自称「平凡だけど、どこか神秘的で儚げな……ただの百鬼夜行の一生徒」の妹による曇らせツアー   作:藍終

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キヴォトス四大加湿器が一角、最近反吐バンドを結成した()黒猫キャット回です。  

原作でさえナグサの失踪で超重力キャラになったキキョウ。クユリの失踪も加えたダブルパンチは確実に精神を蝕んで――
ここいらで一発、でかい曇らせぶち込みましょう!。(微ホラーグロ注意?)


引き裂かれる想い〜黒藍〜

 

 

『――――――ゥ……?』

 

 

 ――ッ……ぅん……?何……?

 

 

 誰かに肩を叩かれた感じがして、混濁した意識が不思議なほどに明瞭に整頓されていく。

 

 一欠片、耳が拾ったその声はとても懐かしくて、愛しいもの。

 

 

『――――――ョウ……!』

 

 

 遠慮気味だったその声は、やがてどこか切羽詰まったような声音へと変化し、私の意識を揺さぶっていく。

 

 虚無しか無かった空間が漫画のように縁取られ、鮮やかな色彩を纏い……見慣れた繁華街の風景へと形を為す。

 

 続いて、心地の良いそよ風が髪を撫でていく感触、行き交う人々のざわめき、そして甘味処特有の甘い砂糖の香りが――

 

 

『―――キキョウ!』

 

『………はっ!あ………え?ク………ユリ?』

 

 

 次々と雪崩込んでくる五感の情報に翻弄されていた私を、ついに“現実”へと引き戻したのは……もう会えないはずの、数少ない心許せる存在だった。

 

 姉のナグサ先輩譲りの美しい銀髪、“一切傷のない整った……しかし、どこか幼さを残す顔”、“左腕で”私の肩を揺らしてくるその姿を認識した瞬間―――身体は勝手に動いていた。

 

 

『……どうしたの?いきなりぼーっとし………わっ!ちょ、ちょっと、キキョウ!?ほんとにどうしたの?』

 

『……ごめん。今は、こうさせて欲しいの。少しだけでいいから……』

 

『い、いいけど……。そんなに心配かけてたとは……』

 

 

 自分より少しばかり背の低い、華奢な身体から発せられる体温を刻み込むように、全身を使って抱きしめる。

 

 今更ながらに、ここは甘味処の縁側の席という往来の面前だということに気づくも、それは微塵も関係ないと言わんばかりに深く。

 

 抱きしめた身体から徐々に力が抜けていき、こちらに身体を委ねてくるようになってからも数分、抱きしめ続けていると、徐ろに私の頭に手が置かれた。

 

 

『……よし、よし……。ごめんね、心配かけて。私はここにいるし、“いなくなったりしないから”』

 

 

 ぎこちないながらも、私の心を慰撫していくその手つきに私も身を委ねる。

 

 普段、レンゲや先輩たちにさえ触らせなかった自分の頭。

 

 それを撫でられるという未知の感覚は、決して不快なものどころか、私の危ない扉を開いてしまうような中毒性のある安らぎをもたらした。

 

 

『……ごめん。もう、大丈夫だから。ありがとう、クユリ』

 

『別にいいよ?いきなりでびっくりしちゃっただけだし……。キキョウがそこまで私のことを心配してくれてたのかなって』

 

『当たり前でしょ?あんたが神隠しに遭った時は、本当に生きた心地がしなかったんだから……』

 

『だからって、護衛はやりすぎじゃ――なんでもありません、ハイ』

 

 

 余計な口をたたく前に尻尾を絡めて間接的に口を封じる。

 

 ――そう、私はクユリの護衛として、1日付き添うことになったんだった……。

 

 そうだ、そうだった気がする。

 

 昨日のクユリ捜索の件で、思った以上に疲れていたのかもしれない……。

 

 

 ――クユリも、ナグサ先輩もいなくなって、百花繚乱がバラバラになるなんて……なんて悪趣味な夢。

 

 

 一瞬でもそんな想像をしてしまった私自身に反吐が出るが、今はそんな事を考えるよりも有意義な事がある。

 

 今は確か……そう、クユリの護衛――もといデート権の一環として、クユリ行きつけの甘味処に来ているところだった。

 

 今日一日、しかも明日からはレンゲやユカリたちに交代しなければならないものの、アヤメ委員長お墨付きでクユリを独占できるまたとないチャンスなのだ。

 

 無論、神隠しを誘発――恐らくは花鳥風月部の仕業――させるきっかけとなった、クユリとナグサ先輩の距離感問題を考えて、過剰に距離を詰めないようには心がけている……つもり。

 

 ――つもり、なんだけど……。

 

 

『……あ!きたきた、三色団子と羊羹!ここに来たら、これ食べないと。ふふ〜♪』

 

 

 ――……可愛すぎるでしょこの生き物!なに、なんなの?そんな無邪気な笑顔振りまいて、私をどうしたいのよ……!

 

 

 私の分を含めた2人前の三色団子と羊羹のセットが運ばれてくると、子どものように目を輝かせるクユリ。

 

 どうやら彼女はここに来るといつもこれを頼むらしい。

 

 確かに、クユリ一推しというだけあって三色団子の色合いや、羊羹の艶一つとっても、長年培われてきた職人技が込められていると素人ながらも感じられるものがある。

 

 今すぐにでも味わいたいこの気持ちは嘘ではない。

 

 でも――――――

 

 

『――はむっ……ん〜!美味しい〜!ん、キキョウも食べなよ、とっても美味しいよ?』

 

『………いや、その………』

 

『……?あ、もしかして……あれやって欲しいの?はい、あ〜ん』

 

 

 ――あんたを食べたいんだけど。いいわよね?いいや、限界ね、食べるわ。

 

 一口サイズに切り分けた羊羹を差し出してくるクユリのそれを、私は一息に……フォークを持つクユリの指先まで口に含んだ。

 

 

『――ひゃ……!き、キキョウ……がっつきすぎじゃない…?そんなに食べたかったなら、私の分もあげるよ?』

 

『ふふっ……。もう十分堪能したよ。どっちも、美味しかったから』

 

『〜〜っ…!キキョウって、ほんとにこう……積極的になったよね』

 

『あんたがいなくなった時の気持ちを知ったからね。あんたが不快に感じない範囲で、私はあんたのそばにいるよ』

 

『……キキョウがデレに入るとこんな感じなんだ……』

 

 

 そんなクユリの呟きも私の耳は逃さず捉えていた。

 

 大切なものは、失ってから初めてその真の価値に気づくというが……それは失いかけても同様だと思う。

 

 クユリが消息を絶ったと連絡が入った時の焦燥、絶望、喪失感。

 

 溜まりに溜まったそれらの反動が、こうして積極性に表れているのだとしても、仕方のないことだと納得してほしくはある。

 

 むしろ、これが私の本心に近いものから来る行動なのかもしれない。

 

 ――あんたが、私をこんな気持ちにさせたんだから。

 

 

『……何か、言った?』

 

『ううん、なんでも。ほら、キキョウの分食べちゃいなよ』

 

『そ……。……思ったけど、あんたのその、串系のものの時の独特な食べ方は何なの?最近のトレンドってやつ?』

 

 

 クユリは時として焼き鳥や串団子系統のものを食べる時、わざわざ食べにくいであろう逆手持ちにして食べる事があった。

 

 思春期という事もあって、格好つけたいとかならまだ笑って済ませられるけれども、その表情は……私には見えない遠くの未来を見据えているようで……。

 

 この際だからと問うた私に、クユリはコテンと首を傾げながら恥ずかしそうにはにかんで答えた。

 

 

『え、あぁこれ…?え〜っと、ほら!もし“片腕がなくなったりしたら”さ、役に立つかなぁ…って!あとは……かっこいいから……かな?』

 

『……そんな事は起こさせないよ。言ったはず、私があんたを守ってみせるって。だからそんな冗談はやめて』

 

 

 私の紛れもない本心を、決心をそのままぶつける。

 

 やけに具体的な例えを話すものだから、“まるで実際にそうなったかのように”鮮明に脳裏にその状況が浮かび上がってしまう。

 

 もし……もしそうなったとしたら、私は正気を保っていられる自信がない。

 

 いや、だからこそそんな未来など許しはしない。

 

 そんな思いを込めた私の言葉に、クユリは――

 

 

『……そう、だね。うん………キキョウが言うなら安心できる、かな……』

 

 

 考えすぎか、そう答える彼女は目元に暗い影を落としていた気がした。

 

 ぐらりと、脳が揺さぶられるような不快な感覚が私を襲う。

 

 世界そのものが一瞬、歪に歪んだ錯覚を振り払うように、クユリの頬を挟んで語りかける。

 

 

『……大丈夫。確かに私は、単純な戦闘力はあんたに敵わない。作戦参謀としてもまだまだ未熟だし、何よりあんたには頼れるお姉さんがいる。けど……それでも、私にとってあんたは、かけがえのない仲間だから』

 

『キキョウ……うん、ありがとう。ごめんね、せっかく誘ったのにしんみりした空気になっちゃって……』

 

『気にしないでいい。あんたとこうして一対一で話せる機会なんてそうなかったし。合法的に独り占めできる口実もついていることだしね』

 

『……あんまりやられっぱなしってのもアレだし――えぃっ』

 

『何を――――――ミャッ!??』

 

 

 そう言って、突如素敵な笑みを浮かべたクユリが、巻きつけていた尻尾の先端をむんずと掴んできた。

 

 瞬間、全身を電流が駆け巡るような感覚が襲い、喉奥かららしくもない声が弾き出されてしまう。

 

 例えるなら、不意に肘を何かにぶつけてしまった時に走るあの感覚。

 

 しかもそれが決して不快ではなく……むしろ快感に近しいものとなって全身の毛を逆立たせるものだから、私は火照ってしまった身体を預けながら、せめてもと睨みつけることしか出来ない。

 

 

『あ……あんた、覚えてなさいよ……!』

 

『あはは……まさか参謀様の弱点は尻尾だったとは。ごめん、ごめんって!ほら、もう一品何でも奢るからぁ…!』

 

 

 

 余談だが、私たちのやり取りが行われている間、甘味処では特濃抹茶の注文が殺到したらしかった。

 

 

 

 

 瞬きを一つすれば、幸せな時間はすぐに過ぎてしまうもので、気づけば辺りもすっかりオレンジ色に染まり、斜陽の差す黄昏時となっていた。

 

 結局、あれから1日中護衛という名目のデートを堪能したわけで、私はかつてないほどの満足感に満たされていた。

 

 きっと今の私をレンゲが見たら、いつもより肌がつやつやしているとか言うかもしれない。

 

 まぁ別にそれがなんだというのか。気になるなら存分に見せつけてやろう。

 

 明日からはレンゲたちに護衛を交代しなければならない事を考えれば、少しばかりの寂寥感は残る。

 

 しかしそれを打ち消して余りある幸福に浸っていた私は、部室に帰る道の途中、先を行くクユリが不自然に立ち止まった事に、すぐにはさしたる疑念を抱かなかった。

 

 

『……クユリ?どうかしたの?』

 

『――ねぇ、キキョウ。覚えてる……?』

 

『……何を?もしかして、何か忘れ物でも――』

 

 

 ざわりと、本能が総毛立つ。

 

 何……?この……悍ましく、睨めつけるような気配は……。

 

 幻想的なはずの夕陽は、陽と陰の境を曖昧にさせ、不気味な影を伸ばしてゆく。

 

 

『うゥん……違うよ。キキョウは言ってくれタよね?私を守ってみせるって』

 

『ええ、言ったわ。もし信じきれないのだったら……』 

 

 

 一歩、また一歩と背を向けたままの彼女に近寄る。

 

 本能の警鐘がさらに激しくなっても、身体は人形のように歩みを止めずに距離を詰めていく。

 

 二つの影が重なり、クユリの様子を確認すべく左肩に手をかけて―――

 

 

 

 

 ―――ズルリ、と腐敗しきった左半身の肉が滑り落ち、足元にうず高く積み上がった。

 

 

『―――――――――ぇ』

 

 

 あまりの衝撃に直面した人間は、文字通り頭が真っ白になるらしい。

 

 反対に真っ赤に染まった私の手は、己の所業を自覚してか小刻みに震え始める。

 

 もはや音として認識されるかも分からない掠れ声を漏らすほか無いでいると、その首がゆっくりとこちらを向き始めた。

 

 罅割れ、溶け崩れた左頬が覗き、やがて…………

 

 

『……ジャあさ、どうしテワタシハ―――

 

 

 

 

 ―――コンナ姿にナッチゃッたの???』

 

 

 肉と骨が砕かれる悍ましい音ともに、クユリの顔が百八十度回転して、虚ろな空洞が私を捉えた。

 

 

 踵を返して逃げる……そんな思考さえ時すでに遅しのようで、恐ろしい速度で伸びた蔓のようなものが私を絡め取り、拘束していった。

 

 制式ライフルは弾き飛ばされ、生命線である首にも容赦なく巻き付き締め上げてくる。

 

 

『――ッ……かハッ…!ク……ユリ…、ぐる…し……』

 

 

 窒息死どころではない、骨ごと砕こうとせんとする絞力に意識は既に飛びかけていた。

 

 辛うじて口からついてでた苦悶に、クユリは心底可笑しいといった口調で答えた。

 

 

『キキョウ、私はモット苦しかっタヨ?オネェちゃんには見捨てられるし、結局、守るドコロか……なんにもしてくれなかったジャナイ』

 

 

 ――あぁ、そうか……。やっと、合点がいった。

 

 ギチギチと嫌な音を響かせる自身の首を傍目に、朦朧とする意識で私は諦めにも似た納得をしていた。

 

 ここは……この世界は、私の夢なのだろう。

 

 現実のクユリは、黄昏の呪いであんなに綺麗じゃなくなっているし、左目も左腕も欠損してしまっている。

 

 何より、百花繚乱に……私たちのもとからいなくなってしまっているのに。

 

 過去、クユリの護衛を務めた時の記憶と混濁して見破れなかったが、やっと自覚できた。

 

 けれど、このクユリは、きっとクユリではない。

 

 クユリの私を責める言動は、クユリの本心を知らない私が勝手に生み出し、妄想した……都合のいい自罰意識の塊だ。

 

 そう認識した瞬間には、クユリだったソレの顔は紛れもない、桐生キキョウ自身の顔へと変貌していた。

 

 

『あんたが無能なせいで……!クユリも、ナグサ先輩もいなくなった!守るって約束したノニ、信じるって誓ったのに……全部“私”のせいダ!』

 

 

 血の涙を流す“私”を客観視する体験など、後生金輪際無いことだと思える。

 

 とても憐れで、哀れで、醜くて………本当に、よくこんなやつが百花繚乱の作戦参謀を務めれたものだ。

 

 他ならない、自分が言ったことなのだ。

 

 クユリとの約束も、ナグサ先輩への信頼も、百花繚乱という居場所さえ自ら壊して―――

 

 

 ―――ほんっっっとうに、反吐が出る。

 

 

『……デモ、こんな“私”でも、クユリの苦しみの一端は知ることが出来る。ソウハ思わない?』

 

『……そうね。それで私が満足するのなら……好きなだけ殺るといいよ』

 

 

 巻き付いた蔓が容赦なく気道を潰し、さらには左腕を引きちぎらんと外側へ引っ張る。

 

 関節が外れ、筋組織がブチブチと千切れ、皮膚が限界まで張り詰めようとも、最早私は痛みというものを感じていなかった。

 

 夢を夢であると認識した夢――所謂、明晰夢であるからか。

 

 はたまた、都合のいい自虐に快感を……救いを見いだしてしまっているのか。

 

 この世界での死は、現実世界での目覚めなのか、本当の死なのかも分からない。

 

 それでも、視野は狭窄しきり、ただその時を待つのみとなったその時……流れ出たその言葉は世界に溶け消えた。

 

 

『―――私は、あんたが大っきらいだよ。キキョウ』

 

 

 

 夥しい鮮血とともに左腕が引きちぎられ、身体から切り離された視界はぐるぐると回って、周って、廻って―――

 

 

 真紅の、地面を。

 

 

 

 

 

 

 

「―――っぁぁああああああッ!!!」

 

 

 のしかかる毛布を弾きのけ、脂汗とともに飛び起きる。

 

 ほぼ無意識的にペタペタと首や左腕を触診し、確かに胴体と泣き別れになっていないことを確認する。

 

 だからといって動悸が収まるわけでもなく、狭まった気道からはか細い呼吸音が漏れ、身体の異常を如実に示していた。

 

 あの光景が、体験が、生々しい感覚となって脳裏にフラッシュバックする。

 

 諦めの境地とも言えるアドレナリンのおかげで気にならなかった苦痛が、なまじ意識を取り戻したことでその全てが……。

 

 

「はぁ……ハァ……ヒュッ……ヒュッ………ゥ゙ッ!」

 

 

 片手で口元を押さえ、我武者羅に適当な水場へと駆ける。

 

 濁流のごとくせりあがってくるソレを、ぎりぎりまで抑えつけ、見繕った場所で一息に解放した。

 

 

「ォ゙えぇエエぇッッ!うぇッ……ハァ……はあっ……!」

 

 

 激しい胃の収縮に逆らわず、身のうちのすべてを吐き出す勢いで吐瀉物をまき散らす。

 

 何度も、何度も………。

 

 喉が焼け付くような痛みに襲われるが、この決壊は止められやしなかった。

 

 

 やがて胃液しか出なくなり、吐き気もあらかた鎮静化してきた頃には、すっかり衰弱しきった黒猫が一匹、佇むのみだった。

 

 吐瀉物を流し、口元をこれでもかと冷水で洗って、清潔なタオルで水気を拭き取る。

 

 備え付けられた鏡に映る自身の顔は、やつれた、生白く生気の乏しい屍のような有様だった。

 

 

「……酷い顔。こんなのじゃ、後輩たちにさえ顔向け出来ない。しっかりしなさい、キキョウ。終わらせると決めたのなら、最後までやり遂げないと……」

 

 

 生まれたての子鹿の如く、震える手足を支えにゆっくりと立ち上がる。

 

 どうやら随分と長く寝入ってしまったようで、日は随分と高く昇り、燈籠祭当日という事もあって外からの喧騒も大きくなっている。

 

 解散令を出したとはいえ、参謀としての私にはまだ、様々な後処理業務が残されているし、陰陽部の手続きが終わるまでは名実共に解散することも出来ない。

 

 私には、まだ休む暇などないのだ。

 

 自分の選択にさえ責任を持てなくなれば、私は畜生にもなれない。

 

 身なりを軽く整え、覚束ない足取りで調停室へと向かおうとしたその時だった。

 

 

「キキョウ先輩、ここにいらしたのですね!取り急ぎの用件が二件ほど………って、先輩?お疲れのようでしたら……」

 

 

 百花繚乱の後輩部員が慌てた様子で話しかけてくる。

 

 しかし私の顔を見てか遠慮がちに身を引こうとしたので、私は心のなかで己を引っ叩いた。

 

 

「……ううん、気にしないで。少し夢見が悪かっただけだから。それで、用件って?」 

 

「あっはい!えっと、まずは医療班から昨夜電報がありまして、昏睡中のはずの部員が姿を消したと。至急捜索隊を編成してほしいとのことです」

 

 

 それを聞いた私の真っ先の感想は、またか……であった。

 

 解散令を出してから……いや、ナグサ先輩までもが失踪してからというもの、このように無断で脱部する者が後を絶たない。

 

 それを私は引き止めるつもりはないし、する権利もない。

 

 だから、私はそれを軽く流して次を促した。

 

 

「……好きなようにさせておきなさい。それで、もう一つは?」

 

「え……はい、その……。百花繚乱に入用の方がいらっしゃられています。なんでも、お祭り運営委員会の河和シズコ様だとか」

 

「お祭り運営委員会が……?この忙しい時に?……分かった、調停室に案内して。それともてなし用の茶もお願い」

 

「は、はい!ただちに!」

 

 

 足早に去っていく姿を見届けて、調停室へと再び向かう。

 

 来客用の座布団を用意し、運ばれてきた茶と菓子を卓上に置く。

 

 そうして座して待っていると、やがて案内されてきた訪問者が障子から姿を現した。

 

 

「いやはや、急な訪問に対応していただきありがとうございます!お祭り運営委員会の委員長、河和シズコといいます!」

 

 

 独特な音程かつ、溌剌とした声が私の脳を揺さぶる。

 

 正直気分はよろしくないし、面倒ごとの匂いがプンプンするが……百花繚乱の作戦参謀たる者、公私混同は以ての外。

 

 舐められないように、居住まいを正し、正面から目を見据える。

 

 

「百花繚乱紛争調停委員会の作戦参謀、桐生キキョウ。大したもてなしも出来ないけれど……さ、お座りになって。一体何用でしょうか、シズコさん?」

 

 

 

 

       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「――と、いうわけでして……。勘解由小路家の巫女様のお力を借りられればと!」

 

「……なるほど、そちらの要求は分かった」

 

 

 長々と語られた内容を要約すると、現在再現中の百鬼夜行燈籠祭では、勘解由小路家が代々舞を披露することとなっている。

 そのため、百花繚乱にいるという勘解由小路家のご令嬢さんに話をつけてくれないか……といった具合だった。

 

 勘解由小路家の巫女様――十中八九、ユカリのことだろう。

 

 最近はお家のしつけが厳しくなってきているようだし、まず間違いない。

 

 遅かれ早かれ百花繚乱は解散することになるのだし、ユカリを紹介してもいいのだけれど……。

 

 当人がこの場にいない以上どうにもならないし、わざわざ私から何もしなくても、ユカリは百花繚乱を離れて、勘解由小路家に戻るはずだ。

 

 ユカリがお家の事となると、途端に顔色を曇らせていたことが、若干の気がかりではある。

 

 それに、ユカリにはこんな腐った部活よりも、本来の居場所に戻ってほしいと思う一方で、それがどうしようもなく胸を締め付けもする。

 

 

 どうしたものかと、明確な返答を出せずにいると――

 

 

「キキョウ先輩!身共、参りましたわ!」

 

「………ユカリ?」

 

 

 どんな運命のいたずらか、話題の中心であるご本人様が直々に――見慣れない大人も連れて――乱入してきたのだった。

 

「キキョウ先輩!ご無沙汰しておりますの!」

 

「ああ……うん。そうだね、久しぶり。相変わらず元気そうでなにより。タイミングはあんまり良くないけど……今日は先客がいてね」

 

「先客……」

 

 

 そこからはお互いに軽い自己紹介の仕合となった。

 

 その結果、ユカリと一緒にいた大人はシャーレの先生であったこと、諸々の事情でユカリに付き添っていることが判明した。

 

 正直なところ、大人というだけで私の中では唾棄すべき存在であり、今すぐにでも叩き出してやりたいところだ。

 

 しかし当のユカリは先生にある程度気を許しているようで、ここはユカリの顔に免じて気を収めることとした。

 

 そして、その過程でお祭り委員長殿がユカリを探していることが共有され、この場の全員の注目が彼女に集められることになっていた。

 

 断られるとは微塵も考えていない様子でシズコがユカリに詰め寄ると――

 

 

「身共は……。申し訳ございません、お祭り運営委員会の委員長殿。身共はお力添えできませぬ」

 

 

 と、きっぱり断ってしまった。

 

 当然の反応として、シズコがその理由を尋ねるとユカリは毅然とした態度のまま続けた。

 

 

「身共は……百花繚乱でありたいのです。そのために、キキョウ先輩にお力添えいただきたいのです!」

 

「……私?どういうこと?」

 

 

 話の矢印が急旋回して私に突き刺さる。

 

 全くもって真意を推測出来ないものの、ユカリは真剣そのものといった表情で、驚愕の一言を言い放った。

 

 

「キキョウ先輩、身共はナグサ先輩に“継承戦”を申し込む予定ですの」

 

「……………は?」

 

 

 表情にこそ出さなかったが、内心は呆気にとられていた私に畳み掛けるように、ユカリは対面に座して私を見据えて――

 

 

「つい先日……解散令を出されたと耳にしました。あれは本当なのでしょうか?皆様、どうすれば良いのかと混乱しております」

 

「………ユカリ」

 

「ですので、これ以上その噂が広まる前に!この勘解由小路ユカリが……継承戦でナグサ先輩に勝利し、この事態を収めてみせますの!」

 

 

 ――そう、啖呵を切った。

 

 

「……それで陰陽部や私の元に、か」

 

「ええ!ですのでキキョウ先輩、継承戦の証人になっていただけないでしょうか?身共が百花繚乱を元に戻してみせますの!」

 

 

 ――ユカリらしい、といえばらしいね。あんたはいつもそうだった。

 

 自分が信じたこと、正しいと思ったことには全力で……向こう見ずで。

 

 そんなあんたは間違いなく、薄暗い仕事も多いこの百花繚乱の光だったと思うよ。

 

 ……でもそれは、現実から目を逸らしていいことの免罪符にはならない。

 

 

「……なるほどね。……まさか、継承戦とは……。言いたいことは分かったよ」

 

「……!それでは、キキョウ先輩……!」

 

 

 またこれだ。私の気持ちも知らないで、百花繚乱がどんな理由でこうなったかも知らないで……断るはずないと純粋な目を向けてくる。

 

 何も知らないくせに、知ろうとしなかったくせに……。

 

 何の力も持たないくせに、愚直に向き合って進めば万事が解決すると信じて疑わない。

 

 

 いつもは可愛らしいはずの、ユカリの態度が今は無性に――腹が立った。

 

 

「うん、言葉にするまでもないかもしれないけど――――――断る」

 

 

「あっ、えっ、どうして……!?」

 

“……えっ。”

 

 

 ユカリは勿論、静観していたシズコや先生とやらも私の拒絶に驚きを隠せないようだった。

 

 すかさずユカリが信じられないと言わんばかりに食いついてくるが、それすら今の私には燃料の投下と同義だった。

 

 

「な、何故ですかキキョウ先輩!?先輩は今もこうして調停室に居るくらいですから、当然……当然、身共の考えにも……!」

 

「同意すると思ったの?それなら言わせてもらうけど……あんた、自惚れすぎじゃない?」

 

 

 私の豹変ぶりに気圧されたか、やや身を引いたユカリに今度はこちらから詰めていく。

 

 

「私もナグサ先輩の動向については知ってるよ。でも、答えは変わらない。あの人は――百花繚乱に帰ってこない。いや、確かに一度帰ってきたといえばそうかもしれないね。

 

 アヤメ委員長から受け取った“証”を返却するために」

 

 

「ナグサ先輩が……“証”を返却…?そ、そんなはずは……だって、ナグサ先輩は……」

 

「……レンゲは、あんたのことを思って話さなかったんだろうね。けど私は違う。事実から目を背けるべきではないもの。私たちを見捨てたあの人を――たった一人の妹さえ殺したあの人を、もう百花繚乱だと思わないほうがいい」

 

「――ッ!そ、それは……!」

 

“キキョウ……、それは違うんだ……。”

 

 

 どもってしまったユカリに代わって、シャーレの先生が一歩前にでてくる。

 

 ユカリ以上に何も知らない部外者の割り込みは、私の神経をより逆撫でた。

 

 

「……何が違うっていうの。部外者は引っ込んでて――」

 

“ナグサは……クユリを殺してなんていない。本人が、そう言ってたんだよ。”

 

「………………は?」

 

「え、えぇっ!?先生、どうしてそれを身共に教えてくれなかったのですか!?それより、ナグサ先輩とお会いしましたの!?」

 

“ごめんね、色々複雑なことがあって……。その後の足取りまでは追えなかったけど。”

 

 

 何やらガヤガヤ言い合っているが、そんな事はどうでも良い。

 

 今、この大人はなんと言った?ナグサ先輩自身が、クユリを殺してないと言った?

 

 そんなバカな話があるものか。いや、あってたまるものか。

 

 もしそうならあの日――ナグサ先輩が“証”を返却しに来た

日に、私に告げたあの言葉は何だったというのか。

 

 もしそうなら、私が今までしてきたことのすべては……!

 

 

 ――落ち着いて、キキョウ。所詮、外部の人間にすぎない。ユカリに肩入れしている理由までは分からないけれど、虚偽の情報……それも、私がそうであったら良いと思うような情報を流して、動揺を誘っているだけ。

 

 一種の自己防衛だとしても、そう信じなければ私はどうにかなりそうだった。

 

 シャーレの先生とかいうこの大人……噂に恥じず、生徒の扱いに長けている。

 

 けれど、私は作戦参謀。あんたごときの策略にはかからない。

 

 内心で舌打ちをかましながら私は、強引に話の流れを修正することにした。

 

 

「……その部外者の戯言は置いておくとしても。ユカリ、あんたが望む通り継承戦を行うとして――ナグサ先輩を倒して、委員長の座を引き継ぐ。その考え自体は立派だと思うよ」

 

「キキョウ先輩……」

 

「ただ、何か忘れてるんじゃないの?あんたが……ナグサ先輩に勝てるとでも?」

 

「そ…………それは…!」

 

 

 図星だと、誰もが見ればわかるほどに動揺するユカリ。

 

 その隙を見逃すほど私は甘く……悪くいえば余裕はなくなっていた。

 

 

「あの人は強いよ。あんたよりも、ずっと」

 

「いいえ……!身共は……身共は勝てますわ!身共は、百花繚乱のえりーと……ですから」

 

「クユリにも……私にも勝てないのに?」

 

「や、やってみなければわかりませんの!……いえ、分かりました」

 

 

 詰将棋のように一手一手、逃げ道を潰していくと……稀に開き直った戦術を取る相手がいた。

 

 今のユカリは、まさにそんな表情をしていて――私は勝ちを確信してほくそ笑んだ。

 

 

「……そこまで仰るのであれば、ここで身共の実力を証明してみせましょう!キキョウ先輩、あなたに模擬戦を申し込みます!」

 

「――分かった。そんなに言うなら、あんたを夢から覚まさせてあげる。私に、継承戦を申し込めばいい」

 

 

 逃げ道を潰した本丸の首を、正面から堂々と討ち取ることで真に勝利したと言える。

 

 模擬戦なんて、一切の言い訳の余地など許さない。

 

 

「忘れたなんて言わせないよ。百花繚乱の正義は、力の優劣で決まる。どうしても認めさせたいのなら、私をねじ伏せるといい」

 

 

 クユリの件を抜きにしても、ユカリが……あんたが夢想しているほど、百花繚乱の闇は浅くないという事を思い知らせる。

 

 それがユカリのためにも、きっとなるのだから。

 

 

“待って。二人とも、まずは落ち着いて……”

 

「あんたは黙ってて、私はユカリと話してるの。それで、どうするの?」

 

 

 刹那の沈黙。

 

 中途半端な返答など許さない私の視線に、ユカリは生唾を飲み込み……凛と声を張り上げた。

 

 

「わ、分かりましたわ。であれば、この勘解由小路ユカリ……キキョウ先輩に継承戦を申し込みます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 うららかな陽光、舞い散る神木の桜吹雪。

 

 今日みたいな日にはきっと、ピクニックや……それこそお祭りで騒ぎ散らかしたほうがよっぽどいいのだろう。

 

 今、この瞬間を除いては――

 

 

「挑戦者、勘解由小路の継承戦を受託し、ここに宣言する。委員長の座ではなく作戦参謀の座を賭けたこの継承戦は、シャーレの先生を立会人とし―――また、本来であればもう一人証人が必要であるが……互いの合意のもと行われる戦いであることを考慮し、今回のみ特例とする。よって勘解由小路ユカリ、桐生キキョウをそれぞれ証人とする。異論は?」

 

「……ございませんわ」

 

 

 人払いの済んだ一本道の街道に、距離を取って構える。

 

 両手にのしかかる愛銃の頼もしいはずの重みは、ただの邪魔な拘束具のようで……。

 

 彼方に見える、妹のように思っていた後輩が己と対峙している現実が、私の空っぽの覚悟を削り取っていく。

 

 

 ――けれども……それでも、私は……!

 

 

「――百花繚乱継承戦。両者、前へ!」

 

「挑戦者……勘解由小路ユカリ!」

 

「桐生キキョウ、挑戦に応じる」

 

 

 ――私が、あんたを悪夢から覚まさせてあげる。あんたが憧れた百花繚乱が穢れないうちに、幸せなまま終われるように……!

 

 

「「いざ尋常に―――勝負!!」」

 

 

 ――闇を……穢れを引き受けるのは、私だけで十分だから。

 

 

 

 悲痛な開戦の狼煙が、一発の破裂音となって百鬼夜行に響き渡った。

 




激重感情キキョウは筆が進む進む。

言っておきますが、キキョウの蔓(触手プレイ)は私の趣味ではありません。ホントですって!

次回からはいよいよ、シュロ……もとい朽木修羅先生が動き出す……予定です。
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