自称「平凡だけど、どこか神秘的で儚げな……ただの百鬼夜行の一生徒」の妹による曇らせツアー   作:藍終

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お久しぶりですっ!!大なり小なり色々ありまして……。


遂に、花鳥風月部(シュロ)と百花繚乱が対面してしまいます。
*ルビ振りの技術を習得したため、今話より導入していきます。便利……!

ナグサ視点からです。


焚べるは怨嗟の緋焔

 

 

 はやる気持ちと期待に満ちた声、軽快な足取り。

 

 百鬼夜行は今、お祭りへの期待に満ちている。

 

 しかもそれが二十年ぶりの燈籠祭の開催となれば、人々の興奮も然るべきものだと言える。

 

 お祭りの学園とまで称される百鬼夜行ではよくある事。

 

 こんな街を、私たちは……百花繚乱は……。

 

 

「――一緒に、警備したね。……ねぇ、アヤメ……クユリ」

 

 

 嗚咽で掠れかけた吐息が、誰の耳に入ることもなく霧散していく。

 

 昨夜、シャーレの先生から渡されたUSBメモリカード。

 

 もう何処にも残っていないと思っていた、クユリとの繋がりになり得る物。

 

 帰宅後、自らの落ち着きを見計らってからすぐに、その中身の音声ファイルを開いた。

 

 

 ――地獄。これ以上の表現を私は持ち合わせていなかった。

 

 耳にするだけで、吐き気のするような邪悪に塗れた大人の声。 

 

 悪意を動力源とした、悍ましい機械の駆動音。

 

 そして俄に響く、血肉が四散し骨が削られる音。

 

 嬲り殺しとは違う、死すら許されない……生涯経験することなどあってはならない激痛は、愛妹の断続的な絶叫となって―――

 

 

『嫌ッぁ゙ッ!助けっ…ダズゲデッ!お姉ぢゃん!』

 

『――そのお姉ちゃんにも見捨てられたのにねぇ』

 

 

 黙れと、今すぐにでもその口を永久に閉ざしてやりたいと思っても、それは紛うことなき私の罪そのものであって……。

 

 それでも、その事を自覚しているだけ私はまだ壊れずにいられていたのかもしれない。

 

 ……いや、とっくに壊れているの間違いだったみたい。

 

 最愛で、最も大切なこの世にたった一人だけの妹。

 

 その悲鳴など誰が望んで聞きたいか……ましてや、自身の不甲斐なさが招いた結果などと。

 

 罪悪感、自己嫌悪、自罰意識……それら全てが醜く撹拌された塊は、クユリが生きているかもしれないという、一つの糸で辛うじて押し止められていた。

 

 あんな、初対面の大人の言葉に縋ってしまうくらいには。

 

 

「……でも、今更私なんかにできることなんて……」

 

 

 生死もはっきりしない一人の人間を、私一人で探し出すなど無謀極まる。

 

 協力してくれそうな百花繚乱という居場所は、私のほうから捨てて、今や崩壊寸前とのこと。

 

 何より例の噂とやらが広まっているなら、陰陽部さえ門前払いが関の山だ。

 

 一縷の希望を掴み取るための手札を、自らの手で捨ててしまっている現状では、届きそうで届かない餌をぶら下げられる生き地獄にも等しい。

 

 逃げ道すらない、四方八方手詰まりの中で、対照的な明るみに満ち満ちた祭り道を彷徨っていると、ふとある一点に目がとまる。

 

 むせ返るような人混みでも異彩を放つ、一見ひ弱そうな……しかし強引な手段にせよ、私の心に火種を落とした大人。

 

 あちらも私を見つけたようで、穏やかな笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。

 

 

“こんばんは、ナグサ。昨夜ぶり……かな?”

 

「あなたは、この前の……シャーレの先生」

 

“そういう君は、あの時の無限焼き鳥の幸せスパイラルっ子だね。”

 

「幸せスパ……何?くだらない冗談はやめて」

 

“……その様子だと、思いとどまってくれたみたいだね。”

 

 

 どうやらさっきのは私の強張った力を抜くための冗談だっらしい。

 

 それにしては些かセンスがない気もするけれど、結果として意表を突かれてその目論見は成功していた。

 

 鬱屈とした感情から一時にせよ、目をそらすことが出来たのは、やはり先生としての経験からくる巧みな雰囲気づくりのせいかもしれない。

 

 

「……そうだね。荒療治にも程があるとは思ったけれど」

 

“それについては、いくらでも罵ってもらって構わないよ。でも、あの時のナグサは……”

 

 

 ――消えてしまいそうで、少しでも多くの繋がりを与えなければいけなかった。

 たとえそれが、花鳥風月部への憎悪を掻き立てるものであろうと。

 

 そんなところだろうか。

 

 結果として、私はこうして死にきれていないわけだし。

 

 

「……あなたこそ、逃げなかったんだ。私が考えを変え――いや、揺らがなかったら、今頃風穴が空いてると思うけど……」

 

“私は、大人だから。人に、ましてや生徒に嘘をついたりしないよ。それに、ナグサのことを信じていたから。”

 

「……変わった人だね。でも、それなら先生には聞きたいことが山程ある。クユリのことも……百花繚乱のことも……」

 

“勿論。私もナグサに聞きたいことがたくさんあるからね。でも、今は先にユカリを―――”

 

 

 アヤメといい、クユリといい、先生といい……どうやら、私は誰かに縋らなければまともに生きられないらしい。

 

 自身の生を預けるのは得意でも、委員長代理しかり……何かを背負うことに関してはカナヅチどころではない。

 

 つくづく身勝手な存在だと自嘲する私をおいて、先生は馴染み深い後輩の名を口にしていた。

 

 ユカリとキキョウの問答、そして継承戦。このままでは、“勘解由小路”として、巫女の舞に臨むことになってしまうことなどなど…。

 

 ユカリの愚直さがありありと浮かび、同時に二つの安心が心に巣食った。

 

 ユカリは変わらずユカリであること。そして、ユカリが百花繚乱という汚れたしがらみから解放されるかもしれないという安心。

 

 そんな身勝手極まる感情を読み取ったのか、先生は何かを見透かすような視線で問いかけてきた。

 

 

“彼女が百花繚乱を抜けて……元の場所に帰るべきだと、君は本当に思ってるの?”

 

 

 愚問だ。ユカリの本当の幸せを願うなら、少なくともこんな私がいる百花繚乱になんて居ないほうがいい。

 

 汚い面には触れず、ユカリにはずっと綺麗なままで……。

 

 そう思っているのは事実なのに、喉奥に何かが詰まったように、口からはか細い吐息が漏れ出すだけ。

 

 ――分かってる。私は傲慢にも、あの頃の幸せを望んでいるんだ。

 

 アヤメもユカリも、クユリもみんながいた……百花繚乱を。

 

 情けない私をみちびいてくれる幼馴染、頼れる後輩たちに愛する妹……その中で流れていった何気のない幸せを。

 

 けれど、私がそれを望んではならない。

 

 残されたユカリの幸せくらいは、守られなければならない。

 

 

 ――私が手を伸ばしたものは、全部壊れていくのだから。

 

 

「私は――――――」

 

 

 どうにか言葉を成し始めた音が紡がれる瞬間―――

 

 

 ――空に、花が咲いた。

 

 

“あ、お祭りの始まりの合図……”

 

 

 祭りの光に照らされた月夜に、色とりどりの大輪が刹那の輝きを散らす。

 

 腹に響くような衝撃波が百鬼夜行の全てを釘付けにする。

 

 ついに、百鬼夜行燈籠祭が二十年越しに幕を開けた。

 

 この場の人々の感嘆を背に、さらにもう一発、種子が打ち上げられる。

 

 ヒュルヒュルと胸の期待を膨らませるソレは空へ、宇宙へと駆け上っていき―――

 

 

 花開くはずの頂点から、地に還るかの如く落下して、爆発とともに炎を撒き散らした。

 

 

 

「――――――え……」

 

 

 あまりの出来事に思考が停止するというのは、何度体験しても慣れるというものではない。

 

 歓声は悲鳴に、街を照らす光源は凄まじい速度で広がる炎に。

 

 一瞬にしてお祭りは地獄絵図と化した。

 

 それでも身体は自然と情報を得るために、目線を忙しなく走らせる。

 

 すぐに目に留まったのは、隣に立つ先生の表情だった。

 

 燃え盛る街並みを映すその瞳は強張ったように開かれ、失念していた、そして確信もしたと言わんばかりに、拳を握り込んでいる。

 

 心当たりでもあったのかと、反射的にそう尋ねそうになったものの、それもある姿が新たに目に留まるまでだった。

 

 爆心地から逃げてきた人の波に混じって、百鬼夜行の悪事の代名詞のような存在――魑魅一座が幸か不幸か、私の目の前に逃げてきたのだ。

 

 

「魑魅一座、あなた達……!」

 

 

 常日頃から何かとトラブルを引き起こし、百花繚乱とは犬猿の仲となっている魑魅一座。

 

 特にお祭りの時にはそれがエスカレートする彼女らが、この騒動の主犯だと考えるのは半ば当然のことで……。

 

 これまでは幾分、子供っぽい嫌がらせにとどまっていた魑魅一座がついに放火にまで手を出したとなれば――

 

 染み付いた動作でライフルを突きつけると、リーダー格の生徒が、慌てて弁明をし始める。

 

 

「ひっ!?ち、違う……!アレはあたしらじゃ……あたしらは何もしてない!本当だってば!」

 

“まずは落ち着いて……一体何があったのか教えて。”

 

 

 喚き泣いてしまうその生徒に、我を取り戻したらしい先生が穏やかながらも張り詰めた声音で問う。

 

 

「あたしらはただ、あいつの質問に答えただけで!助けてほしい?って、言われて“そう”返しただけで……!」

 

 

 必死の形相でまくし立てるその様子は、とてもその場しのぎの嘘には思えない。

 

 かと言って、こんな大規模な騒動を人の目の多いお祭りの中で行える組織は、そうそう思いつかない。

 

 半ば風物詩として流されつつある魑魅一座でないなら、それこそ幽霊のような存在でないと――

 

 蜘蛛の子を散らすように駆け出していく魑魅一座を呆然と見送る私の背には、抑えきれない悪寒が吹き抜けていた。

 

 また、私の大切な何かが壊れていく……そんな直感。

 

 果たしてその答えは、最悪の形となって現実に突きつけられた。

 

 

“ナグサ……アレは一体……。”

 

「――え………そんな、なんで……」

 

 

 どす黒い粘液から滲み出すように顕現するソレが目に入った瞬間、私は今度こそ思考を放棄してしまいたくなった。

 

 錆びた鈴の音が不気味に揺れ、使い捨てられた怨念が人々を睨めつけるかの如き目玉をあしらわれた古傘。

 

 地を穿つはずの石突は銃口となり、幼子のごっこ遊びを具現化するように住民へと凶弾を向けていく。

 

 語られ、擦られ、磨り潰された噂の怪異――

 

 

「……幻魎付喪神。どうして……ここにアレが…!?」

 

 

 分かりきっていること。怪異を操れるのは、百鬼夜行――いや、このキヴォトス全土を探しても一つしかいない。

 

 百鬼夜行、ひいては百花繚乱の宿敵にして、今起こっている問題の全ての元凶――花鳥風月部。

 

 私のトラウマそのものが、逃げることは許さないと現実を侵食し始める。

 

 ――まだ……私から奪いたいの……?

 

 アヤメやクユリに飽き足らず、この百鬼夜行さえも。

 

 カチカチと歯の根が悲鳴を上げる。

 

 万一にも負けるはずのない付喪神たちを前にして、身体は金縛りにあったように微動だにしない。

 

 破壊の限りを尽くす付喪神の一体がこれ見よがしにその銃口を向けても、それは変わらなかった。

 

 アヤメなら―――この期に及んでそんな言い訳がましい思考が過ぎる私には相応しい引導なのかもしれない。

 

 吸い込まれるような闇の奥から妖しい閃光がほとばしり、寸分違わず私の眉間を――

 

 

“―――ナグサッ!!”

 

 

 視界が揺れる。

 

 石膏で固められた身体は不格好に突き飛ばされて、全てがスローモーションとなって遷移していく。

 

 伸ばされた腕、庇うように割り込む大人の影。

 

 キヴォトスの生徒と違い、銃弾一発だけでも致命傷に至る脆弱な身体が射線に割り込んだ。

 

 その事実がもたらす結果が容易に想像されるより早く、視界を青白い閃光が飽和させる。

 

 

「―――先生っ!」

 

 

 遅れて響いた銃声を私の絶叫が塗り潰した。

 

 

 

 

      

 

 

        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 ――同時刻、全てを燃やし尽くさんと猛る炎と怪異は、文字通り地獄を顕現していった。

 

 祭りを彩る提灯は延焼の綱となり、丹精込めて作られた屋台は忽ちに炭と灰へ。

 

 わけもわからず逃げ惑う背中を容赦なく撃ち据える奇っ怪な光弾。

 

 鈴の音は不気味な行進曲となって驀進を後押し、百鬼夜行の恐怖を掻き立てる。

 

 何処からか一際大きな獸声が轟けば、不幸をもたらす黒猫が厄災を振りまく。

 

 ある場所では、普通の青春に憧れた紅蓮の少女とその一行が――

 

 

「……おいおい、何の冗談だよ。なんでこいつらが、よりにもよってこんな時に……!」

 

「な、何アレ!?ツバキ先輩、ミモリ先輩!」

 

「う〜ん、分かんないけど……お友達になれそうな感じじゃないねぇ〜」

 

「……っ!みんな気をつけろ、来るぞ!」

 

 

 ――ある場所では、ひたむきに、純粋に忍術を追い求める忍びの少女たちが――

 

 

「なな、なにこれーっっ!!?」

 

「お、お祭り会場が……ぶ、部長……!」

 

「どどどどうしよう……。一度撤退して……でもまだ人が……でもでもイズナとツクヨを危険には……」

 

「――ご心配には及びません!部長、ツクヨ殿!今、百鬼夜行には主殿がいますから!イズナは主殿の期待に全力で応えます!」

 

「……そうだね、イズナの言う通りだ。よ~し、じゃあまずはここの皆を助けよう!我々忍術研究部――特殊エージェント一同、出撃!」

 

「は、はいっ、分かりました!」

 

「承知いたしました、ニンニン!……ゼッタイニニガシマセン、カチョウフウゲツブ……!」

 

「……イズナ?何か言った?」

 

「……いえ!何でもありません、行きましょう部長、ツクヨ殿!」

 

 

 ――またとある場所では、困惑と怒号に揉まれる統治者の少女たちが――

 

 

「カホ副部長!お祭り会場の周囲に正体不明の何かが出現……西地区では負傷者が続出しているとのことです!」

 

「カホ副部長!商店街に正体不明の怪物が現れたとの報告が……!」

 

「皆さん、落ち着いてください……!これは……一体……いや、まさか……!」

 

「――花鳥風月部、やろねぇ……。言い訳がましくなるけど、これは事前対処も糞もない規模……一本取られたかな」

 

「ニヤ様……私は……」

 

「うん、カホは商会への聞き込みを中心に現地の状況を確認してくれるかな〜?今はとにかく情報がほしいから、時間別、種類別に取りまとめを頼める?……責任の追及は後でも出来るからね」

 

「……はい、承知しました。お任せください!」

 

「それと、チセちゃんは……」

 

「私も、みんなを助ける〜」

 

「にゃはは、そういうと思ったよ〜。カホについて行ってあげてね〜」

 

「……ニヤ様は、どうなさるおつもりで……?」

 

「ただ指をくわえてみてるわけにはいかないし……私は私のすべき事をするよ。大丈夫、全てなんやかんや上手くいくからね〜」

 

「……分かりました。信じていますから、ニヤ様」

 

「……部長〜」

 

「ん?どうかしたの、チセちゃん」

 

「……悪いことしたら、めっだからね〜」

 

「……にゃは……」

 

 

 

 ――瓦葺きの屋根を軽快なリズムが奏でていく。

 

 か細く、血の気の引いた肌は久方ぶりの喜悦に絶頂し、燃え盛る炎すらソレには手を延ばさない。

 

 因果は巡り巡って、今この時へと収斂する。

 

 あたかも散りばめられた伏線が一息に暴かれるかのような、作家として最上の瞬間……とまでは過言だろうか。

 

 しかし少なくとも、この餓鬼にとっては、醜く拗れ破滅を齎す欲望の炎こそが、それを大成する筆であった。

 

 

「――役者が揃いましたね。始めましょうか。……手前どもだけの風流(かいだん)を」

 

 

 井の中の蛙は、渦巻く大海の澱みを知らずして、その身を舞台へと踊らせた。

 

 

 

 

        〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

「うわああっ!た、助けて、か、怪物が……!」

 

 

 パニック映画のワンシーンを切り取ったかのような絶望。

 

 行く手を炎と怪異に阻まれ、選べるのは焼死か射殺。

 

 鮮やかな法被を着たこの者が大罪人というわけでも、前世が大悪党というわけでもない。

 

 しかし現実は善も悪も関係なく、時として理不尽を押し付ける事がある。

 

 地震や台風ならまだしも、名も知らぬ誰かの悪意に巻き込まれることもあるのだから報われない。

 

 そんな中で、救いの手が差し伸べられるとしたならば、その者は間違いなく善の者なのだろう。

 

 凶弾が放たれるよりも先に、新雪のような長髪が舞い、古傘の柄を撃ち抜いていったこの時のように。

 

 

「ふぅ……大丈夫?」

 

“こっち側の怪物は倒してきたので安全です!さぁ、避難を!”

 

「は、はい……!ありがとうございます!」

 

 

 つんのめりながらも火の手の薄い街の外へと駆け出していく住民の姿を見送ったと思うが否や、蛆虫のごとく湧き出す付喪神。

 

 知性も定かでないそれらは、明確な敵意を妨害者である二人へと向けていた。

 

 

「……キリがないね」

 

 

 まともに相手をすれば、火の手も相まって分の悪いいたちごっこにしかならない。しかし、無視するには数が多すぎるという、極めて単純かつ強力な包囲網が形成されつつあった。

 

 手遅れになる前に、最低限の退路を作りつつ撤退するしかない。

 

 たとえ逃げ遅れた住民がいたとしても、ミイラ取りがミイラになるだけ。

 

 戦場の積み重ねが築き上げた直感に従って、ナグサはそう判断した。

 

 隣に立つ大人も同じ考えだろうと思った矢先に、その口から飛び出したのは真反対の言葉だった。

 

 

“逃げ遅れてる人がいないか探してみよう。”

 

「……この状況で何言ってるの?先生……あなた、本気?緊急事態である認識くらい、持っていると思っていたのだけど」

 

“みんなに危険が迫っているからだよ。”

 

「……所詮、あなたにとっては他人でしょう?こういう時は、普通自分の命を優先するものじゃないの?」

 

 

 口先だけで、結局我が身可愛さに逃げ出した自身にも向けられた問いに、先生という大人の姿勢は微塵も変わらなかった。

 

 

“生徒含め……百鬼夜行の人たちとは知り合いだからね。たとえ他人だったとしても、危険な状況を見過ごすことはできないよ。”

 

「そんな綺麗事―――」

 

 

 そう反駁しかけた言葉は不自然に途切れる。

 

 つい先程に、この大人は怪異の攻撃から硬直したナグサを庇っていた。

 

 到底先生の身体では受け止めきれない銃弾の嵐は、実に不可思議な青白い障壁に受け止められたのだから、ナグサは呆然とする他なかった。

 

 その流れのまま、こうして避難を援護する事になったのだがそれはさしたることではない。

 

 誰もが口先だけで実行しない、理想的な綺麗事を、この大人は体現しているのだ。

 

 命が、己が惜しいのなら、たかだか出会って1日経つかも怪しい少女を庇うなどしない。

 

 吃ってしまったナグサを特に追求するでもなく、先生は後悔をにじませたつぶやきを漏らす。

 

 

“……それに、こうなる事は予測できたはずなんだ。だから、尚更私が逃げるわけにはいかないよ。”

 

「どういうこと……?」

 

“陰陽部のニヤから、花鳥風月部が何か仕掛けてくるかもしれないって、予め知らされていてね……。百鬼夜行に来たのも、最初はそれが目的だった。”  

 

「そう……やっぱり、花鳥風月部が、また……」

 

 

 ――どうやら、かの部は本当に私を逃がすつもりはないらしい。

 もしかしたら、という淡い願望は泡沫と消え、目を逸らした影は冷たく心を蝕む。

 

 しかしそれでも、クユリの生と先生という大人の支柱は、ナグサに残った僅かな気概を奮い立たせた。

 

 

「……帰るつもりはないのね」

 

“うん。あいつらの正体、知ってるんだよね?”

 

「……アレは、幻魎付喪神。かつては百花繚乱が退治してきた説話やうわさ――“黄昏”より来る怪談の一つ」

 

“……怪談。”

 

 

 この世ならざる魑魅魍魎が闊歩する現状は、まさに百鬼夜行というわけだ。

 

 これまでオートマタや生徒、時には別世界線の自身とさえ対峙してきた先生であっても、怪異という存在と遭遇するのは初めてのこと。

 

 そしてそれを操るという、いまだ未知数の花鳥風月部。

 

 引き下がるつもりは毛頭ないものの、ただでは解決に転ばない予感に先生は思わず喉を鳴らした。

 

 その一瞬の気の逸らしを狙い撃つように、二人の背後から幾つもの足音が押し寄せ始める。

 

 

「後ろ……!?」

 

  

 ついに完全に包囲されたのかと、反射的にライフルを抜くナグサ。

 その引き金が絞られるよりも先に響いたのは――

 

 

「わわっ、待った待った!アタシは怪物じゃないってば!」

 

「この声……」

 

 

 付喪神特有の鈴の音ではなく、いつぶりかも分からない再会を果たした――百花繚乱の切込隊長こと、不破レンゲの声であった。

 

 当然というべきか、半ば成り行きというべきか、修行部の面々も一堂に介する。

 

 

「あっ、先生だ〜!」

 

「先生、お怪我はありませんか……?」

 

“うん、大丈夫。そっちは?”

 

「……私たちは大丈夫。それより――」

 

 

 部長のツバキがいつもの脱力した様子をかけらも見せずに、ここに至るまでの詳細を先生に語る。

 

 レンゲを説得していた途中、突如として街が火に包まれたこと。見たこともない怪物の対処をしているうちに、先生の姿を見つけたこと。カエデが、ムシクイーン百鬼夜行支部の焼失に一時は鬼神にクラスチェンジしたことなど……。

 

 斯々然々といった事情を共有する脇で、ナグサとレンゲに張り詰める空気は、当然重苦しい片鱗をのぞかせつつあった。

 

 

「ナグサ先輩、ここにいたんだな」

 

「……レ、レンゲ」

 

「言いたいことも、聞きたいことも……山ほどある。正直、一発くらいはぶん殴ってやりたいけど。その前にまず、この怪物を片付けないとな!」 

 

 

 ――レンゲは変わってない。いや、変わったのは私だけなんだ。

 

 出現するそばから付喪神を叩き戻すレンゲを見て、ナグサはそう独りごちた。

 

 それは救いでもあり、同時につくづく己の不甲斐なさを自覚する事実にもなった。

 

 だからこそ、レンゲからの――

 

 

「その……ナグサ先輩も協力してくれるよな?」

 

「私は………」

 

 

 胸の内の激情を抑え込んで絞り出された申し出に、ナグサは即答を返すことができずにいた。

 

 こんな私が――そんなチンケな卑下が喉元の言葉を押し戻す。

 

 一層、気まずい空気が場を満たし始めたその時だった。

 

 根源的な恐怖を掻き立てる、あの獣の轟きが、一切の余計な感情を塗り替えた。

 

 

「この鳴き声……もしかして……!」

 

 

 再び脳裏に走るは、あの日――すべてが崩れ始めた大雪原での記憶。

 

 アヤメの『百蓮』に賭けて、怪異の軍勢を足止めした際にもあの声が絶えず轟いていた。

 

 妹の画期的な戦法でも、どうにか気を引くので精一杯であった、付喪神とは一線を画す存在。

 

 花鳥風月部がここに来たというのなら、付喪神が最後ではない。

 

 あの日の象徴であり、見るも悍ましい化猫の銘は、幻魎百物語(かいだん)――

 

 

「……逃げるよ」

 

「へ!?待ってくれナグサ先輩、逃げるって……ちょっと待ってくれよ!また逃げるのかよ!」

 

“レンゲ、落ち着いて……”

 

「落ち着いてられるかよ!あの人はまた……!」

 

 

 ――違う、逃げるというのは決してレンゲの言う意味ではなく、もっと別の何かから。

 

 そう察した先生がレンゲを諭そうとするより早く、ナグサが首を振って答える。

 

 

「付喪神までならいい……。アレは百物語の一部、うわさによって作られた、物語から派生した存在……。でも、物語が、うわさを超えて怪談となってしまったアレは――」

 

 

 それが紡ぎ終わるより先に、地が揺れた。

 

 その巨体に似つかわしくない跳躍力は軽々と一同を飛び越え、行く手を完全に塞ぐに至る。

 

 幾つもの眼が忙しなく動き、燃え盛る二股の尾が噎せ返るような熱気を扇ぐ。

 

 口元と見られる部位が不意にぱっくりと裂け、つんざくような咆哮を叩きつけた。

 

 

「な、なんだよ……こいつ……!」

 

「ねこ、さん……?」

 

「いやいや、あんなバカでかい猫いるぅ!?」

 

「……遅かった」

 

 

 三者三様な反応に触発されたわけではないだろうが、素早く獲物を見定めた黒猫は、自らの片鱗を飛び道具として差し向けた。

 

 

「うわっ!この……やってくれるじゃねぇか!これでも食らえ!」

 

「先生!下がっていてください!」

 

 

 流石はキヴォトスの生徒。一瞬の驚愕をすぐさま反撃へと変換し、一斉に銃弾の嵐を浴びせる。

 

 付喪神どころか、並の生徒でもひとたまりもない銃撃を一身に受け――果たしてクロカゲは、何かしたかとでも言いたげに悠然と屹立していた。

 

 

「なんだあいつ……!」

 

「なんかヘンだよ!?撃っても撃っても全然当たってる感じがしないよぉ!」

 

「すり抜けていく感じ……だねぇ〜」

 

「はい……まるで蜃気楼でも相手にしているような……」

 

 

 先生を含め、この場の全員が未知かつ理不尽な現象に驚愕する。

 

 ……ただ一人、ナグサを除いては。

 

 

「……無駄だよ」

 

“……ナグサ?”

 

「アレに普通の攻撃は通らない。アレは、幻魎百物語――怪書“稲生物怪録”から生み出された、怪談。現し世の銃弾は、アレには効かない」

 

「そんな話信じろって……いや、実際そうだけどさ……!」

 

「……でしたら、倒す方法は無い、ということでしょうか?」

 

 

 どんなチートキャラだよとカエデが喚く中、ミモリのその問いにもナグサは一瞬の逡巡の後に首を振った。

 

 

「倒す方法がないわけじゃない……。怪談を倒せるのは、大預言者クズノハから認められたもの――証『百蓮』が無ければ、幻魎百物語には傷一つつけられない。クユリでさえ、足止めが精一杯だった」

 

「……じゃあ、私たちは何もできないってこと?」

 

「そう……何もできない」

 

 

 絶望の色が濃くなりつつあっても、クロカゲは嬲るようにじわじわと攻撃の速度を速めていく。

 

 心理的にも余裕がなくなりつつあるのか、レンゲが声を荒げる。

 

 

「それなら!ナグサ先輩なら、こいつを倒せるんじゃないか?百花繚乱の委員長代理だろ!?」

 

「それ、は……違う。私は……できない。証はキキョウに渡して……いや、たとえ持っていたとしても、私には……」

 

「なん……でだよ」

 

「私は……アヤメじゃないから」

 

 

 醜い、一度使えば抜け出せない都合のいい隠れ蓑。

 

 しかし実際に、あらゆる責任から逃げ続けている私が『百蓮』を撃てるはずもない。そしてアヤメであれば、間違いなく――ナグサはそう本気で信じてもいた。

 

 ついに露呈した御稜ナグサという少女の、ひた隠しにされてきた醜面の匂い。

 

 血の匂いに群がる鮫の如く、さらなる混沌が傷口を抉りに乱入してきてしまった。

 

 

 

「アハハハッ!よぉくわかってますねぇ?正解正解、大正解〜!ナグサちゃんの言う通り、手前らはクロカゲには傷一つつけられませんよぉ?」

 

「……誰?」

 

 

 ツバキの声に応えるように、いつから居たのかクロカゲの背から飛び降りる小柄な影。

 

 乞食の餓鬼を風刺したような風貌に、人を小馬鹿にする嘲笑。

 口を開けば神経を逆撫でする詰りの濁流。

 

 一度耳にすれば忘れることはない高笑いは、ナグサにとってはこれ以上無い劇毒となった。

 

 

「なんで……どうして、あなたがここに……っ。――箭吹……シュロ」

 

“シュロ……。君が、もしかして、花鳥風月部の……?”

 

「おやおや〜?ナグサちゃんはともかく……手前はシャーレの先生じゃないですかぁ〜?まさかまさか、この場でお会いできるとは」

 

 

 のらりくらりとした言動で、シュロはわざとらしく一礼をしてみせる。

 

 

「改めて、手前、花鳥風月部の怪談家……箭吹シュロという者です〜。どうぞよしなに……なんて」

 

“花鳥風月部……。シュロ、君には聞きたいことが沢山あるんだ。”

 

「おやおや?噂のシャーレの先生とは、初対面の生徒にも威圧的なのですかぁ?手前、何か粗相をいたしましたかね〜イヒヒッ!」

 

「せ、先生……」

 

 

 そばに立つミモリが思わずたじろぐ程には、抑えきれない怒りがシュロの何倍も大きい背丈から発せられていた。

 

 彼の人柄をよく知る生徒であればあるほど、先生が生徒に敵意を向けるというのがどれほど異常事態かを実感するのだ。

 

 それを知ってか知らずか、ますます勢いづいた怪談家はまた一つ口を開く。

 

 

「……あぁそうそう、お手紙、ご覧になりましたぁ?」

 

“……手紙って……”

 

「『そなたらに告げる。我々の風流は終わってなどいない。風流は大勢で味わうべきもの。お楽しみが始まり、空に咲いた大輪の花を見あげたその時に、もう一度――そなたらの元を訪ねよう。』」

 

“……やっぱり、あの手紙は君が送ってきたんだね。”

 

「えぇそうですとも。しかし、まだ終わっていませんがねぇ……。『そして心待ちにするが良い。我々がそなたらの前に姿を表す時――百鬼夜行を燃やし尽くしてやろう』」

 

“……な……!?”

 

「おやおやおやぁ?やっぱり、伝わってなかったんですねぇ?手前様に届いてほしかった言葉なのですが……。生徒に信頼されてませんねぇ、手前さまは」

 

 

 水を得た魚のように嘲るシュロに、先生は何を返すこともできずにいた。

 

 シュロの言葉が事実なら、ニヤは最重要な結びの言葉を敢えて伝えなかったことになる。

 

 その情報一つで、対処の幅は大きく広がるにも関わらず。

 

 それはシュロの言う通り、ニヤが先生を信頼していなかったか、あるいはこの惨状の発生を望んで黙認して――

 

 そこまで考えて先生は思考を打ち切った。

 

 先生が生徒を疑うところから始めれば、たちまち疑心暗鬼の渦に飲み込まれてしまう。

 

 トリニティのある生徒を見ても、それは明らかであった。

 

 

「ぷふっ…!訳のわからないといった間抜けな顔、理解ができなくて笑えますねぇ。解答を知ったところで、本質は何もわかっていないのですから、愚問極まりないのですよぉ。手前は大好きですけどもね」

 

 

 ひとしきり腹を抱えた後、シュロの毒牙は一人怯える儚げな少女へと向けられる。

 

 

「……でもでも、特に手前の好みなのはぁ……あなたですよぉ、ナグサちゃん」

 

「……っ……」

 

「大雪原以来ですねぇ?今でも鮮明に思い出せますよぉ……大事な大事な幼馴染が黄昏に消えて、挙句にお熱の妹ちゃんまで大怪我させちゃってぇ……!」

 

「や、めて……」

 

「そうそう……その妹ちゃん――クユリちゃんでしたっけ?今、どうしてるんですぅ?いつもいつも引っ付き虫みたいに、可愛がっていたじゃないですかぁ」

 

 

「――――――ぁ……」

 

 

 それはまさに、パンドラ(トラウマ)の箱の鍵となり得た。

 

 花鳥風月部という怨敵を前にしても、クユリが死んだとは限らないという希望があっても、溢れ出す血染めの記憶の濁流の前には藻屑に過ぎなかった。

 

 肉の焦げるような臭い、新雪を染め上げる紅、皮膚の裂ける音、欠けていく身体――

 

 全てを費やしてでも守らねばならなかったはずの存在は、少しずつ少しずつ削り取られて。

 

 

 ――ナグサ『さん』なんて、お姉ちゃんじゃない――

 

 

 最後に残った心さえ、ナグサを見限って離れていった。

 

 

 今やここに立つのは、百花繚乱委員長代理としてでも、御稜クユリの姉としての御稜ナグサでもない、ナニカなのだと少女は逆戻りしていく。

 

 無様に仮面(コスプレ)を演じることしか――それすらも出来ない出来損ない。

 

 心の破片を煮詰めた涙が滂沱し、恥も外聞もなく震えるその様は、シュロという怪談家にとってはまさに極上の餌であった。

 

 

「アハッ!アハハハハハハハッ!助からなかったんだぁ?本当にナグサちゃんは惨めですねぇ!アヤメから託された役割も果たせないで?たった一人の妹すら助けられない!」

 

「う……ぁ……っ…」

 

「その上ぇ?逃げたくて逃げたくてたまらなかった末に、帰ってきたのが百鬼夜行って……図々しすぎやしませんかぁ?本当にもう……恥知らずなんですからぁ」

 

「大雪原……。ナグサ先輩、あの場所で何があったんだよ?」

 

 

 勝手に進んでいく話に耐えきれなくなったのか、かねてから胸のうちに押し込められていた疑問がレンゲの口から漏れ出す。

 

 それを耳聡く聞き取ったシュロは一瞬意外そうに眉を上げた。

 

 

「あれれ、もしかして知らなかったんですぅ?ナグサちゃん、まだ手前らに秘密にしてたんですかぁ?――まだ、嘘ついてるんだ」

 

「……………っ」

 

「ナグサちゃんたら、未だに心の何処かでは百花繚乱の肩書を捨てきれないで、委員長代理の顔をしてるんでしょ?もう全部手遅れなのに………アヤメアヤメアヤメって、それっぽい言葉並べ立てて、醜い素顔を知られたくないだけでしょ?」

 

“……シュロ、もういいよ。”

 

 

 延々と続く糾弾にぴしゃりと水を差したのは、他でもない唯一の大人の抑圧された声だった。

 

 当然、シュロとしては雰囲気をぶち壊されて面白くない事この上ない。

 

 ぐちゃぐちゃになったナグサから、ぐるりと標的を切り替え、その舌鋒を震わせる。

 

 

「おやおやぁ?中途半端な偽善者風情の手前様にも、言えることなんですよぉ?本質を知らずに、かき乱すだけかき乱して、後はポイですかぁ?先生の名が聞いて呆れますよぉ」

 

“……そうだね。私は、ナグサたちについてあまりにも知らなさすぎる。でも、だからって諦めるわけにはいかない。”

 

「見上げた信念ですねぇ……。ですが、何を諦めないんですぅ?百花繚乱の解散?それとも、ナグサちゃん?はたまた、見事な置き土産を残して、無様に死に逃げたク――」

 

 

“黙れ。”

 

 

 かつて、生徒を道具のように扱う醜悪な大人に対して放った二文字。

 

 間違ってもこの先、生徒に向けることはないはずだったそれは、底冷えするような怒りとともに伝播していく。

 

 修行部は勿論、関係の浅いナグサやレンゲ、さしものシュロでさえもその身を強張らせるに余りあるものだった。

 

 しかし、シュロにとってはたかが脆弱な大人の精一杯の威勢として割り切られる事になる。

 

 虎の尾を踏み続けていることにも気づかずに。

 

 

「……いいですねぇ、その敵意。手前、ゾクゾクしてきました。ではでは、そのお礼も兼ねて、手前さん方が知りたがっている真実とやらを、この怪書で見せて差し上げますよぉ」

 

 

 人の欲望を映す稲生物怪録が主の意思に呼応し、舞い散る火花のままに捲られていく。

 

 ドロリとした粘液が垂れ、瞬く間に天蓋となって“幻実”へと塗り替える。

 

 紅蓮地獄の街並みは身も凍るような大雪原に。

 

 最前列で映画を観ているかのような、幻が現を侵す世界。

 

 

「御稜ナグサというお人形さんの、醜い本心をのぞいた感想……ぜひぜひお聞かせくださいなぁ?」

 

 

 シュロのその言葉の反響を最後に、一同は意識を劇場へと同化させていく。

 

 ――一人の少女が、一人の少女に向けて駆ける。

 

 ――一人の少女は、己と瓜二つの少女に、長大な鉄の筒を差し向ける。

 

 ――そのあぎとから放たれたソレは、迷いなくその頭蓋に吸い込まれて――

 

 

「――なっ…!?手前ぇ、何をっ……!」

 

 

 突如、世界が崩れ暗幕が取り払われる。

 

 木材の焦げ付く音や匂い、低く唸るような獣声が大挙して幻を塗り返す。

 

 

「えっ、えっ!?今変なのがピュンって!」

 

「……見えたね」

 

“過去の光景……?いや、それよりも……シュロは?”

 

 

 現実に無事帰還したはいいものの、今度は張本人である箭吹シュロの姿が掻き消えていた。

 

 

「……!あそこ!」

 

 

 反射的に周囲を見渡した者のうち、誰かがそう叫んだ。

 

 見れば相当な力で掴みかかったのか、ちょうど人一人分の石畳が抉られている。

 

 その先には、当のシュロの姿と――それに覆いかぶさるようにのしかかる二股の尾の黒猫。

 

 クロカゲが反逆を起こしたわけではない。

 

 体躯は比べるまでもなく小さく人並みで、逆立つ尾は対照的に青みがかっている。

 

 寡黙で、冷静で、威圧的な態度の裏には面倒見の良さを備える……百花繚乱の作戦参謀――

 

 

「――キキョウ!?」

 

 

 待ち望んだはずの先輩の声は、大きな猫耳に一片たりとも通ることはない。

 

 ギチギチとシュロの薄い胸ぐらを締め上げ、銃口を脳天に押し付ける。

 

 誰よりも心優しい少女の濃縮された闇は、実に簡素な呪怨とともに――

 

 

 

 

「――――――死ね

 

 

 

 怪談家を容易く貫き、怨嗟の調べを轟かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シュロの言う大雪原の件とナグサやレンゲの思う大雪原の件は、微妙に食い違っています……。

活動報告にも書きましたが、諸々の事情で更新を停止しておりました。状況が落ち着いてきましたので、ぼちぼち更新をしていきます。
仕方のない事とはいえ、ブランク→スランプの流れは辛いですね……。

山場は近いですよ〜。次回、黒百合(クユリ)、顕現?
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