自称「平凡だけど、どこか神秘的で儚げな……ただの百鬼夜行の一生徒」の妹による曇らせツアー   作:藍終

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先生側が陰陽部と再会し、そこから何やかんやしている(大体は原作通りですが、次話描写予定)裏で、壊れかけたお人形の物語が綴られます。

 皆さんお待ちかね?のナグサちゃんや、あの御方も……。

最初の視点は????です。


揺蕩う境

 

 ポチャリ、と静を揺らす波紋。

 

 

 永く凪を保っていた水面は、分子に伝わる衝撃に身を委ね、力が途切れ消えるまで揺らぎを波及させてゆく。

 

 軈て、其れは静に呑み込まれて、先と何ら変わらぬ水鏡へと回帰する。

 

 まるで、不変に一石を投じようとも――今しがた投じたのは溜まった屑であったが――一時の趨勢に過ぎない事を暗示しているようにも捉えられる。

 

 人は変化を望み、又不変を望む。

 

 欲望は、現の己に無いものを求め続けることで果てを無くす。

 求める二物が背反するものであったのならば、輪廻の如く取と捨を繰り返す無間地獄を成すであろう。

 

 そうして、人は不変を求めて変化の歴史を紡いできた。

 

 ただ、其の果てなき動も、この波紋の様に、広大な水面に落ちた一雫による矮小なものでしかないのだろうか。

 

 

「……いかぬな、永きを生きた者は俯瞰の目になる傾向にある。妾も其の波の一部でしかないというのにな」

 

 現し世の生命に比べて遥かな時を重ねただけで、神にでもなったつもりなのか。

 

 不変に身をおいているからと……いや、そもそも不変の定義を如何にするかによって、解釈は如何様にも変化する。

 

 例えば、この空間は不変であろうか。

 

 幾星霜、幾星霜経とうとも、決して沈みもしなければ昇りもしない黄昏の空。

 生命の息吹も微風すらない、宙を映すだけの凪いだ水面。

 腐る気配も見せない、『黄昏』の銘を冠した鳥居。

 

 まぁ、此等はあくまで、黄昏という銘から生み出された、謂わば虚像。

 移ろう噂と同じく、万人の印象が変化すれば、如何様にも景観を変えようが……本質は何も変わらぬ。

 

 これらのみを空間と称するならば、確かに不変と言えようか。

 

 

 然し生憎と、妾という個がこの空間の主である限り……そして、妾が一つの生命として存在し続ける限りは、其れは決して叶わぬことであろうな。

 

 妾が煙管の屑を放れば水面は忽ち歪曲し、煙をくゆらせてみれば、固まった空気に流れが生じる。

 

 妾という存在が崩壊せずにいられるのは、ひとえに変化の賜物なのだ。

 

 其れに、妾が何をせずとも、此処には勝手に変化が到来してくるしの。

 

 例えば、このように――

 

 

「呵々、久しい来客に些か感傷的になっているようじゃ。今世紀に入って、其方は三人目。招かれざる客ではあるが……妾は歓迎しよう―――

 

 

 

 ――御稜クユリとやら」

 

 

 水面に揺らぎを齎す異物が、偶々迷い込んでくるのだから。

 

 上座からの視界でも一目で分かった。

 

 “彼女”がよく話に出していた、現百花繚乱の副委員長――御稜ナグサと血を分けた妹。

 

 姉と比較して、身長の低さ以外には特筆すべき差異も見られない、正に姉妹といった容姿を持つ彼女が如何にして此処を訪れたのか。

 

 此処を訪れる者は、決まって歴代の百花繚乱の委員長である。

 

 妾が適する者を招き、形式的ではあるものの、委員長としての資格を授けるといったもの。

 其の資格――『百蓮』を扱えて初めて、百花繚乱は正式に成立する。

 

 なればこそ、百花繚乱の一部員でしかない彼女が此処に……ひいては妾に何用があるのだろうか。

 

 妾とてそう安々と外界を覗ける訳では無い故、皆目見当もつかん。

 

 色彩がキヴォトスを発見したという一大事でさえ、トリニティの小狐が夢を介して妾と接触しなければ知り得なかったであろう。

 

 して、彼女の反応は如何に――

 

 

「――たは、――か……――ノ―!?――して……」

 

 

 彼女はひどく驚いた様子で、ぶつ切りのノイズがかった声を吐き出した。

 

 どうやら、彼女は望んで此処を訪れたわけではないらしい。

 大方、あの小狐のように夢を介して、偶々迷い込んでしまっただけのようだ。

 

 然し、予知夢という特性を本質の一部にしている小狐とは違ってただの夢を介した影響か、上手くこの世界と同期出来ていない弊害として、言葉の不明瞭という現象が起きている。

 

 ただ、其れをさておいても……まだ疑問は残る。

 

 

「其方……現し世で一体何を為した?」

 

 この世界――正しくは魑魅魍魎の跋扈する黄昏と現世の境に足を踏み入れるには、相応の条件が揃っていなければならない。

 

 一つは、妾から招き入れる場合。

 

 二つは、あの小狐のように、特異な性質を持つ者が偶々干渉してくる少々例外的な場合。

 

 そして、或いは……“彼女”と同じように――

 

 

「……待ちやれ。其方、黄昏に触れたな?」

 

 存在が百物語に近づき、本質の境界が曖昧になった者の場合。

 思い返せば、色彩に触れた小狐も同様の状態だった。

 

 そも、色彩と黄昏は本質的なところは同じ概念的存在。

 どちらも触れた者の肉体を歪め、性質を……神秘を反転させる。

 

 違うとすれば、色彩は能動的に行動するのに対し、黄昏はあくまで書庫のような……基本的には不動の保管所であることくらいか。

 

 百鬼夜行の宿敵、花鳥風月部はその性質を利用し、対象の堕落を誘い自ら黄昏へと堕ちていくよう仕向けているが……言い換えれば、其れ以外では黄昏に触れることは無いと言えよう。

 

 

「もしや、其方も彼奴らに堕とされたクチかの?……否、なればこの“門”から出てくる筈じゃから……」

 

 妾が腰掛けるこの鳥居。

 これは黄昏との境界を果たし、歪み捻くれ、忘却の彼方で怨念を放つ魑魅魍魎を隔てている。

 

 クユリとやらが百物語に堕ちたのなら、其処から這い上がって来たのかと納得もしようが……。

 

 いや、彼是考えるのも無駄か。

 

 どうやら、あちらにも妾の声は届いていないようであるし……。

 

 

「……こうするのが手っ取り早く済むかの。失礼するぞ」

 

「え――ち―――な―を……」

 

 鳥居から降り、一歩踏み出せば彼我の距離は忽ち圧縮される。

 

 困惑気味の彼女の額に徐ろに手を当て、御稜クユリに刻まれた記憶の水底に意識を沈める。

 

 深く、深く―――

 

 

 

 

 『ここが百鬼夜行連合学院かぁ……!楽しみだなぁ』

 

 ――ふむ、百鬼夜行の生徒として時を過ごす期待に胸を膨らませる…至って平凡な奴じゃな……。

 

 姉の御稜ナグサを相当好いているらしく、彼女と同じ部活動に即断即決で入りおる。

 

 百花繚乱としての厳しい鍛錬の数々にも耐え抜き、その過程で様々な交友関係を築いてゆく……。

 正に青春とはこの事を言うのかもしれぬが……。

 

 

 ――もっと深く潜る必要があるな。深層心理に土足で踏み込むのは褒められた行為でないが、仕方あるまい。

 

 

 ゴポリと、粘性を増した水底へと身を沈めていく。

 

 人としての防衛本能が妾を拒んでいる故、理解できる現象ではあるが……それにしても、やけに“黒い”。

 

 “暗い”ではなく、“黒い”のだ。

 

 僅かでも光の形跡が在るならば、どんな暗闇でも其れは“暗い”。

 然し、クユリの深層心理に近づくにつれ、真っ黒な虚無の断片が比例して増えてゆく。

 

 躊躇はした……が、ここまで踏み込んだなら知らぬが仏よりも、知らぬは罪であろう。

 

 虚無の断片をいくつか集め、その中身を除けば――

 

『あははっ!やっぱり……お姉ちゃんの涙は最高だなぁ……』

 

『ねぇねぇ、見て見て!私の左腕、こんなになっちゃった!』

 

 

 ――ふむ?これは所謂、気狂いというやつであろうか?

 

 浮かび上がる映像は、どれも自らの姉を精神的に追い詰めるような行動ばかり。

 其の為なら四肢の欠損など厭わない様子で……。

 

 彼女は深層心理では、姉を嫌っていたのか?

 

 仮にそうだとしても、表層心理とのちぐはぐさは凄まじいものになる……。

 

 いや、違うな。

 

 恐らく、彼女が姉のことを好いているのは間違いない。

 

 

 ――となれば、更に深く潜るしかあるまいて。

 

 虚無の断片は更に奥底、一切の光を反射しない深淵から溢れ出してきている。

 この先は下手をすれば、妾の精神が侵食されてしまう領域。

 

 本来、百花繚乱とはいえ見ず知らずの珍入者如きにここまでする義理もないのじゃが……大預言者としての直感が、何かを騒ぎ立てている気がしてならない。

 

 何時でも離脱が可能なまま、最深部へと身を委ねる。

 

 暫くして、上下の区別もままならない虚無の空間に、光を反射するナニカが表出し始めた。

 

 

 ――此れは……根、じゃな…。

 

 気づけば、見渡す限り細く捻くれた無数の根が、樹海のように垂れ下がっていた。

 

 枝分かれした根の内、揺り籠のように囲まれた断片も散見される。

 

 この空間と同期が始まってきた影響か、手を伸ばさずとも映像が流れ込んでくる。

 

 

『ねぇ……なんで無視するの?もっと、頑張らなきゃ駄目なのかな……』

 

『見て見て、お父さん!期末テスト、ほとんどが満点だったよ!だから……』

 

『あの……お母さん?一応、今度学園祭があるんだけど……。うん、わかってた』

 

 

 ――何と数奇な運命を辿ってきたのか……。

 

 まさか、転生とはな……。しかも、天の気まぐれに弄ばれた魂は不運にも“欠けている”ときたか……。

 

 一般に想像されがちな、肉体的虐待ではないにしろ……いや、ある意味ではより悪質な精神的虐待であろうか。

 

 何せ、人が人らしくある為の……認知と愛を与えられぬまま中途半端に成長していくのだから。

 

 此れはもしや、この者の姉に対する歪んだ行為と情熱は――

 

『何だ…最初からこうすれば良かったのか。俺/私が傷つけば、ちゃんと見てくれる……!』

 

 

 ――嗚呼、やはり、最初に覚えた方法が……卵から生まれた雛鳥に刷り込まれたやり方が、歪んでいたのだ。

 

 たとえ、その一時に過ぎずとも……たとえ向けられた視線が、保身のための虚構に塗れた偽りの愛から成っていても、彼女は欲しかったのかもしれぬ。

 

 故に、其れ以外の純粋な愛情を向けられるだけでは、満たされなくなってしまった。

 

 ……否、其れが愛である事を本能から理解することが出来なくなってしまったのか。

 

 その行為が、その欲望が行き着く先には、求めるものから何より遠ざかる道しか無いというのに。

 

 

 気づけば根の樹海の密度も増し、まるで一つの巨大な種子のような物体が鎮座する空間に達した。

 

 どうやらここが真の最深部らしく、久しく地に足が着く感覚が伝わり一息をつく。

 

 此処が彼女の――御稜クユリの本心となる部分であろう。

 

 然し、いくら深層心理といえども、ここまであからさまに外部からの介入を拒む様な本心のカタチは初めてじゃな。

 

 辿り着くまでが堅牢という事例は多く、その場合は寧ろ本心は開けっぴろげになっているもの。

 

 何か、人為的な……御稜クユリ本人以外の干渉を受けているような、そんな気さえする様相で――

 

 

『―――しい……』

 

 

 ――ん?種子から声が漏れておるな……。

 

 微かに……然し確かに、反響した声が種子の殻を震わせている。

 

 妾もこれ以上の長居は出来ぬ。彼女の本音とやらを覗いて帰還することにしよう。

 

 僅かな興味が身体を動かし、種子に耳を添わせる。

 

 

『―――しいよ……』

 

 もう少し…。大方予想はつくが、確たる言葉を聞かねば――

 

『私は―――

 

 

 

 

 

 

 ―――オカシイトオモッタラ……ナニシテルノ?』

 

 

 背後、身の毛もよだつ悍ましい気配を知覚した瞬間には手遅れで……。

 

 

 心の臓を喰い散らかし、胸骨を突き破って深紅を散らした漆黒の百合が――

 

 

 

「―――ッ!随分と手荒なお迎えじゃの……!」

 

 現実に意識を引き戻し、素早く距離を取る。

 

 喰い破られた感覚がじんわりと残る胸部を無意識にさすりながら彼女を見やれば……、まるで別人、色も気配も対極の存在が其処に立っていた。

 

 いくら夢を介していて、容姿の変化は可能と言えども、元の容姿の面影を残さずにここまでの変貌は不可能。

 

 一瞬、二重人格かとも考えた……が、此奴はそんな生易しいものではない。

 

 全く別の存在……然し、妾が飽きるほど肌身に感じてきたこの世ならざる者特有の気配。

 

 

「セッカクノジョウモノナノ二……ジャマシナイデホシイナァ」

 

「お主……ただの神秘……というわけではあるまい。まるで、寄生蟲のような奴じゃな」

 

 

 先ほど燻った違和感。御稜クユリの心に深く根ざす異物の正体はどうやら此奴らしい。

 

 だがどのようにして……怪異は滅多な事が無い限り、生命力溢れる魂に干渉は出来ぬ筈。

 

 否、彼女は触れたではないか。

 

 いとも容易に人を、世界を陥れる荒ぶる“物語”の巣窟である、黄昏に。

 

 加えて、彼女の行動理念は愛による飢餓からくるもの。

 

 其れが“物語”を呼び寄せてしまったとするなら、此奴は――

 

 

「花言葉――黒百合じゃな?」

 

「アラアラ……サスガハ“キュウビ”サマ、トイッタトコロダネ」

 

 辛うじて人のカタチを保った影は、踊るようにその身を捩らせる。

 

 

「コノコ……ホントウニカワイイノヨ?タベチャイタイクライ」

 

「……今まさに、喰らおうとしておろうに……。随分と厄介な奴を引きおったのぉ……」

 

 元から持っていた神秘の性質が無関係……という訳では無いのじゃろうが、あまりにも呼び寄せた奴との親和性が高かったのかもしれぬ。

 

 

「フフ……ソレニネェ……。アら、ソロソロこの子が起きる時間ネ」

 

 徐々に、本来の御稜クユリの姿へと戻ってゆくと同時に薄れてゆく身体。

 

 

「分かってると思うケド、強引な手はオススメしないからネェ。まぁ、もう助からないトコロまで来ちゃってるケドね……フフフフッ……」

 

「百も承知よ……。じゃが、あまり妾を舐めるでないぞ」

 

「マァ怖い怖い。それじゃあねぇ……」

 

 

 余裕綽々といった笑みを浮かべながら揺らぎ消えていくその姿は、因縁のあの女郎蜘蛛女のようだった。

 

 

 

 蝋燭の灯火が吹き消され、再び静の空間が訪れる。

 

 

「ふぅ……退屈の慰みにとでも構えておったが、思えば今代は面妖な事ばかりが起きておったな……」

 

 煙管から立ち昇る白煙の先を見据えながら思い馳せる。

 

 そう、今この瞬間でさえ……ここ数百年では稀な事象が起きているのだから。

 

 

「……のぅ、其方もそう思わぬか?今代の百花繚乱紛争調停委員会の委員長よ」

 

 

 火の玉、そう形容するに相応しい物体が居心地悪そうに漂っている。

 

 いつの日か、黄昏に堕ちたはずの今代の委員長、七稜アヤメ。

 その残留思念と言ったほうが正確かの。

 

 まぁ、残留思念として残っている程、彼女の芯は強かった……或いは心残りがあったのかもしれぬが。

 

 

「■■■■様、■■■は……■■■は■■■■■■■■■か?」

 

「無理じゃな。心を覗いたが……あそこ迄侵食されておるとなると、分離施術は不可能じゃ。仮にトリニティの小狐のように本質を切り離したところで、彼女の心は名実ともに死ぬだけじゃろうな」

 

 あの寄生蟲を強引に引っ剥がそうものなら、救うべき心の臓まで抉り取ってしまう。

 

 それほど彼女の行動理念と黒百合の性質は結びつきが強いのだ。

 

 

「彼女の記憶にあった事じゃが……そも、其方があ奴らに負けなければ、この様な事態は起こり得なかった筈ではないかえ?」

 

「………■■……■■■■■す。■■■■一切■■■■ん……。私■、心■■■強■■■■■■……」

 

「呵々、ちと戯れが過ぎたかの。許せ、妾も少しばかり気が立っておるようでな」

 

 

 ますます小さくなってしまった火の玉に苦笑しつつ、話の流れを修正する。

 

 

「然し……万策尽きておるわけではない。不可能なのは、妾のみで対処できるかという事じゃ」

 

「■■■■■!良■■■――」

 

「案ずるには早い。心というものは実に複雑怪奇極まる概念じゃ……。他人は勿論、本人でさえ制御が効かぬじゃじゃ馬という事は其方が身を以て知っておろう?」

 

「……■■」

 

「御稜クユリは、歪んだ方位磁針しか知らぬ迷い子じゃ。其れを正せるのは、かの者に最も近く……且つかの者を構成する心象の大部分を占める者――噛み砕けば、最も愛する者しか有り得んのじゃ」

 

「ナグサ……!」

 

 人魂が激しく明滅し、こちらの脳を震わせる程の思念を放つ。

 やはり、御稜ナグサのことが終始気懸かりであるのじゃろうな。

 居ても立ってもいられぬという感情が丸見えで、どこか可愛らしくもある。

 

 

「是。故に妾は導きを授けることは出来ようとも、結局は御稜ナグサにかかっておる。下手をすれば世界の均衡に歪みが生じる故、妾も最大限の助力はしようが……」

 

 突き詰めれば、此れは当人等の問題であるし、御稜クユリに至っては自業自得の面もある。

 

 其れも相まって、妾から介入するつもりはない。

 

 本来なら相見えるはずのない存在同士、花鳥風月部のように徒に接触点を作るべきではないのだから。

 

 

「じゃが……御稜ナグサが、御稜クユリという存在を真に理解し、その上で漕ぎ手を求めるというのなら――」

 

 

 薫の薄れた煙管を軽く小突く。

 

 

 葛の葉は再び、凪いだ世界に揺らぎを齎した。

 

 

 

「妾を……百鬼夜行の大預言者、クズノハを訪ねてくりゃれ」

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵

 

 

 

 どれだけ歩いた?

 

 どれだけ時が経った?

  

 分かっても分からなくても、関係ない。

 

 全部、終わってしまったのだから。

 

 ――そう自暴自棄に……いや、棄てる自分すらも無いまま彷徨って行き着く先は……。

 

 

「懐かしいね……もう、そんな時期か」

 

 傲慢にも、かつて捨てた筈の居場所。

 

 日も傾き、程よく薄暗い空模様を数多の提灯が彩っている。

 お祭りの学園と称される百鬼夜行連合学院、大きな催し事にはトラブルも付きもので、それらの対処を一任されていたのが百花繚乱だった。

 

 祭りの雰囲気に当てられて騒ぎ散らかす人を静めたり、恒例行事の如く湧いてくる魑魅一座を撃退したり……。

 

 一段落したら、みんなで屋台をまわって、他愛もない会話を交えながらお祭りの一部になった。

 

 焼き鳥の食べ過ぎを咎めるクユリと、調子に乗ってからかってくるアヤメ。

 有り余る元気のままに全力でお祭りを謳歌するレンゲとユカリ……そして、それを呆れながらも優しく見守るキキョウ。

 

 何気ない、でもかけがえのないあの日常。

 

 その全てを、私は自ら捨てたというのに……。

 

 

「……どうして、私は泣いているんだろうね……」

 

 泣く資格など有りはしない。

 

 悲劇のヒロイン面をするには、私は罪を犯しすぎた。

 

 分かっている、判っているし解っているつもりなのに。

 

 こうして未練がましくしがみついているのは、何も記憶の回顧にとどまらない。

 

 

「委員長の責任から……百花繚乱から……クユリから逃げ出したはずなのに……」

 

 鉛のように全身を縛り付けるソレをきつく握り込む。

 

 未だ肩から下ろすことが出来ていない、百花繚乱の羽織。

 

 滑らかな薄手の生地には、あの日の鮮血の染みが薄っすらと……しかし確かに残っている。

 

 まるで逃げる私を責め立て、罪の底へと引きずり込むように。

 

 

「アヤメなら……こんな結末にはならなかったのかな……」

 

 今となってはただの、“コスプレ”に過ぎないはずの羽織が――

 

 

 

        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 あの日、真っ赤な空の中、私の最愛の妹は真っ黒なナニカに呑み込まれてしまった。

 

 私が……他の誰でもない私が、その結果をもたらしたのだと、理解するには私の心は弱すぎた。

 

 幼馴染も……妹も失ってなお、一度は自らに向けた銃口が、ついぞ火を吹くことはなかった。

 

 世間には、ゾンビという生ける屍を題材にした作品が普及しているらしいけれど、今の私はまさしくそれだった。

 

 恐らく、確固たる意志を持っていられたのは、藁にもすがるような気持ちで“黄昏の寺院”を探していた時くらい。

 

 己が『百蓮』を持っているから。ただそれだけの理由に縋り付いて、広大な銀世界を彷徨った果てに突きつけられたのは――

 

 

「……所詮は都合の良いまやかしだった。なんて、滑稽で惨めな私にはお似合いかな」

 

 あったかと問われれば、確かに在った。

 

 寺院としての機能など微塵も残っていないほど、徹底的に破壊された状態で。

 

 風化による自然倒壊という話ではなく、人為的に、確実な破壊の意思によって骸と化した木材がそこかしこに散乱する有様だった。

 

 少なくない落胆、そして驚くほど簡単につく諦め。

 

 形骸化した寺院の残骸は私の中途半端な希望を跡形もなく踏み潰してくれた。

 

 そうしてついに当てもなく彷徨い続けていた、またある日……気づけばあんなに赤く染まっていたはずの空が、澄んだ青を取り戻していた日のこと。

 

 一切の思考を止め、潜在的本能が剥き出しになっている状態だったからか……。

 

 好き好んで立ち入る者は少ないこの地を、自分以外の何者かが踏みしめる音を耳にしたと同時に、私は引き鉄を絞った。

 

 澄んだ空気を震わせる銃声が僅かな耳鳴りとともに消えると、撃った方向から……こう言っては失礼かもしれないけど、間の抜けた奇声が飛んできた。

 

 

「う、うにゃああぁっ!?な、何!?敵!?」

 

「い、いえ……これはただの銃声……!」

 

 大仰に飛び跳ねるものだから、林の影越しからでも姿ははっきりと確認できた。

 

 怪異の類ではなく、同じ百鬼夜行の生徒……かといって花鳥風月部でもなさそう。

 

 少なくとも害意や悪意のある存在ではないと判断した私は、非礼を詫びるべくその集団の前に出ていった。

 

 

「……敵じゃなかったんだ。ごめんね」

 

「んにゃっ……!人に銃口を向けておいて、ごめんで済ませるつもり!?」

 

 鼠色の忍者風少女がそう反駁してくる。

 

 それは御尤もなのだけど、こちらにも一応事情があるといえばあるし……。でも、赤の他人に話していい事ではないし……。

 

 どうしたものか、と口をもごらせていると、その少女等はふと我に返ったようにポカンと口を開けた。

 

 

「……って、あれ?」

 

「何奴……!?」

 

 何奴、とはこれまた古風な言い回しをするものだなぁと頭の片隅でぼやきながらもこちらも同様に問いを返す。

 

 名を知りたくば、己から……とも聞いたことがある。

 この際名前は聞けずとも、せめてこんな辺境を訪れた理由くらいは聞いておきたかった。

 

 

「そういうあなた達は……?百鬼夜行の生徒に見えるけど……ここに一体何の用?」

 

「わ、私たちは……」

 

「イズナ達は、百花繚乱の委員長に用があり、“黄昏の寺院”を探しております!ニンニン!」

 

「はい……そう、です。シャーレの先生の、お願いで……」

 

「……そうなんだ」

 

 聞き覚えのある単語が続々と出てきて、私の中でひとまずの仮説が出来上がりつつあった。

 

 つまるところ、彼女達は少し前の私と同じような目的なのかもしれない。

 確かにアヤメが失踪してから随分経つし、私も……百鬼夜行に、少なくとも人目につく場所には帰っていない。

 

 事態の把握と解決のために、ついに捜索隊が派遣されたといったところか。

 

 さて、となると私はどうするべきなのだろう。

 

 彼女等の目的はあくまで委員長と黄昏の寺院。

 

 ただ、ついでの感覚で身柄の確保に動かれる可能性もなくはない。

 今、百鬼夜行に連れ戻されるのは……まことに勝手ながら抵抗感を抱いてしまう。

 

 ――幸い、私が百花繚乱だということには気がついていないようだし……。

 

 どうやってこの場を切り抜けるか、様子を窺いながら思案していると――

 

 

「ああっ!!思い出した!」

 

「ぶ、部長……?」

 

 電流でも走ったように飛び上がった鼠色の少女は、勢いよく私を指差した。

 

 

「その格好……見覚えがあるよ!!百花繚乱の制服だよね?そうでしょ!?」

 

「ええっ!百花繚乱……!?」

 

「それでは……あなたが……?」

 

 勘のいいガキは嫌いだよ。いつかクユリが使っていたフレーズがぴったりの心境だった。

 

 しかし焦って口を開けば墓穴を掘りかねない気しかしなかった私は、見えない冷や汗を流しながら事の流れを見極めるしか無かった。

 

 

「いや、待って……あなた、百花繚乱の委員長だったアヤメじゃないよね?あの子、クールっていうより、どっちかっていうとキラキラした陽キャっぽい感じだったし」

 

 ――確かに、間違ってはいない。アヤメの時として見せる奔放さには私もよく振り回されたものだ。

 

 

「……あっ、でも逆に副委員長は陰キャっぽかったかも?二人セットで陰と陽みたいな!」

 

 ――黙っていれば好き勝手言ってくれるものだね……。

 微かに残ったくだらないプライドをちくちく刺激される不快感に、私は目元をひくつかせながら耐えるしかなかった。

 

 

「副委員長、ですか?」

 

「それでは……あなたが百花繚乱の、副委員長なのでしょうか……?」

 

 

「ううん、違うよ」

 

 驚くほどあっさりと口から吐いて出た否定。

 

 理由なんて、考えるまでもない。

 

 アヤメも救えず、クユリも救えず……必死にこんな私を受け入れようとしたキキョウの連絡さえ蹴り倒した私が、百花繚乱の副委員長で良いはずが……。

 

 

「……ええっ、うっそ!?」

 

「違うってば。人の話を聞いてよ」

 

「いやいや待ってよ!その格好は百花繚乱だけが袖を通せる制服でしょ!?じゃあ、いったいどこで手に入れたの?」

 

 どうやら、副委員長である事を否定したつもりが、百花繚乱である事を否定したと受け取られてしまったようだった。

 

 ――でも、それもちょうどいいかもしれないかな……。

 

 百花繚乱であり続けること自体、今の私には驕り高い行為なのだと、天が伝えているのだろう。

 

 今の私が着ているこの羽織は、まさに――

 

 

「これは……コスプレ」

 

 第三者からしたら苦し紛れに過ぎない理由。

 

 それでも、コスプレをしているからという逃げ道に、私の心は幾分か軽くなってしまっていた。

 

 

「なるほど、そうだったのですね……!すみません、人違いで――」

 

「いやいやいや!そんな都合の良い偶然、あるわけないでしょ!?」

 

「ううん、あるよ。コスプレイヤーは奇跡の一枚のためなら、百鬼夜行の大雪原だろうと、アビドスの大砂漠だろうと、オデュッセイアの大海洋だろうと、ロケに行くもの」

 

 よくもまあ、つらつらと思ってもいない言い訳が流れ出るものだと、私でもびっくりする。

 

 三人組の中の、割と純粋そうな二人はそんな言い訳を鵜呑みにしそうだったけど。

 

 

「お、おお……コスプレイヤーの鑑ですね!」

 

「す、すごいです……!」

 

「そ、そういうことなら……じゃなくて!あなた、カメラも何も持ってないじゃない!」

 

「それは……カメラはなくてもいいの。本当に大切な思い出は、心のカメラで撮影しているから」

 

「いや……コスプレなんだから心のカメラじゃ自分の姿撮れなくない?もしかして……適当なこと言ってたりするんじゃ……?」

 

 

 流石に潮時のようだった。自分でも言ってて苦しいなとは思ってはいたものの、引く機会を逃してしまった結果がこれ。

 

 ここでの沈黙は肯定と同義。気まずい雰囲気を察してか、純粋よりの二人がフォローに入ってくれる始末だった。

 

 

「ぶ、部長!きっと、彼女にも何か事情があるのだと思います!」

 

「私はいいと思いますよ……衣装を着る、だけでも気持ちが変わったりしますし……」

 

「あ、いや、別に傷つけるつもりじゃ……。その、カメラがない事が気になっちゃっただけで……持ってないなら貸そうかな〜なんて……なんか、ごめん……」

 

 

 惨めも滑稽もここに極まれり。

 

 どう足掻いても挽回は出来ないと察した私は、少し間を取って呼吸を整えた後、成るように成れとヤケになってしまった。

 

 

「……私は御稜ナグサ。百花繚乱の副委員長――今は事情があって、一人でここにいるの」

 

「やっぱり百花繚乱だったんじゃん!!」

 

 鋭い突っ込みが入るのを無視して、早くこの場を離れたい一心で言葉を紡ぐ。

 

 

「あなた達の事情は分かった。でも、無駄だから帰って」

 

「ど、どうしてですか……!?」

 

「黄昏の寺院は、破壊されてから随分と経つの。今はもう、雪に埋もれてしまってるんじゃないかな」

 

 実際は、それほど日数が経過したわけではないけれど、絶えず雪の降るこの地であのまま放置されれば、遅かれ早かれそうなるに違いない。

 

 

「……そ、そんな」

 

「じゃあ、委員長を探す方法は――」

 

「無いよ。だから帰って。……あと、ここで私と会ったことは誰にも言わないで欲しい」

 

 ――そんなものがあるなら、私が知りたいくらい。

 

 隙を見せれば、すぐにでも欠けた日常が溢れ出してきて、私の胸をぐちゃぐちゃにしていく。

 

 目頭が熱くなるのを必死に抑えていた私の形相にただならぬものを感じたらしい彼女等は一瞬怯みを見せる。

 

 しかし、あちらも簡単には引き下がれない理由を示してきた。

 

 

「で、ですが、私たちはシャーレの要請で……」

 

「シャーレ……名前を聞いたことはあるけど……」

 

 連邦捜査部S.C.H.A.L.E――“先生”という大人が連邦生徒会長から付与された権限のもと、生徒間の些事から学園間の政治問題まで、幅広く介入……もとい解決が可能な超法規的機関。

 

 アビドスの借金問題に助力したり、エデン条約の設立に大いに貢献したりと輝かしい功績がある一方で……。

 

 生徒の足を舐めたりだとか、生徒の頭の匂いを嗅いだりだとか、生徒からの好意には鈍感なくせにぐいぐい距離を縮めてくるだとか……。

 

 様々な噂と評判が飛び交うシャーレという組織……というより先生らしいけど、この子たちの様子からして、きっと悪い大人ではないのだろう。多分……。

 

 大人、その言葉だけで、私の心はひどく軋んでしまう。

 

 私がもっとしっかりしていれば、クユリは惨い辱めを受けなくて済んだのに。

 それでも、その大人がいなければクユリはもっと早くに死んでしまっていた。

 

 もし本当に、あらゆる生徒の味方なのなら……なんでクユリを助けてくれなかったのか。

 

 

 自らの罪を棚に上げた、行き場のない八つ当たりな怒りは、先生という存在を偏った目で捉えるのには十分だった。

 

 

「なんで……今更……」

 

「……?何か言った?」

 

「なにも……それじゃ、物見遊山もいいけど……早く帰ってね」

 

「あっ……ち、ちょっと……!」

 

 

 有無を言わせず足早にその場を去る。

 

 追ってくる気配はなかった。

 

 ざくざくと粗い雪を踏みしめる音だけが、再び銀世界を満たす。

 

 

「“コレ”も……返さなきゃ。私が持っていていい代物じゃない。こんな、私が……」

 

 妙に高まった体温が、白い塊となって凍気に溶け消えていった。

 

 

 

        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 その後、機を見計らって……いつぶりかもわからない百花繚乱の門をくぐり、調停室の戸を叩いた。

 

 吹き込む暖かなそよ風、池の鹿威しが奏でる旋律、漂う畳特有の木香。

 

 そして……揺らめく二股の尻尾に、黒猫を想起させる猫耳。

 

 何もかも、みな懐かしい。

 

 ――キキョウは怒ってるだろうな……。いや、怒る価値すらないかな。

 

 “証”を返した時、私がクユリを殺したと明言した時……キキョウの表情は今でも忘れられない。

 

 きっと今でも、私のことが憎くて仕方がないはず。

 

 やがて、聡明なあの子ならこう結論に至るかもしれない。

 

 

「アヤメなら、こうはならなかった。御稜ナグサは疫病神の厄介者で、役立たずだって……」

 

 

 でも、安心して欲しい。

 

 アヤメの代わりにもなれず、たった一人の妹すら救えない中途半端な存在は、ちゃんと消えるから。

 

 キキョウは強い。私の何倍も……。

 

 すぐに立ち直って、百花繚乱を導いてくれるはず。

 

 今日、私が百鬼夜行を訪れたのは……そう覚悟を決めたが故の、無意識な身体の防衛本能かもしれない。

 

 そして今、何の偶然か百鬼夜行は懐かしい祭事の熱気に溢れている。

 

 ……最期の晩餐には、ちょうどいいかもしれない。

 

 

 少しだけなら、百花繚乱のみんなにも迷惑をかけることはないと思う。

 

 かつての幸せの残滓を少しだけ抱えて、誰の目にもつかない場所でひっそり消えよう。

 

 

 孤独と寂寞に満ちた、全てが壊れた純白の地の何処かで――

 

 

 

 それがきっと、私に相応しい終わり方なのだから。

 

 

 

 




先生、はよせんと手遅れになるぞよ!
というかここまで壊れてる儚い少女に、シュロガキはレスバするんでしょ?
処す?処す?

葛の花の花言葉は、「治癒」、「根性」
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