自称「平凡だけど、どこか神秘的で儚げな……ただの百鬼夜行の一生徒」の妹による曇らせツアー   作:藍終

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誤字報告助かります!
お恥ずかしい限りです。


―追記―
問題箇所を大幅に、かつ内容の変化をなるべく抑えて変更致しました。自らの甘えが出たとは言え余りにもひどいと感じた為です。ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。


Fritillaria camtschatcensis

 

「――なるほど……。それが“黄昏”であると、貴方は考えているのですね」

 

 黒服は彼女から語られた黄昏というものについての内容を、今一度頭の中で整理する。

 

 要約するなら、黄昏は古来より伝わる伝承や物語、そして現在流れているウワサに至るまでの、これまで人があらゆる手段で表現してきた“未知”を具現化し、或いは種となるウワサを元手に存在を逆に“物語化<アーカイブ化>”する役割を持ったゲートのようなものらしい。

 

 大昔の人間は、あらゆるモノや現象には霊的存在が宿っていると考えていた。生物・無生物、豪雨や突風などといった天候、火が付く水が流れるといった現象にさえ。

 これは人間の突出した知能がもたらした特異な考え方であり、これをアニミズムと言っている。

 わかりやすくいえば、あらゆるモノを人間のように捉える、いわば擬人化に近い行為をしていたのだ。

 

 時が経ち、人間の文明文化が発達してきた頃。日々の生活や生活圏の拡大の中で、当時の人間には解明できない自然現象や生物に遭遇し、時にはそれが害をなすことが増えてきた。

 人間はその発達した知能で、理解不能なそれらをいかに表現し、仲間や後世の子孫に伝えることが出来るのかを考えた。そこで、アニミズムの思考を反映させ、擬人化とまでは行かなくても、その目で、口伝てで得た情報をもとに、不可思議=未知を何かしらのカタチで具現化した。

 

 

 これが俗に言う、『妖怪』である。

 

 つまり、黄昏はその妖怪のように人が完全に理解できない、解明できない未知の概念を表したモノ―本といった形に残る物から、ウワサといった口伝に至るまで―を司っているのだ。

 

 

――まぁ、これも彼女の、クユリの“原作知識”に基づく考察にすぎないらしいのだが。

 

「はい、何分『アッチ』の方では確かな情報が開示されていないので…。ただ、“コレカラ”起こる出来事からも、私はかなり的を射ていると考えていますよ」

 

「ふむ、確かに非常に興味を唆られる概念ではありますね…。百物語化…。色彩の反転と合わせて是非とも研究したいものです。――ただ、貴方の本題はこれからなのでしょう?」

 

 そう、結局のところ黄昏についての云々は、彼女の望みを話すうえでの前提知識なのだ。

 こんな常識外の存在が何を望んでいるのか。研究者としての性が彼女を促させた。

 

 それが酷くおぞましく、捻れて歪みきった狂気そのものを封じるパンドラの箱を開けることになってしまったと察したのは、一瞬人が変わったかのように、ニタリと笑みを浮かべたクユリの表情をみたからだった。

 

 

「結論から言いましょうか。私のお姉ちゃんを曇らせたい、この一言に尽きます」

 

 

「………はい?」

 

「……もしかして“曇らせる”という言葉の意味がわからなかったですか?えっとですね……」

 

 

「あぁ、いえいえ…。失礼しました、余りに突拍子もないことでしたので………」

 

 “曇らせる”とは、表情が曇るという言葉などから一部の界隈で普及し始めた俗語だ。幾らソッチ方面に疎い方とはいえ、言葉の意味くらいは聞いたことがあった。

 

 クスクスと口元に手を添え微笑む彼女。それだけ見れば儚げな淑女なのだが、紡がれる言葉は真反対のものだった。

 

「より正確には私の姉の御稜ナグサが愛する妹が傷ついたり、死にかけたりして、涙と鼻水でぐっちゃぐちゃになった顔を拝みたいんです」

 

 なにかおかしいことを言ってますか?と言わんばかりに首を傾げてくる。

 

 

 そんな様子から、彼女の内面は何となく察することは出来てきた。

 それはいいにしても、まだわからないことはある。

 

「いえ……。それは結構なのですが。私に何を望むのかがいまいち想像できなくてですね…」

 

 こちらの要求は彼女の神秘を研究するために、彼女に実験を施す事を許可してもらうこと。それに対する彼女の要求は、こういってはなんだが彼女一人でもできるのではないかと感じるものだった。

 

 先程に語られた“黄昏”。話を聞く限り色彩ほど能動的ではないにしろ、十分危険をはらんだ概念的存在だ。

 

 ならばそれを利用すれば……いや、わざわざそんな事をしなくても姉を悲しませることくらい日常生活で如何様にもできそうだと、そう思わざるを得なかった。

 

 

 そんな疑問を読み取ったのか、或いは想定していたのか。

 

 彼女は人差し指をピンと立てて、より詳細な計画を語り始めた。

 

「え〜っとですね。まず、私はこれから“黄昏”にわざと接触します。お姉ちゃんを助けるかたちで。多分、存在を生きたまま書き換えられていくので苦しみながら悶え叫ぶ目に遭う事になりますが、それは別にいいんです。私が苦しめば苦しむだけ、お姉ちゃんのイイ顔が見れるでしょうから」

 

 この時点でだいぶイカれている事を口走っているが、本人は何ともないように、ごく当たり前の常識のように語り続ける。

 

 

「でもですね………。黒服さん、私が死んじゃったらこれからもそんな顔が見れないじゃないですか」

 

 

 

 あぁ、なるほど。彼女が何をしてほしいのかが理解できてしまった。つまり―――

 

 

「クックック…。なるほど、つまり私に黄昏の影響を打ち消す手段を用意してほしいと、そういうことですね?」

 

 あくまで、愛する姉が悲しむ様子をみたいだけであって、それで自分が死んでしまったら本末転倒であると。そう言いたいのだろう。見たいものだけ見たら後は五体満足で幸せを享受しようとしている。

 

 

 自分勝手な子供らしい欲望だと感じ、先程感じた怖気は気の所為だったのかと思い直していたのだが…。

 

 

 次の言葉で、やはり彼女は狂っていると、そう認識し直さなくてはならなくなった。

 

 

「ん~~。正確には違いますね。“私が死なない程度に苦しみ続けるように調節してほしいんです”」

 

 

「…………はい?」

 

 

「もっと言うなら、その過程で“あえて跡が残るように”痛めつけて欲しいんです。あ、その際に左腕くらいなら切り落としちゃってください。サンプルの一つにくらいはなるでしょう?」

 

 

「…………」

 

 

 真意が、わからなくなってきつつあった。

 

 黒服は彼女は姉から愛されているが、愛してはいない。そこにどんな確執があったのかは知るところではないが、そんな姉の悲しむ顔が見たいと言うからには、一方的な愛に疲れでもしたのだろう。

 

 だからこそ、目的が達成された後は仲直りでも何でもして、日常に戻ろうという子供らしい考え方だと思ったのだ。

 

 しかし、彼女は今、跡が残るくらい己を痛めつけてほしいと、あまつさえ左腕くらいは切り落として構わないと宣ったのだ。しかも、黄昏の影響をあえて残すように調節してほしいとまで…。

 

 そんな事をすれば、彼女が望むであろう日常に戻ることは難しくなってしまう。

 

 

 いったい、彼女は………。いや、もしかしたら――――――

 

「クユリさん……。貴方は、その姉を愛しているのですか?」

 

 もしそうなら、彼女の神秘の特性上、その姉はいずれ…。

 

「あれ?言ってませんでしたか?私は―――」

 

 

 

 

「お姉ちゃんが大好きですからッ!」

 

 

 次の瞬間、彼女の全身から悍ましい神秘の波動が放たれた。

 

 いつの間にか日は完全に没し、すっかり暗くなっていたためすぐに気づけなかったが…………。

 

 

 

 

 彼女の儚げな、本来髪の大半を占めていた美しい銀髪は、今や僅かな黒髪に完全に侵食され周囲の光を呑み込んでいた。

 

 

 両の眼球は闇を煮詰めたようなドロドロとしたナニカが渦巻き、辛うじてそこに目があるということがわかるのみ。

 

 

 百花繚乱の羽織の模様もいかなる仕組みか暗黒に染まり、彼女の足下には、どこからともなく生えた黒い花がその背を伸ばし、幾つも首を下げるように開花していた。

 

 

 姉のものとはまた違う、樹枝付角板の雪の結晶のようなヘイローさえ、一瞬だが黒く変色したのを黒服は見逃さなかった。

 

 そこだけ虚無の空間と化してしまったかのような人のカタチが大きく踊った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……つまり、貴方は行き着くところまで行くつもりなのですね」

 

「はい、死にたくはないと言いはしましたが、別に“生徒”の姿でいることに執着するわけじゃありません。私の意識が残っていて、お姉ちゃんの曇り顔を見れればそれでいいんです。そのためなら、なんでも捨てれますよ」

 

 

「……たとえそれが、姉からの愛だとしてもですか?」

 

 

「………………そうなったら潮時ですかね…」

 

「クックック!まぁ、構いません。貴方の行く末は貴方が決めるもの、思うがままになさってください。私はその輝きにも興味があります。できる限りの協力は致しましょう」

 

 

「ありがとうございます。黒服さん」

 

「因みに、その“万が一”が起こった時はどのようにするおつもりで?」

 

「…そのために黒服さんが、何より先生がいるじゃないですか」

 

 

「クックック!あぁ、貴方はやはり――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっと歪んだ愛を持った“ただの一生徒”に過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵✵✵

 

 

――いよいよ大事になってきた。

 

 あれからナグサと一緒にクユリの捜索を始めて、はや数時間。一向に見つかる気配のない捜索に、流石のアヤメといえど困憊しかけていた。

 

 もう何度目とも知らないが、スマホで他に動いてくれている百花繚乱の後輩達に確認を取る。一斉通話だが、報告してくる順番は決まっているため混乱することはない。

 

「ごめん、アヤメ先輩。まだ発見の報せは届いてない。私も捜してはいるんだけど…」

 

 そう答えるのは2年生にして作戦参謀として頭角を現しつつある桐生キキョウだ。持ち前の頭脳を活かして1年生を指揮して捜索しているが、成果は今だ出ていないらしい。

 

「人一人見つけることもできないなんて、参謀の名が聞いて呆れる…。クユリ、アンタどこに行っちゃったのよ…」

 

 悔しさと苛立ちが滲む声から、今キキョウがどんな表情をしているのか容易に想像できる。

 

「チッ……、ホントに…反吐が出る」

 

 苛立った時の癖の舌打ちは、半分はクユリ、もう半分はキキョウ自身に向けられていた。

 

「アタシの方もサッパリだ!何処にもいやしねぇ、神隠しにでもあったみたいだ」

 

 キキョウの後によく通る声でそう報告してくるのは、不破レンゲ。キキョウと同じ2年生だが、愚直で真っ直ぐな、キキョウとは正反対の性格の彼女は百花繚乱の切り込み隊長として、荒事を得意としている。

 まぁ、難しいことをあれこれ考えるのが苦手ということもあるのだが、それでも頼れる後輩に違いはない。

 

 そんな彼女らしく走り回っていたのだろう。軽く息を切らしながら成果無しを伝えるレンゲに了承の旨を伝えて、通話を終了する。

 

「神隠し……かぁ。あながち間違ってないかもね…」

 

 魑魅魍魎の跋扈するこの百鬼夜行ではあり得ると思ってしまう現象だ。

 あのクズノハ様だって神隠しにでもあったかのような存在だ。

 

 もう何周もした敷地。まるでクユリという存在そのものが消失してしまったかのように思える現状に、アヤメの心も折れかけていた。

 

「ナグサ?辛いかもしれないけど……」

 

――今日の捜索は諦めよう?

 

 そう提案しようと、先程から何も喋らない幼馴染の方を振り返る。

 しかし、ナグサは目を見開いて微動だにしていなかった。

 

「……ナ、ナグサ?」

 

 遂に精神が壊れてしまったのかと一瞬危惧したアヤメだったが、ナグサがある一点を食い入るように見つめていることに気づく。

 

 アヤメの後には特にこれといって目立つものはない。強いて言うなら、何度も捜索中に見たクユリ行きつけの甘味処しか……。

 

 

 

「………………え?」

 

 

 幻覚かと己の目を疑った。

 ついさっきまで、誰も座っていなかった備え付けの長椅子に。

 

 

 

 

 平然と和菓子を嗜む、御稜クユリが座っていた。

 

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵✵✵

 

 

 

 

 本当に偶然だった。

 

 いくら捜しても呼びかけても、クユリの影すら見当たらない。

 

 アヤメが一緒にいてくれなかったら、まず間違いなく私は壊れていた。

 

 アヤメが百花繚乱の部員と連絡を取る間も、始めこそはもしかしたらと期待していた気持ちは、回を重ねる事に薄れていった。

 

 アヤメに諦めるなと言われたのに、私は性懲りもなく膝をつきそうになっていた。

 

 日が沈みきってかなり経った頃、何度通ったかしれない甘味処を通り過ぎて少ししたところで、アヤメが連絡を取り合う。

 

 そんな様子をただボーッと見つめるしか、あの時の私には出来なかった。

 

 だから、

 

 本当に何気なく―もしかしたら少しでもクユリの面影を感じたかったのかもしれない―通り過ぎた甘味処を振り返ったのだ。

 

 

 「ク………………ユ、リ?」

 

 

 幻覚かと思った。

 

 さっきまでそこには誰もいなかったのだ。

 

 いくら限界状態だったとはいえ、愛する妹を見逃すなどあり得ない。

 

 

 私によく似た儚げな銀髪を夜風に靡かせ、何事もなかったかのように和菓子を頬張る姿。

 

 

 目を離すか、瞬きしてしまえば、その瞬間に消えてしまいそうで、一歩たりとも動くことができない。

 

 アヤメも気づいたらしく、呆気にとられている。

 

 

 私達の視線に気づいたのか、こちらをゆっくりと振り返るクユリ。

 

 

 

 一瞬、驚いたように目を見開き、しかし少し恥ずかしげにはにかむのを見て、もう我慢はできなかった。

 

 

 ふらふらとした足取りで近づいていく。

 

 我に返ったアヤメが何か言っている気がするがそんなことは今はどうでもよかった。

 

 

 途中何度も躓きそうになりながら、残った力を振り絞って歩を進める。

 

 これまで何倍もの距離を走り回ったのに、残りたった数歩が果てしなく遠く感じる。

 

 

 ようやく手が届くまでの距離に近づく。

 

 恐る恐る、すり抜ける未来を否応なしに想像してしまいながらも、両手を百花繚乱の羽織を羽織った華奢なその身体にまわす。

 

 

 手のひらが伝える確かな質感を感じた瞬間――

 

 

 全身の力を使って、思い切り抱きしめた。

 

 

 

「………………どうしたの?お姉ちゃん」

 

 

 その愛しい声が聞こえた瞬間、感情のダムは呆気なく崩壊した。

 

「ごめん……!ごめんね、クユリィ…!」

 

 いざその時が来ると、ただ謝ることしかできない自分に腹が立つが、溢れ出る感情の奔流を凝縮した謝罪の言葉は止められない。

 

「お姉ちゃんが悪かったの!クユリのことを何も考えてなくてッ……。自分ばっかり満たして…」

 

 こんな姉から離れたいと思うのも当然だ。

 

「お姉ちゃんが、嫌いになってもいい…。お姉ちゃんって呼ばなくてもいいからッ……」

 

 ―――――――――それでも、

 

「お願い……。いなくならないで………」

 

 それだけが、今の私の願いだった。

 

 

 その言葉を聞いたクユリが腕の中でゆっくりと動いたのを感じる。

 

 拒絶されるかもしれない。今朝のように突き飛ばされるかもしれない。

 それでもその時は、それを受け入れるしかない。

 

 

 ――――――でも、多分耐えられないだろうなぁ。

 

 

 思わず涙で溢れる目を閉じる。

 

 だから、

 

 ふわりと、優しく抱きしめ返されたと理解するのにしばらくかかった。

 

 

「私こそ、ごめんねお姉ちゃん…。ちょっと言い過ぎちゃった……。お姉ちゃんに愛されているだけで十分幸せなのにね……」

 

「ち、違うの!クユリは何も悪くない!お姉ちゃんがクユリを縛ることなんか許されないこと…。クユリは自由にやりたい事をしたらいいんだよ…!」

 

 何をしているんだ私は。クユリは何も悪くないというのに気を遣わせて。10:0で私が悪いのに、どこまで優しいのか。

 

 あぁ、でも、向けられる心配を何処か心地よく感じてしまう自分がいる。

 本当に罪深い。

 

「ん~。じゃあ、どっちも悪かったってことで!ハイ、この話はここでおしまい!」

 

「あ……で、でも………」

 

「それにね……。さっきお姉ちゃんは、私がお姉ちゃんのことを嫌いになるとか言ってたけどね……」

 

 

「入学式の日にも言ったけど…」

 

 

 

 

「私はどんなお姉ちゃんでも、大ッ好きだから!!」

 

 

 私―御稜ナグサは、この時の輝くような純粋無垢な笑顔のクユリを生涯忘れることはないだろう。

 

 

 

✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵ ✵✵✵✵✵✵✵

 

 

 夜の帳が下り、街頭の光も届かない百鬼夜行の路地裏にて、闇に溶け込む漆黒のスーツ男は新たな契約内容を反芻していた。

 

 彼女の要求は、彼女が“完全に”百物語化しない手段を確立すること。

 その対価として、生命の保障の限り、無制限の実験、あらゆるデータの取得を許諾するというものだった。

 

 彼女の計画では、一度黄昏に敢えてその身を接触させた後、いい塩梅のところで失踪するつもりらしい。

 ターゲットになってしまった哀れな姉には同情しよう。

 

 本格的な実験はその失踪後に好きなだけしてほしいとのことだった。実験による身体への害はむしろ彼女にとってのスパイスなのだ。

 

 そして、彼女の隠れた内面も知ることができた。

 

 

 

 それは、彼女も所詮は年相応の子供だということ。

 

 考えてみれば、姉のことを好いているのにわざと悲しませるような行動をして、その反応を楽しむという行為は愛されたいという感情の裏返しだ。

 

 

 つまるところ、彼女は寂しいのだろう。

 

 

 

 彼女が“観測する側”の世界で生きていた頃にどんな扱いを受けたのか知らないが、愛されているという“証”を欲しがっているのだ。

 本人は無意識かもしれないが、その感情を曇らせという言葉で隠しているに過ぎない。

 

 しかも、自らに秘められた神秘の恐ろしさを理解せずにいるところがまた滑稽で面白い。彼女が望めば望むほど、本当に欲しいものは壊れる運命にあるというのに。

 

 彼女はゆくゆくは、ヒトとしての尊厳すらも捨てる覚悟だと言う。

 百物語化しかけたその身で混沌を齎し、最大の曇らせを創り出す算段らしいが、そこには当然“万が一”というものがある。

 

 百物語化の制御が効かなくなって、キヴォトスに災厄を齎す怪談へと成り果ててしまうかもしれない。

 

 

 

 

 私が思わず笑ってしまったのは、もしそうなったとしても、私や先生といった“大人”がなんとかしてくれるという、子供らしい甘い考えだった。

 

 彼女曰く、どうやらこの世界は特に先生という存在がいる限り、いわゆるバッドエンドになることは限りなく少ないのだと言う。

 

 確かに、先生という存在にはなにか特殊な修正力――ゴルコンダに言わせれば『テクスチャ』なるものが付いていると思わざるを得ないほど、その道は生徒に対する“善”を体現していた。

 元観測者の彼女がそう言うならそうなのかもしれない。

 

 

 限りなく少ないだけで、確実にバッドエンドはあるということに目を背ければ、己の行動が新たなバッドエンドを創り出す可能性を考えなければの話だが…。

 

 

 つまるところ、何処までいっても見通しが甘い子供なのだ。

 

 甘えたがりのくせに曇らせという名目でしか表現できない本心を持ち、自ら破滅の道を辿っていることにも気づかない。

 

 だが、そんな彼女の末路を見届けたくなった。

 

 愚かしくも瑞々しいその感情から放たれる輝きは、きっと素晴らしいものに違いないだろう。

 

 

 

 

 何にせよ、契約を正式に交わした以上はこちらも遠慮はするつもりはない。

 愛と呪いを同時に振り撒き、彼女が愛した人物には見えざる死のマークがつく。彼女に愛された者が絶望に染まれば、その呪いは対象を蝕み神秘の流れ、つまるところ生命を止めてしまう。

 彼女の秘める悍ましい神秘を自由に探究できることは大きな収穫であり、本来の目的の達成ではある。しかも、黄昏や百物語といった未知の概念についても彼女を通して迫ることができるかもしれない。

 

 というより、それらのメカニズムを理解できなければ彼女の完全な百物語化を防ぐ事も出来ないのだ。契約を結んだ以上は、完全な履行をするのが“大人”としての矜持だった。

 

 

 無論、あの神秘に対する策も用意すべきだろう。

 今はまだ、歪な願いを持つ人格が神秘を無意識にではあるが御している。

 万が一の備えなどいくらあっても足りないのがこの世界を生き抜く大人なのだ。

 

 

「愛と呪いは表裏一体、愛ほど歪んだ呪いはない……、とはよく言ったものですね…」

 

 

“お姉ちゃんが大好きですからッ!”

 

 彼女が計画の途中に唐突に叫んだあの言葉。

 

 その瞬間、彼女から確かに発せられた歪な波動は、恐らく私の認識阻害の結界を突き抜けただろう。

 近くに人がいたら、途切れ途切れに声だけが聞こえてきたかもしれない。

 

 

「クックック…。愛と呪いを振り撒き、もはや怪談に等しい力を持つ貴方にはこの名がふさわしい」

 

 

 

 

 

 

 

「 『黄昏の黒百合』 」

 

 

 

 

――あぁ、やはりこの世界は素晴らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、クユリ?もしかして、髪染めたの?」

 

「え?なんでそんなこと聞くの?染めてないけど…」

 

「いや、気のせいかもしれないけど。黒髪そんなにあったっけ……と思って」

 

 

「――――――――――――え?」

 

 

 

 

 

 

 




黒百合:花言葉 愛、呪い、恋、復讐

次回からしばらく日常回の予定です。
百花繚乱メンバーと関わりを深くしたいですからね。
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