自称「平凡だけど、どこか神秘的で儚げな……ただの百鬼夜行の一生徒」の妹による曇らせツアー 作:藍終
クユリ視点からです。
「―――ここは……?」
まるで中途半端に昼寝をしたあとのような、不快な痛みの疼く頭を押さえて立ち上がる。
見渡してみればそこには、生き物のように脈動する幾重もの妖しい光、何が覗くわけでもない瞼のような筋、捻くれた根が折り重なって出来た天蓋という奇怪な空間が広がっていた。
どうにか形容するなら、大きな種の中に入ってしまったかのような、そんな感じだろうか。
――私は、何をしていたんだっけ……?
……そうだ、確か私はぎりぎり燈籠祭に間に合って……お姉ちゃんを探しに行く途中で――
「……そうだ、どうしてコクリコがあんなところに……?」
原作通りなら、コクリコはこの時点では、百花繚乱編に直接的な介入をしていなかったはず。
街が燃え盛る中、高みの見物を決め込んで、あくまでもシュロの作り出す風流を見守っているだけだった。
確かに、描写外でどんな動きをしていたかは判明していないけれども……。
いや、そもそもそんな事まで考えていてはメインストーリーの文量がとんでもない事になってしまう……。
……違う、そうじゃない。
ここはゲームとしてのブルアカじゃない。私は、御稜クユリという一人の生徒として、ここにいる。
なら、それをキヴォトスが認識していたとすれば、ここまで散々引っ掻き回してきた影響が、バタフライエフェクトよろしく襲ってきたということかもしれない。
――コクリコ襲来という全く予想外の方向から。
ただ、それは同時に、私はコクリコと同じく百花繚乱編の脇役……裏舞台役者として世界に認識されたともとれるわけで……。
「……まぁ、構わないけどね。私は私のやりたいことをするだけなんだし」
そうまるで言い聞かせるようにして独りごち、改めて辺りを見回してみる。
まるで総力戦クロカゲの、所謂領域展開状態に似ている……かもしれない。威圧の管理にヤキモキさせられた苦い記憶が蘇るけれど、幸い今のところは身体に異常も起きていない。
いよいよコクリコの狙いがよくわからなくなってきた……そんな思考を読み取ったように、ドロリと壁から滲み出してきた闇が、人型を型取り始めた。
浅黒い生気のない肌、切れ長の朱目、女郎蜘蛛を擬人化したかのような花魁へと。
私の知る限りのメインストーリーでは、一切合切情報のない、生徒であるかも怪しい存在――コクリコが立っていた。
巣にかかった獲物を慈しむような……薄ら笑いを浮かべて。
「……この世は理不尽さね。そうは思わぬかえ?」
「……いきなり、何ですか」
じっとりと、粘度の高い何かが染み込んでくるような音がコクリコから放たれた。
不思議と、不快ではなくて……むしろ、もっと聞いていたいような……。
「与えられて、奪われることもあれば……そもそも初めから与えられていないこともある。どちらが苦しいかなんて話をするつもりはないさね。ただ……お前さんの苦しみを、我は理解できるということさ」
「だから、一体何の話を……!」
「“愛”さね」
心臓が、この空間そのものが跳ねた気がした。
「お前さんは、正しい愛を貰えなかった。……あぁ、今の話ではない、元のお前さんの話さ。我も同じだったからよく分かるのさ……。二十年前、己の信念に従った結果、形だけでも与えられていた愛は無くなり……居場所は無いのだと、世界は尽くを奪っていった我のように」
おそらくは、コクリコさんの過去の話なのだろうと。元の世界では明かされていない新事実を転生者特権で聞ける……そんな風に思考を誤魔化さなければ、この垂れ流される毒に流されそうだった。
生徒としては段違いに年の貫禄を感じさせる顔立ちが、まるで慈母のように和らいだ。
「お前さんは、我さね。然らば、先輩として一つ助言を授けてやろうと思ったのさ。世界の……物語の登場人物であるかぎり、我らは虐げられる。なれば、我らが綴り、頁を繰る側になればいい……そうは思わぬかえ?」
何故、転生者であることを知っているのか。何故、コクリコは私に都合のいいことばかりを言うのか。
頭の何処かではその意図に察しがついていてもなお、私の口は張り付いたように動かなくて……。
私に巣食うナニカを除けば、この世界に降り立って初めてと言っていい、同種の人間からの同情。
それがたとえ間違っていることであろうと、人は救いを求めずにはいられないから。
曇らせ好きとして、そんなことは理解している分、余計に惹き込まれていく。
「お前さんには、その力がある。力を持つ者は、それを振るう権利があるさね。お前さんが受けてきた苦しみ、貰えなかった分の愛を返してもらうことくらい、赦されて然るべき些末な復讐さ……」
「わ、私は……」
「こんな機会、億が一にもあるかないかの奇跡さ。神など我は信じていないけれどね……お前さんはこの世界を自由に加筆できる。御稜クユリは、主人公なのさ」
いつの間にか、四肢に糸が絡みつき、どこか艶めかしい所作でその女郎蜘蛛が左腕を包み込む。
痺れきった脳に直接響くような吐息が、耳朶を甘く震わせた。
「一人では立てぬと言うなら、我がその背を支えてやるさね。まずは何事も慣らしから……その身に有り余る感情の力を、一度体験してみるといいさ。それを妨げるものは、先輩として取り除く故に、安心して身を委ねてみるといい……」
ベリッと、何か重要だった気がしたものが剥がされた瞬間、堰き止められていた闇の濁流に、私の意識は流されていった。
「さあ、我に見せて御覧。お前さんが……いや、主らが紡ぐ――
種が芽吹くその時を待ち侘びるような、細められた赤黒い瞳が妖しく光を残していった。
✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵
「……ビックリしたぁ」
「……っ……!」
千載一遇のチャンス、私を……百鬼夜行を……百華繚乱を、ナグサ先輩とクユリをおかしくした全ての元凶である花鳥風月部を、この手で屠ることができる。
それしか、私の頭にはなかった。
ペラペラとナグサ先輩や先生たちに御高説を宣っている餓鬼――箭吹シュロを物陰から認識した瞬間、身体が動いていた。
百鬼夜行が突如、業火に包まれて、ユカリの件でぐちゃぐちゃになった頭のままでもどうにか一般人の避難を、と奔走していた。
そんな矢先のことだったから……いや、たとえどんなに冷静であっても、私は同じことをする。
コイツさえいなければ、私たちは―――
その全てに終止符をうつ一撃になったはずだった。
いくらキヴォトスの生徒といえど、ゼロ距離から頭にライフルを撃ち込まれればひとたまりもないはず。
花鳥風月部がどんなに奇っ怪な存在でも、その枠からは逃れられない。
そう、思っていたけれど……私が怨嗟と共に放った弾丸は、蜃気楼でも撃ったかのように、虚しく地だけを穿っていた。
「いきなり人に銃を向けるだなんて、失礼ですよぉ?あまつさえ撃つなんて……まあ、手前には効きませんが……ねっ!」
渾身の一撃を透かされて力の緩んだその一瞬に、シュロの下駄が私を蹴り飛ばす。
そのか細い体躯に違わず、軽快な動きで距離を取ったシュロは、心底興醒めだといった風に吐き捨てた。
「まったく……折角、盛り上がってきたというのにどうして水を差すんですぅ?あれですか、自分に都合の悪い物語は受け入れられない質ですか?これだから、凡愚な読み手というのは……無粋ですよぉ」
「……その言葉、そっくりそのままあんたに返してあげるよ」
“き、キキョウ……!大丈夫?”
「先生……うん、私は大丈夫。それより、あいつが……」
“うん、この騒ぎを起こした張本人だよ。”
そう断言する大人の顔は、まっすぐシュロを捉えて逃さない、厳しいもので……。
生徒であれば誰にでも優しく接すると噂のシャーレの先生であっても、どうやらこの餓鬼は例外のようだった。
少しだけ大人の評価を改めて、改めて百華繚乱の制式ライフルを元凶に向ける。
「どうして……って?過去の行いすら顧みられない情弱な頭じゃ理解できないのかな。事の発端は、全部花鳥風月部のせいなんだから、責任は取ってもらわないとでしょう?」
――勿論、死で贖ってもらう他にないけれど……。
そんな心中の呟きを知ってか知らずか、私の背後から新たな銃声が飛び、シュロの身体に新しく波紋を作った。
「だからぁ……意味ないって言いましたよねぇ?今度は手前さん方ですか……手前さん方には関係のない話でしょう。修行部、でしたっけ?」
「関係あるよ〜。私たちは街の平和のためにここにいるからね〜。だから、止めないとって思って」
「はい!理由がどうあれ、騒動が起きている以上、あなたを放っておくわけにはいきませんから」
「そうそう!」
――どうやらシュロ、あんたは文字通り、火遊びが過ぎたようだよ。
花鳥風月部と百華繚乱の因縁……これまで水面下で燻り合っていたものが明るみになってきている。
今回は何が目的なのかは知らないけど、ここまで好き放題してきた年貢の納め時だと、参謀としての直感が囁いていた。
この日、何かが決定的に変わる……そんな予感が。
「ほらレンゲ、あんたもぼーっとしてないで、しっかりする」
「……わ、分かってるって!」
どうやら百華繚乱を離れて、修行部に体験入部していたらしいけど、それを咎めはしない。
それがレンゲの選択なら、私はそれを尊重する。すっぱりと訣別への一歩を踏み出せるその気概は、幼馴染として少し羨ましいほどだったから。
そして――
「……ナグサ先輩」
「キ……キョウ……」
「久しぶり……だったり、おかえり……だなんて私は言わないよ。それでも、ナグサ先輩には聞きたいことが山程あるの。大雪原での本当のことも、クユリのことについても何もかも……!」
私たち百華繚乱を見捨てるのなら、それでもいい。
捨てられるものもないくらいガラクタになった居場所に、しがみついて何になる。
けれど……もし、もし全てに食い違いがあったのなら。
先生の言う通りに、クユリは殺されてなんかないのなら。
……その薄い身体に秘めてきたものを詳らかにして、違うものが見えてくるというのなら……!
「でも、今は聞かない。こいつを倒して、百華繚乱の因縁にケリをつけて、百鬼夜行をもとに戻す。それが今代最後の、百華繚乱の任務。……だから、全部終わってもう一度話し合えるのなら、そのときこそ……」
「で、でも……私はもう……」
――百華繚乱の委員長じゃない、もしくはその資格なんてない。
そんな言葉が出てくるのだろう。その通りかもしれない。
実際、委員長の証である『百蓮』は私の背にあるし、実際の事情がどうあれ一度百華繚乱を放りだしたのは事実。
全てから逃げ出しても……戻ってくる居場所を壊しにかかった私に引き止める権利はない。
それでも、それでも―――
「……私、ユカリに酷いこと言ったの」
「……えっ…?」
「あんたには帰る場所があるから、百華繚乱ごっこは要らないでしょって……。思ってもないことを、偽りの仮面を被って、突き放した」
酷いコスプレだったと、今でも思う。ユカリを想ってのことだったはずなのに、ユカリどころか自らも刃を飲んでしまった。
今頃、お家の名声を一身に背負って、燈籠祭の舞の準備をしているに違いない。
「ナグサ先輩が、私たちを見捨てて出ていったことは……今でも許せないよ。いきなり帰って来たと思ったら、証を押し付けて……」
クユリを殺したと、そう言われた時の全身から血が抜けていくような感覚は、きっと一生忘れられない。
でも、それは本当にそうだったのか。御稜ナグサという看板に盲目になって、事実確認もせずに鵜呑みにしていたとしたら。
私たちはずっと、すれ違いを続けていたのだとしたら。
百華繚乱は……あの頃から何も変わっていないのかもしれない。またみんなで、少し騒がしくても日向の縁側のような居心地のいい居場所に戻れるのなら……。
「でも、ユカリを助けられるのは、ナグサ先輩だけ。私の身勝手な発言で傷つけてしまったあの子を……。代わりなんていない、あなたしか……!虫が良すぎるし、向ける面もないかもだけど、それでもお願い……!私も向き合うから、ナグサ先輩も、逃げないで……」
敵前だというのに、熱いものが一つ、頬を伝うのは止められなかった。シュロからすれば、さぞ滑稽な劇にも見えるだろうか。
そう思いたいのなら思わせておけばいい。お気に召さない展開なら、ざまあないね。
この先、どう未来が転ぶかなんて分かりやしないけど……私はもう――
「……アタシも、アタシも逃げない!」
「レンゲ……」
紅い幼馴染も、どうやら同じ結論に至ったらしい。
もう私たちは、逃げない。その意思をナグサ先輩にありったけぶつける。
2年前、初めての共同任務で、互いに罵倒しながらではあったけど……不思議と息はピッタリ合ったあの高揚感が身体を満たしていた。
「……はぁ〜、あのぉ、もうそろそろいいですかねぇ?何ですか、このお涙頂戴の茶番は。手前がいるというのに、ペラペラと……コケにしてるんですぅ?」
「……あんた、自称怪談家なのに空気も読めないんだ?まぁ、まともに小説の一つも読み切れそうになさそうだし……。ああでも、逆にここまでよく我慢できたと褒めるべきなのかな。あんたは立派な悪役だよ」
「……手前ぇ、言わせておけばよく回る舌ですねぇ。まあ、もういいですけど。既に物語の火蓋は落とされたのですから。今更どう足掻いたところで、風流はクライマックスを迎えつつあるんですよぉ」
いよいよ堪忍袋の尾が切れそうになったシュロを、今まで散々引っ掻き回されたほんの仕返しとして、あえて逆撫でる。
そうすれば、この未成熟な餓鬼は勝手に――
「手前さん方の“最善”が、物語の主役を無事に誕生させたのですから。ええ、ええ!二十年前を再現するに相応しい……あの方に主役になっていただきましょ」
“……まさか、ユカリ!”
「イヒヒッ!流石にそれくらいは察してもらえますか。そうですとも、二十年前を再現しなければならないという呪縛に囚われた哀れな少女。彼女なら、最高の百物語になってくれるでしょう!」
思った通り、優位で安全圏からしか煽りたくない精神性が、勝手に目的を漏らしていった。
ただ、ユカリにまで手をかけようとしているとは思わなかった。
どうやら花鳥風月部は、とことん百華繚乱を崩壊させたいらしい。
私が言えた口ではないけれど……ユカリだけは、花鳥風月部の手に堕とすわけにはいかない……!
「さてさて、手前は最後の仕上げがありますので、これにて失礼……」
“みんな、シュロを――!”
「言われなくても……!」
「逃がしゃしないよ!」
私とレンゲの完全に同調した動きが、軽快に去ろうとするその小さな体躯を捕らえる――その刹那に、幻魎付喪神が傘を広げて割り入ってきた。
無駄ですよぉ……と、あっという間に遠くから響くようになった嘲笑をかき消すように、事の推移を静観していたクロカゲが立ち塞がる。
おそらく足止めを命じられているからか、こちらから仕掛けなければ、大した動きは見せなさそうだけど……。
「チッ……面倒くさいね」
「今のところは大人しそうですが……」
「仕掛けてこないとも限らないしね〜」
「これじゃあ、さっきのヤツ倒しにいけないじゃん!」
「どうすんだ、キキョウ。やっぱりデカブツには銃弾が通らないし、仮にこいつらは何とかできても、どうやってあいつを倒せば……!」
ユカリを助けるために、一刻の予断も許されないこの状況。
だと言うのに、私の頭は先から妙に澄み渡っていた。
それはこの二年間、地道に積み上げてきた参謀としての戦略眼故か、逃げない覚悟を決めたからか。
そのどれもが正しいのだと思う。そして……もう一つ。
「ナグサ先輩、『百蓮』を返すよ。やっぱり、あんたにしかできないことがある。御稜ナグサにしか、できないことが」
「き、キキョウ……」
背にかかっていた、私には重すぎる銃を差し出す。
委員長である証――怪異を撃ち抜き、元凶に終止符をうてる唯一の銃。それは他でもない、ナグサ先輩にこそ似合う代物だと思った。
いや……仮に委員長でも代理でなくともいい。泣き虫な少女でも、一人の姉でも、単なる先輩としてでも……どんな形であっても、私にとっては……御稜ナグサは惹きつけられる存在なんだと自覚してしまったから。
一人の御稜ナグサとして、ユカリを救いに行ってほしい。『百蓮』はそれに応えるだけの、きっと手段に過ぎないのだ。
「お願い……ユカリを、助けに行ってほしい」
果たして、この燃え盛る街では溶けてしまいそうな純白の手が伸び、力なく下ろされそうになったその時だった。
“――ナグサ。”
「……!先生……」
“私からも、お願い。”
大人――先生から一押しが、一度は下がりかけたその手を、濃紺な銃身を掴むに至らせた。
「……!ナグサ先輩……!」
「キキョウ……レンゲ、正直……まだ私でいいのかって思ってはいるの。でも、キキョウたちが逃げないって言ってくれて、私も……!」
補修痕の目立つ銃身が軋むほどに、葛藤の音が鳴る。
噛みしめるように震える長い白睫毛が、ゆっくりと開いたそこには、継ぎ接ぎながらも私たちの大好きなナグサ先輩が、戻ってきていた。
「先生、行こう……!」
“うん!みんな、クロカゲの足止めを――”
「分かってるって!アタシに任せなぁ!」
百華繚乱の射撃術……レンゲの焼夷弾による広範囲攻撃が、奥への道を切り開いた。
切り込み隊長の名に恥じない一撃でできた穴を、素早くナグサ先輩と先生が抜けていく。
当然、クロカゲらは追おうと動くけれど……
「あんたの相手はこっち。黒猫勝負とでも洒落込もうか?」
銃身に火災で燃え残った手ごろな瓦礫を突き刺し、銃剣突撃の要領で、一撃を加える。
銃弾が効かないのは既知のこと。ただ、シュロには銃弾は効かずとも掴むこと……つまりは物理の判定はあることを身を以て証明済みだった。
シュロとクロカゲが、仮に同原理の存在なら……と一計を案じてみたのが、功を奏したようだった。
傷をつけたことで脅威度が優先されたようで、忙しなく動く妖しい猫目が、こちらを捉えた。
「ビンゴ。タネがわかってしまえば、あんたもかわいいものだね」
「ふふっ…足止めの足止めってわけですね」
「ふぁぁ〜……頑張るよ〜」
「ふふん!足止めと言わず、別に倒してしまっても構わんのだろう?ってやつだね!」
すっかり巻き込んでしまった修行部の面々も、もはややる気満々のようだった。
今や遠い昔の思い出となった気がする、百華繚乱が全員揃っていたあの頃の治安維持活動を思い出して、ほんの一瞬感傷に浸ってしまう。
「ふふっ……やっぱり、アタシらはこういうのが好きなんだ。久しぶりに、暴れよっかね!キキョウ、ついてこれるよな!」
「当然でしょ、ナめないで……!」
悍ましい獸声が腹を揺さぶり、身を焦がす業火の渦中に、私たちは躊躇なく身を投じた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
どれだけ引きつけただろうか。
攻撃は通るものの、無限に湧き出してくる幻魎付喪神。そしてそもそも攻撃が通らないクロカゲ。
怪異に対して、ある程度勝手を知っている私とレンゲでクロカゲを……雑兵の付喪神を修行部に任せるといった分担で、効率的に足止めを実行する算段を立てた。
結果として、それは十分すぎるほどに機能した。
銃弾が通るならと、修行部の面々も獅子奮迅の動きを見せてくれた。
吊り橋効果……という程でもないけれど、背中を任せられる安心感というのは久しぶりだった。
私とレンゲも、クロカゲに対して二対一の構図を作り出すことで優位に立つことを意識した。
いくら俊敏そうな猫型とはいえ、この市街地では満足に跳び回るというわけにもいかず――それ以前に、クロカゲの周囲には楔のようなものが打ち込まれていたからか、自縛している状態なこともあって――終始翻弄されるデカブツと化していた。
面倒だったのは、複数の霊魂を実体化させて自爆させに来る攻撃くらいで、これもレンゲがまとめて蹴散らしてくれた。
――と、足止め役としての役割は果たせた……と思う。
問題は、後はこの包囲網をどう突破して撤退なりするかだった。
体力も残弾も残り少ない。怪異どもは散々お手玉にされて気が立っているのか、絶対に逃がしはしないと言わんばかりに包囲を厚くしつつあった。
「はぁ……ふぅ、で……こっからどうするかは、勿論考えがあるんだろ?百華繚乱の作戦参謀サン」
「はぁ……殿の生還率の低さくらい、あんたなら知ってるもんだと思ったけどね……?勿論、ないよそんなの」
「だよねぇ……ならせめて、修行部のみんなは逃がしたいな。巻き込んじまったのもあるし……アタシの青春探しで世話になったからさ」
「そう……その話、帰ったらしっかり聞かせてもらうからね」
「へへっ……!なら、死ぬ気で頑張らなきゃな!」
意思はまとまったところで、ツバキに守られているミモリとカエデに手早く作戦を伝える。
と、案の定というべきか、その清楚な顔立ちが蒼白になった。
「そんな……!そんなのダメです!私たちも最後まで一緒に戦います!巻き込まれたとかの負い目なんて……」
「百華繚乱の作戦参謀はね……全滅するくらいなら、助けられる命を助けるの。大丈夫、私だってハナから諦めてなんてないから。チャンスは一度。絶対に包囲に穴を開けてみせるから、その隙に。……お願い」
「キキョウ、さん……」
半ば強引に押し切って、怪異に向き直る。修行部部長のツバキとは何か言いたげな視線が交錯したものの、了承してくれたのかそれ以上何も言われなかった。
すっかり軽くなった弾薬袋から、最後の弾倉クリップを取り出して銃身に叩き込む。
――死亡フラグっぽいけど、そんなものは私の辞書にないのよ……!
隣の幼馴染と自然に目が合い、同時に頷く。
「――行くよ!」
「これが燈籠祭の、でっかい花火だぁ!」
脳のシナプスに至るまで、完璧にシンクロした動きで怪異どもと衝突する――その瞬間だった。
前線に群がっていた無数の付喪神が、ドス黒い奔流に呑み込まれ、跡形もなく消滅した。
「―――はっ……?」
「………へっ?」
人間、あまりの出来事の前には脳が処理落ちをするという。この戦場にもかかわらず、私たちは間抜けな姿勢でフリーズするしかなかった。
そんな私たちを置いて、さらに目の前の光景は変化していった。
出鼻をくじかれて、同様に一瞬固まったクロカゲの横っ腹に、立て続けに3発、先程と同種の弾……?のようなものが突き刺さり、その巨躯を盛大に吹き飛ばしてしまった。
援軍が……?でも、あんな攻撃は百鬼夜行にいて一度も見たことがない。
それに肌身で感じたものを信じるなら、あの攻撃も怪異と同じ悍ましさを纏っていた。
「一体……何が起こっ……て……」
正体不明の攻撃が飛んできた方向に首をやった私の喉は、次には張り付いて不自然に引きつってしまった。
――そんな、どうして、何で……!
もう、考えることすら不可能なほど、私の脳はぐちゃぐちゃになっていた。
確かにずっと……ずっと会いたかった。
これでナグサ先輩への疑惑が一つ大きく吹き飛びもする。
許されるのなら、今すぐにでも……おかえりなさいって抱きしめにいきたい。
……なのに、それができないのは、ソレが本当にそうなのか、確信は持てるのに疑わしいという姿であったからだった。
「なん……どうしたんだよ、キキョ……ウ」
レンゲもソレを目に入れたのか、同じく固まってしまう。
当たり前だ。
だって、そこにいたのは……
全身がドス黒い闇のようなものに包まれ、罅割れたような紋様は鐘のような花弁を型取っている。左眼の華は開ききり、左腕とライフルが蔓のようなもので完全に一体化した人型のバケモノ――
それでも、私の魂は叫んでいた。
どれだけ姿形が変わろうと、分からないはずがない。
ずっと帰りを待ち望んでいた……どうしようもなく愛しくて、今の百華繚乱に欠かせない存在。
「「―――クユリッッッ!!」」
私とレンゲの絶叫が、街を包む業炎さえも吹き散らしたかと思うほどの、刹那の静寂。
ソレは焦れったいほどゆっくりと、両頬を吊り裂いて、ニッコリと嗤った。
「タダイマ」
次に私たちが目にした光景は、視界いっぱいを埋め尽くす――闇の奔流だった。
た だ い ま です……!!
色々創作の幅が広がったので、これ一本とは中々いきませんが……。気が向けば読んでやるかくらいでお待ち下さい。
イラスト道に目覚めたので、いつか御稜クユリちゃんの立ち絵もかきたいですね……なんて。
この章のシメは特大の曇らせを用意しています。