自称「平凡だけど、どこか神秘的で儚げな……ただの百鬼夜行の一生徒」の妹による曇らせツアー   作:藍終

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幕間回ですが、布石回でもあります。
皆さんは覚えていらっしゃいますか……?あの百花モブちゃんのことを。
31話あたりから、動向をチラ見せしてきましたが……果たして。※百花モブちゃんの話は燈籠祭開催前です。


誇りと信念

 ――一目惚れ、だった。

 

 

 いつ、どのタイミングでここまで惹きつけられたのかは、もう覚えてなんかない。

 

 不良から助けてもらったり……だったり、曲がり角で食パン咥えてぶつかった……だったり、特に運命的なきっかけがあったわけじゃない。

 

 強いて言うなら、同じ部活にたまたま入った同学年生……という点では、運命的だったのかもしれないけど。

 

 

 ――生きる意味だった。

 

 

 姉譲りの儚い白髪を、やや小さな体躯には分相応な長さで靡かせて、華がほころぶように……時には意味ありげに微笑むその顔を、守らなきゃと思った。

 

 生憎、私に戦闘の才はなかったから、医療班として後方から支えることにした。

 

 自分に出来ることを出来る範囲で……そう考えたのもあるにはある。

 ただ……それだけかと問われれば、私は首を横に振らざるを得ない。

 

 使命感で誤魔化すのも日に日に難しくなっていく一つの感情が、種から芽吹くのを止められなかった。

 

 

 ――好き。

 

 

 なんて包括的で、複雑で、曖昧な言葉なんだろう。それでも、私はあの子のことを目で追うのが、時偶ケガをしてきて治療してあげるのが楽しくて……。

 

 あのレンゲ先輩とタイマンをはるくらいに成長していくその背を見て、勝手に誇らしくなったりもした。

 

 でも……同時に自らの立場と、何よりあの子の目線の先を考えれば、私は弁えるほかなかった。

 

 あの子の視線は、いつだって一人の先輩に注がれていた。

 

 あの子の姉にして、百花繚乱紛争調停委員会の副委員長――今は委員長代理だっけ――御稜ナグサに。

 

 一目見て解ってしまった。

 

 私じゃ、勝てない。私には、あの間に入り込んで、あの子の視線を独占することなんてできやしないのだと。

 

 理屈じゃなく、言うなれば女の本能が、そう叫んだ気がした。

 

 真にあの子のことを想うのなら、その幸せを願って、黙って支えるのが筋というものだと……私は思う。

 

 だから、あの子とは仲間であり友だちとして……私はこの想いを一生墓まで持っていくのだと決意したのに……。

 

 

 

 

 ――全部壊れた。

 

 

 アヤメ委員長が失踪した、あの日から、百花繚乱もあの子もを取り巻く環境も……全てが滑落していったようだった。

 

 一時は、妹のこともろくに助けられないナグサ先輩に失望と憎悪を抱いたものだったけど、それは私も同じこと。

 

 あの日……私があの子を外に出さなければ、ベッドに縛り付けてでも管理していれば……汚い大人の毒牙にかかることなんてなかったのだから。

 

 せめてその贖罪にと、私なりにあの子の現状を打開する何かがないかと奔走したりもした。

 

 当然、黄昏の呪いなんて非現実的な現象を前に、医療従事者が歯が立つわけもなく、徒労に終わったのだけれど。

 

 そんな折に、あの子がついに失踪したのだから……あの時の私はそれはもう凄まじい発狂具合だった……らしい。

 

 空が赤く染まったあの日……風の噂ではこの世界の危機だったらしいけど、そんなことはどうでもよかった。

 

 任務を無視して我武者羅に駆けずり回っても、影も形もなくて……同僚に止められてからは、あまり良く覚えていない。

 

 というのも、そう経たないうちに、あろうことかナグサ先輩が……あの子を殺したという噂が耳に入って、私は意識を手放したから。

 

 信じる信じないは、心身ともに衰弱しきった私にとっては関係のないことだった。

 

 

 

 

 

 気がつけば、私は歩いていた。

 

 屍人のようだったのかもしれない。

 

 ただ、ひたすらに、一つの目的だけが、私を突き動かしていた。

 

 

 ――クユリちゃんを探さないと。

 

 

 百鬼夜行の外に出ることは滅多になかったから、当然地理なんて分からない。

 

 昏睡状態だったからか、ろくに身体に栄養が行き渡ってない状態で歩き続ければどうなるかなんて、私がよく分かっていた。

 

 それでも……歩かずにはいられなかった。

 

 その行為が、避けられない現実を見据えているようで、逃避でしかないものだとしても。

 

 

 そうして、ついに限界を迎えたその先で、私は―――

 

 

 

 

 

 

 

「――!!気が付きましたか!?団長!ミネ団長、セリナです!患者が目を覚ましました!」

 

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵

 

 

 

「……ん、ぅ……」

 

 

 柔らかい朝の光が私の頬を撫でる。習慣というものは実に素晴らしいもので、早寝早起きが染み付くと、体内時計が微睡みから引き揚げてくれるのだ。

 

 病弱FOXなどと、風の噂では揶揄されているようだが、私はこの通り至極健康的な生活を送っている。

 

 ――まぁ、実際に少々身体が弱いことは認めるけどもね。

 

 エデン条約での一件、色彩での一件……払った代償は相応のものだったが、私はもう被介護者に甘んじることはないのだよ。

 

 

「……おはよう、今日も君は愛おしいことだね」

 

 

 誰もいないことをいいことに、少々はしたないことを承知で背伸びをする。

 そんな私の頭には、既に私の半身のような存在になりつつあるシマエナガがちゃっかり居座っていた。

 

 これも習慣にしつつある朝一のヨガをする間も、器用に頭や肩を占拠するものだから可愛いものだ。

 

 そうして一通り寝起きのルーティンを終え、私の身には余りある寝台から降り、用意されている朝餉をいただく。

 

 上流階級の集まるトリニティ総合学園、ましてやその三大トップの内の一角――サンクトゥスの頭ともなれば、この待遇も納得はしようが……

 

 

「……相変わらず、堅苦しいことだね。いや、私の身を案じてくれているのだから、これ以上は無粋かな」

 

 

 自他ともに認める華奢な体つきと、普段の食事量、運動量を正確に計算したであろう朝食を前に、思わず苦笑いを漏らす。

 

 この食事を……というより、ここ最近の私の食事事情を管理しているのは、他でもない救護騎士団団長の蒼森ミネだ。

 

 彼女とはエデン条約の件で、私を匿ってもらった恩がある。それに、いくら偽装だったとはいえ死んだふりを通してもらうのは心労を察するに余りあるし、色彩にこの身を喰われかけたともなれば……。

 

 思い返せば、これは多少過保護な管理も納得せざるをえない所業だった。

 私とて、これがミカやナギサだったらと仮定すれば、同一の手段は取らずとも、目の届くところに束縛するくらいのことはしてみせるかもしれない。

 

 

「……そう考えれば、現状は大分温情ものなのかもしれないね。ごちそうさまでした」

 

 

 手を合わせ、回収しやすいように食器を整理して身支度を整える。

 

 今日は当のミネによる定期診断の日だった。

 

 私の異能とも呼べる神秘――予知夢は、色彩を間接的に覗き込んだことによって汚染され、あわや自身さえ反転の危機に遭っていたことがある。

 

 幸い、百鬼夜行の幻の生徒……クズノハの助力によって最悪の事態は避けられたが、代償として自らの神秘を切り捨てなければならなかった。

 

 未来予測の大賢者……などと呼ばれる所以にもなった予知夢の力には、苦しめられることが多かったとはいえ自らの一部であることに変わりはない。

 

 その切除を行ったのだから、今後どのような影響が起こるか未知数。それ故に、ミネが定期診断によって身体的兆候を察知したい……という理屈だった。

 

 ――ナギサやミカも、言外に後押ししている節もあるが。

 

 

「まったく……私はそんなか弱く見えるのだろうか。いや、ミカの基準で語られても困るがね……」

 

 

 あの脳筋力ゴリラと比較されては、私など枯れ枝にも満たない。

 

 そう独りごちながら、私室を出てセーフティハウスの庭に出る。

 既に救護騎士団専用のバンが停車しているから、多少予定より早いが構わないだろうと、顔を覗かせる。

 

 定期診断といっても、これ自体は堅苦しいものではなく、なにか異常はないか……ミネのマッチポンプ救護はどうにかならないのか……等と雑談混じり程度のものだ。

 

 医療従事者は日々多忙と聞く。彼女たちもそれは例外でないだろうから、ささっと済ませてしまおうと思った矢先のことだった。

 

 

「失礼するよ。朝早くからすまないね、早速診断を――」

 

「――!!気が付きましたか!?団長!ミネ団長、セリナです!患者が目を覚ましました!」

 

「……ッ!分かりました、至急救護に向かいます!」

 

 

 何やらバンの奥が騒がしい様子だった。察するに急患でも抱えていたのだろうか。

 あまり褒められた行為ではないが、好奇心というものは時に人心を掌握する。

 

 それに予知能力が消えたとはいえ、直感というものは未だに鋭敏な名残が見られている。何となく……私は知らなければならないと思ったのだ。

 

 そっと閉じられたカーテンをめくると、そこには……私の知らない生徒がいた。

 

 私とて一派閥の長、トリニティの生徒の大半は頭に入っている自信がある。

 

 トリニティ以外の生徒が救護騎士団の世話になる事例としては……ゲヘナとの小競り合いを、ミネが救護したことか。

 

 だが、どうもこの生徒は――偏見だが、ゲヘナらしくはない。

 

 そう観察していると、その生徒と目が合い、それに気がついたミネがついに私を発見した。

 

 

「せ、セイア様!?申し訳ありません、今は手が離せず……」

 

「いや、構わないよ。私も悪いことをした。……その子は?」

 

「そ、それが……私にも詳しくは分からず。セリナが近辺で偶然倒れかけていたところを救護した……といった具合でして」

 

「セリナが……?」

 

 

 目覚めたばかりの少女を甲斐甲斐しく介抱している、同じく救護騎士団の鷲見セリナに目を移すと、セリナも困ったように眦を下げた。

 

 

「は、はい……でも、私にもよくわからなくて……。本当に偶々、その場に居合わせまして。とても衰弱していて危険だったので、急いで保護をしたんです」

 

「成程……君、話せるかい……?」

 

 

 なるべく穏やかに話しかけてみたつもりだったのだが、少女は困惑の極みにあるのか、うまく言葉を発せないでいた。

 

 

「あ、あの……えっと、ここ…は?あなたたち…は」

 

「……あぁ、すまない。私としたことが失念していたよ。名は自ら名乗らなければ……私は百合園セイア」

 

「蒼森ミネ、といいます。ここはトリニティ……トリニティ総合学園です」

 

「私は鷲見セリナです。セリナと呼んでくださいね。」

 

 

 私としたことが、少々事を急きすぎているように感じる。

いくら直感が馬鹿にならない精度とはいえ、それで怯えさせてしまっては本末転倒ではないか。

 

 ここは専門職の二人に任せるのが妥当なはず。少女が落ち着いてからでも遅くはないはずだ。

 

 

 ……そうして、救護騎士団の二人に介抱された少女は次第に落ち着き、自らが置かれている状況を理解していった。

 

 ぽつりぽつりと語られた身の上を順に整理すると、まずこの少女は百鬼夜行連合学院の生徒らしかった。百花繚乱紛争調停委員会という治安維持組織に属し、失踪した同僚を探してこんなところまで……という事らしい。

 

 なんとも健気で涙ぐましいことだろうか。いや……あのミカでさえ、私が暗殺事件の餌食になったと思い込んだゆえもあって、トリニティの裏切り者にまでなったのだから……。

 愛、と一括りにしてはよろしくないのかもしれないが、人は時に愛のためなら非合理な行動をとる生き物なのだろう。

 

 

「これも何かの縁だ。その探している生徒の名を教えてくれないかい……?こちらも何か力になれるかもしれない」

 

「えっ……と、御稜クユリちゃんです……」

 

「……!その名は……」

 

「クユリさん、ですか……!?」

 

 

 二重の驚愕が襲った。一つは、その名前は色彩襲来時、先生が各校の代表会議の場で口にした名前と同一だった。色彩に侵されていた私と同類の状況にあると考えられ、クズノハ探しの重要性を高めたきっかけになった少女。

 何せ当時はあわやキヴォトス滅亡の危機だったこともあり、ようやく体制が整いつつある今まで水面下で調査するしかできなかったのだが……どうやら神の導きというのは存在するのかもしれない。

 

 二つめは、セリナも同様に反応を示したということだった。

 

 

「……セリナ、君も知っていたのかい……?」

 

「は、はい……。その、先生から連絡があって駆けつけた時に、クユリさんの治療を行ったことがあるんです。見たこともない傷口で……今でも忘れられません」

 

 

 どうやら、セリナには直接面識もあるようで、大人に虐げられたという要素からも、先生が話していた生徒で間違いないようだった。

 

 ますます、動かない理由もなくなったと言えよう。

 

 元より、私の権限の範囲でやれることはすると宣言したのだ。サンクトゥスの頭として、一人の人間として言葉には行動をもって責任をとりたい。

 

 

「……縁とはかくも奇妙に結びつくものだね。君、よければそのクユリについて、知る限りのことを話してほしい。私も丁度、彼女を捜していたところなんだ。協力は惜しまないよ」

 

「私も協力させてください……!一度診た患者がまだ苦しんでいるのを見過ごすことなんて、できません!」

 

「……百鬼夜行にはトリニティも相互に交流がありますし、何よりセイア様が直々に動くとなれば外交面は問題ないでしょう。多少無理が効きます。しかし、それはどうでもよいです。そこに救護対象がいる。それだけで十分です。ので、私も動きましょう」

 

「あ……ありがとうございます……!」

 

 

 セリナはともかく、ミネも動いてくれるとは思わなかったが……これで百人力というものだ。些か実直すぎるきらいはあるものの、まさしく救護騎士団の誇りと信念を胸に刻んだ団長というべきか。

 

 

 

 そこからは、少女の口から語られていく百鬼夜行、及び百花繚乱の壊滅的な現状、そして御稜クユリについてを一通り把握していった。

 

 無論、現実は刻一刻と変遷していくものであるし、この少女が意識も判然としない中彷徨ってきたのなら、あちらがどんな状況なのかは知る由もない。

 

 ――いや、こういうときこそ、頼らせてもらうとしよう。

 

 

「……先生に確認を取ってみよう。あのお人好しが動いていないはずはないからね。少し失礼……」

 

 

 モモトークを開き、シャーレ宛に連絡を入れる。あの釣った魚に餌をやらないクソボケは、過労もいいところのはずにも関わらず生徒からの連絡には敏感だ。

 どれだけ遅かろうと、数分後には既読がつくが……今回は――

 

 

「……立て込んでいるのかな?珍しいこともあるのだね」

 

「私の方も既読がつきません……。ですが、場所は百鬼夜行にいるようです」

 

「そうか……やはり先生も――ん?」

 

 

 待て、さも当然のように先生の現在地を特定できているのは何故だ……?

 あまりにも至極当然の事のように言うものだから、つい流されそうになってしまった。

 

 

「……いや、なぜセリナは先生の場所を……?」

 

「……?私は先生のセリナですから!」

 

「そ、そうなのか……?しかし……」

 

「セイア様、世の中には知らなくていいこともあるんですよ……。これがセリナのいつも通りですから……」

 

「わ、わかった……」

 

 

 ミネに半ば諦観混じりにそう言われては、私も口を噤むよりほかなかった。

 確かに、知らなくていいこと、知らないほうが幸せな真実というものは存在する。私が一番身を以て知っていることだ。どうにか落としどころをつけて、神秘の力ということなのだろうか。

 

 ただ一つ言うとするなら……先生、君のプライバシーは想定より形骸化しているようだよ。

 

 

「……コホン、兎に角……先生と連絡が取れない以上、直接出向くしかないね。道案内役はこの子に任せるとしても……今すぐ動くというわけにはいかないのだろう?」

 

「はい、彼女はまだ目が覚めたばかりですし……安全のためにも、最低半日はここで安静にしていただきます。こればかりは譲れません」

 

「そう……ですよね」

 

「それに、今しがた調べたのですが……明日には百鬼夜行で燈籠祭なる催しが開かれるらしく……」

 

「……成程、観光という名目ができるわけだね。しかし二人も動くとなると……救護騎士団の活動は問題ないのかい?」

 

「ご心配なく、今はそれほど忙しくありませんし……ハナエも立派な救護騎士団の一員ですから」

 

 

 どうやら政治的事由も部活動の維持も考慮済みのようだった。やはりと言うべきか……ミネは相当頭のキレるタイプだ。独善的な思惑ややり取りの常態化するトリニティで、一部活のトップを張るのだから、半ば必然なのかもしれないが……。

 

 私はミネと良い関係を築けていることに、改めて心底感謝するのだった。

 

 

 

 

         〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 その後、詳しい段取りを詰め、忘れかけていた当初の目的である定期診断も特段支障なく終えた私はというと……ナギサのもとを訪れていた。

 

 今回のクユリに係る事案……直感のせいもあるかもしれないが、どうにもきな臭い。

 

 最悪、大規模な戦闘に発展する可能性も鑑みて打てる手は打っておきたかった。

 

 ――私の杞憂であればいいのだけれどね……。

 

 こればかりは神のみぞ知るといったところか。考えても仕方ないのなら、今できる最善を尽くすことこそ肝要のはず。

 

 絶望の未来が見えていたとしても、より良い結末を信じて諦めない。

 

 

「下着も水着だと思えば……それは水着、か」

 

 

 あの大人に刻まれた言の葉は、厭世的な私の思考を随分と塗り替えてしまったらしい。

 それでも、決して悪くない気分だった。

 

 一呼吸おいて、その重厚な扉を押し開ける。

 

 絹のようなブロンドの長髪が、柔らかな風に運ばれているのを確認して、お馴染みのテラスへと足を踏み入れた。

 

 

「やぁ、ナギサ。今日はミカは来ていないようだね」

 

「セイアさん……はい、いつもの奉仕活動中でして。ご用でしたら言伝をしましょうか?」

 

「いや、構わないよ。むしろ好都合だ。ナギサに少しばかり、頼まれたいことがあってね」

 

「私に……ですか?ふふっ、セイアさんにしては珍しいですね」

 

「そうかい?それなら、友人の滅多にない頼み事として、聞いてもらえると嬉しいかな」

 

 

 そう私は、ティーカップを軽く持ち上げながら、悪戯っぽく微笑んでみせるのだった。

 

 

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵

 

 

 

 燃え盛る街、唸り響く獣声、怪異ひしめく百鬼夜行……まさしく阿鼻叫喚の地獄絵図。

 

 世が世なら、絵巻物として後世に語り継がれるであろう光景は、見る者にはいっそ雅にも映るのだろうか。

 或いは、致し方ない通過儀礼の象徴として映るのだろうか。

 

 いずれにせよ、人の手によって蒔かれた火種は、その思いを薪として全てを燃やし尽くしていく。

 

 それが一つの物語のスパイスとして輝くのか、話者自らをも飲み込み膨張するのか。

 

 確かなことは、手元を離れた火は須らくを照らし上げていくということだった。

 

 

 

 ――とある一角では、鮮やかな赤を反射したオペラグラスが不気味に揺れた。

 

 

「……こんな無粋な代物を作るなんて、風流がなってないさねぇ……。我の百物語に栞は必要ない。さぁ、もっと魅せて御覧。お主の行きつく末にあるのは破滅か、それとも……」

 

 

 花魁の視線の先で、どす黒い柱が立ち上る。

 まだ肉のついた栞のようなそれを、手慰みに火中へと放り投げる彼女の頬は、喜悦に持ち上がっていた。

 

 

 

 

 ――またとある一角では、片折れの角が蒼い炎に影を作っていた。

 

 部員や副部長たるカホまで、この惨状に乗じて人払いを済ませたのは、これを使うため。

 

 急急如律令――実質的な生徒会長である彼女にしか発することのできない、外部からの侵略に対抗する緊急措置令。

 

 元来は漢の公文書で使用され、陰陽師、現代に至るまでその意味合いを変化させてきたものだが、彼女は専ら陰陽師にならってこう使っていた。

 

 

「悪霊退散、悪霊退散〜なんてね、にゃは」

 

 

 遥か先で、黒い光が立ち昇る。それを見つめる瞳は既に濁りきっていた。

 

 まだ、今ではない。

 

 折角再び姿を表したのだ。千載一遇の機会。

 

 この百鬼夜行に仇なす害虫をまとめて焼き払うには、まだ機は熟していない。

 

 後にどんな汚名も、罵倒も、恥辱も、責任も甘んじて受け入れよう。

 

 それでも、彼女は只管に百鬼夜行の為ならばと、自らを偽って大義を成そうとしていた。

 

 

 かの魔を打ち払った先に見えるのは、絶景であることを願って、砲口は今か今かと蒼炎を燻ぶらせていた。

 

 

 

 

 

 




蒔かれた運命が収束しつつあります。

次回「Dancing falsehood」
……の予定です。

みんな、黒に成る。
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