自称「平凡だけど、どこか神秘的で儚げな……ただの百鬼夜行の一生徒」の妹による曇らせツアー   作:藍終

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サブタイトルは、例の音声傾聴会〜陰陽部編(ニヤのみ)〜です。

拾った者には勿論、やがては製作者にも呪いを返すUSBメモリちゃん……。

最初はクユリ視点(最終編終盤)です。


特級呪物 USBメモリ

 

 

「……なんというか、色々と言いたいことはありますけど……やられましたね…」

 

「クックックッ……。いっそのこと清々しいまでの荒れっぷりですね」

 

 

 お姉ちゃんの至高の泣き顔を魂に刻みつけた後、無事?に黒服との再会を果たした私。

 

 宇宙戦艦――もといウトナピシュティムの本船の存在を先生に知らせに一度解散して、再びあのオフィスにて黒服と合流したまではよかった。

 

 ……そこがあからさまに、ガサ入れしましたよ〜みたいな荒れ具合だったことを除けば、ね。

 

 いや、ガサ入れなんて表現は生易しいかもしれない。

 

 蟻のように蠢く住民を眼下に一望出来るほどの大ガラスは叩き割られ、焦っていたのかは知らないけど……杜撰に整えられた書類の山やファイルの数々が散乱する始末。

 

 誰がどう見ても、一目で強盗もしくは空き巣にやられたと絶望する光景が広がっていた。

 

 もうこれは物理的な荒らしだよ…。

 

 

「タイミング的に、私がゲマトリアの会議に赴いていたときでしょうか。事前に貴方から連絡があったため、重要な書類は予め地下に移しましたが……」

 

「それは……まぁ、その…。すみませんでした…」

 

 

 だって仕方ないじゃん…。

 

 こちとら前世でも碌に大人の社会に揉まれもせず、ぬるま湯にどっぷりだった身。

 気が緩んだ瞬間にニヤ特製の鋭い眼光で問い詰められたら、誰だって正直になると思う。

 心の内を全て見透かされているような気がして、正直気持ちが悪かった。

 

 とはいえ、黒服に迷惑をかけてしまったのは事実。

 

 あわや黒服自身に脅威が及んでいたかもしれない事も事実。

 

 これで何か不都合が起こったとしてもそれは自業自得、そう理解した上で頭を下げた。

 

 

「ククッ!まぁその事は一先ず置いておきましょうか…。取り敢えず場所を移しましょう。私は貴方の身体の方に興味があります」

 

「……華の女子高生になんてことを…」

 

「今更でしょう?それに、今の貴方はとても、華の女子高生には見えませんがねぇ……クックック!」

 

 

 心底愉快そうに肩を揺らしながら昇降機の方へと歩み始める黒服。

 

 確かに、改めて己の身体を顧みれば、その惨状たるやグロテスクの極みであった。

 今や全く操作を受け付けない左半身の大部分はどす黒く染まり、ひび割れた皮膚から覗く肉の断面から幾つもの百合が頭をもたげている。

 一度失ったはずの腕がそっくりそのまま再生しているのに、ピクリとも動かせやしないのは違和感が凄まじい。

 

 唯一の利点といえば、仮にも左腕が存在しているおかげで左右のバランスが保ちやすくなったことくらいか。

 

 それと幸い左脚は無事なので、歩行には支障はない事も救いか。

 

 

 ――お姉ちゃんの表情が良すぎるのがイケないんだからね…?

 

 あぁ、今思い出しても脳が震える。

 

 自らの手で妹の命綱を絶ってしまったと理解した時、姉であることを否定された時の後悔、自責、絶望。

 

 ソレを知覚した瞬間に全身を駆け巡る悦楽の電流は、まさに麻薬の如く私のナニカを満たしていった。

 

 やがてソレは一つの“証”となって、幸せの箱へと納められていく。

 

 ――でも、まだ足りない。もっと欲しい、もっと……もっと……!

 

 

 際限なく湧き上がる欲望は、既に次なるヴィジョンを構築し始めていた。

 

 ここまで来てしまえば最早後戻りなど出来やしない。充電癖のついてしまったバッテリーのように、渇きのままにこの紙を突き動かすだけ。

 

 まずは燈籠祭が始まる日……正確には花火が打ち上がり、花鳥風月部によって百鬼夜行が炎に包まれるその時に、怪異らと共に戻って来るのだ。

 

 原作通りなら、お姉ちゃんも成り行きとはいえ百鬼夜行に帰ってきているはず……。

 

 

 もう戻ってこないと思っていた妹が、魑魅魍魎に紛れて再び姿を現すも、哀れにも身体を乗っ取られており――

 

 ……なんて展開、良くない?って話。

 

 

 あ、でもやっぱりナグサ推しとしては、あのシーンは……シュロのレスバに対してぐちゃぐちゃの顔ながらも立ち上がるあのシーンは見たいよね。

 

 となると、お姉ちゃんたちに顔合わせするタイミングは考えないといけないかもしれない。

 変に原作介入をすると、お姉ちゃんが立ち直れなくなっちゃうからね。

 

 折れかかった極限の状態から、それでも!と一歩を踏み出す姿を見ることも曇らせの醍醐味だと個人的には思うのよね。

 

 正直なところ、具体的には計画を立てているわけではない。

 大雑把に要点だけ抑えて、後はその場その場で臨機応変に物語を綴っていけばいいのだ。

 思えばあの突拍子もない処女喪失設定だって、今となってはいいスパイスになっている。

 

 何だかんだ、ずっと上手くいっているんだ。

 

 この先だって、ずっと―――

 

 

 ――ずっと?

 

 そう、お姉ちゃんを……百花繚乱を曇らせて……それから、

 

 ――それから?

 

 

 それから……えっと、

 

 

 ――それから?

 

 

 それ……から……?

 

 

 ――私は、

 

 

 一体……何を――

 

 

 求めているんだろ――――――

 

 

「どうかされましたか?クユリさん」

 

「…………っ!い、え……ちょっと目眩がしただけです」

 

「ふむ……どうやらかなり不安定になっているようですね。そちらも含めて、下で処置しましょうか」

 

 

 数秒、こちらの顔を覗き込んだ後にそう言う黒服。

 

 コツコツと小気味の良い革靴の音に追随し、昇降機の密室に閉じ込められるまで、それ以上一言も話せなかった。

 

 ――今のは、何だったんだろう……。

 

 まるで心の底を無遠慮に弄られたような、鳥肌の立つ悪寒。

 気がついては……ソレを認識してしまっては、己の何かが壊れてしまう。

 

 鏡面に映る自分か、はたまたドッペルゲンガーを理解しようとするような、激甚な拒否反応がこれ以上の思考を断ち切ろうと覆いかぶさってくる。

 

 ――でも、何だか……気づかないといけないような気も……。

 

 

 滑るような駆動音のみが響く長い沈黙を破ったのは、チンという目的の階に到達したことを知らせるベルだった。

 

 遠近感を狂わせるのっぺりとした白壁をひたすらに見送り、二人分の足音と呼吸音がやけに頭を揺らす空間に電子音が一つ。

 

 悪意を隠そうともしない残虐な機器の数々、まだ微かに鼻につく鉄臭さ。

 

 かつてここで行われた真っ黒で真っ赤な演技。

 

 あれ以来、誰も入ることはなかったはずのこの部屋――そう、はずだったのだが……

 

 

「……百鬼夜行の生徒は優秀のようですね。ここも目をつけられたようです」

 

「……マジですか……」

 

 上のオフィス程ではないにしろ、こちらにも何者かが侵入してきた形跡がちらほらと残されていた。

 

 えぇ……いや、えぇ…?

 記憶違いじゃなければ、この地下室に行く方法までは漏らしていなかったはず。いやそもそも、私も知らなかったのだから伝えようもない。

 

 まさか、土壇場で偶然思いついてしまったのか、或いはその方法が単純すぎて……?

 

 何にせよ、少々まずい事態になってきていることは嫌でもわかる。

 

 だって、この部屋には確か――

 

 

「――っ!まさか……いや、でもそんな……!」

 

「おや、貴方がそこまで慌てるのは珍しいですね」

 

 黒服の声を無視して備え付けられたファイル棚に飛びつく。

 

 ぎっしり詰まったファイルを一つずつ取り出し、軽く上下に振りながらページを捲っていく。

 

 ――ない……ない……ない……!

 

 ドサリドサリと無為に積み上がっていくファイルの山を見かねたのか、硬い黒服の声が背に響いた。

 

 

「……何をお探しなのですか?」

 

「……黒服さん、ここで私たち……録音を録ったじゃないですか……」

 

「はい、そうですね。わざわざボイスチェンジャーまで付けて、花鳥風月部の大人を演じたアレですね」

 

「その時、USBメモリに保存しましたよね……?その後、どうしましたっけ……」

 

「……?確か、元のデータと編集済みのデータがありましたね。えぇ、“お二つとも”貴方にお渡ししましたが……」

 

 

 そう……問題はその後。

 

 編集済みの音声データが入った方は、無事先生に渡すことができたはず。

 先生がアレを聞いてくれたかどうかまでは確認のしようがないのが惜しいけれども……。

 

 それは良い。もう一つの方……無編集のデータが入ったメモリを、私はどうした?

 

 

 実際に麻酔無しで腕を切断された痛みと、過剰に分泌されたアドレナリンのせいでいまいち記憶がハッキリしないのがもどかしい。

 

 でも、朧げな脳裏の映像には……私が持っているとボロが出るからと、そしてまだ利用価値があるかもしれないからと、そこの、ファイルに――

 

 

 ドサリ、と最後のファイルが無情に積み重なる。

 

 

「……クユリさん?」

 

 

「――いえ、私の勘違いだったみたいです。すみません、散らかしてしまって」

 

「まぁ貴方がいいのであれば、私から追及したりはしませんが……。では、喫緊の課題である貴方の神秘の抑制に取り掛かりましょうか。拠点の移動についてはそれからです」  

 

「わかり、ました。お願いします」

 

 

 お得意の仮面を貼り付けて、焦りも不安も後悔も押し込めて嗤う。

 

 大丈夫。今ここにないからといって、必ずしも回収されてしまったわけではない……。

 

 もしかしたら、無意識に持ち運んで何処かに落としてしまっただけかもしれない――それも大概だけど…。

 

 焦っている時は余計に探し物が見つからないというし、きっと見落としただけ。

 

 私が考えるべきなのは、これからの展望。

 

 いかにして、お姉ちゃんの美しい曇りを見るかだけを考えればいいんだ。

 

 

 でも、もし……ピンポイントでアレを回収されて、それこそニヤにでも聞かれてしまえば――

 

 

「では、お手を拝借しますね」

 

「は、い………ッッ゙!?ぁ゙イッ―――ぅぁッ……」

 

 感覚の無い左腕に躊躇なく針が差し込まれ、中身が体内に侵入した瞬間、半身が溶け崩れるような激痛に苛まれる。

 

 とても立てるような状況ではなく、視界が歪み、ぐるりと世界が回る。

 

 これまでこんな事は起こっていなかったはず……何故急に、こんな拒絶反応みたいな……!

 

 

「成程、神秘―――侵―――――本体――――があるのですね。根は―――深く―――――いるようで……」

 

 何…?なんて言っているのか分からない。

 

 ゴウゴウと耳鳴りがし、心臓は早鐘のように拍動を刻んで血管を圧迫する。

 

 まるで……まるで私の業が首に手を掛けているようで――

 

 

 トンッ。

 

 首筋に衝撃が走ると同時に、全てがシャットダウンされていく。

 

 痛みも、視界も、強張った全身の力も、全てが順に闇に堕ちていく。

 

 

「クユリさん。貴方に残された時間は、そう多くないようですよ……クックックッ……!」

 

 意識の墜ち際、黒服の籠の中の鼠を見るような声が響いて、霧散した。

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵

 

 

 

「ふふっ。百鬼夜行に来たら、愛らしいチセにゃんをなでなでできますよ?」

 

「にゃー?」

 

「にゃはは。それでは、お待ちしておりますねぇ」

 

 

 その言葉を最後にプツリと通信を切る。

 

 例のお祭り運営委員長が提案した百鬼夜行燈籠祭の復活……。

 色彩の襲来以降、少なくない損害を被った百鬼夜行の落ちた気力を取り戻すきっかけとして実に都合の良い案だとは思っていた。

 

 けれども、こうしてシャーレの先生を呼びつける理由付けの一つにも成ってくれるとは……何より、私の胸中に渦巻くこの暗澹とした感情をカモフラージュするにもうってつけだとは……。

 

 私――天地ニヤは手慰みに膝の上のチセの頭をゆっくりと撫でる。

 

 

「にゃにゃー?」

 

「ん~~相変わらずチセにゃんは可愛いねぇ〜。カホが独り占めしたくなる気持ちもわかるわぁ〜」

 

 特に抵抗もせず、それどころかこちらに体重を預けて目を細める様子はまさしく猫だ。

 

 さらりとした水色の髪に顔を埋めてみれば、お稽古でかいた汗の匂いの混じった……それでいて香しい香りが鼻腔を満たし、凝り固まった私の疲労と精神を解きほぐしていく。

 

 これでも一応は百鬼夜行のトップをやらせてもらっている身、常日頃からの業務に加えて、今は燈籠祭やら学生寮の復旧作業やら、花鳥風月部やら――

 

 

「面倒くさいなんて言ったら、カホにどやされるし……私だって頑張っているのよ〜」

 

「でも〜抜け出しちゃうのはダメだと思う〜。カホだって同じ気持ちかもしれないよ〜?」

 

「に゙ゃ……!それは御尤もだけれども……」

 

 今も何とかカホに仕事を押し付けて、先生との会話の時間を捻出してきた私に深々と刺さる御言葉を頂戴してしまった。

 

 ――そりゃぁ私だって、やる時はやりますよ。えぇ。

 

 正直、花鳥風月部の件はどうしようもないにしても、それ以外の業務は別に逃げ出すほどの事でもない。

 

 あまりに無責任だと百鬼夜行の、カホの信頼も無くしてしまうことになる。

 ……カホに至ってはもしかしたら半分手遅れかもしれないけど…。

 

 ただ、今回は自身の脱走癖に感謝するべきなのだろうか。

 

 思えばあの時、業務が一段落してカホと一緒に休憩を挟んでボーっと呆けていた頭に、何の前触れもきっかけもなく浮かび上がったアレの事が浮かんでしまった時点で――

 

 

 ――あんなものを聞かされちゃあ……ねぇ……。

 

 

 

 

        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「ふぃ〜〜……、ようやっと一段落かね、カホ」

 

「そうですね、ニヤ様。全く、魑魅一座の方々は毎度毎度凝りませんね……」

 

「そやねぇ〜。ま、いつものことやし?ほぉっておいてもさしたる問題はないやろうね」

 

「……その代わりか、比べ物にならない程厄介な代物が送りつけられましたが……」

 

 

 机に連なる申請書の山をあらかた捌き切ったと見て、私とカホは同時に深い溜息をついた。

 

 連邦生徒会長だのシャーレの名においてだの、馬鹿の一つ覚えのように権力を傘に着てお祭りなどの行事を邪魔する魑魅一座。

 最早これすら一種の恒例行事のようになっていて、適当にあしらっておけばそれで事足りるのだけど……。

 

 

「本来は百花繚乱の領分だろうに、その百花繚乱がこの有様じゃあねぇ……」

 

 先日、陰陽部に届いた百花繚乱からの正式な解散令の書簡。

 百鬼夜行を取り仕切る立場にある陰陽部としても、正式な要請なのであれば、こちらも手続きを進めざるをえないのだ。

 

 ――本当に、何を考えているのやら……。

 

 そう胸中で独りごちてみても、事態が変わることなどありはしない。

 

 凝った身体を解しながら、頭を空っぽにして煮えそうな頭を休ませていると、カホがくすりと微笑んだ。

 

 

「……だいぶお疲れのようですし、菓子の一つでも持ってきますね」

 

「おお〜気が利くねぇ、カホ。是非ともお願いしたいね」

 

「しばしお待ち下さい。……抜け出したら、分かっていますね?」

 

「にゃはは。それは所謂、フリと言うやつかな?」

 

「ニ ヤ 様 ?」

 

「ごごごごめんって!冗談冗談!」

 

「全く……」 

 

 はぁと呆れた溜息と共に、廊下の奥に消えていくカホの姿を見送る。

 

 人一人にはあまりにも広すぎる空間が静まりかえり、再びリラックスするためにボケーっとし始めようとして、ふと、私の脳はある事を思い出してしまった。

 

 ――百花繚乱といえば、忍術研究部が以前持ち帰ってきたいくつかの資料の中に、USBメモリがあったかな……。

 

 花鳥風月部を名乗る大人の拠点に送り込んだ忍術研究部が持ち帰ってきた成果は、正直に言えば大したものは無かった。

 

 いくつか気になる記述はあったものの、あの大人でさえ、まだクユリについては探り探りの状況らしく、会心の一手となるような情報は得られなかったのだ。

 後は単純に、資料の解読に時間がかかったというのもあるかもしれない。

 

 ――それでも何も進展しないよりマシだし、大雪原の件に至っては、御稜ナグサを発見するっていうお手柄だったんだけどね。

 

 それはそれとして、USBメモリの方はまだ中身を見ることが出来ないでいる。

 

 資料の咀嚼に手間取っている間に、色彩なんてキチガイ存在が襲来して、なんやかんやで後回しになってしまっていたのだ。

 

 とはいえ、中身の見当はあらかたついていた。

 シャーレの先生も同じ物を手に入れ、話に聞くだけでも悪趣味な惨劇が記録されていたという。

 

「……にゃは。良い機会だし、ぱぱっと確認だけしますかね〜」

 

 思い立ったが吉日、善は急げ、あくまで休憩の一環だから……等々心の中でカホに言い訳を連ねながら、ソレが置いてある自身の専用部屋へと向かう。

 

 休憩としてスナッフビデオを視聴するのはトチ狂っているというツッコミが何処からか聞こえてきそうではあるが、体のいい方便なのだから気にしない。

 

 それに花鳥風月部から、いよいよ直接脅迫文も届いているのだ。

 そんな状況で仕事をほっぽりだす程無責任になるつもりもない。

 

 

 がらりと戸を開けて、荘厳な屏風が作り出す雰囲気にそぐわない、無機質なパソコンの前に腰を下ろす。

 

 引き出しから例のメモリを取り出し、挿入口に挿し込みデータを読み込ませる。

 

 しばらくして、聞いていた通りの音声ファイルが一つ表示された。

 

 これが完全に事前知識無しの私であれば多少なりとも躊躇したかもしれないが、今の私は生憎知識があって、時間はない。

 

「さてはて、どんなモノが飛び出してくるのか――」

 

 

 カチリと、再生ボタンを押下する。

 

 パソコンのスピーカーから聞こえてきた音声は、果たして――

 

 

 

 

「――シャーレの先生が言っていた通りの内容やね……。最悪の気分に変わりはないけども……」

 

 

 結果、前提知識と変わりない内容であった。

 

 花鳥風月部の大人と、卑劣なマッチポンプにより退路を塞がれたクユリによる拷問地獄が顕現していた。

 響き渡る悍ましい切断音、このキヴォトスでは無縁のはずの、耳を塞ぎたくなるような悲鳴に、それを愉しむ大人の声。

 

 身構えていても危うく胃の中のものを吐き出しそうになったのだから、あの心優しい先生なら尚更だろう。

 

 ――間違ってもカホに聞かせないでよかったかな、コレは。

 

 結果論にはなるけれども、こうして一人で密かに聞いていて良かったと思う。

 カホにこれ以上、余計な心労をかけるわけにはいかないからね。

 

 

 何にせよ、新しい情報も無さそうと判断し、肩をすくめてファイルを閉じようとすると、まだ動画のシークバーには幾ばくかの余白が残っていた。

 

 おや?とは思いつつも、ここまで聞いたのだから後腐れなく聞き切ってやろう。そして、こんな呪物は焼却処分……とまではいかずとも永久封印にしようと考えながら待機している私の耳に飛び込んできたのは――

 

 

 

『――お疲れ様でした、クユリさん。無事……とは違うかもしれませんが、終わりましたよ』

 

『ヒュッ……はぁッ、はぁ……あ、終わり……ましたぁ?』

 

『えぇ。貴方の要望にかなったかは分かりませんがね』

 

『ふぅ……あはっ、名演技、でしたよぉ……』

 

 

 

「――――――は?」

 

 何を、言っている?

 

 

『私が言えたことではありませんが、貴方は正気とは思えませんね。自ら左腕を切り取ってほしいなどと……。止血しますよ』

 

『それくらいしないと、先生を嵌められないでしょう?それにそっちはサンプルも手に入る。Win-Winじゃないですか』

 

『ククッ!私は純粋に貴方を心配しているのですよ?』

 

 

 ――何だ……?この気の知れた仲間内でのやり取りのような会話は……。

 

 いや、まさか本当に………?

 

 

『先生を騙し……百鬼夜行を騙し……行き着くのは貴方の愛する姉の涙。別に否定するわけではありませんが、ここまでの執着の源は何なのでしょうね?』

 

『ん~……満たされるから?ですかね。何がと言われると、私にも分かりませんけど……』

 

 

 茶番だと、これまでの全てはただの茶番劇だったのだと。

 

 私は掌の上で、無様に踊らされていただけなのだと言うつもりなのか。

 

 

『まぁ、取り敢えず……こんな無茶振りを引き受けてくれた事には感謝してます。役者さんかと思いましたもん』

 

『確かに、無茶振りといえば無茶振りですね。唐突に頼まれた時は流石に驚きましたよ―――

 

 

 

 

 ――架空の花鳥風月部の大人を演じて欲しい、などと』

 

 

 シークバーが止まり、動画の終了を知らせる表示が画面に虚しく点滅する。

 

 耳鳴りのする静寂の中で、最後の一言だけが只管に反芻される。  

 

 いつか、私の中で芽吹いた疑念の種は、確たる水を得て萌芽し、真っ黒な華を咲かせた。

 

 

「…………ははっ………」

 

 種に吸われたせいか、反比例するかのように乾いた喉からは、痙攣した空虚の塊。

 

 ミシリと手中の扇子が悲鳴を上げる。

 

 次いで紡がれた言の葉は、

 

 

「――やってくれたねぇ……御稜クユリぃ………!」

 

 

 醜い怨呪の波動となって、扇子の骨を容易く圧し折った。

 

 

 

 

        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 そうして今に至るわけだが……私の思考は最早一つの事のみを映していた。

 

 

 御稜クユリを始末する。

 

 ただ、これだけの事。

 

 大雪原での一件も考慮すると、既にあの時から、クユリの策略は始まっていたのだろう。

 黄昏の呪いをその身に受けたのもわざと。そして恐らく、黄昏について興味のある大人を利用したのは、あくまで彼女の過程に過ぎない。

 

 本命は、姉の御稜ナグサを、百花繚乱を……そして、ひいては百鬼夜行を陥れることなのだろう。

 

 仮に姉だけが目的だったとしても、その過程で後者が巻き込まれることは必至。

 

 そう考えれば、今の百花繚乱の惨状も、御稜ナグサの突然の失踪の理由にもある程度は見当がつく。

 

 花鳥風月部との繋がりも否定は出来ない。

 あの音声データが、花鳥風月部とは無関係であると誘導するものである可能性も残っている。

 

 ……いずれにせよ、彼女はあまりにも危険な存在なのは変わらない。

 

 百鬼夜行を護る立場の私にとって、御稜クユリとは明確な敵なのだから。

 

 決して、個人的な怨讐が含まれていないといえば嘘にはなるが……。

 

 

「……部長〜、こっち向いて」

 

「……ん〜?どうしたの、チセ」

 

 底なし沼のような思考が、無理矢理両頬が挟まれたことによって一時引き上げられる。

 

 何も知らない、純粋無垢な瞳が私を射抜く。

 

 

「悩み事、有るなら、頼ること。独りは辛いだけだよ〜」

 

 

 ここで引き返していれば、思いとどまっていれば、何かが違ったのかもしれない。

 

 優しく、包み込むような淡い光は――

 

 

「……にゃは、大丈夫だよ〜チセ。ニヤちゃん、ちょっとお仕事のしすぎで疲れちゃっただけだから」

 

 余さず私の闇に呑み込まれていった。

 

 

 ここからは、私一人の戦いだ。

 

 

 カホやチセ、忍術研究部を、これ以上穢れた存在に関わらせるわけにはいかない。

 

 百花繚乱は、この証拠を見せたとて信じやしないだろう。

 

 先生は……あの人は、あらゆる生徒の味方だ。

 例えどんな巨悪であろうとも、生徒であるならば……少なくとも、私の考えには乗らないだろう。

 

 むしろ、泳がせておいたほうが都合がいいかもしれない。

 今は、まだ……。

 

 

 クユリは恐らく、近い内にまた、この百鬼夜行に姿を現すはず。

 彼女の欲望を満たすために。

 

 仕留めるとしたら、そこしかない。

 

 そのためなら、百花繚乱も先生も、利用するのに躊躇いはない。

 

 蔑まれようと、罵られようと構わない。

 

 私は、愛する百鬼夜行を護らねばならないのだから。

 

 

 

 

 

 

「先生、大変ご足労をおかけしまして〜。こうしてまたお会いできて嬉しいです、にゃは」

 

「ようこそ、陰陽部へ」

 

「やっほー先生」

 

“みんな、久しぶりだね。”

 

 

 だから今は、偽りを踊ってみせようじゃないか。

 

 全てに決着と終息をもたらす、その時まで。

 

 

 ――絶対に逃がしませんからね……御稜クユリ、さん。

 

 

 

 

 

 




ブルアカ名物!トップは独りで突っ走りがち!

あ〜あ、自業自得だよクユリちゃん?罪は清算しないとね?


こんな話を書いてる作者が一番鬼畜なんじゃないかと、我に返ってしまいました……。
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