若気の至りにまかせて好きなように屋台巡りをして、偶々出会った友達も巻き込んで踊ったり、シメには花火を見上げて火照った身体を夜風で冷やしながら帰るところまで容易に想像出来る。

 

 大人の境界線を跨ぐと、不思議と失われていくこの青春に、渇望と憧れを抱いてしまうのは仕方のないことだと思う。

 

 そんなお祭り特有の“気”にあてられながらも、百鬼夜行自治区の中心部にある陰陽部本館に向けてひたすら歩を進めていると――

 

 

「――この目で!身共は見たんですの!」

 

 

“……ん?”

 

 少し先の街道のど真ん中、お世辞にもお祭りの雰囲気にはそぐわない、凛としながらも確かな怒りを含んだ声が響いてきた。

 

 見れば数体のオートマタと百鬼夜行の住民、そして水色の羽織を纏った一人の少女――生徒が何やら言い争っているようだった。

 

 

「だから、知らないっつってんだろ」

 

「こっちが財布を盗った証拠でもあんのか?」

 

「証拠は……ありません……。ですが、身共は本当に……!」

 

 

 距離が遠いこともあって断片的にしか聞き取れないものの、だいたいの事情は掴めてきた。

 

 住民の財布をオートマタたちがスったかどうかで揉めているらしい。

 少女の方は確実な証拠を突きつけられず、自らの主張を強引に押し通すことしか出来ていない。

 それはオートマタたちも同じようで、話は平行線のまま、水掛論となってしまっていた。

 

 心なしか周囲の視線も冷ややかになってきたことを感じだったのか、はたまた少女の健気さに罪悪感が湧いたのか……とうとう住民が諦めたように少女を説得し始める。

 

 

「もういいよ、お嬢さん。お祭りの準備で忙しいだろうに、気を遣わせてしまってすまないのう。失くしてしまったものは仕方あるまい」

 

「ほら、本人もいいって言ってんだろ!もう行っていいよなぁ?」

 

「言いがかりつけたんだから、謝るくらいしたらどうだ?ハハッ!ここまで俺らに突っかかってきたんだからなぁ?」

 

「そ、そんな……!!」

 

 ただでさえ押され気味だった少女は、住民の言葉に勢いづいたオートマタたちに嘲笑されてしまっている。

 

 オートマタたちが財布を盗んだ事を証明できない以上、私が割って入るのもあまりよろしくはないが、このままではあまりに少女が気の毒だ。

 

 せめて穏便に仲裁を……と思い、タイミングを伺っていると――

 

 

「……やはり、見て見ぬ振りはできません!」

 

 

 少女がカッと目を見開き、折れかけた膝を叱咤するように再び噛みついた。

 今度は彼女なりに確信があるようで、毅然とした表情で言葉を叩きつける。

 

「身共、思い出しました!貴方がたは以前にも、同じように財布を盗んでいましたわ!懲りないようですが……このお方が良いと仰っても、お天道様は見ていますのよ!」

 

「は……はぁ?何言ってんだお前?スんのは今回が初めてのはずじゃ……」

 

「バッ……バカ!お前それ言ったら……」

 

「ゲェッ!お前、嵌めやがったな!」

 

 

 ――どうやらマヌケは見つかったようだね…。

 

 勝手に自爆したオートマタたちが冷や汗をかきはじめる様子を見て、少々痛快な気持ちを抱きながらその集団に向け歩きはじめる。

 

 財布を盗んだことが確定した今、外部者の私が割って入る隙ができた。

 

 ただ本格的な争いごとに発展しないように、仲裁をするのは変わらないけれども…。

 

 

“すみません、何かトラブルですか?”

 

 なるべく穏便に、刺激しないように……そう心掛けて話しかけたつもりだったのだが、追い詰められた彼らにとってはむしろ更なる追い打ちになったようだった。

 

「ちっ!一体今度は誰だ!?」

 

「これ以上邪魔をしようってんなら――」

 

 

 雲行きが怪しくなり、武力行使を厭わない雰囲気が漂い始めたその時だった。

 

「隙あり!」

 

「おわっ!?」

 

 見事一閃、少女は私に気を取られた隙にオートマタたちの懐に入りこみ、何かを素早く引き抜いた。

 

 何かとは他でもない、盗まれた財布を手に取ったその少女は満面の笑みで持ち主に手渡す。

 

「……お財布、ありましたの!」

 

「なんと……本当にあの若者たちが……」

 

 

 一方の哀れなオートマタたちは、物的証拠も揃っていよいよ誤魔化しが聞かないと悟ったのか、半ばヤケになりながら叫んだ。

 

「お、おい!何取られてんだよ!」

 

「クソッ……おい、お前ら!来い!」

 

 

 瞬間、どこからともなくぞろぞろと溢れ出してくる同じ柄のチンピラたち。

 “黒亀組”というロゴが統一してペイントされている感じ、彼らはこの辺りで幅を利かせているチンピラ集団らしかった。

 

「……あら?」

 

 ――もしかしなくてもマズイ状況ですの?

 そんな心の声が聞こえてきそうな困惑した表情で固まる彼女の隣に立つ。

 

 

「わわっ!?この方々、一体どこから来ましたの!?……っと、あなた様は……?」

 

“手伝うよ。”

 

 さすがに多勢に無勢、しかし正義が悪意によって踏み潰されるのを見て見ぬ振りなど出来るわけもない。

 

 問題は初対面の大人からのいきなりの助力を受け入れてもらえるかだったけど――

 

「……!はい!」

 

 困惑、驚愕、僅かな怯え……一瞬の逡巡のうちに様々な感情が移り変わり、切れ長の目が最終的に灯したのは一先ずの信用だった。

 

 

「騒ぎが大きくなる前に黙らせてやる…!」

 

 リーダー格らしき奴がそう言うや否や、次々と無作為にロケットランチャーやらアサルトライフルやらの攻撃が降り注ぐ。

 

 こちとら幾重もの死線をくぐり抜けてきた身でもあるので、素早く手近な掩蔽物に身を隠し、シッテムの箱を起動して敵陣営の陣容を分析する。

 

 それなりの規模とはいえ、所詮は寄せ集めのチンピラ集団に過ぎなかったらしく、射線管理も前衛後衛の区別もあったものではない有様だった。

 

 しかも考え無しの発砲による爆煙であちらからの視界も切れているときた。

 

 

 ――これなら………!

 

 簡単な作戦をまとめて、同じく身を隠している少女にそれを伝える。

 

“よし、私が今からほんの一瞬だけ顔を出す。彼らがここに集中砲火してきた瞬間、前に出て、ひたすら彼らの周りを走ってみてくれる?”

 

「……え、はい。承知しましたが……あなた様は大丈夫ですの?」

 

“大丈夫だよ。私のことは心配しないで。会ったばかりだけど、信用してくれたら嬉しいかな。”

 

「……あなた様の目を見て確信しました。身共にお任せあれ!」

 

“ありがとう。じゃあ、3……2……1……今っ!”

 

 

 ほんの一瞬、されど大袈裟に身を晒す。

 

 すると予想通り、彼らは一斉に銃口をこちらに向けた。

 

「そこかっ!」

 

「身共、参ります!」

 

 少女が再び攻撃が集中し始めたのを合図に、長い紫を靡かせて爆煙を突き破っていく。

 

 別方向からの突然の奇襲に慌てて対応しようとするチンピラ集団。

 

 しかし、半ば反射的に起こされた行動は周囲の状況など考えもしないわけで――

 

「ちっ!そっちか!」

 

「ば、馬鹿!仲間を撃ってんじゃねぇ!」

 

「んなこと言っても――グァッ!」

 

 

 とまあ、見事に同士討ちが至る所で発生する羽目になっていた。

 

 多対一かつ、相手の統率如何によっては非常に効果的な攪乱戦術だ。

 

 指示通りに動く少女を狙おうとすればするほど射線は味方の背中に吸い込まれていき……、ある程度すれば半分以下にその数を減らしていた。

 

 未だ混乱冷めやらぬ状況らしい彼らを見て、最後の指示を出す。

 

“今だよ!重なった敵から優先して撃破!”

 

「……!はい!よ〜く狙って……撃ちます!」

 

 

 流石はキヴォトスの生徒というべきなのか、長大なライフルを持っていても難なく急制動をかけ、正確に銃弾を放っていった。

 

 まるでドミノ倒しのようにチンピラ集団が倒れていき、やがて残るはリーダー格のオートマタ含む数体ほどとなっていた。

 

「チッ!まさかシャーレの先生だったとは!や、やっぱ、こんなの良くねぇって!」

 

「はぁ?お祭りの準備に紛れて一発儲けよう!とか言ってたのはお前だろ!?」

 

「なっ…、い、いつの間に俺が言ったことになってんだよ……!俺は他の奴に言われたぞ!?」

 

「クソッ!もういい!一旦退くぞ、全員撤収!」

 

 

 何とも小悪党のテンプレートのようななすりつけあいの末、倒れた者を担ぎながら撤退していくチンピラたち。

 

「……か、勝てましたわね」

 

 そんな様子を信じられないように見つめていた少女は、やがて見えない尻尾をブンブンと振るかのように目を輝かせて飛びついてきた。

 

「さっきのは一体何ですの?とーっても、すごかったですわ!」

 

 

 あまりの勢いに思わず私もたじろいでしまう。

 それにシッテムの箱の指揮機能は生徒にどう説明したものか悩ましい仕組みで、苦笑いするしかない。

 

「一つ一つの指示が的確で、呼吸がピタリと合うような感覚……まるで、幼い頃、共に過ごした愛犬と再会を果たしたような……」

 

 一方的に捲し立てられるがままになっていると、突如、少女に電流が走った……かのように見えた。

 

「もしや……あなた様は遠い昔に生き別れになってしまった……幼馴染なのでしょうか?」

 

 

 ――面白い子だなぁ……。

 

 ここまでくると戸惑いよりもそのような感想が上回ってくる。

 純粋、なんだろうなぁとしみじみしながら訂正を付け加える。

 

 

“愛犬でも幼馴染でもないと思うよ……”

 

「あら……、そうでしたか」

 

 すると、今度は打って変わり露骨にガッカリした表情を見せる。

 

 感情の起伏が激しい……というより感情が表に出やすい子なんだなぁと感じていると、戦闘に巻き込まれないように離れていた当の住民が手を叩きながら戻ってきた。

 

「いやはや、お嬢さんの動きも素晴らしかった。改めて、お礼を言わせて欲しい」

 

「いえ、身共は当然のことをしたまでですわ!」

 

「はっはっはっ!見上げたお嬢さんだ!その格好……百花繚乱の子だね?」

 

 

 ――百花繚乱って……たしか……!

 

 今日、百鬼夜行を訪れた理由と深い関係のあるその単語を耳にして、ついその少女を凝視してしまう。

 

 一方の住民は、一度はそう口にしたものの、やや考え込む素振りを見せた。

 

「いや、そんなわけないか。解散令とやらで、謹慎中だと聞いとるからなぁ」

 

 

 解散令……とまた何やら不穏な単語が聞こえてきて首を傾げていると――

 

 

「いえ!!」

 

 

 まるで、それだけは認められない!と言わんばかりの勢いできっぱりと否定の声を上げる少女。

 

 住民も、勿論私も突然のことにびっくりして軽く肩をはねさせる。

 

 

「あ……その、それは語弊があると申しますか……、今確認しているところといいますか……」

 

 それを見たのか、だんだんと申し訳なさそうな、煮え切らない様子で語気が萎んでいき、遂には独り言をぼそぼそ呟き始めてしまった。

 

「身共がここに居ると知られたら、逃げてきたのがバレてしまう……。やっぱりここは何も言わないほうが……ううーん……」

 

 

 ――何か言いにくい事情でもあるのかな?

 

 そう思ったのは住民も同じだったようで、無理な詮索はすまいとの判断に至った。

 

 

「……?どうやら事情があるみたいだな。まあ、詳しいことは分からんが……助かったよ、お二人さん。ありがとう」

 

「これくらいのこと……もしお困りでしたら、いつでも身共が力になりますの!」

 

 

 感謝の言葉を受け取った少女は一瞬ポカンとして、再び目を輝かせながらその豊満な胸をドン!と叩いた。

 

 本当に表情がコロコロ変わる子だなぁ……と、まるで我が娘を見守るような眼差しを向けてしまったのは悪くないと思う。

 

 

 

 

 

 住民の帰りを見届け、厳かな天守閣と堀が一望出来る散策道まで半ば成り行きで歩いてきたところで、少女がクルリと振り返った。

 

「改めて、ご挨拶を申し上げますわ。身共は、かで……」

 

“……かで……?”

 

「ユ、ユカリと申します。先ほどは助かりましたの」

 

 

 ふわりとした所作で自己紹介する様はまるで良家のお嬢様のようで、つい見惚れてしまう和の美しさが放たれていた。

 

 

“困っている生徒を助けるのは当然だからね。”

 

 

 生徒を導く立場である先生なら当然のこと。

 

 そこには何の打算も私情もない。

 

 心の赴くままにそう答えると、ユカリは面食らったかのように数秒硬直した。

 

「ええと?人助けを当然のように行い、そのうえ誇ろうとすらしないなんて……」

 

 

 そして、またもユカリに電流走る。

 

 

「ハッ!そういえば身共、レンゲ先輩から聞いたことがありますの……!そういった行為は巧妙な罠なのだと!」

 

“……へ?”

 

「初めは心優しい方だったのに、後になってオレだよ!オレ!と言い、あり得ない額の金銭を要求する不届き者が居るとか居ないとか……!もしや身共、絶体絶命のぴんちですの?」

 

 

 ――オレオレ詐欺と思われてる!?

 

 確かに初対面の大人を警戒するのはいい心掛けだと思うし、ラビット小隊の時も、初めは明確に嫌いと言われた記憶がある。

 

 だから警戒されるのはいくらでも構わないし、仕方のない事だけど……それはそれとして間違ったイメージは訂正しておきたい。

 

“いやいや、私は怪しい人じゃなくて、シャーレの先生だよ。”

 

 

 これで伝わってくれるかな、と若干不安になっていると、ユカリにはピンときたようで――

 

「……そうとは知らず、申し訳ありませんでした。ですが、先生のおかげで困っている方を助けられましたの!」

 

“ユカリの協力があってこそだよ。”

 

 

 私は結局のところ、戦闘においては生徒たちを指揮するしか出来なくて、実際に銃を撃ち合ったりするわけではない。

 このキヴォトスにおいてはあまりにも脆弱な肉体の私は、歯痒いながらもそう在らなければならない。

 

 だから、あのチンピラ集団を撃退できたのは紛れもない、ユカリの功績あってのことなのだ。

 

 その本心をそのまま伝えたのだけど、当のユカリはすっかり自分の世界に入ってしまっているようだった。

 

 

「ふむ……このご恩は、どうすればお返しできるのでしょう」

 

 当然の事だから、お礼なんていらないよ――そう返そうとしたのはどうやら一歩遅かったようで……

 

 

「――決めましたわ!せっかくですから、百鬼夜行をご案内いたします!」

 

 ガッシと掴まれてしまうシャーレのスーツ。

 

 その誘いはとても嬉しいのだが、生憎とこの後陰陽部に会いに行かないといけないのだ。

 

 

“えっと、私は用事が……”

 

「さあ先生!こちらですわ!」

 

 

 有無を言わせぬ勢いとはこの事。

 けれども、眩しいほどに輝く笑顔を崩したくはなくて、繋がれた手が解けないように必死についていくしかなかった。

 

 

「百鬼夜行は観光業が盛んな自治区でして……ここの一番人気の公園は―――」

 

 

 

 

        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 そうして百鬼夜行の自治区をあらかた周り終え、再びお祭り会場へと戻ってくることになった私たち。

 

 しかし、さっきまでの辺境とは熱気も賑やかさも桁違いであった。

 

 

「そっちを先に繋げろ!しっかり抑えて安全第一にな!」

 

「この資材はどこに置けば……?早く場所を空けないといけなくて……!」

 

「むぅ……公演参加者の最終確認が終わらない……」

 

「おいそこ!ボサッとしてないで動け!」

 

「おーいみんな!これ食べたら続きにするぞ!」

 

 

 お祭り運営委員会をはじめとして、傭兵バイトや露天商の住民までが総出で準備に取りかかっている様はまさに圧巻の一言。

 

 舞い散る桜吹雪も相まって、この景色を切り取ったなら、雅だと誰もが言うに違いない。

 

 それだけ、今回開催されるお祭りは特別なものなのだろうか。

 

 

“なんだかすごく忙しそうだね。いつものお祭りとは雰囲気が違うような…”

 

「そこに気づくだなんて……見る目がありますのね」

 

 ユカリが自慢気に、かつ嬉しそうに頬を綻ばせた。

 

 

「それもそのはず、今回のお祭りは……二十年前に廃止された“百鬼夜行燈籠祭”を復活させたものなのですから!と〜っても特別なのです」

 

 

 そうして得意気に百鬼夜行燈籠祭について語り始めるユカリ。

 それによると、百鬼夜行が紛争時代を乗り越え、百鬼夜行連合学院として生まれ変わった際に、人々の不安を解消すべく提案されたお祭りなのだとか。

 

 

「過去の傷を燈籠に乗せ、これからの未来を願う……。そうして、皆の心を通じ合わせるのだと聞きましたわ」

 

 聞く限り素晴らしいお祭りだと思う。

 

 しかし、そう思えば思うほど、ある疑問が大きくなってもくるのだった。

 

“でも、二十年前に廃止って……どうして?”

 

 そう尋ねるも、ユカリは答えづらそうに口をモゴモゴさせるだけだった。

 

「ええとそれは……。当時の詳しい状況までは身共も聞いておらず……そこまでは……」

 

 

 ――知らないのならそれは仕方がないか。

 

 そもそもそれを知ったところで、何になるということでもないのだから。

 

 そんな風に納得する私に同調するように、私たちの話を聞いていたらしい人たちが気さくに話しかけてきた。

 

 

「そんな些細なこと、重要ではありませんよ」

 

「君らはお手伝いさんかい?それとも、早く来ちゃっただけの観光客かな?まぁ、どちらでも構わんが……この光景はなかなかのもんだろう?」

 

“ええ、本当に。”

 

 

 お祭りの法被が様になっている露天商のおじさんの問いに、心からそう返す。

 

「二十年前に何があったのかは知りませんが……こうしてお祭りを復活できるのは喜ばしいことです」

 

「ああ、そうだな。なんたって、百鬼夜行はお祭りの学園だからな!」

 

「なにせ、あんな出来事がありましたから……自然とみんな力が入るといいますか」

 

 

 あんな出来事……とは、間違いなく“色彩”の件のことだろう。

 奇しくも同じ百鬼夜行が傷ついている時に、この燈籠祭は復活したというわけだ。

 

「おかげで忙しくて目が回りそうだよ!まさに猫の手も借りたいとはこのことだな!ハッハッハ!」

 

「特にお祭り運営委員長が尽力してくださいましてね!元気いっぱいで、本当にすごい方です」

 

 

 ――なるほど、シズコが……。

 

 その言葉を聞いて、今の盛り上がりの仕方が妙に腑に落ちた。

 あの子の持つ底抜けの明るさは間違いなく、百鬼夜行の復興に貢献しているのだろう。

 

 脳裏にシズコの姿を思い浮かべしみじみとしていると、露天商のおじさんがまた気になる事を口にした。

 

 

「しかも今回のお祭りは、あの巫女様が儀式を披露すると聞いたぞ?」

 

「ええ!今回の百鬼夜行燈籠祭の目玉として――」

 

 

 最早こちらの事など見えていないかの如く、どんどん盛り上がっていく二人。

 

 しかし、ふとユカリの方を見やれば、眦を下げてどこか申し訳無さそうな表情を浮かべていた。

 

「……皆様がそれだけ思い入れを持っているのは分かっておりますが……、でも……身共は百花繚乱に……クユリ先輩を……」

 

“……!今、クユリって……クユリのことを知ってるの!?”

 

「へっ!?あ……そ、それはそうですわ。身共の尊敬する先輩の一人ですもの」

 

  

 どうやら無意識に呟いていてしまったらしく、その名を指摘されたユカリは鳩が豆鉄砲を食らったようにぽかんとする。

 

 私は思わぬところで情報源が舞い込んできたため、思わず食い付くように詰め寄ってしまった。

 

 

“お願い、分かる限りでいいから、彼女のことについて話してくれないかな。”

 

「それは勿論……と言いたいのですが……。クユリ先輩については些か複雑と言いますか、身共も確たる事はお伝えできないと言いますか……」

 

“それで十分だよ。今は何でも、クユリについての情報が欲しいんだ。”

 

 

 クユリの所属する百花繚乱の部員、さらにユカリの口ぶりから、密接な関わりがあったことは間違いないはず。

 

 これからニヤにも説明されるらしいが、情報は多ければ多いほどいい。

 

 あの日、シャーレで会って以来、消息が掴めないという事実も相まって私は過剰な不安に駆られていたのかもしれない。

 

 

 大人の圧力というものは、生徒にとって抑圧を強いる事にしかならないものだと、私が一番分かっているはずなのに。

 

 

 

「……申し訳、ありませんわ。あなた様が――先生が信頼するに足るお方だというのは、身共もこの身を以て理解しております…。ですが……」

 

 

 

 心の底から申し訳なさそうに、僅かな――しかし確かな怯えと警戒を映した瞳を伏せて、絞り出された言葉を聞いて初めて、

 

 

「クユリ先輩を傷つけたという“大人”が拭えないのです……。無関係というのは重々承知ですが……身共からは……」

 

 

 いかにクユリが――百花繚乱が抱える闇が大きいものなのかを。

 

 それに向き合う私の覚悟がいかに甘かったのかを、知ることとなった。

 

 

“……そっか、ごめんね、無理矢理聞き出すみたいになっちゃって。”

 

「いえ……お力になれず申し訳ありませんの」

 

 

 相も変わらず、お祭りの喧騒は満ち満ちているというのに、私とユカリの空間だけ真空になったかのような、気まずい静寂が流れ始めた……その時だった。

 

 

「お嬢様!ここにおりましたか!解散令の話を聞いた途端、屋敷を飛び出されたと伺って、心配しておりました」

 

「……っ!?」

 

“……ん?”

 

 

 あちらこちらで飛び交う声の中、明らかに私たちに向けられた一つの甲高い声が私たちを現実に引き戻した。

 

 よく見れば、人混みを掻き分けて一人の……いや一羽の?雀の姿をした住民がこちらに駆け寄ってきていた。

 

 

「もう見つかってしまうなんて……致し方ありません。先生、本日はお力添えいただき、誠に感謝いたします。このご恩、身共は一生忘れ――」

 

「はぁ、はぁ……!もう逃がしませんよ!」

 

「――っと、身共の気持ちをお伝えするには時間語りませんわね!名残惜しいですが、身共はこれにて!」

 

 

 ユカリは矢継ぎ早にそう言うやいなや、逃げるように――いや、実際に逃げているのだろうけど――走り去ってしまった。

 

「お嬢様、お待ち下さい!お嬢様ぁぁあ〜〜!!」

 

 

 次いでその雀の使用人も必死の形相で目の前を駆け抜けていく。

 

 あっという間に人混みの中に消えてしまった二人を呆然と見つめて一言。

 

“嵐のような子だった……”

 

 

 初遭遇にしては色々と濃い印象の残る彼女に思いを馳せながら、本来の目的地である陰陽部本館へと、私は再び歩み始めた。

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵

 

 

 

「はぁ……ふぅ……、取り敢えずは撒けたみたいですのね…」

 

 なんとも間の悪い事に、身共の脱走を嗅ぎつけた使用人の方に見つかってしまい、上手く物陰や人混みを使って振り切ることが出来ました。

 

 日頃から百花繚乱として、鍛錬を欠かさなかった成果がこんなところで役に立つとは思いもしませんの…。

 

 

「使用人の方には申し訳ありませんが……、今はまだ、身共は捕まるわけにはいきませんの」

 

 百鬼夜行燈籠祭、その華となるのは代々勘解由小路家が請け負ってきた伝統の儀式です。

 

 今代の巫女は身共ということで、急ぴっちで儀式作法を叩き込まれているところなのですが……その折に、百花繚乱の解散令が出されていた事を耳にしました。

 

 そんな事が出来るのは、現状はキキョウ先輩だけです。

 

 当然屋敷を飛び出し、すぐさま調停室へと向かったのですが……使用人の方々とも付き合いの長い関係です。

 抜け出してくることを予想されていたらしく、数人見回りがいらっしゃったのです。

 

 すまーとふぉんも置いてきてしまいましたから連絡も取れません。

 しかし、キキョウ先輩に確認が取れないとなれば、身共はすぐに次善の策を思いつきました。

 

 百鬼夜行の代表を務めることの多い、陰陽部の方々を直接訪ねれば、解散令の如何について知ることが出来るはずだ、と!

 

 そして、もし本当に解散令が出されていたのであれば、身共はどうするのかも……。

 

 

 勘解由小路家としてのお稽古や宿命そのものが嫌いというわけではありません……。

 それは身共が果たすべき責務であり、百鬼夜行の皆様方も期待なさっていることも重々承知しております。

 

 ただ……身共にとっては、あのかけがえのない時間を……唯のユカリで居られたあの幸せな時間を過ごせた百花繚乱の方が……。

 

 

 

『ナグサ先輩がクユリを殺した。これは紛れもない事実だよ、ユカリ』

 

『何を……何を仰るのですか!キキョウ先輩!』

 

『信じられないかもしれないけど、証拠も揃ってるんだから疑いようはないのよ。少なくとも、ナグサ先輩が全く帰ってこない時点で見捨てられたも――』

 

『いい加減にしてくださいまし!何か……最近流行りのじょーくとやらですか?それにしてはたちが悪すぎますわ。撤回してくださいまし!』

 

『そう……うん。あんたがそれでいいなら、私からはこれ以上何も言わないよ。信じるも信じないも、ユカリ次第』

 

『〜〜っ!あり得ませんの……身共は、そんな事絶対に信じません!』

 

 

 どうして、こうなってしまっているのでしょう……。

 

 キキョウ先輩の濁りきった目を直視出来なくて、生まれて初めてと言ってもいいほど、感情のままに怒鳴ってしまったあの日からでしょうか?

 

 それとも、もっと昔……例えば、身共が百花繚乱の門戸を叩いたその時から――?

 

 

「……いけません、ユカリ。大丈夫、大丈夫ですの!身共は強くなっています!」

 

 ぱちんと両頬を叩き、今一度己の弱気を吹き飛ばします。

 

 そう、先程の財布の件だって……先生のお力添えがあったにせよ、無事解決に導けております。

 

 クユリ先輩に助けられるばかりだったあの日の身共ではもうないのです。

 

「ナグサ先輩、クユリ先輩。貴方がたが今何処に居て、何を為さっているのかは存じ上げません……。ですが、身共は頑張りますの!」

 

 

 何故なら、身共は百花繚乱の期待の超新星であり、えりーとなのだから。

 

 

「ユカリ快進撃〜!参りますの〜!」

 

 そう叫んで走り出した身共の声は、震えていなかったはずです。

 

 きっと―――

 

 




チンピラのくだりでデジャビュった人は素晴らしいです。
ユカリはちゃんと成長していますよ……!

余談ですが、先生の指揮描写の解釈に物凄く時間をとられました。実際はこんな感じかな〜という形には何とかこぎ着けましたが……。ゲームの仕様上仕方ないですがね。

次回、ニヤは何かに勘付いてしまった…。かもしれない?
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