自称「平凡だけど、どこか神秘的で儚げな……ただの百鬼夜行の一生徒」の妹による曇らせツアー   作:藍終

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活動報告でも叫びましたが……ナグサ実装おめでとう!

そして予定変更しまして、先生による、ナグサの地雷踏み抜き回です。
ナグサちゃんの張り詰めた風船に、先生という名の針を一刺し……。

先生視点からです。


滴る想い〜藍微塵〜

 

“今日はほんとうに、色んな事があったなぁ……。”

 

 

 前夜祭のようなものなのか、明日の燈籠祭のために準備されているはずの屋台や装飾は、夜遅くになっても煌々と輝き続けている。

 

 昼ほどではないにしろ、やはり多くの人々がせっせと各々の役割に奔走し、一部の屋台は既に食欲を唆る香りを放ってもいる。

 

 そんな、お祭りの学園の名に相応しい情景の中で、私はそう呟いた。

 

 ニヤに呼ばれたことや、ユカリと出会ったこと。

 百花繚乱の実情に、クユリについての噂……そして、レンゲ……。

 

 

『知るか!結局アタシたちは見放されて、全部壊れちまったんだよ!』

 

 

 レンゲのあの言葉は……、そう自分にも言い聞かせているようにも思えてしまった。

 

 もしかしたら、私がそうであってほしいと勝手な願望を抱いているだけなのかもしれないが…。

 

 ――言葉といえば、ついさっきユカリと別れた際、捕らえに……もとい迎えに来た使用人が、去り際に残していった言葉も気にはなっていた。

 

 

『……お嬢様は、勘解由小路家の務めで忙しい身です。どうか明日は遅くならないよう、ご協力いただけますようお願い申し上げます』

 

 

 要は、軽くお小言と釘を刺されたわけだった。

 

 仮にも教育者の立場である以上、ごもっともなご意見を賜ったと自戒している。

 

 しかし、使用人の姿を見た時のユカリの表情が……とても複雑で、どこか息苦しそうな―――

 

 気がかりなことが多すぎて、知恵熱が出そうな身体を冷やしながら街道を歩く。

 

 そうしてあれこれと考えに耽っていると、いつの間にか百鬼夜行の中央区近くまで来ていたというところだった。

 

 ――時間も遅くになってきたことだし、今夜はどこか、適当な宿屋でも見繕って一泊することにしよう。

 

 百花繚乱の継承戦については、この調子だとまだまだ解決への道のりは遠そうで、かつ忘れてはいけないのが、花鳥風月部の存在だった。

 

 いつ、どこで、何を仕掛けてくるのかが確定出来ない中、あまり不用意に百鬼夜行を離れるのも得策ではない。

 

 幸い、百鬼夜行は観光業が盛んな学校という事もあって、そういった施設は多い。

 

 歩いていればいずれ………と、半分オートマチック状態で歩を進めていた私の意識は――

 

 

 ――キヴォトスの日常、銃声と爆発音で叩き起こされたのだった。

 

 

「ん?なんだなんだ、こんな忙しい時期に」

 

「西区で魑魅一座と誰かがケンカしてるって!」

 

「またですか?いつもいつも、大事なお祭りのときに……!今度は誰とですか?」

 

 

 流石はキヴォトスの住民なだけあって、銃声や爆発音そのものに驚いたわけではなかった。

 

 突然の出来事に固まってしまった私の耳に、やいのやいのとざわめく声が入ってくる。

 

 どうやら昼間の魑魅一座とやらが、また諍いを起こしているらしく、見えない青筋を立てる者もいた。

 

 ともあれ、争いが起こっているのなら、先生として事が悪化しないように取り計らわなければならない。

 

 ケンカが勃発しているという西区に向かおうとしたその時、ある住民の声が耳に飛び込んできた。

 

 

「それが……どうやら百花繚乱の生徒らしいんだ!」

 

“………え?”

 

 

 絶賛話題の渦中である百花繚乱、その生徒が当事者らしかった。

 

 ユカリが帰宅途中に逆恨みででも襲われたか、或いはレンゲか、はたまた……まだ知らない誰かが―――

 

 

 現場はそう遠くなく、少し駆ければ見覚えのある格好をした集団が、わらわらと一人の生徒を取り囲んでいるのが見え始めた。

 

 

 雪のようなヘイローに、今にも消えてしまいそうなほど白い髪。

 

 百花繚乱の証である水色の羽織を纏ったその少女の姿は、私のあの日の記憶を刺激した。

 

 

“ク………ユリ……?”

 

 

 今日という日は、まだまだ終わる気はないようだった。

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵

 

 

 

「――よぉ嬢ちゃん、こんなお目出度い日になんつうしけたツラしてやがる。ほれ、適当な席に座って待ってろ」

 

 

 最期の晩餐、そう格好をつけて百鬼夜行自治区に足を踏み入れたはいいものの、半ば衝動的な行動故か当然当てなどなく……。

 

 目に入るもの全てが、過去となってしまった幸せな記憶を否応なしに想起させてくる有様だった。

 

 それと同時に、あらゆる事から逃げ続けてきた私の肩に、追いついたと言わんばかりに過去が――罪が掴みかかってくる。

 

 幼馴染としても、百花繚乱の委員長代理としても……。

 

 たった一人の、姉としてさえ……責任も責務も果たせずに、投げ出したものの全てが物言わぬ罵倒となって、私の心を引き裂いていく。

 

 百鬼夜行の代名詞であるお祭り。年齢や学区を問わず、見る者全てを惹きつけ包み込むはずの光は、私一人を排除しようとしているようだった。

 

 こんな私が、郷愁の念を持つこと自体、烏滸がましい事なのかもしれない。

 

 ――もう、十分だよ。心配しなくても、私はもう消えるから。

 

 踵を返して、ゆらゆらと揺れる灰色の世界の流れるままに身を委ねようとした―――そんな折だった。

 

 道脇の、幾つも並ぶ屋台の内の一つから、そんな野太い声が飛んできたのは。

 

 

「………私?」

 

「おう!お前さんのことだよ……って、よく見たらウチの常連さんじゃねえか」

 

「……あ……、いつもお世話になってます…?」

 

 

 力なく目を向けた先には、私が行きつけにしていた、お気に入りの焼き鳥屋さんの店主さんが豪快に手を振っている姿があった。

 

 一人で、時々クユリを連れて、よく訪れていた思い出の場所の一つ。

 

 ――痛い。

 

 一つのきっかけから、湯水のごとく溢れてくる記憶の奔流が頭を突き刺す。

 

 今の私にとっては、百鬼夜行の全てが劇毒のように作用してしまっていた。

 

 このままでは、きっと、せっかく固めた決意が揺らいでしまう。

 

 

「……気持ちはありがたいけど、私は大丈夫。少し気分が優れないだけだから。それじゃあ……」

 

 

 そう考えた私は、首を振ってその誘いを断ろうとして――

 

 

 ―――クゥ、と碌なものを入れていない腹が、馬鹿正直な弱音を小さく……確かに漏らした。

 

 

「ははっ!お前さんの身体は正直なようだな!……おっと、変な意味に捉えるんじゃないぞ?ほら、座った座った!」

 

「………っ…、失礼します……」

 

 

 当初の目的が達成できるからであって、決して炙られるような顔の熱を誤魔化すためではない。

 

 心中でそう言い訳をしながら、カウンター形式になっている席に腰を下ろすと、すぐに香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。

 

 積み重なった炭から噴き出す炎が網状の肉を焼き、時たま脂が滴る光景はいつ見ても飽きない。

 

 焼き鳥を食べるというのは、この瞬間から始まっているんだって、クユリに熱弁したこともあったかな……。

 

 ついさっきまで、そんな些細な思い出さえも私に牙を剥いていたのに、今は不思議と痛くはなかった。

 

 頭は生きることを諦めていても、身体は生存本能に正直ということなのだろう。

 

 自らの図々しさに内心呆れつつも、久しい安寧の時間に安らぎを感じていると、コトリと目の前に小皿が置かれた。

 

 

「はいよ、お待たせ。お前さんの“いつものやつ”だ。こっちの勝手で出してるからお代は要らんよ」

 

「あ、ありがとう……」

 

 

 こんがりとして、それでいて素材の水分を十分に閉じ込めたネギマが数本、芳香を漂わせながら鎮座している。

 

 ここまで来て遠慮するのも失礼ということにして、合掌ももどかしく、一つを摘み上げて口元へと運んだ――その瞬間だった。

 

 

「―――っあ……美味しい……」

 

 

 一切の混じり気のない、純粋な心の声が漏れ出したのは。

 

 

「そりゃあよかった!いつも世話になってるお礼として、好きなだけ食ってってくれ」

 

 

 そう豪快に笑う店主さんに苦笑しながらも、私の手はもう次の串へと伸び始めていた。

 

 一口……、また一口と思い出の欠片が五臓六腑に染み渡るたびに、視界が何故かボヤついてくる。

 

 頬を何かが伝う感覚が走る。おこぼれを漁りに来た虫でもとまったのか。

 

 適度な塩胡椒が振られているはずの焼き鳥は、いつしか過度に塩辛く、嚥下することすら難しくなって――

 

 

「……こういう時に、手巾の一つでもさりげなく渡せたら、男として格好がつくんだろうが……。生憎ここには油ギトギトの布切れしかねぇんだな、これが…」

 

 

 その声を聞いて初めて、自分が泣いていることに気づく。

 

 冷え固まったはずの心が溶け出し、滴るのを止められない。

 

 慌ててそれを拭う私を見て、店主さんは頭をガシガシとかく仕草をしながら言った。

 

 

「なんつうか……その、あれだ。上手くいえねぇが……、吐き出せるもんは吐き出しちまったほうが人生楽なもんだ。一人で抱え込んだあげく、“ひっそりと壊れちまう”なんて、バカバカしいじゃねぇか」

 

「――っ!どうして………」

 

 

 ――私の考えていた事が分かったのか。

 

 続くはずの言葉を察したらしい店主さんは、ひょいと肩をすくめる。

 

 

「んなもん、勘と年の功だよ。一応色んな客を見てきたつもりだからな。顔を見ればある程度は想像つくもんだ。さっき声をかけたのも、お前さんが“そういう顔”をしてたからだ」

 

 

 何も、言えない。今更取り繕う気力も、反駁するつもりもなかった。

 

 黙りこくってしまった私に、さらに気まずそうに……しかし、芯の通った声が降りそそぐ。

 

 

「ま、何の事情も知らない奴がどうこう口を挟めねえし、挟むつもりもない。何もかんも、手遅れなのかもしれん。だけどなぁ……、お前さんを見てると、まだ諦めるには……ちいと早いんじゃねぇかなって。そう思っただけだな」

 

 

 そこまで言い切ると、店主さんは大袈裟にぶんぶんと首を振って新しい串を取り出した。

 

 

「――やめだやめ、どうもしみったれた話は不得手だ……。

困ったら、とりあえず飯食えば何とかなる!以上!!」

 

「……ふふっ、らしいといえばらしいかな……」

 

 

 彼なりに必死に思考してくれていたのだろう。投げやりな結論で話を断ち切ろうする様子がおかしくて、思わず頬が緩んだ。

 

 

「……やっと笑ったな。やっぱ美人さんには笑顔が一番……と言いたいところだが――」

 

「………だけど……?」

 

「あ〜……。泣けるってことは、まだお前さんは大丈夫だ。涙さえ流せなくなっちまったやつはよりかは、ずっとな」

 

 

 何故かは分からない。それでも、その一言はストンと胸の内に収まった気がした。

 

 

「……ありがとう」

 

「お役に立てたのなら嬉しいね。さ!満足するまで食っていきな!」

 

  

 次々と焼き上がるそれらの熱が、少しずつ私の冰りを溶かしていく。

 

 ――また、アヤメに食いしん坊だねって言われちゃうかな。

 

 私と比べても少食気味だったアヤメは、眩しい笑顔でそうからかってきたものだった。

 

 そんな記憶を想起しても、先ほどまで走っていた痛みは気づけば微々たるものになっていた。

 

 まだ、私という存在の意味は分からないけれど、少なくとも、あのまま消えるよりかは幾分かマシになったかもしれない。

 

 今は、この時間をできるだけ長く味わっていたい。

 

 そんな淡い願いを胸に抱いたのが悪かったのか、大勢の足音と声がこの空間をぶち壊した。

 

 

「あ、おい!いたぞ!今日はずっとお前を探し回ってたんだからな!昼は人違いをしたが……今度こそ逃すものか!」

 

「お前ら、囲め!絶対に逃がすなよ!」

 

 

 あれよあれよという間に、完全に周囲を取り囲まれてしまう。

 

 食べかけの焼き鳥の片手間、傍目で確認すれば、百花繚乱とはある意味因縁深い魑魅一座の面々が揃い踏みしていた。

 

 その中のリーダー格の生徒が得意気にふんすと鼻を鳴らした。

 

 

「さっきはち〜っとばかし手違いがあったけどなぁ!今度こそ、ようやく見つけたぞ!」

 

 

 話を聞くところ、これは所謂逆恨みというやつかもしれないと思った。

 

 確かに魑魅一座を百花繚乱はいつも撃退しているし、あちらからすればそれはそれは気に食わないはず。

 

 だけれど、それは魑魅一座の自業自得からくるものなのだし、そんなくだらない理由で私の小さな幸せを奪わないでほしかった。

 

 故に、私がとった行動は……ひたすら無視を決め込むことだった。

 

 

「このあいだは逃しちまったが、今回はあきらめるんだな!こっちは前よりも人手を増やしてきたんだ!」

 

 

 ――せめて、今出されている分は食べきりたいなぁ。

 

 もとより全てを投げ出していた身故か、状況は芳しくない事を理解しつつも、どこか私は上の空だった。

 

 そんな私を見た彼女たちも、流石にプライドが傷つけられたらしく……。

 

 

「リーダー!あいつ何か食ってますよ!」

 

「ハッ!舐めやがって!おい、最後に何か言い残すことはねぇのか?大人しく謝るなら、少しは手加減してやっても――」

 

 

 やいのやいのと、騒ぎ立てる彼女たちを更に無視して最後の一本に口をつける。

 

 謝るべきはあなたたちじゃないの?と、言外に態度で示したつもりだったのだが、それがいよいよ堪忍袋の尾を切ってしまったようだった。

 

 

「リーダー!あいつ、また何か食べ始めたっすよ!?」

 

「百花繚乱っ……!どこまであたしらをコケに……!もう許さ―――」

 

「違うよ」

 

 

 小さな地団駄を踏みながら放たれたそのセリフに、私の口は反射的に否定を差し込んでいた。

 

 

「……私は、百花繚乱じゃない。たまたまお祭りに来ているだけの……」

 

 

 何者でもない、何者にもなれやしない。

 ガワだけは整った、無能で臆病な―――

 

 

「……そう、平凡だけど、どこか神秘的で儚げな……ただの百鬼夜行の一生徒」

 

 

 皮肉にも、いつの日かアヤメから面白半分で紹介文にされていたこのフレーズが、今の私にはぴったりだった。

 

 

「ただの一生徒があんなことできるわけねぇだろうがよ!?もういい、全員とつげ―――」

 

「お、おい!嬢ちゃん!」

 

 

 攻撃の号令が出されようとした瞬間、私の身を案じてくれたらしい店主さんの声が背中を叩いた。

 

 

「……大丈夫、あいつらの狙いは私だから。店にも、一切被害は出させない」

 

 

 その言葉はせめて現実にすべく、油断しきっているリーダーとやらに不意の一撃を食らわせて離脱させる。

 

 

「り、リーダー!?」

 

「い、いきなり撃つなんて……!ひき―――」

 

 

 言い終わらない内に更に一人、眉間に一発をお見舞いする。相手は怪異でもなんでもない、ただの生徒にすぎない。

 

 『百蓮』でなくとも、制式ライフルの威力は十分な効果を発揮してくれていた。

 

 しかし、一気に二人が戦闘不能になった衝撃のおかげで逆に我に返った魑魅一座の部員が、代わりに号令を下す。

 

 

「くそっ……!ぜ、全員突撃だぁぁあ!!」

 

 

 ヤケクソにも思える突撃命令。百花繚乱のように訓練を積んでいるわけでもない彼女らのそれは、文字通りの一斉攻撃だった。

 

 だけど……、多対一の戦闘は、百花繚乱の十八番なのだ。

 

 百花繚乱式射撃術の真価は、まさにこの場面でこそ輝くものだった。

 

 まず即座に、右腕の影響で死角になりやすい右に一発。

 銃のリコイルのそのままに左の敵にも一発。

 

 流れで銃そのものを投げて三人目を落とし、右腕を支柱代わりにしながら空中の銃を持ち直し一発。

 

 今思えば、クユリが付喪神を銃身で突き刺して戦っていたのは、これから着想を得ていたのかもしれない。

 

 アヤメに追いつくために……いや、置いていかれないために、必死で磨いた技術は私を裏切らなかったようで……。

 

 そんな一瞬の思考の間に、一息に四人を落としていた。

 

 

「ち、ちくしょう!囲め!数で押していけ!!」

 

 

 しかし、その一声できりなく現れる魑魅一座。

 脳筋……と思いたいものの、実際は変に策を弄するよりも、数の差で押し潰す戦法が効果的となることもある。

 

 いくら個々の実力が乖離していても、あくまで一人である私の体力は確実に削られていくわけで。

 

 碌な戦闘もしていなかった期間が長い事もあってか、思っているよりも限界が近いことを悟りつつあった。

 

 残弾も体力も、時間の問題になってきていることは明白で、ついに綻びが生まれてしまう。

 

 

「〜〜っ、しつこい……!」

 

「………!もらった!捕まえ……!」

 

 

 予想以上の消耗に伴った焦りか、自らの弱点と言える右側の警戒を疎かにしてしまって。

 

 いつの間に立ち上がったのか、魑魅一座のリーダーがすぐそこまで接近していることに気づけなかった。

 

 意趣返しと言わんばかりの不意打ちに、一瞬とはいえ確かな硬直状態にあった私を、一つの声が突き動かした。

 

 

“右!!”

 

「―――っ!?」

 

 

 反射的に飛び退れば、拘束の手がすぐ脇を通り過ぎていくのが見えた。

 

 今の声は一体誰なのか。当然の疑問が頭に浮かぶが、そんな悠長な思考はすぐに打ち切らざるを得なくなる。

 

 

「分かったぞ……。右だ!右を狙うんだ!あいつ、右側の反応だけ遅い!相手の弱点を見つけたらそこを重点的に狙い続ける……それが魑魅一座ってもんよ!」

 

「厄介……」

 

 

 流石に一集団の頭領を務めているだけあって、節穴ではなかったらしい。

 

 いくら数はかなり減らしたとはいえ、このままでは……。

 

 どうにか打開策を……そう考えていると、集団の奥から放物線を描いて飛翔してくる物体が目に入って――

 

 

「ロケットランチャーでも食らえっす!」

 

 

 屋台が立ち並ぶ街道のど真ん中で、凄まじい爆発が巻き起こった。

 しかし、どうやら照準を誤ったようで……むしろ広がる爆煙が互いの視界を遮る煙幕となっていた。

 

 すぐにでもこれを利用して奇襲、或いは撤退すべきと理解してはいても、煙を吸い込んでしまったせいですぐには動けそうにない。

 

 そんな肺の異物を吐き出そうと咳き込んでいる私の手は、突然、見知らぬ誰かに掴まれていた。

 

 

「――え、誰………」

 

“ここは撤退しよう。”

 

「ま、待って。ちょっと……!」

 

 

 有無を言わせぬ勢いで私の手を引き、駆け出す“大人”。

 

 野次馬をかき分け、人気の少ない遊歩道まで進んだところでようやく、その足は止まった。

 

 

“はぁはぁ……ここまで来れば大丈夫かな。大きな怪我はないようで良かった。”

 

 

 慣れない疾走だったのか、乱れた息を整えながらこちらを振り向く大人。

 

 人当たりの良さそうな柔らかな笑みを浮かべ、どこか抜けているようにも思える、爽やかな大人。

 

 このあたりでは、そもそも百鬼夜行どころかキヴォトスにもこんな大人は珍しいはず。

 

 そこまで考えて、私はある一つの予測を立てて問いかけた。

 

 

「……あなたは誰――いや、もしかして……シャーレの先生?」

 

“うん。よく、わかったね。”

 

「まぁ……色々噂は聞いてるから」

 

 

 当たりだった。

 

 大雪原にいた時にも、忍術研究部という三人組がシャーレの要請を受けて行動していたことを思い出す。

 

 キヴォトスの各地を巡り、様々な問題を解決に導く生徒の味方。

 

 そんな評判を持つこの大人を……私は初対面ながら、気に入らないと思ってしまった。

 

 

「……助けなくてよかったのに。あれくらい、私一人でも―――ッぅ!」

 

 

 何故か、この大人を見ていると苛立ちが止まらない。

 心の奥で、何かが徐々に燻っているのを感じる。

 

 無性にこの場から離れたくて、助けてもらってこれはあまりにも失礼な態度だと分かってはいつつも、足早に去ろうとしたのが祟ったのか。

 

 黄昏に呑まれた右腕に焼けるような痛みが走り、顔を顰める。

 

 それをこの大人は目ざとく尋ねてきた。

 

 

“右腕、怪我してるの?さっきも、右側の動きが鈍い気がしたし……。”

 

「……初対面の人にも分かるくらい、か。そっか……」

 

 

 心だけでなく、身体的な面でも、随分と脆弱になってしまっていたようだった。

 

 ――これじゃあ、ほんとに私には何も残ってないみたい。

 

 自嘲気味にそう考えている間の沈黙を勘違いしたのか、大人は慌てたように言葉を付け加えた。

 

 

“聞かれたくないことだったらごめんね。無理に聞くつもりはないから。”

 

「……そう。それで、シャーレの先生が、私に何か用?」

 

 

 あの騒ぎにわざわざ首を突っ込んでくるくらいなのだから、それ相応の用事があるのかと勘ぐってみるも……、返答は否定だった。

 

 

“あ、ううん。君を探していたわけじゃなくて、百鬼夜行に用事があってね。たまたま居合わせただけだよ。”

 

「そう……噂通りなら、銃弾一発でも死ぬかもしれない身体で、よく割って入ろうと思ったね」

 

 

 言外に、命知らずの馬鹿なのかという貶しを含んだ一言に、さも当然かのように大人は答える。

 

 

“生徒が困っているなら、助けるのが先生として……大人として当たり前だからね。”

 

 

 ピシリ、と私の中の何かに罅が入る音がした。

 

 何だろう……何だろう、この感情は。

 

 見上げるような信念のはずなのに、どうしようもなく――

 

 キキョウの言葉を借りるなら、反吐が出そう。

 

 

“……あれ、その格好……もしかして君は、百花繚乱?”

 

「―――!?……そうだよ、あなたの言う通り。私は百花繚乱だよ。いや……正解には、百花繚乱“だった”と言うのが正しいかな」

 

 

 ドロドロとした思考の渦を悟られないようにするのが精一杯で、咄嗟に嘘などはつけなかった。

 

 嘘をついたところで何があるのかと言われれば、何もないけれど。

 

 私の答えに大人も納得したように頷いた。

 

 

“うん、話は聞いてるよ。解散令の時に抜けたメンバーが多かったって。”

 

「解散令……そっか、もう百花繚乱は……」

 

 

 どうやら私が居なくなっている間に、百花繚乱はそこまで進んでしまっているらしかった。

 

 それも当然だ。私が『百蓮』を返却しようとした時のキキョウ。あの顔が全てを物語っている。

 

 自分が招いた事なのに、どこか他人事のように静観している自分がいる事に嫌気が差す。

 

 あちらも特に隠すつもりもないと判断したのか、現在の百花繚乱の状況について知る限りを教えてくれた。

 

 キキョウが解散令を出したこと。レンゲは百花繚乱を離れて、他の部活で青春を追い求めていること。

 

 ユカリが………、百花繚乱を立て直すために尽力していること。

 

 

「そっか、ユカリが……。どうして、そこまで………」

 

 

 いや、あの子なら……そうする姿がありありと想像できる。きっと、あの子は何も知らないだけ。

 

 私が犯した罪の重さを、百花繚乱に立ち込める闇の深さを。

 

 願うのなら、ユカリには、これ以上私の穢れに触れてほしくない。

 

 純粋無垢なまま、帰れる場所に帰って……綺麗さっぱり忘れてもらえたら。

 

 ユカリにとっても……私にとっても、それが一番いいはず。

 

 かけがえのない後輩の姿が浮かんでは消えて、目の前の大人に対する警戒心が些か緩んだ、その時だった。

 

 

 きっと、当人はそこまで覚悟を決めた発言ではなかったのだろう。

 

 もしかしたら。そんな淡い期待で、聞くだけ聞いてみた。

 

 そんなところかもしれない。

 

 

 ――それでも、その問いは、私の全身の凍った血を沸騰させた。

 

 

“……見た目から気になってはいたんだけど。白い髪に、百花繚乱……。もしかして、御稜クユリって―――っ!”

 

「動かないで。少しでも動いたら、あなたを殺すから」

 

 

 霞むように跳ねたライフルが寸分違わず、大人の眉間に突きつけられる。

 

 今、この大人はなんて言った。

 

 なんで、クユリの名前を知っている?

 

 シャーレの先生だから?それとも、以前どこかで会った事がある?

 

 いつ?何処で?どんな経緯で?

 

 クユリが大人に会ったことなんて私は―――っ!!!?

 

 

 ――ま………さ、か………。

 

 沸騰した血が、恐ろしいまでに冷えていく。

 

 

「――今から私が質問する事だけに答えて。それ以外の行動をしたら、分かってるよね」

 

“………っ、うん。分かったよ。”

 

 

 ゴクリと生唾を飲む音が聞こえる。

 

 それはまさに尋問の合図に他ならない。

 

 

「まず、あなたとクユリは会った事があるの?」

 

“うん……。以前たまたま出会ったんだ。”

 

「次、それはいつ?何処で?」

 

“えっと……空が赤くなった日を覚えてるかな?それよりも数日前。場所は、シャーレで……。”

 

「……出会った経緯を話して。嘘偽りなく、全部。目を見れば分かるから」

 

“初めは、コンビニだったんだ。私の不注意でぶつかっちゃって、クユリが怪我をしている事が分かったから、応急処置をしたんだ。”

 

「……怪我って?」

 

“左腕が半ばからなくなってた……。勿論事情を聞こうとしたんだけど、はぐらかされちゃって。そのまま別れちゃった感じ、かな。”

 

「…………そう。そう……」

 

 

 ―――嘘だ。この大人は嘘を……いや、まだ隠していることがある。

 

 一瞬、不自然に視線が逡巡したように揺らいだ。

 

 命がかかっている状況で、その反応は何か後ろ暗いことがあるに違いなかった。

 

 そう……例えば。

 

 

 ――こいつが、クユリを穢した“大人”だということ。

 

 

「―――――――――ネ」

 

 

 呪詛が木霊す。

 

 一撃で終わらせるなど、あり得ない。

 

 昏倒させるために、銃を反転させ、銃床で頭蓋に一撃を食らわせ―――

 

 

 “不自然な青い障壁”に弾かれた。

 

 

 しかし、それはあちらも同じだったようで、衝撃までは殺せずによろめいていた。

 

 機械仕掛けのごとく腕を引き戻した私は、一回り大柄なその身体を押し倒し、間髪入れずにその首を締め上げた。

 

 

“―――か、ハッ……まっ―――、て……”

 

 

 情けない命乞いが細く漏れ出す。

 

 肉体の強度だけでなく、力でさえも生徒に敵わない大人。

 

 惨めで、滑稽で。こんな奴が、この世界の救世主?

 

 それが確かだとしても、いくら輝かしい功績を積み上げた聖人であっても。

 

 ――よくも、私の妹を。

 

 理由なんてどうでもいい。

 

 クユリはきっと、こんな大人を頼ったがばかりに……。

 

 ……ちょうどいい。この大人を殺して、私も消える。

 

 あの子への、せめてもの手向けに――

 

 

 目の前が赤く染まっていく。じわりと、食い込む指先は気道を塞ぐためではない。

 

 骨さえ砕かんとする膂力は、ある一点から、徐々に押し戻されていった。

 

 手元から溢れる、あの青い光。

 

 先生という大人が、これまでこの銃社会で生き永らえてきた理由の一つなのか。

 

 それが、なんだっていうのか。

 

 私は、絶対に―――。

 

 そんなオモイも虚しく、断罪の手は完全に押し戻されて……。

 

 

“ケホッ……。アロ………ナ、プラ、ナ……。いいから……。”

 

 

 その声が絞り出された、少し後に、また私の手は首元へと食いついた。

 

 理解しがたい現象の数々に、一瞬力の入れ方を忘れてしまった私の目を、大人のまっすぐな瞳が射抜いた。

 

 

“……多くは言わないよ。胸ポケット、見てくれる?”

 

「………は?何を……」

 

“いいから。”

 

 

 どうせ、醜い最後の足掻きだ。汚い大人の、最後の抵抗。

 

 聞く必要なんて微塵もない。このまま、ひとおもいにするべきだ。

 

 そう、私が叫ぶのに……私の唯一動く左手は、そこへと伸びていた。

 

 コツリと、硬い物が指先に触れる。

 

 

「……これは、メモリーカード…?」

 

“うん。それは、クユリが渡してくれたものなんだ。”

 

 

 ――クユリが、この大人に?

 

 

“君は、多分……御稜ナグサ、だよね?クユリの、お姉ちゃんの……”

 

「なんで………、いや、そうだとして。何が言いたいの」

 

“……本当は知ってほしくなかった。けど、今の君は、あまりにも危ういから。その中身を、聞いてほしい。”

 

「……そう言って、逃げるつもりなのは分かって――」

 

“ううん。私は逃げも隠れもしない。さっきも言ったけど、百花繚乱の件がまだまだ残っているからね。ここ数日は、百鬼夜行に居るよ。約束する。もし、それを聞いても考えが変わらなかったら、私をどうしたって構わないよ。”

 

 

 生徒にこんな事は言いたくなかったけどね……と、苦悶しながらそう言う大人。

 

 尋問の時に見せた、あの逡巡はこのことだったのかもしれない。

 

 全てを曝け出した、嘘偽りない瞳。

 

 クユリを傷つけ、尊厳を破壊したのは、この大人ではない。

 

 むしろクユリはその後に、この大人に助けを求めたのかもしれない。

 

 そんな結論が自然と下されるほどには、一切の負の要素を感じ取れない。

 

 先生という存在の空気に飲み込まれていると、頭の片隅では察していても、それ以上は言葉を紡げない。

 

 しかし、やがてそれは、自虐的な……弱々しいものへと移り変わっていった。

 

 

“……いや、もしかしたら変わらない可能性が高いかもね。君にとって、私は……妹を助けられなかった……見捨てた大人なのだから。”

 

 

 その瞬間、

 

 心の堤防に、決定的な穴が空いた。

 

 あらゆる自罰の念が、先生という逃げ道に殺到した。

 

 

「――どうして………どうしてっっ!!クユリを助けてくれなかったのッ!!」

 

 

 八つ当たりだった。

 

 

「あなたは………先生なんでしょう!?どんな生徒も助けて………絶対に見捨てないって!」

 

 

 それと同じくらい………嫉妬も。

 

 

「私たちは………私はっ!あの子に何もしてあげられなかったのに!助けを求める手を、私は、振り払ってっ………」

 

 

 時系列もぐちゃぐちゃになって、私の罪が撹拌される。

 

 

「そんなクユリが!あなたに助けを求めたのにっ!」

 

 

 私が見捨てた、百花繚乱さえ救おうとしている事実も、私のどうしようもない感情を逆撫でる。

 

 私一人では、何も出来なかったくせに。

 

 大切なものから悉く逃げ続けたくせに。

 

 

 

「私はっ!!『御稜ナグサ』になれなかったのに!!」

 

 

 

 百花繚乱の委員長としても、副委員長としても、代理としても、たった一人の姉としても、『御稜ナグサ』に成り切れなかった、半端者。

 

 

 全てを受け止め、真正面から立ち向かうこの大人の在り方そのものが、私を責めているようにしか思えなかった。

 

 

 醜い慟哭が、人知れぬ夜道に哭する。

 

 荒れた呼吸が、熱い雫が溶け消える静寂に、大人の凛とした声が鏑矢を射した。

 

 

“………ごめん。でも、私はクユリの事を諦めてないよ。”

 

「―――っえ……。クユリは、あの時……」

 

 

 私の目の前で、呪いに完全に蝕まれてしまって。

 

 

「私が……、殺したようなものなのに………」

 

“……やっぱり、君は、殺してはいないんだね?”

 

「――――――え?」

 

 

 何か的を射た表情に切り替わった先生。

 

 先ほどの弱々しい態度からまた一変して、一言一句聞き漏らすまいと鬼気迫る様子で、私に問いかける。

 

 

“もう一度言うね。ナグサ、君はその手で、クユリを殺したの?あまり言いたくないけど……死んだところを見たの?”

 

「そ、ういうわけじゃ……」

 

 

 確かに、私はクユリの生命線だった銃――のような注射器を撃ち壊してしまった。

 

 それでクユリは変貌しきって、そのまま――姿を消した。

 

 もう、クユリの意識は残っていない。そう考えて……

 

 

“私は、クユリはまだ生きてると思う。”

 

「―――っ!?」

 

“百鬼夜行には、君がクユリを殺したっていう噂が流れてるけど……”

 

「そ、うなんだ……」

 

 

 実際、そうだと思っていたし……キキョウにもそう伝えた気がする。

 

 それでも、大人は微塵も疑いの色を見せない表情で言い切った。

 

 

“だけど、今ので分かったよ。君は誰も殺してない。そして……クユリは生きてる。そう、信じる。”

 

「なんで……どうして、そこまで……」

 

“……ある生徒の受け売りだけど。水着じゃなくて下着だと思えば、それは下着だから。”

 

「…………は?」

 

“証明できなくたって、たとえ偽りだったとしても……信じる事はできるから。だから、ナグサも諦めないで。”

 

 

 ……意味が分からない。

 

 でも、分からないけれど――何故か、解る気がした。

 

 毒気と激情をすっかり抜かれて、呆然とするしかない私に先生は柔らかな笑みを向けて、手を差し伸べた。

 

 

“……さて、今日はもう遅いし……。よかったら送っていくよ。勿論、必要だと思ったら拘束なりなんなりしてね。”

 

 

 どうして……、仮にも命を奪われかけた相手にそこまで無防備に、忌避や恐れの一つも抱かずに接せるのか。

 

 そんな疑問の目を察したらしい先生は、夜闇の中でもはっきりと輝くような笑顔で――

 

 

“私は先生だから。先生が生徒を信じるのは、当たり前でしょ?”

 

 

 

 

       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 ガラリと、立て付けの悪くなった気もする玄関扉を引いて、その身を滑り込ませる。

 

 久しく帰り人のいなかった我が家は、物寂しくも、どこかあたたかく私を迎え入れてくれると、そう感じた。

 

 下駄を脱ぎ、銃立てにライフルを立てかける。

 

 一抹の期待を胸にクユリの部屋を覗くも、結果はお察し。

 

 

 惰性で敷布団を広げ、文字通りに倒れ込む。

 

 放置された分の埃が舞い、羽毛のように舞い落ちる。

 

 

「先生………」

 

 

 不思議な大人だった。あの人の前では、全てが肯定されていくようで。

 

 無責任に吐き出したおかげか、幾分か胸の内は軽くなっていた。

 

 

「アヤメ………キキョウ………レンゲ………ユカリ……」

 

 

 ――私は、どうしたらいいんだろう。

 

 ――何をするのが正解で、何をしたら全部上手くいくのだろう。

 

 

「クユリ―――」

 

 

 今は唯一の繋がりかもしれない、そのメモリーカード。

 

 陶器を扱うようにそっと、しかし強く胸に抱く。

 

 ――分からない。分からないけど……信じる事は、できる。

 

 本当は今頃、全てが凍ったあの大雪原に向かって……。

 

 あれほど望んだ“終演”は、不思議と霧散していた。

 

 瞼を下ろし、意識の微睡むにまかせて落ちていく。

 

 泣き疲れた、幼い子供のように。

 

 

「―――助けて」

 

 

 嘘偽りない、一つの想いが滴り、そっと吸い込まれていった。

 

 

 




先生には百花繚乱という地雷原でタップダンスをしてもらいます。


メイン読んだ人なら分かるはず……。
ナグ虐は公式が最王手ってよくわかんだね。
人の心とかないんかぁ?(愉悦)
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